タリューラはいった「人をまどわすような宝石を身につけぬこと。宝石の質は、時以外のすべてを物語ること」
『エリコの丘から』(カニグスバーグ著)という小説から。
主人公は11歳の女の子(日本でいえば小学6年生)。場所はアメリカで、現代の物語と思っていい。
女の子には気の合う友達がいない。いつも一人だ。それで学校の帰り、通学バスを降りて下をむいて歩いていた。下をむいて歩いていたのでアオカケスの死がいを見つけた。そこからこの小説ははじまる。
アオカケス
北アメリカに住む、青と白のカラスみたいな鳥だ。
死んでいるのかな… と女の子が近づいて考えていると、韓国人の男の子メルカムが話しかけてきた。二人は、その死んだアオカケスの墓をつくろうということになる。儀式を考え、埋葬する。風見短冊を書いた。
女の子は、女優になりたい、と思っている。
ただの女優じゃない、偉大な女優に。その夢をだれかに話したことはまだない。
世の中にはたくさんの女優がいる。すぐれた女優になるためには何をすればいいんだろう。才能と美しさも必要だ。努力も。だけど、才能も美しさの魅力もあって、努力をしていて、その上にチャンスに恵まれていても、それでも輝かない人がいる。逆に、それほどに美しくないのに、たまらないほどの魅力を発揮する女優がいる。その違いは何だろう。わたしは、偉大な女優になるために何をすればいいのだろう…?
(女の子は、まだ自分でも気づいていない「何か」を探していたのである)
メルカムがやって来て「またお葬式だよ」という。今度はモグラの死がいだ。
こうして二人の「葬式ごっこ」はつづいた。
団地のはしの空き地の、その墓地に名前が必要だ、ということになった。なかなか決まらなかったが、だまって二人で日の光にあたっていると、「エリコの丘」という声が聞こえた。しかもその声が自分自身の声だったので、女の子はおどろいた。女の子はもう一度
「ここは<エリコの丘>よ」
といった。メルカムは、音のひびきがとてもいいといった。女の子は、自分でいったその意味がわからなかったが、メルカムは「とにかくぴったりだ」と賛成したので、女の子もそれでいいと思った。
女の子は、家に帰って<エリコの丘>の意味を調べた。エリコは、聖書に出てくる世界最古の都市の名前だった。
その次の葬式はリスだった。
そしてその次は、犬だった。種類はダルメシア犬で、これまでに見つけたもののうち、一番あわれに思えた。犬は大きいので穴を掘るのも大変だ。
メルカムがその穴を掘っているときだ。突然、空がライラックと緑の混じったような色に変わり、雲がキャラメル色になった。一瞬、女の子が、穴を掘っているメルカムから、目をそらした。「たーすけてえ」という声とともにメルカムは地面の穴の中に消えていった。
ダルメシアン
原産は旧ユーゴスラビアのダルマチア地方と言われている。(ただし証拠はなし)
馬に慣れる性質があり、馬をリードするのがうまい。
そして女の子もまた、穴の中に引っぱられる力を感じ、吸い込まれていった。女の子はわかっていた。<エリコの丘>と聞いたときから、こんなことが起きるのではないかと。
穴の底の世界で、二人は「タリューラ」という名の女性に会う。このタリューラ、すでに死んだはずの「偉大な女優」だったのだ。ダルメシア犬もそこでは生きており、タリューラのそばでしっぽを振っている…。
エリコ
「エリコ」はパレスチナにある。エルサレムの東、ヨルダン川西岸地区にあり、現在ここは海抜マイナス350メートルだそうである。『旧約聖書』にも出てくる地名だが、この都市の歴史はそれよりもはるかに古く、BC8000年頃まで遡ることになる。
『旧約聖書』は、ユダヤ教、キリスト教の正典である。海の道を開いてエジプトから「約束の地」へ渡ったユダヤ人が、最初に征服したのがこのエリコだと記されているようだ。
パレスチナに、1948年にユダヤ人シオニストが「イスラエル」を建国したために、そこに住んでいたアラブ人(パレスチナ人)たちが難民として、ヨルダン川西岸地区に住むようになった。そこは「ヨルダン」の領土であったが、やがて紛争の場所となり、「ヨルダン」はその地の統治を放棄した形になっている。現在は「パレスチナ暫定自治区」である。
『エリコの丘から』の女の子は、「穴」に吸い込まれ、世界で一番古い町とつながったわけである。そこで彼女は、タリューラに会った。女の子には、このような大人の女性に会う必要がどうしてもあったのである。
「自分だけの宝石」を手にいれるために、深い穴の中に潜らなければならない、そういう時があるのである。「それ」さえあれば、じたばたしたり、おどおどしたり、個性があるふりをしたり、誰かを威嚇したり、計算しながら人とつきあったりする必要がない、そんな、<宝石>のことである。
道案内人は、死んだアオカケス__。 鳥はこのようにときどき不思議な道案内をする。
タルラ・バンクヘッド(タリューラ)
アメリカの女優(1902ー1968年) ヒッチコックの映画にも出演しているらしい
『エリコの丘から』(カニグスバーグ著)という小説から。
主人公は11歳の女の子(日本でいえば小学6年生)。場所はアメリカで、現代の物語と思っていい。
女の子には気の合う友達がいない。いつも一人だ。それで学校の帰り、通学バスを降りて下をむいて歩いていた。下をむいて歩いていたのでアオカケスの死がいを見つけた。そこからこの小説ははじまる。
アオカケス
北アメリカに住む、青と白のカラスみたいな鳥だ。
死んでいるのかな… と女の子が近づいて考えていると、韓国人の男の子メルカムが話しかけてきた。二人は、その死んだアオカケスの墓をつくろうということになる。儀式を考え、埋葬する。風見短冊を書いた。
女の子は、女優になりたい、と思っている。
ただの女優じゃない、偉大な女優に。その夢をだれかに話したことはまだない。
世の中にはたくさんの女優がいる。すぐれた女優になるためには何をすればいいんだろう。才能と美しさも必要だ。努力も。だけど、才能も美しさの魅力もあって、努力をしていて、その上にチャンスに恵まれていても、それでも輝かない人がいる。逆に、それほどに美しくないのに、たまらないほどの魅力を発揮する女優がいる。その違いは何だろう。わたしは、偉大な女優になるために何をすればいいのだろう…?
(女の子は、まだ自分でも気づいていない「何か」を探していたのである)
メルカムがやって来て「またお葬式だよ」という。今度はモグラの死がいだ。
こうして二人の「葬式ごっこ」はつづいた。
団地のはしの空き地の、その墓地に名前が必要だ、ということになった。なかなか決まらなかったが、だまって二人で日の光にあたっていると、「エリコの丘」という声が聞こえた。しかもその声が自分自身の声だったので、女の子はおどろいた。女の子はもう一度
「ここは<エリコの丘>よ」
といった。メルカムは、音のひびきがとてもいいといった。女の子は、自分でいったその意味がわからなかったが、メルカムは「とにかくぴったりだ」と賛成したので、女の子もそれでいいと思った。
女の子は、家に帰って<エリコの丘>の意味を調べた。エリコは、聖書に出てくる世界最古の都市の名前だった。
その次の葬式はリスだった。
そしてその次は、犬だった。種類はダルメシア犬で、これまでに見つけたもののうち、一番あわれに思えた。犬は大きいので穴を掘るのも大変だ。
メルカムがその穴を掘っているときだ。突然、空がライラックと緑の混じったような色に変わり、雲がキャラメル色になった。一瞬、女の子が、穴を掘っているメルカムから、目をそらした。「たーすけてえ」という声とともにメルカムは地面の穴の中に消えていった。
ダルメシアン
原産は旧ユーゴスラビアのダルマチア地方と言われている。(ただし証拠はなし)
馬に慣れる性質があり、馬をリードするのがうまい。
そして女の子もまた、穴の中に引っぱられる力を感じ、吸い込まれていった。女の子はわかっていた。<エリコの丘>と聞いたときから、こんなことが起きるのではないかと。
穴の底の世界で、二人は「タリューラ」という名の女性に会う。このタリューラ、すでに死んだはずの「偉大な女優」だったのだ。ダルメシア犬もそこでは生きており、タリューラのそばでしっぽを振っている…。
エリコ
「エリコ」はパレスチナにある。エルサレムの東、ヨルダン川西岸地区にあり、現在ここは海抜マイナス350メートルだそうである。『旧約聖書』にも出てくる地名だが、この都市の歴史はそれよりもはるかに古く、BC8000年頃まで遡ることになる。
『旧約聖書』は、ユダヤ教、キリスト教の正典である。海の道を開いてエジプトから「約束の地」へ渡ったユダヤ人が、最初に征服したのがこのエリコだと記されているようだ。
パレスチナに、1948年にユダヤ人シオニストが「イスラエル」を建国したために、そこに住んでいたアラブ人(パレスチナ人)たちが難民として、ヨルダン川西岸地区に住むようになった。そこは「ヨルダン」の領土であったが、やがて紛争の場所となり、「ヨルダン」はその地の統治を放棄した形になっている。現在は「パレスチナ暫定自治区」である。
『エリコの丘から』の女の子は、「穴」に吸い込まれ、世界で一番古い町とつながったわけである。そこで彼女は、タリューラに会った。女の子には、このような大人の女性に会う必要がどうしてもあったのである。
「自分だけの宝石」を手にいれるために、深い穴の中に潜らなければならない、そういう時があるのである。「それ」さえあれば、じたばたしたり、おどおどしたり、個性があるふりをしたり、誰かを威嚇したり、計算しながら人とつきあったりする必要がない、そんな、<宝石>のことである。
道案内人は、死んだアオカケス__。 鳥はこのようにときどき不思議な道案内をする。
タルラ・バンクヘッド(タリューラ)
アメリカの女優(1902ー1968年) ヒッチコックの映画にも出演しているらしい