はんどろやノート

ラクガキでもしますか。

一平の恋

2007年11月26日 | はなし
 小説家になること。これが中学生の一平が抱いた夢だった。
 一平は思い切ってそれを父・竹二郎に申し出た。
 すると竹二郎は「これからは絵の時代だ。画家になれ」と言った。そういうわけで一平は、麹町の画家竹内桂舟の内弟子となる。この父・竹二郎のしごとは書家である。明治30年代のことで、この時代に自分の長男に「画家になれ」というのだからフツウとはちょっと違う都会人の発想である。一平はそんな父のもとで東京の下町日本橋に育った。
 明治39年、20歳の一平は東京美術大学西洋画科に入学する。
 明治41年の夏、級友の中井、渡辺が、スケッチ旅行を兼ね、信州軽井沢に避暑に出かけた。その中井が、旅先から一平にまめに絵葉書を描いて送ってくる。初めは気にも止めなかったが、その絵葉書に信州で知り合った「娘」のことが書かれるようになると、一平は気になりはじめた。いや、それどころか、まだ見ぬその娘に「恋」をしてしまった。
 一平は、自分の気を引こうと、娘が気に入りそうな絵を葉書に描いて「娘によろしく」と書きそえて送ってみた。ところが、その反応がどうであったか、一向にわからないので一平は落ち着かない。
 やがて、一平に朗報がもたらされた。その一平の書いた手紙は、住所がいい加減だったために、あっちこっち回り回った末に中井のもとに届いたのだが、それを知った娘が、手紙を見ながら腹がいたくなるほど笑って、
「なんという呑気な方でしょう。面白い方ね。私の兄にこういう性分を少し分けて下さりゃいいんだわ。いったいどんな方なの、見たいわ」
と言ったというのである。

 こうして、娘との手紙でのやりとりの後、一平と娘「かの子」の付き合いが東京で始まった。かの子は、多摩川の大地主・大貫家のお嬢様であった。晩年、これより28年後に小説家になる「岡本かの子」である。
← 一平の描いた漫画
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