中野京子の「花つむひとの部屋」

本と映画と音楽と。絵画の中の歴史と。

「アーレントとハイデガー」 --哲学者たちの恋

2006年05月19日 | 
 エルジビェーター・エティンガー「アーレントとハイデガー」がめちゃくちゃおもしろい。著者はポーランド人で、ワルシャワ・ゲットーを生きのび、現在アメリカの大学教授。ふたりの哲学者の長く続いた恋に焦点をしぼって描いている。

 ハンナ・アーレントがマールブルク大学哲学教授だった35歳のマルティン・ハイデガーに出会ったのは、18歳のとき。たちまち恋に陥り、不倫の関係へ。

 やがてヒトラーが政権を握り、ユダヤ人だったアーレントはアメリカへ亡命。一方ハイデガーは親ナチだったから学長へとのぼりつめ、自分の師フッサールやヤスパースを追放する。戦後、アメリカで華々しく活躍するアーレントによって、ハイデガーの立場はいわば「救われる」。

 ふたりの恋は大きく3期に分けられる。第1期は、官能的な恋の2,3年。戦争をはさんで、その後の中年期(これがドロドロ)、最後はふたりが死ぬまでの1,2年だ。アーレントが亡くなるのは1975年、その5ヵ月後にハイデガーは他界する。

 不思議な関係だ。真実なのだろうか。つまりこれほどの卑劣漢を、これほど長く愛し続けたアーレントの思いの深さとは何なのか。しかも彼女はどうしようもなくハイデガーに惹かれながら、夫のブリュッヒャーなしでは生きられないほど支えられてもいる。

 ハイデガーは悪の魅力をふりまいていたのだろうか。砂糖壷みたいに女性たちを周りに集めたし、男性に対してもカリスマ的磁力があった。ヤスパースなど、ひどい目に合わされながら、なおも彼との和解を望んでいたほど。

 戦後の禊をすませたハイデガーは、再び権力を手にする。そのとたん、またも男尊女卑が頭をもたげ、アーレントの活躍を認めたがらなくなる。こうして恋人どうしは哲学者としての闘いを始めるのだが、これはアーレントの勝ちかもしれない。「ナチに近づいたのは共産主義からドイツを守るためだった」と自己弁明していたハイデガーに対し、アーレントは代表作「全体主義の起源」の中で、ナチも共産主義も同一線上に置いて批判したのだ。

 傑出した頭脳の持ち主たちの恋のありようは、複雑きわまりない。40すぎたアーレントがハイデガーに書き送った詩の一節、「あなたにわたしは誠実でありつづけ/そして不実でもありました/どちらも愛のゆえに」

 互いに愛憎半ばする思いを、生涯持ち続けたのであろう、フォークナーの言うように、「過去は決して死なない。それは過ぎ去ってすらいない」。




 


























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5 コメント

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カリスマ (はるうらら)
2006-05-19 16:47:56


 ハイデッカーを調べたことがあり、二人の恋は



知っていました。アーレントは、ユダヤ人ながら



もっと、幅が広いですよね。ハイデッカーは、カリ



スマですね。ワーグナーに似ています。「存在と



時間」は、やはり、画期的です。
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Unknown (はるうららさんへ(kyoko))
2006-05-20 10:37:13
この本は「恋」に焦点をあわせたものだし、たぶん著者が女性だからと思うのですが、アーレント寄りとは言えますね。
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はじめまして。 (magnoria)
2007-07-07 00:46:30
はじめまして。「女たちの肖像 友と出会う航海」(中村輝子 人文書院)という本を読んでアーレントとハイデッガーの人物像にとても興味を惹かれました。わりと最近までは哲学者をあまり身近に感じたことがなく、一人の人間として捉えたことがあまりなかったのですが、彼らも私達と同じようにその時代の中で悩み苦しみ友人に支えられ恋愛もした存在だと思うと身近に感じられますね。だから難解なその著書を読む前に優れた伝記を読むと愉しんで勉強できるように思います。一人でも身近に感じられる人物が見つけられれば、それをきっかけに色々なことがわかってくるのですね。
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Unknown (magnoriaさんへ(kyoko))
2007-07-07 11:17:11
ご訪問、ありがとうございます、magnoriaさんのブログものぞかせていただきましたよ♪
 この本にはリリアン・ヘルマンやオキーフも扱われているのですね。いつか機会があれば読んでみたいと思います。
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ありがとうございます。 (magnoria)
2007-07-07 12:43:08
中野先生、私のブログにお越しいただき有難うございました(^^)。私が言うのも何ですが、この本は本当にお勧めです。実は中野先生の書かれた本は不勉強のためまだ未読なのですが、「情熱の女流「昆虫画家」―メーリアン波乱万丈の生涯」は以前からすごく興味がありました。これは中野先生が書かれた本だったのですね。ドイツの児童文学にも興味があります。先生の本はとても面白そうですので是非読んでみたいと思います。ブログも愉しみにしております(^^)。
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