前回、犬について書いていて、ふとボッティチェリの「ナスタジオ・デリ・オネスティの物語」を思い出した。この連作絵画には、裸の女性に襲いかかって肉を喰らう、白と黒の2匹の犬が描かれている。
作品は4枚の横長絵画(およそ80×140センチ)だが、プラド美術館には3枚しかないので、初めて見たとき、あまりの残酷さと、わけのわからなさに驚いてしまった(もう1枚は個人蔵なので非公開)。
「デカメロン」の恋愛物語を下敷きにしたと知ったのは、後年のこと。
ボッティチェリの絵は現代の少女漫画の祖先ともいうべきもので、とりわけこの連作には漫画的表現が鮮やかだ。巻物でこそないが、「鳥獣戯画」のように左から右へと時間経過を示している。
1枚目には、恋人にふられたナスタジオがしょんぼり松林を歩いている。そこへきらびやかな衣服をまとい、馬にまたがった騎士が登場。犬をひきつれ、剣をもった右手を高々とあげながら追う相手はといえば、かよわい、しかも丸裸の若い女性である。今しも彼女は白い犬に足をかまれ、倒れる寸前だ。
2枚目遠景には、しつこく女性を追う騎士。前景には、ついに倒れふした彼女の背中を、騎士が刀で刺して内臓を取り出し、犬たちに与えている。あまりのことにナスタジオはたじたじとなる。
この先が「ボッカチオ」を読んでいないと理解不能なのだが、実は騎士はかつてこの女性につれなくされて自殺し、ともにあの世の人となってからも恨みは消えず、こうして女性を追い回し続けて殺さずにはいられないし、彼女の方も未来永劫、彼に殺され続けるというのだ。
そこで3枚目。ナスタジオが恋する女性が、一族と野外で宴会しているところへ、騎士に追われた裸の女性、彼女に噛み付く2匹の犬が乱入してきて、みんなは恐れ慄く。と、ナスタジオが恋人に説明して、「ぼくをふると、あなたもこうなりますよ!」。
4枚目は、この脅しが効いて(?)めでたくナスタジオが彼女を手に入れたシーン。つまり結婚披露宴の様子が描かれる。
ボッティチェリにこの絵を依頼したのはフィレンツェの富豪プッチで、息子の婚礼記念だったらしい。実際、プッチ家の邸宅に飾られていたというのだが、女性の背中を外科手術ばりに切り開く騎士、そしてその内臓をがつがつむさぼる犬たち、という図を「愛の物語」として受容し、室内に飾って鑑賞するという感覚は、平凡な日本人のわたしから言わせれば、「かなわんなあ・・・」
☆新著「怖い絵」(朝日出版社)
☆☆アマゾンの読者評で、この本のグリューネヴァルトの章を読んで「泣いてしまいました」というのがありました。著者としては嬉しいことです♪
①ドガ「エトワール、または舞台の踊り子」
②ティントレット「受胎告知」
③ムンク「思春期」
④クノップフ「見捨てられた街」
⑤ブロンツィーノ「愛の寓意」
⑥ブリューゲル「絞首台の上のかささぎ」
⑦ルドン「キュクロプス」
⑧ボッティチェリ「ナスタジオ・デリ・オネスティの物語」
⑨ゴヤ「我が子を喰らうサトゥルヌス」
⑩アルテミジア・ジェンティレスキ「ホロフェルネスの首を斬るユーディト」
⑪ホルバイン「ヘンリー8世像」
⑫ベーコン「ベラスケス<教皇インノケンティウス10世像>による習作」
⑬ホガース「グラハム家の子どもたち」
⑭ダヴィッド「マリー・アントワネット最後の肖像」
⑮グリューネヴァルト「イーゼンハイムの祭壇画」
⑯ジョルジョーネ「老婆の肖像」
⑰レーピン「イワン雷帝とその息子」
⑱コレッジョ「ガニュメデスの誘拐」
⑲ジェリコー「メデュース号の筏」
⑳ラ・トゥール「いかさま師」
☆ツヴァイク『マリー・アントワネット』、なかなか重版分が書店に入らずご迷惑をおかけしました。今週からは大丈夫のはずです。「ベルばら」アントワネットの帯がかわゆいですよ♪
☆☆画像をクリックすると、アマゾンへ飛べます。

「マリー・アントワネット」(上)(下)
シュテファン・ツヴァイク
中野京子=訳
定価 上下各590円(税込620円)
角川文庫より1月17日発売
ISBN(上)978-4-04-208207-1 (下)978-4-04-208708-8
♪♪アサヒコムのプレゼント情報
⇒http://www.asahi.com/special/gw2006/gw2006_top0504.html
作品は4枚の横長絵画(およそ80×140センチ)だが、プラド美術館には3枚しかないので、初めて見たとき、あまりの残酷さと、わけのわからなさに驚いてしまった(もう1枚は個人蔵なので非公開)。
「デカメロン」の恋愛物語を下敷きにしたと知ったのは、後年のこと。
ボッティチェリの絵は現代の少女漫画の祖先ともいうべきもので、とりわけこの連作には漫画的表現が鮮やかだ。巻物でこそないが、「鳥獣戯画」のように左から右へと時間経過を示している。
1枚目には、恋人にふられたナスタジオがしょんぼり松林を歩いている。そこへきらびやかな衣服をまとい、馬にまたがった騎士が登場。犬をひきつれ、剣をもった右手を高々とあげながら追う相手はといえば、かよわい、しかも丸裸の若い女性である。今しも彼女は白い犬に足をかまれ、倒れる寸前だ。
2枚目遠景には、しつこく女性を追う騎士。前景には、ついに倒れふした彼女の背中を、騎士が刀で刺して内臓を取り出し、犬たちに与えている。あまりのことにナスタジオはたじたじとなる。
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ボッティチェリにこの絵を依頼したのはフィレンツェの富豪プッチで、息子の婚礼記念だったらしい。実際、プッチ家の邸宅に飾られていたというのだが、女性の背中を外科手術ばりに切り開く騎士、そしてその内臓をがつがつむさぼる犬たち、という図を「愛の物語」として受容し、室内に飾って鑑賞するという感覚は、平凡な日本人のわたしから言わせれば、「かなわんなあ・・・」
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⑥ブリューゲル「絞首台の上のかささぎ」
⑦ルドン「キュクロプス」
⑧ボッティチェリ「ナスタジオ・デリ・オネスティの物語」
⑨ゴヤ「我が子を喰らうサトゥルヌス」
⑩アルテミジア・ジェンティレスキ「ホロフェルネスの首を斬るユーディト」
⑪ホルバイン「ヘンリー8世像」
⑫ベーコン「ベラスケス<教皇インノケンティウス10世像>による習作」
⑬ホガース「グラハム家の子どもたち」
⑭ダヴィッド「マリー・アントワネット最後の肖像」
⑮グリューネヴァルト「イーゼンハイムの祭壇画」
⑯ジョルジョーネ「老婆の肖像」
⑰レーピン「イワン雷帝とその息子」
⑱コレッジョ「ガニュメデスの誘拐」
⑲ジェリコー「メデュース号の筏」
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シュテファン・ツヴァイク
中野京子=訳
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ISBN(上)978-4-04-208207-1 (下)978-4-04-208708-8
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まさに仰天。
うらめし~なんて、カワイイもんです。
その物語ですが、ふられた恨みをひきずり続ける騎士といい、それを脅しに使う男といい、・・・いいのかそれで?が実感です。
私の理解レベルを完璧に超えている。
でも、これが普通なのではないでしょうか。
芸術家って突出してますものね。
もしやT.M.さん?パソコンしてないのかと思っちゃった。ごめん!だってこのブログの開設、だいぶ前にハガキ出したのよん(届いていなかったのかな)。これからときどき訪問してくださいね。
ところで「いいのか、それで?」の突っ込みですが、小説というのは道徳でも倫理でもないので、たぶんいいのでしょうね。大いなる不条理とはいえ。
重田さんへ
ほんと理解の外ですけど、その意味でいえば、日々どこかで起こっている現実の事件の怖ろしさも似たようなものかもしれませんね。
エリザベス朝のジョン・フォード(アメリカの映画監督と間違えないで!)で、「あわれ彼女は娼婦」と言って、文学座などでもかつて上演されていた記憶があります。映画バージョンは1971年、若き日のシャーロット・ランプリングが出ていて、近親相姦、一族皆殺しなど、エリザベス朝のデカダン残酷耽美趣味の見本のようなもので、
大好きな映画です。という私は異常かしら?
楽しく拝見させて頂きました♪
有難うございます(^^)
Masakoさま、題名などすっかり忘れていまして、kyokoさまの質問に、はて、どうしようと思いました。ありがとうございます。
愛の深さ、愛の異常さということで、突き抜けたものがあるかもしれません。だから、記憶に残っているのでしょうね。
思えば、条理にかなった、規格品のほうがむしろ「愛」の本質からは離れているのかもしれません。いろいろ考えさせられました。それにしても、突き刺された妹の心臓をもって兄が走るあの長い回廊シーンは今も鮮烈に印象に残っていますね。
いま「シネクラブ」で調べたら、DVDは絶版。うーむ、こうなるとますます見たい!
それにしても女性は相手の首を欲しがる(サロメだけ?)のに、男性は心臓がいいのでしょうか?なぜ?