中野京子の「花つむひとの部屋」

本と映画と音楽と。絵画の中の歴史と。

花をもたせる--大相撲八百長問題

2011年03月01日 | 雑記
 スポーツ音痴のわたしでも、連日報道される大相撲八百長問題には全く無関心ではいられない。たまたま「Number773」号の、奥田英朗氏エッセー「どちらとも言えません」を読み、とても面白かった。

 彼は「相撲ファンでもなんでもない」のだそうだが、今回の件は「適当なところで許してやっちゃくれないか」と書く。「日本古来の伝統芸能として、なくすにはあまりに惜しい」。

 そして話は野球へと転じ、1988年のドラゴンズ・リーグ優勝の思い出を辿る。

 最後の試合、ドラゴンズは序盤からヤクルトに大差をつけ、ほぼ優勝は確定的となった。郭源治投手は相手の秦選手からツーアウトを取り、あとアウトひとつ取ればいい、というところで早くも泣いてしまう(シーズン中に愛弟を亡くすなどセンチメンタルになっていたらしい)

 以下、奥田氏の文章を引用しよう、

「中日ファンは、ストライクはとれるのかいなとハラハラしながら観ていたのだが、最後のバッター、秦選手が実にナイスな男であった。ボール球をうまく空振りして、三振に倒れてくれたのである。かくして感動のフィナーレ。わたしの頭の中には「秦はいい奴」とインプットされている」
「結局のところ、「花をもたせる」ということがわからない人間は、スポーツ界ではやっていけないということなのである」

 スポーツ界だけではないな、とわたしは思った。
 もうだいぶ昔だが、オペラ界のスーパースターが世界を引退ツアーしていたころの話を思い出したのだ。

 日本での「アイーダ」公演のとき、タイトルロールを歌う彼女の声は見る影もなく衰えていたという。一方、伸び盛りのメゾソプラノははるかに彼女を凌駕し、二重唱では完膚なきまでに叩きのめす、という感じだったらしい。

 しかしオペラを実際に観た人の多くが、なんとなくこのメゾソプラノに反感を持ったことは評を読んで感じられた。

 かつての輝けるスターが老いを自覚して引退を決め、それでも最後にもう一度彼女の声を聴きたいという多くの観客の前に立つ。以前は軽々と出ていた高音をもはや出せないことに、一番口惜しがっているのは本人であろう。しかしファンは、彼女の今の声の向こうに、かつての彼女の声を重ねて聴いているから、それを許す。いや、それを半ば忘れる。

 そこへ「花をもたせる」ことを知らない若きメゾソプラノが、彼女より高い声を出し、彼女がもう伸ばすことのできないところからさらにさらに声を伸ばして圧倒する……

 新しいスターが登場したことはアリアを聴けばじゅうぶんわかることなのだから、二重唱の場ではせめて少しセーブすれば「いい奴」とおもわれたのになあ、と。



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2 コメント

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年寄り笑うな (midmid)
2011-03-05 01:10:44
「花をもたせる」って美しいですね~。(本心はどうであれ)他人に花をもたせることが上手な人には、つい人徳があるような気にさせられてしまいます。ところで、数年前に友人が訪れた、とある京都のお寺にこんな掛け軸があったそうです。「子供叱るな、自分が来た道。年寄り笑うな、自分が行く道」。アイーダのメゾソプラノさんも、いつか年老いて、かのスーパースターの心境に至ることでしょう…。
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Unknown (midmidさんへ(kyoko))
2011-03-08 08:31:57
 あ、わたしが覚えているのとちょっと違います。いろいろヴァージョンがあるのかな?
「子ども泣かすな、来た道じゃ。年寄り笑うな、行く道じゃ」
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