朝日新聞ブログ「ベルばらkidsぷらざ」で連載中の「世界史レッスン」第51回目の今日は、「山田浅衛門とサンソン」⇒http://bbkids.cocolog-nifty.com/bbkids/2007/02/post_df57.html#more
ほぼ時代を重ねて江戸とパリで、代々死刑執行人として過酷な人生を生きなければならなかった彼らについて書きました。
山田浅衛門は高橋お伝の処刑でミスをしたことが知られている。彼女は男ふたりがかりで押さえつけたにもかかわらず、暴れまくり叫びまくったため(最後に一目でいいから恋人に会いたいと懇願した)、浅衛門の手元が狂い、一太刀で首をはねることができなかったのだ。
サンソンのエピソードとしては、デュ・バリー夫人処刑の際、かなり狼狽したと言われている。なぜなら若いころ娼婦をしていた彼女と、いっとき深い関係にあったからというのだけれど、ほんとうだろうか?
当時公開処刑は庶民の娯楽だったが、ギロチン導入であまりに早く(それこそあっという間に)首切りが終わってしまうので、まるでその埋め合わせのように、罪人は時間をかけて市中を引き回された。
ツヴァイク作『マリー・アントワネット』のこのときの描写は、まさにツヴァイクの名人芸を見る思いがする。引き回しを受ける場面が異様に長く詳細なのに、いざギロチンにかけられたとなると、え?というほどあっけなく、これによって逆にギロチン処刑の残酷さが浮かび上がるという趣向である。
ついでながらこの引き回しを受けたときのアントワネットのスケッチが、ダヴィッドの手で残っている。ツヴァイクはよくよくこの画家を軽蔑しきっていたとみえて、次のように書いている。
――サン=トノレ通りの角、今日ではカフェ・ド・ラ・レジャンスの建つあたりで、ひとりの男が鉛筆と一枚の紙を手に待ちかまえている。
ルイ・ダヴィッド、もっとも卑怯な人間のひとりであり、当時最大の画家のひとりでもある。革命のあいだ彼はもっとも騒がしく吠えたてる連中の仲間で、権力者が権力の座についている間はそれに仕え、危なくなると見捨てた。彼は死の床にあるマラーを描き、テルミドール八日にはロベスピエールに「ともに杯を傾け、飲み干そう」と崇高な誓いをしておきながら、ヒロイックな渇きをすぐ流し去り、家に身をひそめる方を選んだ。
この悲しい英雄は、臆病風によってギロチンを免れるのだ。革命のあいだ暴君たちの激烈な敵だった彼は、新しい独裁者が登場すると真っ先に向きを変え、ナポレオンの戴冠式を描く報酬として<男爵>の称号を手に入れ、それと同時にかつての貴族憎悪を放り投げてしまう。
権力におもねる永遠の変節漢の典型であり、成功者にはすり寄り、敗北者には情け容赦ない彼は、勝者の戴冠式を絵にし、敗者の断頭台行きを絵にする。
今マリー・アントワネットを運ぶ同じ荷車に、後日ダントンも乗ることになるのだが、ダヴィッドの浅ましさを知り抜いている彼は、車上からその姿を見つけ出して、侮蔑の言葉を鞭のように振りおろす、「この下司野郎!」――
☆新著「怖い絵」(朝日出版社)
☆☆アマゾンの読者評で、この本のグリューネヴァルトの章を読んで「泣いてしまいました」というのがありました。著者としては嬉しいことです♪
①ドガ「エトワール、または舞台の踊り子」
②ティントレット「受胎告知」
③ムンク「思春期」
④クノップフ「見捨てられた街」
⑤ブロンツィーノ「愛の寓意」
⑥ブリューゲル「絞首台の上のかささぎ」
⑦ルドン「キュクロプス」
⑧ボッティチェリ「ナスタジオ・デリ・オネスティの物語」
⑨ゴヤ「我が子を喰らうサトゥルヌス」
⑩アルテミジア・ジェンティレスキ「ホロフェルネスの首を斬るユーディト」
⑪ホルバイン「ヘンリー8世像」
⑫ベーコン「ベラスケス<教皇インノケンティウス10世像>による習作」
⑬ホガース「グラハム家の子どもたち」
⑭ダヴィッド「マリー・アントワネット最後の肖像」
⑮グリューネヴァルト「イーゼンハイムの祭壇画」
⑯ジョルジョーネ「老婆の肖像」
⑰レーピン「イワン雷帝とその息子」
⑱コレッジョ「ガニュメデスの誘拐」
⑲ジェリコー「メデュース号の筏」
⑳ラ・トゥール「いかさま師」
☆ダヴィッドのこのスケッチは下巻口絵に載っています。
☆☆画面をクリックすると、アマゾンへ飛べます♪
◆マリー・アントワネット(上)(下)
シュテファン・ツヴァイク
中野京子=訳
定価 上下各590円(税込620円)
角川文庫より1月17日発売
ISBN(上)978-4-04-208207-1 (下)978-4-04-208708-8
ほぼ時代を重ねて江戸とパリで、代々死刑執行人として過酷な人生を生きなければならなかった彼らについて書きました。
山田浅衛門は高橋お伝の処刑でミスをしたことが知られている。彼女は男ふたりがかりで押さえつけたにもかかわらず、暴れまくり叫びまくったため(最後に一目でいいから恋人に会いたいと懇願した)、浅衛門の手元が狂い、一太刀で首をはねることができなかったのだ。
サンソンのエピソードとしては、デュ・バリー夫人処刑の際、かなり狼狽したと言われている。なぜなら若いころ娼婦をしていた彼女と、いっとき深い関係にあったからというのだけれど、ほんとうだろうか?
当時公開処刑は庶民の娯楽だったが、ギロチン導入であまりに早く(それこそあっという間に)首切りが終わってしまうので、まるでその埋め合わせのように、罪人は時間をかけて市中を引き回された。
ツヴァイク作『マリー・アントワネット』のこのときの描写は、まさにツヴァイクの名人芸を見る思いがする。引き回しを受ける場面が異様に長く詳細なのに、いざギロチンにかけられたとなると、え?というほどあっけなく、これによって逆にギロチン処刑の残酷さが浮かび上がるという趣向である。
ついでながらこの引き回しを受けたときのアントワネットのスケッチが、ダヴィッドの手で残っている。ツヴァイクはよくよくこの画家を軽蔑しきっていたとみえて、次のように書いている。
――サン=トノレ通りの角、今日ではカフェ・ド・ラ・レジャンスの建つあたりで、ひとりの男が鉛筆と一枚の紙を手に待ちかまえている。
ルイ・ダヴィッド、もっとも卑怯な人間のひとりであり、当時最大の画家のひとりでもある。革命のあいだ彼はもっとも騒がしく吠えたてる連中の仲間で、権力者が権力の座についている間はそれに仕え、危なくなると見捨てた。彼は死の床にあるマラーを描き、テルミドール八日にはロベスピエールに「ともに杯を傾け、飲み干そう」と崇高な誓いをしておきながら、ヒロイックな渇きをすぐ流し去り、家に身をひそめる方を選んだ。
この悲しい英雄は、臆病風によってギロチンを免れるのだ。革命のあいだ暴君たちの激烈な敵だった彼は、新しい独裁者が登場すると真っ先に向きを変え、ナポレオンの戴冠式を描く報酬として<男爵>の称号を手に入れ、それと同時にかつての貴族憎悪を放り投げてしまう。
権力におもねる永遠の変節漢の典型であり、成功者にはすり寄り、敗北者には情け容赦ない彼は、勝者の戴冠式を絵にし、敗者の断頭台行きを絵にする。
今マリー・アントワネットを運ぶ同じ荷車に、後日ダントンも乗ることになるのだが、ダヴィッドの浅ましさを知り抜いている彼は、車上からその姿を見つけ出して、侮蔑の言葉を鞭のように振りおろす、「この下司野郎!」――
☆新著「怖い絵」(朝日出版社)
☆☆アマゾンの読者評で、この本のグリューネヴァルトの章を読んで「泣いてしまいました」というのがありました。著者としては嬉しいことです♪
①ドガ「エトワール、または舞台の踊り子」
②ティントレット「受胎告知」
③ムンク「思春期」
④クノップフ「見捨てられた街」
⑤ブロンツィーノ「愛の寓意」
⑥ブリューゲル「絞首台の上のかささぎ」
⑦ルドン「キュクロプス」
⑧ボッティチェリ「ナスタジオ・デリ・オネスティの物語」
⑨ゴヤ「我が子を喰らうサトゥルヌス」
⑩アルテミジア・ジェンティレスキ「ホロフェルネスの首を斬るユーディト」
⑪ホルバイン「ヘンリー8世像」
⑫ベーコン「ベラスケス<教皇インノケンティウス10世像>による習作」
⑬ホガース「グラハム家の子どもたち」
⑭ダヴィッド「マリー・アントワネット最後の肖像」
⑮グリューネヴァルト「イーゼンハイムの祭壇画」
⑯ジョルジョーネ「老婆の肖像」
⑰レーピン「イワン雷帝とその息子」
⑱コレッジョ「ガニュメデスの誘拐」
⑲ジェリコー「メデュース号の筏」
⑳ラ・トゥール「いかさま師」
☆ダヴィッドのこのスケッチは下巻口絵に載っています。
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◆マリー・アントワネット(上)(下)
シュテファン・ツヴァイク
中野京子=訳
定価 上下各590円(税込620円)
角川文庫より1月17日発売
ISBN(上)978-4-04-208207-1 (下)978-4-04-208708-8