※ 不思議写真の一枚。
このお写真はお釈迦様の涅槃像を撮影したものですが、恩師の祈りによって
お釈迦様が閉じておられた瞼を半眼に開かれたと恩師は説明されておられました。
(涅槃像ですから当然ながら瞼は閉じているものを造られたと思います。)
~ 恩師の「心行の解説」より ~
「正しく仕事をなし 正しく生き」
今日の「心行」の解説は仕事についてお話させていただきます。
世の中の殆どの方は仕事をしていらっしゃいます。
なぜ仕事をしなければいけないかというと、
私たちは人様の労働のおかげで生きさせてもらっていますから、そのご恩報じをするわけです。
仕事の目的はお金儲けとは違います。
私たちは、人様が一生懸命汗を流し物を作ったり販売してくださったりするおかげで
生きさせてもらっているのですね。
たとえば鉛筆一本をとってみましても、外側の木は大きな材木を切らなくてはなりません。
中の芯は鉱物ですから、まず掘り起こし次に加工します。
そして色を塗ったり印刷したりして、
一本の鉛筆のためにどれだけ多くの方が労力を使って下さっているか分かりません。
食べるものについても同じです。
お米一粒に八十八回の労力がかかるそうで、
それだけ手をかけないとできないお米を私たちは三度三度頂いております。
まさに人の労力を頂いているということです。
魚についてみますと、漁をされる方が海に出られるのは命がけです。
その魚を私たちは頂いております。
野菜にしても牛肉にしても、それぞれ大変な労力のおかげで私たちの口に届いております。
着る服もそうですね。
布地ができるまでは、まず羊を飼い、羊が成長するまでが大変で、
その毛を刈り取って大量にまとまったものが輸出輸入の労力を通して日本に入ってきます。
輸入された羊毛は羊のお尻の辺りには便がいっぱいついていますし、
バーといってくるくる巻いた棘の生えた植物の実のようなものがたくさんついていて、
それを一つの工程を通して燃やしてしまいます。
次に製毛してやっと紡績へ運ばれて糸になります。
いろいろな色に染め、織りあげたものを仕立てて一着の服になるのです。
どれほど大勢の方たちの労力を頂いているか計りしれません。
住まわせていただく家もまた労働を通して多くの方々の恩恵を頂いております。
まさに血と汗の塊です。
そうであれば、私たちもどんな仕事でも、仕事に貴い賤やしいの差はありませんから、
自分の肉体を動かして、生きさせていただいているご恩報じをさせてもらうのです。
これが仕事の意義です。
~ 感謝・合掌 ~