ぐらのにっき

主に趣味のことを好き勝手に書き綴っています。「指輪物語」とトールキンの著作に関してはネタバレの配慮を一切していません。

RotKサントラつれづれ話

2004年03月12日 | 旧指輪日記
RotKサントラで一番好きなのは、映画を観た今ではやはり「黒門開く」がダントツなのですが、それ以外でも音楽がいいな~という場面がいろいろあります。
まずは、昨日サムのことでも書いたのですが、冒頭のフロドとサムの会話の場面です。サムが「帰りの分です」と言ったのを聞いたフロドの表情と共に、それまで暗くて不気味な音楽が流れていたのが、クラリネット(多分(汗))中心のしずかな明るい和音に変わるのですが、これがすごい涙腺を刺激するんですよね~。
そしてこの後、歩き出した二人の遠景に合わせて、FotRでも二人が最初に歩き出した時に流れたメロディが流れるんですよ。これ、私がLotRサントラにハマるきっかけになった曲でもあったので、もうこれ聴いてるだけで涙だらだらでした(汗)FotRではオーボエとホルンの素朴な感じだったのですが、RotKではずっと弦楽器で、悲壮感漂う感じになっているのがたまりません。
あと、フロドが一人になった時、倒れたら森の中にいた、という場面で流れるフルートの静かな明るい音色も涙腺を非常に刺激します。ほとんど効果音のような使い方ですが・・・
それから、ミナス・ティリスでピピンとガンダルフが死について話す場面、最初はずっとかすかな少年合唱のハミング?が流れているのですが、これが実はINTO THE WESTのサビの部分のコード進行なんですね。後からチェロでINTO THE WESTのメロディが入って来て初めて気がついたのですが。ここも、INTO THE WESTのメロディが流れるだけでもうボロ泣きですし(事前にINTO THE WEST聴いてたからこそですが)、その前のハミングの和音も幻想的で美しくて、ここも本当に大好きです。
ハミングからINTO THE WESTへ、という展開は、灰色港の最後の部分でも同じですね。ここもハミングがいいんですが、よく聴いてないとわからないくらいかすかなハミングなミナス・ティリスの場面の方が更に好きかもしれません。
あと、予告で使われていたのを聞いて、「王の帰還」の、戴冠式に移る場面のメロディもいいなあと思いました。エンドロールでもINTO THE WESTの後に流れてましたが。「王の帰還」は続けて聴いても感動的ですが、パーツごとに取り出して聴くのも趣きが深いです。
こうして考えてみると、やっばりサントラだなあ、とつくづく思います。音楽単独で聴くのもいいですが、やはり画面と合わせて聴くのがこのサントラの魅力が一番わかると思います。

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再びサムのこと

2004年03月11日 | 旧指輪日記
数日前に映画のサムについて総括したばかりなのですが、やはりまだ総括には早かったようで(汗)
映画全体についての気持ちはだいた固まって来たようなのですが、サムに関してはまだ揺り戻しがあるというか(汗)しばらくは行ったり来たり、になりそうです。
まあ、TTTの時のように、「納得できない! 許せない!」というほどではないのですが。映画はこうなんだよな、とある程度納得はしつつも、ちょっと残念なんだよなあ、という感じでしょうか。

今回観て、指輪を棄てた後にフロドと話す場面、やっぱダメだな~と思ってしまいました。ロージーのことを思い出すのはいいんですが、「結婚したかったよー」と絶望して泣いているのはちょっとやっぱり・・・ですね。
ここのサム、オスギリアスの長台詞のサムとも矛盾しているように思います。「この世には命をかけて守る価値のあるものがある」と言っていたあの台詞、結局のところ口先だけだったんかいな、と思えてもしまいます・・・あそこはロージーやホビット庄を守ることができて、そして何よりフロドが元に戻れて、幸せそうなサムでいて欲しかったのです。
サムがそんななので、フロドの「お前がいてくれて良かった」という台詞の意味合いも変わってしまったのも残念です。どんな暗い状況でも希望を失わずにいたサム、そのサムの素朴な力がフロドの心を明るくしてくれて、そのために「お前がいてくれて良かった」だったはずなのに・・・
救いなのは、FotRラストで一度この台詞言っていて、その時は原作どおりの意味合いで使われていた、ということでしょうか。
他の場面でも、サムのこういう原作準拠な部分が描かれているところはあって、そういうところはすごい好きなんですよね。
RotKでは冒頭のレンバスの話をする場面、サムが「帰りの分です」と言うところは大好きです。いつもいきなりここから泣いてしまうんですよね(笑)まあ、ここがいいのは、フロドの表情なんですけどね。音楽もここ大好きです!
この場面、TTT SEEのエルフのロープの場面とかなりかぶりますが(汗)でもあの場面も大好きです。
映画のサム、色々考えてみると、どうも整合性に欠ける部分が見えて来たりします。やはり原作と変えてしまうと、矛盾する部分が出て来てしまうのでしょうね。なら最初から変えなければいいのに、とか思ってしまうのですが(汗)

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5回目(吹き替え2回目)

2004年03月10日 | 旧指輪日記
昨日5回目を見てきました。吹き替え版では2回目になります。
前回かなり映画寄りで見られたので、反動で今回は批判モードになるかなーと思ったのですが、意外に前回の印象は変わりませんでした。
なんだか「映画は映画」という事実をかなり受け入れられるようになったようです。多分、今後も私はこの方向性で行くのではないかと思われます。TTTの時のように毎回あっち行ったりこっち行ったり、ではなくて(笑)
もちろんどうも理解不能な部分や納得行かない部分もあるのですが。やっぱりどうもデネソールが理解しがたいです。なんとか良いところみつけようとしてるんですけどねえ。

吹き替えは2回目になりますが、前回の時よりは馴染んで見られたように思います。今回はやはり字幕の方が良いかなーと思うのですが、吹き替えもところどころ良い台詞になってるところがありますね。
しかし、フロドの「家に帰れ」のあたりは・・・(汗)また映像と何の違和感もないのが困ったものです。ここ、DVDで改善されたりしないでしょうかねー。「ホビット村の緑竜館」なんて間違い発言(歌詞か)もありましたし・・・
今回、ピピンの飯泉征貴さんとエオウィンの本田貴子さんがかなり熱演だなーと思いました。ピピンもエオウィンも、感情移入して演じられる役回りなんだろうなあ、なんて思いました。

ところで、隣の席で小学生の男の子(4年生くらい?)が見ていたのですが、この子の反応が面白かった(笑)
ゴラムがレンバスを落とす場面やシェロブの洞窟で骸骨が出て来た場面などは、思わず小さい声で「あっ!」とか言ってましたし、シェロブに追い回される場面はかなりドキドキしていた様子(笑)
サムが波璃瓶を持って登場、の場面では「サムカッコイイ~」、サムがオークを倒す場面では「サム強え~」と、かなりサムに感心していたようでした(笑)
灰色港の場面などはやはり全く理解していない様子でしたが、エンドロールでは、お母さんが先に席を立ってしまっていたのに、一人で最後まで座っていて、彼なりにこの映画を楽しんだんだなー、と思いました。
PJの映画の作り方は、派手だなあ、と思う部分が多いのですが、少なくともそういう部分で子供たちをひきつけることができているのだとしたらすごいことだなあと思ったりもしました。

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エオウィンとファラミアのこと

2004年03月08日 | 旧指輪日記
RotK映画でカットされたのが残念なエピソード、一つだけ挙げろと言われたらやはりエオウィンとファラミアの話ですね。
RotKのアートブックも、この二人の戴冠式のツーショット写真欲しさに買ってしまいました・・・(大汗)
思い余って?原作のエオウィンとファラミアの場面を拾い読みしてみたのですが、いやー泣いてしまいました(笑)
原作ではずっと張り詰めた冷たさがあったエオウィンが、ファラミアの前でふっと素直な気持ちを吐露してしまうところがいいなーと思っていたので、映画のエオウィンだとこのあたりはどうなるかなあ、なんて思っていたのですが、RotK見た後だと、映画のエオウィンでもそのままこの場面にしっくり来るなあ、なんて思いました。
逆に映画RotKのファラミアを見た後だと、意識が戻ってからのファラミアの悲しみとかって原作ではほとんど描かれてないなあ、ということに気がついたりしました。ずっと気持ちがすれ違い続けていた父親とついに分かり合うことができずに死なせてしまったのって、かなり辛いことだったと思いますが・・・。そう思うと、映画では最後にファラミアの意識が戻ってデネソールと目が合うの、良かったかなあとか思ったりもしました。
エオウィンはもちろんファラミアに癒されるのですが、ファラミアもまたエオウィンに癒されたはずで、その辺が原作でははっきりとは描かれてなかったので、映画ではもっと描いてくれたらいいなあとか思ってました。
SEEには入るでしょうが、さてどのようになっているでしょうね。
しかし、この二人のエピソード、映画RotKでどの辺に入るかなあ、と考えてみると・・・うーん、カットされたのわかるかも(汗)どこに入れたらいいのかさっぱりわかりません(汗)
それでも敢えて予想してみると・・・アラゴルンたちが黒門に向かうシーンのあと、残された二人の出会いがあって、その次、指輪が棄てられた場面のあたりで、城壁から東を眺める二人の場面があったりするといいかなーと。城壁の上で、ファラミアが、世界が滅びると理性では思うのに心に希望がわきあがってくる、という場面がすごく好きなので・・・
フロドが目覚めてからはどうも入る余地がなさそうな気がするので、プロポーズはなしかなあ。ま、そのあたりは戴冠式のわざとらしいツーショットで補うということで(笑)
なーんて予想してみました。あまり期待しすぎはよくないと思いますが(汗)

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PJ映画のサムについて、総括?

2004年03月06日 | 旧指輪日記
FotRの時から違和感を持ち続けていた映画のサムでしたが、RotKではそんなに違和感感じずに済むんじゃないかなあという予感はありました。どんなサムであろうと、フロドを心配して、フロドとの別れを悲しむのは同じだろうと思ったので・・・
実際にRotKを見て、ややひっかかる部分はあるものの、意外に違和感を持たずに済みました。やっぱりカッコ良すぎだよなあ、と思う部分もあるのですが、滅びの山でフロドのために涙を流す姿、滅びの亀裂で手を伸ばそうとしないフロドに「放さないで」と言う姿、そして灰色港でフロドが行くと知って呆然とする姿、そういうのを見ていると、他は水に流せるかなあと思いました。
思えばFotRでも、湖に入っていくサム、カッコ良すぎると思いつつも、その真剣な演技を見て、「まあいいか」と思えたものでした。
TTTでは、例のオスギリアスの長台詞の直前、フロドに剣を突きつけられて「Don't you know your Sam?」と涙を流すサムはとても良かったのですが、その後がどうしてもダメで、ショーン・アスティンの演技で水に流せるまでは行かなかったようです。
RotKのサムは、良かった部分がひっかかる部分を凌駕したので、水に流せると思えたみたいです。ショーン・アスティンの演技はやっぱり上手いと思いました。
原作のサムのことを思うに、「王の帰還」終盤のサムは本当にすごくて、感動するけれど、映画のサムを見たあとだと「すごすぎる」と思えたりして・・・。
純朴なサムが信念を貫き通す姿からは、ただホビットの素朴さの力とかそういうことを超えて、「何か」に見守られ、導かれているのを感じます。オークの塔で突然西の国の美しい歌が口をついて出る場面や、白い星を見て心安らかになる場面を読むと、そういうのを強く感じますね。
PJ映画では、サムに限らず、登場人物たちは皆「普通の人間」(まあサムはホビットですが)として描かれているんだなあというのをつくづく感じます。ここまで映画を観てきて、映画はそうなんだ、という風にかなり割り切れて来たような気がしています。まあ、それだけでは割り切れない人もまだいるのですが(汗)
面白いのは、映画のサムはカッコイイ分、あくまでも「普通の人間(ホビット)」のままで、原作と違って最後で主人公にはなり得なかった、ということですね。まあこれはフロドの描かれ方の違いもあるのでしょうが。

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究極の選択・・・になりそうな予感(汗)

2004年03月05日 | 旧指輪日記
3月から6月まではシンガポールで開催されるLotR展覧会が、8月1日からアメリカのボストンのSience Museumで開催されるそうです。チケットは6月1日発売だとか。詳しくはこちらをご覧ください。
実は、LotR交響曲演奏会情報のページにも書いたのですが、7月30日、31日はピッツバーグでショアのLotR交響曲の演奏会があるんですよねー。ちょっと前まではシアトルに行こうかと悩んでいたのですが、こっちの方が仕事もかなり休みやすい時期だし、ピッツバーグ交響楽団の方がシアトルよりはランク上だと思うので(聞き比べた訳ではないですが(汗)少なくとも有名・・・)かなり気持ちが動いていたところにこの展覧会情報です。かなり行く気が高まって来ましたよ(笑)
(チケットのこと問い合わせたら親切にお返事くれたシアトルシンフォニー関係者の方々、ごめんなさい・・・(大汗))
ピッツバーグは割とボストンにも近いような気がしますが、アメリカの距離感は地図見てもよくわかりません(汗)まあ、どうせ移動は飛行機になるでしょうけど。ついでにN.Y.に行ってRENTも見て来られるし、かなりお得?な旅になりそうな。
という訳で、これはもうセットで行くっきゃないでしょう! まあ、始まったばかりの日程で展覧会のチケット取れるかどうかわかりませんけど(汗)
しかし、ここで私個人限定の大問題が。実は7月31日、8月1日と、昔から大好きだった某ロックバンドが出演するかもしれないイベントがありまして、(もちろん日本で。しかも東京)もしそのバンドが出演したら、思いっきりピッツバーグの演奏会と重なるんですよね・・・。現在実質解散しているそのバンドが見られるのはおそらくそのイベントでしかチャンスがないので、出るなら絶対行きたかったりするんですよね~。
何もこんなところで日にち重ならなくたって! と一人で苦悩しております(笑)
冷静に考えてみれば、交通費も電車賃のみ、宿泊費もかからない東京のイベントに行くのが正しい選択でしょうね・・・もし重なったら、そういうことになると思います・・・
唯一の望み?は、そのイベントの参加メンバーがまだ発表になっていないということです。もう、こうなったら出ないでくれー! とそっちのバンドのファン仲間に知れたら吊るし上げを喰らいそうなことを密かに祈ってたりして(汗)

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レンバス事件(笑)について。

2004年03月04日 | 旧指輪日記
4回目にかなり映画寄りにふっきった見方ができるようになったのには、「レンバス事件」(汗)をいい方向に解釈できるようになったというのが大きいです。(何度も言ってますが(汗)BBSで教えてくださった皆さんありがとうございました!)
あの場面、フロドは指輪を取られたくなくてサムを帰した、という風に見えてしまうのですが、よーくイライジャ・ウッドの演技を見て、そして英語の台詞を聞いていると、そうではないのでは、とも思えます。
「指輪を預かりましょう」と言ったサムの言葉にフロドが動揺したのは、ボロミアのことを思い出したからではないでしょうか。指輪に誘惑され、人格が変わってしまったボロミアのことを。そして、「指輪は一人一人仲間を滅ぼして行く」というガラドリエルの言葉を。それを怖れたからこそ、FotRラストでフロドは一人で旅立とうとしたのですよね。
英語ではサムに「You can't help me」と言い、間をおいて「I'm sorry」があって、その後に「go home」の台詞があったと思うのですが、この「お前は(もう)僕を助けられない」という言葉が、その説?を裏付けられるように思いました。その後の「I'm sorry」も、本当にサムに「ここまで来てくれたのにすまない」という気持ちの言葉なのかもしれません。
このあたり、吹き替えはもう問題外なのですが(汗)字幕も上手く訳していなかったと思います。翻訳って解釈によるんだなあと実感。
その前、フロドがゴラムのことを「彼を追い払う気はない」という場面も、単にフロドがゴラムに騙されているのではないと思いました。サムに、「道案内が必要だ」「お前の助けも必要なんだ」と説くフロドからは、「騙されて信じている」というよりも、信じようとしているのだとも思えました。原作のように。そして、サムへの信頼は変わらないのだとも。
しかし、もしそういう意図だとしたら、なんでああいう紛らわしい演出にしたのかということなんですが・・・。滅びの亀裂でのフロドとゴラムの格闘?について、「指輪を取り戻そうとしているのか棄てようとしているのかわからないように」やったというPJのインタビューを読んで、なんかPJってそういう演出が好きなのかも、と思いました。そして多分イライジャ・ウッドも・・・(大汗)
そんなことを考えていると、「なんでそんな演出にしなきゃいけないの?」という疑問が湧いて来てしまうので、この辺にしときます~(汗)

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PJ映画から失われたもの

2004年03月03日 | 旧指輪日記
BBSにも書きましたが、昨日カウンター20000超えました!
RotK公開が近づくにつれてアクセスがどんどん増えて、びっくりしてました。RotK先行の翌日が最高記録で、公開以来だんだん減り始めていたアクセスがアカデミー賞受賞でまた増え始めていて、LotR人気はすごいなあと思ったりしております。
こんなサイトに訪れてくださる皆様、そしてリンクしてくださっているサイトの皆様に改めて御礼申し上げます。ありがとうございます!

さてさて、アカデミー賞でお祝いムードな上に、4回目を観てかなり映画よりモードになっているところなのですが、今日は敢えてというか、だからこそ、PJ映画の問題点?のことを書いてみたいと思います。
初めてRotKを観た時のがっかり感、がどこから来たのかというと、原作と変えられてしまったところがどうの、というよりも、全体の雰囲気が、だったんですよね。TTT中盤あたりから出て来た、ちょっと「ハリウッドっぽい」ところが残ったままだったこともあるのですが、それと共に、FotR、TTT前半にあった「あるもの」が失われてしまっているのだと思います。
上手く言葉にすることはできないのですが、強いて言えば「静謐さ」とでもいうものでしょうか。エルフたちが中つ国を去ってしまうという悲しみ、というのもその一つだと思いますが。
古くからの原作ファンの方は、FotRにも違和感を感じられたようですが、私にはFotR、そしてTTTの前半(追加シーンにも)には、原作を読んでいる時に感じたのに近い「静謐さ」を感じました。
それがTTT中盤から失われて、RotKにもそういうシーンがあることはあったのですが、印象としてあまり強くは感じられませんでした。RotKでは、「友情」がメインに押し出され、ドラマチックな場面が続き、その分「静謐さ」が失われてしまい、結果として「ハリウッド的な」場面が残ってしまったように思います。
まあ、SEEにはそういう場面が加わるのではないかと期待しているのですが。SEEまで観たら、またRotKの印象もかなり変わるでしょうね。
と早くもSEEを期待するようなことを書きつつも、まだまだ劇場版も堪能しきっておりませんので(汗)早く5回目観に行きたいです~!

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アカデミー賞11部門受賞!

2004年03月01日 | 旧指輪日記
昨日の4回目鑑賞でかなり映画よりモードになったため、急にアカデミー賞の行方が気になりだしたりして。なんだかとっても取ってもらいたくなってしまったのです。
で、帰ってきて、とりあえず公式サイトを見たら、全部星が付いてるじゃないですか! もうびっくりしましたよー(笑)
最初に見た時は、正直、「これがオスカー取るなんてあり得るんだろうか?」と思ったものです(汗)なんだかちょっとハリウッド的な部分が好きになれなかったもので。
今でもそういう思いはありますが・・・でも、素直に嬉しいですね、この快挙は。
私はほとんど映画観ない人なんですが(汗)なんで観ないかと言うと、面白いと思える映画になかなか出会えないからなんですよね。
私は映画にしろ舞台にしろ、一番気にするのは実は脚本だったりします。ストーリー展開が緻密にできているか、そして心を動かす人間描写や主題があるか、ということが一番気になります。
もし私が原作を知らずに映画を観たら、多分ものすごく感動したのではないかと思います。小さなホビットが指輪を棄てに行くという使命を負うこと、仲間たちのフロドへの思い、ゴラムの「役割」、使命をまっとうしても元には戻れない主人公、誇りを取り戻すために死地へ向かう王、伯父への愛ゆえに戦いに赴く姫君・・・
こういうのって、考えてみたら、私が原作を初めて読んだ時の感動と基本的には同じなんですよね。
昨日の妹の感想を聞いて確信したのですが、PJ映画はやはりなんだかんだ言って、原作のエッセンスは間違いなく取り込んでいると思いました。改変された部分も、矮小化されてしまった部分も、ばっさり切られて描かれなかった部分もありますが・・・
逆に言えば、PJ映画がこれだけの評価を得ることができたのは、やはりトールキンの原作の素晴らしいストーリーがあったからだと思います。「原作の映画化」という点では問題があるかもしれませんが、少なくともトールキンの原作を元にして素晴らしい映画を作ったということは言えるのではないでしょうか。
どうも私にはあまり客観的には見られないのですが(汗)、これだけストーリーがしっかりしていて、しかも映像的にも素晴らしい映画というのは、今まであまりなかったのではないかと思います。ファンタジー作品がオスカーを取ってしまった、というこの結果に、映画界もそのような評価をPJ映画に下したのではないか、と思ったりします。

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