ケイの読書日記

個人が書く書評

芥川龍之介 「大導寺信輔の半生」

2015-09-05 11:10:56 | Weblog
 またまた芥川龍之介です。本来、短編作家なので1冊借りると、10作品くらい載っている。どの作品も短いけど、考える所多く、短編1本で一つのブログが書けちゃうね。

 それに、明治・大正の人だから、言葉が難しく、何度も後ろの注釈を見てしまう。この『大導寺信輔の半生』も、23ページくらいの短編だけど、注が50もあり、芥川の教養の深さが偲ばれるね。私がモノを知らないだけかもしれないが。

 しかし、原稿料はページ数で支払われるだろうから、いくら著名な小説家で単価は高いとはいえ、そんなに収入は多くなかったと思うよ。生活もラクじゃなかったようだ。

 それに…女の人にもモテただろうなぁ。いろんな作品に、料亭で声を掛けられたので振り向くと、なじみの芸者が流し目を送ってきた…なんて記述が、あちこちにある。元女子アナの吉川美代子(バツ2)が「芥川龍之介みたいな人がタイプ」って言ってたけど、その感覚、分かります。


 さて、この『大導寺信輔の半生』だが、或精神的風景画と副題がついている、芥川の自伝的作品。小学校時代から始まっていた、本に対する情熱は素晴らしい。


 彼は本の上に、何度も笑ったり泣いたりした。それは言わば転身だった。本の中の人物に変わる事だった。彼は天竺の仏のように、無数の過去生を通り抜けた。イヴァン・カラマゾフを、ハムレットを、侯爵アンドレエを、ドン・ジュリアンを、メフィストフェレスを、ライネッケ狐を  (本文抜粋)

 それに、こういう箇所もある。

 信輔は、才能の多少を問わずに友だちを作る事はできなかった。たとえ君子ではないにせよ、智的貪欲を知らない青年は、やはり彼には路傍の人だった。彼は、彼の友だちに優しい感情を求めなかった。彼の友だちは、青年らしい心臓を持たぬ青年でもよかった。いや、いわゆる親友は、むしろ彼には恐怖だった。その代りに、彼の友だちは頭脳を持たなければならなかった。(中略)いわんや、当時の友だちは、一面には相容れぬ死敵だった。彼は、彼の頭脳を武器に絶えず彼らと格闘した。(本文抜粋)


 非常に魅力的な人だけど、側にいると怖いだろうね。絶えず、自分が試されているような気になる。
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高野史緒 「カラマーゾフの妹」

2015-09-01 10:32:23 | Weblog
 数年前に話題になった、第58回江戸川乱歩賞受賞作。発想が素晴らしい。タイトルも。

 ドフトエスキーの『カラマーゾフの兄弟』は、三兄弟のうちの長兄の父親殺しの話なのだ。次兄のイワンは、どうしても長兄が犯人だとは思えず、特別捜査官となり、13年後に再捜査を始めるというストーリー。イワンが過去の事件を調べ始めると、それに連動するかのように連続殺人が起こり…。

 ドフトエスキーの原典(亀山郁夫訳)では、長兄が親父を殴り殺す部分の描写は、一切ない。逮捕されたのちも、ずーっと犯行を否認していたので、真犯人は他にいるかもと、チラッと思った事はあるが、もともとミステリではないので、気にも留めなかった。

 なんといっても、長兄がクズすぎる。ここで親父を殺さなくても、母親の遺産を手にできたとしても、半年後には金を使い果たし、路上強盗でもやりかねない男なのだ。シベリア行、大歓迎。世のため人のため。

 それに、親父も親父で、お金大好き、女大好きのヒヒジジイなのだが、その金と女で長男と大もめにもめ殺される。長兄は、放蕩の限りをつくしお金を湯水のように使っても、まだ母親の遺産があるはずだと主張し、その金で祖父が囲おうとしている女を連れて、どこかに逃げ出そうとしているのだ。長兄にはフィアンセがいるのに。
 つまり、父親と長男は、性格そっくりのカラマーゾフ家の男なのだ。

 原典では、次兄イワンは、少年の頃から成績優秀で冷静沈着。親の金などあてにしなくても、ちゃんと自立している。末弟アレクセイは、原典の主人公で、天使的な性質で人々を魅了する。その下に、妹が誕生し、赤ちゃんの時に亡くなるが、その死が、この親父殺しの遠因になっている。(もちろん、ドフトエスキーは妹など書いていない。高野史緒の創作。)

 物語としてはとっても面白いが、もしドフトエスキーがこの作品を読んだら、怒り出すんじゃないだろうか?登場人物たちを歪めるな!といって。『カラマーゾフの兄弟』を心のよりどころにしている人がいたら、そういう人は、この本を読まないようにね。
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