慶応大と共立薬科大、合併へ 08年4月めどに
(2006年11月20日(月)23:05 朝日新聞)
両大学によると、合併に踏み切った要因は、06年度入学者から導入された「薬学部6年制」の影響が大きいという。
薬剤師になるためには、これまでの4年から、原則6年の履修が必要になった。このため、学生の間では学費の負担感が強まった。一方、ここ数年続いた薬学部人気で大学や学部の新設も相次いだ。全国の私立薬科大は06年度、前年度より大幅に志願者を減らしたものの全体の学生数は増えたため、実習先の医療機関の確保も課題となっていた。 薬剤師国家試験の合格率が高く伝統がある共立薬大でも、04年度に約10倍だった志願倍率は、06年度は約5倍に落ち込んだ。さらに、今後少子化で18歳人口が減り続け、現在の経営状況を悪化させないようにするため、キャンパスの近い慶大との合併に踏み切ったとみられる。
健全な財政基盤を持つ共立薬大との合併は、医学部や看護医療学部を持つ慶大にとってもメリットは大きい。薬学の研究が多様で高度になるとともに、医学、医療分野とも連携できる。 同日、記者会見した安西祐一郎・慶大塾長は「研究水準の向上が期待でき、質の高い学生の確保など私立大学が直面している競争に有利になる」。共立薬大の橋本嘉幸理事長は「総合大学となる利点は非常に大きい。慶応と一緒になることでグローバルな視点も広がる」と話した。
ネットではこの朝日新聞の記事が一番詳しかったので引用しました。
今回は優良大学同士の合併ですが、今後は生き残りをかけて再編が進むだろう、という論調が多いようです。
ところで大学の「合併」ってそもそもなんなんでしょうか。
学校法人というのはWikipediaの解説を借りれば、本質的には財団法人と同じ寄付行為による基本財産を元にしています。
そして、
- 理事長及び設置する学校の長も含め5人以上の理事や2人以上の監事を置くこと(私立学校法第35条)
- 法人運営に広く学校法人の教職員や卒業生等の意見をとり入れるため理事の2倍を超える数の評議員で組織する評議員会が必置機関であること(私立学校法第41条)
- 解散する場合には残余財産を他の学校法人等に帰属すること(第51条-3)
などが定められています。
つまり、株式会社とちがって会社を所有する権利の表象たる株式のようなものはなく、当然利益配当のようなものはありません。
そして、教育活動にかかる収益は非課税(営利事業も税率が低い)なので健全な経営の学校法人は利益が内部留保されつづけるわけです。
(学校法人をクライアントに持つ知人の公認会計士に言わせると、老舗の大学の内部留保は「それはそれはすごい金額」だそうで、なのでライバル校が新しい学部を作ったり校舎を新築したりすると、とにかく負けじと簡単に巨額の資金をつぎ込むそうです。)
また、株主によるガバナンスがない中で、上のように理事会(理事長と学校長)と評議員の独自の内部牽制が効いているようです。
株式会社に例えて言えば、学校長は執行役員の長で取締役会メンバー、他の取締役会メンバーは理事で理事長が会長。評議委員会が委員会設置会社における委員会の役割を果たしている、というような感じでしょうか。
では、このような学校法人の「合併」というのはどうやって決まるのでしょうか?
株式会社の場合は乱暴に言うとそれぞれの(企業価値÷発行済株式総数)で一株あたりの単価を決めて、その比率が合併比率になります。
ところが、学校法人は基本財産の大きさはわかるものの、株式の概念がないので「合併比率」というものが観念しようがありません。
そうなると、意思決定機関としての理事会や評議委員会の議席数争い、ということになるのかもしれません。
ただ今回のように大学の規模が大きく違うと、資産規模按分では共立薬科大学は著しく不利になるでしょうし、「対等合併」では慶應が不利になります。
また、薬学部における教授ポストなどもどうやって決めるのでしょうか。
こう考えてみると、個人のエゴだけを優先すれば、学校経営が赤字であっても自分の(理事や評議員や教授)在任中に学校法人財産を食いつぶさない限りは他校との合併をするメリットはないですね。
また、優秀なスタッフをそろえたければ、必要な教授や研究者をヘッドハンティングしてきたほうが学校法人の経営にとっては面倒がありません。
なので、健全校同士があえて「合併」に踏み切るというのは、激しいポスト争いを覚悟するわけで、長期的なビジョンが相当すり合っていないと難しいのではないかと思います。
その意味では今回の決断は相当な英断ではないでしょうか。
ついでににいくつか感想を。
特に慶應側の事情としては、将来的には大学の合併が進むと想定される中で、今回健全校同士の「友好的合併」を経験することで、将来の合併のOJTとして役立てようという部分があるのではないでしょうか。
少なくとも今回は経済面のゴタゴタは少ないはずで、理事・評議員の構成や教授人事、また学生・OBなどへの対応の経験は次のディールに生きるはずです(このへんは企業における各種ディールの「実戦経験」「場数を踏んでいること」の重要性と同じではないかと。)。
学校法人は本質的には基本財産を持つ財団法人だとすると、赤字基調で基本財産がゼロに近づいた大学はM&Aの対象としても魅力的でなく(大学全体を抱え込むより優秀な学部・教授(経営資源)だけをヘッドハンティングすればいい(※))、そのような大学は再編すらされずに単に倒産してしまうのではないか。
(※ このへんは文部科学省の許認可権でコントロールされるのかもしれませんが)
株式のような財産的持分を表象する権利がなく、財産と人の集合体同士の合併、と言う意味では大手ローファーム同士の合併と似ている部分があるかもしれませんね(パートナーの収益・費用配分ルールとか昇格基準とかのすり合わせは大変そうです)。