→その③盆踊りと屋台の続き
■さあさあ!なんと4部作になってしまった、
母島返還祭2025のシリーズですが、
母島返還祭2025のシリーズですが、
遂にクライマックスです!!
ずばり、小笠原望郷歌と花火!!!!
6月の1か月に及ぶ、母島返還祭スポーツ大会を経て、
6月の1か月に及ぶ、母島返還祭スポーツ大会を経て、
この6月最後の土日で前夜祭、当夜祭を楽しんだ最後は、
まさにクライマックスと言える、花火と小笠原望郷歌があります♪
まさにクライマックスと言える、花火と小笠原望郷歌があります♪

みんなで母島らしい、間近で壮大な花火を見て、
盆踊りでしこたま踊った後は、
みんなで肩を組み、輪になって小笠原望郷歌を歌う。
母島返還祭のクライマックスがまさにそこに詰まっていると思います☆
盆踊りでしこたま踊った後は、
みんなで肩を組み、輪になって小笠原望郷歌を歌う。
母島返還祭のクライマックスがまさにそこに詰まっていると思います☆
この雰囲気を味わい、「ああ返還祭楽しかった!ありがとう!!」
とそんな気持ちになるのです。
とそんな気持ちになるのです。
参加しているみんなが、笑顔になっている、
最高にピースフルな瞬間を感じさせてくれる大好きな場面です☆
最高にピースフルな瞬間を感じさせてくれる大好きな場面です☆

■さてさて、当夜祭盆踊りも最後の一周になるタイミングで、
櫓に一周、歌詞が張り出されます。
そう、これが小笠原望郷歌です。
みんなで大声で片足を前に差し出しながら、歌ったりします☆

これは千昌夫の「北国の春」の替え歌なんです。
しかし、みんなが不思議に思うのは、なぜ4番~6番だけなのか?
そう、実はこれは1~3番が父島の歌詞なので、
母島の4~5番、小笠原全体の6番のみ母島返還祭では歌っているのです♪
そう、実はこれは1~3番が父島の歌詞なので、
母島の4~5番、小笠原全体の6番のみ母島返還祭では歌っているのです♪
今回、母島の大先輩に歌詞を提供して頂いたので、
全部の歌詞を載せたいと思います☆
全部の歌詞を載せたいと思います☆
※掲載の許可を頂きました!


【小笠原望郷歌】
一.ヤドカリ マイマイ ガマガエル
白蟻に ヤモリも いたっけな
一.ヤドカリ マイマイ ガマガエル
白蟻に ヤモリも いたっけな
あゝ 大村のあたり
二見の浜辺で 月見の酒と
騒いだ あの頃が 瞼に浮かぶ
あの父島へ 帰ろかな 帰ろかぁな
二.夜明 三日月 旭山
懐かしい あの山 想い出の
二見の浜辺で 月見の酒と
騒いだ あの頃が 瞼に浮かぶ
あの父島へ 帰ろかな 帰ろかぁな
二.夜明 三日月 旭山
懐かしい あの山 想い出の
あゝ 想い出の山
夕陽 眺めて 燃えてた あいつも
今ごろ子供を あやして いるだろな
あの父島へ 帰ろかな 帰ろかぁな
三.アカバ ムロアジ ネコまたぎ
ウミヘビに オデコも 釣れたっけ
夕陽 眺めて 燃えてた あいつも
今ごろ子供を あやして いるだろな
あの父島へ 帰ろかな 帰ろかぁな
三.アカバ ムロアジ ネコまたぎ
ウミヘビに オデコも 釣れたっけ
あゝ 兄島の瀬戸
釣りキチ仲間の 酒の肴は
腕と 仕掛けの 自慢のはなし
あの父島へ 帰ろかな 帰ろかぁな
四.船は いつくる 母島へ
酒もなく クサヤを 噛ったネ
釣りキチ仲間の 酒の肴は
腕と 仕掛けの 自慢のはなし
あの父島へ 帰ろかな 帰ろかぁな
四.船は いつくる 母島へ
酒もなく クサヤを 噛ったネ
あゝ 沖村の夜
明日は凪いでと 祈りをこめて
歌を唱って 過ごした仲間
あの母島へ 帰ろかな 帰ろかぁな
五.ギンネム タコノキ ガジュマル林
こうもりに メグロも遊んでた
明日は凪いでと 祈りをこめて
歌を唱って 過ごした仲間
あの母島へ 帰ろかな 帰ろかぁな
五.ギンネム タコノキ ガジュマル林
こうもりに メグロも遊んでた
あゝ 北村の森
ジャングルかき分け 訪ねた里も
今では車で 行けると聞いた
あの母島へ 帰ろかな 帰ろかぁな
六.南を 望めば 乳房山
そそり立つ あの岩 朝立ちの
ジャングルかき分け 訪ねた里も
今では車で 行けると聞いた
あの母島へ 帰ろかな 帰ろかぁな
六.南を 望めば 乳房山
そそり立つ あの岩 朝立ちの
あゝ 朝立ちの岩
愛しあの娘に 想いを馳せて
酒を片手に 手紙を書いた
あゝ あの島は 小笠原 おがさぁわぁらぁ~

愛しあの娘に 想いを馳せて
酒を片手に 手紙を書いた
あゝ あの島は 小笠原 おがさぁわぁらぁ~

ちょうどカラオケの映像があったので、
こちらを流しながら、小笠原望郷歌の歌を歌ってみるのもいいと思います♪
ちなみに父島では小笠原望郷歌は歌った記憶がありません☆
コンパクトな母島だから、残っているのかも知れません(#^.^#)
■そして、演芸大会のトリは南洋踊り、その後に花火というパターンが多いです。
母島返還祭の花火は、決して数が多い訳でもないと思うのですが、
とても近い距離で、みんなで見れるので、毎回凄い感動を頂きます☆
母島返還祭の花火は、決して数が多い訳でもないと思うのですが、
とても近い距離で、みんなで見れるので、毎回凄い感動を頂きます☆
島の花火師メンバーの絶妙な間と上げ方が上手なのもあると思います!

まだ未体験の方はぜひ母島返還祭へ!!
とってもアットホームで、最高の花火を見ることが出来ます。
とってもアットホームで、最高の花火を見ることが出来ます。
僕は仙台の西公園で行われてる、
花火大会が記憶に残っていますが、
とにかく人が多くて、場所取りも大変だし、疲れた印象があります。
とにかく人が多くて、場所取りも大変だし、疲れた印象があります。
母島はどこでも観れるので、そんな心配は必要ありません。
鮫ヶ先で見たり、都営住宅のベランダで見たり、
前浜から見たり、色んな楽しみ方があると思います☆

花火の後の盆踊りで、花火師達の紹介がありました!
島に住んでいながら、花火を上げるために資格を取って来てくれたメンバーです。
命の危険もある仕事なので、本当に心より尊敬します!
命の危険もある仕事なので、本当に心より尊敬します!
今年は本当に悩ましい天候で、
結局本番中は1滴も雨は降りませんでしたが、
前夜祭、当夜祭共に日中は雨模様でした。
本当に関係者を悩ませる天候でしたが、
運営が「中止はないね!順延だ!!」と気合を入れていました。
また、僕は自称・晴れ男だし(笑)、
当夜祭の日の午前は土砂降りでしたが、
船が出港すれば絶対晴れるという、
なぜか根拠のない自信があったので、
あまり心配していませんでした。

なんにせよ、多くの方のご尽力のお陰で、母島返還祭を終えることが出来ました!
心より感謝申し上げます!!
心より感謝申し上げます!!
我が消防団も班ごとに交代で花火による火災警戒をしています!
花火の最後のフィナーレを動画に撮ったので、ぜひどうぞ!
近すぎて画面からはみ出してます(笑)。
■返還祭前夜祭の朝の準備の時、
父島の方が雷注意報と雨で返還祭(父島は1日のみ)が中止になったと伺いました。
母島は一瞬どうする?といった話もでましたが、
「やれるだけやろう!!」という強気の姿勢でした(#^.^#)
結果、晴れたので良かったです!!
父島の返還祭は、僕が父島に住んでいた頃は5年に一度のみ開催で、
ステージを組んだり、ゲストを呼んだりして、
かなり大々的にやっていましたが、
いつの日からか毎年やるようになっていました。(母島は昔から毎年です)
代わりにパッションフルーツ祭などの産業祭があった気がします。
父島が毎年の返還祭になってからはあまり知らないのですが、
演芸も子供達のダンスや発表もあるらしく、
中止はとても残念に思っていました。
中止はとても残念に思っていました。
しかし、後日学校で発表会をしたり、
ダンスなども披露したりとそれぞれがパフォーマンスをしたようだと聞き、
それは良かったと思いました(^^♪
ダンスなども披露したりとそれぞれがパフォーマンスをしたようだと聞き、
それは良かったと思いました(^^♪

父島も母島も小笠原返還を祝う、返還祭。
僕は母島の方しかあまり分からないのですが、
みんながワクワクして準備や練習しているのを感じるのがとても大好きです♪
日中に花火師達が準備している光景も、すごく有難いと思っています。
裏方でPAや司会をワイワイやってたり、
出番前でステージ裏で緊張していたり、
どこかで踊っていたり、
子どもが転んで食べ物を落として泣いていたり、
大人のフラを観て子供が真似て踊っていたり、
子どもが転んで食べ物を落として泣いていたり、
大人のフラを観て子供が真似て踊っていたり、
色んな場面が愛おし過ぎて、
今でも写真や動画を見ながら余韻に浸っています。
少しずつ変化や形を変えながらも、
こうして島のみんなが楽しみ、大事にするお祭りを、
少しずつ変化や形を変えながらも、
こうして島のみんなが楽しみ、大事にするお祭りを、
これからも大切に守り、運営していきたいと思います。
どうもありがとうございました!!!!

★母島返還祭2025記事 一覧