小笠原諸島・母島ジャイアン ブログ  -GIAN'S HAPPY BLOG-小笠原諸島・母島で自然農&便利屋

小笠原諸島・母島で持続可能な暮らしを目指しています。

その中や暮らしで学んだことを紹介したいと思います♪

愛しさと、切なさと、心強さと ~母島の新型コロナ

2022年01月27日 | 新型コロナ(COVID-19)
■この1月上旬、母島で2例目の新型コロナ感染者が見つかったと放送がありました。
去年の8月13日に母島で初の1例目の感染者が発生しました。
一気に緊張が走ります。
どちらも少し緩んできている状況で内地の感染者が爆発的に増えた状況でした。


450人の狭い島です。
どちらも来島者でない限り、誰が感染したかはすぐに分かってしまいます。
心配なのは感染者や濃厚接触者に対する誹謗中傷などです。

内地の友人からは濃厚接触者になっただけで、
アパートのドアに「外に出るな!通報する!」の張り紙がされたりと聞いていたので、
とても切ない気持ちになり心配していました。

もういつ誰が感染してもおかしくない状況です。
明日は我が身です。
大事なのは責めるのではなく、フォローなのだと思います。

母島では2例とも沢山のフォローがありました♪
職場、友人、島民と外出できない当人の為に
ご飯やおかずを届けたり、声をかけたり、LINEをしたり、
とても暖かい対応だったと聞いています。

僕はそんな“情島”の母島がとても誇らしいです(#^.^#)


■今日、無事に回復した感染した方にお礼を言われました。
久々に見た元気な笑顔がとても嬉しかったです(#^.^#)

毎度のことですが、感染していると分かって、僕はまずフォローするために動きました。
困っていることはないか?周りのフォローはあるのか?と。
買い物や手続き、人とのやりとりなど、僕にできることはやるつもりでコンタクトを取っていました。

幸いにも友人や職場の同僚、近所の方が献身的なフォローをしていて、
僕がやったことは些細な事ですが、
自分が当事者だったら、どんなに辛く、困った事だろうと思いました。

去年も今回も当人がしっかりマスクをしていて、行動も気を付けていて、
感染者が他に増えなかったのも幸いでした♪

割と重症化しにくいと言われるオミクロン株ですが、
この第6波になると、友人や親しい家族にも感染者が聞こえるようになってきました。
島の友人もおが丸乗船前のPCR検査に引っかかったりしています。
なかなかの感染力をもった存在のようです。

“困った時はお互い様”
それでも母島の人と人の支える力には心強さを感じずにはいられません☆


■母島では今、カンヒザクラが咲き始めました♪
まだ10個も咲いていませんが、かすかな春の気配に心が躍ります(#^.^#)

桜ってすごいと思います。
だって他の木や草と違って、
葉っぱの前に花を咲き誇るんだもの。

寒い冬を超えて、
春一番に人の心を鷲掴みにするその佇まい。
花言葉は「精神美」「優美な女性」「純潔」だそうです。

まだ4つだけだけど、
これから少しずつ増えてくるでしょう♪
学校の前の明老会のカンヒザクラが今季最初かも知れません♡

新型コロナでなかなか通常の暮らしになりにくい中、
こうした微かな花を愛でる気持ちが人の心を温めてる気がします(#^.^#)

花の存在を教えた友人もとても喜んでくれて、僕も嬉しくなりました☆



■僕は毎月通っているのですが、
久しぶりに家族で舟木山に行ってきました。

水芋(タロイモ)も立派に育っています☆

江戸時代にハワイアンが小笠原に持ってきたと勝手に思っている、
小笠原の水芋(タロイモ)。

乳房ダムや舟木山にその存在を見つけた時はとても嬉しかったです♪

光煌めく湖畔を娘と歩きます。

ここはダムなので、昔は湖畔ではなく谷間だったと思います。
移り行く景色の中で、僕たちはこの小さな島で暮らしています。

石器時代の小笠原の暮らし。
戦前の小笠原の暮らし。
現代の小笠原の暮らし。
そして未来の小笠原の暮らし。

歴史書や、古い教科書などを見たりすると、
その時代の人々の息吹を感じることが出来ます。

古い教科書から感じる戦後の復興の勢いは衰え、
今はネット環境も整い、あまり不便を感じることなく暮らせています。

それが良い事なのか、悪い事なのかの判断はつきかねますが、
現代は勢いよりも少し停滞を感じる時代な気がします。

価値観が多様化して、
みんなが同じ方向を向いて暮らす時代ではなくなってきました。

これからの島がどうなっていくのか、どうしていきたいのか、
美しい夕日を眺めながら考えます。



■そんな事を考えながらも、
人はどうして色々考えてしまうのだろうとも思っています。
そんな思慮とは別次元の存在、そう野生動物や自然を見ていると、ハッとさせられます。

新型コロナや時代の移り変わりとは関係なく、
淡々と悠久の時の流れで生きている存在です。

写真は久しぶりに見かけたカワウの若鳥です。

ウはカツオドリ目鵜科に属する鳥です。
母島でも時々カツオドリと一緒にいる姿が見られます。
渡り鳥で小笠原では年に1~2度の目撃があります。

大きく分けると、カワウとウミウがいますが、
小笠原見かけるのはカワウの方が多い印象です。
海にいるのにカワウというのは正直?に思えちゃいますね(#^.^#)|

ちなみに日本では、ウミウが鵜飼に使われます。

カツオドリに比べて、潜水能力に長けていて、
数分間潜ったまま、約10m程潜って魚を捕食しています。

眺めていると、潜った場所から遠く離れた場所に浮上してくるので、ビックリさせるニクイやつです♪



■そんな事に想いを馳せながらも、
2年前の台風や、こうした新型コロナの出来事があるたびに、
島の心強さみたいなものを感じて嬉しくなります。

人と人の暮らしって、本来こういうものだよなと思うものを
母島では時々感じさせられます。

もう20年小笠原に住んでいるので、
当たり前になって来ていて、気付きにくいと思うのですが、
狭い中で色んな人達が助け合って暮らしているのがたまらなく愛おしく思えるのです。

もちろん、問題がないなんてないし、
狭い田舎なりの難しさや課題も山積みですが、
人間らしさってこれだよね、そんな事を再確認させられる、
愛しさと、切なさと、心強さを感じる母島でした(#^.^#)


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想定外を味わうということ

2022年01月18日 | 大切にしていること
■物事が自分が思っていた通りに行かず、面食らって打ちひしがれる事ってあると思います。
むしろ、自分の想定通りに事が進むことの方が少ない気がします。

僕にとっては22歳で結婚したことも、島で暮らすことも、
今母島で生活していることも、便利屋を開業していることも、
すべてが想定外です(笑)。

正直、内容をあまり覚えていませんが、
学生時代に何度も先生に書かされた"将来の夢”ってやつに、
全く関係ない所に今いる気がしますし、
今の生活に十分に満足しています♡
そして、
それこそが目指す最高の人生の達人「Master of Life」な気がします。

先日、前々から予定を組んで父島に休暇に行こうとしていた友人が、
なんと海況が悪くて予定通り父島に渡れずにいて、
恐らく凹んでいるだろうと思った時に、
今回のテーマとなる”想定外を味わう”という言葉が出てきました。



■僕が大好きな写真家でもあり作家でもある星野道夫さん。
その中で一番好きな作品が「旅をする木」です。

特に巻末の「ワスレナグサ」は暗記してしまうほど好きです。
心がせかせかして、
モヤモヤして落ち着かない時、僕は必ずこの部分を読みます。
まだ読んでない人の為に前後の流れは省略します(#^.^#)(←実はその前後がすごく大事!!)

【結果が、最初の思惑通りにならなくても、そこで過ごした時間は確実に存在する。
そして最後に意味をもつのは、結果ではなく、過ごしてしまった、かけがいのないその時間である。

頬を撫でる極北の風の感触、夏のツンドラの甘い匂い、白夜の淡い光、見過ごしそうな小さなワスレナグサのたたずまい……
ふと立ち止まり、少し気持ちを込めて、五感の記憶の中にそんな風景を残してゆきたい。

何も生み出すことのない、ただ流れてゆく時を、大切にしたい。あわただしい、
人間の日々の営みと並行して、もうひとつの時間が流れていることを、いつも心のどこかで感じていたい。】


星野さんの本の中には幾つもの想定外を味わう余白が散りばめられています。
何週間もアラスカの原野でたった一人で過ごして紡がれる言葉は、
とてもシンプルで、
とても深いのです。

ブッシュパイロットのドン・ロスが離陸に失敗して途方に暮れている時、
金色に光るワタスゲの海の中で数先頭のカリブーの群れに囲まれて、
「ギフト(贈り物)だな…」
と語る場面。
無事に離陸できていたならば、こんな光景に出くわすこともなかったのです。
僕が大好きな場面のひとつです♪

想定外を受け入れて、それを味わえた時、
そんなイレギュラーがギフトに代わる…
それこそが旅の、
人生という旅の醍醐味な気がしたのです。


■実はクリスマス前に僕は落ちてるシャワーのノブで足をくじいて、
SUPボードをコンクリートの角に強打して破損してしまっていました。(ToT)/~~~

その瞬間、超激しく落ち込みました。
おっちょこちょいの自分なので、特に丈夫なボードを購入していただけに、
ショックは尚更でした。

物凄く落ち込んだのは事実ですが、
3時間ぐらい経過したら、「俺は最高のリペアマン(修理野郎)になる!」という気持ちがムクムクと湧いて来て、
一気にやる気になりました。
落ち込んでばかりはいられないのです。(←ド単純w)

父島のサーファーの友人つよぽんに相談し、
おススメの修理のツールを紹介してもらい、早速その日のうちに注文しました。

Phix Doctor 1OZ DURA REZN フィックス ドクター デュラ レジン サーフボードリペア剤
PU&EPS両方OK 紫外線硬化 樹脂 ソーラーレジン サイズ1oz 30ml
というのを使いました!

到着して数日後、確か1/2に早速修理に取り掛かりました。

サーフボード用のUVレジンで、
なんと数十分で修理が完了しました♪

ほんとやり易い!!
サンドペーパーを駆けて、レジンを着けて固めて、再度サンドペーパーするだけ!!

あまり綺麗ではありませんが、これが仕上がった状態です!!


翌日の1/3に海が良かったので、
妻と初泳ぎも兼ねて、妻がシーカヤック、僕はSUPで四本岩までクルージングに出かけました。

まあ楽しい♡気持ちいい♪嬉しい☆

海がいいのにSUPが焦げない悩ましい時間は、
そのまま沖に出た時の解放感が倍増するスパイスとなりました(#^.^#)

修理した個所も問題なく、
ザトウクジラが沢山いる中を気持ちよく漕いでいくことが出来ました(^^♪
やっぱ海は最高です☆

海の上を漕いでいても、沢山の想定外を乗り越える場面があります。
想定外に慣れてくると、想定外も楽しめるようになってきます。
なんだか、人生みたいです♪

ボードの破損は思い切り想定外で、滅茶苦茶落ち込みましたが、
お陰で修理スキルはアップし、島の誰かが破損した時に力になることが出来ます。
転んでもタダじゃ起きないのが面白い所ですね(#^.^#)



■さらに年明けからすんごい嬉しいイレギュラーがありました(^_-)-☆
母島に来島してきている大工さん。
実は母島の東北会という東北会出身メンバーの会のメンバーなのですが、
年末年始に内地に戻って、島に帰ってくる時にマクドナルドをお土産に買ってきてくれるというのです!!

普段、内地に行ってもなかなか食べに行かない我が家ですが、
これは流石にハイテンション(#^.^#)

ビックマックに、
倍フィレオフィッシュを注文しちゃいました(^_-)-☆

しかもなんと今はレアなマックポテトのLが勝手について来ていて、
島まで冷凍で運び、島で揚げてからアツアツで頂くという、
信じられないサプライズ付き!!

マック自体元々好んで食べるものではなかったのですが、
その気持ちと行動が嬉しくて嬉しくて、
嬉しすぎる想定外に感謝の涙が溢れました♡
有難うございます!!


■いつも1/2は家族で小剣先に登るのですが、
今年は裏南京にトレッキング(#^.^#)

家族3人でクジラを眺めながら、
美しい景色の中、だらだらと過ごします。

若干、不思議なネコも一緒でしたが(笑)。

こうした絶景を存分に味わえるのも想定外の島暮らしの醍醐味です♡
まさに今を味わうという部分に他なりません。

いつも通りでない景色とプロセスを存分に味わいました☆



■そんなことを年明けから考えていると、
色んなイレギュラーを楽しんできた思い出があります。(そんなんばっかりです)

長女出産前の緊急搬送、畳の上での出産
・次女出産の為の安曇野半年滞在、自宅出産
・カナダの空港でのエアチャイナのフライトキャンセル事件
etc....

すべて予定通りになる旅(人生)に比べて、
大変であることは事実ですが、
なんて学びも多く、実りがあるプロセスなのだろうと思います。

もちろん、そんな想定外の真っ只中の時は、
本当に大変だし、どうしてこんな事に!?と思うことがほとんどですが、
過ぎてみれば、どれもネタになるような深みのあるストーリーです。
実はそういう台本だったのでは?と思ってしまうほどです。

まさに逆境を楽しむセンス。
やはりピンチはチャンスなのです♪
人生、楽しんだもん勝ちだと思うのです(#^.^#)

僕は
思った通りに進まないことを嘆いているよりも、
その想定外を味わってもっと楽しんでいけるような、
そんなセンスを持った素敵な人を目指していきたいと思っています♡

目指すはMaster of Life!!
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2022年 母島おらいの年末年始

2022年01月16日 | 母島 日常 日記
くろしお丸の記事と順序が逆になりますが、
2022年新年を迎えました。
今年は我が家は喪中にあたりますので、こちらから年賀状を出したりは控えましたが、
皆さんからの年賀状を楽しく拝見させて頂きました。
これからゆっくりとお返事していこうと思います☆

さてさて、そんな2年目のコロナ禍で迎えた母島の年末年始について書いていこうと思います。

まず何といっても初詣。
この小さな鐘が除夜の鐘に使われるものです。(超素朴な音はこちら

今年もコロナ禍ということで、
鐘を鳴らすことはなく、氏子さん達も不在の月ヶ岡神社。

しかし、神社までの参道には灯りが付けられています。
有難い事です(#^.^#)

次女とふたりで初詣に行ってきました。

コロナ禍前の初詣は、おみくじもあり、大きな焚火も行い、
なかなか趣があるのですが、やはりどこか寂しい感じです。

23:40に僕と次女で神社に上がった時は、
寒そうな駐在所の警察の方が一人で心細そうに待っていました(#^.^#)
みんなの為に有難うございます☆


■さてさて、年明けて元旦。
僕の仕事初めは早朝5時から便利屋さんでした。
高齢者のお宅の朝の訪問。

それを終えたら6:30からは年賀状の配達。
7:30からようやく青年会の獅子舞巡業でした☆

この獅子舞は青年会が手作りで始めたもので、もう10年以上の歴史があります。
去年はコロナ禍で中止としましたが、
今回は観光客と接触するイベント会場を避けるというエッセンスを取り入れ、
島民にご利益を振りまくことにしました。

久々の獅子舞、やってみて本当に良かったです(#^.^#)
すごく楽しかったし、みんなと共に過ごすいい時間(#^.^#)
やっぱりこれをやらないと正月が始まらない。

今回は小学生たちもゾロゾロとついて来てくれて、
とっても楽しい賑やかな獅子舞となりました♪

獅子舞で周っていると、
至る場所でお神酒を頂きます。

お陰で僕たちの体もポッカポカです(#^.^#)

青年会メンバーも途中交代しながら、
やんややんやと回っていきます。

ここでも年末に書いた記事のような手応えがありました。
「ああ楽しかったね~」
そんな素朴な声がなんと嬉しい事か♡

獅子舞に対するご寄付も沢山頂きました☆
青年会としてもますます地域活動を頑張って行く元気を頂きました!!

次女もガッツリ噛んでいただきました♡


■コロナ禍ということで南崎の小富士に向けての初日の出登山は中止。
海開きも規模を縮小しての開催となりました。
母島観光協会のInstagramでその様子が動画配信されています。

船客待合所では挨拶とカメ煮の配布があり、
僕のソウルフードでもあるアオウミガメの煮込みを頂きました♡


初泳ぎ、次女は元旦の大岸壁で、
友人と飛び込んでおりました☆

中にはアルゼンチンから日本に来て働いている素敵な猛者もいて、
次女がとても仲良くなっていました♡

初泳ぎ後、大岸壁でみんながカメ煮を食べながらも、
青空の下で語り合いながら過ごす平和な時間が流れていました♪


次女はアルゼンチンの方とウクレレを習ったり、歌ったり、
楽しい交流をしていました(#^.^#)
長女とは違い、割と人見知りタイプと思っていましたが、英語と交流が好きでたまらないようです☆


ちなみに僕は1/3にSUPで妻と四本岩に行き、初泳ぎを敢行!!

観光協会で初泳ぎ証明書とワンカップを頂きました(#^.^#)
それは次回の記事で書きますね☆


■正月には懐かしい顔ぶれや沢山の観光の方、リピーターの方が島にやって来ました♪
コロナ禍でなかなか交流が難しい時期ですが、
ぽかぽか陽気の出港日は子供たちとみんなで楽しい見送りダッシュ!!

クラウチングスタートの構えで待ち、ははじま丸の汽笛で一気にダッシュ!!

みんなで船に向かって
「いってらっしゃ~~い!
「元気でね~~!」と叫びます☆

こんな平和な光景がたまらなく愛おしい感じでした(#^.^#)



■1/10は前浜のガジュマルイリュミネーションの撤去作業。
これは母島観光協会のご依頼で母島青年会が行っている作業です。

ミズナギドリの巣立ちピークを終えてから約1か月、
母島の前浜にあるガジュマルをクリスマスの飾りで彩った1か月。
その撤去作業を青年会メンバー&観光協会スタッフで行いました♪

取付はああだこうだ言いながら1時間以上かかったのですが、
撤去は30分もかかりませんでした☆

これもみんなのお陰です(#^.^#)
本当にありがとうございます!!


■続けてどんど焼き。
コロナ禍前の母島どんど焼きは前浜でドラム缶と芋煮を用意して、
みんなでワイワイと温かい芋煮を頬張りながら、
焔を眺め、正月飾りをお焚き上げするものなのですが、
今年も去年同様、畑で青年会のみでお焚き上げとしました。

捨てるには忍びない飾りの数々。
火にくべて、天に還すのが一番の行いな気がします。

今年は青年会のメンバーが色々用意して来てくれて、
みんなで炎を眺めながら、色んな話をしました。

他愛もない会話と、
ど~でもいい大笑い、
そんなことがたまらなく愛おしい時間…
みんなみんなに感謝です☆

今度行う青年会のホエールウォッチングの話。
2月は南崎から北港まで走ろうよ。
3月は石門に行こうか?

やっぱりコロナ禍で失われた生身の会話はとても楽しいものでした。
はやくみんなで飲みながら語り合える日が戻ってほしいものです(#^.^#)

僕も40歳になり青年会長をこの春に引退するので、
今後の青年会は次の世代にお任せです☆



■さてさて、こんな冬でも収穫できるローゼルの品種があります。
これは2017年に沖縄やんばるに伺った時に、
森岡尚子さんに種を分けてもらいました。
2017年やんばるの旅 記事
それからずっと代々種取を繰り返し、
今では晩生「うちなーローゼル」と名付けて栽培しています。

今期はこの品種は作付け数が少なくて、
出荷はしていませんが、来期はもうちょい作れるよう頑張ります☆


■コロナ禍。
何でも中止ではなく、できることを模索するのが大事と思います。
今できるベストを尽くす。
考えることを放棄してはもったいないです(#^.^#)

昨晩はトンガの海底火山爆発で津波が発生し、小笠原にも津波注意報が発令されました。
ちなみに母島は無事です☆彡

早朝は70センチくらいの海面変動があり、
漁師たちも夜通し気にしていましたが、
灯台前で波が渦巻いて立ってる以外は
特にいつもと変わらず平和です(#^.^#)

父島は90㎝の海面変動が確認できたとの事です。

現在、大潮なので今日はカヌー練習を中止にしました☆

色々ご心配ありがとうございます!!
トンガがどうか無事でありますように!!
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くろしお丸が初めて母島にやってきた!!ヤァ!ヤァ!ヤァ!

2022年01月08日 | 母島 船舶
■時は来た!
2022年1月8日。
ついに去年引退したゆり丸の後継船「くろしお丸」が母島にやってくる日です。

この日は試験航海ということで、
長崎の渡辺造船所から一直線、65時間かけて小笠原諸島へやって来たそうです。

今回の試験航海を経て、
1月30日~2月22日までのははじま丸のドック中の代船として就航するとのことです。

総トン数493トン(ははじま丸が456トン)
全長66.0m(現ははじま丸より60㎝長い)
全幅12m(現ははじま丸とほぼ同じ)
航海速度16.5ノット(現はは丸と同じ)
主機出力2000馬力×2基(現ははじま丸は4400馬力)
旅客定員84名(近海:青ヶ島)、200名(沿海:母島)
貨物コンテナ数36個(現ははじま丸より多く積めて、現あおがしま丸よりちょい少ない)
※詳しくは伊豆諸島開発のHPを参照してください。

長年、ははじま丸のドック中を支えてくれたゆり丸
それに代わる船なので、島民の関心も高く、
初入港、見学会に多くの母島島民が集まりました♪

僕自身も年季の入った船も大好きなのですが、
やはり新しい船というのはワクワクしてきてはしゃいでしまいます♡(←40歳w)

今回は動画を取りつつ、写真も撮るというハードな作業をこなしました(笑)。
入港の様子は動画をご覧ください↓
くろしお丸 母島試験航海 沖港初入港 2021.1.8



■村内のポスターにはくろしお丸は14時から見学開始と書かれていましたが、
この日ははじま丸が出港するのが14時。
奇跡の並んだ姿が見れるかも♡と期待した人もいましたが、
試験航海で、1月末からの接岸などの練習も兼ねているので、
ははじま丸が出港してからの入港となりました☆

ははじま丸が出港しました。
いよいよくろしお丸の登場です。

鮫が崎展望台の左側にチラッと見えていたのですが、
1度見えなくなりました。

何だろうと思っていたのですが、
鮫が崎で見ていた妻曰く、
1度回って、はは丸と平行に進めて、電気を点けて挨拶をしてからまたUターンして、
沖港に入って来たとの事。

その時の様子です(妻:撮影)


最後のゆり丸も父島の二見港で同様の動きをしたみたいですが、
なかなか粋な行動に思えます(#^.^#)

ゆっくりと灯台から先へ出て、姿を現しました!!

印象としてはでかい!!
はは丸より大きいのではないか?と思ってしまったほどです。
実際ははは丸より60cm長いだけだそうです。幅は同じ。

2016年のははじま丸の交代式を思い出します。
今回のくろしお丸はクレーンが油圧に代わっています。
ははじま丸の姉妹船に思えるほど、そっくりな印象です。

しっかりとくろしお丸と意外と可愛い字で書かれています。

■くろしお丸はメインは八丈~青ヶ島航路だそうです。
天然の良港である父島の二見港、母島の沖港とは違い、
過酷な青ヶ島の暮らしを支えるために作られたそうです。

現行の八丈~青ヶ島航路を結んでいる「あおがしま丸」は、
伊豆諸島のこれまでのゆり丸のような代船として活躍するそうです。


船が接岸した時に気になるロゴがありました。
どうみても青ヶ島にしか見えません☆

最初に降りてきた伊豆諸島の会長さんにいきなり聞きました。
「あのロゴ、青ヶ島ですか?」
「よく気が付いたね!その通りだよ!!」
後で理由を聞いたら、メインに青ヶ島航路に就航するからあのロゴを付けたと聞きました。
我が家の次女が2021年に1か月もお世話になった青ヶ島
妻と次女は伊豆諸島開発の船をすべて制覇しています。(僕はあおがしま丸だけ乗ってないですw)
会長さんも社長さんもそんな偏屈な我が家を覚えてくれていて、
今回も嬉しそうに船内を案内してくれました♡


狭い沖港の旋回を慎重に行っています。
船長さんの腕の見せ所です(#^.^#)


真正面からのアングルはこんな感じでした。
東京オリンピックのデザインも手掛けた野老朝雄さんのデザインのラインが映えますね。
東海汽船の「さるびあ丸」「セブンアイランド結」と同じで、
アイランドブルーを纏っていると書かれています☆


右舷側は日本語のみ反対文字になってます。
これは単純に逆になっているのではなく、
縦書きとして右から左に流れていて、両国国技館とかも同様だと今日初めて知りました(笑)。


おしりも可愛い感じです♡
書体がなんか親しみやすい感じです(#^.^#)

■母島観光協会が素敵な歓迎のプレートを作ってくれていました!


船の上部には見慣れない旗がついていました。
これは船の船体番号をしめす旗と、JRTT鉄道運輸機構の旗、伊豆諸島開発の旗だそうです。


ゆり丸では小笠原諸島と伊豆諸島の全部の島が書かれていましたが、
今回は母島⇔父島と書かれていました。
これはその都度、交換する作りなんでしょうか。


ははじま丸もあおがしま丸もゆり丸にもある
この3色のデザインは伊豆諸島開発のロゴで、
赤は太陽、
青は海、
緑は大地を意味していたと記憶しています(合っているかな?)


海況の極めて厳しい青ヶ島航路の船として建造された「くろしお丸」。
後ろから見たアングルもなかなかのデザインです。
かっちょいいですね~~



■さて、14時過ぎにははじま丸と入れ替わりの接岸後は、
みんなお待ちかねの船内見学タイムです♪
伊豆諸島開発の皆さんの粋な計らいで、
丁寧に船内を案内していただきました(#^.^#)


伊豆諸島開発の会長さんが、
自慢の新船をとても嬉しそうに話してくれます。
伊豆諸島開発の船をすべて乗っている妻と次女も嬉しそうです♪


乗船してすぐにくろしお丸の航路図が設置されています。
くろしお丸はメインが青ヶ島~八丈航路。
現行のあおがしま丸は伊豆諸島の船の代船としてゆり丸の代わりに運航するそうです。
母島~父島間のははじま丸がドックの時は毎回くろしお丸が代船として来てくれるそうです♪


乗船してすぐ右手には多目的室とバリアフリーの旅客座席。


この多目的室は色んなコンディションのお客さんを想定しているそうです。
なかなかくつろげそうなコンパクトなお部屋です。


その隣には出入りが完全バリアフリーのお部屋。
高齢者や車椅子の方などがすぐに利用できる、
気の利いた配置です。



その付近にはバリアフリートイレがありました。

車椅子でも利用しやすいし、
赤ちゃん連れの為のオムツ交換台などしっかりと揃っています。


左右の壁には東京オリンピックのロゴデザイン担当の野老さんの「HORIZON WISTERIA」が
左右対称の色合いで設置されています。
これは穏やかな水平線で無事の航海を願っているそうです。


今回、一番驚いたのがエレベーターの存在でした。


伊豆諸島開発としては初のエレベーターだそうです。
バリアフリーとしては欠かせない存在。
航行中は使えないそうですが、
年配の方にとっても上の空間を利用するのにとても大事な設備です。
設置も維持管理もコストがかかる分ですが、よくぞ設置してくれたと思いました。


こちらは荷物置き場。
今回はくろしお丸見学会用のグッツが沢山置かれていました(#^.^#)


ははじま丸で特に気の利いて人気のある冷蔵庫の存在。
くろしお丸でも設置してありました。
父島でバターやケーキを買って帰るときに重宝します(#^.^#)


水飲み場もありました☆


その先には雑魚寝用のスペースが広く4区画ありました。
これはバリアフリーの雑魚寝区画と合わせると、ははじま丸より広い印象です。


外の通路から見るとこんな感じです。



■上の階に上がります。
これは喫煙ルーム。


僕はタバコを吸わないので使いませんが、
一人くらいしか入れない、プライベートな個室です。
贅沢な一服になりそうですね(#^.^#)


通路には船体の案内板がありました☆


こちらは椅子席です。
観光協会会長が気に入って座っておりました(笑)。


2階にもコンパクトですが荷物置きが設置されていました。


そこから外に出るとこんな感じです。
前のゆり丸と比べると雲泥の差です。
超快適♪



■そのまま正面に回るとコンテナを収納するスペースになります。
コンテナはははじま丸より3つ多く収納出来て、
あおがしま丸より2つ少ない収納の規模と言っていました。

青ヶ島は就航率50%と言われていて、特に海のあれる冬場は物資がなかなか届かない、
過酷な環境です。(この時点でもまだ年明けてずっと欠航と聞いています)
このくろしお丸がより快適な生活航路になることを祈るばかりです。

妻が青ヶ島の大ファンで、さらに次女がお世話になったことから、
青ヶ島にとてもご縁を感じていて、
この船のつながりも何だか嬉しい限りなのです(#^.^#)


今回は見学会ということで特別に操舵室もお邪魔させてもらいました♪


みんな歓声が上がる場所ですね。
色んな計器がびっしりとあって、なかなか面白いです☆


島のみんなも色々と眺めています。


正面には方位磁石と双眼鏡。


上部には角度針や時計。


2つのエンジンの出力レバー。


背部には色んな連絡と監視ツール。


レーダー。


くろしお丸が鮫が崎沖で1周回ってははじま丸とえい航した軌跡が残っていますね。


父島・二見湾の盾でしょうか?


神棚もしっかりと祀られていました。


昔ながらの海図卓?もありました。



■外には緊急用の設備がありました。
なんだか文字が可愛い♡


一番上の外通路からの眺めもいいもんです♪


後ろに回り込むと煙突の間近に来れます。


これは救命ボート。
いざってときの切り札です。
ミニくろしお丸とかって名前ならいいのに(笑)。


後部には展望デッキ。
椅子もあります。


海鳥やクジラを見るにはここでしょう!


僕が船に乗るといつもいるスペースになりそうです(笑)。


最高の眺めです♪


こちらは後部で一番下のスペースです。
これは見学会用に開放されていて、普段は入れない空間だそうです。
危ないですからね。


案内板です。


最後に家族で記念撮影☆
どうも有難うございました



■こうして試験航海で船内も拝見させてもらって、
本当に貴重な経験をさせて頂きました。


くろしお丸は母島に1泊して、明日の9時に母島を出港するそうです。
なんとクリスマスから15日間欠航だったあおがしま丸が船底に穴が開いてしまったらしく、
なんと1/11まで欠航が決まってしまったそうです。
当初の予定とは違い、少し早めていきなり青ヶ島航路で活躍するかも知れませんね。


見学会にお邪魔して、沢山の素敵な記念品も頂きました♡

タオルにバンダナ(ハンカチ?)。

一発で分かってしまった青ヶ島ロゴの素敵な一品(#^.^#)


さらにくろしお丸の詳細な案内。



今回の試験航海と見学会を通して、
開発に関わった皆さんの創意工夫がビンビンと伝わって来ました。

ここ数年でおがさわら丸もははじま丸も新しくなり、格段と進化しました。
乗客が気持ちよく過ごせるように、本当に色んな箇所に気を遣ってあって、
これは本当に真心の結晶だなぁと感じさせられました♪

明日は父島に渡り、父島で見学会です。
・小笠原 父島 1 月 9 日(日) 11 時~13 時
・八丈島 1 月 12 日(水) 9 時~10 時
・ 青ヶ島 1 月 12 日(水) 14 時~15時
自分も関わって、顔を知っている友人や知人がいる島と島をつなぐ船。
ご縁をつなぐ一期一会の船。

パンフには
【船が来たら島の子供たちが笑って迎えてくれる、そんな船を目指しました】とあります。

そんな想いに満ちた1日となりました。
本当にありがとうございました!!
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ザ・ギフト②~南洋踊りと初ザトウクジラの物語

2021年12月29日 | 母島 日常 日記
ザ・ギフト①の続き

■今年の12月のテーマは「ギフト」でした。
日々、色んな気付きがある島暮らしですが、
12月は本当にギフトの連続でした♪

都会の暮らし(やったことないw)に比べて、
まったく別の時間が流れている島の暮らし。

でもスローライフって、融通がめちゃくちゃ利くだけであって、
やることなんて膨大にあるので、
それをどうコントロールするかは自分次第なんです。

僕は島で多様な仕事をずっとしているので、
さぞかし忙しく見えるでしょうが、
結構、SUPしたり、ギター弾いたり、景色を眺めたり、ランニングしたり、
色んな余白を楽しんで、忙しく暮らしています(#^.^#)

この春に便利屋を開業してからは、そのスタイルが加速度的に密度が増して、
より濃厚に楽しく暮らしています。

12/31が仕事納めで、
1/1が仕事初めですが、
やりたい事しかしていないので、
まったく苦じゃなく暮らせています♪

それも僕だけでなく、
妻や娘たち、
島のみんなのお陰でこうして暮らせています。
本当に有難い事です☆
どうもありがとうございます!!


■小笠原フォトコンテスト優秀賞入賞!!
なんと小笠原諸島世界自然遺産地域登録10周年記念フォトコンテストに優秀賞で入賞していました(笑)。

人の入賞にはSNSで知っていて、
おめでとうと言っていたのですが、
自分のはメールで埋もれていて気付きませんでした(笑)。

最優秀賞の小太郎さん、流石です!
優秀賞の小林修一さんのイルカ、圧倒的!
同じ母島の仲間、シモナは素晴らしいアングルと瞬間☆

みんなおめでとうございます♪
みんな本当に素敵すぎる写真です。
見事に小笠原の魅力を写真で表現できているのばかりに思えます。

僕が優秀賞を頂いたのはこの写真です。
小笠原の日常風景「いってらっしゃい!」

次女には
「みんなの写真は美しくて、流石と思うけど、 お父さんの写真は普通だね。 なんで入賞したんだろう?」と言われ、
「俺もそう思うんだよなぁ」と(笑)。

そんなことをFacebookに書いていたら、
友人から
「ジャイアンのは「小笠原の日常」だから、島っ子の娘さんが「普通」って言うのは普通なこと。
だから良い作品で、優秀賞なんだと思います。
これからもずーっと、「普通」な生活が続くと良いですね。」

長女からは
「島の外から見れば非日常だね〜。
お父さんの写真は一見普通かもしれないけれど島民だったり、
その背景を知っている人にはすごく響く温かさがあると思うよ。個人的にすごくすき!」
と言われて、とても嬉しかったです♪
皆さんからの沢山のいいねとコメント、とても嬉しかったです♡

いずれにせよ、僕の写真も選んでもらえて光栄です(#^.^#)
島の子供たちの夏の楽しみが見送りダイブです。

その躍動感をパッケージできた1枚な気がします♪
よく見てみると、ノスリのドアップ写真も入賞していました。
個人的には人の暮らしや表情をうまく撮れればと思っているので、この優秀賞はとても嬉しかったです♡
わ~いわ~い!

ついでにノスリのドアップ写真も入賞しておりました!
小笠原の生きもの「生態系の頂点の眼」

これは2018年に中ノ平で仕事をしていて、
ふと近くにオガサワラノスリが木に留まったので写真を撮ったものです。

小笠原の偏った生態系において、頂点に君臨する天然記念物オガサワラノスリ。
いつもは鋭い目つきの猛禽類なのですが、
ふと可愛い表情で写真に収めることが出来ました♪

島で暮らしていて、どちらもよく見られる光景ですが、
それこそが本当のギフトだと思うのです(#^.^#)

こちらは村が配布した卓上カレンダーにも採用されていて、
島民のコメントも付いていて、なかなか嬉しい仕上がりになっています♡



■南洋踊りの練習会と撮影
もうひとつのギフトは南洋踊りに関わる出来事です。

南洋踊りは東京都無形文化財に指定されている、
ミクロネシアから小笠原に伝わる伝統的な行進踊りです。

僕自身も父島に移住した2002年から、
父島の南洋踊り保存会の酋長である高崎さんに習い、
ずっと続けてきました。

ハワイで大勢のネイティヴの前で披露したこともあったし、
文化交流祭ではパラオの皆さんと交流した事もありました。
共通のルーツを持つ沖縄の島民ダンスの皆さんと交流する機会にも恵まれました。

しかし、母島でずっと長年南洋踊りを引っ張てくれていた小高さんが夏に急逝してしまい、
母島の南洋踊りもピンチの状態に陥りました。
そんな中、色んな方々の力添えのお陰で、なんとか次のステップに移る事ができました♪

5年以上前から、ずっと母島で音源を使った踊りではなく、生歌と生カカでやりたいと思っていたこと、
島民向けの南洋踊り練習会をこの数年間ずっと実施できていなかったこと、
そんな悩みがこの12月、一気に前に進みました。

2022年の観光協会による海開きイベントによる南洋踊りを、
コロナ禍であることから映像配信することが決まり、
それに向けて、練習会を2回ほど実施できる運びになったのです!

これは年々、衰退の一途を感じる状況の中、
僕にとっては大きなギフトとなりました♪

その映像は1/1以降に母島観光協会のInstagramで配信されるので、お楽しみに♡
これからが問われている郷土芸能のギフトでした☆


■人生で初めてクジラを見た瞬間
これはこの春、母島に来たばかりのニューフェイスの友人がいました。
聞くと、まだザトウクジラを見ていないというのです。

前回のザ・ギフト①でガジュマルイリュミネーションのエピソードで、
カメを追加した後、
予定が数十分空いたので、一気に一緒に旧へリポートへ向かいました。

旧ヘリ先の御幸ノ浜展望台に行く道から見える海に、
着いた瞬間に見事、ザトウクジラのブロウ(潮吹き)を発見しました♪
限られた時間になんという超ラッキー!!

見事に人生初のザトウクジラを見ることが出来たのです☆
これはまさに友人にとってもギフトには違いありませんが、
人生で初めてザトウクジラを見たいと思っていた人に見せれた時の喜びも
僕にとって相当のギフトでした♡

見れたブロウは、恐らく今シーズン最初に母島で確認された親子のザトウクジラのブロウだったと思います。
とても喜んでもらえて、その笑顔が僕にはとても最高のギフトでした(#^.^#)


■美味しいギフト♡
年の暮れ、漁師さんにめっちゃ美味しいお魚ギフトを頂きました☆

今夜はハロー(ホウキハタ)鍋で頂きました♪
ハローは小笠原で単価がとても高い高級魚です。

どうもありがとうございました!!

他にもアカバ、アカバモドキも頂き、
年末には豪勢過ぎるラインナップになってしまいました(#^.^#)
正面顔で撮ってみたら、なかなか面白かったです♡

いつもいつも本当にありがとうございます!

■このコロナ禍ですが、
無事に12月の学校の恒例行事でもあるロードレースを終えることができました☆

みんな一生懸命走っていて、応援しているこちらもアツくなりました。

2021年は僕にとってはとても大きなターニングポイントの年になりました。

40歳になってみて、まだまだ色々やりたいことが山ほどあります。

娘たちも来年は長女がカナダの高校卒業、
次女は中学入学となり、
今までとは違うステージに入ることは確実です。

僕がこうして沢山のギフトを感じているように、
家族みんなそれぞれのギフトを感じていることでしょう。

いつ死ぬか分からない毎日ですが、
まだまだ面白い日々は続いていくのでしょう(#^^#)

そんなこんなで今年1年、本当に沢山の人にお世話になりました!
来年もどうぞよろしくお願いします
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ザ・ギフト①~母島クリスマス活動と母島青年会の物語

2021年12月25日 | 母島 日常 日記
■今年も母島の前浜にあるガジュマルにクリスマスイリュミネーションが光っています♪
これは母島観光協会のアクションで、母島青年会が毎年取り付け協力をしているものです。

僕はこの光景が大好きです。
なぜなら、ただの美しい飾りなのではなく、幾つものストーリーを含んでいて、それを知っているからです(#^.^#)
今日はその背景を少し紹介したいと思います。

毎年、青年会のみんなでああでもない、こうでもないと模索しながら、
楽しんで取り付けしているので、毎年デザインが変わっていて、そこもお楽しみの一つです♪

点灯は12/12~1/10までで17時~21時です。
取り付けた直後から、島民や家族連れがクリスマスの景色を楽しんでいて、
とっても幸せな気持ちになっていました♡


■この12月は久しぶりにこうした地域のイベント活動が続いて、
そのままクリスマスを迎えて、とてもじんわりと感動したことがあります。
「ギフト」についてです。

母島で生活していて、例年だと毎月の様に何かしらのイベントがあり、
日々忙しく過ごしているのですが、
この2年間はコロナ禍ということもあり、イベントがほぼなくなり、
こうしてスポットでイベントを実施したりして、その有難みを再確認しました☆

その中で色んな場面でギフトをプレゼントしたり、
逆に頂いたりする機会があるのですが、
そのギフトはモノだけの話じゃないな、と心底思わされる1か月でした。

その一つとして、
青年会のみんなでガジュマルのイリュミネーションを取り付け終わった後に、
着け忘れた大きなイルカとカメの装飾を倉庫で発見するという事がありました。

今更、大人数を呼べるわけでもないし、
雨ざらしの為に配線をしっかり養生しているので、
追加する際にはそれなりにひと手間かかります。
最初は、カメとイルカは今年はいいねという諦めムードでした。

観光協会の職員さんに相談され、話をしている時に一言、
瞳をキラキラさせて、
「これで子供たちが喜んでくれるのなら、ぜひやりたいです!」
その一言で一気に心が動かされました♪
なんというホスピタリティ!!

お互いの仕事の休みや合間をぬって、新たにイルカとカメを追加したのです(#^.^#)

数日後、新たに追加したカメやイルカにも子供たちや島民が気付いてくれて、喜んでくれました♡

この小さな一件は僕にとってはとても大きな出来事で、
なんだか色んな初心を思い出させてもらうキッカケとなりました。
‟なぜこの活動をしているのか”そんな根本理念に立ち返る大きな部分だったのです。

これぞまさにギフトです♡
何を大切にして暮らしているか、ハッとさせられました。
こういう気付きが、みんなで活動しているいい部分だと思います♪


ベタ凪の沖港内に浚渫船が佇む中の夕焼け、
島民が「この美しい光景を写真に収める術は俺にはないな。ジャイアンのカメラはどうだい?」
と言われて、撮った写真です。
現場の半分くらいはその雰囲気を表現できているでしょうか?

自然と人の暮らしとクリスマスと。
お母さんの自転車に乗った小さな幼児が、
「わあ、きれいだね~!サンタさんもいるよ~」
「そうだねぇ、綺麗だねぇ」
そんな他愛もない会話なのですが、
なんだか抱きしめたくなるような愛おしい雰囲気がありました♪



■まだまだギフトはあります(笑)。
去年同様、コロナ禍ということで例年の母島のクリスマス子供大会は、
屋外のクリスマススタンプラリーという形に姿を変え、
各ブースで色んなレクを行い、子供たちがスタンプを集めるスタイルで実施しました。

僕たち青年会は学校校庭で、
①ジャンケンポイ、あっち向いてホイ!
②ジェスチャーゲーム
③面白クイズコーナー
④プレゼントコーナー
を実施しました。

それぞれのブースにリーダー的な人を任命し、任せる形式を取ってみました。

まずは会場の設営から1日が始まります。
地域の大人が、子供たちの為に舞台をクリスマスの装飾に変えていきます♪

学校のブランコもこの通り♡

これ、実は大人たちも相当楽しんでやっていて、
子供たちに贈っているはなのですが、
実は大人も子供たちの楽しんでいる姿にめちゃくちゃ癒され、
ギフトを頂いているのです(#^.^#)

クリスマススタンプラリーを終えて、
そのままガジュマルイリュミネーションを取り付けて、
お昼過ぎに解散したのですが、
また夕方にふと集まったメンバーが
「今日はなんか楽しかったね~♪」
「うん、こんなに話したことない人と話した日は初めてかも~」
「子供たちの可愛さに癒されました♡」
そんな言葉を要所要所で聞くことが出来て、僕は感無量でした♪
なぜなら、ずっと何年も、この雰囲気を目指していたからなのです。


■母島青年会は母島の若手の地域団体で、
近年では主に地域のイベントの運営やお手伝いを主軸に活動しています。

職場も性別も立場も超えて一緒に活動するので、
様々な交流という側面も持ち合わせています。

僕が母島に来た当初(10年前)は非常に活発で、
祭だ宴会だイベントでは出店にダンスに劇にと大忙しでした。

しかし、時代とともに、メンバーは雰囲気も変わり、
主に学校の先生メンバーが8割を超えるようになってきて、
地元の若手メンバーが減ってきて、
なんだか"やらなければいけない感”を感じられるようになり、
少し参加者に重荷に感じられる場面が幾つか見られました。

人数の少ない母島。
もちろん学校の先生は貴重な若手の人手で超重要ですが、
学校の先生に任せてばかりでもいけないと思うのです。

数年間の赴任の中で一緒に活動して楽しんでいける部分はいいのですが、
いつの間にかそこに甘えて、任せっきりになって「どうしてこの活動をやっているのだろう?」が
分からなくなってきているように感じられました。

色々あって、女性のメンバーもたった数人になってしまい、
なんだか楽しい雰囲気が薄くなっている気がしました。

3年前、僕が会長にならせてもらう少し前から、
まずは
「やりたい人が参加して、できる人がそれぞれできることをする。
 強制はしない。そして、なんか楽しいねという雰囲気にする」
これを目標に活動してきました。

会長になった年に、
グッとそこの部分に踏み込めた気がして、
返還祭もクリスマス大会も大いに盛り上がり、
古いメンバーから「なんだか青年会、昔の楽しそうな雰囲気になってきたね」と言われて、
とても嬉しかったのを覚えています♪

そんな中、僕が会長になって2年目の春にコロナ禍に突入し、一気に宴会やイベントが出来なくなり、
人の交流が一気に希薄になってしまいました。

オンラインのZOOMを使ったり、色々模索しましたが、やはり難しい課題が出てきました。
そんな中、今年の春の総会は歓迎会こそオンラインにしましたが、総会は実際にリアルで集まって、
お互いの顔を確認し、道端で会った時に誰か分かるような場面を意識的に作ったりしました。

それからもイベントはできないながらも、
少しずつ色んな場面で人と人のご縁を繋ぐことを意識してやって来ました。
そんな中でのこのイベント、さっきの感想だったので、とても嬉しかったのです(#^.^#)


■青年会の活動もこれまでの活性化も
僕一人の力ではなく、みんなの協力なしでは到底無理な事です。
青年会の役員のみんなも幾度となく集まって話をしてきたし、
活動に参加してくれた会員もそれぞれ、楽しんで参加してくれました♪
本当にありがとうございます(#^.^#)

スタンプラリーのジェスチャーゲームでは、
隊長を任せたSさん、なんと100個以上のネタを用意してくれて、
それにハマって、リピートする子供も発生(笑)。←特にうちの次女w

チンパンジーの真似に対して「ドラミング?」という専門用語が発生したり、
ニワトリのジェスチャーに「烏骨鶏?」なんて母島らしいワードが出てきたり、
終始、笑いの連続でした。

子供の反応も楽しいし、
大人もそれで楽しむ。
もうお互いに十分すぎるほどのギフトです☆

それぞれが言われてやる、ではなく、
主体的に自分に何ができるか?と考え、楽しんで関わることができたからこその達成感。
それが青年会などの地域活動の醍醐味な気がするのです☆

その中で、子供たちがワッと走り集まる様の躍動感は、
なんだか本当にウキウキさせられました(#^.^#)


子供たちは役場の婦人会ブースから、
ステキなカップケーキを持って来ていました。

大人からのギフト。
それを作る側へのギフト。


クイズコーナーでは、
幼児向けな優しい質問から、
非常に凝った質問まで、数多く夢と希望と絶望の交じった素敵なクイズが用意されていました☆

この答え分かりますか(笑)?

当日はサンタの恰好をして、子供たちにいじられまくっていたD先生が監修したクイズです。


島の大人たちが、子供たちの為にこうして汗をかいて、楽しむ。
それが島のクリスマスなんだと思うのです♪
愛が詰まっていて、最高です(#^.^#)


■クリスマスって、
プレゼントをもらうのももちろん嬉しいのですが、
相手の事を想ってプレゼントを用意する時間、プロセスが実は一番のギフトな気がするのです♡

それで相手が喜んでくれる。
なんてピースフルな世界なのでしょう(#^.^#)

僕がバイブルにしている本の一つにリトル・トリー(フォレスト・カーター著)という物語があります。

その中で大好きな場面があります。
それはインディアンの少年であるリトル・トリーがある虫に素敵な匂いがあることに気付きます。
それを祖母に伝えると、長年生きてきた祖母にとってもその匂いの事は知らなくて、ビックリしたのです。
その後の祖母の一言が凄いのです。

「おまえはとっても正しいことをしたんだよ。
 何かいいものを見つけたとき、まずしなくちゃいけないのはね、
 それをだれでもいいから、出会った人に分けてあげて、
 いっしょに喜ぶことなの。

 そうすれば、どこまでも広がっていく。
 それが正しい行いってものなんだ」


僕はこのエピソードが大好きで、
嬉しい事や感動したことがあったら、その時伝えたい人に伝えるようにしています。
きっとそれが世界を少しでも平和に近づけると信じているからです(#^.^#)

そんなストーリーがあるからこそ、
今回の母島前浜にあるガジュマルのイリュミネーションの輝きは、
深く温かいものになっているのです♡

ほんと、島のみんなに感謝です(#^.^#)

ザ・ギフト②に続く

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くさやと泪と新島と

2021年12月18日 | 大切にしていること
■「いやぁ、嬉しいなぁ…本当にありがとう~」
島の90歳を超えるレジェンドに言われて、思わず涙ぐんでしまいました。

どう言葉に形容したらいいのでしょう。
感動が言葉にできません。
泪で溢れてきます。

レジェンドの彼は10代の頃に太平洋戦争前に母島の南崎のくさや工場に通い、
戦後は母島最期のくさや職人でした。
母島で長年暮らしていて、知らない人はいないレジェンドです。
※このレジェンドさんについては過去の昔話の紹介記事でも触れています。

ちなみに「くさや」とは伊豆諸島の新島発祥といわれる魚の加工食品です。
主にムロアジ(クサヤモロ)を開きにして、くさや液と呼ばれる秘伝のタレをつけて干したものです。
独特のにおいを放ちますが、味は抜群の珍味です♡
僕が地球上で一番好きな食べ物、アオウミガメの煮込みの次位に好きな食べ物がくさやです。

こちらがムロアジです。島では主に夏場に釣られています。僕が島で一番美味しいと思う魚です☆

■とある経緯でレジェンドの彼にくさやを提供したいという話になり、
くさやのルーツでもある新島のくさや屋さんを探そうと考えていました。

彼は戦後に伊豆諸島のくさや製造所を回り、
昔母島にくさやの液を分けてくれたくさやの発祥の地・新島に辿り着きます。
しかし、時が流れあまりに高齢になり、そのくさや屋さんの名前を思い出すのは困難でした。
ある機会に僕が彼の家に急に伺うことがあり、ふと「くさや」の話になりました。
そこで急に思い立ったように僕はその場で新島の友人に電話をしました。

新島の友人とは東京宝島事業を経て知り合い、共にアウトリガーカヌーを漕ぐ仲間です。
彼は日中の仕事中にも関わらず、電話に出てくれました。
僕が事の経緯を話し、彼は新島に今は6件のくさや屋さんが現存していると丁寧に説明してくれました。

少しずつ、くさや屋さんの名前をひとつずつ挙げてくれていました。
目の前のレジェンドは首をもたげて、違うと訴えています。
確か3つ目だったでしょうか?
新島の彼が「菊孫(きくまご)…さん」と行った時、
目の前のレジェンドの目がカッと開き、「それだっ!!」と声を上げました。

新島の彼が電話越しに話します。
「菊孫さんですかぁ!新島でも一番の老舗ですよ~!」
僕が訪問するときは不安と戸惑いの最中にいて、
ずっと浮かない顔をしていたレジェンドが、
僕が思うに今年一番の最高の笑顔で笑ったのです!!
この瞬間の笑顔が忘れられません☆

はるか昔にレジェンド自身が訪れた、
くさやのルーツを巡る旅のクライマックス先の名前を思い出した、
その瞬間に自分が触れてきたくさやに関わる全てを鮮明に思い出せた瞬間に思えました。
「菊孫だよ!それだ!いやぁ嬉しいなぁ~」
レジェンドは何度も何度も呟きました。
行動にしてみれば、ただ電話しただけの些細なことだったのですが、
そんな些細なことで得られたものは、
今でも思い出すだけで泪が溢れるような感動の笑顔とご縁でした♪

本当に有難うございます!!

これはHOSSYと呼ばれるアルミ製でくさやの形に作られた洗濯ばさみです。
新島のメンバーが近年の海洋プラスチックゴミ海洋流出防止の啓発を目的として作成し、まずは新島島民向けに配布したのが始まりのようです。
我が家にもサンプルを頂いていますし、こちらから詳しい情報や購入ができます!
今回のご縁をつないでくれたのも、このHOSSYを作ったメンバーとのご縁のおかげです♡


■さてさて、そんなご縁で繋がった新島のくさや製造の老舗「菊孫商店」。
レジェンドと話して涙したその日に早速電話してみました。

もちろんオンラインショップなどでも簡単に購入はできるのですが、
こういう時は直接声を聞いて注文したいものです♪

電話に出て戴いた方に母島の最期のくさや職人のお話をさせてもらいました。
すごく喜んでくれて「うちのお父さんかおじいちゃんに会ってるのね~」と一言。
高齢者向けの柔らかめのくさやも用意できると話も頂きました☆

もちろん、レジェンドが日々関わる高齢者在宅支援サービスセンターにこの件を紹介し、
うちはうちで自宅用に早速注文しました(#^.^#)

菊孫さんが小笠原に発送するのも慣れたもので、
おが丸の運航予定を把握していていました。
竹芝出港の2日前に新島で発送すれば届くそうです!
頼んで次の便で届くという驚きの速さで自宅に届きました。(届けたのは配達仕事の僕ですw)

小笠原へはゆうパックの冷蔵(チルド)で発送できます。
嬉しい菊孫商店のくさやがものの数日で届きました♪

電話で注文するときに種類や値段も聞きました。
冷蔵で購入すると、今まで真空パックで購入していた価格に比べて、とても安い印象でした。


■今回はムロアジ、トビウオ、コアジを3000円分頼みました。(来週になったらサメのもあると言われました😲)

我が家にとっては12月の師走のお歳暮みたいなものになりました(#^.^#)

想像以上にボリューミーなくさやが届きました♡

こちらがメインのムロアジのくさや(中サイズ)です。
なんとまあ立派な…
これで中サイズですかっ!

レジェンドが伊豆諸島のくさやの製造所を回った時は、
三宅島も御蔵島もまだくさやを作っている頃だったそうです。
自身の父親の出身地の青ヶ島もその時に初めて訪れたと言っていました。

この開きひとつで400円を下回ります。
あんなに手間暇かけて作ってくれてるのに、こんなに安くて大丈夫なのかと心配になってしまいました。

くさやが自宅に届いた入港日、僕は入港配達で帰りが遅い状態でした。
12月はクリスマスセール、ボーナス、お歳暮と荷物が多いシーズンです。
いつも20時を過ぎる帰宅です。

今回は届いたその日に妻が配慮してくさやを焼いてくれました♡
周囲に立ち込める匂いはご愛敬(笑)。
たまらなく愛おしいこの匂い、これまでの経緯もあるのでいつも以上に深みが増しています♪

焼いた状態が冒頭の写真なのですが、一口食べてみると…
「美味しい!!」
久しぶりのくさやです。

新島の老舗のくさや。
母島のレジェンドが今年最高の笑顔を見せてくれた「くさや」です☆
こんなにも味わい深いくさやは初めてかもしれません。

なかなか固いものは食べにくい年齢のレジェンドですが、
ぜひこの菊孫さんのくさやを食べてほしいと思います。

毎日「楽しみだなぁ」と笑顔で話していて、
こっちがそれに癒されて元気をもらっています。

御幸ノ浜展望台での夕陽です。この冬場の限られた時期だけ見れるレアな場所です。

■そんなくさやが届いた日は次女の料理の日でもありました。
中学生の先輩の誕生日でもあり、作って贈りたいと。
そして、次女自身の10月の誕生日にわざわざ自宅までプレゼントを届けてくれた人にお返しをしたいと、
頑張ってカップケーキやら、学校の家庭科で習った逸品を届けていました。

僕は人の為に自分の時間を割いて行動することが出来る次女を素敵なだぁと思って眺めていました。

人は一人では生きていけないし、
常に相互間で支え合いながら生きていくものだと思います。

コロナ禍、SNSの発達で人と人の直接のやり取りが疎遠になりがちな中、
こうして行動に移せたことがとても素晴らしいと思いました♡
(僕は何をやっているのかすら知らなかったw)

そんなほっこりした気持ちで入港配達から帰ったあとに、
次女と車でプレゼントを届けに回りました。

自宅に帰った時に、
くさやを焼くにおいが思いっきり周囲に充満していましたが(近所の皆さんごめんなさい!!)、
色んなご縁と優しさが思い出せる匂いとなり、なんだか心がとっても温かい日になりました♪


■師走に入ってから、なんだか感動ばかりしています。
ブログに書くのが全然追いつかない状態です。
(ブログは僕自身が忘れない為の忘備録的な意味が一番大きいです)

また追々書いていこうと思います。

今日紹介したムロアジ(クサヤモロ)は僕が島のお刺身で一番好きな魚です。
日持ちがしない種類で、釣ったその日に刺身で食べます。
翌日の場合は身が少し柔らかくなっているので、ネギ、ニンニク、ショウガとあえてタタキにしても絶品です♡

近年だと、10年ほど前でしょうか、学校の家庭科の先生がレジェンドに
今またくさやを作れないかと相談し、
その時にくさや液を取り寄せた時も菊孫さんだったそうです。

奇跡のような色んなご縁が今回も繋がりました(#^.^#)


■そして昨日は突然畑の烏骨鶏たちが警戒の鳴き声で大騒ぎしていていました。

ふと上を見上げたら、島の生態系の頂点に君臨するオガサワラノスリさんが電柱の上にいました。

天然記念物で世界でも小笠原諸島にのみ生息しています。

カメラを構えたら、睨まれちゃった!!
カッコいいけど、怖い~~


12/20 追伸
レジェンドさんに菊孫さんのくさやを焼いて持っていくことが出来ました♪
「何年ぶりだろう…嬉しいよ(#^.^#)」

焼く前のムロくさや、トビウオくさやも見てもらって、
「立派なくさやだね~」

そして、ついに食べてもらいました。
しっかりと噛んで、一呼吸おいて。
「うまいっ!
 この味だよ!変わってないなぁ~」
「やっぱりくさやだね。ありがとう!ガハハハ!」
もう何も要らないほどの最高の笑顔と言葉を頂きました♡

やった事は話をして、品物を注文して、準備して、食べてもらうだけ。
誰にでもできる些細なことです。

それがこんなにも感動してもらえて、感動できるなんて…
生きてて本当に良かった♪
そう思える瞬間でした。

一期一会のご縁に感謝です(#^.^#)

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ご縁が繋がる日々~島と人と鳥とクジラと風と

2021年12月11日 | 母島 鳥
■「ご縁」という言葉、
色んな所を旅していても、
日々島で暮らしていても、
人との出逢いや関り、出来事などで、
この言葉ほどしっくりくるものはないかも知れません。

これはゴミ回収の仕事の職場で同僚のバリ島出身の仲間が
「今日は満月だから」
といって作ってくれた素敵なクラトンという飾りです♪
彼ともバリ島を案内してくれたご縁です(#^.^#)

今日は昨日までに強烈にご縁を感じる機会があったので、
島に来る渡り鳥の紹介をしつつ、ご縁を語りたいと思います。

これはミヤマガラス。
2021年11月の下旬に突如、母島に6羽現れました。
ムクドリ3羽も従えています★

「ジャイアン!!カラスが来てるよ!!知ってる?」
島の子供たちが嬉々とした顔で、僕に話しかけてくれます。
それがとっても可愛くて、嬉しくて、そんなご縁にも感謝です(#^.^#)

大きくて目立ちますし、
普段からカラスがいない地域なだけに、
島民が驚いたやら嬉しいやらで、
島のSNSでも賑やかです。

母島観光協会にも話に行ったら、
職員さんが目をぱちくりさせて、カラスの存在に驚いていました(#^.^#)
母島観光協会のブログにも紹介されています)

小笠原は近くに島がない絶海の孤島ですので、
そんな島に渡ってくる人や鳥とのご縁は、とても貴重で有難いものだと思っています。

珍しく現れては島民や子供たちにも見えるエリアで存在感を表せるカラスさん。
「いい所にいた!カラスが来ていて、あれはヤバいんじゃないか?居ついたら、大変な事になる。
カラスを見て、ジャイアンにずっと話そうと思ってたんだよ」
島のレジェンドもわざわざ、声をかけてくれます。

母島に来るカラスのご縁も面白いのですが、
それ以上に僕が興味深くて有難いのが、
わざわざ僕に話してくれようとしてくれる、
島の子供たちや友人知人とのご縁です。

さほど鳥好きでもない僕が、
前職ですがアイボの活動や今も鳥獣保護員をやっていることで、
島民の中でもある一つのご縁に繋がっています。
本当に有難い事だと思います♪

あまり話題にはなりませんが、内地で普通に見かけるムクドリさん達も、
母島ではレアな存在です。

内地に行くとお世話になる千葉の行徳にある公園でよく見かけるので、
なんだか親しみがある鳥なのです(#^.^#)


■こちらは今シーズン初のザトウクジラです。
11月からほぼ毎朝、鮫ヶ崎展望台で観察を続けるうちの奥様。
2020年は11月24日、2021年は12月5日が母島の初確認となりました。
「いたよ~♡」
朝から興奮した妻から電話があり、その後僕も鮫ヶ崎に行きました。
見ると、まだ大人になりきれていないようなサイズのザトやんがいました。


ザトウクジラとのご縁も不思議なものです。

僕は元々子供の頃から何故か鯨類が好きで下♪
島に来てみて、そんな大好きなイルカやクジラが日常的にいる暮らしをしてみて、
ますますその魅力に惹かれています。

今、長女が暮らしているカナダのエリアも夏場にザトウクジラがやってくる地域です。
3年前に夏のザトウクジラにカナダで再開した時は、なんだか不思議なご縁を勝手に感じていました♪

今、長女が留学できているポートハーディ。
ホームステイ先となっている義父も亡き母が繋いでくれたご縁です(#^.^#)


■ご縁というものは不思議なもので、
必要があるときは勝手につながっていくもので、
必要な時に必要な人に何故か繋がっていきます。

旅先でももちろんそうなのですが、
日常でもそのご縁のつながりは日々発生しています。
これは本当に有難い事だと思います。

逆に離れていくご縁もあります。
何をやっていてもうまくいかない時、
勝手に疎遠になっていくご縁もあります。
これも有難いもので、その流れに任せていると、
不思議と周りは気持ちのいい仲間が残ります。

昨日も僕の中では大きなシフトとなる大きな出来事があったのですが、
やはり繋がるご縁は素晴らしく、有難いことを再確認することが出来ました(#^.^#)


こちらはよく母島にも渡ってくるハクセキレイちゃん。大好きな鳥です☆

僕は基本的にそのご縁の流れに身を任せます。
上手くいく流れの時は勝手にどんどんとご縁が出来て広がっていきます。
上手くいかない時はご縁が広がらないし、滞る感じがします。
よくできてるなぁと感心するほどです(#^.^#)

それに贖うことなく、しなやかにその風に乗る。
島の移住や旅、暮らしの中での出来事はすべて、そんな風のような流れが存在する、
そんな気がしています。

本当に不思議なのですが、
その風を感じるセンスがあれば、だいたい健やかに過ごして生きていける気がするのです。

特に旅をする人、
それもびっちり予定を組まずに、
ご縁に身を任せる自由な旅のスタイルができる人は、
そのセンスがある人な気がします。

父島と違い、
アクティビティが多く用意されておらず、
案内看板やガイドやショップも充実していない母島を心底楽しめる人は
そんな素敵なセンスを持った人なのだと思います(#^.^#)

こちらは毎年いらっしゃるヒドリガモさん。多いときは30羽以上来ることがあります。

■島で暮らしていて、もちろん色んな事が日々発生しています。
こうあってほしいなと願っていても、そううまくいかないこともあります。
上手くいくために、僕も色んな行動や活動を通してアプローチするのですが、
なかなかうまく進まない時があります。

もちろん僕の能力や気配りが至らないという点はあると思いますが、
それ以上にこのご縁の風のような、そんな存在を感じずにはいられません。
無理に強引にやることはないと思うのです。

この夏、豊島の森島さん達と対談を行ってから、
母島の減ってきている次世代の人材確保について、
今まで後ろ向きだった観光という分野の必要性を強く感じ、
僕自身も母島観光協会の会員になり、動き始めました。

その中で、うまく進むことと、うまく進まないことがありましたが、
この数日でそこの風の向きが一気にハッキリしました♪


ユリカモメと思ったらズグロカモメさんの様です☆これはなかなか珍しい♪

こんな狭い田舎の島なので、色々と問題が発生することがありますが、
星の数ほどやりたいことがある中で、
沢山の課題が山積みで動いていこうと思う中で、
ご縁が繋がらない所に時間と労力を割くことに、あまり意味を感じません。


■僕が最初に母島に来た時に感動した母島観光協会。
対観光客だけの業務だけでなく、
色んな分野のイベントを立ち上げ、島民も多く関わって学んで来ました。

そして、
島の子供たちが日々、遊びに来ていて、島民が集まり色んな井戸端会議が発生する雰囲気だった船客待合所。
時代が変わり、今はそんな景色も変わってきました。


芝生の上でドヤ顔のホシムクドリ。これは島に毎年来る渡り鳥ですが、内地ではレアな鳥の様です。

人というものは、
なんだか過去に良いなと思ったものに固執してしまうもので、
自分が20年前に心底いいなと思った風景にこだわって、
なんとかその雰囲気に近づけないか?と思ってしまいます。

しかし、月日とともに時間は流れ、
人は入れ替わり、景色も関係も状況も移り変わっていきます。

過去と同じ景色がないことが当然なのに、
ついそこにこだわってしまうのは、
僕的にはつまらないことだと思っています。

大事なのは過去ではなく、未来に向けた今です。
これから、どうしていきたいか、どうした未来にしていきたいか、だと思います。

渡り鳥は命をかけて大海原を渡っていきます。
母島に辿り着けても、衰弱が激しくて、死んでしまう鳥も少なくありません。
だけど、彼らは過去ではなく今を生きています。

そんな姿勢に、勝手に心打たれています(#^.^#)

クイナの仲間のオオバンちゃん。島の渡り鳥ではレギュラーな存在。斬新な水かきがポイントです☆

そんな活動の中、
やはり繋がるご縁は大切に、
疎遠になるご縁にはこだわらないスタイルが大事な気がします♪
無理に滞ってもいい事はないと思うタイプです☆

母島の観光というものも、
他地域と変わらず、随分と変わってきた気がします。

過去の栄光やいいおもい、
自分だけの利益や保守になることなく、
その地域にとってのベターな形を作って行ければと思います。

そういう意味で、今の母島は過渡期です。
これから色んな問題が表面化してくるでしょう。
今までスルーしてきた課題や問題が浮き彫りになってくると思います。
これからどういう島にしていきたいか、みんなのその意識が重要だと思います。

これも割とよく見かける渡り鳥のオナガガモ♀。♂はなかなかお目にかかれません。

もちろん島を作って来てくれた方へのリスペクトは忘れてはいけません。
だけど、過去にこだわっていてもナンセンスな気がします。

それを乗り越えて、
新しい島の在り方というものが出来ていくでしょう。

僕はそんな前向きに動く仲間を応援します♪

逆境すらも楽しんで乗り越えれる、超一流のセンスを持つ。
それが僕の目指すMaster of Lifeです!

どんな時も楽しんだもん勝ち!!

島に時々渡ってくるカンムリカイツブリ。大好きなルックスです♪

冒頭の飾りクラトンの作り方の参考動画です。
島のバナナがあれば簡単に作れてしまいます(#^.^#)
よかったらどうぞ↓





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七五三と厄除け、お宮参りの母島秋の神事

2021年12月02日 | 母島 日常 日記
■11月23日は月ヶ岡神社例大祭の日。
戦前は島民に大神宮と呼ばれ、相撲なども盛んだった母島の暮らしに大切な秋の風物詩。

例年であれば午前に七五三などの神事を行い、
その傍らで子供会がチンドン屋で集落を回り、
昼からは神輿、夜は芸能大会とにぎやかな1日になる日です。

今年もコロナ禍で通常のお祭りは中止となり、
七五三や厄除け、お宮参りの神事のみ執り行われました。

この状況下で神事だけでも行ってもらえる事に感謝です☆

いつも天気が不安定なこの時期ですが、今年は見事土砂降りに遭う巡りあわせでした。

運営の方々が用意してくれたテントの下で神事が進みます。


南の島の母島ですが、こういった部分はやはり日本なのです。
僕は仏教やキリスト教を進行しているわけではないですが、
アニミズムのような八百万の神様をいつも感じています。

こうした行事の度に、ハッとその存在を感じさせられます。



■みんなの様を見ていると、自分の娘たちの七五三の頃を思い出します。
今でこそ次女は小学6年生、長女は海外で高校3年生を迎えて、健やかに暮らしていますが、
それがとても有難いことだと再認識させられました。

栄養状態の悪い昔は、7歳まで無事に育ってようやくホッとする、そんな節目の行事といいます。

晴れ着姿の子供たちを眺めていては、
ふとそんな気持ちを思い出していました。

親も子も普段なかなか着ることのない着物や袴に身を包み、
この晴れ舞台を楽しみます♪

子供にとっては窮屈な時間ですが、
女の子はこんな特別なお洒落は嬉しいようで色んなポーズを撮ってくれました♡

長女も中学生の時に巫女さんをやらせてもらい、
非常に喜んでいました。

島にいることで、いろんな経験をさせれもらえて、ほんと感謝です♪

■この季節ならではの奉納の品々。

2年前の台風被害で、この月ヶ岡神社もダメージを受けましたが、
こうして神事を続けてもらえていることが有難いです。


立派なオナガダイやでっかい分担も!!


母島のコンパクトな除夜の鐘の傍らで神事は進んでいきます。


■僕は今年40歳で来春に41歳を迎えます。
男性の42歳は本厄とも呼ばれ、色んな事が起こるタイミングの様です。

今回は前厄というわけで厄除けをお願いすることにしました。

厄年は、特にさまざまな禍、災厄が降りかかりやすい年齢とされています。
起源は古代中国の陰陽五行説とされ、
日本ではなんと平安時代にはすでに貴族の間で厄落としの行事が行われていたそうです。

男性にとっての40代は身体を壊してしまったり、
仕事の軌道が乗りに乗っている時期の注意する時期だったり、
色んな節目になるようです。

僕にとっても今年は大きな転職のタイミングで、便利屋を起業しましたし、
来年も色々と新しい事に挑戦するつもりです。

しかし、実際に40代で命を落としている友人も数人おり、
僕自身も思いっきりオッチョコチョイであることは間違いないので、
気を付けなければいけないと思っています。




■今年の秋も去年同様、雨模様が非常の多いので、こうした束の間の晴れはとても嬉しくなります♪

水不足や、超台風の被害を考えると、
水が多くて困るくらいがどんなに有難いことなのかと思います。

当たり前の日常の有難み。
日常でつい忘れがちですが、
こうして普通の日常を送れていることが奇跡だと思います。

感謝の気持ちを忘れずにいたいです(#^.^#)

今回は雨の七五三だったけど、色んなことを考えさせられる1日でした♪
七五三、おめでとうございます(#^.^#)


■去年9月に念願の購入を果たしたSUP。
なんと1年を過ぎましたが、まだまだハマっていますし、
新しい発見が続いています♪

これは先日の東港方面の遊歩道整備の仕事の時の事。

刈払い機やチェインソーと共に休憩時間用のSUPももちろん準備(笑)。
庚申塚にある探照灯基地や砲台跡の遊歩道の台風倒木などを片付けました。
 
一応、遊ぶばかりぢゃなくて、ちゃんと仕事もしてるんです(#^.^#)

もちろんその仕事を終えたら、ご褒美に久々の東港SUPを楽しみました♪

今回行ったコースは約6kmの東港大回りコース。
約90分の旅☆
臥牛角など、なかなか普段見ない景色なので、圧巻でした(#^.^#)

湾の外は海が悪かったのですが、
戻りの時はいい感じの追いのうねりで、
何回か波乗りも少しだけできて、
とても楽しかったです♪


2016年に縄に絡まったザトウクジラをレスキューした場所も通り、色々考えさせられました。

母島ではまだ陸からのクジラ確認上はありません。
(20日の入港はは丸で北港の沖で見たという観光客情報はあり)
去年の母島ざとやん初確認は11/24。
今年はそろそろかな~と楽しみに待ってます(#^.^#)

毎度毎度思うことですが、この雄大な景色を味わっていると、
世界はなんて素晴らしいのだろう、
自分はなんてちっぽけなのだろうと思い知らされます。

そんな師走直前の母島でした(#^.^#)
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7,000㎞先の新聞でみる娘の様子~長女がカナダ地方紙に

2021年11月23日 | カナダ留学 長女
■カナダのバンクーバー島最北端の小さな村に高校留学している長女。
なんと、北バンクーバー島のローカル新聞「EAGLE」に載ったと連絡が入りました。

事前の取材ですら知らなかったので、ビックリしました(#^.^#)
聞くところによると、新聞に長女が撮った写真を提供しようと連絡をしたところ、
彼女のルーツやこの町に来た経緯などに関心を持たれ、ストーリーで記事を作ってもらう事になったそうです。

せっかくなので紹介したいと思います。
(掲載文+勝手な和訳は記事の最後に載せてあります)

どういう観点から見ても、親ばかなのは間違いないのですが(笑)、
長女は写真や絵が上手いです。
カナダでもそれが健在なのはさすがですね(#^.^#)

僕と長女で同じ被写体を撮ってみて、島の人に評価してもらった時も、
歴然と差がありました。
く、悔しいけど認めます!!

撮る前から、どういう写真を撮りたいかが明確にイメージできているらしく、
スマホだろうが、コンデジだろうが1眼レフだろうが、
関係なく見事に風景を切り取ります(人物は苦手と言っていました)。


■例年だと12月の上旬の父島母島スポーツ交流大会があり、
島の多くのみんなが日々スポーツに明け暮れるこの季節、
母島の南崎にも営巣するオナガミズナギドリの巣立ちのシーズンです。

夏に生まれて、親がずっとお世話をして、
最後には親が来なくなってお腹を空かして飛び立つ海鳥の子育て。

3年前、長女は母島の中学を卒業し、
数か月の父島にある小笠原高校生活を経て、
一気に7000km彼方のカナダの公立高校に巣立っていきました。

「異文化の中にどっぷり浸かりたい」
ミズナギドリのヒナが陸から一気に大海原に飛び立つように、
長女は当時日本人が一人しかいないカナダの島の最北の小さな村に巣立っていきました。

もちろん、慣れない土地で大変だったこともあったでしょうが、
優しくて、ちょっぴり頑固な義祖父の元での海外生活はとてもエンジョイしているみたいで安心しました。

留学して1年後に小笠原高校に戻る選択肢もあったのですが、
コロナ禍でもカナダに戻ることを選択した長女。
記事にも書かれていますが、
母島とはまるで正反対の気候の中、
まあそれなりにエンジョイしているようです。

親から見て、
中学生の段階で英語はペラペラだったし(親は片言w)、
人が好きでいい意味で単純なところもあるので、
親としてはあまり心配はしていないのですが、
こうして元気そうに過ごしていそうな記事を見ると、なんだか嬉しくなります♪


■先日、母島ではコロナ禍で中止になった島嶼の子供サッカー大会「愛らんどリーグ」関係のイベントがあり、
内地からコーチが来てみんなと島嶼リフティング大会を開催してくれ、
母島の小学生も100回近くリフティングをこなして、見事入賞していました!!

こんな景色の中育った長女が、
シャチやラッコのいるカナダの北の島で暮らしているなんて、
なんだか不思議です。

今年はコロナ禍で帰国を断念しましたが、
去年帰国した時に「この日差し!!紫外線が恋しかった!!」と言って、
真っ白くなった肌を焼いていて、
とても可笑しかったのを覚えています。


■先日は近畿のほうから母島によく来ているヨットマンが来島していました。
もう20年くらい通い続けていて、
うちの夫婦が島に来た頃と時期が同じなので、
ヨットに載せてある島の人との写真アルバムが知った懐かしい顔が多くて、嬉しくなりました(#^.^#)
20代の僕も写っていました☆

台風を島でやり過ごしつつ、
また地元へ帰っていきました♪

母島を出港するときにみんなで見送ったのですが、
母島の北端の鬼岩ら辺でエンジントラブルを発見し、
ひょっこり戻って来ていて、またまた宴会が続いていたのが素敵でした☆

出港日時を決める時も、
戻ってくる時も、
ヨットマンの時間の流れは風と天候任せ。

島暮らしののんびりした時間軸ともまた違う彼の雰囲気に魅せられていました(#^.^#)
まるでスナフキンの様な、現代の枠とは違う目線、そんな感じです。



■さてさて、
去年の9月にSUPを購入してから、
可能な限り時間があれば海に出ている日が1年経過しても続いています(^_-)-☆
まだまだ飽きません(笑)。

先日は妻とカヤック&SUPで沖に出て二人で楽しんできました♪
(次女はソフトボール。みんなバラバラが我が家らしいw)

もうすぐザトウクジラが来る島の冬の季節。

その圧倒的な存在感は、SUPをしているとより顕著です。
クジラからしてみればSUPなんて木の葉みたいなもの。
こちらもその時期はライフジャケットを着て沖に出ます。
潜るとクジラのどこか哀しげな歌声が聴けるのも冬ならではです。


今期は脇浜にネムリブカ達が冬なのに集まってきています。
普段は春時期に見られるこの光景。
ネムリブカ(英名:ホワイトチップ)は繁殖ために集まってくると聞いています。

今年は何かせっかちさんでも多いのでしょうか?
SUPで上を通ると、凄い速さで波を起こしながら逃げていきます(ごめんね~!)


そして近所にはオオベニゴウカンの木が美しい花を咲かせていました。
僕はこのレッドパウダーパフとも言われる、
ネムの木系のブラシのような花系が大好きです(#^.^#)

ハワイの花でもあるオヒアレフアの仲間でしょうね。

線が細い花なので、あっという間にしなびてしまいますが、
咲いてすぐの時の姿は圧巻です♪

花言葉は「高潔・澄んだ心」だそうです。
花は色んな場面で心を癒してくれます。

小さな素朴な野の花も素敵ですし、
こうした園芸品種の花も見事で感動します♪

そんな11月の母島でした(#^.^#)


■掲載記事を転載しました☆
2021.11.26までWeb版にも掲載されているそうです。
「EAGLE 2021.11.19」

Youth swaps Japan for Port Hardy to learn English

By Kathy O'Reilly, North Island Eagle, November 19 2021


When most people want to learn a new language, they sign up for a course.
Nagiho Miyagi hopped on an airplane from Japan to Port Hardy.
Nagiho, who is attending Port Hardy Secondary School, is from Tokyo, Japan, but not from the big city that immediately comes to mind.
“I was born in Tokyo, but I’ve grown up on islands. There are about 11 isolated islands south of Tokyo including the Ogasawara Islands, and all of those belong to Tokyo,” Nagiho explains.

She is from the southernmost island of Tokyo called Hahajima which belongs to the Ogasawara Islands.
The Ogasawara Islands are a World Heritage Site. They are located 1,000 kilometres south of Tokyo and are structured by two main islands and another 30 small uninhabited islands. The two islands, where people live are Chichijima: meaning father island and Hahajima: meaning mother island. Chichijima has a population of 2,000 and Hahajima has a population of 450.

“I used to live on Chichijima up ‘til I was five and then I moved to Hahajima and then grew up there ‘til I was 15,” Nagiho said.

Nagiho moved to Port Hardy in 2019, to improve her English skills and learn about different cultures.
The Ogasawara Islands are a tourist site, visited by many people from around the world.
“I have always liked to make friends with tourists and especially enjoyed talking people from abroad since I could use my English and get to know the stories of travellers from all over the world.”

By the time she graduated from junior high school (Grade 7 to Grade 9), Nagiho aspired to live abroad where she could immerse herself in an English-only environment.
As it would happen, Nagiho’s step-grandfather Kevin Lynch has been living in Port Hardy since 2016.
“He gave me an opportunity to stay in an English-speaking country by being my legal guardian. So, I started attending PHSS when my 10th grade started and now my last year of high school has just started.”

Moving to a smaller, isolated community on the tip of Vancouver Island, from a small island, was not a huge change and it is hard to draw comparisons between the two places.
“However, if I were to compare this town to my island, I would say some (things) are in common and some are not. Since both are island communities, we have very close relationships with people in the community. It makes our bond tight, and we help each other in need,” she said.
“On the other hand, we have completely opposite types of climates and nature.” Her island was warm, and she could swim year-round. The island had palm trees and all other tropical plants, and dolphins and sea turtles in the ocean.

Nagiho Miyagi moved to Port Hardy from Japan to immerse herself in the English language.

“Here, Port Hardy is a bit colder, rainy town with beautiful tree-beard-covered evergreens. I’ve had this fantasy about evergreens, and I am extremely happy that I can see evergreens every day." She finds Port Hardy small but likes towns and finds it “nice to see people greet and hug each other everywhere.”

Nagiho also appreciates the natural world presents on the North Island.
“The scenery here is just breathtakingly beautiful every day. It rains a lot here, but I realized that it also means we can see rainbows just as often as it rains,” she said.

“The beauty of North Island is in the humidity, not just rain but also mist and fog that covers this island just like veils, I think. The sunsets among the mountain ranges are one of my favourite scenes on the North Island, especially when the sunshine comes through the foggy mountains,"
Wildlife is another thing she treasures.

"Every different species of life is living so serenely,and they are shining in Mother Nature.Since I like photography,I have taken lots of beautiful North Island photos. It makes me feel like exploring more of the North Island.
I will keep capturing the special and normal moments and scenery of the North-Island.""
In addition to become anavid photographer since moving to the North Island,Nagiho enjoys singing,drawing and painting.
There are "lots of canvasses"on the wall in her room.



【親父による不完全な和訳】
英語を学ぶために日本からポートハーディーへ

ほとんどの人が新しい言語を学びたいとき、講座に申し込みます。
彼女は日本からカナダのポートハーディに向かう飛行機に飛び乗りました。
ポートハーディ高校に通っている彼女は、日本の東京出身ですが、みなさんがすぐに頭に浮かべる大都市ではありません。
「私は東京で生まれましたが、島で育ちました。小笠原諸島を含め、東京には約11の島があり、それらもすべて東京なのです」と説明します。

彼女は小笠原諸島に属する母島と呼ばれる東京最南端の島から来ました。
小笠原諸島は世界遺産に登録されています。

小笠原諸島は東京の南1,000kmに位置し、2つの主要な島と30の小さな無人島で構成されています。

人々が住む2つの島は、
お父さんを意味する父島と
お母さんを意味する母島です。
父島の人口は2,000人、母島の人口は450人です。

「父島に住んでいたのは5歳まででしたが、
母島に引っ越してから15歳まで育ちました」

彼女は2019年にポートハーディに引っ越し、
英語を上達させ、さまざまな文化について学んできました。

小笠原諸島は、世界中から多くの人が訪れる観光地です。
「私はいつも観光客と友達になるのが大好きで、
英語を使って世界中からの旅行者の話を聞くことができたので、
特に海外からの人々と話すのが好きでした。」

彼女が中学を卒業する頃には、英語だけの環境に浸れる海外生活を目指していました。
たまたま、彼女の継祖父ケビン・リンチは2016年からポートハーディに住んでいます。
「彼は私の保護者になってくれて、英語圏の国に滞在する機会を与えてくれました。
それで、私は10年生(高校1年生)が始まったときにポートハーディー高校に入学しました。
今は高校3年の最後の年が始まったばかりです。」

小さな母島からバンクーバー島の先端にある小さな孤立したコミュニティに移動したことは大きな変化ではなく、
2つの場所を比較することは難しいでしょう。
「しかし、この町と私の島と比較すると、
共通しているものとそうでないものがあります。
どちらも島コミュニティであるため、
地域の人々と非常に緊密な関係を築いています。
それは私たちの絆を強くして、
困っている時はお互いを助けることをします」
と彼女は言いました。
「その一方で、完全に真逆の気候と自然です」
彼女の島は暖かく、一年中泳ぐことができます。
島にはヤシの木やの熱帯植物があり、
海にはイルカやウミガメがいました。

「ポートハーディは少し寒くて雨の多い町で、
木の髭で覆われた美しい常緑樹があります。
私は常緑樹について夢を抱いてきました。
毎日常緑樹を見ることができてとても嬉しいです。」
彼女はポートハーディを小さいと思いますが、町が好きで、
「人々がどこでも挨拶し、抱き合うのを眺めるのが大好き」
と感じています。

また彼女はここの自然も素晴らしいと思っています。
「ここの景色は毎日息を呑むほど美しいです。
ここは雨が多いですが、
雨が降ると同じくらい頻繁に虹が見えることに気づきました」

「ここの美しさは、雨だけでなく、
ベールのようにこの島を覆う霧や雲にあると思います。
山脈に沈む夕日は、北島での私のお気に入りの風景の1つです。
特に、霧の深い山々から太陽が降り注ぐ時は格別です。」

野生生物は彼女が大切にしているもう一つのことです。
「色んな種類の生物がとても穏やかに暮らしており、
母なる自然の中で輝いています。
私は写真が好きなので、たくさんの美しい景色の写真を撮ります。
ここをもっと探索したい気分になります。
特別な瞬間だけでなく、普通の瞬間や風景も撮っていこうと思っています」
ここに来てからは写真を撮るだけでなく、歌、絵、絵を描くことも楽しんでいます。
私の部屋の壁には「たくさんの作品」があります。

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厳かな命を偲ぶ日に。

2021年11月14日 | 母島 日常 日記
■昨日、大好きな島のレジェンドが旅立ちました。
今日は朝から家族や島の仲間に囲まれ、火葬を行い、
95年間という激動の時代に魂をのせて過ごした身体も天にあがっていきました。

12年前、僕が母島に来た時からもずっとよくしてくれた、
沢山の話をしてくれた素敵な、大好きな方でした。

多感な十代まで母島で過ごし、
太平洋戦争での強制疎開を経験し、
本当に辛い時代を百姓として生き抜いてきたのです。

それなのに
とても繊細で優しくて、
いつも真剣で真面目で、寡黙な方でした。

でも、その中にとびっきりのユーモアが詰まっていて、
いつも最高の笑顔を垣間見ることができました。

「一、富士
 二、鷹
 三、なすび
 ちょ~どいいのが、あんぽんたん♡」
と、とびっきりの笑顔で話してくれた大好きな人です。

母島の南部、中ノ平に住んで沖村に歩いて通って、
海が穏やかな日は南京浜からカノーで沖港に農作物を運んでいたそうですが、
学校の行き帰りにそのカノーに便乗することも多かったと聞きました。

雨の日はマニラ坂を裸足で滑るように降りたり、
マニラ麻(サイザルアサ)の葉っぱに傷を付けて文字を描き、
後から通る友達に伝言をしたり、
山道を通うあまりに足腰が強くて「ヤマネコ」と言われるほど、
足が速かったと言います。

本当に色んな大事な話を聞かせてくれていました。

天に昇った日も、
大事な家族に囲まれて、
静かに眠るように旅立って、
またスッと起きて笑わせてくれるような、
そんな安らかな寝顔でした。

ご本人も、
ご家族も、
関わった皆さんも、
本当にお疲れ様でした。
心よりご冥福を祈ります。


■母島にはデイサービスや訪問介護を行う施設はあるものの、
老人ホームはありません。
50km隣の父島には老人ホームがあります。

“自分が過ごした母島で最期を迎えたい”
そんな願いがなかなか叶えにくい現在です。

こうして家族に見守られて、
穏やかに最期を迎えることができたことが、
言葉にならないほど心に響きました。

家族の皆さんの日々の関りには、本当に頭が下がります。

今はただ、寂しい気持ちもこみ上げてきて、
複雑な心境ですが、
数年前に先だったパートナーと天国で再開を果たして、
また笑顔で過ごしているんだなと思うと、
ほっこりする気持ちも溢れています。


■この秋は畑の烏骨鶏が4匹のヒヨコを孵し、
日々成長しています。
新しい命が巡るその様を見ていると、
なんだか、生命の儚さと力強さを垣間見させられます。

誰もが平等に訪れる「死」というもの。

僕も今年40歳となり、
少し死生観というものが変化してきた気がします。

前は漠然と畏れ(おそれ)みたいなものがあり、
人が亡くなったり、ご遺体に触れるときに、とても深い心の動きがありました。
でも、最近は死というものが何も特別なものではなく、
誰にも共通する出来事なんだというのが肌で感じることが出来るようになってきました。

そして自分がどのような最期を迎えたいかを考えるようになってきました。

今回のような、景色が色褪せてしまうほどの
厳かな気持ちにさせられる最後にはならないかも知れませんが、
最期を迎える時には
感謝の気持ちでいっぱいになるような、笑顔で迎えることを願っています。

その為には日々を大事に、
どんな出来事にも意味と役割を感じて接して、
できる限り出来事を受け入れて健やかにいれることを大事にしたいと今は思っています。



■1年前の4月。
新型コロナが世界を覆い、
医療崩壊しているイタリアのある病棟の屋上で、
一人のバイオリニストが病院の上でエールの旋律を奏でる場面。
ふと思い出して、また見たらやっぱり感動してしまいました。

当時の自分のコメントです。
「鳥肌が立ちました。
涙が溢れました。

新型コロナウイルスにより、
深刻な医療崩壊を起こしている
イタリアの病院の屋上で演奏する 横山令奈さん。

日々の疲弊する新コロナの医療関係者の皆さん。
来る日も来る日も、自分自身の感染におびえながらも、
患者さんを救おうと必死に働いていると思います。

ふと、外に出たとき、
ベランダに出たとき、
こんな美しい音色が聴こえたら、
アーティストの心意気に触れることができたなら、
またもう1日頑張れる力が沸く。
そんな気にさせられました。
ありがとうございます。

アーティストって、こんなにも凄いんだ。
こういう形で人が人を支える。
だから世界は美しい。
そう思えました。」

日々、色んな想いが交錯する島の暮らし。
人口450人の僻地な田舎の島です。
僕ができることは何でもやっていきたい、そう思っています。

理解できない理不尽な行動に首をかしげることもあります。
狭い社会ならではの課題にぶつかることもあります。
だけど、同時にそのすべてが愛おしくなる瞬間があります。

でも、僕はそんな泥臭い、人間臭い、
母島の暮らしが大好きです。

そんな母島を築いてきたレジェンドに関わることが出来て、
そしてそれを見送ることが出来て、
本当に有難い1日でした。

どうも有難うございました!

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コロナ禍で無事に終了!! 母島フラオハナ2021

2021年11月06日 | フラ
■11月3日。
例年だとこの文化の日、
小笠原協会の交流会や、父島の大神山神社例大祭で相撲などに盛り上がってる頃ですが、
コロナ禍で軒並み中止の中、
母島ではフラの祭典、フラオハナが実施されました。


内地での感染者が毎日50人以下の状況となり、
島内でも発生していないとはいえ、
このコロナ禍で屋外でも人を集める久々のイベントとなりました。
(2020年12月のクリスマスイベント以来かな?)

規模や体制、広報など、
運営側も本当に試行錯誤だったと思います。
無事に終えることが出来て本当に良かったです。
どうもありがとうございました♪

去年は初のコロナ禍でオハナ自体中止となり、
中3の卒業フラとして、こじんまりと船客待合所横で実施していましたが、
今回は関係者のオハナを実施したい思いと行動で
母島小中学校の中庭で実施することが出来たようです♪

うちの次女も6年生で参加することが出来ました(^_-)-☆
本当にありがとうございました!

■コロナ禍で夏は島内でもコロナ感染者が発生し、
例年に比べてなかなか練習も難しいという状況ということもあり、
曲数も規模もコンパクトにしての実施だったようです。

●母島オハナ曲順
11月3日 17時半開始

1 アオウミガメの旅(リコ)
2 世界中の子供達(リコ)
3 パーリーシェルズ(リコ)
4 グリーンローズフラ(プア)
5 丸木舟(大人)
6 カラカウアヘイノア(プア)
  休憩
7 ホイイカプーナナ(大人)
8 パイナップルプリンセス(中学生)
9 海の声(大人)
10 小さな竹の橋(大人)
11 カヴァイレフア(中3)

アンコール
12 カイマナヒラ(全員)



■フラオハナで一番のハイライトはやはり、来春卒業する中学生の卒業フラだと思います。
2018年のオハナで長女の時に僕は保護者として初体験しましたが、
本当に心に迫る瞬間でした。

長女は心底フラが大好きで、
いつもとても楽しそうに踊っていたので、卒業と思うと色んな感情がこみ上げてきます。
涙涙の卒業フラでした。

今回は二人の中学生が踊りました。
まさに島内コロナ発生ということもあり、
例年に比べて練習時間が全然作れなかったみたいですが、
めちゃくちゃ頑張って身に着けたようです。
(指導してくれる先生方、本当に有難うございます)

先生方から素敵なレイの贈りものがあり、
卒業生側からも先生にギフトを渡し、抱き合います。

地域で他の家の子供も見送る心情の母島なだけに、
感動のひと時でした♪


■小笠原のフラは戦後にハワイでフラを学んだ方が島に持ち込み、
今や多くの世代が踊る1大文化となっています。

様々な装飾がハワイと同じものが育つ亜熱帯気候なので、
無理なく文化として浸透してきた感があります。

ハワイのような精神性、宗教性は感じられませんが、
みんな楽しく日々練習し、
こうした場で発表できる、
その家族や仲間もみんなの成果を見ることが出来る、
そんな素敵なイベントになってきています。

可愛い保育園~5年生までのリコ、
成長して見ごたえのある6年生~中3のプア、
大人の迫力と美しさのマカナ、
どれもそれぞれ魅力いっぱいのフラです♪

僕自身もフラは経験ありますが、
2019年にハワイ島に行って学んだ経験からさらに深いものになりました。
その時、ハワイのネイティヴにフラを習う経験をさせてもらったのですが、
その踊りの美しさ、精神性、意味という部分に、
やはり本場の深みが幾重にも織り込まれていて、圧巻でした。

メリー・モナークという1964年から続くハワイ島最大のフラの祭典で
指導もオープニングにも踊っている指導者と家族に直接習う経験をさせてもらいました。

島のフラも、そうした深い部分に繋がっていく事があるのかなぁと考えさせられました。
現代は無宗教が主流になってきています。



■母島フラオハナは僕が母島に来た2009年頃は、
船客待合所で実施していましたが、
どんどん踊り手も増え、観客も増え、バンドも増え、
次第に脇浜で実施するようになりました。

僕も男フラで参加していた2017年フラオハナまでが脇浜開催でした。

小笠原返還50周年の2018年フラオハナ(長女の中3卒業フラ)から、
母島オハナは規模を縮小し、学校中庭で行うようになってきました。

学校中庭の最大のメリットは、
集落の中心にあり、通いが容易であること、
設営と撤収が楽ちんということがあると思います。

脇浜開催の時は風にも天候にも左右され、
音響やテント、電源の用意など搬入する機材の数は膨大です。
しかし、それだけの頑張りで作られる熱量と一体感は格別です♡

運営側の労力を考えると、
楽ちんで気楽な学校中庭の開催はとてもコスパがいいです。
部外者を快く受け入れにくいコロナ禍では重要かもしれません。

脇浜の時は青年会や他も屋台を出し、
飲食しながら楽しむお祭り感が満載でした(#^.^#)

どちらを選んでいくか、なかなか面白い考察だと思います☆

今回は元々、小規模のオハナを想定していたらしく、
音響も照明も必要最低限の用意となったそうです。

写真を撮りたい側としたら、
暗いし、動くしでぶれてばかりでなかなか難しかったです(涙)。

そんな事よりも、
まずは企画してくれて、さらに開催までこぎつけてくれた関係者の皆さんにリスペクトです!



■こんなコロナ禍で無事に開催し、終了できたのは大きな意味に繋がったと思います。
関係者の皆さん、本当にありがとうございました!!

驚くほど内地の感染者も減ってきています。
変異株が変異しすぎて自滅してきているとも言われていますが、どうなんでしょう?
これから少しずつイベントも復活するのかな?

色んな意味でワクワクしてきました♪
島の無形文化財の南洋踊りはまだ続けていますので、
これからも色んな文化を楽しんでいきたいと思います。

どうもありがとうございました!!



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海岸清掃2021秋~イルカに始まりイルカに終わる恩返し

2021年10月27日 | 海洋プラスティック
■先日、いつも大変お世話になりまくっている母島の自然に恩返しできる機会がありました。
海岸清掃です。

今回、10/16、17と実施した環境省のマイクロプラスティック対策の事業での海岸清掃に参加しました。
島民ボランティアの皆さんも募って、みんなでワイワイと海を綺麗にしてきたのですが、
その始まりから終わりまで、イルカ三昧でした♡

僕たちの乗る船の数メートル先で見事なきりもみジャンプをするハシナガイルカ。

僕たちは勝手にプラスティックや色んなものを開発しては、
海のゴミとして深刻な問題にさせている張本人には間違いないのですが、
こうして作業の前後にイルカの楽しそうな様を見ていると、
なんだか勝手に祝福された気分になって来ます♡

本当にどうもありがとう☆



■僕が海洋プラスティック問題に本気で目を向けるきっかけになったのが、
2016年の東港におけるザトウクジラの定置網絡まり事件、
カモメの釣り糸絡まり壊死事件がきっかけです。

私たちの暮らしの影響で、
こんなにも野生動物が苦しんでいることを、文字通り目の当たりにしたことで、
ハッとさせられました。

それをきっかけに要所要所で僕も海岸清掃に参加したり、
自主的に清掃したりするようになりました。

今回はイベントとして、なかなか行けない無人島でもある平島と向島に行って、
みんなで海岸を綺麗にしよう!ということになりました。



■結論から言ってしまうと、
2日間でトン袋5個分のプラスティックゴミを回収することが出来ました。

参加したメンバーにとっても、
なかなか行けない無人島に行けたり、
みんなでワイワイ作業出来たり、
行きと帰りにイルカ三昧だったりで、
参加してとても楽しいイベントになって、とても良かったです♪

何をするにしても、まずは楽しいというのが大事な気がします。
そこから色々始まっていく気がします☆


まずはみんなで漁船に乗って母島の属島・向島を目指します。

沖港を出て、早速ハシナガイルカ、ミナミハンドウイルカが出現!!
みんな一気にテンションが上がります♡
イルカちゃんのこの無条件に人を惹きつける魅力は凄いです。

しかもどちらも僕がいつも普通にSUPで行動する圏内の赤ブイ周辺での出現です☆

イルカで満足したご一行は(笑)、一路向島へ向かいます。


向島は母島属島の中で一番母島に近い位置に位置する大き目の無人島です。
父島と全く同じ名前の「コペペ海岸」「小港海岸」があり、
今回は小港海岸を集中的に清掃することになりました。

漁船がそのまま海岸に接岸することはできないので、
漁船から小さな伝馬船に乗り換えて、海岸に上陸します。


人の住む気配のない海岸というだけで、
やはり独特の雰囲気があります。

船の上からは分かりづらかったですが、
島に上陸してみますと、
沢山のプラスティックゴミが目に入りました。

これらが自然を汚染していると思うと、
申し訳なさで胸がいっぱいになります。


特に厄介なのが漁網です。
ノコギリ鎌で切って搬出します。


十数人もいると、ほんとあっという間にみるみる海岸が綺麗になっていきます♪
この小さなか海岸一つを綺麗にすることが、
地球全体のプラごみにどれくらい作用するかは分かりませんが、
数億個に及ぶマイクロプラスティックを未然に防いだことにはなると思います。


みんなでリレー形式で伝馬船に載せます。
人が多いとこの作業が本当にはかどります。感謝!!


ゴミを運んだあとはしばし探索タイム☆
向島のコペペ海岸を背景にヨガのポーズ♪


泳いで漁船に戻るときはムロアジの群れが!!
人はこんな光景に勝手に感動します。
当たり前の自然な光景に感動しちゃいます。
だから、頑張れます☆

■2日目は隣の平島へ。
平島は日本で一番アオウミガメが産卵する場所です。

昨日の向島に比べてゴミは少なかったですが、
やはり気になるプラごみはもちろんありました。


これをこのまま放置すると、
波で砕けて回収不能のマイクロプラスティックになってしまうので、
とても意味のある回収だと思います。

参加したメンバーに学校の先生も複数いたのですが、
「子供たちにもこのことを伝えたい!」と思ってもらえたのがとても嬉しかったです♪
いずれ子供たちも連れて来て実施するイベントを企画していきたいと思っていますし、
学校の授業でももっと海ゴミの事を伝えていきたいと思いました。

2日目の平島は小学生も2名参加してくれて、
色んな発見を僕たちに教えてくれました。

以前、ガラパゴスの高校生が小笠原に来て交流し、
僕は南崎を案内したのですが、
海岸に着いたとたん、当たり前にゴミを拾っていて感動しました。

そして、彼らはそのゴミを全身の装飾に仕立て上げ、
帰りも歌って踊りながら山を歩いて行きました。
「どうしてこんなに鳥がいないんだい?」
という質問に、
「そんなに大声で騒いで山を歩いたら、いなくなるっしょ(笑)!」
とツッコんだのを思い出します(笑)。


平島の長~いビーチを、
そんな話をしながら綺麗にしていきます。


2日目の平島もばっちり海岸を綺麗にできました♪


■2日目の帰りは蓬莱根付近で沢山のハシナガイルカと過ごすことが出来ました♪

速く動く船の帆先が好きなハシナガですが、
今回はなかなかゆっくりと戯れてくれました♪

こんなイルカ三昧な海岸清掃は母島ならではな気がします。

楽しそうに過ごしたり、
人にも興味をもって近づいてきたり、
野生動物にこんなにも“楽しさ”を伝えてもらうという生き物はそんなにいないのでは?
と思ってしまいます。

4m以下の小型のハクジラを総称して「イルカ」と定義しているようですが、
まさにこのヒトに近いサイズの鯨類ならではのものかもしれませんね。


■上陸後は海ゴミをトン袋に詰め込みます。

手に負える規模だったのが良かったです。
ちゃんと海岸を綺麗にしたという達成感もありました♡

トン袋に詰め込んだゴミは
僕の職場の一つでもあるリレーセンターに持ち込みます。
小笠原ではきちんと海ゴミの予算を確保しているので、
無料で海ゴミを受け取ってもらえます。
これは本当に有難い部分だと思います。

僕も以前から小規模ですが、海ゴミをずっと持ち込んでいます。


人間の生み出した沢山のゴミが、
海のあらゆる生き物に影響を与えていると報道されるようになってきました。

コロナでオンライン交流が発達し、
様々な学ぶ機会が生まれています。

母島の島民にもぜひそんな機会を作っていきたいと考えています☆

今日の午後は台風20号(マーロウ)の接近ですが、
その時間にハワイと内地の海ゴミで活動している皆さんとオンラインで打ち合わせです。
どうか停電になりませんように!!

2年前の台風被害を忘れていないので、
しっかりと養生して備えていきたいと思います。



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自由と責任を以て~18歳と12才の誕生日

2021年10月16日 | 家族
■10月はとにかく忙しい。
ローゼルの収穫、冬野菜の作付、御嶽神社例大祭、
ハロウィン、そして娘たちの誕生日。

我が家のふたりの娘たちはなんと同じ10月生まれなのです。
今回、カナダ留学中の長女は18歳を迎えました。

カナダに数週間前に妻が送った荷物が、
なんとその誕生日ジャストに届き、
長女から次女への誕生日の荷物が船便で届きました。

コロナ禍で航空便がそもそも少なく、時間がかかる昨今、
1か月以上前に相手の事を考えて送った荷物が、
7777kmの移動をして丁度に届くなんて、
なんて嬉しい事なのでしょう(#^.^#)

■そんな親父からはまず長女にメッセージを送りました。
娘たちの誕生物語にも書きましたが、
島で結婚して、子供を授かり、
切迫早産で色んな人に支えられて、
内地に緊急搬送されて入院しての誕生。

その娘が遠く離れた地で18歳を迎える。
こんなに有難いことはありません。

少しプライベートな部分はカットしてますが、
概ねこんなメッセージを送りました。

【18歳の誕生日おめでとう!!】
誕生日おめでとう。
あなたが生まれた頃、
親の僕が想像もできなかった世界に今あなたはいます。

僕が18歳の頃は、昼間仕事をして、
夜間の工業高校に通っていて、
海外で学ぶなんて選択肢すら思いついていませんでした。
これから生きる少し先の未来と、
趣味の音楽と友人、異性の事ばかり考えていた(笑)18歳だった気がします。

あなたはこの秋に、コロナ禍でありながらも、
ようやくカナダ留学の3年目を迎えることができました。
日本の多くの同級生は来春以降の進路を決めて動いている時期です。
あなたは高校を卒業する来秋以降をどう考えているのか楽しみです。

今の日本では18歳から選挙権を得ることが出来るようになりました。
あなたの代から成人式も18歳になります。
つまり、自分の行動に対して、親が責任を取るのではなく、
あなた自身が責任を取れるという年齢に達したことになります。

親のお金や親の人脈に頼らずも、
自分の意志と行動で自由に生きていけるという、
素晴らしいターニングポイントだと思います。
これからはより自由に、
自分の意志で世界に羽ばたいて行ってください。
ありったけの自由とともに、
責任も一緒に伴っていきます。

どの学校に行け、
どの職種に就け、
どんな人と付き合え、
元々そうですが、
今後も一切、干渉する気はありません。

自分で決めて、自分で行動して、自分でその責任を負ってください。
あなたはあなたのものであって、
決して親のものではありません。

どこで何をしても構わないけれど、
親としてはいつもあなた自身がハッピーで過ごせて、
死ぬときに笑顔で死ねるようであることを祈ってます。

海外にいてもメールやSNSでこうして、
簡単にやりとりができる時代だけれど、
あまりやり取りがないときは、楽しんでいるんだなと思っています。

ただ、自分で対処できないほどに辛いとき、
心底困った時はいつでも頼ってください。

元々生まれ持った宝物、
その天性の人柄、人を思いやれる心、優しさ、芸術性、
それらを大切に健やかに生きていってください。
そしていつも多くの人に支えてもらっていることを忘れないで、
常に感謝の気持ちを持っていてほしいなと思います。

僕は今でもちゃんとした大人にもなった気はしませんが、
妻のお陰で夫婦となり、
あなたともう一人の妹のお陰で親になることが出来ました。
最初から親だったわけではなく、
間違いなくあなたの成長とともに、
僕も親として成長させてもらいました。

自分が立派な親と思ったことはないけれど、
あなたの父親になれて嬉しいです。
本当にどうもありがとう。

あなたは小笠原が大好きだし、
島の暮らしに憧れることもあると思うけれど、
親元に帰って生きていくという選択肢は、
基本的にはありません。
島で暮らしたいならば、
自分で住まいと仕事を手配してください。
あなたはもうそれができる年齢です。

カナダに行って、
日本ではなかなか学べない、
主体的に生きるということを学べていると信じています。
日本では当たり前に進学か就職しかありえない風潮があります。
あなたはその流れの中にいると思っていますか?
僕はもっと主体的で自由にいれてると思っています。

自分の責任で生きていける年齢の今、
自分で決めて自由に生きていってください。
日本はもちろん、
世界の国、色んな土地に旅に出るのもいいでしょう。
お金がないだろうから、各地で住み込んで働くのもいいでしょう。
頑張って奨学金や市民権を得て、
働きながら進学するもいいでしょう。

よく日本の大人や先生に押し付けられる
「将来の夢」なんてものに縛られず、
その時に興味のあること、好きな事、やりたい事に
どんどんチャレンジしてください。
それを実現するための環境を自分で作ってください。

最後にあなたが困った時に沢山の人が助けてくれています。
その恩返しはあなたが出逢う目の前で困った人の力になることで恩返しになると思っています。
人と人はそんな形で世界を作っていると思っています。

世界は本当に美しくて素晴らしい♪
改めて、誕生日おめでとう。

いつも遠く離れた小さな島からあなたの健やかな日々を願っています。



■そして友人達からも沢山のお祝いのメッセージを頂きました♪
世界中、様々な年齢の友人から祝福されていて、本当に有難いなと思います。

僕も妻も娘たちも、
日々沢山の人に支えられて生きています。
本当に感謝です☆
自分に余裕があるときは、
できる限り、困った人達のフォローをして、
恩返ししていこうと日々思っています。

感謝して、労って、リスペクトしていく…
そうして世界は少しずつ平和になっていく気がするのです♪


■長女の誕生日の翌日は次女の誕生日。
6歳離れている姉妹で、次女は小学6年生。
来年には中学生になり、あと3年半で島を巣立っていきます。

なんと1日違いの誕生日の姉妹。
長女がカナダにいる今、時差で同時刻にお互いが誕生日という不思議な現象になるのも3年目です♪

姉が巣立って3年。
いつも大好きで尊敬している姉が暮らしの中から離れ、
次女もバリやカナダ、ハワイに青ヶ島と外の世界の人と交流し、
姉とは真逆の人見知り、場所見知りだったながらも、
色んな視野を持ち、挑戦してきました。

来年からは中学生。
しっかりと大人の理不尽さにも納得できずに、
モヤモヤとする時期を経て、巣立っていってほしいと思います。

魚を捌いて、刺身を盛りつけできる。
ゴキブリを素手で掴める。
クライミングが大好き。
東港で頭飛び込みができる。
絵が上手い。
歌と踊りが大好き。
お菓子作りなど料理も好き。
超頑固もの。
ストイック。
怖がり。
などなど、慎重派な次女さん。

僕からは3年分の写真アルバムをプレゼントしました。
デジカメの時代に子供が手に取って見れる写真があればいいなと思って、
長女が6歳になった時から3年ごとに親元にいる15歳まで作成して贈っています。

アルバムを作りながら、3年間を振り返って、
子供の成長速度に驚くばかりです♪

子供に負けないように成長しようと思っていますが、
横にしか成長しないお年頃の僕(笑)。
精神面での成長を目標に、
娘たちの誕生を祝いたいと思います。
誕生日おめでとう!!

コメント (1)
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厳かな母島 御嶽神社例大祭2021

2021年10月09日 | 島のイベント
■本日10月9日(土)は母島の御嶽神社例大祭でした。
あれ?と思ったアナタは母島御嶽通です☆
そう、土曜日開催というのは滅多にありません。

基本は10月の第2日曜と決まっているからです。
今回は明日10/10が入港日の為、諸々の都合で土曜日開催となりました。

例大祭、と言ってもコロナ禍が続く2021年なので、
例年のような夜の宴は中止で、
日中の農業者へのご祈祷、神事のみの開催となりました。

いつもは200食以上作る農協婦人部の大仕事ですが、
去年に続き、関係者のみのお弁当の配布、
それでも前日から仕込みに動いてくれていました。
本当に感謝です☆

清掃と神事を終えて、神社を下ると、
婦人部の皆様の気持ちの入ったお弁当を家族全員分、頂きました♪
本当に有難うございます☆


■さて、この母島の御嶽神社例大祭の起源はいつか?
島のレジェンドに聞いてみました。

元々は戦前に母島の農業の第一人者でもある鈴木美義氏が、
長野の御嶽神社から母島に持ってきたのが始まりだそうです。

戦後は都営住宅が母島に建設される昭和48年夏頃に
再建されたと言っていました。

その頃は現代のような太鼓やカラオケ大会の宴ではなく、
ご祈祷、神事の後は夕方に提灯を付けて、
島民のお参りを迎えたと言っていました。

当時、母島は復興の建設者ばかりで、
女性が少なく、鈴木美義さん自身が天ぷらを揚げてもてなしていて驚いたと言っていました。

これは2018年の御嶽神社の参道の様子です。
提灯の灯りの中を、みんなで階段を上って参拝するのです。

近年はありませんが、
30年前頃は沢山のオガサワラゼミが提灯に入っていて、
子供たちが捕まえて遊んでいたと言います。

そんな光景も外来種アノールトカゲの影響で、
今は見ることはありません。

境内に上ると、みんな参拝をして、お賽銭を入れ、お弁当を受け取ります。

お弁当も、刺身にお餅も付いて、本当に豪華なものです。
僕自身はスタッフとして奮闘しているので、
あまり写真はありません(笑)。

お弁当をみんなで食べながら、小笠原太鼓やカラオケの一興に楽しんで過ごします。


こちらは2019年の御嶽神社例大祭です。
天候が悪く、村民会館での開催となりました。

村民会館は御嶽神社に比べて、
集落のど真ん中にあるので、より多くの人が集まり大盛況になります(#^.^#)
でもやってる当人たちも何のお祭りか分からなくなりがちなのが玉にキズです(笑)。


■話を2021年に戻します(笑)。
コロナ禍で大勢の宴会とはいかないので、厳かに執り行います。

まずは朝から神社の境内と参道を農業者で綺麗にしていきます。

私たちもここを訪れるのは年に2回くらいでしょうか。
初詣と御嶽神社のお祭りの時です。

僕は次女が妻のお腹に身籠った時、
切迫早産の気配があって、毎日この御嶽神社に通って、お祈りを続けました。
境内でお祈りを終えて、目を開けた時のタマナとガジュマルの森の景色を忘れられません。

そんな次女も無事に今は12歳になろうとしています。
本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

みんなで色んな世間話をしながらの作業。
このコミュニケーションも実は結構大事です☆



■掃除を終えると、祠の周りに道具を準備していきます。
父島から宮司さんが来てくれて、神事だけでなく、いつも色んな話をしてくれます。

準備が整ったら、百姓は一旦家に戻り、奉納する準備をしに行きます。

僕はすでに準備して来ていたので、宮司さんや先輩に色んな話を聞いたりしています。
そうこうしているうちに、神事がはじまりました。

今回は宮司さんに撮影を許可してもらい、記録として残すことにしました。

祝詞を述べて、みんなでご祈祷していきます。

一人ひとり榊を持って、ご祈祷する場面もあります。

木辺に神と書いて榊(さかき)。
これは本当の榊ではないそうですが、母島で準備されているそうです。


日常生活において、恐らく昔ほど神社が心の拠り所ではなくなってる現代、
母島の御嶽神社にまつわる諸々もその例外ではないと思います。

しかし、この機会に百姓が集って、みんなでご祈祷する、
感謝する、次の豊作を祈るというのはとても大事な気がします。



■2019年の猛威を振るった台風の被害で、社も損傷した跡があります。


今年も丁度収穫期を迎えているローゼルを奉納させて頂きました。


他にはスターフルーツやゴーヤ、ドラゴンフルーツ等、
沢山の島の幸が供えられています。


そして農協婦人部による突きたてのお餅。


お供えの定番のお米。


お神酒。


神事の一つ一つに、先代からの想い、意味が込められているのが伝わってきます。
この厳かな気持ちになる瞬間に実は大事な意味がある気がするのです。


■古い写真を紐解くと、その時の想いを思い出せないものにぶつかったりします(笑)。

これは2015年の御嶽神社のお弁当に使われたお弁当の四角豆とイクラで遊ぶ次女です。

まだコロナ禍の気配すらないこの頃は、
日々みんなでワイワイやっていました。



■そして御嶽神社例大祭の2日前は島の大事な友人夫婦の新造船・漁船が母島に到着するという日でした☆

今回は初めて、撮影を任されて、
ドキドキの初チャレンジです。

拙い写真だけど、
凄くみんなが笑顔になる最高の到着祝いでした☆

とっておきの写真はもちろんご依頼のだけにお届けなので、
みなさんには全体の雰囲気だけ伝わる写真をシェアします☆

無事の到着本当に良かった♪
そして、新造船おめでとうございます!!

そんな秋のひと時でした☆
最後まで読んでくれて、ありがとうございます(#^.^#)
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