「宮城自然農園」ブログ  -GIAN'S ORGANIC FARM BLOG- 小笠原諸島・母島で自然農

小笠原諸島・母島で持続可能な暮らしを目指し百姓をしています。
その中で学んだことを紹介したいと思います♪

いざというときの備え

2019年01月18日 | 母島 日常 日記
■去年の11月の話ですが、小笠原村と東京都、東京消防庁による大規模な避難訓練が実施されました。
僕も消防団員として、様々な訓練に関わり、
緊急時の患者の搬送、トリアージ、シュミレーションなど多く学べる機会となりました(*^_^*)

その時に、避難所となる診療所には色々【避難グッツ】が展示されて、
食料や水など色んな道具が展示されていました。(そのほとんどが看護師さんの私物!!)

それを眺めていて、足りない!とピンときたものがいくつかありました。
それで購入したもののひとつに「火打石」がありました。
マッチやライターが尽きても火が簡単に起こせる必要があると思ったからです。
(棒とおが屑、木で火を起こすのはかなり大変!)

これ、現代の火打石です。

マグネシウムの棒でできています。
紙の上とかに最初に少し付属のブレードで削って、粉を落とし、その上で棒をシュッと摩擦すると簡単に火が起こせます。

万が一、濡れた場合でもタオルで拭き取れば簡単に火が起こせます。
お勧めです!

もし必要と思った人はアマゾンとかでも1000円位で買えますよ~(*^_^*)


■さらにもう一つ備えようと思ったのが浄水・濾過器です。

これは泥水や雨水をフィルターを通して、綺麗な真水に変えてくれる優れものです。
洗って乾かして何度でも使えます。

上と下にペットボトルではめてもできるし、
直接咥えて、ストローの様に泥水を飲めます。

しかし、農薬などで汚染された水、海水の濾過には使えません。

今、小笠原は深刻な水不足ですが、いざというときに島では飲み水が困る部分だと思います。
非常用として何本もペットボトルを用意するのも必要ですが、
島の湧水の場所、井戸水の場所を把握し、
こういった道具を備えるのも必要な気がしました(*^_^*)

こういった携帯浄水器は、アウトドアの友人は結構もう所持していて、
北海道の登山家のエキノコックス対策や
アメリカ大陸ではジラルディア対策など、
結構、実践されていて頼もしいと思いました!


■そして今回の訓練をきっかけに揃えた3つ目のアイテムが多機能型の懐中電灯です。

これは手回し&ソーラーで充電できるもの。

島ではあまり出番はないかもですが(笑)、一応ラジオもついています。
そしてUSB電源でスマホや携帯を充電できるという機能も持っています。

色んな場面をシュミレーションして、自分たちが生き残れるスキルを身に付けていかなければいけません。

水や食料の備蓄はもちろんですが、
こうしたサバイバルの為の道具と技術、そして知識。

それらを体得した時に、ふと自分自身が一段階強くなった気がするのです☆
色んな事を気付かせてくれた素晴らしい避難訓練に感謝です!!



■家でなかなか集中して勉強できないという長女。
春休みはなんとヤギ小屋で勉強に挑戦!

結果はどうだったのでしょうか(笑)。

次女は春休みに久しぶりにフィールドの仕事に着いてきました♪
就学前は当たり前だった彼女の野外。
存分に活き活きしておりました(笑)。

木に登るわ、
クリスマスに祖母サンタから頂いた携帯顕微鏡で楽しむわ。

さすがですね~。

これはこの葉や木の皮もビックリするほど拡大して別の世界を魅せてくれます♪

以前、島の自然ガイド講習で紹介されたツールがまさか次女の手元に行くとはっ(笑)!

研究肌のかのじょにとっては最高の道具になっています♪

そんな母島の春休みの追憶でした(*^_^*)


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今年も渇水の小笠原。NYから素敵な大学生達がやって来た!!

2019年01月14日 | 母島 日常 日記
■今年も小笠原は渇水に見舞われています。
原因としては2018年に台風が来なかったこと、
秋の長雨がなかった事が直接の原因です。

しかし、毎年降水パターンが変わる現代においては、毎年が異常気象とも言えるので、何とも言えません。

母島の農業用水の要である玉川ダムは5mを切り、4.5mになりました(1/9現在)。
写真の周囲の草が生えていない部分が水が無くなった部分です。


現段階で貯水率30%(約8000t)ほどの状況です。

今は施設栽培が増えていて、今は1日に約200tの水を使用しているそうです。
下水の最終処理水を運搬し、少しでもダムの水が減るのを抑えようとしていますが、車で1日に運べる水の量は80t程度。

このままでいくと4月上旬には玉川農業用水のダムの水が無くなってしまう計算だそうです。

自分の圃場ではこの農業用水を使う選択肢はないので、自宅の洗濯排水を運搬しています。


■そして私達の飲料水の乳房ダム。
現在、39.7%となっている父島の切実な水不足。
母島の飲料水のダムはまだマシな62%。
母島だけに降った11月の大雨が恵みの雨となりました。

いつも小笠原の水不足は春に騒がれていました。
それは秋の雨季が関係しています。
今期に限っては「台風が来ない」「秋の雨季が来ない」のダブルパンチで、
12月から渇水が騒がれています。

例年にならえば、5月の梅雨までほとんど降らない状態が予想されます。
2018年春の渇水より深刻なのはこの為です。

しかし、母島の農業用水はとてもクリティカルな状況です!!!
自分たちも可能な限り節水していかなければいけません。

今ある水、時々あるわずかな雨にも感謝し、工夫して生きて行きましょう!

個人的には、大雨の後、濁流として道路を流れて海に行ってしまう、
あの大量の水をできる限り貯めておくシステムが必要だと思っています。

もう大きなダムを作れる時代ではないから、
各農道の脇に小規模な貯水池を作っていくのと、もっと雨水タンクを併設していければいいと思います。

ちなみに宮古島や伊江島みたいな地下ダムは地盤の質的に難しいらしいです。

最近は年間降水量も減ってきているので、
指をくわえているだけでなく、
できることを模索していかなければいけませんね。


■そんな水不足の中ですが、ニューヨークから12名の大学生が母島にホームステイに来てくれました!

去年、首都大学の姉妹校として初めて父島に来島し、今回は1泊だけ母島へ!ということでした。
みんな環境学や自然学を学ぶ、素晴らしい大学生たちでした(*^_^*)

結論から言うと、1泊は短すぎる!でした。

我が家にはビーガンのジルが来てくれたのですが、娘たちが虜になるほど素敵な女性でした♡
もっともっとゆっくり過ごして欲しかった!!と思ってしまいます。

お迎えには長女と次女が手作りで横断幕を作成♪
もお、ドキドキワクワクでお迎えでした(#^.^#)


家の玄関前には娘たちの手により、ロース石で歓迎のメッセージが書かれていました。
これには僕もジルもびっくり(笑)!
喜んでくれていました(*^_^*)


ジルとは一緒に夕陽を見ながらもクジラを見る事が出来ました♪

夕陽を背景にクジラたちはブリーチはもちろん、テイルやペックスラップ、存分に魅せてくれます。

父島で5時間沖に出て見れなかったザトウクジラを母島の陸から見れている奇跡♡

ひたすら「Amazing!!」「Crazy!!」「Blow!!」「Tail!!」「Wow!!」が飛び交う夕陽の鮫が先。

ザトウクジラ達は跳ねて、息吹で、ヒレで存在をアピール。

腰まで雪が積もる冬のニューヨークからやってきた大学生達に母島の生活はどう映ったのでしょうか?
たった1泊が本当にあっという間だったことだけは確かです(#^.^#)


畑にも案内できました。

烏骨鶏やヤギに触れ合い、とても嬉しそうでした♪
工業的な家畜や養鶏を見てビーガンになったジルにとって、
小規模でオーガニックな自分の畑はどう映ったでしょうか?

ペラペラ英語が話せる長女。
物おじせずにコミュニケーションが取れる次女。
さっぱり英語が話せない僕はタジタジです(笑)。
一応、日々少しは勉強を続けれているので、去年に比べると僕も最低限は話せていますが、長女の足元にも及びません。
悔しい!!

学校ではNYのみんなが竹馬に挑戦!

みんな初めてなのに、とても上手にできていました♪
色んな事に果敢に挑戦する姿勢ってやはりいいものですね~


彼らは小笠原太鼓の練習にも参加し、存分に文化を味わいました!

そのほとんどが和太鼓初体験。
その後の感想では、これもかなり思い出深いいい経験となったようです。
お互いにとって、たった一泊があまりに短く、もったいなかったです。


2日目には学校見学をして、書初めなども見学させてもらいました♪
その後は小剣先山にみんなで登り、集落を一望しました!


行く途中の岩場か階段を選ぶのはとてもスリリングでしたね♡
母島の郷土資料館、ロース記念館も楽しんでくれました(#^.^#)


母島でたった1泊でしたが留学生をこんなにも受け入れたのは初めての事ではないでしょうか?
この異文化交流、お互いにとってとても貴重な経験になったことは間違いありません♪

娘たちはうちにステイしてくれたジルとはもちろん、他の学生たちとも仲良しとなりました(*^_^*)

彼らが母島を離れる際には学校を早引きして見送りダイブするほどです(笑)。

この貴重な経験をさせてもらったこと、
母島の中でも沢山の方に支援をしてくれたこと、
運営してくれたスタッフの皆さん、
遠路はるばるここまで来てくれたみんなに感謝です♪

ありがとうございました!!

これからの未来、昔あった小笠原~グアム・サイパン航路・サイパン航路(父島~東京と距離がさほど変わらない!)が復活し、
お互いが姉妹都市となり、交換留学などの交流が進めばいいのになと思っています♡

鎖国真っ盛りの江戸時代の小笠原は日本で一番、世界と交流していたようでしたから!!












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君の名は? 『ベルーガ』新カヌー命名式&お披露目・体験会

2019年01月06日 | アウトリガーカヌー
■正月の1月3日。
去年の初冬に母島に届いた6人乗りアウトリガーカヌーの命名式&お披露目・体験会がありました。

その場でについに名前が命名されました!!

母島の島民に向けて一般公募し、最終的に残った名前…
それが【ベルーガ】です!!

ベルーガとは、北極海に住むシロイルカの英名です。

シロイルカは別名「海のカナリア」と呼ばれるほど、美しい歌声を持つクジラの仲間です。
あの愛らしいルックスとそのプロポーションから人魚伝説のモチーフになったほど。



今回のカヌーはまさにそんな名前がピッタリなルックスです♪

この名前を考案してくれたのは島の小学生でした。
見た目から素直なインスピレーションで想像してくれたのでしょうね~

ベルーガ自体は母島には生息していませんが、
小笠原を繁殖地にしているザトウクジラやアホウドリは北極海を餌場としているので、
実はとても繋がっている存在だと思っています♪



■命名式では正月便を見送った島民の皆さんや母島に残った観光の方が約50名ほど集まり、
天候にも恵まれ、ベルーガも喜んでくれたかと思います(*^_^*)


まずは母島カノー倶楽部の部長より開会宣言があり、
お神酒をカヌーの船尾にある神様の場所にお浄めしました。

後ろの窪んだ部分ですね。

命名式ではフラで小笠原古謡でもある「丸木舟」を奉納しました。

丁度、母島に帰って来ていた高校生たちも踊ってくれました♡


少しだけど動画も撮ってます☆


踊った後はカヌーの船首にレイを捧げます。

僕はこの光景がとても大好きです(*^_^*)


ベルーガも美しいレイを飾れて、嬉しそうです♡

豚汁も振る舞われました♪

元旦に海開きしている母島と言えども、やっぱり寒いので(薄着ですw!)、
美味しい豚汁が身に染みました。

東北の芋煮みたいですね(笑)。

■みんなのお腹も温まったところで、体験乗船の始まりです。

今回、僕も初めてベルーガのかじ取りをやらせてもらいました。

いつも漕いでいる母島のカヌーと全然感覚が違います!
カクンと簡単に曲がるのです!!

そして6人で本気で漕いだ時はまるで別物のようになりました。
グングンと進むし、舵がすごく難しくなりました!

これにはとてもビックリしましたヽ(^o^)丿

この春に島を離れる長女も漕がせてもらいました♪

とても楽しかったようです☆

ベルーガを横から見るとホントに長いです!


座るところはこんな感じです。

この少しトップより下がったシートのお蔭で海面との高さが絶妙になり、
漕ぎやすくなるのです。

さすが外洋を漕ぎ、島から島へ渡る為のカヌーですね!

そして6人乗りだけど、6人では運べないほど重いです(笑)。

先日母島にまで来てくれて、カヌーの神聖な話をしてくれたデューク金子さんによると、
カヌーは神輿と同じものなのだそうで、
皆で担ぐ気持ちが大事なようです。

アマとヤクを繋ぐ縛りも神輿のそれと同じなのも頷けます。


■そして今回の体験会を終えてからは、春が来るまでベルーガはお休みとなり、
みんなで縄をほどき、片付けました。

海が穏やかになり、気温が上がる春。
みんなでベルーガを漕ぐのが楽しみになりました♡

お正月の中、多くの人に集まってもらい、
本当に有難うございました!!

多くの人が関わり、お蔭でこうして無事にお披露目をすることができました。
感謝の気持ちでいっぱいです。

このベルーガは小笠原返還50周年事業で購入したものです。
母島カノー倶楽部が実質、管理していくものですが、多くの島の方に乗ってもらいたいです。

そして、父島にも同じ形の姉妹カヌーが届いています。
父島の6人乗りカヌーは「イケカイ」という名前が付いています。

父島のイケカイと母島のベルーガ。

石器時代に小笠原とハワイ、そして日本を繋いでいたであろうアウトリガーカヌー。
返還50周年を記念して2つのカヌーが小笠原にやって来たことはとても意味があると思います。

私達が海でカヌーを漕ぐときは、
島の先祖の意識に触れる時でもあるのです。

島にはカヌーを掘った石器以外は何も遺跡が見つかっていない、
形が残りにくい木の文化ですが、
その時の海の水は変わらずに存在します。

僕はそのことが不思議でたまらなくなります。
そしてどうしても魅かれてしまうのです♪

カヌーがあるところには人が集まると言います。
このベルーガが母島にとって、みんなが親しむものになってくれることを願っています。

ああ春が待ち遠しい!!
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謹賀新年2019 ~母島の年末年始の暮らし

2019年01月01日 | 母島 日常 日記
■新年、明けましておめでとうございます!
今年も無事に正月を迎える事が出来ました♪

これもいつもお世話になっている皆様、
そしてこの自然、そして沢山の必然のお蔭だと思っています。

どうもありがとうございます♪

今年も毎年恒例の「日本一早い初日の出」を見に早朝4時から南崎の小富士を目指してみんなで歩きました。

行きは真っ暗な森の中をみんなでライトを片手にお喋りしながら進んでいきます。
これがまたなかなか楽しいのです♪
この春、母島を巣立つ予定の長女も、最後のこのハイキングを楽しめたようです。

水平線から昇る朝日は拝めませんでしたが、代わりに雲と空のコントラストの美しい初日の出を拝めました☆

観光客も島民も含めて50名以上が集まりました!

小富士山頂からはザトウクジラも観察できました。
子クジラの全身を海上に跳ね上げる元気なブリーチングで「鯨春」!!
胸ビレを何度も海面に叩きつける動作はまるで手を振っているようでした(#^.^#)

帰りはみんなでワイワイすり鉢で遊びつつ、楽しく戻りました。

ほんと、終始平和な雰囲気を存分に味わえた気がします♡

集落に戻ったら、母島青年会による獅子舞が集落を周っていました。

縁担ぎにみんな噛んでもらい、朝のツアーは終了しました。


■そんな感動的な初日の出の4時間前は月ヶ岡神社で初詣に行っていました。

小さな神社に少しの人ですが、僕は母島のこの素朴な感じが結構好きです♪

自宅に残している妻と次女は寝ていて、僕と長女で参拝しました。
彼女の高校、そしてその先の進路の無事を祈りました。

僕自身はその直前まで友人宅で総合格闘技RIZINを観ていて、
那須川天心 対 メイフェザーの世紀の一戦を友人宅で観ていました(うちにはTVがないw)。
試合内容はさすが20年間無敗で5階級制覇の伝説の男らしい内容でした。
個人的には堀口が勝って嬉しかったです♪

そんな平成最後の大晦日の夕陽も美しかったです☆



■初日の出の後は「日本一早い海開き」に行くのが習わしです。

最初の場面では島の郷土芸能、南洋踊りを踊りました。

長女にとっては母島生活最後の南洋踊りになったかな?

その後は恒例のギョサン飛ばし大会。

これは5年くらい前から始まりました。

それまでは毎年正月はカヌー大会だったのですが、
いつも荒天で中止が続き、苦肉の策で始めたギョサン飛ばし大会が、
結構人気でレギュラー化したものです。

結構、ファールやら何やらでかなり笑いもある、ほのぼのした雰囲気でした。
うちは妻と次女となんとファミリー賞3位を頂きました!
長女も個人賞と友人と出たチームで賞を頂いていました!
なんかすごいぞ(笑)!

ギョサン飛ばしのあとは初泳ぎ!!

ここで毎年泳ぐ次女は朝から水着を準備し、ガッツリ泳いでいました!
いつの間にか長女も服のままドボン(笑)。
ちゃんと今を存分に味わっておりました(*^_^*)

終盤にはアオウミガメの放流も行い、平和に無事閉会となりました。

去年は雨で学校の体育館での実施でした。
やはり、いい天気で行えるのは嬉しいかぎりですね♪

■少し話を年末に戻すと、母島の柔道剣道と駐在所が主催する餅つき大会がありました。
いい天気の中、みんなで餅を突いて、つきたての美味しい餅を食べるのはいいものです♪

この石臼は戦前から伝わる、伝統的な石臼です。

あんこ、きなこ、大根おろし、納豆の4種。

どれも美味しい♡
どうして突き立てのお餅はこんなに美味しいのだろう?

今年は夫婦や親子で突いたり、合いの手をしたりで、とても平和でいい雰囲気でした(*^_^*)


■今年は平成が終わる年です。
我が家にとっても長女の進学という大きな節目の年になります。

彼女が巣立つまでのあと3か月も存分に母島を味わって欲しいし、
これからの自分の未来を思いっきり楽しんでほしいと思います。


僕が中3の時とは全く違う環境です。

中卒で当たり前に親元から離れる母島の子供達。

僕も当時、親とは思春期真っ盛りでまともに会話しない状態でしたが(笑)、
高校は普通に家から通う前提で考えていました。

長女は違います。
母親とあまり口を利きたくない思春期感は一緒ですが(笑)、
その先は家を出るという環境が当たり前にあるのです。

彼女はこれからの未来をすごく楽しみに生きていると思います。
母島を離れ、広い世界に向かって行く…

親として寂しくはありますが、すごく楽しみな部分が大きいです。

存分に今を味わって、気持ち良く生きて行ってくれればと思います♪

そんなわけで、今年もどうぞよろしくお願いしますm(__)m


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オガサワラノスリという存在

2018年12月28日 | 母島 鳥
■最近、やたらノスリと縁があるようです。
そう、小笠原に住む天然記念物、そして固有亜種でもあるオガサワラノスリさんです。

小笠原固有の唯一の猛禽類・オガサワラノスリ。

島の生態系の頂点に君臨しています。

硫黄島などの火山列島以外の小笠原群島に分布しています。

体長は雄で50~52cm、メスで53~60cmで、翼長は122~137cmほどです。

立派な足の爪で獲物を捕らえます。

母島では他にサシバやミサゴ、オオタカやチョウゲンボウ、チュウヒ、トビ、ハヤブサなども時々見かけます。
コミミズクなどのフクロウ系も飛来しているのを確認されています。

■オガサワラノスリは内地で見られる"トンビ"よりもやや小型で、
主にネズミ、オガサワラトカゲやグリーンアノール、オオヒキガエル
そして中型以下の鳥などを餌としています。


こんな美しい景色の場所もノスリの絶好の捕食エリアです。


母島小中学校のグラウンドも立派な縄張りです。

■先日、畑に大きな物体が急降下していくのを見かけました。

そっと覗いてみると、それはそれは怖い顔したノスリが。

よ~く見ると、足元にネズミを仕留めてありました。

さすがですね~!

顔を見るとなかなかカッコよく、可愛い顔をしています。

僕からは5m位の距離です。
この距離では普通、なかなかゆっくりはお目にかかれません。

5分くらいして、気の毒になって僕は立ち去りました(笑)。

■あののんびり屋さんで、人にはまったく警戒心を見せない天然記念物のアカガシラカラスバトも、
ノスリにだけは異常な警戒心を見せます。

以前、森の中でハトを調査していた時の事、
ハトは地面の餌をほじくって、のんびり過ごしていました。

すると上空で「ピ~ヒョロロ~」というノスリの鳴き声が。

見ると、3羽くらいいたハトはみんなフリーズ状態。
ノスリの気配に集中しています。

すると、ノスリがなんと林内に入って来ました!!
地面にいたハトは一目散に散って、弾丸のようにどこかに飛び去って行ってしまいました!!
恐るべしノスリの存在感!!!!


島に人間が住みつく遥か昔から、ノスリとハトは敵対関係だったのでしょう。

仲間が横でネコに喰われていてものほほんとしている島のハトたち。
人にも全然警戒しません。

でもノスリだけは別格です。

以前、某有名な鳥類学者のK先生が言っていました。
「ハトは何万年もかけてノスリ以外の外敵がおらず、ボケてきたから、せいぜい数百年で現れた外敵(ヒトやネコ)にはきっとまだ対応できないんですよ~)

そう、内地や沖縄のカラスバトはとても警戒心が強いのです。

■積み重ねた時間の流れとは不思議なものだな~と思いながら
巣に戻るノスリが横切る夕陽を眺めて、ふと思いました。

人は信じるものと当たり前に島の子供たちは生活しています。
でも、島の外の世界はそんなに安全ではありません。
国外に出たら尚更です。

島の子供達はほんと天然記念物のように平和に生きています。
来春、母島を巣立つ長女。

彼女は無事に生き抜いていけるのだろうか!?
親父は勝手にハラハラドキドキしているぞ(笑)!!
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「カッコいい大人」と「カッコいい子供」

2018年12月21日 | 大切にしていること
■先日、とても良いことがありました♪

母島の子供たちの通学路の真上、大きなモモタマナの木があります。
そこに大きな枯れ枝がぶら下がっているのを、住民が発見し僕に教えてくれました。

高さは10mちょいの位置。

これが落ちてきたら本当に危ない。

でも僕には取れる気がしない。

誰に相談しようかな~役場かな~と考えて車を運転していたら、
高所作業者に乗り込もうとするNTTの人を発見!!

急いで、
「あの子供たちの通学路の高い位置に危ない枯れ枝がぶら下がっているのです。
 僕では取れないので、この車を使って取ってもらえませんか?」

すると、NTTの方が
「今から案内して。危ないなら取らないと!」
と快く作業を受けてくれました。

丁度子供たちが下校している時間。
子供たちも遠くから見守る中、枝の撤去作業が始まりました。

僕は交通整理と周囲の安全確認位しかできません。


バケットのブームが延びるのが10m。
触れば折れてしまい、なかなか作業は困難を極めましたが、
素晴らしい技術で無事に枯れ枝を撤去することができました。

僕がお礼を伝えていたら、
遠くから見守っていた小学生が大きな声で、
「ありがとうございました!!!」
と自主的に言ってくれました。
僕は子供たちにお礼を促していません。

それに作業員さんも笑顔で応えていて、
なんだかとても、いいなと感激していました♪

子供たちの安全の為に快く作業をしてくれた大人と、
自分たちの道を安全にしてくれたことが分かり、自分から大きな声でお礼を伝える子供、
なんだか、どちらもとってもカッコいい♡

そんなほっこりしたお話でした♪

取ってもらった枝は枯れていたけど、大きく、とても重いものでした。
これが誰かの上に落ちなくて本当に良かったと思います。

作業してくれたNTTの方、
自分からお礼を言った子供達、
この枝を発見して教えてくれた島の大人、
みんなみんな有難うございました!!
 
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第二十八共勝丸 最後の航海 ~アナザー・ストーリー

2018年12月19日 | 島のイベント
■2018年12月19日、島の暮らしを支える貨物船「第二十八共勝丸」が最後の航海をするにあたり、母島でも引退セレモニーが行われました。

共勝丸は島の生活には欠かせない存在です。
主に車両や建築資材、ガソリンやガスの危険物など
客も乗せるおがさわら丸が運べないものを運んでくれます。

帰りは産業廃棄物などを運搬してくれています。

この度、1993年から25年間、島の暮らしを支え続けてくれていましたが、
老朽化が進み、この度新造船と代わることになりました。

ちなみに船名の「第二十八~ 」は、
1から順番に船が造られたわけではなく、その都度名づけられるそうです。
「第二十八~ 」は、末広がりの縁起をかついだ船名なのだそうです。

次の人生は旧ははじま丸と同じ、ソロモン諸島で活躍してくれるそうです。
小笠原で活躍した2つの船が遠く離れた同じ地で活躍するなんて、なんだか不思議ですね♪

母島の引退セレモニーは当初、予定されていませんでした。
出発の時間などが読めない理由からでしたが、積荷作業の関係では母島に最後1泊することになり、
朝の出発が確定したので、急遽セレモニーが決定しました。

多くの島民や学校関係者も
島のライフラインを支えてくれた共勝丸の引退を見送る為に集まりました。

島の事務所長、船長から挨拶を頂き、
父島~母島アクセスの会からは感謝状が贈られました。


普段、普通に暮らしていて関わる機会は少ない共勝丸ですが、
我が家にとってはとても大きな存在の共勝丸。

今回はそのもう一つの物語を記したいと思います。


最後にはは丸と交錯する第二十八共勝丸

■うちの奥さんは別名「共勝の女」と呼ばれたほど、共勝丸が大好きな人です(爆)。
僕と結婚するまでに2回小笠原に来ているのですが、一度も定期船おがさわら丸に乗ったことがなかったツワモノです(笑)。

今回、村内放送の予定すらなかった母島の引退セレモニーですが、
冒頭に書いたように開催が決まり、村民向けに流れた瞬間に、
嬉しくて思わず泣いてしまうほど共勝丸を愛している人です(*^_^*)

この最後の航海の日程が決まってから、
この日が近づくにつれてソワソワしていました(笑)。

結婚当時はまだ普通のお客さんも乗せてくれていた時代でした。
東京~父島まで18000円(食事付き)、2段ベットに湯船もある贅沢な船旅。

船員さんたちは本社がある宮城県、石巻の人々がほとんど。
とても気さくで優しい船員さん達です。
訛りの強い東北弁を話すので、人によっては何を言っているか分からないこともしばしば(笑)。
その点、僕は東北出身なのでほとんど何を言っているか分かります♪

共勝丸の着く岸壁には沢山の資材とフォークリフト。

■そして、2006年に家族で日本1周旅行をした帰りに共勝丸で父島に帰りました。
その時は海が悪く、4泊5日の船旅でした(笑)。

写真は当時の月島で乗船するときのものです♪

一度、伊豆大島まで進みましたが、時化の為に館山沖に引き返したのです。
それは、積荷が破損しないための配慮でした。
島から本土に向かう場合はゴミなど産業廃棄物ばかりなので、そういうときは多少の時化でも行くそうです。

丁度2月3日の節分の日だったので、
館山に接岸してもらい、コンビニで節分の豆を購入し、船内で豆まきを行いました♡
当時3歳の長女も、沢山デザートをもらったりして、本当に良くしてもらいました。

その時、奇遇にも一緒に船に乗っていたヤギが今飼っている「なつ」なのです。
運命の不思議ですね~

最後の積み込みを行う共勝丸

■また、2008年に僕の母がカナダで危篤状態に陥ったとき、その連絡は定期船おがさわら丸が出港した直後でした。
その時、運良く共勝丸が翌日に東京に向けて出港するタイミングでした。
すぐに乗せてもらうようにお願いをしに行きました。

役場でパスポートの緊急発行の手続きを行い、緊急で航空券も手配してもらいました。
人生初めての外国に行くのがまさかこんな理由とは。

当時の写真です。27歳なので若いですね(笑)。

飛行機に間に合うか、初めての海外はどうなのか?
不安な気持ちの僕に船員さんたちはとても優しく接してくれました。
「大丈夫だ。絶対に間に合うように届けてやるから、安心してけろ」
この言葉がどんなに頼もしかった事か!!

船内ではゲームやビデオなど沢山のおもてなしを受けました♡

その後、無事に予定通りカナダに渡れて、脳死状態の母と対面し、最後の務めを果たして来れました。


これは石次郎海岸から撮影しました

■そして、忘れられないのが3.11東日本大震災の時の事です。
当時のブログ記事がこちらです。

宮城県石巻に本社のある共勝丸。
その本社は大津波で壊滅的な被害を受けました。
その時、社長さんも行方不明となっていたのです。(後に死亡が確認されました。ご冥福を祈ります)

震災発生直後、共勝丸の船員は一度、石巻に向かいますが、
すぐに小笠原に向けて出港します。

自分たちのホームグラウンドが大変な事になっているのにも関わらず、
小笠原を目指してくれたのは、
小笠原の人々のライフラインとして重要な役目を担っているからだと聞きました。

そんな状態で島に向かってくる共勝丸の船員さんたちを、
どう迎えたらいいのか。
どう感謝の気持ちを伝えたらいいのか。

仙台出身の僕は、
共勝丸が大好きな妻は、
何か役目がある気がして、寄せ書きを集めて渡しました。

自分たちにできることはこれくらいしかありませんでした。

なのに後日、島の「子供たちへありがとうの気持ちを」と沢山のお菓子を届けてくれたのです!!

この時の事は本当に忘れられません。
本当にありがとうございます!


鮫が先展望台から共勝丸のいる沖港を望む

■他にも台風でおが丸が欠航している最中、
共勝丸が物資を届けてくれて、
それに感激した母島の皆さんが共勝丸の歌を作ったエピソードもあったそうです♪(←すごく聴いてみたい!)

また、1月の定期船おがさわら丸が船舶検査のために3週間のドック入りしている間、
島の生鮮食品と郵便を運搬する重要な役目も果たしてくれています。

島の暮らしに欠かせないガソリンもドラム缶に入って共勝丸が運んでくれています。

そして、沢山の産業廃棄物。

このいわゆるトン袋が港に沢山積まれると、
ああ共勝丸が来るんだなと分かります。

リユースするお酒のビンだって、運んでくれています!


知らない間に私達の生活を支えてくれているのです。

母島最期の夜の共勝丸

■いよいよ最後のお別れの時が来ました。

その場の全員で記念撮影をしました。

共勝を愛する妻はなんと乗船して、父島に向かって行ってしまいました(笑)。


長女はもう大粒の涙を流しています。

さびしいよね。
ありがとうだね。
いってらっしゃいだね。


よく見ると本当に活躍した爪痕だらけの船体です。

この2年は船艇に穴が開いてしまったり、エンジントラブルが続いたり、本当に大変だったと思います。
まずは、お疲れさまでしたと言いたいです。

長女はこの見送りの為に、
授業を少し抜けさせてもらって来ました。
彼女にとって大事に思う部分なのでしょう。
はは丸の交代式を思い出します。

灯台を過ぎて、堤防に隠れつつあるなかでも、最後まで彼女は見送っていました。
その姿をみて、20年以上前から共勝丸に関わってきた人が目に涙を浮かべていました。

こんなに我が家にとっても沢山のドラマを持っていた共勝丸。
関わった人の数だけのドラマがあるでしょう。
この船は第二の人生をソロモン諸島で旧はは丸と一緒に活躍するんだね。

次からは新しい共勝丸が島のライフラインを支えてくれます。
本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

どうもありがとうございました!!

出港の瞬間の動画も撮りました(Kくん、カメラをありがとう!)。


その後、父島でもセレモニーが行われたそうです☆
写真が送られてきました(*^_^*)

父島のセレモニーや最後の出港はオガツアーのおがちゃんがブログに書いてくれています♪
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師走の畑 ~久々にヤギ登場(笑)

2018年12月12日 | ヤギ
■12月は師走と言われますね。
文字通り、師匠も走り回るほど忙しい1年を締めくくる月。

農園と名打っているブログですが、久々の畑ネタの投稿です(笑)。

久々に畑で飼っているヤギさんを撮ってみました。

一番の古株である「なつ♀」です♪
ちょっぴり恥ずかしがり屋さんで、控えめななつ。
今年でもう12歳になります。

時々食欲を落とし、心配させますが、取りあえず元気です♡
2014年に娘のこなつを病気で亡くしています。



PTAの陶芸教室で名札を作ってみました♪

ヤギという生き物はなかなかのポーカーフェイスで餌をねだる以外には何を考えているかさっぱり分かりません。
ある学者が動物の感情について本を書いていたのですが、
ヤギは「すべてを悟っているが、知らないフリをしてとぼけている」と書いていて、
なんか妙に納得したのを覚えています(笑)。



こちらは「ゆり♀」。
いつも元気で人懐っこい、寂しがり屋のゆり。
今年で10歳になります♪

普通のヤギは「メェ~」と鳴くのに、ゆりは「ベェ~」と鳴きます(笑)。

ゆりの名札は耳が折れてしまいました(ToT)/~~~

畑ではこの2匹のヤギを飼っていて、
実はいつも僕は彼女らに癒してもらっています♡

シャイな「なつ」に寂しがり屋の「ゆり」。
僕の苗字が「みやぎ」なので、3匹のヤギを飼わなければいけないのですが、
今は2匹なので「にやぎ」になります(笑)。

畜産指導所の閉鎖に伴い、冷凍精子が亡くなってしまったので、
いい感じのオスヤギを何とか工面しないとですね~。

ヤギの糞と尿、餌のカスを混ぜて自家製堆肥を作っています。
愛玩用としての価値はもちろんですが、畑にとって彼女らの堆肥も不可欠な大事なものです☆

写真には載せませんが、あの1つの大きなお尻の穴から、
細かい丸いうんちがポロポロ湧くように出てくるのは、
一体どうやって形成されているのか、本当に謎なのです(笑)!!!

誰か知っている人がいたら教えて下さい!!(←結構、本気です)


■そして、もう一つの家畜は烏骨鶏です。

現在15羽ほどを飼育しています。
最近は卵を1日に2~5個くらいを産んでくれます。


こちらは雄鶏のおっとりとした顔。


雌鶏はなんか怖いお顔(笑)。

烏骨鶏はその名の通り、骨や肉が黒っぽく、カラス(烏)の骨のニワトリ(鶏)です。
指は鳥では珍しい5本。
クルミの様なトサカに、絹糸のような毛が特徴です。

一日中、色んなドラマが繰り広げられているので、眺めていても飽きません(笑)♪


■先日も母島農協にうちなーローゼルを出荷しました!

そろそろうちなー品種も出荷終盤です。
開花はかなり減り、実もイケイケ期からまったり期と移行し、
ミズナギドリの巣立ち完了と共に終売になりそうです。

父島への販売は予約販売のみで、店頭分は残らなさそうです。
店頭を待っていた方、ごめんなさい!

クリスマスのお菓子にとっても使いやすいローゼル。
母島ローゼルに比べて、
うちなーローゼルはスレンダーでドライ向きな品種です☆

今年もどうもありがとうございました♡


■ここからは今作付けしている冬野菜の紹介です。

まずは大人気の島らっきょです。

今期はいくつか自家採取も成功したので、うまくペースにノレることを願うばかり☆
沖縄、東村で泊めてもらった農家民宿の品種です(*^_^*)

こちらは島にんにく。

小さいけど、匂いが強い南方系のニンニクです。
去年は失敗してしまい、ほとんど台所にも出せず、そのまま今期の種にしちゃいました。

こちらは伸び盛りのスナップエンドウ。

定植と雨のタイミングが重なると、マイマイの猛攻にやられてしまいます。
今期は1度全滅し、蒔き直して2度目のトライ。
今の所順調です。

ふとみると可愛い青虫が!

可愛いですが、作物をしっかりと食害しているので、この青虫君たちは烏骨鶏のおやつとなりました☆

こちらは加工用トマトのサンマルツァーノ。

ミートソースやケチャップなど料理の幅が広がります。

本数は少ないですが、去年同様にぷちぷよトマトも育てています。

ようやく最初の花が咲きましたね。

トマトの横にはコンパニオンプランツとしてのバジルが植えてあります。

このバジルはトマトの味を良くし、虫よけになり、さらにトマト料理にも合うという究極の組み合わせです♪
種は以前、オガサワラカワラヒワが食べに来ていました

さらには小松菜。


そして水菜。


サニーレタス。


大好きな春菊。


後での間引きは大変ですが、
こうして作物が元気に育ってくれるのが本当に有難いのです。

去年は妻が長期で不在で
さらにこの作付けの時期に雨も多く、
さあ種を蒔くぞ!!ってタイミングで次女が連続で熱を出し、
作付けすらうまくできなかったという苦い思い出がありました。

あれは本当に辛い経験でした。
冬の作付けを諦め、その影響は今年の夏の収穫にまで色濃く残りました。

今年は、
こうして順調に種を蒔く事が出来て、
こうしてすくすくと野菜が育って、
無事に畑に通えるだけで本当に有難いと感じています♪

大根も小さなカタツムリが乗っていても気にならないほど順調です(*^_^*)


こちらはゴボウさん。

固くなる赤土なので収穫は大変ですが、自家製ゴボウは本当に美味しいです♪

ど定番の人参さん。

今年はちょっと発芽が少なかったけど、すくすく育ってくれています。


去年、沖縄のむい自然農園の航さんに分けて頂いたサトイモの仲間、ココヤムどん(ちんぬく)。

このココヤムはとても乾燥に強く、母島の気候に合っています。
食味の方もがっつり美味です!
この夏収穫した種芋(球根)で作付けし、一気に数を増やせました♡
これは今後に期待かもです!!


その傍らではこぼれダネで発芽したローゼルがいました。

これは温度が低い冬ではあまり育ちません。
最近、冬とは思えないほど暖かい日が続いたので、勘違いしたのでしょうね。
モロヘイヤも同様でした。

こうして当たり前の畑通いに感謝して、日々を過ごしています。
今年は返還50周年で驚くほどイベントの多い1年でした。

来年はゆっくりできるかな~

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コビレゴンドウの全身骨格 組立大作戦!!

2018年12月07日 | 小笠原 野生動物
■先日、実はずっと楽しみにしていたイベントがありました。
それが、コビレゴンドウクジラの骨格を組み立てるイベントです!!

このイベントには興味のある島民も多く、子供達も多く参加しとても楽しい時間となりました♪

だって組み立ててみたら思わず横になって寝てしまう人が出るくらい(笑)!

この個体は2013年に母島南京浜に座礁し、その後砂浜に埋めて、分解を待ちました。

当時の事は過去のブログ記事にしているので、そちらを参照してみて下さい♪

これはとてもセンセーショナルな出来事でした♪

そしてついに2017年に掘り起こしました。
我々の予想に反して、砂の中に骨だけだと思ったら、
ブルーシートに包んでいたせいか、
と~~~っても香ばしい匂い(笑)と、グッチャグチャの発酵した!?腐敗肉のおまけ付きでした♡

これもとっても楽しい作業でして(笑)、一応当時のブログ記事に書いてあります。

そしてついに今回、その骨格のすべてが日の目を見る事となりました!!やった~~~!!!


■まずは簡単にコビレゴンドウについてスライドでレクチャーを受けます。

ふむふむ。
オスの体長は5.2m、メスは3.8mまでに達するそうです。
出生体長は1.4m。
寿命は60年くらい。
性成熟は♂14~19歳、♀7~12歳。
妊娠期間は15か月。
マッコウクジラに劣らないほどの高度な母系社会を形成するそうです。

潜りも500m以上の深海に潜るんですね!すごい!!

今回の個体は歯の摩耗も激しく、何本も抜けていたので、
高齢のメスではないかとのことです(歯は生えたらそのままで、生え変わらないらしい)。


みんなで頭骨を眺めてその作りの不思議さに驚きます。


ハクジラは呼吸する鼻孔が中心から僅かに左にずれているのが特徴です。
そう、左右非対称なのです!(そう言えば、人間の心臓も左側…身体の左側に何か謎が!?)
これは今年カナダでシャチやマッコウの頭骨を見てもそうでした。
鼻孔は「テレスコーピング現象」というクジラ独自の進化の特徴を獲得したため頭頂部に移動して、
海面に出て呼吸をする事が安易になっています。

あと頭部の大きな丸い飛び出た部分は「メロン」という脂肪の組織で、
ハクジラはエコロケーションという超音波を使い、それを受け止める器官となっているそうです。
ちなみにヒゲクジラにはこの器官はありません!


手に持っているのは下あごの骨です。
中は空洞になっていて、脂肪が詰まっており、
この空洞で音を増幅し、骨を伝って、耳骨に送ると言われているそうです。
すごいですね~~!


これが耳骨です。
左右に2つずつあり、合わせるとぴったりと合います!

現生のクジラ類では耳骨が頭骨から遊離しているそうです。
ハクジラの耳骨は一部の種を除いて軟組織のみで頭骨に接していて、完全に骨による接続は断たれているとのこと。


その位置がここら辺だそうです。



そして、僕が掘り起こしの時に一番気になった部位、「舌骨」です!
このブーメランみたいな不思議な骨は顎の奥に付いています。
これはハクジラが餌となるイカなどを“強い吸い込みで飲み込むための筋肉”を付ける為に発達した骨だそうです。
面白い!!


■そして、首から下の部分になっていきます。

これは頸椎の部分で、7つの骨が癒着しています。
哺乳類尾であれば首の長いキリンでも頸椎の骨は7つだとか!


そして講師のOさんに「まずはみんなで考えて脊髄の骨を並べてみましょう~!」
ということで、みんなでああでもない、こうでもないと言いながら並べていきます。


そして修正してもらいながら、あ~こうだったのかと感心する参加者(笑)。

胸の部分の胸椎、腰の部分の腰椎、尾椎とそれぞれ並べていきます。
面白いようにテトラポットみたいな形の骨もあります。

このナイキのマークみたい(笑)なのは、骨盤の名残となる「骨盤痕跡」です。
哺乳類が陸上から海に戻る進化を裏付ける重要な部分ですね!
胎児期は実際に足もあるらしく、とても興味深い部分の骨です。


尾椎の方になると、強く縦に振る為に発達したV字骨というのが下に並びます。
これの順番がなかなか難しい!!


■そして胸ビレの部分の骨になります。

扇形の肩甲骨からその先、
ちゃんと1枚の胸ビレに5本の指の骨があるのです!!
しかし、この順番はかなり難易度が高いらしく、講師のOさんも難しいと言っていました(*^_^*)


この長いやつは肋骨です。

500mを超える深い深海に潜る為に中央に関節があり、
肺が水圧で潰れても、骨で守るシステムになっているようです。

何から何まで骨は語ってくれますね♪

■ようやくこれで完成です!!

ブラボー!!

体長3.6mのコビレゴンドウ♀の全身骨格標本の出来上がり~~!!

子どもが並んで寝るとちょうど3人分(笑)。

みんな頭も手も使ってのイベントですごく楽しめました♪

OWA(小笠原ホエールウォッチング協会)のOさんのレクチャーの元、
ああでもない、こうでもないとみんなで悩みながら骨を並べる作業はすんごく楽しかったです♪

僕個人的には、舌骨(海中で獲物を吸い込む筋肉の為の骨)、
骨盤の名残の骨が一番興味がある部分でした!!

本当にいい経験をさせて頂きました。
どうもありがとうございました!!

■埋めるのも、掘り出すのも面白かった思い出のコビレゴンドウ、ひとまずこれで完結♡

その後はどう展示するかは決まっていません。

個人的にそんなに巨大なインパクトのサイズのクジラではないので、
こうした組み立てるイベントや勉強の為の標本として保管して、使って行くのはどうかな~と思っています♪


こんな景色の中、海ではコビレゴンドウなどの鯨類が群れを成して泳いでいるのですね。
僕がこうしてブログ記事を書いている間にも、
内地で都会の雑踏で人が歩んでいるその時も。

なんだかその感覚が不思議でなりません。

僕はまだ生きたコビレゴンドウを見たことがありません。
ザトウやマッコウほど有名な種類ではないけど、
そのマッチョなスタイルと、可愛いまあるいおでこは、いつか海上で会ってみたい鯨類のひとつです♪

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点と点が線で繋がる時~古のカヌーのルーツに想いを馳せて

2018年11月30日 | アウトリガーカヌー
■先日、島々をアウトリガーカヌーで渡り、
ハワイアンから学んだその精神性に強く惹かれたデューク金子さんのお話を聞く機会がありました。

僕は彼の話に感激しっぱなしでした(*^_^*)

なんて深く素晴らしい世界なのだろう…

デュークさんは今回の父島、母島に6人乗りのアウトリガーカヌーが来ることにも尽力して頂いたことはもちろん、
小笠原のカヌー文化に以前から深く関わってくれていた方でした。

僕がお会いできたのは今回が初めてです。

以前から僕が少し持っていた気持ちの空白の部分をことごとく埋めてもらった感があります。
バラバラでぼやけていたピースが急にハッキリして、繋がった感触です。
ここに来て、まさかそうなるとは!!

そう、カヌーは神輿と同じだったのです!!

先日の月ヶ岡神社例大祭の神輿風景です。

■僕にとって小笠原でカヌーを漕ぐという事は、
石器時代に自由に太平洋の島々を行き来していた世界と繋がる事だと思っていました。

フラを踊るという事は、
島の自然の神様と繋がることだと思っていました。

南洋踊りを踊るという事は、
太平洋の島々の文化と繋がることだと思っていました。

デュークさんが日本の海をカヌーで渡るという事は、
古代の先祖のルーツを辿ることだったというのです。

キャプテンクックでカヌー部のメンバーとデュークさんとの懇親会。
各国を巡ってカヌーやポリネシア、ハワイの文化に深く関わった中で、
ハワイ人の複数あるルーツのひとつとして、日本が挙がったというのです。

ハワイ人曰く、
「自分たちは新しい先住民。
新しいからこそ、今も文化が残っている。
しかし、そのルーツは今その文化があまり残っていない地域から来ている。
日本がその一つなのだ。
ポリネシアを旅するハワイのホクレア号がなぜ日本を目指したのか。
その意味を考えてほしい」
と。

デュークさんが目指す、
日本本土から小笠原に向かってカヌーで漕ぐという壮大なプロジェクト。

それは私達の先祖が辿ってきた道を辿るということだと言います。

この大海原をGPSも携帯もない時代に、
スターナビゲーションと言われる伝統航海術で自由に海を行き来していた時代。

きっとその頃のヒトは今とは違う言葉を使っていたと思うのです。
それは、ヒトが動物や自然と会話できた言葉だったと思うのです。

現代ではそれが祈りであったり、神事として残っている気がしています。

とある日の畑で見る朝焼け。古代の小笠原に住んだ人々も同じ景色を見ていたと思うのです。

■10年前、とあるフラの先生と海を見ながら話している時にハッとさせられたことがあります。
「小笠原のフラは素晴らしい。
 レベルも高い。
 オリジナルもあるし、
 装飾もハワイと同じものでできている。
 でも、ひとつだけないものがある。
 それは神様だ。
 小笠原のフラには神様がいない。」

そう、私達は正月やお参り、神輿や神社の儀式のときは当たり前に神様を意識し、
ご祈祷し、様々なものを奉納します。

日々の有難いすべてに感謝し、幸せな未来を願い、神様を祀ります。
ではフラはカヌーはどうだっただろうか?

近年、カヌー大会の開会式などでフラが関わり、
その中で本来、フラとカヌーは切っても切れない関係であることが分かって来ました。

そのどちらにも関わって来ていた僕にとって、それはとても大きな気付きでした。
最近の島のフラなどは神様を意識するようになってきていると感じます。

カヌーはデュークさんの教えで痛烈にその精神世界を目覚めさせてくれました。
単なるスポーツとは決定的に違うものを秘めていたのです。

母島で組み上げた6人乗りカヌー(OC6)。
アウトリガーカヌーはスポーツとしても素晴らしいです♪
そのチームとしての一体感。
大海原をエンジンを使わず、自分たちの手だけで進む爽快感。
海や空・風が素晴らしい景色とフィーリングを運んでくれる瞬間。

でも、そのどれもが古代の人々と繋がるものであり、
そして、古代の人たちにとってどれだけ神聖なものであったか。

先日の月ヶ岡神社例大祭の神輿風景です。
デュークさんは「カヌーは日本の神輿と同じ」といいました。

確かに、先日組んだOC6。
紐の結びは神輿と同じとみんなで驚いた記憶があります。

神様が乗る神輿に対して失礼な行いをしないように、
自分たちはカヌーにしてきていただろうか?

カヌーを神聖なものとして扱ってきた人たちは、
どんな関わり合いをしてきたのか?

僕はそれらの世界も知りながら漕いでいきたいと強く思いました。

少しの時間しか話せませんでしたが、
その学びに対して、
謙虚に、真摯に触れるデュークさんの言葉は心底響きました。

僕はこの話を聞きたかった。
話を聞いて鳥肌が立っていました。
逢えて本当に嬉しかった。


デュークさんの見送り。沖港にて
本当に遠路はるばる、来てくれてありがとうございました!!
願わくば、もっと学ばせて欲しいです。

もっともっと、太平洋の海に関わる暮らしをしてきている人の文化を学びたいです(*^_^*)



■そんなデュークさんの話を聞きながら、
最近、不思議と色々なものが点と点が線で繋がることに驚きを覚えています。

僕は仙台出身。
子どもの頃からクジラに興味があり、小学校の頃は広瀬川でカヌーをしていました。
僕のひい爺さんは沖縄本島国頭、辺野古。
僕のルーツは島だったのです。
沖縄に多い、宮城という苗字が物語っています。

そして、北米とハワイ。
母は10年前、カナダで亡くなりました。
最愛のパートナーは今もカナダで健在です。
今年の夏、現地に行ってその繋がりは深いものとなりました。

そしてハワイ。
次女の名付けは色んな円が繋がり、ハワイの祈祷師にお願いした経緯があります。
小笠原にあるアウトリガーカヌーはハワイの形状が伝わってきていると考えられています。

僕が大好きな写真家、星野道夫は北米の自然に惹かれ、
ハワイの伝統航海術を復活させたホクレア号の本体の木は
アラスカのトウヒが使われています。
古の時代、大きなカヌーを作る大木はハワイになく、
流木として北米からハワイに流れ着いたものだったと考えられて、使われています。

先日の文化交流祭で交流した沖縄の「島民ダンス」のルーツはサイパン。
そこから沖縄と小笠原に伝わり、小笠原では南洋踊りに。

ハワイと北米と沖縄と小笠原。
フラとカヌーと南洋踊り。

そしてずっと惹かれてきた先住民の文化。

色々、不思議とバラバラであったものが何故か繋がっていく不思議を感じています。

沖を航海するははじま丸。古代の民もこの海の道を通っていたのだろうか。

■この母島に暮らしていて、
沢山のお金にもならないことに時間と労力を費やしています。

でも、そこに大切なものがあると信じています。

今回、カヌーを通じて学んでいきたいことは、何なのでしょう?

先人たちに対するリスペクトはもちろん、
古の智慧に触れたいだけではありません。

美しい夕陽を眺める。きっと何千年も変わらない景色。
未来を不安にさせる物質と大量消費の現代において、
これからの未来を生きる子供たちに笑顔の未来を残す為に必要な
学びと経験が詰まっている気がするのです。

僕はそれに対して何をしていけるのか?
日々、問いかけながら学んで、動いていければと思います。

父島の6人乗りカヌーVa'a は「ike kai」と命名されて、
この度、進水式を執り行ったと聞きました。
ikeは見るや知るという意味。
kaiは海という意味です。

母島はこれから命名、進水式となります。
先祖、現代、未来にリスペクトを込めて、
驕らず、謙虚に決めていければと思います。

そんなことを再確認させてもらう出逢いでした♪
本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

デュークさん、どうもありがとうございます。
これからもよろしくお願いします!!

※この記事の内容はデュークさん自身にも確認してもらっています。ありがとうございます!



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とても忙しい島の子供達という「問題」

2018年11月20日 | 母島 暮らし 子供
■ここ最近、よく思うのです。
島で暮らしていて、のんびりの雰囲気を味わいながら、
島の子供達、忙しいなぁ、と。

先日、前浜で友人と話していて、素敵な元母島の先生のFB投稿を読んでハッとさせられました。

いつも感じて思っていることなのに、
ついその時の高揚感で忘れ、過ぎ去って行ってしまうけど、大事な問題。

今年は小笠原返還50周年だから、それは特に顕著なのだけれど、
毎年、普段から島のイベントは多いなと感じます。

そして、僕自身、青年会や子ども会、PTA、KWNなど様々な立場でそれらイベントに関わっています。
そう、子供たちの忙しさに一躍買っている立場なのです。


■自分の子供時代を思い起こしてみると、
もっとだらだらと、
よく言えばもっと自由に時間を過ごしていた気がします。

でも僕は片親だったし、塾にも行っておらず、
小学校高学年から毎朝、新聞配達のバイトをしていたから、他の子とは感覚が違うかもですが。

小学校の頃(中学年頃)まではほとんど外で遊び、広瀬川でだらだら友達と遊んだり、一人で過ごしたり。
工事現場の重機が好きで1日中眺めている事もあったし、
飼育している金魚やザリガニ、フナなどを飽きずにずっと眺めていることもありました。

小学校高学年になってTVゲーム(スーパーファミコン)とプロレス鑑賞、マンガに没頭してました。

中学校に入ってからはロックに目覚めて、楽器を触ってるか、音楽を聞いているか、ゲームをしているかだったと思います。
部活なんて超適当にやっていました。週1もやっていただろうか(笑)?
あ、異性にも滅茶苦茶興味が沸いた年頃ですね(笑)。

友達とだらだら過ごすことも多かったし、
一人でずっと何かに集中することも多かった。
もちろん勉強なんて家ではしなかったです(笑)。

学校帰りにわざわざ遠回りして友達と喋って帰ったり、買い食いしたり。

大人になってから思うと、信じられない位時間はゆっくり流れていた気がします。


■それに比べて、今の島の子供たちはなんと忙しいことか。
自分の娘たちを見ても思います。

ほとんど無償だけど習い事が本当に多い。

日 ソフトボール
月金 柔道
火土 剣道
月木 太鼓、バトミントン
火 手話
水 卓球、サッカー
木 サッカー
金 バレー
土 サッカー、フラ
etc...

おまけに宿題。
これでレギュラー。
人によっては毎日やっている子供がいます!

それに追加して地域、学校のイベントがある。

年4回のゲートボール大会
返還祭
駅伝
納涼祭
カヌー大会
ジャズフェス
学芸会
月ヶ岡神社例大祭
ロードレース
クリスマス子供大会
海開き
バザー
船待ライヴ
etc...

そしてイレギュラーにも
内地から色んなエキスパートが来て講演をしたり、
体験型のプログラムも多い。

そのすべてに参加する必要はないのだけれど、
狭い母島という社会で、
みんながしている事を意識的にやらないという選択をできるほど、
人は自覚してないと思うのです。特に子供は。
その主導が子ども自身より親の影響というのも否定できないのではないか?

ですが、そのどれもが単体ではとても素晴らしいのです。
子供たちの楽しみとして、
経験として大人が工夫して、用意する。
楽しくない訳がありません。

だけど、それが日常の隙間の多くを埋めているとしたら?


■これは島だけでなく、日本全体の風潮なのでしょうか?
内地で暮らしていないので分からないけど、
もっと子供時代は何をするでもなく、ぼーっとしていていい気がします。

「こうしなければいけない」があまりに多過ぎる気がするのです。

宿題なんて僕の子どもの頃、
そんなに土日を圧迫するほどあっただろうか?(僕がやらなかっただけ?あまり覚えてないw)

個人的には毎日あれだけの時間を学校で勉強しているのだから、
家にいる時間や、夏休みなどは宿題はいらない気がします。
自主選択制でいいのでは?

勉強したい子は全然自由にすればいいと思うけど、
勉強したくない子はそんなことに時間と労力を取られないで、
好きな事にもっと没頭してすればいいと思う。

また、没頭するだけじゃなくて、
ぼーっとしている時間もとても大切に思うのです。

もっと時間を味わい、ただ感じるような、でも子供時代にしか体験できないあの時間の感じ…


■大人はもっと客観的に子供の生活の時間をトータルで見直すべきかも知れません。
大人は自意識でチョイスできるからいいんです。

子どもは大人の流れで無意識の場合もあるし、
強制の場合もある。

冒頭の元島の先生の指摘は見事です。
「行事は学校でも地域でも同じなんだけど、打ち上げ花火、見栄えがいい。
それ自体はとてもいいことだし。
過程で問題点を感じていても当日本番の高揚感と興奮で大抵のことは帳消しになってしまう。
結果、「削れない」「子どもの負担は増え続ける」。

難しいのは、当の子ども自身も楽しく、いい思い出として残っている。
たぶん島っ子たち(もう大人になってる子たちも含めて)は、この問題に関しては実は問題として捉えてないんじゃないかな。

「学習」って、「勉強」だけじゃない。

落ち着いて学習する機会がないと、日常の地道な活動で身につく一つ一つが零れ落ちていく。
子どもは大人とは違うんです。きちんと学ばなければいけないのです。」


島を離れてまで島の子供たちに愛をもって考え続けてくれる人の存在が本当に有難いです。
どうもありがとうございます!


■先日、子ども会で中学生にカンボジアの子どもたちのことを考える機会を設けました。
去年から返還祭の夜店での売り上げを【かものはしプロジェクト】に寄付しているのですが、
今回はその背景を子供たちに知って欲しいと思い、
忙しい中学生の時間を1時間頂いて、話しました。

丁度、カンボジアに約2年行っていた先生も来てくれて話してくれました。
自分たちの同じ年頃の子どもたちが、
お金がなくて学校をやめて行ったりするのが切なかった。
お祝いの場の外に残飯を狙って待機する子供たちを殴る大人たち。
人に騙されて売春宿に売られて行ってしまう背景。

そんな背景のカンボジアの子どもが売られる背景は、
かものはしプロジェクトの献身的な活動のお蔭で、なんとほぼ解決し、今はインドに着手しています。

自分たちの寄付がこんな活動を支えている…
そんなことを伝えられただけでも
僕個人的にはとても素晴らしい機会を設けれたなと思っています。
まずは知ることが大事だからです。



■そんな背景を思うと、
【島で忙しい】なんて贅沢な悩みなのかもしれないけれど、
大人が無意識に“子どものゆったりとした時間を奪っている問題”は別問題。

この問題に向けて、自分は何をすべきか?何ができるか?

老婆心で行事を増やし支えている身としては、
気持ちの中で沢山の矛盾を抱えています。

昔から行われている行事なんて、続けるより無くす方が大変なんです。

まずは、自分で意識することから始めてみようと思います。
そしてこの問題について、話していければと思います。

そして「忙しい」という字は心を亡くすと書きます。
忙しいと心を置き去りにしてしまう自分にもフォーカスしていきたいですね。

自分の娘(特に長女)にはあまり声をかけ過ぎないで、
少し見守る姿勢を心掛けよう(笑)。

子どもには大人が関わらない時間と空間が大事な気がするのです。

でも長女は来春には島を出るので、生活する術はある程度は身に付けてほしいけど…



くまのプーさんが言いました。

「ぼくは何もしないをしてるんだよ!」
いやあ、名言ですね~~!
さすがプーさん!

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長女、母島生活最後のフラオハナ2018

2018年11月18日 | 島のイベント
■11月4日、母島のフラの祭典、フラオハナ2018が挙行されました。

高校のない母島中3の長女達にとって、母島生活最後のフラオハナ。
今回は特別に感触深いものがありました。

今年は小笠原返還50周年ということで、イベントが目白押し状態で、
フラオハナ開催自体、当初から危ぶまれていました。

しかし、この中3の女子3人の卒業フラをなんとか実現させてあげたいという、
関係者の皆さんの愛溢れる調整のお蔭で実現しました。

本当に感謝の気持ちでいっぱいです♪

中3の最後のフラの後の先生との抱擁で胸がいっぱいになります。

■長女は小学校に入る前からフラが大好きでずっと踊って育ってきました。
踊りを見ていても、彼女がフラの事が大好きなのが伝わってきます。

中3オンリーの自由選曲では楽しいパイナップルプリンセスで楽しく踊ってました☆

その場面場面で、自分自身に、相手に、自然に捧げるフラ。

今回は自分たちを育ててくれたこの母島のすべてに向けて感謝を込めていたのではないでしょうか。

終盤に踊ったメレオハナ。

踊る前にサプライズで3人の母親からのメッセージが読み上げられ、
すっかり目を腫らした状態に。

こんなにも気持ちのこもったフラは、もう言葉になりません。


毎年毎年、この卒業フラは見送る側でもウルウルきてしまうのに、
まさかもう自分の娘の卒業フラの時期になるとは、
あまりにも意外にその時期の迫る速さに驚くばかりです。

本当にどうもありがとうございました!

踊った後はフラの先生たちとハグし合います。

ほんと有難い時間を過ごさせてもらいました!


■いつもは脇浜のステージで行われるフラオハナ。
今年は返還50周年でイベントも多く、様々な事情から学校の中庭での開催となりました。

空間は狭いですが、なかなか好きな雰囲気です♪

しかも当日は朝から雨模様。
何度も青空になるものの、リハ中も土砂降りのコンディション。

どうなるかと心配した本番は、なんと1摘も降らない奇跡♡
天候にも味方してもらえた奇跡の夜となりました♪

この日は次女も少し体調が悪かったのですが、
なんとか最後まで頑張れました!!


ハワイから父島に伝えられたフラは、
母島にも伝わります。

お蔭で母島でもフラは年齢を問わず、とても盛んです!!


僕自身も男フラをやっていました。
色々な事情があり、僕は男フラを終えることになったのですが、
フラをしてみて、色んな目線で感じ考える事が出来ました。
とても貴重な経験だったと思います。

これから島を巣立っていくフラ好きな長女は、きっと色んな場面で踊って行く事でしょう♡


今回の髪飾りは特に素敵でした♪



■学芸会翌日というとても忙しい中、
フラオハナ開催の為に沢山関わってくれた皆様、
温かく卒業して行く子供たちを見守ってくれる皆様、
素敵な演奏と歌を披露してくれたミュージシャンの皆様、
全身全霊を込めて踊ってくれたダンサーの皆さん、
本当にお疲れ様でした!ありがとうございました!

1.Walking along the Beach
2.小笠原島
3.メケアロハヌイ
4.ボニンアイランズ
5.グリーンローズ
6.ホイカプーナナ
7.カラカウアヘイノア
8.父島(プアナニ)
9.丸木舟
10.イアリィ
11.パイナップルプリンセス
12.ハイビスカスの花
13.メレオハナ
14.アオウミガメの旅
15.マイロヒロヒオエ








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うちなーローゼル出荷始まる!!

2018年11月13日 | ローゼル販売
■うちなーローゼル、11月下旬から出荷開始と言っていましたが、今年はなんともう仕上がってきました!!
ので、本日11/13より母島農協にてうちなーローゼルを少量ですが出荷開始します♪

去年の出荷を参考にすると、だいたい12月中旬頃までが収穫期間です。
色的にもまさにクリスマス・ローゼルですね(笑)!

うちなーローゼルは去年より栽培している晩生品種のローゼルです。
沖縄の森岡尚子さんに譲ってもらった品種。

母島ローゼルとは実の形が全然違く、スレンダーに長い感じです。
加工面から言うと、母島ローゼルよりも煮たときに繊維が残りにくい性質があります。


今年不作の母島ローゼルと違い、こちらは超絶好調です!
ジャムはもちろん、クリスマスのお菓子、日常のお弁当に添える塩漬け、お茶、酒漬け、酢漬けなど、色々日常的に使えます♪

こちらは栽培本数が50本と少なめなのと、
鮮度保持が母島ローゼルほど強くないので内地発送は厳しいかなと思っています。




■今年は6品種のローゼルを栽培しましたが、現段階で生き残っているのはうちなー、ルビー、母島の3種です。

みんな個性がありますね~♪


花もそれぞれ違いがあり、とても面白いのです♪


こちらはうちなーローゼルの花です。
まさにオクラ!って感じの花ですね~!
(オクラもローゼルもハイビスカスの仲間のアオイ科に属しています)

こちらは葉っぱを利用するルビーローゼルの花。

アダルトなハイビスカスの花の雰囲気です☆

密かにこの花の佇まいが好きなのです(#^.^#)

そして、母島ローゼルの花。

もうすっかり段階は「引き継ぎ期」なのですが、
幾つかは今でも毎朝、開花している様を見せてくれています!

実はより丸っこくなり、すっかり次の世代に命を引き継ぐステージ。

ガクも固くなり、葉っぱも落としてきました。


■そんなメインの母島ローゼルは種取りの時期を迎えています。

ローゼルの種取りに関しては幾つかの方法で行っており、
過去に記事を書いていますが、
種を絶やさない為にとても気を付けています。

天候次第ではこうしてガクの中で発芽してしまう事態も多く発生します。

圃場で直接種を取る場合は天気との勝負になります!!

先日はモロヘイヤも種取をして、無事に大量の種を取ることができました。

自家採種が成功すると、無事に命を次に繋げることができたと思うせいか、とても安心するのです♡


■様々なイベントも終わり、ホッとしつつもローゼルの収穫、種取り、冬野菜の作付けでそわそわしている母島の秋。
夕焼けなんて最近、見事なまでに焼けてくれています。

なんて見事な景色を毎日見せてくれるのでしょう。
とても有難いことです♪

島の秋は様々な渡り鳥も沢山来てくれていて、
今はサバクヒタキなんて珍しい鳥さんも来ています。

こんな小さな体で、一体どうやってこの大海原を渡ってくるのでしょう?
一体どんな気持ちで海の上を渡って行くのでしょう?

そんなことに思いを馳せる秋の母島でした♪

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小笠原ミュージックフェスティバル(母島)の邂逅♡ 後編 ~ライヴ

2018年11月11日 | 島のイベント
「前編 楽器教室&パレード」の続き

■母島では2回目の開催となるアイランドジャズフェス。
今年は返還50周年事業「小笠原ミュージックフェスティバル2018」として開催されました。

終わってみて、大盛況で終わり、心配だった天候も問題なく終えることができて大成功だったと思います♪

これからライヴ編のレポートをしていきたいなと思います。

無事に楽器教室&パレードも脇浜ステージに到着し、終わりを迎えました。
さあ、いよいよライヴスタートです!!

■まず1番手は音骨です!

音骨は9年前までは母島に住んでいました。
元々僕の昔働いていた宿で働き、
当時はとても派手な格好でギターを片手に島を歩いていたので、とても目立っていました(笑)。

個人的に音骨の音楽は大好きで、母島に来て最初に作った音源の頃の島に来た初期衝動みたいなサウンドも好きですが、
ここ5年位の、内面に深く潜るような音楽感もとても気に入っています。

ライヴではソリッド感抜群のステージを披露してくれました。

カッコよかった!

最後に演奏した「そこに乳房山」は本当に名曲です☆




■つぎはスペシャルゲストとして三浦 浩選手です!!
三浦さんは2012年、2016年のパラリンピックのパワーリフティングに出場している凄い方で、
2016年のリオパラリンピックでは日本最高順位となる5位入賞を果たしたそのことです!

2002年に長渕剛のライブスタッフとして働いていたそうですが、
ステージ上での事故により下半身不随となり、その2年後にパワーリフティングに出逢い活動して来ているそうです。

そんな長渕さんの傍らでずっと働いていた三浦さんは長渕の名曲「乾杯」や「ひとつ」を披露してくれました♪



■次はK4の皆さんです!
以前は父島までは参加してくれていたそうですが、今年は母島は初上陸!!


なんと到着して昼過ぎから楽器教室を開催してくれてそのままパレード参加→ステージというハードスケジュールでのライヴでした。
ピアノ、ドラム、サックスのトリオで最高にクールでした♪

あまり世の中のスタンダード曲を知らない僕ですが、
Fly me to the moonはとても嬉しかったし、カッコよかったです☆

カッコいいサックスのキリュウさん。

クールな外見にバリバリの関西トーク(笑)!!
いいですねぇ~~!
そしてサックスはやっぱりカッコいい♪


ナイスなドラムの渕さん。

楽器教室でも今年は奥田さんと朱さんと一緒にパーカッション教室をやってくれました!
子どもたちの素直な反応にすごく喜んでくれて、嬉しかったです。
プレイは超絶なオンパレードで、カッコ良かったです。


ピアノの朱さん。

なんだかすごく気持ちよさそうに鍵盤を奏でるなぁ~と思って眺めていました。
そんな朱さんのピアノはもちろん気持ち良く、
なんだかうっとりしてしまいました♪

深夜を超える連日の打ち上げの後でしたが、翌日の朝にはちゃんと起きて海で泳いでいて、
タフさを垣間見ました(笑)!

とても心地いい空間が広がっていました!


なんとゲストには島のミュージシャンも参戦!!
島の歌姫アイアイと


サックスでFさんが参加♪

気合の入った衣装とソロで聴かせます。
島の子ども達が大歓声をあげていました♡


■会場では大下倉和彦さんによる高蔵染のコーナーも併設!!

塗料を指に付けて降りおろし、
まるでシューティングスターの様な美しい模様が洋服を染めていきます。

今回は最後のBimBomBam楽団の皆さんの衣装が高倉染めの衣装です!
すごくクール!!

■そして松永希 Ogasawara special UNIT!!

僕は希さんの歌が大好きです!

本当に聴いていて気持ち良く、そしてとても心が揺さぶられる歌声。
以前在籍していたリングリンクスが出した「小笠原古謡集」を何度も聞いて暮らしているので、
なんだかどこか懐かしい歌声でもあるのです☆

アンドウケンジロウさんのクラリネット♪

アンディさん、今回楽器教室でもパレードでも素晴らしくユーモアに溢れて、
優しい大きな懐を感じる素敵な方でした。

こっそりステージ裏でもクラリネットを教えてくれて、
僕でも音が出せたときはホント嬉しかったです♪


エマーソン北村さんの超絶キーボード!

オルガンの様な響きで、希さんの歌の世界に心地良い彩りを与えてくれていました♪
ソロの場面ではみんなが踊り出す場面もあり、
なんだかすごい人です!!

フラも南洋踊りも参加しました!

いや~楽しかったなぁ~!

子どもたちが最前列で聴いている姿がとても可愛いのです♡


最後は楽器教室で希望者を募り、練習した「マイディアボニンアイランド」でファイナルです!


なんと僕以外の家族全員も参加しています(笑)!



■お待ちかね、スピナビルさんの登場です!
母島ではスピナビルさんの熱狂的なファン達がいます♪
今年も参加が決まった時、大いに喜んでおりました☆

去年はバンドを引き連れての参加でしたが、
今年は単独でのパフォーマンス。

僕はこの時、打ち上げの準備などに行っていて、ゆっくりステージを見ることはできなかったのですが、
ものすごく盛り上がっていました!
さすがです!


■トリはBimBomBam楽団の皆さんです!
去年に引き続きの参加で、楽器教室を引っ張ってくれるBimBomBam楽団の皆さん!
今年はメンバーに新たにアコーディオンも加わり、去年とはさらに変化したステージを魅せてくれました!

超カッコいい!!

団長である。Ohyama ”B.M.W.” Wataruさん。
相変わらずのカッコいいトランペットを聴かせてくれます!

今回、島の友人に大山さんのBMWの意味を聞き、
今まで気づかなかったことに衝撃を受けました(笑)!
ヒントは彼の名前です♪

楽器教室では去年に続いてなので、同じ参加者もおり、
すっかり大山さんの虜になっている中学生もおります!

ウッドベースのナスオちゃんこと(笑)、ヤマトヤスオさんです!

去年は都合が悪く小笠原に来れず、代打でMASH弦楽団のすぎむ~んさんが来ておりましたが、
今年は小笠原に来て、バリバリのMCもかましながら、
エキサイティングなステージングで盛り上げてくれていました♪

あんなに高速でコントラバスを回せるとはっ(笑)!!


今回初参加メンバーのアコーディオンのるいさん。

アコーディオンの音はビックリするほど音に埋もれていなくて、
とても耳に響きます。

なんと3オクターブもの音域のあるボタン式のアコーディオン。
超カッコいい存在でBimBomBam楽団に新しい風を吹き込んでくれていると思います♪

カッコいいステージングなのですが、ステージを下りるとおっとりとしたチャーミングなキャラで素敵でした♡


パーカッションの「モヒカン先生」こと奥田さんです!

去年に続き、彼の方にハマらないパーカッションは聴きごたえがあります。
マジカッコいい!!
楽器教室&パレードではお頭としてみんなを引っ張ってくれました♪
素敵なモヒカン先生です♡

ギターの手島大輔さん。
毎度の超絶プレイで息つく暇もありません。

今回は盛り上がって立ち上がってのパフォーマンスもあり、
本当にシビれました!
いつかゆっくりギターを習いたいものです♪

素晴らしいパフォーマンスで、会場も大盛り上がりでした!


ステージ裏から。
すごく盛り上がっています!


終盤はK4のキリュウさんも参加して、
最高のフィナーレを迎えました♪


みんな踊りまくって最高な感じです♡


ライヴ中には美しい月がステージから眺めることができました♡


アンコールはみんな入り乱れての大盛り上がりで幕を閉じました♪

ライヴ後は船客待合所を借りての大打ち上げを行い、
深夜遅くまでライヴの余韻は続きました♡

今回のフェスもスタッフとして関わってみて、
とても楽しかったです。

やはり音楽は最高だと再認識できた最高の一日でした(#^.^#)

集客という意味では返還祭に比べたら少な目で、
色々課題はあると思うのですが、
純粋に音楽が好きな島民が集まってくれたので、
数というよりは質と雰囲気は最高だったと思うので、
個人的には最高のイベントになったと思います。

このイベントに関わってきた皆さん、
島まで来てくれたミュージシャンの皆さん、
そして会場&楽器教室に来てくれた島の皆さん、
本当にお疲れ様でした!ありがとうございました!
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精神的な自立を求める ~フクヨガ

2018年11月07日 | ヨガ
■毎年、秋に飯田不久先生というヨガの先生が小笠原に来島して来てくれて、
いつもとても面白い沢山の学びを伝えてくれます♪
母島は11/3に終了し、現在は父島で開催中!!

今回のテーマは「精神の自立」でした。

自立してますか?と聞かれれば、
ほとんどの大人は「自立しています」と答えるでしょう。(そうでもないかw?)
ですが、そのほとんどは生活、経済の自立を指します。

今回フォーカスしているのはそのどちらでもなく、精神の自立
実は簡単なようで非常に難しいものなのです。

要は、
いかなる状況に置かれても、
他人や外の状況に自分の心が大きく左右されない状態を「精神の自立」と言っていると思います。

普段の日常の中で、
職場や家族、学校や地域で人は他人に大きく影響されます。

それは互いに依存関係になるからで、
精神が自立していると、いちいち他人に左右されず、安定しているので何も問題にならないというわけです。

しかし、精神の自立というのは簡単にできるもんじゃないというのがミソです(笑)。


■飯田不久先生は世界一周、16年の小学校の教員を経てヨガに出逢い、
インドのスワミ・ヴェーダを師としてヒマラヤ伝統ヨガを30年教えています。

フク先生のヨガの醍醐味は日本のヨガの先生の中でも数少ない、
インド哲学を分かりやすく楽しく話してくれるところです♪

ヨガの4000年の歴史の教えで「幸せに生きること」を目的に、
様々な教えがあり、体を緩めるポーズもその一つだそうです。

ヨガは本来、馬と馬を繋ぐという意味があるそうです。
そして、その馬は人間の暴れまわる自我(エゴ)の事を差すそうです。

ラージャ・ヨガは
体を緩めて、学びを続けて、瞑想の質を得ることで、
自我(エゴ)に振り回されないようにしていくといった感じでしょうか。

ちなみに不久先生、現在超元気な75歳!
今も得意技は一輪車というスーパーな方です(僕は乗れない…)!!

2年前からは父島でサーフィンにも初挑戦して、
去年は立つこともできたそうです!!



■9月に不久先生は「本当の自立と心の平和」をテーマに小笠原に来島し、話をしてくれました。
その時は1航海だったので父島のみで開催し、僕も行きたかったのですが叶わず、
今回それについて聞きたい事ばかりでした。

その時のちらしによると
【平和を望まない人は、ほぼ居ない。
だけど戦争も犯罪もなくならない。
「戦争反対」と活動する人は、戦争する人を敵にしてしまう。
本当に戦争を無くすには敵を作らないこと。
一人一人の心の中にある、小さな敵が…
憎しみが、恐れが、妬みが、貧りが…
戦争や犯罪へと繋がっています。

一人一人の真の心の平和とは何なのか?
何か団体に属して特別な事をするとかではなく
個人個人が築く心の平和は、
パートナー、子ども、家庭、地域、世界を平和にする種なのです】


とあります。
なるほど。
スーッと入ってきます。

そんな一人一人が本当の自立(精神の自立)を得るためにはどうすればいいか?

先生は、
・責任を持つこと
・ヨガを続けること

と言いました。

「責任を持つ」ということは自分の行動に自分ですべて責任を持つという事、
言い換えれば、自分の置かれている状況を誰のせいにも、何かのせいにしないで、自分の責任で受け止めるという事。

子どもでも分かるこのシンプルな方法。
でも実際にはなかなか難しいものです。

つい上手くいかないことがあると、人は何かのせいにしてしまいます。
でも、それを選択しているのは紛れもなく自分自身。
誰に何を言われたって、何をしたって最終的には自分で決定し動いているのですから。

本当の自立を得た人は依存をしないので、問題が生じないという事でした。

これは子育てでも言えることで、子どもを精神的な自立をさせるように育てるのが大事だと分かりました。
親があれこれ老婆心でおせっかいを焼くことが、逆に子供の自立を妨げる害となるのです。
究極には親は子供の死すら恐れずに、子どもの自立を教えるべきと言いました。

インド哲学では死は大きなことではなく、魂が宿っている体を変えるだけの話なので、何も恐れていないのです。



■不久先生の話は多岐に渡ります。

・子供の反抗期は親の理不尽へのお返し
 →親に理不尽な扱いを受けてない自立した親子には反抗期が来ない。

・親とは何か?
 →保護者である。支配者ではない。親を通して生まれてくるが、完全に魂は他人である。

・甘えさせると、甘やかすは違う。
 →甘えさせるのは時として必要だが、甘やかすのは時として虐待より悪影響な場合がある。(自立を妨げる)

・ダライラマ法王の言葉、1年でどうしようもない日が2日だけある。それはいつか?
 →それは、昨日と明日である。今日だけは自分の力でどうにかできる。


■先生が問いかけます。
「みなさん、【有難い】の意味の反対を知っていますか?」

一生懸命考えたけど、
…僕は分かりませんでした。


答えは........


なんと「当たり前」なのだそうです。

有ることが難しいほど貴重な事だから「有難い」。
それって、実は日常の「当たり前」の中に沢山あるのです。

あまりに身近すぎて忘れてしまいがちだけど、
こうして母島で家族と暮らせて、気のいい仲間がいて、美しい自然の中で暮らせる当たり前の毎日が本当に有難いことに気付きます。


■今年の母島の不久先生のヨガが終わりました。
今回も本当に素晴らしい学びの連続でした!

昨日の見送りの後はなんだか母島の日常の景色すべてが輝いていて、天国のようでした♪

こちらの気持ち次第でこんなにも
当たり前が幸せに感じれるなんて…

そんな中、不久先生は次の舞台である父島へ。
船が苦手なのにこうして毎年小笠原へ来てくれる…
本当に有難いです。


先生とお話しすると、悩んでいたことがスーッと晴れて、気持ちがとても軽くなります♪
そしてそれが不思議と持続します。

僕自身も本当の自立を目指していきたいですし、
本当の平和というものを確立していきたいと思っています。

そして、それがきっと辛くて悩んでいる身近な人にとっても本当の自立になれることを信じて…

不久先生どうもありがとうございました!!









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