「宮城自然農園」ブログ  -GIAN'S ORGANIC FARM BLOG- 小笠原諸島・母島で自然農

小笠原諸島・母島で持続可能な暮らしを目指し百姓をしています。
その中で学んだことを紹介したいと思います♪

母島でカヌーを漕げるということ

2019年04月23日 | アウトリガーカヌー
■ハワイから母島に帰って来て一番先にやりたかったことは、カヌーを漕ぐことでした。
もうこれは理屈ではなく、ただの衝動です(笑)♪
言葉では説明できません。

母島カノー倶楽部で総会前にサンセット&ロングパドルで沖に行った時の1枚です。
あまりに美しい夕陽とベルーガの6人。
このOC6というカヌーの美しさは言葉に言い表せないほどです☆

日本で一番最初にハワイのアウトリガーカヌーが伝わったと言われる小笠原に住んでいて、
そのルーツであるハワイで目の当たりにしたもの凄い数のカヌーと練習。

ハワイの海岸部の日常の中には当たり前にカヌーがありました。

朝、夕とコナでは猛烈に練習していました。
長期滞在したヒロでは夕方は練習していましたね~

もちろん、技術も速さもべらぼうなのですが、
それ以上に日常におけるカヌーの当たり前の存在が僕は心底シビれていました(*^_^*)。

3月にオーシャンパドラーのデュークさんが母島に来島し、
島から島へカヌーで渡る素晴らしさ、意味を伝えてくれました。

そう、それは石器時代にも遡る、太平洋とカヌーの先祖の道を辿る旅路。
本当に感動した太平洋の民の目線でした。


そんな目線でハワイを見て帰ってきたら、
もうそこになんの説明もいりません(笑)。

カヌーは島そのものだったのです。

考えも想いも温度も違う人間が、
お互いの事を考え、調和を保って初めてきちんと前に進むカヌー。

それは島の暮らしと相まっているのです、
私達は母島という、小笠原という壮大なカヌーを漕いでいるのです。



■ハワイに行ってから、ますます僕のカヌー熱は勝手にうなぎ上りに上がっていっています♪
そこには長く滞在させてもらったニックさんの存在も大きなものです。

ハワイから帰って最初に読みたいと思って購入した3冊の本。

「ホクレア号」というハワイの伝統航海術を復活させ、
太平洋の民にアイデンティティを復活させた偉大なハワイアン、ナイノア・トンプソン。

その本の写真の多くを手掛けていたのが、
ハワイ島でお世話になったニック加藤さんなのです!

ニックさんの太平洋の島々に対する愛は計り知れませんでした♪

今はタヒチがとても気に入っていて、
ハワイで南洋踊りを披露する為に作った竹製のカカを「これはタヒチアンだ!」と何度も言っていました(*^_^*)

ニックさんいわく、タヒチは素朴でいい部分がとてもよく残っている天国のような場所だとか。
あまりに美しい写真を見せて頂きました☆
気になってしまいます(笑)!!



■母島に帰って来てからは、まさに怒涛のような日々を送っています。
年度初めであることもあります。

今は妻は内地、長女は父島なので、次女と二人暮らしというのも相乗効果を生んでいます(笑)。
本当に毎日が超忙しいです。

ですが、そんないっぱいいっぱいの僕に子供はオアシスをプレゼントしてくれます♪

寝顔なんてその最もたるものです。
1日の野良作業の疲れが吹き飛ぶほど可愛いものです♡

色んな用事が立て込んでいて、
時間がないな~簡単に昼食を済まそうという僕に彼女は訴えます。

「ねえ、せっかくだから外で食べようよ!!」
僕は時間がないから家で済ましたいけど、彼女のその気持ちも汲んであげたい。
週の半分以上は夜に用事があり、色々連れ回したり、人様のお宅にお願いしている状況です。

じゃあ、と思って外でのピクニックに踏み切ります☆

持って行くはカレー(頂き物☆)。

おサルな彼女は普通に木に登って食べます(笑)。


届けるのも一苦労(笑)。

でも、家で食べるのと違って、ほんと自然の中で食べるご飯は美味しいものをより美味しく、
そして美味しい以上のものを贈ってもらっている気がします。

せわしない心がふっとゆったりとなり、ホッとさせられます。
この選択をしたからこそ得られる母島ののんびりとした時間を感じる感覚。

子どもってすごいな~
せわしない忙しい心を一気に島の時間に変えてくれます。
大人より、人として大事なことを根本的に知っている気がします。

食後はあっという間に木の上へ(笑)。


■短い時間でしたが、帰り道に遊ぶのも忘れません。

大きなモモタマナの葉っぱを作ってお面を作りながら帰ります。

モモタマナは島で一番立派な葉っぱを作る木かな?(ポトスもパンノキもすごいけど)
いい感じの仕上がりです。

ふたりで大笑いしながら家路につきます。

いつの間にかせわしない気持ちは薄れ、ゆったりとした気持ちに戻っていました。

やらなければいけないことが目白押しに迫ってはいるのですが、
心を穏やかに過ごすことはいつも重要な気がします。

ハワイアンも島の人もどっしりと構えて、
心穏やかに過ごしている気がするのです。

僕は子ども達のお蔭でその部分に触れられた気がするのです(*^_^*)

きっとそれはカヌーで長距離漕ぐにも必要なエッセンスになる気がしてならないのです☆
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STAY GOLD!!(ハワイ旅行記③)

2019年04月18日 | 旅行記 ハワイ
■今回、ハワイ島という舞台で9日間一緒に過ごした仲間たち。
八丈島の高校生4人に父島の高校生、
そして母島出身の高校生(うちの長女)、
うちの奥さんと次女に
八丈高校の先生にカメラマン、そして主催のたろちゃん。

僕自身を入れて11名のメンバーと最後にお別れをする頃に降りてきた言葉が、
「STAY GOLD」でした。
僕の意訳では「輝きを大切に」なのです。

事前にスカイプで自己紹介していたものの、
初めて羽田空港で会った時のみんなの何とも言えない緊張感は忘れられません♪

一緒にハワイに渡り、
一緒にホテルで過ごしたり、
一緒にハワイの高校で島じまんをしたり、
一緒に野良作業をしたり、
一緒に料理をしたり、
一緒に野ブタを捕獲する罠を仕掛けて見事捕まえたり(笑)、
一緒に語り合ったり…

濃厚なハワイでの日々の中、
仲間達が日に日にどんどん輝きを増していって、
どんどん愛おしくなって、
最後にはみんな大好きになってしまったのです☆


■僕は今38歳。
この年になって母島の子ども以外で、
こんなにも高校生達と濃密に過ごした時間はなかったでしょう。

本当に貴重な時間を頂きました。
このご縁に感謝です!

色んな事をしながらも他愛もない話を色々しながらも、
僕なんかでは知りえなかった、
それぞれ色んな経験をしているみんなのドラマを感じました。

みんなが島という狭い社会の中で懸命にもがき、
頑張っている姿が目に浮かびました。

そりゃそうだ。

こんなに輝いているんだもの、
狭い島社会じゃ苦しい時もあるよね。


日本は特に同調圧力というものが強いと思うのです。

いわゆる単一的に同じ、みんなと違うものに反発する力が強いと感じる場面が多いと思います。

僕はそれが一致団結するときはいいと思うけど、
基本的にはとてもナンセンスな事だと思っています。

以前、結構目から鱗の記事がありました。
「鴻上尚史のほがらか人生相談~息苦しい『世間』を楽に生きる処方箋」
読んでみて下さい。
日本において、同調圧力というのは「国そのもの」である、からこそ手強い。というのです。

島みたいな狭い社会では出る杭は打たれる場面が多い。

これは僕の持論になりますが(笑)、
出過ぎた杭は打ちにくいものです!!

他人の意見なんか気にしないで、思いっきり自分を貫いていいと僕は思います。
狭い社会で理解を得られない場合も多いでしょう。
でも、世界はそうでない事をこのハワイのSHIPに参加して知れたのではないでしょうか?


■みんながあまりに愛しくて仕方がないので、エピソードは満載なのですが、
少しだけ紹介してみますね。


とても嬉しい言葉がありました。
僕が車を運転していた時、
「最近ずっと輝いてなかったけど、ハワイに来て輝きを思い出せた!」
と語った事。
これはとっても嬉しかったのです。

色んな家庭背景や島の事情、様々な要因でくすんでいたものもあったでしょう。
でも、
言葉の通じないハワイでも、どんどんみんなを笑いに包みこむそのセンス。
最高の宝物だと思いました。
超カッコいい!!

ハワイで過ごすうちにどんどん輝きを増していっていました♪
それを傍らで見れて、本当に嬉しかったです!!

バンブーカットの歌と踊りは永遠だ(笑)!!
↑意味は後日の野良作業編で明らかになります☆


■リーダーシップを発揮する存在。
うちの次女にもいつも面倒を見てくれて、優しく接してくれる大きな心。
料理もできて、本当に頼れる頼もしい存在です♪

いつも視野が広くて、落ち着きのある人を安心させる人柄。

そして芸能発表の舞台で魅せる八丈ショメ節の歌と舞いの美しさ、
密かに茶道まで学んでいる教養の深さ、
とっても輝く存在♡ 

最後に島寿司の超辛子味の大当たりを当てた時の素敵な顔は忘れられません(笑)。
本当にありがとう☆


■いつも表情がとても豊かで愛らしい。
その豊かな表情は多くの深い感受性を持っているんだろうな。
よく笑い、よく泣き、よく喋り、よく寝てる(笑)♪

先祖の事もとても大切にしていて、優しい人柄が滲み出ていました。
そして素直さという、素晴らしい武器を持ち合わせていました。

いっぱい悩みながらも、きっと持ち前の感受性の豊かさで人を幸せにできると確信しました(*^_^*)
僕自身も沢山幸せを頂きました!
ハワイで気付いた学びを胸に、自分の感性を信じて突き進んでほしい存在です☆


■出逢った時から只者ではないことは感じていましたが、
まさか超柔軟なストレッチしたまま寝てしまう凄腕だとは気付きませんでした(笑)。

何事も完璧にこなすセンスを持っている存在。
スポーツも料理も裁縫もしっかりと身に付けていて、そこも只者じゃありません。
視野の深さは高校生のそれではないほどです。

だからこそ、バッテリーが切れてしまったり、
ちょっとした時に見せる天然さがたまらなく愛おしく思えました。

物事はそんなに完璧を求めなくても大丈夫。
でも、そうしたいなら全然すればいいと思う。

ただ、楽しめない時は要注意。
もっともっと緩める強さがあってもいい気がしました☆

冷めて見えるのに一番熱い青き炎、そんな存在です☆
本気モードの大きなサングラスが忘れられませんっ!


■そして僕がこのSHIPに参加するときに、
直感的に「このSHIPに参加すべき人が島にいる!」と直感的に思って、連絡した存在。
締め切りを大幅に過ぎていたのに(笑)親もたろちゃんもハワイ行きを受け入れてもらえ、GOサインを出してもらいました。

いざハワイに来てみれば、見事という言葉では収まらないほどライフスキルの塊を発揮。
火おこしに伐採、料理にカヌーにフラ、郷土芸能、優しさに心遣い。

勝手に誘ってしまった僕としては、
同年代同士でとても楽しそうに過ごしている姿がとても輝いていて嬉しかった。

伐採した竹で笛すらも作ってしまう手先の器用さは感激しました。
学校の勉強なんかよりも、生きて行く強さを感じさせる、そんな存在。


■最後に、うちの娘たち。
まずは長女さん。
こればっかりは親なので色々斜めに見てしまいますが(笑)、あなたはハワイでもキラキラ輝いておりました(*^_^*)。
抜群の英語力はもちろんですが、やっぱりその素直さと優しさは大事な宝物だね。

学校の勉強よりも大事なものをちゃんと持っていると確信しました。

ハワイから小笠原に戻っても、親的にはツッコミどころ満載ですが、実はそんなに心配していません(*^_^*)
人として大事なものを君は持っているのだから☆

次女さん。
さすがにフィールド馴れしているせいか、あまり心配することなく、みんなと楽しく過ごせていたね。
高校生の中に一人だけ存在した小学生だけど、
みんなに可愛がってもらいながらも、いいエッセンスになっていたと思います。
一時は迷子にもなったけど(笑)、よく頑張ったよ!! 


■最後に一緒に関わった大人たち。
みんなもハワイで日々どんどん研ぎ澄まされて輝いていっていました!

やっぱり大人ですから、最初はネコを被っているものですね(笑)。
どんどん生々しく、魅力的になっていきました!

それだけ共に過ごす仲間が素晴らしく、
出逢えた人々が最高だったのでしょうね!


■輝きに充ち溢れる魂。
きっと島などの狭い社会ではマイノリティ(少数派)であろうと思います。
ハワイで色んな本質や理解に目覚めたとしても、
現実に戻って、また同じ悪循環の渦に巻き込まれることもあるでしょう。

でも、これだけは確かにみんなの胸の中に残っている。
みんな“輝くものを確かに持っている”ということを。

そして忘れないでほしい、
この世界は信頼できる仲間がいて、とても素晴らしいってことを。


今回の記事はSHIPで出逢った素晴らしい仲間について書いていたら、
次第に手紙風になってしまいました(笑)。

せっかくなのでそのまま掲載します(*^_^*)
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SHIPというプログラムに参加して (ハワイ旅行記②)

2019年04月16日 | 旅行記 ハワイ
■今回のハワイ旅行はSHIPというアイランド・コミュニケーションプログラムに参加する形で行ってきました。

SHIPとは、、、

S sharing
H heart
I Islander
P program
の略。

SHIPはSHIP実行委員会が主催する民間のプログラム。
前身が「Hawai'i - Hachijo Leadership program」

行政が主体でない所が大きなポイントです♪

アイランダーとしてハワイに行き、
様々な体験を通して、高校生を含む参加者達が、
自分の暮らす地域の事を本気で考え自らアクションを起こしていく、そんな意識を育てる意図があるそうです。

今回参加してみて、
島という独自の場所が持つ特性を背景に持つ若者たちが、
ハワイという一度は失いかけたアイデンティティを取り戻した島に行く事、
現地でアイランダー同士が交流し、
自分たちのアイデンティティをより深く考え、
自分の住む島、人生に還元していける機会になったと思います。


■この素晴らしいSHIPに参加するに当たり、主催のたろちゃんや八丈、父島の高校生たちと事前にスカイプなどを使って、
事前交流、事前学習を行ってきました。

よく島は「日本の縮図である」と言われます。
自給率やエネルギーゴミ問題、少子高齢化など、色んな場面でそう感じます。

日本では大き過ぎて見えない事も、
島を通して見えてくる事があるのです。

小笠原は日本の島の中でも数少ない少子高齢化が問題化していない貴重な地域なのですが、
他の東京の島は違います。

島の子ども達は進学後は外に行き、島に帰ってくるケースは少ないのです。(仕事がないように見える事も事実)
結果、過疎化が深刻な問題となっています。

島はその特殊性(交通の不便さや面積の狭さ)によって人口減少が顕著に表れているようです。
結果、島の独自な産業や、文化なども急速に失われていくという悪循環が起こっている現状があります。

SHIPはハワイの島の問題にも触れて、
小笠原と八丈島も交流し、
最終的には日本の抱える問題を考え、活動して行く狙いがあります。


■SHIPが訪問する先をハワイに選んでいるのも理由があります。

以下はSHIPのHPからの引用です。
【ハワイ王国であったハワイは、1820年に西洋諸国の進出によって文化や伝統を全て奪われるという歴史を経験しています。
ネイティヴ言語であるハワイ語の使用は禁止され、伝統文化であるフラなども踊ることを禁止されました。

しかし現在、1970年代にハワイ語の取り戻し教育が始まり、伝統文化は息を吹き返しています。
フラはハワイ本土だけでなく、日本でほとんどの人が知るほど浸透していますし、ハワイ語で教育する学校(ハワイ島ナーヴァヒー校のような)はハワイ全群に及んでいます。

世界に29語ある絶滅危惧語の中でハワイ語は確実に次世代へと繫がりを見せています。
このハワイの『ハワイの失ったものを自分たちの手で取り戻している最中』という、たくましい歴史と経験から私たちは多くの事を学べるのではないかと考えました。
そして同じ島同士連携し交流する事でさらなる発展が望めるのではないかと思っています。】


2018年まではハワイのオアフ島で4年間SHIPの活動を行ってきていたようですが、
よりディープに深く関わり、学ぶために今年度からは舞台をハワイ島に変えて、
色んなご縁から小笠原の両島から高校生が参加できる事になったのです(*^_^*)

僕はこの出逢いは必然だったと確信しています♪


■島に暮らしていると公務員の転勤に多大なロスを感じる事があります。
せっかく友好な人間関係、信頼関係を築くのですが、
公務員の転勤制度の影響で
約3年くらいでどんどん入れ替わっていってしまうのです。

これは地域との癒着を防ぐ意味合いがあるようですが、
様々な弊害も含んでいます。

SHIPが民間主体であるのは、この部分に重きを置いているからです。

官のシステム(転勤、配属)とは左右される事なく
継続的に子供達をサポートする事が出来るのです。


■今回のハワイへの旅の大きな目的は、自分のクレアナに目覚める事だったと思います。
クレアナとはハワイ語で責任、役割、権利を意味します。

ハワイアンは自身のクレアナを意識していて、
自分が今どの立ち位置において、何をすべきかを常にフォーカスしていると感じました。

僕自身にとってのクレアナは何か?
いつも朧げに感じていたものを今回の旅で痛烈に意識させられました。

僕にとってのこの旅のクレアナは何だったのでしょうか?

高校生に比べて少しは長く生きているので、
その経験を活かして助言したり、手伝ったり、時にはでしゃばったり…(笑)。

持続可能という視点で常に島で生活していることもあり、
少しはみんなの力にはなれたのではないか?と思います。

と同時に、参加した高校生はもちろん、関わる大人たちにも沢山の学びをギフトとして頂きました。


■ハワイにはアフプアアという考えがあるそうです。

それは単位土地区分の方法だけではなく、
住む人がお互いに分かち合い、支え合うライフスタイルとの事。

山から海へと広がる地形。
山の源流から続き、海に流れる川を中心とした大きな三角州のようなエリアを視野に入れて考えます。

そこに住む人はそこに自生するものは何でも利用することができるそうです。
しかし、他の地域のアフプアアの人は、
そこに住む人に頼まなければ何一つ取ることは許されなかったというのです。

世界の先住民同様ですが、ハワイアンにも本来、土地を所有する概念がないそうです。

あくまで土地は所有ではなく、管理するもの。
7世代先のことを考えて自分の住むアフプアアに深い絆を感じて暮らすということ。

そして土地は故郷、アイナと呼びぶそうです。

アイナとはお腹を満たすこと。
食べさせてくれる、栄養を与えてくれるのが故郷アイナ。

家族はそのアイナを大切にする責任があり、誰もが自分の役割の責任を理解し、
自分がグループの中でどんな役に立てるのかがはっきりしていたので物事はうまく行くとのこと。

人の責任、クレアナとはみんなのためにアフプアアの暮らしに貢献することに他なりません。
自分のクレアナが何であるかを理解し、お互いに協力し分かち合うシステムがアフプアアなのです。

今回のSHIPもお互いのルーツでもあるアイランダー同士を源流と見立て、
そこに関わる歴史、文化、生活をお互いに講習し、学び合い、
次世代という大きな大海原に繋げる、そんなアフプアアなプログラムがSHIPのような気がするのです。

僕にとっては今回の学びをこうして発信していくのも重要なクレアナのひとつと思っています。
毎度、長くなってしまいますが(笑)、どうぞお付き合いください☆

今回、こうして多くの学ぶきっかけを与えてくれたSHIP、そしてそれに関わる皆様に深く感謝しますm(__)m


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2週間ぶりの畑。自然は最高に逞しい☆

2019年04月11日 | 母島 農 日記
■今回の戻りのおが丸で素敵な企画を発見しました♪
小笠原海運の創業50周年を記念した、とっても楽しいスタンプラリー(100円)をコンプリートすると超小さいナノブロックのおが丸が貰えるのです!!

僕は今の所まだですが、老眼ではきついであろう超細かいブロックの数々。

しかし、船で退屈している子どもにとっては最高のおもちゃとなりました♡

しかし、スタンプラリー付属の問題が子供じゃ解けないほど長ムズいのです(笑)。
歴代おが丸のフィンスタビライザーの有無や、
ノットとkm/hの計算など超難易度高いです(*^_^*)。

船に乗っている島歴の長い友人知人の智慧もお借りして見事コンプリート!!

結構良くできていました♪
次女も大喜び!!

おが丸に乗る皆様、大人も含めてぜひぜひお試しあれ!!


■さてさて、2週間も空けていた我が畑。
ヤギと鶏のお世話は
島の友人が快く引き受けてくれました!
本当に感謝感謝です!!

春先には烏骨鶏たちも沢山卵を産んでくれます。

幾つかはひよこに孵そうと思いますが、基本は食べます。

有難い恵みです♡


■一番の気がかりは、ハワイ行き出発の2日前に蒔いて行った母島ローゼルと島オクラの発芽状況でした。

母島ローゼルは見事に育っていました。
このタイミングを逃すと梅雨に入り、マイマイの被害が甚大となるので、この乾燥した時期にある程度まで大きくするのが無農薬のコツとも言えます。
渇水が深刻な小笠原ですが、乾いている時期も重要なのです。
生息する虫もとても偏っているので、色んな駆け引きが必要になります。


発芽率のいい箇所はいくつもの元気なローゼルが育ってくれていました。
この芽は最終的には間引きして1本立ちにしてしまうのですが、
あの小さな種から大きな双葉が出てきて、スクスクと育つ姿にいつも感動します♪


記録的な渇水の今季の小笠原。
ハワイに行く前に、洗剤を使わない自宅の洗濯排水を運搬し、種を蒔いた箇所にその水を撒きました。

春の作付けの一番シビアなタイミングで留守にしてしまったので、
とても気が気じゃなかったのですが、こうして半数以上が直播で無事に育ってくれているのを確認できてホッとしています♪

直播きのローゼルはポット育苗と違い、台風の強風にも抜群の粘りで耐えてくれるので、可能な限り直播きで栽培しています。
これからはうちなーローゼル、ルビーローゼル、レッドやパープルローゼルも蒔いていきます。



こちらは島オクラ。(古い方はネリと呼びます)
自家採取を行うと驚くほど発芽率がいいことに驚きます。
今期もよろしく頼んだよ、オクラちゃん。


■3月出発時にはあまり見かけなかった野菜の花たちが見事に畑を彩っていました♡

これはキク科のサニーレタスの花。

大葉春菊の花。

可憐ですね~

中には黄色だけの花もありました。


パクチーことコリアンダーも見事に満開となっていました。

葉っぱで利用するタイミングを逃してしまったので、今期はしっかりコリアンダーシードを収穫したいと思っています。

アブラナ科のボス、大根の花です。

花の傍らには沢山の種が成っていました。

この種が茶色く成熟したころにいつもオガサワラカワラヒワの襲来にあって全滅することがあります。

しかし、そのオガサワラカラワヒワ、近年では小笠原で一番絶滅が心配されている鳥類になっています。
バジルや大根の種も好きなので、密かにカワラヒワ待ちするのも悪くないなと思っています。


■トマトたちも見事に成っていました。

これは加工用のサンマルツァーノ。

中玉トマトもそこそこ。


今年はミニトマトのぷちぷよも絶好調です☆

トマトは出荷するほどは作っていないのですが、
やはり赤い作物は畑で映えますね☆

人間の都合で留守にしていたにも関わらず、作物達はとても逞しく自然の力でスクスクと育っていました。

やはり自然の力は偉大です。
感謝の気持ちでいっぱいです(*^_^*)

今回船で一緒だったアメリカ大陸の有名な何千キロのトレイルを歩く友人が言っていた言葉がとても興味がわきました。
「人間は色んな装備を整えないと自然の中を何千キロも歩けない。
 でも野生動物は体一つで悠々と大自然の中を生きている。
 本当にすごいことだと思う。」

人は近年、便利になるにつれて多くの力を失っていっています。

今回、ハワイに行っても、日本の田舎でも思いますが、
先人たちの卓越した能力、叡智をなんとか引き継いでいかねばならないと強く思いました。
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アイランダーのルーツを感じる旅 (ハワイ旅行記①)

2019年04月10日 | 旅行記 ハワイ
■ご無沙汰しておりました。
長女の巣立ちと共になんと家族でハワイに行っていました(笑)。

詳しい経緯と背景は後日報告するとして(笑)、
とりあえず、10日間ハワイ島で沢山の学びを得る機会に恵まれました♪

今回はなんと学生以来の団体旅行、しかも八丈島、父島、母島のアイランダーのみの高校生メインのメンバーという面白すぎる組み合わせでした(*^_^*)

ハワイ王国の最初の統一国王でもあるカメハメハも、こんな未来が来ることを予想できたでしょうか?

この貴重な機会を与えてくれた皆さんに感謝の気持ちでいっぱいです(*^_^*)


■今日、2週間ぶりに母島に帰って来ました。
母島に向かう船の上ではザトウクジラが沢山集まって激しく交尾行動(メイティングポッド)を魅せたり、
クロアシアホウドリ、オナガミズナギドリ、カツオドリが優雅に舞っていました。
あらためて、小笠原の自然の雄大さに感激しました♡

しかし、その何よりも島の潮風と湿気、温度に
「ああ、帰ってきたな…」
という心地良い感触がありました(*^_^*)

やはり、僕のホームは大好きな母島なのです♪

長女はそのまま進学のために父島で降りて、父島の高校へ☆
しかし、ホームの母島で不思議なことが発生しました((+_+)) 
島に帰ってきたのに、島のみんなが「アロウハ!」と挨拶してくるのです。
それには次女と大笑い(笑)。
みんな最高♪
やっぱり島はいいもんです☆



■今回、家族全員初のハワイでした。
しかも有名なワイキキビーチのあるオアフ島ではなく、ハワイ島のみ。

日本人がハワイと聞いて思い描く南国の楽園でのバカンスのイメージ。
ワイキキビーチにトロピカルドリンク…
そんな観光は微塵もしていません(笑)。

遡って考えても、一般の観光とは程遠く、やったことは現地の高校生との交流、
明治時代からハワイの基礎を築いている日系ハワイ人との交流、
そして、ハワイの先住民との交流。
やった作業はタロイモなどの伝統料理に野良作業。

相変わらず普通ではない最高の学びの連続でした。
こんなに贅沢な旅はありません♪

しかも、今回は私達家族だけでなく、父島や八丈の高校生と一緒です。
子ども達の輝かしい感性やセンスに毎日圧倒される日々♪

なんとういう贅沢な時間だったのでしょう…

そして、それらは母島に戻って即座に実践できるエッセンスを多分に含んでいたのです♡
ほんと感謝の気持ちでいっぱいです。
これから頑張るぞ~!



■長女にとっても自分と同じ世代の島の高校生と関わるのはとても重要だったと思います。

みんなそれぞれ、本当に輝くものを持っているのです!
一緒に過ごしてみて、それがひしひしと伝わりました。

彼らが
狭い島の社会で、
狭い人間関係で、
悩み、もがきながらも、
確実に輝く素晴らしい原石を持っていることが確信できたのが今回の一番の収穫だった気がします。

思えばハワイから伝わったアウトリガーカヌーとフラが存在する小笠原と八丈。
そのルーツを辿ると、自然と太平洋の島々に目線が映ります。

それはアメリカを中心とした世界地図ではなく、太平洋のミクロネシア、ポリネシアを中心とした地図なのです。
日本の島々は、ただの極東の島ではなくヤポネシアとして太平洋の島の重要なファクターとして存在するのです。

そしてそのハワイアンのルーツにこのヤポネシアが関係してくるというのです。

僕は今回、ハワイの高校で南洋踊りを披露する機会に恵まれたのですが、
その時に意識したのが太平洋の島々に伝わる行進踊りでした。

いつも小笠原の島で踊るときに使うカカ。
今回は持って行くわけにもいかないので、現地のゴールデンバンブーを使って即席でカカを作りました☆

これが意外といい音で鳴ってくれました♪
お世話になったハワイ・ヒロに住むニック加藤さんは「完全にタヒチだなぁ~」と感激していました☆

妻がそのカカを叩き、父島の高校生と母島の高校生とうちの家族がハワイで南洋踊りをする。

その行為自体が、お互い同じルーツを持つ太平洋の島々のモンゴリアンとしてとてもセンセーショナルでした。
そして、とても盛り上がって嬉しかったです♪


■とにかく、帰って来てからは怒涛の様に溜まった仕事、
春の作付けに追われているのでまったく暇はないのですが(笑)、
普通の観光では得られないとても充実したハワイ滞在となりました。

なんとまだバリもカナダも連載は終わっていない状況ですが(笑)、
なるべく熱が冷めないうちに報告していければと思います。

お楽しみに♡



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母島の中学生たちの卒業式

2019年03月22日 | 母島 暮らし 子供
■先日、母島小中学校の卒業式が無事に終わりました♪

母島には高校が無く、島の子ども達は中学を卒業すると島を離れていきます。

そんな大きな節目の朝。
長女を含む、3人の女子しかいない中3は朝から袴の着付けで大忙しでした。

島のレジェンドから衣装をお借りして、着付けまでして頂きました。
本当に感謝の気持ちでいっぱいです(*^_^*)

無事に着付けを終えて、学校へ向かう3人。
みんな、とっても綺麗♡

この当たり前の道を歩くことが、こうも意味合いが変わる1日です。

卒業後はそれぞれみんな違う道を進んでいきます。

僕が中3の頃は卒業したら家を出るなんて考えすらまだありませんでした。

当たり前に親と暮らし、当たり前に近くの高校に通っていました。
巣立ちなんて何も考えずに、楽しく暮らしていました。
しかし、母島の子ども達は当たり前に巣立つことが分かって育ちます。
これは同じ小笠原でも高校がある父島とは違う感覚な気がします。


頭飾りは長女自身が卒業式の朝早くに集めてきたオガサワラクチナシの花とシダ。
とっても島らしいですね♪


■自分の子どもの卒業でなくとも、毎年多くの島民が出席する母島の卒業式。

それもそのはず、自分の子どもだけでなく、すべての子どもの成長を支え見守る島だからです♪

式の終盤、子供たちの言葉と歌には毎回泣かされます。

母島は子どもの人数が少ないので、ひとりひとりが言葉も多く、それだけに多くの人の心を打つのです。

いつもは人の子どもの卒業を見守り、感激して帰るのですが、
今回は自分の娘の卒業。
全然気持ちが違っていました。

みんなが語るのはとにかく感謝です。

先生に、兄弟に、地域に、そして親に…

子ども達も感極まって涙を浮かべながら壇上で語ります。

もう充分すぎるほどのギフトでした☆

本当にありがとうございました!!


学校の体育館の後ろには卒業制作が並んでいます。

最近恒例となった島の案内看板作り。
今回は小剣先山を案内する看板を島のアカギで作っています。


小学生は見事なパネルアート。

子ども達すごいなぁ~とひたすら感心していました。


■中庭には沢山の祝電が届いていました。

中学校でお世話になって離任された方々はもちろん、
以前小学校の担任をしてくれた先生や、
お世話になった方々からのお祝いの言葉が沢山届いていました。
嬉しい言葉ばかりでした♪
ありがとうございます!


教室の黒板には中2のメンバーが書いてくれた見事なお祝いのメッセージ♪

そんな教室で最後の学活です。


先生の愛のある言葉にまたまた涙ぐむ長女。

本当にお世話になりました!
いい仲間と先生に恵まれたね♪

最後に中庭の花のトンネルを抜けてエンドロール。

長いようで短い式がこれで終わりました。

嬉しいような、寂しいような不思議な気持ちです。
本人はどんな気持ちなんでしょうね(*^_^*)


■式を終えて、元来た道をもどる卒業生。

無事に式を終える事が出来て、心底ほっとしていると思います。

帰りの足取りはより軽いですね☆

素晴らしくいい天気に恵まれた卒業式。
長女はそのまま前浜に行き、母島と海にも卒業を報告!?

多くの人に支えられて、こうして無事にこの日を迎える事が出来ました。

本当にありがとうございました!!

そしてこれから巣立つ子供達。
これからがよりいろんな経験が出来る外の世界です。

もちろん楽しいことばかりじゃない。
悲しいこと、辛いこともあるでしょう。

でも自分の人生に自分で責任を持てる年齢に近づいてきました。
責任を持つ代わりに、自由というものも獲得して行くのです。

これからの時代を生きる子供たちの将来が楽しみで仕方ありません☆

卒業式の夜は保護者が主催しての謝恩会。
先生も保護者もみんなで感謝し合いながら語り合います。

今年度赴任した先生も母島の卒業式を見て、「これは他では味わえない式でした」と言っていました。
ホントそうだと思います。

先生方もこの卒業式を無事に終えれて心底ホッとしたとの事。
この日に向けて本当に頑張って関わってくれていたのが伺えます。
本当に感謝感謝です!


フラが好きな中3女子。
謝恩会でも感謝を込めてお別れフラを披露してくれました(*^_^*)


■そして式を終えて数日したら、同級生の巣立ちでした。

母島で小さなころから一緒に育った仲間の見送り。

いつも見送る側として号泣する長女も、今回は自分が巣立つ番なのでまた違った感覚だったのでしょう。
朝からティーリーフを編んで、花を集めて精一杯の冠(ハク)を贈っていました。


多くの島民に見送られながら出港です。
この日はとても海況が悪く、見送り船も厳しい状態でした。(湾を出たら船は船首が海に突っ込んでいました!!)

そんな中、長女は島を離れて巣立つ同級生家族に見送りダイブ!!

そんな長女も次の出港で見送られる側になります。

この年齢で巣立つのってどんな気持ちなんだろうか?
10年経って、また聞いてみたいものです☆


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駄菓子屋ロック、母島に現る!!

2019年03月16日 | 音楽
■先日、38歳になりました。
FBを通じてお祝いの言葉を沢山頂きました。

島でも通りすがり、子どもまでもがお祝いの言葉をくれてとても嬉しかったです♪
どうもありがとうございました☆

特にこの春母島を巣立つ長女からの写真と言葉は、親として本当に嬉しいものでした。

明日はついに卒業式です(*^_^*)

気付けば38歳…。
19歳で初めて小笠原を訪問し、21歳から住んでいます。
もう17年も経つんですね~

僕が中学生の時、父が39歳で他界しました。
当時、親はもう離婚していて別に暮らしていて、発見した時は死後1週間は経過していて、
子どもの僕は火葬場で骨を拾うまで父を見ることはありませんでした。
死因は心不全ではないかということでした。

思えば丁度その頃にXに出逢い、ロックに没頭し始めた時期です。
ステージで雑誌のインタビューで語る彼らの哲学や信念は、
思春期真っ盛りの僕には響きまくりでした。

当時13歳の頃の僕にとっては父が亡くなった39歳という年齢はもう初老に近いイメージでしたが、
自分がその歳に近づくと、あまりに若い最後だったのだなと思えます。

自分に残された時間が父と同じあと1年だとしたら、自分はどう生きるか?
そんな事を考えさせられる日々です。


■さてさて、表題の駄菓子屋ロック
僕は知らなかった2人にひょんなことから出逢うことになりました。

村民会館に約100名近くの子どもと大人が集まり大盛況で終わった駄菓子屋のライヴ。
僕自身、心底感動することになった駄菓子屋ロック。

実はこのライヴが決まったのは、前日の夕方でした(笑)。
あまりにタイト過ぎますね~!!

入港日。
僕がたまたま仕事帰りに学校の玄関に立ち寄ると、学校の玄関に数名の見慣れない大人。

島の知人が相談をもちかけてきました。
今回、MVを撮影する為に1航海(3泊滞在)で母島に来ているのだが、
学校との調整がうまくできず、どうかライヴする場所がないだろうかという相談でした。

卒業式直前なので学校が断るのも当然です。
僕も最初は無理としか思っていませんでした。
オファーがギリギリ過ぎるし無理がある時期。
しかも雨模様。

しかし、彼らの子どもたちに向けてパフォーマンスをやりたいという熱意、
やるからには絶対盛り上げる自信があるという言葉。

その二つに僕の心は動き、なんとかできないかと動くことにしました。

夕方の会議を終えて、このライヴの話を打診されて、妻を含め色々模索しました。
入港日なのでいつもやっている郵便・宅急便の配達までの合間に色々手配します。

・いつも島の音楽機材関係のBさんは上京中で不在(機材は頼れない)。
・卒業式直前シーズンで連日送別会の嵐。
・子供向けだが、その保護者にも訴えたい思いがある。
・しかも滞在がど平日。
・駄菓子屋ロックは絵かき歌や盆踊り、お菓子の雨でパフォーマンスには自信がある。

色々考えに考えて出た結論が、
村民会館で保育園のお迎えの時間と絡めてパフォーマンスをする、でした(我ながら超名案!)。

その段階で僕は夜の10時過ぎまで仕事と打ち合わせで予定があり、
バンドのマネージャーさんに広報素材の準備をお願いしました。

そこで生まれたのがこちら。

会った翌日の23時間にライヴするという超強引なスケジュール。

しかし、夕方の園庭&村民会館は子供とお母さんが1時間くらい子供を遊ばせたり井戸端会議を絶対にしている時間。
きっと大丈夫と信じて施設利用や延長保育の子どもたちの参加など色々と光の速さで(笑)手配を進めました。

夜に詳細とフライヤーが仕上がり、LINEやFacebookを駆使して島のみんなに拡散しました。
保護者、友人のみんなもとても協力してくれて、あっという間に呼びかけることができました☆
ほんとにほんとにみんな、ありがとう(*^_^*)

■そして迎えた当日はあいにくの雨模様。
MV撮影はなかなかできず、翌日の晴れ予報に期待して日中はロケハンをしていたようです。

そして迎えた駄菓子屋ロックのライヴ。
多くの人の応援と協力、そして駄菓子屋ロックの熱意のお蔭で大盛況に終わりました!!

なんと100人近くの島の人が集まり、大盛り上がりでした。

ふたりのパフォーマンスが凄すぎました!
歌って、踊って、絵を書いて、お菓子の雨…
駄菓子屋ロックのプロ意識をひしひしと感じました。

機材的にも僕が用意できる限りのものだったので、
なんと生声でのパフォーマンス。
開場は天井が高いので反響がすごい場所。

実際、言葉は聞き取りにくかったのですが、彼らのソリッドなエネルギーはビンビンと伝わってきました!
これは逆に生声だったから良かった部分もあった気がするのです☆

別のライヴでの動画です。
絵描き歌〜春夏編〜in浜松餃子まつり2018



■僕がとても印象的だった部分は、今回母島でMV撮影する目的の曲でした。
大盛り上がりの会場のみんなを一度座らせて、聴かせる1曲。

自分たちのおじいいちゃんやおばあちゃんたちが巻き込まれてきた戦争。
この母島にも戦跡が今なお残り、未だ帰島がかなわない激戦の地・硫黄島。

そんな戦争の武器でもある鉄砲。
それを水鉄砲に持ち替えて、戦争の悲惨さ、愚かさというものを知った上で、
これからは戦うでなく、遊びに変えていこうという歌でした。

彼らの伝えたいことは、お菓子に喜ぶ世代の子供達にはテーマがシビアで難しく、そのままは伝わらないでしょう。

でも、大人が一生懸命伝えたいことがあって、それを一生懸命にパフォーマンスするその姿勢、熱意はダイレクトに伝わったと思うのです。

それを子供たちの中に種として残り、いつか花が咲くきっかけになれば、そんな気がしてきました。

僕はこの曲のMVが3月末には完成し、配信されるというのでとても楽しみにしています!

この曲の後は見事に盛り上がるライヴに戻り、見事に40分ちょいのステージが終わりました♪

後日談ですが、このライヴで聴いた小学2年生の子が、水鉄砲の曲が気に入りYoutubeで検索したと聞きました。
この時点でまだ配信されていないので、見ることはできなかったのですが、その子供の動きに感動してしまいました。


■この日のパフォーマンスに感激した僕は夜にメンバーと色々お話する機会に恵まれました。

お絵かき&お菓子の雨、歌とギターを担当する谷口 齋隆(通称・としさん)は2年前に母島に来る機会があった方でした。
見事な刺青もそうですが、
横山健ばりにギリギリまでストラップを下げたグレッチをかき鳴らしてのパフォーマンスは圧巻でした。

グレッチも僕が大好きなブランキー・ジェット・シティの影響だと聞いて、嬉しかったです♪


川村いさみさんはソウルフルな歌とギター担当、時にはオケを流して踊りまでするパフォーマー。
彼の熱意のこもった歌は、多くの島の人の心に響いていたと思います。

僕が中学で一番最初にコピーしたマッドカプセルマーケッツなど、色々と共通の世代ばりのロックな話もできて楽しかったです☆

印象的だったのが、ライヴが始まって盛り上がってきている中、
マネージャーさんの「ねっ!いいでしょ♡」という最高に可愛い笑顔が忘れられません。
本当に愛の伝わるサポート振りでした!
駄菓子屋ロックだけでなく、シングルファミリーを支える活動をしていて、とても素晴らしい方でした!

メンバーは当初、
今回は戦跡などでMVを撮ることはできても、何も島に贈れないもどかしさに苦しんでいました。

そこを少しお手伝いすることで、島で子供達、保護者に訴える場面を作れたことにとても喜んでもらえました。
僕自身、このライヴに関われて本当に良かったです♪


■島の子どもたちの心を鷲掴みにした罪深き駄菓子屋ロック。
滞在中にようやく初めて晴れのコンディション。

僕は別の仕事で勤しみながら、いい絵が撮れてるかな~と考えていました。
抜群にいい絵が撮れたみたいです!

またまたぎりぎりの告知で園庭で夕方水鉄砲合戦をするという展開に。

毎日ダムの貯水率の放送が流れる中だったので、みんなには前日にあれだけ降った雨水を用意してほしいと訴えました。


僕自身は島のSDGs(持続可能な開発目標)についての打ち合わせがあり、直接は行けなかったのですが、みんなびっしょりになって最高の時間になったようでした♪

子どもたちも服をびっしょりにして思いっきり水鉄砲する機会はなかなかありません(笑)。
前の日にすんごいパフォーマンスを見せてくれた二人と水鉄砲合戦をするということで、
多くの子どもたちがマイ水鉄砲を持って集まっていました♡

戦争なんかじゃない、新しい銃のあり方ですね!!

■そして滞在最後の出港日、皆とのすぐ横で川村いさみさんがお礼の弾き語りをすることに。

観光協会の了承も得て、いさみさんの歌に聞惚れました。

平日の出港日なので、昨日あんなに集まった子供達や保護者も学校や保育園仕事の時間。
保育園前の子どもたちと保護者が来てくれて、まったりと聴く様子がなんだか良かったです☆



大きなクジラのモニュメントの上から聞く子供もいたり。


僕個人的には東京の固定種を応援する曲を披露してくれてとても嬉しかったです♪

動画もあります☆


最後はとしさんも登場して駄菓子屋ロックでパフォーマンス。

いい天気の中、華がじゅまるの木陰で聴く景色はとってもピースフル。
歌もそんな保護者に向けたセットリスト。

怒涛の様な日々の中に、
怒涛の様に舞い込んできた(笑)駄菓子屋ロックのみなさん、本当にありがとうございました!

僕がこの貴重な機会に学んだことは、やっぱり人って熱意が大事で、僕はそれが大好きなんだということに再確認させられました。

お礼に見送りダイブ!!
やっぱり海はすんごく気持ちがいい♪

3月下旬に配信されるという母島で撮影したMVの配信が楽しみです!

3/21 追記 そのMVが完成しました↓
【MV】駄菓子屋ROCK「みずでっぽう 〜命のバトン〜」

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長女受検の春

2019年03月08日 | 母島 日常 日記
■「ああ~~!きっもちいい~~♡」

高校受験を終え、大きな節目を乗り越えた長女。
ははじま丸で見送りダイブを敢行した直後の1枚です。

長女の卒業まであと10日を切りました。
母島を巣立つまであと1か月もありません。

いよいよ彼女にとって外の世界へ羽ばたくのが目の前に来ているのです。
本人も外の世界に飛び出したくてウズウズしています(笑)。
まさに時期が来たというのでしょうね♪
大きな乳房山の麓でこんな海に飛び込む生活をどんな目線で見ているのでしょうか。

現在の母島では都立高校であれば母島で受験することができます(20年前はそうじゃなかったらしいです)。
合格発表は3/1に学校の玄関に張り出されます。

授業を終えて、恐る恐る発表を見に来る長女。
無事、自分の受験番号があり、小学生や中学生、お世話になった教員の皆さんに「おめでと~~!」と祝ってもらっていました♪

おめでとう!

凪穂の同級生たちもそれぞれ進路が決まり、受験をやり切った達成感と解放感でいっぱいのようです(*^_^*)

合格発表の日の夕方、島のいつもお世話になっている漁師かあちゃんがおっきなカンパチを持ってきてくれました♪

もう愛しか感じませんっ♡

自分の頃を思い浮かべると、全然違う環境と感覚だったなと思うのです。

少なくとも中学卒業と同時に家を巣立つ状態ではなかったのですから。

僕自身は仙台の一般の公立工業高校を推薦で受験し、不合格となりました。
その後、同じ高校に普通に受検したのですが、受験中に突然、不思議な感覚に包まれました。

“このままみんなと同じ制服を着て、このままこの学校に通いたくない!!”
という不思議な衝動でした。

僕は迷いに迷った挙句、その衝動を優先し、答案用紙を白紙で提出したのです。
なので、合格発表ですら見に行きませんでした。

そして、その後先生や親にも相談し、昼間は働き、夜間の定時制の工業高校(4年間)に通うことになりました。
その高校では多年齢どころか、大人ですら一緒に通う状況で、
後の人生に影響する素晴らしい恩師にも出会え、とても充実した高校生活でした♪

他の同級生とは全然違う道を選んだのですが、
僕はこの時の選択が間違っていなかったと今でも思うのです。


6年後、次女も受検や巣立ちを迎えます。
そんな姉をどんな眼差しで見て、感じているのでしょうね。

■そんなお別れの母島の春。
色んな場面で送別会が目白押しです。

子ども会でもみんなでカレーを作って、フラをしてお別れしたり、飲んだり遊んだりしまくりです(*^_^*)

恒例の年度末お別れライヴもありました。

長女もKiroroの「生きてこそ」を歌いました♪

僕は3バンド掛け持ちだったのですが、
最初に弾き語りで久々の「神様の宝石でできた島」を歌って贈りました。

この曲は昔父島のサザンクロスという船が出港の見送りの時に流していた曲で、
僕自身は父島の小笠原ユースホステルで働いていた頃から好きでずっと歌っていた曲です。

大好きな人とこの世で会えなくなってしまった時、
島を離れる友人に、
家族に、
色んな場面でこの曲を歌ってきました。

今回は島を離れる長女に向けて歌いました(もちろん下手くそです!)。

畑で練習しているときは感傷過ぎて泣けて歌えなくなってしまうのですが、
本番ではなんとか最後まで歌うことができました(笑)。



■話は変わりますが、先日OWA(小笠原ホエールウォッチング協会)主催の村民ホエールウォッチングが久々に開催されました。
鯨類好きの我が家にとっては絶好のチャンス!

妻は解説員としても乗船しました♪

参加してみて思ったのは、さすがOWA主催のホエールウォッチングでした。
素晴らしい船長の紳士な操船でした♪

クジラと自然に対してリスペクトを感じるアプローチでした。

恐らく、もっと近づけ!もっとブリーチを近くで見たい!
と思った人もいたとは思いますが、そこはガイド力でフォローしてもらいたいです。

私たちはこんなにも素晴らしい大自然にお邪魔させてもらっているという謙虚な姿勢でウォッチングができました♪
どうもありがとうございました!!


■先日、島に古くから住んでいる方が面白いものを見せてくれました。

戦後、東港に捕鯨基地があった頃に頂いたというマッコウクジラの歯です。

中を覗いてみると空洞になっています。
同じ哺乳類でも人間とはだいぶ違いますね。

歯クジラは生涯生え変わらない歯なのだそうです。

そしてこれは絵心のある船員さんがクジラの耳骨に素敵な絵を描いていたもの。

男と女のペアで描いて、丁度合わさるものもあったようです。
30年以上経過していてもまだまだ色褪せず、綺麗なものです♡

結構古い島民の家にはこんなお宝が眠っているようです♪

何クジラのモノであるか不明ですが、分かりる人いますか~?

当時はニタリクジラが多く捕獲されていたみたいなので、ニタリのモノではないかというコメントも頂きました。


■そんな春の母島、うちの次女さんは新しい乗り物を開発中です(笑)。

えっと、一輪車+三輪車だから、四輪車ってことですかね(笑)。

ちなみに上り坂の時は姿勢が変わります♪

なかなか器用なもんです(*^_^*)

いつもはヤギと鶏しかいない畑ですが、次女が来てくれると一気に彩りが増します。

そして大人ごときの固い頭では想像もつかない遊びをどんどん生み出していきます。

やっぱり子供は遊びの天才です!

そして次女はおサルです(笑)!
クライミングが大好きな彼女、

おっきなガジュマルをするすると登ります!

地上8m位は楽勝です。
僕もなんとかついていけています(笑)。


下りるときはスルスルと下りてきます。
裸足で登るのが木登りの重要なポイントです☆

そんな慌ただしい、気持ちがそわそわする母島の春。
寂しい気持ち、楽しい気持ち、嬉しい気持ち、名残惜しい気持ち。

色んな想いが交錯しています。
どんなに暴れたって卒業、巣立ちは目前です。

最後のこの時間を存分に味わいたいと思います!

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「タネが消えれば、あなたも消える。」種子法廃止 ~西川芳昭さんを迎えて

2019年02月28日 | 自家採種
■母島は今、カンヒザクラが満開です♪

メジロちゃんが沢山桜の蜜を吸いに集まって来ています(*^_^*)

そんな最中、とても興味深い講演会がありました♪
2018年の4月に廃止された「種子法」についての西川芳昭さんによる講演会でした。

※これはイソフジの種です(父島)。

僕自身、色んな野菜の自家採取をしています。
巷では種子法の廃止に伴い、自家採取ができなくなると警告を発していましたが、
僕自身、その法律を覗いても、それに繋がる理解が全然進みませんでした。

今回、その話が聞けるという事でとても楽しみに会場に向かいました♡


※これはルビーローゼルの種です♪

■結論から言うと、種子法の廃止に伴い、自家採取が禁止されるということはないことが分かりました♪
とりあえず、その部分ですごくホッとしました。

種子法というものは、
米、麦、大豆の安定供給を都道府県に義務付けていた法律だそうです。

だから自家採種に対して、影響のある法律廃止でないことが分かりました。

しかし、まだ安心は禁物です。

「種子法」ではなく「種苗法」にはその自家採取に関わる部分があるらしく、
例えば、野心のある政治家が暴走して種苗法をいじった場合、自家採取が禁止される可能性はあるとのことでした。

※これはローゼルの種

■西川さんの話は様々な外国も渡り歩き、
旅人の目線で農を語れるところに面白さが詰まっていました♡

ここで文字にはできない色んな裏話の宝庫(笑)♪


講演後の懇親会、翌日は畑にも来てもらって、色んなお話を聞かせてもらいました。

農林水産省、国際協力機構、名古屋大学助教授、京都大学の農学部を経て、
龍谷大学経済学部教授でもある彼の話はあまりに面白かったのです。

恐らく、農業系での講演会では過去最高に面白かったです♪

様々な国、文化、フィールドに触れて多様化する目線が、そう思わせてくれたのかも知れません。
無類のネコ好きということもほっこりさせられました(*^_^*)

畑に来て、当たり前にローゼルを知っていて、嬉しかったです♪


■さて、問題の種子法の廃止についてですが、
賛否両論あります。

東北等、米・麦・大豆の生産地では各都道府県でそれを維持する条例が制定されている県もあるようです。
しかし、種子法の廃止によって、全国一律にリザーブしていた大事な穀物の維持管理は、
各地の状況によって分かれてしまっている現状を生んでいるようです。

西川さんのおもいとしては、
「政府が大事な国民の穀物の維持に関するものを放棄した」
が一番の大きな視点だった気がします。

「種子が消えれば、食べ物も消える。そして君も」という言葉があります。
それは国際的ジーンバンク(遺伝資源銀行)の創設に生涯を捧げたベント・スコウマンの言葉です。

確かにそうです。
種子が無ければ人は生きていけません。

除草剤ラウンドアップのモンサント社が種子を牛耳る意味が分かってきます。
種子を制圧すれば、その国の生活を制圧したに等しいのです。

これはモロヘイヤの種です。

1952年に出来た種子法。
国民を飢えさせないという目的で米、麦、大豆の良質な種を安心してすべての農家が使える環境作りを都道府県に担わせていた法律でした。

この法を無くし。公で維持するのではなく、民間に任せる流れはある意味、自由度は増すのですが、
不作の年など何か大きなダメージを伴う年があった時などは脆くなるのが容易に想像できます。

また、そういった農家の次世代の担い手の少なさもかなり問題です。

消費者はただ購入するではなく、
この生産者の切実な状況を知り、それに対してアクションを起こすタイミングに来ていると思います。

日本の自給率は40%を切り、切実な状況なのです。



■種子法に直接は関わらないのですが、色々と問題視される遺伝子組み換えの作物。
これはもう実はかなりの部分に入って来ています。

それは原材料とかではなく、表示されない加工品の原料や家畜の飼料に入ってきているそうです。

モンサント社の遺伝子組み換えの作物を例にとると、
まず、除草剤ラウンドアップに耐性を持った大豆を遺伝子組み換えによって作り出します。

そして、その遺伝子組み換えの大豆を生産者に購入させます。
そこにラウンドアップを撒くと、遺伝子組み換えの大豆以外は枯れてしまいます。
これは大幅に除草の作業を短縮できることを意味しています。

生産者はモンサントから種さえ買えば、除草の手間のいらない楽な大豆作りができるというからくりです。

しかし、自家採取していた以前とは違い、
毎年大量の遺伝子組み換えの種子、除草剤を購入しなければならず、連作障害や地力減退で年々収穫量が減るのは避けられません。

すると種子購入の現金調達に困ります。
するとモンサントは他の農家に切り替えます。
残されたのは作物が出来なくなった広大な圃場と借金が残るだけ。

これが現代の遺伝子組み換え作物が生み出す負の連鎖だと思います。


■西川さんの話を聞いていると、農家の使命の大きさに気付かされます。

当たり前に種を自家採取して維持してく時代から、
種は買う時代になって来ています。

しかし、沖縄では種取祭(タナドゥイ)という名前の祭が残っています。
種を取るという事だけでも祭に成るほど、大事なものであるという意識があったのです。


僕は母島で持続可能な農を目指す身として、
この島の気候や大地に合った種を大事に保存して、生産していこうと強く心に思いました。

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カッコいい母島の男の子!!

2019年02月20日 | 母島 暮らし 子供
■父島から遅れて2週間、母島のカンヒザクラもだいぶ花が増えてきました♪

僕が週に少しだけ働いている介護の職場でも植えた桜がついに咲いて、みんなで喜んでいる所です(*^_^*)

桜という樹は不思議ですね~
葉っぱの前にまず美しい花で見る人をうっとりさせてくれます♡

そんな桜を眺める休日、次女と脇浜に釣りに行く事になりました。
前日に、釣りを教えてくれるという同級生の男の子(小3)がいるのです♪

その男の子がすごくカッコいいのです!!!!


■僕は別の用事があり、一度子供だけ灯台周辺に残して港に人のお迎えに行きました。

すると突然の横殴りの大雨!!スコールです!!
釣りをしている子供達大丈夫だろうか?

急いで脇浜に戻ってみると、脇浜の屋根のあるステージに避難しているびしょ濡れの大人たち(釣りをしていた観光客)がいました。
子供たちが心配になって見に行くと、全然濡れておらず、さっさと釣りを再開していました(笑)。

「雨、大丈夫だったの?」
聞いてみました。

「うん!風の反対方向(風下)の灯台の裏に隠れてやり過ごした!へっちゃら!」

…う~む。なんてカッコいいんだ。
大して動かずに、その場の物を見事に利用して切り抜けるとは!!
大人では敵わない、類稀なセンスをもっています♡


■さらに小学3年生の彼は言います。
「これあげる!」

みると見事な40cm位のチギ(バラハタ)です!

なんでも釣りというよりは、定置針みたいな仕掛けでゲットした獲物だそうです。
すごいな~!
もう「はらわた」や「えら」なども取られており、下処理まで終えた状態。
口に紐を通し、完全にお持ち帰り状態(*^_^*)

すごい小学生です。
お礼を言って有難く頂きました☆

釣ったロクセンスズメダイ達をどんどん餌として利用してさらなる大物を狙っています。
凄すぎます♪

次女も初めて小さいですが、カモンハタを釣れたようです(*^_^*)

さらに、
その後メアジの大群が確認できて、彼は仕掛けをさっと変え、メアジ釣りにシフト。

周囲の観光客の大人5人が全く釣れない中、小学3年生の彼だけがバンバンとメアジを釣り上げます。
「おい!なんで小学生ばかり釣れるんだよ~!」
と大人は嘆きます(笑)。

すると、小学生の彼は大人に
「この竿じゃしなり過ぎてダメだね。こっちにするといいんじゃない?」
とアドバイス。

ああ、もうカッコ良過ぎて言葉になりません。

小学3年生の彼は自分で仕掛けを組み、魚を釣り、鱗とはらわたを当たり前に処理するのです。
釣れない大人へのアドバイスも的確。

僕の価値観に照らし合わせると、なんて最高のオトコなのでしょう!!
カッコ良過ぎるのです!!

学校の勉強よりはるかに大事なものを彼は身に付けていると感じます。
言わば、「生きる力」です。

その後はアオリイカの姿も見えて、イカ釣りにシフトしました♪

ルアーを入れて、目視しながらイカとの駆け引きを楽しむのは島ならではな気がします☆

僕が褒めていると、
釣りの達人の幼くも逞しい彼が言います。
「でもね島のTっちゃんや、Nいさんの方がすごい。彼らは神レベルだよ!」
僕から見ても超尊敬する彼にとっても超尊敬できる大人が母島にはいるというのです。
リスペクト出来る大人が周りにいるという最高の環境です♪

その日も水平線に沈む夕日を見ながら考えました。

人として必要な能力(スキル)についてです。

学校で学ぶ勉強や、会社で働くことも大事でしょう。
人間関係や、地域社会の活動も大事でしょう。

しかし、今回僕の魂を揺さぶるのは、
貨幣経済や大量消費の世界ではなく、
ただ単純に獲物を獲って生きて行くという本能に訴える部分でした。

僕自身は釣りはあまり好きではないのですが、
潜って銛で漁をするのは大好きです♪

今年は暖かくなったら、ちょっと頑張ろうかな(*^_^*)
そう思わせてくれました。

狩猟民族の本能に訴えかけるものを小学3年生の彼は持っていると思います。

将来は漁師になりたいという、すごく純粋でまっとうな魂の彼を僕はずっと見守っていきたいです♪


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クジラ三昧!! 母島のPTAホエールウォッチング☆

2019年02月17日 | 小笠原 野生動物
■大きな息。
巨体が宙に舞う。
大きなヒレが目の前に現れる。
どっぱ~んという激しい音と波しぶき。

「うぉぉぉぉぉ!!!」
「いぇー―――い!!」
「凄すぎる…!!」

これ、母島のPTA活動の一コマなのです(笑)。
そう、これで今年で3年目を迎えるPTAホエールウォッチング。(去年の記事はこちら

1年で一番ザトウクジラが見れるこの季節。
さすがとしか言いようがないほど、彼らの大きな存在は圧倒的でした。

こんなPTA活動は他ではなかなかないと思います(笑)。
父島や座間味ではやっているかもですね☆


■ザトウクジラは夏場はアリューシャン列島やアラスカなど北極海で過ごしています。
冬になると繁殖のために小笠原や沖縄、ハワイなどに南下して来ます。
今年は八丈島などでも多く見られているみたいですね☆

栄養豊富な北の海。
プランクトンだらけでスープの様に濃厚な透明度のない世界の海です。

ザトウクジラ達はそこで沢山の栄養を蓄えます。
水中で複数頭で泡の壁を作り、小魚の群れを追い込み、一気に数頭のクジラが採餌を行うバブルネットフィーディングはあまりに有名です♡

しかし、繁殖エリアでもある小笠原はザトウクジラにとっては餌が豊富にあるとは言えず、
ほとんど何も食べてないのでは?と言われています。

暖かい小笠原の海は栄養がそのまま深海に沈んでしまう、透明で餌の乏しい海域。

冬のお風呂をイメージしてもらえれば分かりやすいかもしれません。
お湯を張ったまま放置しておくと、上は温かく、底は冷たくなりますよね。

寒い北極海の場合は気温よりも水温の方が高く、温かい深い海水が表層に移動し、そこで栄養やプランクトンの循環が生まれます。
温かい小笠原の場合は気温が水温よりも高いので、沈む一方なので深海は豊ですが、表層はクリアな状態になるようです。

つまり、北の海に比べ、外敵となるサメもシャチも少ないこの海域は比較的安全で出産できるの海域だと思います。

究極はクジラになってみないと分からないのですが(笑)、
僕は安全と暖かい南の島のトロピカルバカンスの為に小笠原に来ていると信じています(*^_^*)。

今回は今年生まれであろう、可愛いイルカサイズの赤ちゃんクジラも見る事が出来ました♪

ウォッチング船に好奇心旺盛に顔を出したり、跳ねたりしています。
きっとその後母クジラに、
「こら!船が近くにいる時はそんなに近づいちゃダメでしょ!」
と怒られているのでは?(笑)と想像したりしています☆


■さてさて、見どころいっぱいにアクションしてくれるザトウクジラ。
まったく写真が撮れていないジャンプ(ブリーチ)はともかく(笑)、
今回も沢山のアクションを見せてくれました♪

これは胸ビレ叩き(ペックスラップ)。
まるでバイバイしているにも、こっちおいでと手招きしているようにも見えます。

オス同士でメスを争うメイティングポット(別名:狂った交尾集団w)の時にも見られ、
力の誇示、コミュニケーションの為に行っていると言われています。
子どもクジラがただ遊びでやっていそうな時もあります♡

ザトウクジラはその体の3分の1にも及ぶ長い胸ビレが特徴です。

哺乳類のせいか、ちゃんと骨は指五本分あるそうです。

大きなヒレで大きな音を立てて魅せるその様は本当に圧巻です!


■ザトウクジラは深く潜るときに大きな大きな尾びれを高く水面から出して潜ります。
その際に尾びれの下側に白い模様が見えます。
この模様は指紋の様に1頭1頭違っており、個体識別のIDとして記録されます。

この子の写真も父島にある小笠原ホエールウォッチング協会に送りたいと思います。

小笠原の個体が、別シーズンに沖縄の座間味やハワイで見つかることもあるようです。

重さにすると30tにもなるというザトウクジラ。
その推進力を支える大きな尾びれ、そしてその付け根の筋肉は超マッチョです!!

ちなみに尾びれは胸ビレみたく平たい部分まで骨はありません。
しかし、見事に大きく、固く進化しています。

地上を歩いていた名残りは、わずかに骨盤の跡の骨として残っていますが、
足の骨は退化しています(胎児のときは足の骨があるらしい!!)。

そんな大きな尾びれを見るといつも、言葉にならない感動を覚えます。


■また、水中ではザトウクジラが奏でるソングというものが聞く事が出来ます。
これは繁殖期のオスのみに見られる行動で、主に求愛に使われていると言われています。

家族単位や地域単位でみられる方言のようなものがある事が分かったり、
去年のソングに続いて、今年のソングがあるなんてことも分かって来ています。

僕もこの時期に水中に入り、ザトウクジラのソングを聴くことはあるのですが、
なんだかとても切ない歌声に聞こえます。

僕個人的にはフラれたオスが嘆いているのでは(笑)?と勝手に想像しています☆

ちなみにクジラが大好きなうちの奥さんは、
このソングをゆっくり聴きたいが為に15年以上のブランクを経てダイビングを再開しました(笑)。


父島の方のYoutubeで素敵な鳴き声の映像がありましたので紹介しますね☆


■しかし、もっと驚くことがあります。
それはこの恵まれた環境に暮らす子供たちです(笑)。

こうやって当たり前に毎年やってくるザトウクジラを、
こうやって当たり前に見れているという事。

冒頭の歓喜の声はもちろんですが、
この日常の自然の素晴らしさこそ小笠原で暮らす醍醐味です。

きっと子供たちは成長して島を出てから、
この日常の自然の凄さに今以上に気付くことでしょう♪

だって良く夕陽を見に行くのですが、
子供たちは夕陽なんかそっちのけで遊んでばっかりいます(笑)。

夕陽で感動しているのは大人たちばかり(*^_^*)。

これがあまりに日常過ぎるんだよなぁ~。
贅沢な話です(笑)。
本当に有難いことです。

この春、母島を離れる長女にとってはどう感じれているのでしょうか?
貴重な財産になっていると思います。

だって、どこにいても、この世界でこんな大きな存在が息吹いていることを体感して知っているのだから。

今回の船には去年の春に赴任した先生達も一緒でした♪
この体験、ずっと忘れないでいてほしいです。

いずれ島から離れて内地の満員電車に揺られている時も、
世界のどこかでこの偉大な命は跳ねているのですから。


帰りには大きな乳房山とははじま丸を一緒に見るというレアな構図がありました。
それもそのはず、いつも乗っているははじま丸からはこの構図は撮れません(笑)。

きっと漁師さんにとっては見慣れた何でもない光景でしょうね☆

この貴重な機会を与えてくれたPTA校外部のみなさん、
そして船を出してくれた漁師のみなさん、
本当にありがとうございました!!

そして、この素晴らしい光景を魅せてくれた大自然とクジラたちにも感謝とリスペクトです!
ウォッチングもただ近づけるだけでなく、
お邪魔しているという気持ちを忘れずに謙虚にしていきたいものです。

最後にははじま丸と乳房山を望む。

こんな大自然に住まわせてもらえて、本当に有難いです。
ほんと感謝の気持ちでいっぱいになる素敵な一日でした(*^_^*)

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島は桜の季節~いまさら冬休みを振り返る(#^.^#)

2019年02月15日 | 母島 農 日記
■今年の小笠原諸島の冬は暖冬です。
冬の母島は気温が13度を下回ることはないのですが、
今年は特に「寒いっ」と薄着で呟く日が少なく、暑いなぁと思う日が多い印象です。

その上、渇水が深刻なものですから、なんだか落ち着かない一足早い春を迎えています。

先日行った父島ではカンヒザクラが沢山、花を咲かせていました。
母島ではまだ数個咲いている程度です。

南で暖かい母島の方が開花が後というのが、なんだか不思議なものです☆


■また、先日は御蔵島から観光視察に来ている皆さんに、乳房山を案内するという機会に恵まれました。

本業でやっているガイドさんに空きがなく、頼まれたものでしたが、
僕にとっては乳房山のガイド自体初体験です(笑)!!
僕だけでは不安なので植物に超詳しい友人にサブで付いてもらい、8名の皆様をご案内しました。
あ、メインのガイドは小3の子供達です☆

後から思えば猛烈に反省点はあるのですが、天候も良く、気持ちのいい乳房山でした(*^_^*)

御蔵島の話も沢山聞けて、すごく楽しいひと時でした☆

乳房山を6時間かけて歩いた後は猛者だけが残り、アウトリガーカヌー体験へ。

男同士、色んな話をしながらのアウトリガーはとても面白かったです♪
夕陽も一緒に見れて、とても楽しかったです。

貴重な機会をありがとうございました!

■そんな中、少し記憶を冬休みに戻してみたいと思います。
久々に次女が畑に来てくれました!

今回の作業はジャガイモ植えです!

毎年やっているせいか、非常に手際のいい次女。

切った断面に灰を付ける作業も30cm間隔に植える事も、
当たり前に知っている子供の戦力は凄いです!!

ひとりでは全然進まないモノが、あっという間に進んでいくのです(笑)。

小笠原でジャガイモを植えるのは12月~1月頃。
目安としては菜の花が咲き出した頃です(島の場合は西洋カラシナ)。

次女が畑に参加してくれると、まあ楽しい♡

就学前は毎日のように来てくれていたのが懐かしいです。

作業の合間に焚火をしたり、虫取りをしたり、ブランコをしたり…

今回も植える作業を終えたら真っ先に木に登っておりました(笑)。

おサルさんなのは相変わらずです☆


■子供たちと過ごすのはとても貴重な時間です。
中3の長女と過ごすのもあと1か月ちょいなのです。

冬休みをさらに遡り、クリスマスを振り返ります(笑)。

今年はお菓子の家を作りました。

これは次女の作品。
凄く気合が入っていました♪

長女の作品は僕が見る前にお腹の中に(笑)!!

僕は適当に平原インディアンの移動型住居、ティピーを作ってみました☆

超手抜きです(笑)。

妻は大好きなクジラの尻尾が特徴のお菓子ハウス。

みんなやりますね~

そんな時間を過ごせるのが本当に有難いです。


■年明けは初詣のあとに日本一早い初日の出を見に行き、日本一早い海開きに参加しました☆
今年成人した島の子供たちが木槌で開けてくれた美味しい樽酒を味わいながら、南洋踊り、獅子舞をやっていきます。


毎年恒例となったギョサン飛ばし大会。

4年前までは毎年カヌー大会が正月に企画されていたのですが、5年くらい連続で荒天で開催できず、
苦肉の策として実施されたら意外と好評で続いています♪

ずらりと用意された公式ギョサンを履いて飛ばすのです。

線を踏んだり、コース外に出してファールしたりで観ていても超面白い(笑)。

妻と次女と出た僕たちはなんと入賞しました!(内容はなんだっけw?)


そんなこんなでこれからは怒涛の送別シーズンの始まりです。
長女は中学校生活最後の母島のひととき。

お互い、存分に味わいましょう(*^_^*)

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珍鳥・ナベコウ現る!~おがさわら丸のドック期間終了!

2019年02月06日 | 母島 日常 日記
■「なんかすんごく大きな見たことがない鳥がいるよ!!」
「ナベコウが農協にいます!」

乳房山で仕事している僕の携帯に突然連絡が入りました。
な、なんと先週父島にて確認されていたナベコウが母島にも来ていたとは!!

送られてきた写真は、紛れもなく前田商店の前に佇む、珍鳥・ナベコウの姿。

丁度、乳房山の作業が終わった所だったので、
もうダッシュで下界へと下りました!

すると、上空を優雅に舞うナベコウの姿。

さすが人気のコウノトリの仲間。
優雅ですね~

そのままナベコウは乳房山の彼方へ…
翌日には父島へ戻ったようです(笑)。

ナベコウ(Ciconia nigra)は、鳥綱コウノトリ目コウノトリ科コウノトリ属に分類される鳥類だそうです。

分布はアフリカ大陸南部やユーラシア大陸中緯度。
遠いですね~

日本では冬季にまれに飛来した例があるそうです。
小笠原では初記録のようです☆


■鳥獣保護員として定期的に渡り鳥が飛来する水場を巡視するのですが、
今回はオシドリ♂を見かけました。

見事な羽ですね~
メスは見当たりませんでした。
オシドリはだいたい1~2年に1度くらいは母島に飛来し、見かける事が出来ます。
美しい羽根を持っているので、見れるとなんだか得した気分になります♡


■さてさて、約3週間に渡る定期船・おがさわら丸の「ドック期間」がついに終わりました。
ドックというのは年に一度の船舶検査の事。
いわゆる車検の様に、毎年船の整備をしっかりする期間です。

この間、小笠原と本土のアクセスはなくなり、
物流の行き来は止まります。

ドック中に貨物船共勝丸が郵便や宅急便を運んでくれるのですが、
海の悪い冬なので、小さな船の共勝丸の入港予定はどんどんずれ込み、
母島に物資が届いたのは、おがさわら丸のドック明けの1日前でした(笑)。

精製食品が内地から届かず、
とても不便なこのドック中という期間、実は僕は好きなんです。

せわしないメリハリとなる入港と出港もなく、
人の出入りも少なく、
のんびりとできる貴重な期間なのです。

野菜に関しては自分の畑もあるし、
島の農家さんがこの時期は私達が支える!と言わんばかりに沢山の野菜を出荷してくれます♪

なのでドック中は逆に贅沢なくらいです(笑)。

思わず母島の夜景を見てしまうほどに(*^_^*)

漁師さんたちや観光の仕事の人はこの時期は仕事にならないので、
この機会に内地で用事をこなしたり、バカンスを楽しんだりするのです☆


■うちの畑はというと、
立派な大根がそこそこあります。


色鮮やかな人参さんもおります☆

自分で栽培する人参は昔ながらの人参臭さがあってすごく美味しいです♪

加工トマトのサンマルツァーノはまだまだ緑です。


ミニトマトのぷちぷよはもうすぐ食べれそう♪


トマトの横にはコンパニオンプランつとしてバジルが植わっています。

バジルはトマトと料理の相性もいいですね(*^_^*)

2年前の沖縄で頂いた乾燥に強いサトイモのココヤム(ちんぬく)。

これが結構いい感じに増えて来てくれています。
未来の主食になるかもしれません!

ゴボウさんはまだまだ小学生クラス。

成長すると掘るのは大変ですが、味と香りは最高です☆

人参さんは葉っぱも美味しいのです♡


島にんにくも少しずつ成長しています。


スナップエンドウは少し不調です。

少し未熟かもしれなかった堆肥がダメだったかな~

■烏骨鶏の皆さんは冬も元気に鳴いています。

でも真冬と真夏はどうしても卵を産むペースが落ちてしまいます。

なので、時々生む卵は本当にありがたいものです。

あまりに卵を産まないので、先日市販の卵を買ったら、
子供たちが大きさと匂いと味の違いに驚いていました(笑)。


うちなーローゼルは終盤の時期ですが、
まだまだゆっくりと収穫できています。

傷や擦れがあり、見てくれはわるいのですが、自家用としては申し分なしの状態です。

■ドックも明けていよいよ通常の生活に戻ります。
毎週物資が届く当たり前に感謝して、これからの怒涛の年度末を味わって行こうと思います。

そう、年度末はお別れのシーズンです。

異動する公務員の家族、卒業する子供達、引き揚げる家族、色々なドラマがあります。

我が家は長女がついに中学校を卒業し、母島を巣立ちます。

本人は今受験勉強!?の真っ最中。

こんなラストスパートな勉強に真の学びの意味はないでしょが、こういう時期もあっていいのでしょうね。(僕は受験勉強せずに遊んでいたw)
頑張れ~~
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為になるUFOキャッチャー!~海岸清掃と海洋プラスティックの問題

2019年02月02日 | 母島 暮らし 子供
■今日は土曜日で午後は次女とお散歩に出かけました。
すると漁港には沢山のプラスティックゴミが集まっています。

昨今話題になっている海洋プラスティックです。
問題のマイクロプラスティック、その予備軍も無数にあります。

ちょうど次女(小3)の同級生の友達もいて、ふと話になりました。
「これがウミガメとかイルカが食べちゃうんだよね~?」
「これ、取ろうよ!」

そんな訳で、急遽子供たちと海ゴミ釣りが始まりました!
名付けて「ためになるUFOキャッチャー大作戦!!」

早い話、手持ちのタコ鈎で取れるゴミはなかなか楽には取れません。
取る相手はゴミですが、子供たちにとってはぬいぐるみを取るUFOキャッチャーとなんら変わりのないゲーム要素満載のゴミ拾いでした(笑)。
大きなものや形の難しい発砲スチロールが取れた時は盛り上がります♪

小笠原は海洋ゴミは海流の関係か少ない方だと思いますが、それでもやはり色々目につきます。

子供たちがゲーム感覚でやっても、結果海の野生動物を救っていることになるのです!
これは凄い♪
イスもヘルメットもカラーコーンも無事に引き上げました。

「これで少しは助かる生き物がいるね♡」
子供たちがこれの意味を理解しているのが素晴らしい!!

「今度は網をもってきて、全部キレイにしようよ!」と建設的な意見も出てきました。
そう、こういう些細なできることからやっていくのが大事だと思うのです!

ビニールに発砲スチロール、プラスティック用品、
ガーデンチェア2つ、45Lゴミ袋から溢れるほど回収できました♪

「ゴミを取れる道具と、カゴとかゴミを入れる容器を用意してくれれば、
 子供は遊びでみんな集めると思うよ~」
こんな建設的な意見まで!!

子供達、どうもありがとう(*^_^*)

子どもたちの言う通り、海岸に打ち上がった50頭のイルカクジラの死体すべてから、
マイクロプラスティックが見つかったというNHKのニュースがありました。

分かってはいましたが、いざ現実を突きつけられると、この問題にちゃんと関わらなければと思います。


■先週は毎年恒例の北港&東港の海岸清掃でした!

これは観光協会が音頭を取って毎年、行っています♪
多くの村民も参加し、大規模な素晴らしいイベントです。
夏の頃にはあまり気にならなかった海ゴミが冬の北風で集まってくるのです!

うちは熱で寝込んでいる次女と妻を家に残し(かなり行きたがっていたw)、
長女と参加してきました。


開始時はこれで片付くのか?と思えるほど、多くのゴミが漂着していました。


北風の多い冬は特に集まりますね。

海を漂っているより、こうして漂着してくれると回収できるので有難いですね(*^_^*)


人海戦術というのは本当にすごいものです。

圧倒的とも言えるゴミの海岸が、ものの1時間ちょいで片付いてしまいました♪
トン袋10個近くになったと思います!

石をどかせば細かいプラゴミはまだまだ無数にあります。
マイクロプラスティック回収の難しさを伝えてくれます。

しかし、パッと見のゴミはひとまず皆無になりました!


家の掃除でも思う事ですが、
周囲を綺麗にすると心もスッキリします♡

北港を清掃したメンバーで記念撮影!



■海のプラスティックゴミの問題は年々深刻化しています。
「プラのストローをなくそう!」という試みは、直接の海ゴミへの影響は少ないと思いますが、
多くの気付きを人に与えてくれると思います。

なかなかいい、読売新聞の記事です。

そう、各々ができる事から始めて行くことが大事だと思うのです。

ニューヨークも発砲スチロールによる容器の使用を全面的に禁止することになりました。
素晴らしい取り組みだと思います。

パタゴニアの記事では衣類から出るマイクロプラスチィックについても語っています。

出されたプラゴミがその後どこに行くのかを知っている人は少ないです。

リサイクルといっても多くの化石燃料を使うのです。

そしてその多くは埋め立てる場合も多いのです。
2年前に行ったインドネシアバリの場合は山積みにするでした。

テグスに絡まったカモメ、
定置網に絡まるザトウクジラ。

近年、この問題がよく目につくようになりました。

僕は僕で仕事の合間、暮らしの合間でできる範囲でゴミを回収していますし、
暮らしの部分でもプラゴミをなるべく出さない様、意識して行こうと思います。

それが島に対する恩返しだと思うのです。


長女が撮った学校の帰り道、通称B線の夕陽。
この春、母島を巣立つ彼女は写真を撮るのがとても上手いです。

パッと景色を見た時に、どう撮りたい、表現したいがハッキリとしているようです。

機材はあまり問題ないように思えます。

僕と同じカメラを使っても、見事な仕上がりなのです(笑)。

悔しいな~!!

そんな島を巣立つ彼女にとって、海のゴミ問題はどう映っているのでしょうか?

少なくとも僕は中学卒業の時にそんなことは微塵も考えておりませんでした(笑)。

素晴らしい自然と生活のすべてを把握できる小さな規模の島という暮らし。
その生活が子供にもたらすものの大きさに、
今さらながら驚いている自分がいます。


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カナダの先住民たち【カナダ旅行記⑦】

2019年01月27日 | 旅行記 カナダ
■去年の夏、カナダに行った目的のひとつ、先住民の文化を学ぶ、そして感じる事。
これはこの旅でもとても大きなテーマでした。

訪れたカナダの西部には海岸の豊かな資源に恵まれて、
トーテムポールなど芸術性を高めた先住民たちがいます。

7世代先の事を考えて行動する。
文字を持たない事を選び、口頭で伝える事の大切さを重んじた文化。

氷河期に海が凍って繋がっていたというユーラシア大陸とアメリカ大陸。
その凍ったベーリング海を渡って分布を拡げた、私達日本人と同じモンゴロイドがその祖先。

日本にも存在する先住民、アイヌと極北のエスキモーなどに似通った神話があるのも、頷けます。

遠い遠い、同じルーツのヒトが見ていたこの景色。
一体、どんな眼差しで見つめていたのでしょうか?

カナダの先住民はアメリカの先住民に比べて、悲惨なイメージが少し薄いです。

もちろん居留地もあるし、過去には同化政策もあり自分たちの言語や宗教を禁じられた歴史があります。

しかし、
1990年代には、多くの教会が先住民に公式に謝罪をしていますし、
2008年には、当時の首相スティーヴン・ハーパー氏が正式に謝罪をし、非常に大きなニュースとなりました。

まだまだ勉強不足ですが、南北戦争、アメリカとカナダの成り立ち、フランスとイギリスについてもっと勉強しなければと思います。


■僕は成人したころからインディアンの文化に興味がありました。

きっかけは「リトル・トリー」というインディアンの少年と祖父母の美しい物語です。

その後、図書館で本を借りたりして、沢山調べました。
エスキモーやクリンギット族などに深く関わった星野道夫にも惹かれました。

今回は長く滞在したポートハーディー、アラートベイ、バンクーバーのブリティッシュコロンビア大学(UBC)にある先住民博物館を見に行く事が出来ました。


これはポートハーディーにある小さなミュージアム。

鮭の豊富な資源、多くの豊かな森林による林業が発達し、
先住民もその産業に関わっていったようです。


カナダの至る所で見かけるハクトウワシ。
カナダ西部の海岸文化ではハクトウワシとシャチはよく見かけることになりました。

きっと彼らは人住むずっと昔からこの森を守って来てくれたのでしょうね。
どんな眼差しで、人の営みを見つめているのでしょうか?


■こちらはコーモラント島のアラート・ベイにある先住民博物館U’Mista Museum。


ここではは、散逸してしまった先住民族の文化資産を回収、展示してありました。


あまりに派手で華美な風習であると一度は禁止された”Potlatch(ポットラッチ)”に使われた品々のコレクションは一見の価値があります。

これはシャチです。
昔からこのジョンストン海峡に存在していたのでしょうね。

シャチは美と力の象徴で、その力と大きさには畏敬の念を持たれています。

そしてシャチは旅人であり、守護者です。
いくつかの部族は、シャチがカヌーを捕獲して、乗客をクジラに変える為に水面下に連れて行くと信じていたそうです。

また、シャチは仲間を終身連れ添う事から、ロマンスのシンボルとして人気があります。

これはイーグルですね。
ハクトウワシだけではない気がします。

そのどれもが美しく、自然の中から生み出された芸術です。
しかし、これは保存のために集められた言わば遺品です。

■ヨーロッパの様に何世代も残る石の文化ではなく、
自然の風化と共に消えていく木の文化なのです。

18世紀、白人たちが来るようになって、トーテムポールの存在は確認されていますが、
それ以前については分からないそうです。

それは、トーテムポールは“建立すること”に意義があり、
保存や維持修復することには意義はないと考えていること、
そして、自然に朽ちるにまかせ、
その地に還すものとしているからなのだそうです。

白人がこの地域一帯にも進出し、特に19世紀後半から20世紀にかけて、
博物館などで保存するために各所で収集が始められ、今日、それらを世界各地の博物館で見ることができます。

今回はあまりに広大で日にちが足りなくて行けなかったのですが、
その神話の時代に生きたトーテムポールをそのまま自然に還るままにしている場所があるのです。

それがハイダ・グワイ(旧称・クイーンシャーロット諸島)です。

いつか必ず訪れたいと思う場所のひとつです。

しかし、今回はアラートベイでそんな生きたトーテムポールに出会うことができました。

トーテムポールは色んな場面で作られ来たようです。その中の一つにお墓があります。

アラートベイの一角には道路から眺めて、立ち入りを遠慮する神聖な場所が残っていました。


なぜ彼らは私たちの様に貴重だと言って保存したり管理したりしないことを選んだのでしょうか?
自然のままに任せるその先住民たちの“強さ”に僕は惹かれているのです。

そして今も生きる先住民たちの多くの課題とその目線を感じるのです。

遠くから眺めて、色んな動物が描かれているのを見て、昔の風景を想います。

アラートベイ、ここは白人たちが入って来て、鮭の缶詰工場として急速に発展した地域のようです。
今も漁業が盛んで、観光客はそれほど多いと感じませんでした。


■アラートベイにはなんと52mにもなる世界一大きなトーテムポールがありました。

一番下にいる娘たちが米粒の様に見えますね(笑)。


アラートベイに村があるクワキウトル族のJ.ディック率いる彫刻家たちによって1973年に作られてそうです。

10種類以上の動物などが刻まれています。

しかし、二つの材からできているため、「世界一とはいえない」とする意見もあるようです(笑)。

そんな立派なトーテムポールの下で家族で記念撮影♡


■そして最後の訪れたのがカナダ本土、ブリティッシュコロンビア大学(UBC)にある先住民博物館、通称MOAです。

ここにはカナダ中の先住民の資料や展示が揃っているとても大きな博物館です。


私たちはこうしてつい保存しようとしてしまいます。
世界の多くの人に見てもらいたいと思ったりします。


このMOAにはカナダ・アメリカどころか世界中の文化資産がコレクションとして集められています。

日本の着物や鎧や兜、バリのお面や衣装、中国ヨーロッパまでも。

ここに来ることで世界の文化に触れることができます。
そのどれもが素晴らしく、その地域、時代、文化を生目で見ることができます。
すごい博物館だと思います。

しかし、ふと考えるのです。

これでいいのか?と。

僕が子供の頃、仙台のデパートでエジプト文明のツタンカーメン展があり、
あの有名な黄金のマスクやミイラの展示がありました。

子ども心にエジプト文明に思いを馳せて、とても楽しんだのを覚えています。

しかし、しかし、よく考えるとあれは、ピラミッドは王家のお墓なのです。
マスクも装飾品もお墓に添えられたお供えなのです。

それをその現場から持ち去り、展示して、いいものなのでしょうか?
仮に僕がツタンカーメンの孫だとしたら、先祖の墓はどんなに学術的価値があろうと、いじってほしくないと思ったのです。

墓をあさる盗掘化も研究者も、そこにはあまり差がない気がするのです。

先住民たちが一生懸命作ったその作品を後世に残そうと保存したりせずに、
自然のままに任せるそのスタンスが深く心に刺さるのです。


だからこの展示物達からは芸術的な価値や美しさは感じるのですが、
今も生きる神聖さを感じれないのはそういう背景なのかなと思いました。

高校生の頃、動物園や水族館に世界中の生き物が集められることに違和感を感じて、
一切行くのをやめたことがあったのに少し感じは似ています。
その後、成人した年頃位には一つの考えに至りました。

こうして多くの人に見て知ってもらう事にも意味があると思い、
ある程度の犠牲は仕方なく、いいのではないかという妥協論です。

今でもベストな答えは見いだせていません。

ただ、本来ここにあるべきものではないのじゃないか?という違和感があるのです。


私たちの住む小笠原も石器時代には人が住んでいましたが、今はカヌーを掘った石器しか残っていません。

さらには戦前の暮らしや文化も戦争と強制疎開で失われています。

その時代に保存しようと動いていれば残っていたものもあるでしょう。
きっとそこにも大事な意味は存在します。

でも、でも、
やっぱり気になるのは自然に朽ちるままを大事にしてきた先住民の気持ちです。

なんでしょう。
過去からの物ではなく、今の瞬間が一番大切ということなのでしょうか?

そして言葉は文字にすると命を失ってしまうと考え、
文字ではなく口で、神話で叡知を伝えてきた先住民たち。

それはおそらく少しずつその時代に合わせて柔軟に変化しつつも、
その本質を見失わないものだったと思えるのです。

どんなに保存しようとしても永遠は存在しません。
いずれ滅びるものに執着せずに、
今を生きるべし。

そんなことを問いかけてくれている気がしてならないのです。
カナダで見た先住民の文化からはそんなメッセージを頂けた気がしています。
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