小笠原諸島・母島ジャイアン ブログ  -GIAN'S HAPPY BLOG-小笠原諸島・母島で自然農&便利屋

小笠原諸島・母島で持続可能な暮らしを目指しています。

その中や暮らしで学んだことを紹介したいと思います♪

七五三と厄除け、お宮参りの母島秋の神事

2021年12月02日 | 母島 日常 日記
■11月23日は月ヶ岡神社例大祭の日。
戦前は島民に大神宮と呼ばれ、相撲なども盛んだった母島の暮らしに大切な秋の風物詩。

例年であれば午前に七五三などの神事を行い、
その傍らで子供会がチンドン屋で集落を回り、
昼からは神輿、夜は芸能大会とにぎやかな1日になる日です。

今年もコロナ禍で通常のお祭りは中止となり、
七五三や厄除け、お宮参りの神事のみ執り行われました。

この状況下で神事だけでも行ってもらえる事に感謝です☆

いつも天気が不安定なこの時期ですが、今年は見事土砂降りに遭う巡りあわせでした。

運営の方々が用意してくれたテントの下で神事が進みます。


南の島の母島ですが、こういった部分はやはり日本なのです。
僕は仏教やキリスト教を進行しているわけではないですが、
アニミズムのような八百万の神様をいつも感じています。

こうした行事の度に、ハッとその存在を感じさせられます。



■みんなの様を見ていると、自分の娘たちの七五三の頃を思い出します。
今でこそ次女は小学6年生、長女は海外で高校3年生を迎えて、健やかに暮らしていますが、
それがとても有難いことだと再認識させられました。

栄養状態の悪い昔は、7歳まで無事に育ってようやくホッとする、そんな節目の行事といいます。

晴れ着姿の子供たちを眺めていては、
ふとそんな気持ちを思い出していました。

親も子も普段なかなか着ることのない着物や袴に身を包み、
この晴れ舞台を楽しみます♪

子供にとっては窮屈な時間ですが、
女の子はこんな特別なお洒落は嬉しいようで色んなポーズを撮ってくれました♡

長女も中学生の時に巫女さんをやらせてもらい、
非常に喜んでいました。

島にいることで、いろんな経験をさせれもらえて、ほんと感謝です♪

■この季節ならではの奉納の品々。

2年前の台風被害で、この月ヶ岡神社もダメージを受けましたが、
こうして神事を続けてもらえていることが有難いです。


立派なオナガダイやでっかい分担も!!


母島のコンパクトな除夜の鐘の傍らで神事は進んでいきます。


■僕は今年40歳で来春に41歳を迎えます。
男性の42歳は本厄とも呼ばれ、色んな事が起こるタイミングの様です。

今回は前厄というわけで厄除けをお願いすることにしました。

厄年は、特にさまざまな禍、災厄が降りかかりやすい年齢とされています。
起源は古代中国の陰陽五行説とされ、
日本ではなんと平安時代にはすでに貴族の間で厄落としの行事が行われていたそうです。

男性にとっての40代は身体を壊してしまったり、
仕事の軌道が乗りに乗っている時期の注意する時期だったり、
色んな節目になるようです。

僕にとっても今年は大きな転職のタイミングで、便利屋を起業しましたし、
来年も色々と新しい事に挑戦するつもりです。

しかし、実際に40代で命を落としている友人も数人おり、
僕自身も思いっきりオッチョコチョイであることは間違いないので、
気を付けなければいけないと思っています。




■今年の秋も去年同様、雨模様が非常の多いので、こうした束の間の晴れはとても嬉しくなります♪

水不足や、超台風の被害を考えると、
水が多くて困るくらいがどんなに有難いことなのかと思います。

当たり前の日常の有難み。
日常でつい忘れがちですが、
こうして普通の日常を送れていることが奇跡だと思います。

感謝の気持ちを忘れずにいたいです(#^.^#)

今回は雨の七五三だったけど、色んなことを考えさせられる1日でした♪
七五三、おめでとうございます(#^.^#)


■去年9月に念願の購入を果たしたSUP。
なんと1年を過ぎましたが、まだまだハマっていますし、
新しい発見が続いています♪

これは先日の東港方面の遊歩道整備の仕事の時の事。

刈払い機やチェインソーと共に休憩時間用のSUPももちろん準備(笑)。
庚申塚にある探照灯基地や砲台跡の遊歩道の台風倒木などを片付けました。
 
一応、遊ぶばかりぢゃなくて、ちゃんと仕事もしてるんです(#^.^#)

もちろんその仕事を終えたら、ご褒美に久々の東港SUPを楽しみました♪

今回行ったコースは約6kmの東港大回りコース。
約90分の旅☆
臥牛角など、なかなか普段見ない景色なので、圧巻でした(#^.^#)

湾の外は海が悪かったのですが、
戻りの時はいい感じの追いのうねりで、
何回か波乗りも少しだけできて、
とても楽しかったです♪


2016年に縄に絡まったザトウクジラをレスキューした場所も通り、色々考えさせられました。

母島ではまだ陸からのクジラ確認上はありません。
(20日の入港はは丸で北港の沖で見たという観光客情報はあり)
去年の母島ざとやん初確認は11/24。
今年はそろそろかな~と楽しみに待ってます(#^.^#)

毎度毎度思うことですが、この雄大な景色を味わっていると、
世界はなんて素晴らしいのだろう、
自分はなんてちっぽけなのだろうと思い知らされます。

そんな師走直前の母島でした(#^.^#)
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7,000㎞先の新聞でみる娘の様子~長女がカナダ地方紙に

2021年11月23日 | カナダ留学 長女
■カナダのバンクーバー島最北端の小さな村に高校留学している長女。
なんと、北バンクーバー島のローカル新聞「EAGLE」に載ったと連絡が入りました。

事前の取材ですら知らなかったので、ビックリしました(#^.^#)
聞くところによると、新聞に長女が撮った写真を提供しようと連絡をしたところ、
彼女のルーツやこの町に来た経緯などに関心を持たれ、ストーリーで記事を作ってもらう事になったそうです。

せっかくなので紹介したいと思います。
(掲載文+勝手な和訳は記事の最後に載せてあります)

どういう観点から見ても、親ばかなのは間違いないのですが(笑)、
長女は写真や絵が上手いです。
カナダでもそれが健在なのはさすがですね(#^.^#)

僕と長女で同じ被写体を撮ってみて、島の人に評価してもらった時も、
歴然と差がありました。
く、悔しいけど認めます!!

撮る前から、どういう写真を撮りたいかが明確にイメージできているらしく、
スマホだろうが、コンデジだろうが1眼レフだろうが、
関係なく見事に風景を切り取ります(人物は苦手と言っていました)。


■例年だと12月の上旬の父島母島スポーツ交流大会があり、
島の多くのみんなが日々スポーツに明け暮れるこの季節、
母島の南崎にも営巣するオナガミズナギドリの巣立ちのシーズンです。

夏に生まれて、親がずっとお世話をして、
最後には親が来なくなってお腹を空かして飛び立つ海鳥の子育て。

3年前、長女は母島の中学を卒業し、
数か月の父島にある小笠原高校生活を経て、
一気に7000km彼方のカナダの公立高校に巣立っていきました。

「異文化の中にどっぷり浸かりたい」
ミズナギドリのヒナが陸から一気に大海原に飛び立つように、
長女は当時日本人が一人しかいないカナダの島の最北の小さな村に巣立っていきました。

もちろん、慣れない土地で大変だったこともあったでしょうが、
優しくて、ちょっぴり頑固な義祖父の元での海外生活はとてもエンジョイしているみたいで安心しました。

留学して1年後に小笠原高校に戻る選択肢もあったのですが、
コロナ禍でもカナダに戻ることを選択した長女。
記事にも書かれていますが、
母島とはまるで正反対の気候の中、
まあそれなりにエンジョイしているようです。

親から見て、
中学生の段階で英語はペラペラだったし(親は片言w)、
人が好きでいい意味で単純なところもあるので、
親としてはあまり心配はしていないのですが、
こうして元気そうに過ごしていそうな記事を見ると、なんだか嬉しくなります♪


■先日、母島ではコロナ禍で中止になった島嶼の子供サッカー大会「愛らんどリーグ」関係のイベントがあり、
内地からコーチが来てみんなと島嶼リフティング大会を開催してくれ、
母島の小学生も100回近くリフティングをこなして、見事入賞していました!!

こんな景色の中育った長女が、
シャチやラッコのいるカナダの北の島で暮らしているなんて、
なんだか不思議です。

今年はコロナ禍で帰国を断念しましたが、
去年帰国した時に「この日差し!!紫外線が恋しかった!!」と言って、
真っ白くなった肌を焼いていて、
とても可笑しかったのを覚えています。


■先日は近畿のほうから母島によく来ているヨットマンが来島していました。
もう20年くらい通い続けていて、
うちの夫婦が島に来た頃と時期が同じなので、
ヨットに載せてある島の人との写真アルバムが知った懐かしい顔が多くて、嬉しくなりました(#^.^#)
20代の僕も写っていました☆

台風を島でやり過ごしつつ、
また地元へ帰っていきました♪

母島を出港するときにみんなで見送ったのですが、
母島の北端の鬼岩ら辺でエンジントラブルを発見し、
ひょっこり戻って来ていて、またまた宴会が続いていたのが素敵でした☆

出港日時を決める時も、
戻ってくる時も、
ヨットマンの時間の流れは風と天候任せ。

島暮らしののんびりした時間軸ともまた違う彼の雰囲気に魅せられていました(#^.^#)
まるでスナフキンの様な、現代の枠とは違う目線、そんな感じです。



■さてさて、
去年の9月にSUPを購入してから、
可能な限り時間があれば海に出ている日が1年経過しても続いています(^_-)-☆
まだまだ飽きません(笑)。

先日は妻とカヤック&SUPで沖に出て二人で楽しんできました♪
(次女はソフトボール。みんなバラバラが我が家らしいw)

もうすぐザトウクジラが来る島の冬の季節。

その圧倒的な存在感は、SUPをしているとより顕著です。
クジラからしてみればSUPなんて木の葉みたいなもの。
こちらもその時期はライフジャケットを着て沖に出ます。
潜るとクジラのどこか哀しげな歌声が聴けるのも冬ならではです。


今期は脇浜にネムリブカ達が冬なのに集まってきています。
普段は春時期に見られるこの光景。
ネムリブカ(英名:ホワイトチップ)は繁殖ために集まってくると聞いています。

今年は何かせっかちさんでも多いのでしょうか?
SUPで上を通ると、凄い速さで波を起こしながら逃げていきます(ごめんね~!)


そして近所にはオオベニゴウカンの木が美しい花を咲かせていました。
僕はこのレッドパウダーパフとも言われる、
ネムの木系のブラシのような花系が大好きです(#^.^#)

ハワイの花でもあるオヒアレフアの仲間でしょうね。

線が細い花なので、あっという間にしなびてしまいますが、
咲いてすぐの時の姿は圧巻です♪

花言葉は「高潔・澄んだ心」だそうです。
花は色んな場面で心を癒してくれます。

小さな素朴な野の花も素敵ですし、
こうした園芸品種の花も見事で感動します♪

そんな11月の母島でした(#^.^#)


■掲載記事を転載しました☆
2021.11.26までWeb版にも掲載されているそうです。
「EAGLE 2021.11.19」

Youth swaps Japan for Port Hardy to learn English

By Kathy O'Reilly, North Island Eagle, November 19 2021


When most people want to learn a new language, they sign up for a course.
Nagiho Miyagi hopped on an airplane from Japan to Port Hardy.
Nagiho, who is attending Port Hardy Secondary School, is from Tokyo, Japan, but not from the big city that immediately comes to mind.
“I was born in Tokyo, but I’ve grown up on islands. There are about 11 isolated islands south of Tokyo including the Ogasawara Islands, and all of those belong to Tokyo,” Nagiho explains.

She is from the southernmost island of Tokyo called Hahajima which belongs to the Ogasawara Islands.
The Ogasawara Islands are a World Heritage Site. They are located 1,000 kilometres south of Tokyo and are structured by two main islands and another 30 small uninhabited islands. The two islands, where people live are Chichijima: meaning father island and Hahajima: meaning mother island. Chichijima has a population of 2,000 and Hahajima has a population of 450.

“I used to live on Chichijima up ‘til I was five and then I moved to Hahajima and then grew up there ‘til I was 15,” Nagiho said.

Nagiho moved to Port Hardy in 2019, to improve her English skills and learn about different cultures.
The Ogasawara Islands are a tourist site, visited by many people from around the world.
“I have always liked to make friends with tourists and especially enjoyed talking people from abroad since I could use my English and get to know the stories of travellers from all over the world.”

By the time she graduated from junior high school (Grade 7 to Grade 9), Nagiho aspired to live abroad where she could immerse herself in an English-only environment.
As it would happen, Nagiho’s step-grandfather Kevin Lynch has been living in Port Hardy since 2016.
“He gave me an opportunity to stay in an English-speaking country by being my legal guardian. So, I started attending PHSS when my 10th grade started and now my last year of high school has just started.”

Moving to a smaller, isolated community on the tip of Vancouver Island, from a small island, was not a huge change and it is hard to draw comparisons between the two places.
“However, if I were to compare this town to my island, I would say some (things) are in common and some are not. Since both are island communities, we have very close relationships with people in the community. It makes our bond tight, and we help each other in need,” she said.
“On the other hand, we have completely opposite types of climates and nature.” Her island was warm, and she could swim year-round. The island had palm trees and all other tropical plants, and dolphins and sea turtles in the ocean.

Nagiho Miyagi moved to Port Hardy from Japan to immerse herself in the English language.

“Here, Port Hardy is a bit colder, rainy town with beautiful tree-beard-covered evergreens. I’ve had this fantasy about evergreens, and I am extremely happy that I can see evergreens every day." She finds Port Hardy small but likes towns and finds it “nice to see people greet and hug each other everywhere.”

Nagiho also appreciates the natural world presents on the North Island.
“The scenery here is just breathtakingly beautiful every day. It rains a lot here, but I realized that it also means we can see rainbows just as often as it rains,” she said.

“The beauty of North Island is in the humidity, not just rain but also mist and fog that covers this island just like veils, I think. The sunsets among the mountain ranges are one of my favourite scenes on the North Island, especially when the sunshine comes through the foggy mountains,"
Wildlife is another thing she treasures.

"Every different species of life is living so serenely,and they are shining in Mother Nature.Since I like photography,I have taken lots of beautiful North Island photos. It makes me feel like exploring more of the North Island.
I will keep capturing the special and normal moments and scenery of the North-Island.""
In addition to become anavid photographer since moving to the North Island,Nagiho enjoys singing,drawing and painting.
There are "lots of canvasses"on the wall in her room.



【親父による不完全な和訳】
英語を学ぶために日本からポートハーディーへ

ほとんどの人が新しい言語を学びたいとき、講座に申し込みます。
彼女は日本からカナダのポートハーディに向かう飛行機に飛び乗りました。
ポートハーディ高校に通っている彼女は、日本の東京出身ですが、みなさんがすぐに頭に浮かべる大都市ではありません。
「私は東京で生まれましたが、島で育ちました。小笠原諸島を含め、東京には約11の島があり、それらもすべて東京なのです」と説明します。

彼女は小笠原諸島に属する母島と呼ばれる東京最南端の島から来ました。
小笠原諸島は世界遺産に登録されています。

小笠原諸島は東京の南1,000kmに位置し、2つの主要な島と30の小さな無人島で構成されています。

人々が住む2つの島は、
お父さんを意味する父島と
お母さんを意味する母島です。
父島の人口は2,000人、母島の人口は450人です。

「父島に住んでいたのは5歳まででしたが、
母島に引っ越してから15歳まで育ちました」

彼女は2019年にポートハーディに引っ越し、
英語を上達させ、さまざまな文化について学んできました。

小笠原諸島は、世界中から多くの人が訪れる観光地です。
「私はいつも観光客と友達になるのが大好きで、
英語を使って世界中からの旅行者の話を聞くことができたので、
特に海外からの人々と話すのが好きでした。」

彼女が中学を卒業する頃には、英語だけの環境に浸れる海外生活を目指していました。
たまたま、彼女の継祖父ケビン・リンチは2016年からポートハーディに住んでいます。
「彼は私の保護者になってくれて、英語圏の国に滞在する機会を与えてくれました。
それで、私は10年生(高校1年生)が始まったときにポートハーディー高校に入学しました。
今は高校3年の最後の年が始まったばかりです。」

小さな母島からバンクーバー島の先端にある小さな孤立したコミュニティに移動したことは大きな変化ではなく、
2つの場所を比較することは難しいでしょう。
「しかし、この町と私の島と比較すると、
共通しているものとそうでないものがあります。
どちらも島コミュニティであるため、
地域の人々と非常に緊密な関係を築いています。
それは私たちの絆を強くして、
困っている時はお互いを助けることをします」
と彼女は言いました。
「その一方で、完全に真逆の気候と自然です」
彼女の島は暖かく、一年中泳ぐことができます。
島にはヤシの木やの熱帯植物があり、
海にはイルカやウミガメがいました。

「ポートハーディは少し寒くて雨の多い町で、
木の髭で覆われた美しい常緑樹があります。
私は常緑樹について夢を抱いてきました。
毎日常緑樹を見ることができてとても嬉しいです。」
彼女はポートハーディを小さいと思いますが、町が好きで、
「人々がどこでも挨拶し、抱き合うのを眺めるのが大好き」
と感じています。

また彼女はここの自然も素晴らしいと思っています。
「ここの景色は毎日息を呑むほど美しいです。
ここは雨が多いですが、
雨が降ると同じくらい頻繁に虹が見えることに気づきました」

「ここの美しさは、雨だけでなく、
ベールのようにこの島を覆う霧や雲にあると思います。
山脈に沈む夕日は、北島での私のお気に入りの風景の1つです。
特に、霧の深い山々から太陽が降り注ぐ時は格別です。」

野生生物は彼女が大切にしているもう一つのことです。
「色んな種類の生物がとても穏やかに暮らしており、
母なる自然の中で輝いています。
私は写真が好きなので、たくさんの美しい景色の写真を撮ります。
ここをもっと探索したい気分になります。
特別な瞬間だけでなく、普通の瞬間や風景も撮っていこうと思っています」
ここに来てからは写真を撮るだけでなく、歌、絵、絵を描くことも楽しんでいます。
私の部屋の壁には「たくさんの作品」があります。

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厳かな命を偲ぶ日に。

2021年11月14日 | 母島 日常 日記
■昨日、大好きな島のレジェンドが旅立ちました。
今日は朝から家族や島の仲間に囲まれ、火葬を行い、
95年間という激動の時代に魂をのせて過ごした身体も天にあがっていきました。

12年前、僕が母島に来た時からもずっとよくしてくれた、
沢山の話をしてくれた素敵な、大好きな方でした。

多感な十代まで母島で過ごし、
太平洋戦争での強制疎開を経験し、
本当に辛い時代を百姓として生き抜いてきたのです。

それなのに
とても繊細で優しくて、
いつも真剣で真面目で、寡黙な方でした。

でも、その中にとびっきりのユーモアが詰まっていて、
いつも最高の笑顔を垣間見ることができました。

「一、富士
 二、鷹
 三、なすび
 ちょ~どいいのが、あんぽんたん♡」
と、とびっきりの笑顔で話してくれた大好きな人です。

母島の南部、中ノ平に住んで沖村に歩いて通って、
海が穏やかな日は南京浜からカノーで沖港に農作物を運んでいたそうですが、
学校の行き帰りにそのカノーに便乗することも多かったと聞きました。

雨の日はマニラ坂を裸足で滑るように降りたり、
マニラ麻(サイザルアサ)の葉っぱに傷を付けて文字を描き、
後から通る友達に伝言をしたり、
山道を通うあまりに足腰が強くて「ヤマネコ」と言われるほど、
足が速かったと言います。

本当に色んな大事な話を聞かせてくれていました。

天に昇った日も、
大事な家族に囲まれて、
静かに眠るように旅立って、
またスッと起きて笑わせてくれるような、
そんな安らかな寝顔でした。

ご本人も、
ご家族も、
関わった皆さんも、
本当にお疲れ様でした。
心よりご冥福を祈ります。


■母島にはデイサービスや訪問介護を行う施設はあるものの、
老人ホームはありません。
50km隣の父島には老人ホームがあります。

“自分が過ごした母島で最期を迎えたい”
そんな願いがなかなか叶えにくい現在です。

こうして家族に見守られて、
穏やかに最期を迎えることができたことが、
言葉にならないほど心に響きました。

家族の皆さんの日々の関りには、本当に頭が下がります。

今はただ、寂しい気持ちもこみ上げてきて、
複雑な心境ですが、
数年前に先だったパートナーと天国で再開を果たして、
また笑顔で過ごしているんだなと思うと、
ほっこりする気持ちも溢れています。


■この秋は畑の烏骨鶏が4匹のヒヨコを孵し、
日々成長しています。
新しい命が巡るその様を見ていると、
なんだか、生命の儚さと力強さを垣間見させられます。

誰もが平等に訪れる「死」というもの。

僕も今年40歳となり、
少し死生観というものが変化してきた気がします。

前は漠然と畏れ(おそれ)みたいなものがあり、
人が亡くなったり、ご遺体に触れるときに、とても深い心の動きがありました。
でも、最近は死というものが何も特別なものではなく、
誰にも共通する出来事なんだというのが肌で感じることが出来るようになってきました。

そして自分がどのような最期を迎えたいかを考えるようになってきました。

今回のような、景色が色褪せてしまうほどの
厳かな気持ちにさせられる最後にはならないかも知れませんが、
最期を迎える時には
感謝の気持ちでいっぱいになるような、笑顔で迎えることを願っています。

その為には日々を大事に、
どんな出来事にも意味と役割を感じて接して、
できる限り出来事を受け入れて健やかにいれることを大事にしたいと今は思っています。



■1年前の4月。
新型コロナが世界を覆い、
医療崩壊しているイタリアのある病棟の屋上で、
一人のバイオリニストが病院の上でエールの旋律を奏でる場面。
ふと思い出して、また見たらやっぱり感動してしまいました。

当時の自分のコメントです。
「鳥肌が立ちました。
涙が溢れました。

新型コロナウイルスにより、
深刻な医療崩壊を起こしている
イタリアの病院の屋上で演奏する 横山令奈さん。

日々の疲弊する新コロナの医療関係者の皆さん。
来る日も来る日も、自分自身の感染におびえながらも、
患者さんを救おうと必死に働いていると思います。

ふと、外に出たとき、
ベランダに出たとき、
こんな美しい音色が聴こえたら、
アーティストの心意気に触れることができたなら、
またもう1日頑張れる力が沸く。
そんな気にさせられました。
ありがとうございます。

アーティストって、こんなにも凄いんだ。
こういう形で人が人を支える。
だから世界は美しい。
そう思えました。」

日々、色んな想いが交錯する島の暮らし。
人口450人の僻地な田舎の島です。
僕ができることは何でもやっていきたい、そう思っています。

理解できない理不尽な行動に首をかしげることもあります。
狭い社会ならではの課題にぶつかることもあります。
だけど、同時にそのすべてが愛おしくなる瞬間があります。

でも、僕はそんな泥臭い、人間臭い、
母島の暮らしが大好きです。

そんな母島を築いてきたレジェンドに関わることが出来て、
そしてそれを見送ることが出来て、
本当に有難い1日でした。

どうも有難うございました!

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コロナ禍で無事に終了!! 母島フラオハナ2021

2021年11月06日 | フラ
■11月3日。
例年だとこの文化の日、
小笠原協会の交流会や、父島の大神山神社例大祭で相撲などに盛り上がってる頃ですが、
コロナ禍で軒並み中止の中、
母島ではフラの祭典、フラオハナが実施されました。


内地での感染者が毎日50人以下の状況となり、
島内でも発生していないとはいえ、
このコロナ禍で屋外でも人を集める久々のイベントとなりました。
(2020年12月のクリスマスイベント以来かな?)

規模や体制、広報など、
運営側も本当に試行錯誤だったと思います。
無事に終えることが出来て本当に良かったです。
どうもありがとうございました♪

去年は初のコロナ禍でオハナ自体中止となり、
中3の卒業フラとして、こじんまりと船客待合所横で実施していましたが、
今回は関係者のオハナを実施したい思いと行動で
母島小中学校の中庭で実施することが出来たようです♪

うちの次女も6年生で参加することが出来ました(^_-)-☆
本当にありがとうございました!

■コロナ禍で夏は島内でもコロナ感染者が発生し、
例年に比べてなかなか練習も難しいという状況ということもあり、
曲数も規模もコンパクトにしての実施だったようです。

●母島オハナ曲順
11月3日 17時半開始

1 アオウミガメの旅(リコ)
2 世界中の子供達(リコ)
3 パーリーシェルズ(リコ)
4 グリーンローズフラ(プア)
5 丸木舟(大人)
6 カラカウアヘイノア(プア)
  休憩
7 ホイイカプーナナ(大人)
8 パイナップルプリンセス(中学生)
9 海の声(大人)
10 小さな竹の橋(大人)
11 カヴァイレフア(中3)

アンコール
12 カイマナヒラ(全員)



■フラオハナで一番のハイライトはやはり、来春卒業する中学生の卒業フラだと思います。
2018年のオハナで長女の時に僕は保護者として初体験しましたが、
本当に心に迫る瞬間でした。

長女は心底フラが大好きで、
いつもとても楽しそうに踊っていたので、卒業と思うと色んな感情がこみ上げてきます。
涙涙の卒業フラでした。

今回は二人の中学生が踊りました。
まさに島内コロナ発生ということもあり、
例年に比べて練習時間が全然作れなかったみたいですが、
めちゃくちゃ頑張って身に着けたようです。
(指導してくれる先生方、本当に有難うございます)

先生方から素敵なレイの贈りものがあり、
卒業生側からも先生にギフトを渡し、抱き合います。

地域で他の家の子供も見送る心情の母島なだけに、
感動のひと時でした♪


■小笠原のフラは戦後にハワイでフラを学んだ方が島に持ち込み、
今や多くの世代が踊る1大文化となっています。

様々な装飾がハワイと同じものが育つ亜熱帯気候なので、
無理なく文化として浸透してきた感があります。

ハワイのような精神性、宗教性は感じられませんが、
みんな楽しく日々練習し、
こうした場で発表できる、
その家族や仲間もみんなの成果を見ることが出来る、
そんな素敵なイベントになってきています。

可愛い保育園~5年生までのリコ、
成長して見ごたえのある6年生~中3のプア、
大人の迫力と美しさのマカナ、
どれもそれぞれ魅力いっぱいのフラです♪

僕自身もフラは経験ありますが、
2019年にハワイ島に行って学んだ経験からさらに深いものになりました。
その時、ハワイのネイティヴにフラを習う経験をさせてもらったのですが、
その踊りの美しさ、精神性、意味という部分に、
やはり本場の深みが幾重にも織り込まれていて、圧巻でした。

メリー・モナークという1964年から続くハワイ島最大のフラの祭典で
指導もオープニングにも踊っている指導者と家族に直接習う経験をさせてもらいました。

島のフラも、そうした深い部分に繋がっていく事があるのかなぁと考えさせられました。
現代は無宗教が主流になってきています。



■母島フラオハナは僕が母島に来た2009年頃は、
船客待合所で実施していましたが、
どんどん踊り手も増え、観客も増え、バンドも増え、
次第に脇浜で実施するようになりました。

僕も男フラで参加していた2017年フラオハナまでが脇浜開催でした。

小笠原返還50周年の2018年フラオハナ(長女の中3卒業フラ)から、
母島オハナは規模を縮小し、学校中庭で行うようになってきました。

学校中庭の最大のメリットは、
集落の中心にあり、通いが容易であること、
設営と撤収が楽ちんということがあると思います。

脇浜開催の時は風にも天候にも左右され、
音響やテント、電源の用意など搬入する機材の数は膨大です。
しかし、それだけの頑張りで作られる熱量と一体感は格別です♡

運営側の労力を考えると、
楽ちんで気楽な学校中庭の開催はとてもコスパがいいです。
部外者を快く受け入れにくいコロナ禍では重要かもしれません。

脇浜の時は青年会や他も屋台を出し、
飲食しながら楽しむお祭り感が満載でした(#^.^#)

どちらを選んでいくか、なかなか面白い考察だと思います☆

今回は元々、小規模のオハナを想定していたらしく、
音響も照明も必要最低限の用意となったそうです。

写真を撮りたい側としたら、
暗いし、動くしでぶれてばかりでなかなか難しかったです(涙)。

そんな事よりも、
まずは企画してくれて、さらに開催までこぎつけてくれた関係者の皆さんにリスペクトです!



■こんなコロナ禍で無事に開催し、終了できたのは大きな意味に繋がったと思います。
関係者の皆さん、本当にありがとうございました!!

驚くほど内地の感染者も減ってきています。
変異株が変異しすぎて自滅してきているとも言われていますが、どうなんでしょう?
これから少しずつイベントも復活するのかな?

色んな意味でワクワクしてきました♪
島の無形文化財の南洋踊りはまだ続けていますので、
これからも色んな文化を楽しんでいきたいと思います。

どうもありがとうございました!!



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海岸清掃2021秋~イルカに始まりイルカに終わる恩返し

2021年10月27日 | 海洋プラスティック
■先日、いつも大変お世話になりまくっている母島の自然に恩返しできる機会がありました。
海岸清掃です。

今回、10/16、17と実施した環境省のマイクロプラスティック対策の事業での海岸清掃に参加しました。
島民ボランティアの皆さんも募って、みんなでワイワイと海を綺麗にしてきたのですが、
その始まりから終わりまで、イルカ三昧でした♡

僕たちの乗る船の数メートル先で見事なきりもみジャンプをするハシナガイルカ。

僕たちは勝手にプラスティックや色んなものを開発しては、
海のゴミとして深刻な問題にさせている張本人には間違いないのですが、
こうして作業の前後にイルカの楽しそうな様を見ていると、
なんだか勝手に祝福された気分になって来ます♡

本当にどうもありがとう☆



■僕が海洋プラスティック問題に本気で目を向けるきっかけになったのが、
2016年の東港におけるザトウクジラの定置網絡まり事件、
カモメの釣り糸絡まり壊死事件がきっかけです。

私たちの暮らしの影響で、
こんなにも野生動物が苦しんでいることを、文字通り目の当たりにしたことで、
ハッとさせられました。

それをきっかけに要所要所で僕も海岸清掃に参加したり、
自主的に清掃したりするようになりました。

今回はイベントとして、なかなか行けない無人島でもある平島と向島に行って、
みんなで海岸を綺麗にしよう!ということになりました。



■結論から言ってしまうと、
2日間でトン袋5個分のプラスティックゴミを回収することが出来ました。

参加したメンバーにとっても、
なかなか行けない無人島に行けたり、
みんなでワイワイ作業出来たり、
行きと帰りにイルカ三昧だったりで、
参加してとても楽しいイベントになって、とても良かったです♪

何をするにしても、まずは楽しいというのが大事な気がします。
そこから色々始まっていく気がします☆


まずはみんなで漁船に乗って母島の属島・向島を目指します。

沖港を出て、早速ハシナガイルカ、ミナミハンドウイルカが出現!!
みんな一気にテンションが上がります♡
イルカちゃんのこの無条件に人を惹きつける魅力は凄いです。

しかもどちらも僕がいつも普通にSUPで行動する圏内の赤ブイ周辺での出現です☆

イルカで満足したご一行は(笑)、一路向島へ向かいます。


向島は母島属島の中で一番母島に近い位置に位置する大き目の無人島です。
父島と全く同じ名前の「コペペ海岸」「小港海岸」があり、
今回は小港海岸を集中的に清掃することになりました。

漁船がそのまま海岸に接岸することはできないので、
漁船から小さな伝馬船に乗り換えて、海岸に上陸します。


人の住む気配のない海岸というだけで、
やはり独特の雰囲気があります。

船の上からは分かりづらかったですが、
島に上陸してみますと、
沢山のプラスティックゴミが目に入りました。

これらが自然を汚染していると思うと、
申し訳なさで胸がいっぱいになります。


特に厄介なのが漁網です。
ノコギリ鎌で切って搬出します。


十数人もいると、ほんとあっという間にみるみる海岸が綺麗になっていきます♪
この小さなか海岸一つを綺麗にすることが、
地球全体のプラごみにどれくらい作用するかは分かりませんが、
数億個に及ぶマイクロプラスティックを未然に防いだことにはなると思います。


みんなでリレー形式で伝馬船に載せます。
人が多いとこの作業が本当にはかどります。感謝!!


ゴミを運んだあとはしばし探索タイム☆
向島のコペペ海岸を背景にヨガのポーズ♪


泳いで漁船に戻るときはムロアジの群れが!!
人はこんな光景に勝手に感動します。
当たり前の自然な光景に感動しちゃいます。
だから、頑張れます☆

■2日目は隣の平島へ。
平島は日本で一番アオウミガメが産卵する場所です。

昨日の向島に比べてゴミは少なかったですが、
やはり気になるプラごみはもちろんありました。


これをこのまま放置すると、
波で砕けて回収不能のマイクロプラスティックになってしまうので、
とても意味のある回収だと思います。

参加したメンバーに学校の先生も複数いたのですが、
「子供たちにもこのことを伝えたい!」と思ってもらえたのがとても嬉しかったです♪
いずれ子供たちも連れて来て実施するイベントを企画していきたいと思っていますし、
学校の授業でももっと海ゴミの事を伝えていきたいと思いました。

2日目の平島は小学生も2名参加してくれて、
色んな発見を僕たちに教えてくれました。

以前、ガラパゴスの高校生が小笠原に来て交流し、
僕は南崎を案内したのですが、
海岸に着いたとたん、当たり前にゴミを拾っていて感動しました。

そして、彼らはそのゴミを全身の装飾に仕立て上げ、
帰りも歌って踊りながら山を歩いて行きました。
「どうしてこんなに鳥がいないんだい?」
という質問に、
「そんなに大声で騒いで山を歩いたら、いなくなるっしょ(笑)!」
とツッコんだのを思い出します(笑)。


平島の長~いビーチを、
そんな話をしながら綺麗にしていきます。


2日目の平島もばっちり海岸を綺麗にできました♪


■2日目の帰りは蓬莱根付近で沢山のハシナガイルカと過ごすことが出来ました♪

速く動く船の帆先が好きなハシナガですが、
今回はなかなかゆっくりと戯れてくれました♪

こんなイルカ三昧な海岸清掃は母島ならではな気がします。

楽しそうに過ごしたり、
人にも興味をもって近づいてきたり、
野生動物にこんなにも“楽しさ”を伝えてもらうという生き物はそんなにいないのでは?
と思ってしまいます。

4m以下の小型のハクジラを総称して「イルカ」と定義しているようですが、
まさにこのヒトに近いサイズの鯨類ならではのものかもしれませんね。


■上陸後は海ゴミをトン袋に詰め込みます。

手に負える規模だったのが良かったです。
ちゃんと海岸を綺麗にしたという達成感もありました♡

トン袋に詰め込んだゴミは
僕の職場の一つでもあるリレーセンターに持ち込みます。
小笠原ではきちんと海ゴミの予算を確保しているので、
無料で海ゴミを受け取ってもらえます。
これは本当に有難い部分だと思います。

僕も以前から小規模ですが、海ゴミをずっと持ち込んでいます。


人間の生み出した沢山のゴミが、
海のあらゆる生き物に影響を与えていると報道されるようになってきました。

コロナでオンライン交流が発達し、
様々な学ぶ機会が生まれています。

母島の島民にもぜひそんな機会を作っていきたいと考えています☆

今日の午後は台風20号(マーロウ)の接近ですが、
その時間にハワイと内地の海ゴミで活動している皆さんとオンラインで打ち合わせです。
どうか停電になりませんように!!

2年前の台風被害を忘れていないので、
しっかりと養生して備えていきたいと思います。



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自由と責任を以て~18歳と12才の誕生日

2021年10月16日 | 家族
■10月はとにかく忙しい。
ローゼルの収穫、冬野菜の作付、御嶽神社例大祭、
ハロウィン、そして娘たちの誕生日。

我が家のふたりの娘たちはなんと同じ10月生まれなのです。
今回、カナダ留学中の長女は18歳を迎えました。

カナダに数週間前に妻が送った荷物が、
なんとその誕生日ジャストに届き、
長女から次女への誕生日の荷物が船便で届きました。

コロナ禍で航空便がそもそも少なく、時間がかかる昨今、
1か月以上前に相手の事を考えて送った荷物が、
7777kmの移動をして丁度に届くなんて、
なんて嬉しい事なのでしょう(#^.^#)

■そんな親父からはまず長女にメッセージを送りました。
娘たちの誕生物語にも書きましたが、
島で結婚して、子供を授かり、
切迫早産で色んな人に支えられて、
内地に緊急搬送されて入院しての誕生。

その娘が遠く離れた地で18歳を迎える。
こんなに有難いことはありません。

少しプライベートな部分はカットしてますが、
概ねこんなメッセージを送りました。

【18歳の誕生日おめでとう!!】
誕生日おめでとう。
あなたが生まれた頃、
親の僕が想像もできなかった世界に今あなたはいます。

僕が18歳の頃は、昼間仕事をして、
夜間の工業高校に通っていて、
海外で学ぶなんて選択肢すら思いついていませんでした。
これから生きる少し先の未来と、
趣味の音楽と友人、異性の事ばかり考えていた(笑)18歳だった気がします。

あなたはこの秋に、コロナ禍でありながらも、
ようやくカナダ留学の3年目を迎えることができました。
日本の多くの同級生は来春以降の進路を決めて動いている時期です。
あなたは高校を卒業する来秋以降をどう考えているのか楽しみです。

今の日本では18歳から選挙権を得ることが出来るようになりました。
あなたの代から成人式も18歳になります。
つまり、自分の行動に対して、親が責任を取るのではなく、
あなた自身が責任を取れるという年齢に達したことになります。

親のお金や親の人脈に頼らずも、
自分の意志と行動で自由に生きていけるという、
素晴らしいターニングポイントだと思います。
これからはより自由に、
自分の意志で世界に羽ばたいて行ってください。
ありったけの自由とともに、
責任も一緒に伴っていきます。

どの学校に行け、
どの職種に就け、
どんな人と付き合え、
元々そうですが、
今後も一切、干渉する気はありません。

自分で決めて、自分で行動して、自分でその責任を負ってください。
あなたはあなたのものであって、
決して親のものではありません。

どこで何をしても構わないけれど、
親としてはいつもあなた自身がハッピーで過ごせて、
死ぬときに笑顔で死ねるようであることを祈ってます。

海外にいてもメールやSNSでこうして、
簡単にやりとりができる時代だけれど、
あまりやり取りがないときは、楽しんでいるんだなと思っています。

ただ、自分で対処できないほどに辛いとき、
心底困った時はいつでも頼ってください。

元々生まれ持った宝物、
その天性の人柄、人を思いやれる心、優しさ、芸術性、
それらを大切に健やかに生きていってください。
そしていつも多くの人に支えてもらっていることを忘れないで、
常に感謝の気持ちを持っていてほしいなと思います。

僕は今でもちゃんとした大人にもなった気はしませんが、
妻のお陰で夫婦となり、
あなたともう一人の妹のお陰で親になることが出来ました。
最初から親だったわけではなく、
間違いなくあなたの成長とともに、
僕も親として成長させてもらいました。

自分が立派な親と思ったことはないけれど、
あなたの父親になれて嬉しいです。
本当にどうもありがとう。

あなたは小笠原が大好きだし、
島の暮らしに憧れることもあると思うけれど、
親元に帰って生きていくという選択肢は、
基本的にはありません。
島で暮らしたいならば、
自分で住まいと仕事を手配してください。
あなたはもうそれができる年齢です。

カナダに行って、
日本ではなかなか学べない、
主体的に生きるということを学べていると信じています。
日本では当たり前に進学か就職しかありえない風潮があります。
あなたはその流れの中にいると思っていますか?
僕はもっと主体的で自由にいれてると思っています。

自分の責任で生きていける年齢の今、
自分で決めて自由に生きていってください。
日本はもちろん、
世界の国、色んな土地に旅に出るのもいいでしょう。
お金がないだろうから、各地で住み込んで働くのもいいでしょう。
頑張って奨学金や市民権を得て、
働きながら進学するもいいでしょう。

よく日本の大人や先生に押し付けられる
「将来の夢」なんてものに縛られず、
その時に興味のあること、好きな事、やりたい事に
どんどんチャレンジしてください。
それを実現するための環境を自分で作ってください。

最後にあなたが困った時に沢山の人が助けてくれています。
その恩返しはあなたが出逢う目の前で困った人の力になることで恩返しになると思っています。
人と人はそんな形で世界を作っていると思っています。

世界は本当に美しくて素晴らしい♪
改めて、誕生日おめでとう。

いつも遠く離れた小さな島からあなたの健やかな日々を願っています。



■そして友人達からも沢山のお祝いのメッセージを頂きました♪
世界中、様々な年齢の友人から祝福されていて、本当に有難いなと思います。

僕も妻も娘たちも、
日々沢山の人に支えられて生きています。
本当に感謝です☆
自分に余裕があるときは、
できる限り、困った人達のフォローをして、
恩返ししていこうと日々思っています。

感謝して、労って、リスペクトしていく…
そうして世界は少しずつ平和になっていく気がするのです♪


■長女の誕生日の翌日は次女の誕生日。
6歳離れている姉妹で、次女は小学6年生。
来年には中学生になり、あと3年半で島を巣立っていきます。

なんと1日違いの誕生日の姉妹。
長女がカナダにいる今、時差で同時刻にお互いが誕生日という不思議な現象になるのも3年目です♪

姉が巣立って3年。
いつも大好きで尊敬している姉が暮らしの中から離れ、
次女もバリやカナダ、ハワイに青ヶ島と外の世界の人と交流し、
姉とは真逆の人見知り、場所見知りだったながらも、
色んな視野を持ち、挑戦してきました。

来年からは中学生。
しっかりと大人の理不尽さにも納得できずに、
モヤモヤとする時期を経て、巣立っていってほしいと思います。

魚を捌いて、刺身を盛りつけできる。
ゴキブリを素手で掴める。
クライミングが大好き。
東港で頭飛び込みができる。
絵が上手い。
歌と踊りが大好き。
お菓子作りなど料理も好き。
超頑固もの。
ストイック。
怖がり。
などなど、慎重派な次女さん。

僕からは3年分の写真アルバムをプレゼントしました。
デジカメの時代に子供が手に取って見れる写真があればいいなと思って、
長女が6歳になった時から3年ごとに親元にいる15歳まで作成して贈っています。

アルバムを作りながら、3年間を振り返って、
子供の成長速度に驚くばかりです♪

子供に負けないように成長しようと思っていますが、
横にしか成長しないお年頃の僕(笑)。
精神面での成長を目標に、
娘たちの誕生を祝いたいと思います。
誕生日おめでとう!!

コメント (1)
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厳かな母島 御嶽神社例大祭2021

2021年10月09日 | 島のイベント
■本日10月9日(土)は母島の御嶽神社例大祭でした。
あれ?と思ったアナタは母島御嶽通です☆
そう、土曜日開催というのは滅多にありません。

基本は10月の第2日曜と決まっているからです。
今回は明日10/10が入港日の為、諸々の都合で土曜日開催となりました。

例大祭、と言ってもコロナ禍が続く2021年なので、
例年のような夜の宴は中止で、
日中の農業者へのご祈祷、神事のみの開催となりました。

いつもは200食以上作る農協婦人部の大仕事ですが、
去年に続き、関係者のみのお弁当の配布、
それでも前日から仕込みに動いてくれていました。
本当に感謝です☆

清掃と神事を終えて、神社を下ると、
婦人部の皆様の気持ちの入ったお弁当を家族全員分、頂きました♪
本当に有難うございます☆


■さて、この母島の御嶽神社例大祭の起源はいつか?
島のレジェンドに聞いてみました。

元々は戦前に母島の農業の第一人者でもある鈴木美義氏が、
長野の御嶽神社から母島に持ってきたのが始まりだそうです。

戦後は都営住宅が母島に建設される昭和48年夏頃に
再建されたと言っていました。

その頃は現代のような太鼓やカラオケ大会の宴ではなく、
ご祈祷、神事の後は夕方に提灯を付けて、
島民のお参りを迎えたと言っていました。

当時、母島は復興の建設者ばかりで、
女性が少なく、鈴木美義さん自身が天ぷらを揚げてもてなしていて驚いたと言っていました。

これは2018年の御嶽神社の参道の様子です。
提灯の灯りの中を、みんなで階段を上って参拝するのです。

近年はありませんが、
30年前頃は沢山のオガサワラゼミが提灯に入っていて、
子供たちが捕まえて遊んでいたと言います。

そんな光景も外来種アノールトカゲの影響で、
今は見ることはありません。

境内に上ると、みんな参拝をして、お賽銭を入れ、お弁当を受け取ります。

お弁当も、刺身にお餅も付いて、本当に豪華なものです。
僕自身はスタッフとして奮闘しているので、
あまり写真はありません(笑)。

お弁当をみんなで食べながら、小笠原太鼓やカラオケの一興に楽しんで過ごします。


こちらは2019年の御嶽神社例大祭です。
天候が悪く、村民会館での開催となりました。

村民会館は御嶽神社に比べて、
集落のど真ん中にあるので、より多くの人が集まり大盛況になります(#^.^#)
でもやってる当人たちも何のお祭りか分からなくなりがちなのが玉にキズです(笑)。


■話を2021年に戻します(笑)。
コロナ禍で大勢の宴会とはいかないので、厳かに執り行います。

まずは朝から神社の境内と参道を農業者で綺麗にしていきます。

私たちもここを訪れるのは年に2回くらいでしょうか。
初詣と御嶽神社のお祭りの時です。

僕は次女が妻のお腹に身籠った時、
切迫早産の気配があって、毎日この御嶽神社に通って、お祈りを続けました。
境内でお祈りを終えて、目を開けた時のタマナとガジュマルの森の景色を忘れられません。

そんな次女も無事に今は12歳になろうとしています。
本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

みんなで色んな世間話をしながらの作業。
このコミュニケーションも実は結構大事です☆



■掃除を終えると、祠の周りに道具を準備していきます。
父島から宮司さんが来てくれて、神事だけでなく、いつも色んな話をしてくれます。

準備が整ったら、百姓は一旦家に戻り、奉納する準備をしに行きます。

僕はすでに準備して来ていたので、宮司さんや先輩に色んな話を聞いたりしています。
そうこうしているうちに、神事がはじまりました。

今回は宮司さんに撮影を許可してもらい、記録として残すことにしました。

祝詞を述べて、みんなでご祈祷していきます。

一人ひとり榊を持って、ご祈祷する場面もあります。

木辺に神と書いて榊(さかき)。
これは本当の榊ではないそうですが、母島で準備されているそうです。


日常生活において、恐らく昔ほど神社が心の拠り所ではなくなってる現代、
母島の御嶽神社にまつわる諸々もその例外ではないと思います。

しかし、この機会に百姓が集って、みんなでご祈祷する、
感謝する、次の豊作を祈るというのはとても大事な気がします。



■2019年の猛威を振るった台風の被害で、社も損傷した跡があります。


今年も丁度収穫期を迎えているローゼルを奉納させて頂きました。


他にはスターフルーツやゴーヤ、ドラゴンフルーツ等、
沢山の島の幸が供えられています。


そして農協婦人部による突きたてのお餅。


お供えの定番のお米。


お神酒。


神事の一つ一つに、先代からの想い、意味が込められているのが伝わってきます。
この厳かな気持ちになる瞬間に実は大事な意味がある気がするのです。


■古い写真を紐解くと、その時の想いを思い出せないものにぶつかったりします(笑)。

これは2015年の御嶽神社のお弁当に使われたお弁当の四角豆とイクラで遊ぶ次女です。

まだコロナ禍の気配すらないこの頃は、
日々みんなでワイワイやっていました。



■そして御嶽神社例大祭の2日前は島の大事な友人夫婦の新造船・漁船が母島に到着するという日でした☆

今回は初めて、撮影を任されて、
ドキドキの初チャレンジです。

拙い写真だけど、
凄くみんなが笑顔になる最高の到着祝いでした☆

とっておきの写真はもちろんご依頼のだけにお届けなので、
みなさんには全体の雰囲気だけ伝わる写真をシェアします☆

無事の到着本当に良かった♪
そして、新造船おめでとうございます!!

そんな秋のひと時でした☆
最後まで読んでくれて、ありがとうございます(#^.^#)
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便利屋を開業して4か月。感謝!!

2021年10月02日 | 便利屋 こまわりさん
■人口450人の母島で便利屋さんを開業して4が月が経過しました。
開業してから、有難いことに今日まで沢山のご依頼を頂きました。
毎日、こまわりさんの仕事をしない日はないくらいです。
利用してくれた方からも本当に感謝の言葉などを沢山頂けて、
本当に嬉しい限りです♪
どうもありがとうございます☆

写真は僕の宝物の10徳ナイフです。

これは3人の尊敬する人からそれぞれ頂いたものです。
僕の人生の節目節目に、何故かみんな揃って“10徳ナイフをプレゼント”してくれたのですが、
最近便利屋をはじめてみて、少しそのご縁に納得できた気がしました。

僕は島でこんな10徳ナイフみたいな存在になりたいのだな、と。

それぞれの専門のエキスパートまではいかないとしても、
誰かがふと困った時に、
10徳ナイフのように「ああ、お陰で助かった♪」そんな便利屋さんを目指していきたいと思います。


■便利屋さんをはじめてみて、
本当に多様なご依頼を受けて来ています。

草刈りや剪定はとても多いですが、
重いものを運んでほしい、郵便宅急便を出してほしい、
網戸を張ってほしい、自転車を直してほしい、
緊急時に駆けつけてほしい、
電気を取り換えてほしい、
クーラーを掃除してほしい、
インターネットで買い物をしてほしい、
ゴミを処分してほしい、掃除してほしい等々、
本当に沢山のご依頼を受けています。

開業前からやっていたことではありますが、
しっかりと開業してチラシを配ったことで認知され、
「お金払って頼めるって、本当に有難いよ!」
と沢山言ってもらえて、便利屋を始めて本当に良かったなと思う日々です♪

たった5分の仕事から、数日かかるものまで本当に多様ですが、
困っている人に寄り添える仕事はとても有意義です☆
こちらこそ、本当にありがとうございます!!


これはとある草刈りのご依頼の作業前後の写真です。
僕自身、草刈りは終わった後の達成感がたまらなくて、大好きな仕事なのですが、
草刈りをしていて「本当に気になってたよ!綺麗にしてくれてありがとう!」と島民に言われて、
とても嬉しかったです。

些細なことだけど、
人が喜んでくれるのはやっぱり嬉しいし、
感謝の言葉をかけてもらえるのが、
本当に励みになります。

今年の4月に迎えたターニングポイント
10年以上続けていた自然保護の仕事をやめて、
ゴミ回収の仕事、便利屋を開業したのですが、
その選択は間違っていなかったと思います。
毎日がさらに充実しています♪(収入は増えたり、減ったりですがw)

そしてこの秋からはもう一つ、
新しい流れに挑戦していきます。
今まで少し距離をおいていた分野なのですが、
母島部活堂の活動を通じて、
その分野にも関わっていこうと決心をしました。

色々、思いや悩みはありますが、
まずはやってみる!という僕のスタンスで動いていきます!
これについては、近々ブログ記事を書くと思います。



■そんな僕にとって宝物の10徳ナイフの紹介もしちゃいます。
ビクトリノックス / VICTORINOX
ピクニッカー NL

これは僕の旅の恩師でもある、
夜間の工業高校の最後の4年生の担任の先生から贈られたナイフです。

130年以上の歴史を持ち、スイス陸軍でも採用されているメーカーです。
これは確か、僕が卒業する19歳に小笠原に行き、さらに翌年に沖縄の西表島に行くときに、
プレゼントしてもらった気がします。

恩師曰く、
「このナイフは刃渡りが長くて、とても実用的。
 銃刀法違反にもならないし、海外にも持っていける。
 これさえあれば、かなり色んな場面で重宝すると思う。
 自分でお好みの刃に研いで使うんだよ。」
と言われたのを覚えています。
もう20年前の話なんですね☆

実際にこの刃渡りの長さが、料理などで重宝しました♪

そして、恩師によるこのロープの結び。
何気に使っていて「山登りを知っている人の結びだね」と何人かに言われました。
今ではその意味が分かります。

本当にありがとうございます!



■もう一つはこちら。
ビクトリノックス / VICTORINOX
クライマー

これは母島の尊敬する方からプレゼントしていただきました。
僕のことを想って、わざわざ購入し、贈ってくれる、
それだけで、なんて嬉しく、有難い事なのでしょう。

今でも母島で一緒に活動したり、働くことがあるのですが、
本当にいつも気配り、声掛け、島の子供たちを大事にする考え、
沢山のリスペクトに溢れています(#^.^#)

このナイフは、よく日常で活躍しています。
ナイフはもちろんですが、
実はハサミと刺抜きが意外と重宝しています☆

ふと必要なときに寄り添ってくれる、
そんなナイフです。

コンパクトなので、
ほとんどいつも携帯しています。



■最後にご紹介するのがこちら。
レザーマン/LEATHERMAN
BOND

これはこの春まで長年お世話になった職場の先輩から頂きました。
とても人間味があって、魅力的で尊敬できる方から、
このターニングポイントの節目として、贈って頂きました。
本当にありがとうございます!

このUSA製でアウトドアシーンで有名なレザーマン。
米軍御用達だそうで、しっかりとした作りです。

中でも特に印象的なのが大きなプライヤーの存在でしょう。
その根元にはワイヤーカッターなどもあり、色んな場面で重宝すると思います。

こちらはまだ頂いたばかりで実践ではまだ未経験です。
これから一緒に付き合っていくことになります♪


■僕が尊敬する、
素晴らしいなと思っている人が、
僕のことをわざわざ考えてくれて、
こうしてプレゼントしてもらえる。
こんなに有難いことはありません。

それぞれ別の3人が、
こうしてマルチツールを贈ってくれる偶然性。
そして、ギフトという言葉の意味を日々かみしめています☆

僕はこれまでも、今でも家族や沢山の人、大自然に支えられて生きています。
リスペクトと感謝の気持ちを忘れずに、
今度は僕が困っている人や、
その時必要なだなと思えるタイミングでギフトをしていければと思います。

それが便利屋だったり、
贈り物だったり、行動だったり…

それが一番の恩返しなんだなと思っています。
そしてそれが僕の人生のクレアナなのだと感じています。

本当に有難うございます!

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2021年 母島産ローゼル販売開始☆ お月見収穫祭

2021年09月25日 | ローゼル販売
■お待たせしました!
今年は少し早めの9月25日より母島産ローゼル予約開始します♪
先行して9月24日より、母島農協売店にも出荷を開始しました。
※10/9をもって、内地向け発送の受付を終了します。
 沢山の注文をありがとうございました!


もちろん、今年も無事に無農薬・無化学肥料栽培で育った小笠原ローゼル(旧:母島ローゼル)です(*^_^*)
ローゼルとは食用ハイビスカスの事で、
よくハイビスカスティーの名称でハーブティーに使われているのが有名です。
他にもジャムや塩漬け、酒漬けなど用途は多彩です(#^.^#)
収穫期が約1か月という超短期作物のローゼル。

ドライとして長期で楽しむのも良し、
旬の今をフレッシュに存分に楽しむも良しです(#^.^#)

2019年は生育がとても良かったのに、前代未聞の超台風2連チャン被害で大ダメージ、
2020年は台風直撃がゼロという奇跡のような年だったのに、生育がいまいちでした。
2021年の今年は今のところ調子がいいのですが、なんと来週には大型台風16号(ミンドゥル)の接近予測!!
なかなか順調にはいかないものですね~(#^.^#)

台風の被害によっては予約を受けても出荷できない可能性がありますのでご了承ください。


■母島産ローゼルをお求めの方へ
完全露地栽培なので天候や条件で発送など前後する場合があります。ご了承ください。

【島内でお求め】
★予約の際には
 ・小袋 約100g(250円)
 ・中袋 約250g(600円)
 ・大袋 約500g(1200円)
 ・無選別 袋なし 1㎏~(2100円~)
  ※母島内限定、袋なし量り売りでお届けもできます☆(ちょっとお得!)

 ①規格の種類 小袋 or 中袋 or 大袋 or 無選別
 ②数量 何袋(何キロ)
 ③連絡先 氏名、住所、電話番号
  を明記してご連絡ください。

母島農協の売店にて随時出荷していきます。
最近は営業時間が8:00~13:00と短縮になっているみたいなのでご注意ください。
父島の方は父島の農家さんが生産しています。
ぜひ地産地消をお願いします☆
が、今季は数量が少ないらしいので、時々は父島にも出しますね☆
(ど~しても母島のローゼルが!という方はご相談ください。)
予約の際は農協か直接、宮城までご連絡ください。
 



【内地からお求め】
今年も一人様、最大2㎏までに限定したいと思います。
僕自身のポリシーとして、
作物にとって一番は地産地消であるべきと考えているからなのです。

発送には送料はもちろんですが、多大な流通コスト(発送、梱包、連絡etc)が発生します。

それにはお金が対価として支払われるのですが、
それでは環境負荷に対して補えないものがあると思うのです。
一番は作物はその生産地で消費することだと思っています。

現代の流通の発達のお蔭で、世界は狭くなり、大変便利になりました。
しかし、それによって失われたものも数多く存在します。

僕は持続可能な暮らし実現の為に、
意識は広く、生活活動は狭くあればなぁと思うのです。
内地から沢山の嬉しい声があるのは正直、とても励みになります♪
そしてとてもとても有難いのですが、
なるべくは母島島内で消費し、加工し、循環していくのが理想だとも思っています。

そんな訳で、今年も内地向けは数量限定で、
予約を受けることになります。
船便に載せるタイミングなどで数量が足りない場合はキャンセルさせて頂く場合があると思いますので、ご了承ください。
※台風の進路によってもこちらからキャンセルをお願いする場合があると思います。


◎内地発送ご希望の方は下記連絡先までにご連絡下さい。 
<連絡方法>下記のいずれかでご連絡ください。
 ・ブログ左欄にあるメッセージ(連絡先を記入してください)、
 ・Eメール(miyagigian-farm☆yahoo.co.jp ←☆マークを@に変えて送信してください。)
 ・Facebookのメッセージ
 ・電話や島で見かけたときにでも気軽に声をかけて下さい♪

①規格の種類:A級(250円/100g) or 無選別(210円/100g)
②数量:100g~1kg ※今年度はおひとり様 2kg未満でお願いします。
 (100gでローゼルが9~10個くらいです)
③連絡先:氏名、住所、電話番号
④発送希望船便(父島出港 10/1、7、13、19、26)
⑤配達希望時間帯
を明記してご連絡ください。

(内地発送は収穫期前半(~10月中旬)は常温で可能です。
後半(10月下旬~)は鮮度が落ちやすいので冷蔵で発送します)
内地向けの支払いはゆうちょ銀行への振り込みでお願いします。(発送時に別途、連絡します)

内容量は注文数より若干多めに入れていますが、
運送中に蒸散で重さが減る場合がありますのでご了承ください。

内地向け発送の場合は、
ビニールに入れるより、段ボールに新聞紙で送るのが一番鮮度保持できることが分かってきました。
見栄えは悪いのですが、いい状態でお届けするのがベストと思いますので、ご了承ください

2021年の内地向けローゼルの販売受け付けはすべて終了となりました。
沢山のご注文、ありがとうございました!


★また、無選別ローゼルは虫の混入、欠けなどが入っている可能性があります。
風の雨を凌いで、アリなどが中に入っているのがあると思います。
雨風を凌ぐには良い環境なのでしょうが、加工の時はちょっと困る存在です。
剥いてみて、アリがいたら、そっとベランダにでも置いておいてもらえるとそのうちにいなくなります。

また予約状況、天候、生育状況によっては予約されていてもご用意できない場合がございます。
その場合はご連絡させていただきますが、
予約はキャンセルになってしまうのでよろしくお願いします。




■2021年の夏はとても涼しい印象で、
夜まで暑いザ・真夏日と思う日は数えるほどでした。

そんな中でもこれまでは台風の直撃もなく、
順調に育ってきていました♪

毎年、栽培中に発生してしまう立ち枯れも、
現段階ではとても少ない数で推移しています♪

南米では日系移民が故郷の梅を思い出して、
ローゼルの塩漬けを「ハナウメ」と呼んで親しんでいたそうです。

母島にも南米から移住された方がいるのですが、
その方たちが出荷当初「パラグアイ・ウメだ!懐かしいな!」と驚いてくれてていました♪


そして、ローゼルはオクラやハイビスカスと同じアオイ科です。
島ではイチビと呼ばれるテリハハマボウもアオイ科なので、
良く馴染みのある花な気がします。


■ローゼルはドライにして長期保存もできますし、
フレッシュでも色々使えます♡

以下は過去のブログ記事をリンクしているので、良かったら参考にしてみてください。
ハーブティー
ジャム
塩漬け
酢漬け
酒漬け
・天ぷら
・ローゼルソース
・ケーキなど
お弁当の彩りや、パンや一服のひと時、
各種お菓子作りなどに、美しい真紅のローゼルをご利用ください☆
利用方法は「ローゼル加工利用」をご参照ください。

他にも何か素敵な利用方法があったらぜひ教えてください♪
よろしくお願いしますm(__)m


■今年は中秋の名月が9月21日だったのですが、その日は母島部活堂のオンライン配信があったので、
恒例のお月見を妻にいきなりお願いして、前日の十四夜に実施しました。

運が良い事に、十五夜の日は天候が悪く、あまりいい満月が見えなかったみたいです。

お月見は我が家にとって収穫祭。
今年はオクラに枝豆にモロヘイヤにローゼルと、
沢山実りがあるので、本当に感謝の気持ちで臨むことが出来ました。

いつもヤギの飼料として植えてあるイネ科のマクサがいつもこのタイミングでいい穂をつけてくれます♪

住宅街ですが、
なかなかいい景色です☆


妻は大好きな枝豆(ずんだ)と塩漬けローゼルを使って、
見事なずんだローゼルご飯をこしらえてくれました(^_-)-☆

塩加減とローゼルの酸味、ずんだの風味がミックスして最高の味でした♪


お月見団子はかぼちゃの粉を使って、
黄色い満月が並びます☆
(ウミガメの卵みたいと思ったのは内緒です!)


さらには妻お得意のおはぎ。
いつも思うのですが、塩加減が絶妙すぎます☆

真夏に楽しむローゼルと言えば、
誇り高き葉ローゼルこと「ルビーローゼル」のハーブティー。


そしておつまみの王道であり、
今年、ネズミに襲われつつも、大豊作の枝豆。


急に前日にしようなんて、言ったのは僕なのですが、
こうして丁寧に料理を用意してくれた妻に感謝です♡

結婚するまで僕はほぼ季節の行事というものにご縁がありませんでしたが、
妻はことあるごとに季節の行事を執り行ってくれます。

その度に有難い気持ちになるし、
その行事に意味みたいなものを知り、日本の風俗というものの奥ゆかしさを知り、感動します。

作物の収穫という有難い集大成に、
季節の行事。

そんな中で大自然と家族、多くの人に支えられて暮らせている今に感謝です
今季もどうぞ、よろしくお願いします!


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マイSUP「Tamana」が来て1年。ライフスタイルが変わりました。

2021年09月18日 | SUPライフ 母島
■2020年9月。
去年初めて、念願のSUPを購入しました。

気付けば、あっという間に1年が経過しました。
ずっとSUP三昧でした☆

この夏はほぼ毎朝SUPをしています。
自分自身、毎日技術が向上している手応えがあり、とても楽しいです♪
40歳ですが、日々遊びまくっていて、これで大丈夫か?と心配になります(笑)。

主に朝5時頃の日の出のタイミングに沖に漕いでいき、
御幸ノ浜沖くらいまで行きます。
朝日を浴びながらSUPの上で太陽礼拝などのヨガを行い、
帰ってくるというものです。

日中に時間があれば、
昼休みや夕方もSUPしたりしています。
まさにSUP三昧!!

SUPの醍醐味は、
カヌーとかとは違い、一人でも気軽に沖に行けることです。(安全対策はしっかりと行っています)
またコロナ禍で単独でレジャーできるという点でも非常に有効です。

そして、目線が高いのでとても景色が良い!!
体幹をフルに使いますし、
色んな姿勢で漕げるので、全身運動にももってこいです(#^.^#)

ただ、安全管理は大切で、人に迷惑をかけるわけにはいかないので、
無理はしませんし、極力慎重にやっています。
9/5に福井県で悲しいSUPの死亡事故が発生しています。
十分に気を付けて、何度も練習して、
パドルが折れた場合、風で流される可能性、リシューコードが切れないような点検が重要です。

SUPはNSP HITという丈夫でバランスの取れるオールラウンドボードを使っています。

この春位からSUPに「Tamana(たまな)」という名前を付けました。
ちなみにタマナは島にあるテリハボクという木の島名です。

なんともポリネシアの響きのこの名前、
実はギルバート諸島にTamanaと呼ばれる島があるのです。
父島や母島の向島にあるコペペ海岸の由来になったコペペじいいさんはギルバート諸島出身。
故郷から遠く離れた小笠原で、故郷と同じ気を発見し、タマナと名付けたのかもしれませんね(#^.^#)

小笠原のコロナ一掃期間はずっとベタ凪でした。

朝の海はいつもこんなにぺたーっとしていました♡
こんな中、漕ぐのは最高の気分です☆

■9/10は最高過ぎる朝活SUPでした。
前の晩に人のためになれることがあって、
とても心底感謝してもらえて、
今朝はベタ凪で、
朝日を浴びながら、
沖で飛び込んで、
ヨガして瞑想してターンしたら、
ハシナガイルカの大群が跳ねて近づいてきました♪

目の前のイルカちゃんは朝から本当に楽しそうで、
ランデブーした後に漕ぎながらの景色を眺めながら、
世界はなんて美しいんだろうって思える朝でした♡
(もちろん、そういう時はカメラはないw)

こんな僕でも少しは人の役に立てている実感、
ありったけの大自然、
自由に動かせるこの身体(ぎっくり完治!)、
家族と仲間、みんな、
本当にすべて有難うって、心底感じれた朝活でした(#^.^#)
いや~生きてて良かった!


母島も9月になり、秋の気配です。
畑のローゼルは今年は順調で、
今は毎朝可愛いピンクの花を魅せてくれます。

もう10年近く、自家採取を続けることが出来て、
種も父島はもちろん内地にも送ったりしています。


強い空く今日も夫婦で北港で泳いだのだけれど、
その帰り道の庚申塚でオガサワラゼミの大合唱に遭遇しました。

外来種トカゲのグリーンアノールの影響で、
母島では北部以外ではなかなか大合唱を聞くことはありません。

この大合唱がもう何年も聞き続ける保証もありません。

人が住み着くという影響。
人はその土地に色んなものを運びます。

それが時として、
島の先住民にとって、
致命的な運命に導いてしまう場合もあります。

持続可能な暮らしと
貴重種保護、
小笠原に暮らしていて、この2つにいつも揺さぶられます。

正解はこれ!ときっとずっと言えないけれど、
ずっとこのことを考えて行動していきたい。
そう思わされる出会いでした。


■先日、ニューヨークの小学生が、
マイクロプラスティック等をゼロにする運動をするという素晴らしい映画を見ました。
その翌日から朝活SUPの時にネットを持って行って、海面に漂うプラスティックゴミの回収を始めることにしました。

ハチドリのひとしずく(自分にできることをやるだけ)、
ハワイのクレアナ(役目、責任)、
今月はワールドクリーンナップデイがある月。

父島では海岸に海洋プラのゴミ箱が設置されていると聞いています。
素晴らしいと思います♪

それぞれの人が、
それぞれの分野で、
この世界にリスペクトをして、
その人ができることからやっていく、
それがきっと大切なんだと思っています。


■我が家の軽トラは白いです。
それはそのままキャンバスを意味します。

みんなそれぞれ素敵な芸術を発揮☆

次女さん、なんとそこら辺の棒で書いてます。

僕が書くクジラのしっぽに一言。
「お父さんの絵は、筆に勢いがないよ。
 大事なのはかすれとか、その動きな気がするなぁ」
妻は
「クジラの尾びれは広さと力強さ、それは違うね」

見事に素敵に修正されました(笑)。

僕は絵心は自信なく、ゴマちゃんとキン肉マン、ドラえもんだけは自信があります(笑)。
完成(完成ってあるのか?)版は実際の現物をお楽しみください☆


■母島のははじま丸が入港する際の当たり前の光景。
結構、平和感が抜群で、僕は好きな景色です。

入港日限定ですが、
僕も船のもやい綱を係留する作業をします。

実は結構好きな作業なんです。
大きな船は一人では接岸→係留できません。
チームのみんなの力が必要なんです♪


■コロナ一掃期間のおかげで夏休みが9/6まで延長した次女。
夏休みは内地に行かないことを選択した分、存分に島の自然を堪能しました☆

最近は万年青浜にもハマっています。
家族で泳いでいたら、大きなカスミアジがこちらを見に来ました!
ロウニンアジかと思いましたよ!


沢山の魚の群れを堪能できる海が、
ごく近くにあるという有難みを感じています。


これから秋も深まり、
台風シーズン、ローゼルの収穫と続きます(#^.^#)

存分に遊びつつ、
存分に動くぞ~~!!





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固定概念を崩した先にあるもの

2021年09月11日 | 政治
■気が付くともう9月中旬!!
先輩方が言うように、年々時が流れるのが速くなっていくのを感じます。
あの子供の頃に感じた永遠のような夏休み感は、
やっぱり時間軸の違いを感じさせられます(#^.^#)

思えば今日は9.11.
あの同時多発テロが発生した日です。
あの日の事は忘れられません。
友達の家で一緒にゲームをしていて、TVになんだか陳腐な映画やってるなと思ったら、
それは現実で、心底ビックリした記憶があります。


畑の方の季節も巡り、9月末出荷予定の小笠原ローゼルも今のところは順調です♪
この2年は不調だっただけに、今年の好調は嬉しいです☆
まだまだ台風かこれからなので油断はできませんが、
やっぱり作物が実るのは嬉しいものです。

↓これは自家採取5年目くらいの島オクラです。
カメムシは時々発生してますが、今のところ絶好調です!


■さて、先週は小笠原村長選挙がありました。
どちらも応援したくなるという、悩ましい選挙でした。
僕は今回の選挙でとても固定概念を崩される経験をしました。
それについては少し先で書きますね。

渋谷正昭さん 946 票
一木重夫さん 480 票
無効票     34 票

僕が今回支持していた一木さんは残念ながら落選してしまいました。
当選した渋谷さん、これから頑張ってください!!

そして僕にとっては落選よりもショックなことがありました。
それは一木さんの政治家引退宣言です。

村議会議員、前回2019年の村長選に落選してからもずっと精力的に政治活動をしてきました。
相談するとすぐに動いてくれて、内地にも色んな人脈のあるとても頼りになる政治家でした。
しかし、今回落選したら引退するとは事前に決意していたらしく、
引退宣言にビックリして翌朝電話したのですが、その決意は揺るぎのないものでした。

確かに、村民、村の為に沢山家族との時間を犠牲にしてきたと思います。
同い年の娘を持つ仲間として、今後の活動も応援していきたいと思います!
引退宣言したけど、また政治家に復帰することも願いつつ、
まずは本当にお疲れ様でした!


オクラの花です。ハイビスカスやローゼルと同じアオイ科なんです☆

■今回の村長選挙、投票率は71.01%。
前回の村長選挙(71.87%)に比べて投票率が下がっています。
以前は80%代だった記憶があるので、
他の自治体に比べては高いものの、少しずつ低下している現実があります。

これは住民の政治への無関心が進んだ結果とも言えるので、
そうならないように、もっと村の選挙公報も頑張ってほしいと思いますし、
広報されなくてもみんな、しっかりと関心を持ってほしいと思います。

今回、掲示板のポスターと葉書、街頭演説以外の広報がなく、
お年寄りや、この春赴任したばかりの人にとって、
あまりに雑な広報だったと感じました。

なので、今回僕もできる限りの広報をしました。
なんでこんな事くらい村ができないのか?と思いました。

村の選挙管理委員に問い合わせると、
公職選挙法に定められている市町村の選挙の告示日程だと、
広報を作成配布するのはなかなか難しいとのことでした。
まったくできないわけではないので、
今後はもっと工夫してやっていってほしいと伝えました。


道路に散らばっていた可愛いイチビ(学名:テリハハマボウ)。小笠原固有種です。
1日で落花して色が変わるからイチビ☆これもアオイ科なんですよ♪



■さらに今回、僕は過去にないほど投票のお願いを色んな人に伝えました。
口頭、メール、LINE、Facebookなど
およそ150人を超える島民にお願いをしました。

年々下がる投票率。
無関心。
それらを払拭したくて、
そしてこの人と思える人に当選してもらいたくて。

今時、僕の世代で選挙のお願いを人にするなんて、ほぼ皆無です。
僕自身もここまで人に連絡したのは初めてでした。

その中で、沢山の感謝の言葉をもらったり、
激励の言葉、メッセージを頂き、嬉しいこともありました。
また「そんなことはやめた方がいいよ」と親切に忠告してくれる友人、
これはとても反省していることですが、
いつも選挙に行っている人にとっては失礼にあたる「ぜひ投票に行ってください!」などと伝えてしまっていました。

選挙は本来、指図されるものではなく、
自分で選んで投票するもの。
とても浅はかな部分だったと思い、
とても反省しています。
申し訳ありませんでした。

でも、それくらいこの選挙に意味があったと思っていました。


■しかし、結果を開けてみれば圧倒的に差があり、
母島全員が仮に一木さんに投票したとしても、当選できないほどの差がありました。

それ以上に、2年前の森下村長と一木さんの選挙の結果とさほど変わっていないことに一つの答えがありました。

あんなに頑張って応援活動していても、
結果に繋がらないということは、
それなりに理由があると思うのです。

そこはやはり複数年に及ぶ常日頃からの活動と、根回しな気がしました。
そして、たったあの5日間の選挙活動にどんな意味があったのか?

これは僕個人の憶測ですが、
あの短い地方行政の選挙期間においての活動よりも、
やはり日々の活動とその根回しや広報、とても地道な作業が必要な気がしました。

ここでつくば市の市議会議員の川久保皆実(みなみ)さんの選挙活動がとてもいいヒントになりました。
彼女は30代で子育てしながら、弁護士の仕事をしていて、
子供の保育の問題から、市議会議員を目指し、
選挙活動中は子供や家庭を犠牲にせずに、
街頭演説ではなく、道端でゴミ拾いを続けて当選した方だそうです。


■なんか従来の選挙の在り方がやっぱり僕には違う気がするのです。
沢山の犠牲を伴うものが健全といえるのでしょうか?
どうして地域を良くしようとする人達が「争い」になってしまうのでしょうか?

なぜ選挙は「戦い」であり、「勝たなければいけない」のか?

相手陣営の違法性や、
間違いやミスを指摘する戦いではなく、
「あそこは間違ってるからアドバイスしよう」
「共に頑張って、民意に選ばれた方を讃えよう」
そんな健全なものには選挙はなり得ないのでしょうか?
※今回の選挙の両陣営が明らかにそうだったという意味ではありません。

もちろん、汚いお金の話や、利権や欲望が渦巻く部分があることは否めないと思いますが、
それだけでなく、もっと健全な在り方もあってはいいのでないか?
もっと気軽に学級委員を決めるみたいに「ちょっとやってみようかな?」で
ラフに立候補して選んでもらうなんてものにはならないのでしょうか?

今までのやり方では明らかに、
若手の意識は遠くなっているし、
無関心に拍車がかかっていくのは目に見えています。

ここはひとつ、凝り固まった固定概念を吹き飛ばして、
新しい発想で次の時代を作っていくターニングポイントではないか?

今回の選挙で気付かされた大きなヒントでした(#^.^#)


そんな選挙の後の出港日は大好きな漁師さん夫婦の引き揚げでした。
30年以上、母島の海で活躍したTさん。

僕が初めて母島に来た20年前、
とても気さくな奥さんには沢山のお話を聞かせてもらって、仲良くしてもらっていました。
とっても大好きな人です。

ひっそりと引き揚げるつもりだったそうですが、
妻が出発の日の昼前に知って、
慌てて連絡をもらいました。

妻が作ってくれたレイを渡し、
涙涙のお見送りでした。

内地に行ってもお元気で~!
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魔女の一撃 ~人生3度目のぎっくり腰と村長選挙

2021年09月03日 | 母島 日常 日記
■皆さんは「魔女の一撃」という言葉はご存じですか?
それはヨーロッパ流にぎっくり腰を表現した言葉なのだそうです。

僕はこの度、3日前に人生3度目のぎっくり腰になりました(#^.^#)
きっかけはほんの些細な作業中でした。

便利屋さん仕事で伐採中に、
ノコギリで細い枝を切り終わった瞬間に僕の腰も「ポキっ!」となりました(笑)。
1週間前くらいから腰に違和感はあったのですが、
SUPや野良作業をすると気にならなくなったので、
今回も同様だろうとタカをくくっていました。

自分のブログを検索してみると、
1回目は2018年5月、風呂上り
2回目は2019年7月、カヌーを持ち上げて
3回目は今回、枝を切っていて、です!
実に2年ぶり(笑)!
ブログもいい記録になってます(#^.^#)

これは動けるようになった3日目に家族で見に行った新夕日ヶ丘の美しい夕焼けです。
コロナ一掃期間中はず~っとべた凪です♪
海面に空の景色が映っていて、うっとり♡


今回も発症2日目が一番辛く、
トイレに行くのも数十分要する状態。
どんな姿勢でも痛く、夜もあまり寝れませんでした。
※おかげで沢山の映画や本を楽しめました♡

ただ動けることがこんなに有難いことなんて!!
感謝感謝です

■さてさて、海外でも「ぎっくり腰」はポピュラーな症状みたいです。
ぎっくり腰を英語にすると、
医療的には「Slipped disc(椎間板ヘルニア)」「Lumbar sprain(腰の捻挫)」「lumbosacral strain(腰仙部挫傷)」
と呼ばれているそうです。

しかし、日本の語源同様、いきなり腰に激痛がはしり動けなくなることから、海外でも別の呼称が定着しているようです。
ドイツやイタリアではぎっくり腰が魔女の仕業と信じられており、「魔女の一撃」と呼ばれるそうです。

ドイツ語では「Hexenschuss」、イタリア語では「Colpo della strega」。
そこから転じて、英語圏でもぎっくり腰を「witch’s shot」と呼ぶようになったそうです。

僕は結構この「魔女の一撃」という表現が気に入っています♪
「ぎっくり腰」という言葉だけでニュアンスを表現している部分もなんか素敵です☆

これはぎっくり4日目にだいぶ動けるようになったので、家族で北港リハビリスイムにいった時の写真です。

■そんなわけで今回は
1日目は午前に発症して、午後は横になりましたが割と軽症
2日目は痛くて全く動けず、トイレに行くにも数十分を要するほど
3日目は色々そこそこは動けて、できる範囲で仕事再開
4日目は今日!かなり動けて、入港日の配達仕事も周りにフォローされながらも最後まで遂行。

みんなが気を遣ってくれて、優しさが身に沁みました
本当に有難うございます!!

でも、意外とぎっくり腰は動けるときは
動ける範囲で動いた方が意外と良くなるもののようです(^_-)-☆
明日以降は早朝のSUPも再開できるのではと意気込んでおります(#^.^#)

島のぎっくり先輩の方々からは
「直りかけに無理して再発するともっと地獄だから、無理しないようにね!」
とアドバイスを頂いたおかげで超慎重です♪


北港の海中風景です。

■そんな最中、実は重大な出来事が島を駆け巡っていました。
そう、小笠原村長選挙です。

森下一男村長は平成15年7月から5期、18年を村長として勤めあげました。
近年は体調不良となり、村長業務に従事できない事態になってきて、
体調不良による辞任宣言をしていたのですが、なんと期日前に急逝してしまいました。
非常によく頑張っていた村長さんなだけに、みんな悲しんでいました。

そんな状況の中、
しかも小笠原村はコロナ禍、コロナ一掃期間の最中、
小笠原村長選挙の実施になったわけです。

今回の村長選挙の立候補者は2名。
前回(2019年)の時に立候補し、落選した元村議会議員の一木重夫候補。
今回初出馬で39年間小笠原村役場に勤め、近年は副村長として活躍している渋谷正昭候補。
この2名の一騎打ちとなりました。

母島の投票日は9/4(土)
父島の投票日は9/5(日)
どちらも役場で期日前投票もできます。

村の条例のせいらしいのですが、
島民には葉書一枚が来る程度の広報で、
告示8/31から投票9/4までにあまりに短い選挙期間と稚拙な手段の制限。

これには大いに僕も憤慨し、
両広報車の演説を録画、配信するつもりで臨みました。
※両陣営には確認済みです。

僕は今回、一木さんを支持する立場ですが、
渋谷さんも応援しています。

それは二人とも村を良くしようと思っての立候補だからです。
二人の候補のマニフェストを伝えるのも、
演説やインタビューを両方とも配信するのも、
村の広報が全然機能していないからです。
(これは村の条例のせいだそうなので、今後要改定!!)



■まずは一木重夫候補。
今回はコロナ禍で小笠原村のコロナ一掃期間ということで、
街頭演説は行わず、個別に声をかけてチラシを渡し、挨拶する方針だそうなので、
突撃インタビューを敢行しました。

集落では車や歩きで挨拶をしていました。

コロナ禍での選挙は難しいですね。

内容に関しては上の動画とチラシを参考にしてください。




一木さんは村議会議員を3期(12年間)勤め上げ、
2019年の村長選挙に出馬し、落選しています。

話をしてみると、とても具体的で熱意があります。
この20年間ずっと接してきた中で、
相談するとすぐに調べて動いてきてくれた実績と信頼があります。
消防団など共に活動する機会も多かったです。

僕は彼の行動力と人脈、住民目線での姿勢が薦める理由です。

一木重夫候補のHP


■こちらがもう一人の候補者、しぶや正昭候補です。
渋谷さんはなんと39年間、村役場に勤めていて、近年では副村長として活躍していました。
森下一男村長をずっと支えてきていて、とても信頼が厚いという印象があります。

僕が生まれたころから役場に勤めていたなんて、
今回初めて知りました(#^.^#)

渋谷さんは街頭演説をしていたので、撮影させてもらいました。

渋谷さんとも長い付き合いで、
一緒に南洋踊りをしたり、
色んな相談をしてきました。

非常に優秀な方だと思います。
ぜひこちらも政策チラシをご覧になってほしいと思います。



■小笠原村の人口2589人。
父島が2130人、
母島が459人。

住民の割合でいえば非常に低い母島ですが、
両候補者とも9/2の母島丸で来島し、9/3にそれぞれ漁船で父島に戻りました。

ははじま丸のスケジュールと短い選挙期間がかみ合わない中、
母島で1泊してまで活動してくれた両候補者に感謝です!

母島は9/4(土)が投票日です。
小笠原村である南鳥島(マーカス)、硫黄島にも気象庁や自衛隊の方が住んでいますので、
ヘリで父島に投票箱が届く流れのはずです。

僕が父島にいたときは、
夜になって、投票時間が終わったら地域福祉センターで開票していました。

何よりも一番気になっているのは、
年々下がる投票率。

小笠原の選挙の中でトップの投票率を誇る村長選挙。
それですら、回を重ねるごとに投票率が下がっています。

これは住民の政治に関する関心の低下だと思います。
2019年の村議会議員選挙が無投票選挙で終わってしまった現実があります。

こうして選挙になっただけでも素晴らしいと思うのです。

内地にいたころは僕も選挙に無関心でした。
選挙の時期は単純にうるさいなぁとしか思っていませんでした。

島で暮らしてみると、
議員も村長も暮らしが、家族が見えて、
自分の1票がとても重要なことが分かり、
選挙がとても面白くて大切になりました(#^.^#)

小笠原の住民の皆さん、ぜひ投票に行きましょう!!
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新型コロナ一掃期間の母島

2021年08月28日 | 新型コロナ(COVID-19)
■8月27日おがさわら丸入港日。
乗船人数はなんと29名。
僕の拙い記憶の限り(アヤシイ…)では、過去最低の乗船人数だと思います。

理由は明白です。
8月中旬に次々に父島で新型コロナ感染者が発生し、母島でも1名発生し、
小笠原が新型コロナ一掃期間として8月24日から9月6日までの2週間、
観光も仕事も島民の帰島も含めた強い来島自粛を訴えたためです。
→詳しくは村民だより№731 臨時号をご覧ください。

お陰で入港接続のははじま丸の沖港は見事に閑散としていました。
宿のお迎えは皆無。
降りてきたのは10名程度で、帰島の島民やお仕事と思われる人ばかりでした。

沖縄の座間味など深刻な状態でも観光客は来ていると報道されていますが、
小笠原は島のことを心配して、本当に多くの人が自粛してくれています。
まず、その気持ちに感謝です!

ただでさえ脆弱な医療体制の小笠原ですが、
内地の医療が逼迫している今、
島から内地への緊急搬送ですら、受け入れ先を探すのが厳しくなってきている状況のはずです。

小笠原のコロナ一掃期間後は観光などの来島を再開するとしています。
それは果たして効果があるのか?と疑問です。
今までも感染対策を実施していて、乗船前のPCR検査も9割超えと徹底していたにもかかわらず、
小笠原の中で短期間に感染が拡大した事実があります。

父島の様子は噂程度しかわからず、実感がありませんが、
母島では明確に多くの人が困ったことは事実です。

小笠原は内地の医療が逼迫でない状況(内地に感染者を早急に搬送できる状況)になるまで、
観光業など、予定していた収入が著しく低下する業種の人たちを保証し、
今回の一掃期間(島ロックダウン)を継続するのがベターな気がしています。
島の医療はスタッフが限られ、あまりに脆弱なのですから。


■そんな中、自然界はそんな人間界のドタバタとは関係なく、日々淡々と過ぎ去っていき、
言葉にならないほど美しい景色を魅せてくれています♪

2011年に小笠原でも光ファイバー通信が配備され、
島でも不便なくブロードバンド化、超情報化社会の仲間入りをしました。
母島にいても、
普通に世界中の情報を容易に手に入れられる時代となりました。

言葉を言い換えれば、
辺境の母島にいても世界の情報に右往左往させられる、とも言えます。
良いか悪いかは人それぞれですが、
僕はもっとシンプルに楽しく生きる方を選ぼうとしているので、
情報のINPUTはほどほどにしています。

東日本大震災の原発事故の時、
ラジオやネットのニュースを続けざまに見ていた時に、
日々不安を常に保持している状態があまり健全と思えなかったからです。

そんな時、美しい大自然を見ていると、
自分も含む、人間の小ささがいつも笑ってしまうほど滑稽に見えてしまいます。

世界はあまりに美しいし、
地球は関係なく回っているのです。

僕はいつどんな死に方をしても笑って死ねるように、
健やかに日々を楽しんで生きていたいと思っています。


■そんな入港日前日、母島島民にとっては待ち焦がれていた瞬間がありました。
8/13の母島でのコロナ感染者発生に伴い、
島の2つしかない生鮮食品を取り扱う売店のうちの
1店舗のスタッフ達がなんと濃厚接触者となってしまい、
2週間の休業を余儀なくされました。

昨日はその2週間が明けた日となりました。
久々の2店舗開店状態!!
“お帰りなさい!!”
周囲はみんな嬉しそうでした(#^.^#)

急にたった一つになってしまった営業している方の店舗は、
凄まじい勢いで品物がなくなり、
生鮮食品はもちろん、アイスやたばこ、お菓子などが底を尽き、とても困った状況となっていました。

僕はいつも入港日に港でその物資を運ぶ仕事に従事しているのですが、
この2週間の入港作業の寂しさと言ったら、言葉になりませんでした。

想像はしていましたが、
この人口450人の島でコロナがたった一人発生するだけでも、
それに付随する影響は想像以上でとても大きいものでした。

濃厚接触者として認定された中には、
何人も友人がいますので、
今後は色々話を聞いていこうと思います。

この自宅隔離明けの直後で聞くのは、
「みんな責めるんじゃなくて、温かく支えようとしてくれた。ほんと情島だよ~。有難う」
という言葉が印象に残っています。


■母島は狭い社会なので、
僕も感染者発生のその日に誰かは分かってしまいました。

そこでできることは、
責めるではなく、
やはりフォローだと思っていましたので、
濃厚接触者の皆さんに「買い物とか、できることあれば代行するからね!」と声を掛けました。

すると、
「ありがとう!多くの人がお弁当を持ってきてくれたり、支えてくれてる!本当に有難い」でした。

狭い社会なので、誹謗中傷になると一気に悪いほうに加速するのは想像に難しくないのですが(実際にそういうケースがあります)、
今回のコロナでは本当にまさに「情島」を地で行くような状況だったようで、とても嬉しくなりました♪

そう、困ったときはお互い様なのです。
明日は我が身ですからね。

内地の友人などは濃厚接触者になって、
アパートの扉に「今度、外出したら通報します!」と張り紙が貼られてしまったり、
フォローどころか、足の引っ張り合いのような状況を聞いています。

僕は人を思いやれる母島の雰囲気がとても嬉しく感じました♪
ちなみに僕自身もその感染者の方と短時間だし、
お互いにマスクをしている状態ですが、一緒に屋外作業をしたので、
念のため介護の仕事は急遽2週間休むことにさせてもらいました。

今のところ、濃厚接触者のみなさんの陰性も確定し、
誰も深刻な症状が出なかったみたいで、心底ホッとしています。

今日の入港作業、みんなマスク着用ですが、
なんかとっても嬉しかったです♪


■上の動画の記事ですが、
島でゴミ回収の仕事に従事している身としては、全然他人事ではありません。

回収をしていて、袋が破裂することは時々あることですし、
前日夜にゴミ袋を出されている場合は、ネズミが荒らしてティッシュなどが外に散乱している場合があります。

母島の場合は保健所もないので、
診療所がゴミの出し方も指導してくれていて、
ゴミに出して72時間経過して(ウイルスがが不活性化する時間)から袋2重で出すこと、
リサイクルゴミ(ペットボトルなど)も燃えるゴミで出してもらうなど、
きめ細やかな配慮をしてくれているので、とても有難いです。

ゴミを回収した後に色々分別するので、
気を付けなければならないことには変わりありませんが、
島のこのきめ細やかな対応に感謝です☆

前日夜に出さない、
ペットボトルは洗って蓋を取って、潰す。
それだけでもかなり助かるのです。


■今回のたった一人のケースだけでも、
十分に母島の暮らしを混乱、麻痺させることはよく身に染みて分かりました。

仮に色んな業務に関わる僕が感染した場合、
ゴミ回収、入港の郵便・宅急便、介護、便利屋、知鳥獣保護、学校、家族など与える範囲は甚大です。

母島みたいな小さな島は、
一人の人間が色んな業務を兼任している場合が多いし、
ギリギリのマンパワーで現場を回している場合がほとんどです。
つまり、コロナ感染の影響は意外と大きいのです。
その分、よく自分自身も気を付けていかなければと思います。

しかし、なんでも自粛するのは現実的とは思っていません。
できることを工夫して行動していくことが大事だと思います。
少なくとも内地の医療のひっ迫が改善されれば、もっと工夫と実施がもっと多様になると思います。

せっかく大自然に囲まれた母島。
人に会わないで楽しめる環境に囲まれているんです。
電車も映画館もコンサートホールもない環境が、
こういう時には逆にメリットになるのです。


■母島でコロナが発生するまで、夏のわりに海が悪かった日が続いていたのですが、
コロナが発生したら、一気にべた凪の日が続きました。
文字通り油のような凪「油凪」です。
トロ~ンとした海を見て、ウットリしない人はいないと思うほど、僕にとっては最高のコンディションです♪
こうなったら単独で遊べるSUPの出番です!!
朝に昼に仕事の合間をぬって、どんどん海で遊びます。

時にはまったく休憩もせず、
仕事の合間は全部海遊び!になってしまい、夜8時にはバタンキューするという
小学生並みの状態になっていたりします(笑)。

いや、それくらいべた凪の海は気持ちいいんです!


いかなるサークル活動も自粛の機関になるので、
これはまさに単独でできる遊びを昇華させる最高の機会!!

子供が東港の高い堤防から飛ぶのも大事な機会です!!


■ワクチンについても色々考えさせられます。
小笠原はワクチンの接種率が6割を超える程度と聞いています。

しかし、感染が防げるわけではないこと、効果が数か月で半減以下になってしまうこと、
場合によっては基礎疾患がなく、若い人でも接種後に重い副作用が出たり、死亡するケースが出ていること(ワクチンとの因果関係は調査中)、
医療者の中でも意見は分かれている、ワクチン自身に異物混入などの問題が発生しているのを聞くと、
僕にとってはそのリスクを背負ってまで接種するメリットは高い気がしません。

心配な人はもちろんワクチンを打つのは全然いいと思うのですが、
人が作ったものに完全というものは期待できないと思うので、
尊厳死を望む僕は自然のままに任せようと思っています。

「ホントごめん。こんなこと言って」
と田代ドクターが謝罪した場面。
内地の医療現場での現実です。
ドクターの言葉が忘れられません。
現在では島からも重症者以外は内地に搬送できない状態だと思われます。

内地でも知人が感染し症状の話とかを聞きました。
デルタ株は今までのとは別物と、
現場も感染者も口をそろえて言っています。

”僕が重症化したら”と考えます。
きっと重症化したのなら、
無理に搬送されたり、医療機関で人工呼吸器をつけてもらうよりも、
島の綺麗な景色のところに頑張って行って、
存分に生きたい気がします。
(とか言いながらも、実際はビビッて医療にお世話になろうとするかも知れませんが)

そんな時は可愛いセイタカシギこちゃんなどの渡り鳥も眺めに行くのも絶好の機会です!!


大自然は厳しいし、容赦しないけど、
淡々と誰にでも素晴らしい景色を見せてくれます。

美しい夕陽や夕焼けを見るのも絶好の機会です!!

結局はどんな環境でも、
どんな状態でも、
人や周りのせいにせずに、
腐らずに、
存分に楽しめるセンスが大事なんだと気付かされました(#^.^#)

世界的なパンデミック。
コロナの現状に嘆いているばかりではなく、
得られたものも多いはず。

こんな時に「これは丁度いい!」と考えて
次の一手はどうしていくのか?
母島から虎視眈々と見据えている今を、実は楽しんでいるかも知れません(#^.^#)





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地球は生きている!!~海底火山の息吹

2021年08月20日 | 世界自然遺産と自然
■2021年8月14日の夜。
この日は入出港日で、入港の荷物を配達した後の事です。

生まれて初めて、火山雷というものをこの目で見ることができました。

この火山の場所は母島から約270km南にある南硫黄島の近くにある「福徳岡ノ場」という海底火山からでした。

火山雷というものは知っていましたが、
まさかこの母島のしかも陸上から肉眼で、
海底火山の火山雷が見えるとは思いませんでした!
地球の息吹を感じた気がして、心底感動しました☆

火山雷というのは、
火山が噴き上げる水蒸気、火山灰、火山岩などの摩擦電気により生じる現象なのだそうです。

しかし、今回はこの海底火山の発見を、思いもよらぬ展開で知ることになったのです(#^.^#)

■事は8/13のお昼過ぎ、父島のRちゃんがそろそろ台風が気になってきて、
気象衛星の画像を見ていると、南の火山列島の方に気になる雲を発見したそうです。
そこでFacebookで以下の発信をします。
「気象衛星ひまわり画像をみてたら南硫黄島の北側にある雲が、
火山性?に見えるんだけど海底で噴火してないかしら?」


それにつかさず、島民が反応し、専門家に問い合わせます。
そこで海底火山活動であることが発覚(笑)。

その後、そのFacebookを見た島民が次々に実際に目で確認した火山の雲を写真でアップし、
そこでようやくYahooニュースで報道されました。

後にRちゃんが調べると、
気象庁の第一報は13日10時30分だったそうですし、
すでにそれに気づいたTwitterの発信もあったそうですが、
僕にとってはその島民の発信に、島民が反応し自らが動いて調べて、
みんなが実際に目で雲を確認し、その後に報道が来たのがあまりにドラマティックで感動しました(笑)。

こんな情報化社会において、
島民のSNSネットワークの方が勝っていたという事実(笑)。
あまりに面白い♡
こういうの大好きです(#^.^#)♪

こちらは母島の島民が撮影した火山雲です。

正面右側に見える島が向島。
その左側にモコモコと盛り上がった雲が噴煙のようです。

僕が撮った冒頭の火山雷の写真にもこの向島の影が右下に写っています。


■僕は今回の事で初めて「福徳岡ノ場」という名前を知ったくらいのビギナーです(笑)。
調べてみると、この場所は有史以来たびたび噴火していて、
時には海面上に新しい島を形成するまでに成長して「新硫黄島」と呼称されていたそうです。

しかし、出来上がった島が溶岩でなく、軽石が積もってできていたために、
波浪の浸食により消滅し、2010年の時点では島はなく、最浅水深25mほどのギヨー(山頂部が平坦な地形をした海山のこと)となっていたそうです。
明治以降で噴火が少なくとも7回確認され、1986年までに島が3回生まれて消滅し、
2007年、2008年、2010年、2013年にも変色水が観測されたそうです。

さすが火山活動が今も続いている硫黄島の近くだけのことはありますね。
まさか、今回、お目にかかる事ができるとは!!

家族とも、島の仲間も見ることができて、とても嬉しいです♡

以前、西之島に初めて行った時も、とても感動したのですが、
今回も地球が生きていることを感じることができて、感激しました(#^.^#)


■さてさて、今回の福徳岡ノ場の海底火山、なんと噴煙が約16000km上空まで上がる大規模なものだったようで、
250km以上離れた母島や父島で噴煙が確認できたのはその為だったようです。

Rちゃんに過去の気象衛星ひまわりの画像を見るサイトを紹介していただきました♪


まずは8/13の6:00。まだ噴煙は確認できません。


8/13 7:00 噴煙が確認できます!


8/13 10:00 噴煙の規模が大きくなり、西に流れていきます。
この後くらいに父島のRちゃんは気象衛星の映像で気付いて発信しています(すごい!)☆


8/14 11:00 次の日になると噴煙はなんと台湾の方まで伸びています!!
音は聞こえましたし、この日の夜に僕は目で確認することができました!


8/15 9:00 すっかり噴煙はなくなり、落ち着いたようです。
あっという間でした。

こちらのデジタル台風というサイトで動画でまとめられています。

■今度は海上保安庁のページから写真をお借りしました。

8/13 15:00 海上保安庁撮影
これが噴火の時の様子です。ものすごい噴煙が上がっているのが分かります。
8福徳岡ノ場北方約90km、高度約6,000mから撮影。第三管区海上保安本部 撮影


8/16海上保安庁撮影
こちらが直径1kmほどの新島です。
これもほどんど軽石でできているそうで、消失すると想定されています。


8/16 海上保安庁撮影
すぐ隣の原生林が今も残る島、南硫黄島(直径約2km)が見えます。
こんなにも近くなんですね!!

しっかりとニュース映像もアップされています!
ご覧ください。
35年ぶりに新島出現!海底火山 福徳岡ノ場が噴火。【マスクにゃんニュース】



■そんなわけで、わずか2日間で幻のように見えなくなってしまった海底火山「福徳岡ノ場」。
確かに地球の生命の躍動を伝えてくれました。

8/14には地響きなのか、雷なのか、ゴゴ!という轟音が母島でも頻繁に聞こえました。
これとほぼ同時に西之島も1年ぶりに噴火したそうですが、
父島の友人に聞いたら「音はあまり聞こえないから、西之島の音ではないと思うよ」
とのことだったので、おそらく福徳岡ノ場のものだと思います。

またこの火山雷を母島のハスベイで眺めながら、美しいお月様の光も拝めました♪
幻想的な海面に続く、ムーンロード。

天上にはペルセウス座流星群。
そして横のリュウゼツランの花茎にはオガサワラオオコウモリ。


8/13は母島でついに新型コロナの陽性者第1号が発生した日です。
その日にこの火山は噴火をしました。

火山雷に流星群、美しいお月様に、島の先住民オオコウモリ。
あまりに豪華な夜はこうして更けていきました♪

■次の日は終戦記念日のお盆。
妻の大好きなお父様が亡くなっての初のお盆でした。

家族で北港に行って、
美しすぎる夕焼けを眺めながら、
美味しいちらし寿司を頂きました。

畑のオクラやローゼル、
頂いた島のカンパチが使われていて、
島の柑橘を使った酢飯も絶品で、
とても美味しかったです♪

お盆は、ご先祖様を迎え入れて、送る日。
故人のことを改めて想い、
また次の人生に進むことを感じながら過ごす時間は
とても大切なものでした。

ちなみに次女は
ジャンボ・マシュマロをせっせとコンロで焼いて楽しんでおりました(笑)。

僕はマシュマロが苦手なのですが、
焼いて食べるのは結構楽しいもんですね♪

時々マシュマロが燃えてしまって、焦りますが、
お焦げを楽しみながら、お盆の夕暮れを味わいました☆

夏とは思えないウロコ雲の美しい夕暮れ。

お盆の3が日は海に入らないことにしている我が家には、
十分すぎるギフトの連続でした♡


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夏休み海ライフ♡と小笠原村内に広がる新型コロナ

2021年08月13日 | 新型コロナ(COVID-19)
■昨日も小笠原村内のコロナ陽性者が新規で発生との放送がありました。
毎日続いています。
なんと本日はついに母島で感染者が出たというお知らせが届きました。

みんなと遊びたいし、飲みたい、イベントをしたい思いでいっぱいですが、
今はそれを我慢して、日々SUPやら泳ぎやらで解消するしかありません。

できる限り毎日SUPしようと意気込んではいますが、
夏休みになってからというものの、海が悪い日が多く、
なかなかSUPで沖に出れない日々が続きました。

波乗りしたい気持ちは十分あるのですが、
まだまだ技術が追い付きません。

ようやく立ち方もハイブリットスタンスを覚えて、
少しずつ進化している手応えがあります。
この感覚が実はSUPの醍醐味かもしれません(#^.^#)

僕ばかりでなく、妻も次女も時々SUPやカヤックを楽しんでいます♪
新型コロナが小笠原内でも広まる連絡ばかりなので、
家族で野外で遊ぶしかありません(#^.^#)


時に今は夏休み。
元々は次女も大好きなクライミングをオリンピック観戦し、
東京の島々の子供サッカー大会「愛らんどリーグ」に出場すべく構えていたのですが、
内地のコロナ蔓延でどちらも断念。

こうなったら、このチャンスを活かして、
海で山で遊びまくるしかありません。

幸いにも母島には自然だけは豊富にあります。
人もほとんどいません(#^.^#)


■昨日は北港にも軽トラでSUPを積んでいったにも関わらず、
海があまりに美しかったので、家族3人でずっと泳いでおりました(#^.^#)

台風の影響で透明度は若干悪かったのですが、
少し濁っているほうが太陽の光の線は美しく見えます♪

「あ~あ、濁っちゃった」と言ってしょげてるよりも、
「これは丁度いい!」と考えて、その状況を楽しんでしまうほうが好きなタイプです(#^.^#)

北港の魚たちはコロナ禍でもソーシャルディスダンスを知らないようで(笑)、
沢山の群れでのんびりと泳いでおりました♡

いつもそうなのですが、
母島の北港の海で泳ぐと、とても満足してしまいます。

家族で北港に行く前に、
僕は午前に草刈りの便利屋仕事を終えて、
汗だくだくになって、1時間SUPしてリフレッシュしていました。

北港に入る前も
「もう俺は海に入りたいゲージが半分なんだよ」
とか妻に話していたのですが、
北港に入ってしまうと、その魅力に憑りつかれ、
「やっぱ北港は最高だね♪」と言っている始末(笑)。
これ、毎度毎度のことなのですが。


今日は僕よりも大きなマダラエイさんがいらっしゃいました。

次女も5mちょい、7mくらいまでは潜れるので、近づこうとするのですが、
あまりの大きさと雰囲気で怖いらしいです。(正しい判断)

これはエイのポーズらしい。
このポーズは今カナダに留学中もやるのですが、宮城家のポーズです(笑)。
僕の記憶の限りでは、こういう動きをするのは母方の祖母の血です♪
妻の血筋にはないらしいです。

DNAというものにはどこまで情報として含まれているのかツッコみたくなりますが、
娘たちの動きを見て、祖母を感じずにはいられないので、
あながち間違いではない気がします。

最後は結構怖い睨みを利かして、珊瑚の陰に隠れたので、お別れしました(^_-)-☆

もちろん日々、アクティブな次女さん。
「生き物に優しく!」と僕が言うと、
「もちろん!」と拳を挙げながら、生き物を追いかけています(笑)。

これは水底でゆっくりしているエイを驚かせている場面です。
エイさん、ごめんなさい…


脇浜もよくお邪魔しますが、本当に美しい砂浜です。
でもここは実は人工浜。

元々は磯場だったのを、
改造し、東港から砂を運んで投入した場所です。

人の都合で、自然を改変していて、今はどうかと思いますが、
現状では島民が海に親しみやすい、とてもいい場所になっているので、
これもアリかなと思っています。


そんなことをSUPで沖港に帰ってくる景色を見ながら、考えたりしてます。


■コロナ禍で楽しめる夏休みレクレーションと言えば、もちろん飛び込みです。
母島には東港という素晴らしい飛び込みスポットがあります。

次女は結構度胸があって、少しずつ挑戦しながらできることを増やしていくタイプ。

東港でも見事に頭飛び込みができるようになってきました♪
フォームがどんどん美しくなってきています。

SUPもそうだけど、自分自身が上達する手応えを感じれるということは、とてもいいことだと思います。

島では内地と同じことはできませんが、
島ならではのできることが豊富にあります。

今、与えられている環境で存分に楽しむセンスが僕は大切だと思います。
現状を嘆いていて、何も動かないのはもったいないです。

納得できない現状は変えていく必要がありますし、
人を変えれるものではないので、
自分自身が変わっていかなければいけないし、
色んな状況を楽しめれるって「人生の達人」と思うのです♪

もちろん、人それぞれですが、僕はそんな「人生の達人」を目指しています(#^.^#)


■これも以前、ブログに書いたことあると思いますが、
父島出身の同世代の友人と話していた時に言われた言葉です。

「やっぱ死んでも後悔しないように、
 毎日精一杯、生きていこうと思うんだよね」
と話したときに、
「馬鹿だな~
 どんな死に方しても、後悔しないようなセンスであればいいじゃん」
と言われて、目からウロコでした。

そうだよな~
そんな息が詰まるほど全力で生き続けるよりも、
どんな状況でも今を楽しめれるセンスを持つって、
すごく素敵なことだなと思ったのです。

その瞬間、一気に考えが変わりました。
父島の友人に感謝です(#^.^#)


■小笠原村内の新型コロナ。
7月末から、父島のの新型コロナ陽性者が止まらない状況になってきました。。
先ほど、またまた村内放送があり、コロナ陽性者がひとり増えてしまいました。

これで7月末から7名になりました。
連日増えてきています

さらに本日、母島で最初の感染者が出ました。
いつかは出るものと思っていましたが、ついにです。

●父島
7/28 40代 男性(島民)
8/7  40代 女性(島民)
   20代 女性(来島者)
8/10 40代 男性(島民)
8/11 40代 男性(島民)
   50代 男性(島民)
8/12 10代 女性(島民)

●母島
8/13 10代 男性(来島者)

夕方の放送では
・乗船前PCR陰性でも島に到着後、陽性になっている
・サークル,行事への参加は自粛してほしい
と訴えられていました。

狭い社会で発生するということを、
痛感しています。

みんな明日は我が身です。
どうか、思いやりを忘れないで下さい。

誰も好きで感染はしていないのです。
大切なのは責めるのではなくて、
困っている人をフォローすること、サポートすること。
明日は我が身なのだからと思います。

どうか感染された方が重症化せず、1日も早い回復を祈るばかりです。

長い自粛で、ワクチン接種、オリンピックの報道と色々緩んでしまう気持ち、痛いほどよくわかります。

僕ももう1年以上飲み会には参加していません。
青年会の活動ももっとしたいし、みんなと飲みたい!
ライヴも企画したいし、母島部活堂で話す場を作りたい☆
カヌー大会もしたいし、キッズカヌーも再開したい、
子供と映像撮影して色んな発見をしたい!
もっともっとみんなと遊びたい!

でも、僕にとってはまだ今ではないと思っています。
はやく普通の日々に戻ってほしいと切実に願っています!!

Facebookで知人が素敵な記事を紹介してくれました。
新型コロナウイルス感染をのりこえるための説明書 〜デルタ株編〜です。
可愛い絵で分かりやすく説明してくれています。

現場は大変な中、死に物狂いで頑張っていると思います。
自分たちにできること、感染対策を頑張っていきましょう☆

さあ、まだ夏休みは続く!
もっともっと遊ぶぞ!!(←子供かっ!!)
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