朝7時半から、並松ソフトボールチームの早朝練習に参加。今日は参加者が多かった。
9時、熊野新宮神社の蚕神祭準備に当番氏子として出仕。10時から、祭典が行われた。
熊野新宮神社の裏手には、旧何鹿郡蚕糸業組合事務所(熊野新宮会館)や綾部高校東分校がある。
何鹿郡蚕糸業組合の初代組合長はグンゼ創業者の波多野鶴吉であり、綾部高校東分校の場所は何鹿郡蚕糸業組合立高等養蚕伝習所があったところで、高等養蚕伝習所は現在は府立綾部高校になっている。
波多野鶴吉は高等養蚕伝習所の初代所長であり、綾部高校の初代校長ということでもある。
大正6年、貞明皇后が綾部に行啓されたことを記念して、当時の何鹿郡蚕糸業組合の四方豊蔵組合長ら有志が、皇居紅葉山御養蚕所に祀られている蚕神2柱を熊野新宮神社に合祀した。
以来、春と秋に祭典があり、神輿巡行も行われたが、現在は春の祭典のみ引き継がれている。神輿巡行は水無月大祭に行われていたが、現在は行われなくなっている。
熊野新宮神社の神輿には正面に「繭」の紋が付けられている。
春の蚕神祭には、府蚕糸同友会の方々にも参拝していただく。元府職員で蚕糸に関わっておられた方々の会だが、蚕糸に関わる職員が府でもほとんどいなくなり、時代の移り変わりを感じる。
綾部は歴史的に蚕のおかげで繁栄してきたので、良い時だけなく、どんな時でもそのご恩を忘れず、蚕の神様を大切にしていくことが将来の繁栄にもつながると信じている。
昼は、舞鶴から三和町に行く途中に山田知事が昼食に立ち寄られたため、山崎市長と一緒に食事に同席させていただいた。
最近の情勢や今後の展望などを話しながら、様々な綾部の課題についても、今後、京都府からも支援していただけるよう説明してお願いした。
午後は事務所で事務整理など。
同会員の赤井誠夫さんの顔も見えます!
昭和62年結成の綾部市郷土資料館建設促進協議会を引き継ぎ、平成11年民俗民具資料館を具体化しようとして、綾部の文化財を守る会と京都府蚕糸同友会で市長に請願書を提出。平成12年3月12日「教育長発言「学校統廃合による空校舎利用」とのことで現在の「里山ねっと」一部空き室をも見学したが場所が狭すぎる。昭和62年から全綾部市の関係者に呼びかけ収集した蚕糸関係の物は全てラベル添付も終わり現在の農業大学校の倉庫に保管、他のものは上杉体育館に保管中で劣化が進んでいます。会報「綾部の文化財」の3ページに何時も掲載されているのが「いかるが民俗館・幹事名簿」で代表幹事が大嶋文隆氏以下16名が幹事です。一部の民俗民具は元の口上林小学校に展示されているが主たるものは古い教科書がメインです。以上ご一報までに。
我々は過去に蚕都と呼ばれてきたその蚕糸具などは後世に残し見て貰う責務があると思慮しています!
その点では、文化財を守る会の皆様の活動は重要だと思っています。