玄文社主人の書斎

玄文社主人日々の雑感もしくは読後ノート

E・T・A・ホフマン『ブラムビルラ王女』(2)

2015年05月21日 | ゴシック論
『ブラムビルラ王女』はカロ風に味付けされたメールヒェンとも言える作品であり、その“カロ風”という要素が“狂想曲”(カプリッチョ)にまで昂じていることで、最もホフマンらしい作品の一つとなっている。
 この作品にはジャック・カロがコンメディア・デラルテの道化師達を描いた版画を模写したもの八葉が添えられているが、ホフマンは八葉のカロの作品から着想を膨らませていったことが、読んでいくと分かってくる。ホフマンもまた絵画を模倣しているのだと言ってもよい。



『ブランビルラ王女』には二組の分身(ダブルではなくトリプルの分身かも知れない)が登場する。ブランビルラ王女と着飾ると王女にそっくりなお針娘ジアチンタ、そして王女が恋するコルネリア・キアッペリ王子と本作品の主人公である悲劇役者ジルリオ・ファーヴァ。更に入れ子式に挿入されるウルダム庭園国の物語に登場するオフィオーク王とリリス王妃を含めると、三重の分身ということになる。
物語はまるでカロの版画の世界のようにおどけた人物達が入り混じって、熱に浮かされたように進行する。ほとんど狂気じみた物語であって、『悪魔の霊酒』のリアリズムは微塵もない。
 最も重要なテーマはもちろん“分身”である。ジルリオは“慢性二元論”という病気にかかっている。この慢性二元論という病気は「自分固有の自我が自分自身と分裂をおこし、それで自分の人格がもはやそれにはしがみつくことができなくなる、あの異様な痴愚のこと」と解釈されるが、しかしそれでも正確ではない。
 この病気については重要な登場人物チェリオナティがシャム双生児の王の例を持ち出して正確に定義する。つまり
「このふたりは互いちがいにものを考えていたから、いずれも自分の考えたことがはたして現実に自分自身で考えたものであるか、それとも双子のもう一方が考えたものか、かつてまともにわかったためしがなかった」
という風な病気こそがジルリオの“慢性二元論”なのである。
 主人公ジルリオはそのような病気にかかっている。だからジルリオは、自分がコルネリア王子だと思い込むこともあるし、終始自分の考えていることを自分自身で把握することができないのである。
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