民俗断想

民俗学を中心に、学校教育や社会問題について論評します。

我が家の盆

2017-08-16 17:08:48 | 民俗学

盆は調査の対象ですが、自分にとっての盆もあります。いったいどうすごしたのか、事例として書いてみます。というのは、私には自分の実家と妻の実家と、盆をしなければいけない家が2軒あります。自分の実家は、父は10年ほど以前に亡くなり、母は施設に入って、実家は空き家の状態です。妻の実家も義父がなくなり、義母はデイサービスとショートステイを組み合わせて、妻と妻の妹とで協力して介護してきましたが、認知症が進んだことと妻が病気となり、介護ができなくなったこともあって、最近施設に入所しました。それで、妻の実家も空き家となっています。

私の母は近年までは8月12日に一泊で帰宅し、13日に迎え盆をして施設に帰りました。妻は13日に、実家に帰りそちらの迎え盆をしました。盆だなは、両方の家でまがりなりにも飾っていましたが、作るのも片付けも手間がかかり、作ったからと言ってお参りするのは、母と自分ばかりですので、ここ数年はやめました。仏壇にわずかばかりのお供えをして、かろうじて盆としています。それでも、迎え火と送り火だけはたいていました。私の実家(松本市近郊)では、カンバという白樺の木の表皮を燃やします。昔は麦からを燃やしていたようなきがします。カンバをたくのは後片付けがきれいにできる都市の習俗だと思いますが、土用に自然に皮がむける奥山(奈川あたり)から木の皮が届くのは、山から御霊を迎えるとしたら良くできた話です。妻の実家(東御市)では、藁を燃やします。

今年の迎え盆ですが、私の母はだいぶ体力が落ち車いす利用となったこと、8月初旬に妹が日帰りで連れ帰ってくれたことがありましたので、暑い盆は避けて彼岸に帰宅しようと本人に納得してもらいました。そして、13日は妻の実家で迎え盆をしました。墓へ行って仏さまを迎えてきて、わずかに藁を燃やして落ち着いてもらいました。もちろん盆だなは飾らず、仏壇に買ってきた天ぷらをお供えしました。義母は昼に帰宅して、午後のお茶を飲んで施設に帰りました。私の実家は迎え盆なしです。14日に自宅に帰り、15日に自分の実家に行って畑の作物を収穫し、迎え盆ではありませんがお墓参りをして線香をあげました。迎え火をたくことはありませんでした。そして今日、調査の帰りに実家により墓参りをしました。送り盆ですが、送り火はたきませんでした。もちろん、妻の実家では送り盆、送り火はやらなかったです。

2軒の家の面倒をみるには、どうしても中途半端にならざるをえません。亡くなった人たちも許してくれると思います。一方、調査する側からすると、資料的には崩れてしまってまとまりがなくなってしまいますね。