民俗断想

民俗学を中心に、学校教育や社会問題について論評します。

古文書教室

2017-04-14 09:37:37 | その他

妻が2年前位から近くの公民館で月に2回開催される古文書教室に通っています。ところが、そこへの参加者が高齢化で減少したため、同じ講師の先生がもう少し遠くの公民館でやっている古文書教室に合流してやることになりました。病気している妻にとって、歩いたら少し距離があるため車で私が送っていくことにし、せっかくだから自分の参加することにしました。本当に古文書を読むことが好きな横田という、私よりも高齢な先生がボランティアで講師を務め、毎回手持ちの古文書をテキストとして用意してくれます。だから何が出てくるか、その場にいくまでわかりません。といっても、近世の地方文書ですが。参加者はリタイアした男女の皆さんで、自宅に文書を保管している人も何人かいるみたいです。私にとっての初回の前回は参加者が多く、15人ばかりいました。春休みで中学生までついてきていました。今日は7,8人だったでしょうか。毎回出席されている人が大部分で、皆さん熱心です。横田先生も熱心です。文書の解説で、江戸時代の世相などについて詳しく教えてもらえます。近世後期の松本藩のよくでてくる役人の名前は、すぐわかります。まるで親戚のおじさんおばさんを語るみたいです。こんなに熱心に古文書を学ぶ人々がいるというのは、さすがに城下町だと思います。

古文書教室の先生や学ぶ人たちは、一般市民です。だから、特定の問題意識や関心があるわけではありません。まずは、「文書」ありきなのです。たまたまある文書に関連して、江戸時代の人々の生きざまや文物について興味深く学ぶということで、そこから何か論文が生まれるというものではありません。前回と今回と2度に分けて読んだのは、心中を語り物のように書いた瓦版でした。感心するのは、横田先生は文書の舞台を実際に訪ねて、今も何軒家があったとか寺があったとかいって解説してくれることです。わらじ史学といわれる長野県の地方史研究はこういう郷土史家が支えてくれているのだと実感します。月に2回ばかりですが、回数を重ねることで、いくらかでも文書が読めるようになったらいいなと思います。