過日の天皇の生前退位に関する所信表明に対して、大方の反応が出そろいました。誠心誠意象徴天皇を務めている現天皇の悲鳴だとして、早く楽にしてあげるべきだという考え、生前退位を先々も認めることで、国の求心力が弱まってしまうから何とか現状のまま仕事が減らせないかという考えなどさまざまでした。歴史学から最も天皇制について今発言力があると思われる、原武史の意見は私の見る範囲では、マスコミでは報じられませんでした。何の遠慮もなく自分の考えを率直に述べますから、マスコミはコメントをもらうのを躊躇したのかと思います。
民俗学から私が思うには、天皇家にも高齢化とイエ意識の後退が進み、現天皇は危機感を持っているのではないかと思いました。国民に寄り添おうとしている天皇には、なおさら感じられるのかもしれません。まず高齢化の問題ですが、天皇が高齢化することで皇位の継承年齢が上がります。体力のある若い時に皇位を継承し、天皇家の行事と国事行為に慣れていくならば負担はそんなに感じられないでしょうが、歳を重ねてからの継承は負担がおおきいでしょう。老老介護ではありませんが、代わるもののない役割を、年取ってからに引き継ぐのはしんどいことだと思います。現皇太子への思いがあることと思いますが、加えてようやく体調が回復してきたという雅子妃の体調も心配されていると思います。自分がいくらかでも後ろ盾になれるうちに、職務に慣れてほしいとの強い思い察せられます。もう一つは、天皇が天皇家について最も願うのは何かというと、未来永劫にわたって天皇家が続くことです。自分が死ぬまで次の代のことは決められないという、出たとこ勝負のような継承の仕方では不安だと感じていると思います。安定的に天皇位が継承されていくには、生前退位が好ましいと考えても不思議ではありません。昭和天皇がポツダム宣言の受諾を躊躇したのは、天皇家の存続であり、そのために原爆も落とされてしまったのですから。
では、現政権はこの表明をどう受け止めたのでしょうか。多分、余計なことをしてくれたと思っています。憲法改正に向かって突き進む計画が、天皇制をどう保つかという問題でボケてしまいます。天皇を元首にした君主制をもくろむ安倍政権は、高齢化とイエの解体という現実を見据えた天皇の所信表明を、認められないものとして体よく先送りするのではないかと、私は思います。ありもしないイエを基盤にした国家を夢見ているわけですから、天皇を家長とした天皇家は盤石を演じてもらわなければいけないのです。そこまで考えると、安倍の考える君主制の実現に怖れを感じた天皇が、なぜ怖れを感ずるかといえば元首となれば責任が生じ、天皇制の永続が危うい場面も将来的には考えられるから、生前退位という形で揺さぶりをかけたともいえます。何しろ、現在の憲法に最も忠実であり、象徴天皇制の存続を願っているのは天皇だからです。誰よりも平和を願っていると思います。
高齢化とイエの解体は、天皇家だけが免れる社会現象ではありません。それを明らかにしたのが、天皇の所信表明でした。