民俗断想

民俗学を中心に、学校教育や社会問題について論評します。

J君に会う3

2015-06-28 20:11:44 | 教育

 さっき言いかけたんですけど、先生に教わった一番のことはコッカです。先生は卒業式の前に、日本は戦争でまわりの国々をひどい目に合わせた。その時聞いた君が代を今聞くと、いやな思いをする人々がいる。だから、歌いたくないと思った人は歌わなくてもいい。起立したくないと思ったら起立しなくてもいい、といいました、こんなことを(今いる)アメリカや(生まれた)アルゼンチンでいったら、なんてやつだと思われてしまいます。でも、その時先生の言葉を聞いて、自分がしっかりした考えをもてば周りに流されなくていいんだと思いました。これは、今でも思い出して励まされる、教えられる言葉です。

 J君たちのクラスは自分の最後の担任するクラスかもしれないと思っていました。3年間社会科を教える中で、私の考えもわかってもらえるのではないかという予想もありました。そして、当時法で罰せられる人がいたかどうかは不明ですが、「日の丸」「君が代」問題というのは、ずっと私の心にひっかかっていました。初任で教師となって以来ずっと思っていたのは、クラスという同調圧力をできるだけかけたくないということでした。一人一人が大事で、人まねはできるだけしてほしくないということです。それは、クラス至上主義といったものから一歩ひいていた自分の中学・高校時代の生き方でもありました。例えば、給食は無理に食べさせないとか、一斉に給食を終わりにしないで、個人ごとに食べ終わったら昼休みにするなどといった、まとまりのないクラスだといわれるような規律に現れていました。だから、何が何でも「君が代」を歌えとは生徒に言えませんでした。もちろんJ君というマイノリティーがクラスにいるということも、歌っても歌わなくてもいいといった私の生徒への話にはありました。もちろん、本当に起立せず歌わない生徒がいたら、大きな問題となって自分は処分されるかもしれないという幾分かの怖れとそれでも自分に嘘はつけないという思いもありました。そして、当日は起立しない生徒はいませんでした。(そんな話は一切しなかった我が娘は、このクラスの前後の年に中学を卒業したのですが、一人だけ起立しなかったらしい)
 この件は私の自己満足のようなものだったろうと思い、ずっとそんな話を卒業する生徒たちにしたなどとは忘れていました。ところが、卒業以来にあったJ君が3年間でたった1度だけ話したことを、20何年たっても覚えていてくれて、今でも生きる支えになっていると話してくれたことは、本当にうれしいことでした。あのころはまだ、隠れもしないでおおっぴらに生徒にそんなことを話しても許されたのですが、これからはどうなるのでしょうか。既に、東京都では処分された先生方が随分前からいます。

 私はイデオロギーで君が代に対処しているわけではありません。何でも一律にこうやりなさいと教える事、そして自分がやることがいやなだけです。今の世の中です。一人一人の生き方の自由くらい尊重されて当たり前ではないでしょうか。 自由に生きることで、人は自分の力を発揮することができる。それを、J君のこれまでの人生が証明していると思います。