football smile

the days turn into months and years

ACL浦和vsセパハン(埼玉)

2007-11-15 | reds
AFCチャンピオンズリーグ 決勝第2戦
2007年11月14日(水)19:20キックオフ
埼玉スタジアム2002
浦和レッズ 2-0 セパハン

1993年、日本にプロサッカーリーグが誕生した。開幕当初はたったの10チームだった。読売だとか日産、古河電工、住友金属、三菱重工なんかが、奇妙な名前をつけて参戦することになった。それまで特にお気に入りのチームを持っていなかったので、これを機会にどこかのチームを応援するのもいいかもしれないと思った。特定のチームを熱狂的に応援する人達をサポーターと呼ぶらしい。おおっ、何かかっこいいじゃん。さて、どのチームを応援しようか。あっ、埼玉をホームタウンにするチームがあるぞ。よし、ここに決めた!地元のチームであるという、たったそれだけの理由でサポーターになることを決めた。そのチームは、浦和レッドダイヤモンズ。呼称、浦和レッズという。

ところがこの決断は、その後の人生を大きく左右することとなった。いきなりリーグ最下位になったり、とうとうJ2へ落ちたり、まあとにかくこれでもかというくらい、実にいろいろなことが巻き起こった。そしてその大半は、あまりよろこばしいものではなかった。しかし何があっても、とにかく応援することだけはやめなかった。すると、あれほど弱かったチームが、ナビスコ杯をとり、天皇杯をとり、とうとうJリーグチャンピオンにまでなってしまった。一体どうなってるのやら、かなり戸惑っているというのが正直なところである。この先どこまで行くのだろう。もしかしたら何かへまをやらかして、またJ2に落ちる時が来るかもしれない。ま、別にそれでもいいんだけどね。応援できれば、それだけでいいのだ。

ACL決勝進出を決めた後、「日本を代表して」なんて言葉を聞くようになった。これにはものすごく違和感を感じた。いやあ、そんな意識は毛頭ないんだよなあ。ただ地元のチームを応援しているだけだから。昔はあきれるほど弱かったチームを、ただ今でも応援しているだけだから。まったくもってそんな感じ。そしてこれで終わりじゃなくて、まだまだこれからも応援は続くのだ。どんなに強くて立派になっても、どんなに弱くてダメになっても。

埼玉県民の日の朝、会社に行くと「何でここにいるんですか?」とみんなに驚かれる。スタジアムで合流した友人に聞いたら、現場でやはり同じことを言われたそうだ。だってキックオフは19:20だよ。さすがに朝からは行かないよ。もう大人なんだから。結局16:00過ぎに会社を出て、市ヶ谷で南北線に乗り換えて浦和美園へ。駅のホームへ降りた瞬間から、そこはもうACL決勝の舞台となっていた。スタジアムまでの道のりは、無数のポスターで埋め尽くされている。ALL COME TOGETHER!

2007年11月14日19:20。バックスタンドに描かれた星の右上辺りで、赤いシートを掲げた。ずいぶんと立派になった地元チームは、胸を張ってピッチへ入って来た。都築龍太、田中マルクス闘莉王、坪井慶介、堀之内聖、長谷部誠、鈴木啓太、平川忠亮、阿部勇樹、ポンテ、ワシントン、永井雄一郎。みんな頑張れ!今日ここに来られなかった仲間の分まで、魂を込めて応援した。それから90分後、浦和レッズはアジアを制した。埼玉のチームがアジアチャンピオンだってさ。何か笑っちゃうよね。
コメント
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