カラヤンは正規録音でR.シュトラウスの交響詩「ドン・キホーテ」をDGに1965年と1986年の2回、EMIに1975年、計3回のレコーディングを行った。管弦楽はいずれもベルリン・フィルである。この中で1965年録音(ピエール・フルニエ/チェロ、ジュスト・カッポーネ/ヴィオラ)のレコードは以前に紹介済みだが今日はFMエア・チェック・オープン・テープコレクションの中から1980年12月30日ベルリン・フィルハーモニーでのベルリン・フィル・ライヴ録音を紹介したいと思う。
この演奏はチェロに名手ロストロポーヴィチ、ヴィオラに当時のベルリン・フィル、ヴィオラ・トップ奏者ヴォルフラム・クリストのコンビによる演奏でおそらくこの作品のロストロポーヴィチとのライヴ演奏では最後になったと思われる貴重な録音である。彼はカラヤンの2回目の録音、つまり1975年EMIに登場しているがヴィオラがウルリヒ・コッホであった。最後のレコーディングとなる1986年には当時20代の若手チェリスト、アントニオ・メネセスを抜擢(ヴィオラはクリスト)したためロストロポーヴィチ/クリストのコンビによる録音もこのコンサート録音しかないことになる。
放送は翌年1981年9月にNHKFMでオン・エアされている。カラヤンは「英雄の生涯」と共にしばしばこの作品をコンサートでとりあげたが独奏チェロはゲストを起用していた。このあたりにもカラヤンのこだわりが窺えるようだ。
余談ながら1980年/81年シーズンの年末は12月30日・31日は同曲他にアンナ・トモワ=シントウ(ソプラノ)を迎えてのR.シュトラウスの「4つの最後の歌」が前半に演奏されている。また年が明けた1月1日にはアンネ=ゾフィ・ムターを迎えてブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番ト短調とお得意のチャイコフスキー交響曲第6番ロ短調「悲愴」が演奏されている。この頃のカラヤンはいかに精力的だったことも窺い知ることができる。
この演奏はチェロに名手ロストロポーヴィチ、ヴィオラに当時のベルリン・フィル、ヴィオラ・トップ奏者ヴォルフラム・クリストのコンビによる演奏でおそらくこの作品のロストロポーヴィチとのライヴ演奏では最後になったと思われる貴重な録音である。彼はカラヤンの2回目の録音、つまり1975年EMIに登場しているがヴィオラがウルリヒ・コッホであった。最後のレコーディングとなる1986年には当時20代の若手チェリスト、アントニオ・メネセスを抜擢(ヴィオラはクリスト)したためロストロポーヴィチ/クリストのコンビによる録音もこのコンサート録音しかないことになる。
放送は翌年1981年9月にNHKFMでオン・エアされている。カラヤンは「英雄の生涯」と共にしばしばこの作品をコンサートでとりあげたが独奏チェロはゲストを起用していた。このあたりにもカラヤンのこだわりが窺えるようだ。
余談ながら1980年/81年シーズンの年末は12月30日・31日は同曲他にアンナ・トモワ=シントウ(ソプラノ)を迎えてのR.シュトラウスの「4つの最後の歌」が前半に演奏されている。また年が明けた1月1日にはアンネ=ゾフィ・ムターを迎えてブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番ト短調とお得意のチャイコフスキー交響曲第6番ロ短調「悲愴」が演奏されている。この頃のカラヤンはいかに精力的だったことも窺い知ることができる。