教育のヒント by 本間勇人

身近な葛藤から世界の紛争まで、問題解決する創造的才能者が生まれる学びを探して

古川学園 来春中高一貫校化

2007-10-30 08:46:58 | 文化・芸術
10月30日6時12分配信の河北新報によると、

宮城県大崎市の学校法人・古川学園が2008年4月、現在の古川学園高敷地内に「古川学園中」を開校することが明らかになった。県内の私立中学校は7校目で県北初。大学入試に力を入れた同高普通科進学コースと連結した中高一貫教育を行う計画で、古川学園は「難関国公立大の現役合格を目指す」としている。>という。

★また、

<中学校長も兼務する予定の早坂伊佐雄・古川学園高校長は「県北を中心に生徒を募りたい。優秀な生徒だけを集めるのではなく、入学時は力がなくても、やる気ある生徒の能力を引き出す教育をしたい」と話した。>とも。

★同学園からは、すでに東大合格者をはじめとするいわゆる難関大学に毎年相当数はいっている。首都圏の共学の私立中高一貫校と比べると、すでに相当よいランキングにはいる。

★しかも、入ってくる生徒は全国区でのレベル評価のチャンスは得ていないだろうから、実は潜在的な才能を持っている生徒が多いので、たしかに入学後ぐんと伸びるというコトになるのは想定できる。

★バレーボールで有名になり、東大進学実績で飛躍する。これは私立中学の経営の基本的な論理。そしてもちろん、この後に来るのはクオリティの高い教育力。

★全日制高校の教育の質は、全国的に私立中高一貫校にシフトしていく。そうすると定時制、通信制が勢いをつけてくる。キャリア・デザインの流れは、私立中高一貫校か定時制・通信制か大きく明確に違うベクトルの選択判断にかかってくる。全日制はあいまいの領域になるかもしれない。

★この流れの中で古川学園は情報ビジネス情報科も設置している。もともと商業系の学校だからということもあるだろうが、今これが先端をいく。多様だが明確な進路指導ができる総合学園として期待がかかる。

本好きは国語好成績?

2007-10-29 14:51:39 | 文化・芸術
★日経新聞の教育面(2007年10月29日)で、「本好きは国語好成績」というミニコラムが載っていた。今年実施された全国学力テストでは、生徒と教師に基本的な生活習慣のアンケートも実施。両者のクロス集計を公開している。

★その流れで、日経も記事にしたのだろうが、こういう数字の読み方はやめられないものだろうか。

★日経新聞も所詮は、商品の購買力をどこかで煽らなければならないという台所事情はわかるが、本好きは国語好成績など本当は思っていないくせに。

★本好きは本嫌いでもあるというのが、本当のところだろう。どんな分野でも本を片っ端から読まなければ気がすまないなんて本好きは、めったにいない。

★本好きは、本を読むことができるというのが前提になっているから、当然ある程度の読解リテラシーは身についているのだろう。しかし、読解リテラシーは本をそんなに読まなくても身につくものである。だから本は嫌いでも読解リテラシーは十分に有しているという子供もいるはずだ。

★PISAでいう読解リテラシーのターゲットであるテキストは、必ずも本ではない。写真、絵、グラフ、表などの非連続型テキストもターゲットだ。非連続型テキストは好きだけれど、連続型テキストは嫌いだという高度な読解リテラシーを身につけている生徒もいるだろう。

★ともあれ、出版市場を活性化させるためとはいえ、本を好きでないのは人間でないみたいな言い方にもなりかねない分析はやめてくれないだろうか。

関連記事)全国学力テストの本当の危うさ

田村響さんロン・ティボー国際音楽コンクールで優勝

2007-10-29 11:47:55 | 文化・芸術
10月29日10時46分配信の産経新聞によると、<パリで開催中の若手演奏家の登竜門、ロン・ティボー国際音楽コンクールは28日夜(日本時間29日未明)、2007年度のピアノ部門の最終審査を行った結果、日本の田村響(ひびき)さん(20)が優勝した。2位は韓国のキム・ジュンヒーさん(17)、3位はロシアのソフィア・グリャックさん(27)だった。>という。

★このところ若手の音楽家の活躍が目立つ。「のだめ」の影響か?いや逆である。事実が先行して、あるうねりを感じるから、クリエーターはそれを象徴表現する。そこには時代を先取りする予感があるが、今度はその予感が現実のものとなる。

★文科省の分析やそれに追随する教育産業の分析など鵜呑みにしていたら、薬害や食害と同様のことになる。脳害、心害が起きてしまう。学力低下などないのだ。役に立たない学力なんて関係ないというのが若い世代。

★田村さんは、こうも語ったという。「今日が最後なので持てる力が伝わればと思って弾いた。好きな作曲家は特にない。今は制限せずにいろいろな作曲家に接したい」と。

★完全に大きな物語、記号内容のイデオロギッシュな部分は捨て去っている。多様性のデータベースを使いこなすポストモダン世代だ。しかし、田村さんは「私は私である」だけではない。ヨーロッパで共感を得なければ優勝はできないからだ。それは20歳の段階で言葉で表現できるようなものではないだろう。

★同紙によると、<田村さんは1986(昭和61)年愛知県安城市生まれ。父は調律師、母はピアノの先生という音楽一家の3人兄弟の末っ子。3歳でピアノを始め、愛知県立明和高等学校音楽科卒。現在、ザルツブルク・モーツァルテウム音楽大学に留学中。1993年から内外のコンクールに参加。02年、エトリンゲン青少年国際ピアノ・コンクールB部門第2位およびハイドン賞。第18回園田高弘賞ピアノ・コンクールで第1位。03年アリオン賞、06年出光音楽賞などに輝いた。>

★どの段階でトランスモダンあるいはアドバンストモダンの精神を体得したのだろう。ご両親の影響が一番なのだろうか。それとも安藤美姫さんなど世界的なスポーツ選手を生んでいる愛知県の風土?それともやはりヨーロッパ文化の影響か。どこかで話していただきたいものだ。

教育は質の競争時代

2007-10-29 02:08:13 | 文化・芸術
★日経の特集記事「ニッポンの教育~第5部輝きを取り戻す④」で、全入時代が進学率の呪縛を解放するという論考がなされていた。

★記事は、この大学に入りたかったわけではなく、自分の行きたかった専門学校に行けなかったから入学したという学生の言葉から始まる。大学急増のために選ばなければ大学全入という時代が招いた危機だという。

★高校の方は進学率97%で、いちはやく全入時代を迎えてきた。現場ではものすごい試行錯誤が行われている。

★一般には全日制が主で、定時制や通信制は特別なシステムと思われているかもしれないが、ここの部分の多様性の進行速度と広がりが違う。全日制以上の質を作りあげている私立の通信制もでてきている。

★日本の高等教育はいずれにしても欧米とくにイギリス型になっていく可能性があるから、大学及び専門学校進学率はいずれ100%に近くなる。もはや進学率の時代ではなくなる。大学院進学率が問題になる時代がやってくるだけで、大学は質の競争にならざるを得ない。

★その先進的な例が、高校であり、私立中高一貫校である。いずれも市場に参加するメンバー全員が進むからである。私立中高一貫校は、一定以上の富裕層の市場と一致するから、そういう意味では、その特殊な市場に参加するメンバー全員が進学すると考えてよい。

★全員がある商品を必要とする。できるだけ安く質の高いものが選ばれる。大学側ではまだ、余裕を見せている。高等教育の市場に参加するメンバーの50%しか購入することができないからだ。

★だから、大学進学の学生の学力が低下した、もっと勉強してきて欲しいという最悪のサービスを口にする教授がいる。だれであれ学問する自由があるのだ。その門を閉ざしてきた日本の官僚主義的大学。崩れるのは当然。問答無用だ。

授業時間は少ないか?

2007-10-28 07:51:27 | 文化・芸術
10月28日3時4分配信の読売新聞によると、

<次の学習指導要領を審議している中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)が、近く公表する中間報告「審議のまとめ」の中で、現行の指導要領による「ゆとり教育」が行き詰まった原因を分析し、「授業時間を減らしすぎた」などと反省点を列挙することがわかった。中教審はすでに、小中学校での授業時間増など「脱ゆとり」の方針を決めているが、反省の姿勢を明確に打ち出すのは初めて。>ということだ。

★PDCAのサイクルが企業から教育の現場に浸透しているから、当然中教審でもこの流れを適応したということだろう。しかし、この間発表された全国学力テストの結果では、基礎知識はOK、でも知識の活用が弱いという話ではなかったか。

★知識の活用こそ、「総合的な学習の時間」が活用できるのではと思うが。今度の学習指導要領では、この時間は減らされる。まっ、この総合的な学習の時間で行われた「調べる→議論→発表」という学びのサイクルを一般の授業に導入していくというのであれば、話はわかるが。

★授業が知識活用型の手法を導入すれば申し分ないが、そこの議論は中教審ではないのか。物理的授業の増減だけでは、何も変わらない。具体的な反省点やその解決策とは、授業のメソッドを論じることと評価の手法とテストの作成視点を子供の手に渡すことの是非について論じることだ。

★中教審の議論の切り口はまだまだあまい。

全国学力テストの本当の危うさ

2007-10-25 13:03:08 | Weblog
★全国各紙で、43年ぶりに今春実施された文科省の全国学力テストの結果発表記事が満載。各都道府県の平均正答率一覧が公表されていたり、普段の生活習慣と学力のクロス集計が発表されている。

★コメンテータとして苅谷教授も大活躍。細かい分析が重要だとどこかの新聞で語っていたが、この点はその通りだと思う。

★たとえば、中学3年生の国語Bの3つの記述式の問題、いずれも100字前後書く問題だが、正答率が76.5%、75.5%、43.4%となっている。これはあまりにもおかしい。40%~60%ぐらいの間でおさまるのが、採点の常識。採点の時の許容に問題がある可能性がある。

★それから普段の生活習慣と学力のクロス集計。「生徒が礼儀正しいと思っている学校の方が、平均正答率が高い傾向が見られる」「授業中の私語が少なく、落ち着いていると思っている学校の方が、平均正答率が高い傾向が見られる」「学校の規則を守っている生徒の方が、正答率が高い傾向が見られる」「人の気持ちが分かる人間になりたいと思う生徒、ものごとを最後までやりとげて、うれしかったことがある生徒の方が、正答率が高い傾向が見られる」などなど、一見事実を取り出して並べているだけのようだが、どこか操作性を感じるのは私だけだろうか。

★全国学力テストの本当の危うさは、学校の序列化などではない。その結果を使って、子供たちの心に介入することだ。全望監視装置としてのテストの機能は、絶対に避けなければならない。苅谷教授など学識者のミッションは、この忍び寄る権力の介入のチェックである。社会学者として当然のことだと言われるだろうが、念のため。

パソコンが知識ベース授業の精度をあげる

2007-10-24 10:47:38 | 文化・芸術
10月23日17時3分配信の毎日新聞によると、

<和歌山市とマイクロソフト社は、同市の全市立小学校に配備されているペン入力式のノートパソコンを活用し、児童の基礎学力向上を図る共同研究を実施する。同社によると、地方公共団体と連携した同様の共同研究は初めてという。共同研究は「Wプロジェクト」と名付け、今月から2年間実施。9月に52の市立小学校に配備した計1300台のペン入力式のノートパソコンなどを全児童が国語や算数の授業で使う。>

★漢字など、トメ、ハネ、書き順などを画面に書き込んだら、PCがインタラクティブにチェックしてくれるわけだから、教師が生徒一人ひとり机間巡視する時間コストが節約できる。

★知識ベースの授業や情報を取り出すだけの読解リテラシーには最適。ニンテンドーDSでもすでにそんなことはできているから、通常の授業の中に、いよいよPCは紙と鉛筆感覚で浸透していくだろう。

★そうなってくると、教師は読解リテラシーのうち、「テキストの解釈」と「熟考と評価」の能力を伸ばすプログラムを開発するレベルに必然的に促進される。苅谷教授の諦念は無効ということか。どうやらそれが日本の教育の現状のようだ。

全国学力テストの影響

2007-10-23 16:37:10 | 文化・芸術
沖縄タイムズ(2007年10月22日)によると、「今年四月に行われ、近く結果が発表される全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)で、県内全四十一市町村が学校別の成績を公表しない方針であることが、二十一日までに沖縄タイムス社のまとめで分かった。文部科学省が過度な競争や序列化を招かないよう配慮を求めていることもあり、最終決定していない自治体を含めて公表を検討している市町村はない。市町村単位の平均値については、九市町村が校長会などで公表する一方、十六市町村は非公表の方針を示すなど、対応が分かれている。」ということだ。

★「過度な競争や序列化を招く」という心配はこの手のテストでは必ずでてくる。しかし、それは何度も言うようだが、生徒を評価するのは生徒自身ではなく、教師であるという先入観があるからだ。

★生徒自身が自らを評価する尺度を学ぶためのテストと位置付けるのがよいのだと思う。なかなか難しいのか。しかし、その一方で、

10月23日6時12分配信の河北新報によると、「宮城県教委は25、26の両日、仙台市を除くすべての公立小中学校を対象に独自の学力テスト「学習状況調査」を実施する。前年度で終了した岩手、和歌山、福岡3県との「4県統一学力テスト」に代わる取り組みで、児童生徒の学力を把握し指導に生かす。」という。

★やはり「指導に生かす」というあたりは、教師中心主義。しかし、「ことし4月の全国学力テストで出題された、図表を読み解き意見をまとめるという内容も取り入れた。」とある。

★PISA型テストの記号内容がどんどん浸透していることも確か。浸透したところで、機が熟すれば、生徒中心主義的評価にシフトするか。それまで待つとしようか。

全国学力テストの結果が出る前に分析♪

2007-10-22 15:07:10 | 文化・芸術
★お茶の水女子大教授耳塚寛明さんによると(日経新聞2007年10月22日)、「延び延びになっていた全国一斉学力テストの結果が、今度こそ秒読み段階に入ったらしい。待ちくたびれた。」ようだ。

★「世界標準の読解力 OECD-PISAに学べ」の著者岡部憲治さんといっしょに読売新聞の取材に協力したとき、すでに私たちは、全国学力テストの国語に関しては、PISA型の習熟度レベル(岡部式は世界標準を超えているのだが)に合わせて分析していた。その分析結果を岡部さんはサイトで公表し始めたので、ご覧頂きたい。ちなみに、私も私立中高一貫校の国語の問題を同じように分析し始めたので、ご覧頂ければ幸い。

★ともあれ、すでに平均正答率も出し、実際の採点と私たちのシミュレーションがどの程度GAPがでるのか楽しみだ。しかし、そのようなシミュレーションの結果が大事なのではなく、PISA型のレベル設定を、テストを受ける側である生徒が自ら活用できることが本意なのである。

★現状の教育の問題点は、思考の過程を評価する方法を、生徒自身に渡していないことだ。渡さずにテストを実行する側が評価する。選抜テストであれば、いかしかたがないとしても、学力調査で、それではまずかろう。だれのための学力調査なのか。

★人に評価されるのを待ち続けているようでは、世界という舞台で、自ら意思決定ができない。それでは大競争力時代に、日本が勝てるわけがない。勝ち負けなんて関係ないではない。勝つ必要がないということも市民一人ひとりが意思決定できる社会でなければならない。市場原理が嫌いだなんていうのは、まさに他者(権力者)から評価されることを待っている文化だ。

★ここのところ、ゲームの理論にもとづいた経済理論を構築したアメリカの経済学者がノーベル賞を受賞している。ゲームの理論とは、市場における人々の意思決定の理論である。市場の原理を利益追求の道具だと幻想を抱く前に、市場原理は意思決定の原理であることを確認しておきたい。

嫌われ者の「市場原理」

2007-10-22 07:42:35 | 文化・芸術
★日本経済新聞の特集「成長を考える 第9部 15年後の日本へ(5)」(2007年10月21日))で、日本では「市場原理」は嫌われ者であるが、成長なくして格差問題はなくならない、民主主義と同じように社会主義経済や官僚主導型の従来の日本の経済システムよりましじゃないか、セカンドベストじゃないか。だから市場をもっと鍛錬・研磨しようよと啓蒙。

★しかし、これはどうだろう。「それでも、あえて言えば、いかがわしさの中からすらも『公共の利益に質する何か』を導き出し、フロンティアを広げる市場のエネルギーこそ、資本主義の本質でもある」というのは。

★もちろん、だからこそ「であればこそ、市場をよいものにし、生かす努力を怠ってはならない」ともいう。経済のインフラである市場の「掟」を守ることが大事だという。

★あまりに簡単にまとめたけれど、この日本経済新聞の「市場原理」観は、日本、いやグローバルスタンダードな考え方だろう。

★しかし、少し考えてみると、これは「市場原理」そのものの話ではない。よき市場原理、掟を守る市場原理という話からわかるように、「よき」「掟」に重心がある。「市場原理」そのものは「欲求体系」であり、この欲求をいかにコントロールするかが「市場原理」という名の背景で議論され続けているのである。

★コントロールは、社会や国家が主導するのか、倫理に任せるのか、道徳的個人に任せるのか、まったくの自由人つまりリバタリアンに任せるのか・・・。

★この議論はとても重要であるが、「欲求体系」についても大いに議論すべきだろう。この議論はマズローの五段階欲求説として議論にはあがるが、心理学の世界に閉じ込められているし、ビジネスマンのマネジメント正当化論として取り込まれてしまっている。商品としての五段階欲求説を議論することによって、再び「論語と算盤」「プロテスタント倫理と資本主義」「恋愛と贅沢と資本主義」などの議論ができるだろう。欲求とは何か?成長とは何か?

★これらの記号をロラン・バルト的手法で再議論する時期ではないか。簡単にいえば量から質の議論だが、今のところまだまだ量の拡大の話で終わっている。