教育のヒント by 本間勇人

身近な葛藤から世界の紛争まで、問題解決する創造的才能者が生まれる学びを探して

12の学校選択指標【23】 東京女子学院の芸術プログラム

2006-06-24 17:34:32 | 学校選択
◆今日(2006年6月24日)、東京女子学院(TJG)で、合唱発表会が行われた。全校生徒が140人ぐらいのスモールサイズの学校のよさがしみじみ出ていた。ホールに全校生徒、在校生の保護者、OG、受験生とその保護者が一堂に会することができたし、何より1位と2位になったクラスは、再合唱するなど、余韻を楽しむこともできたからだ。

◆それにしてもTJGは変わった。外から見ているだけでは、たいして変化していないように思われるかもしれないが、このようなイベントに参加すると3年前のTJGとは学校の雰囲気が違っていることにすぐ気づく。

◆英語の大改革を断行したはじめのころは、pedagogy 1色だった。学校だからpedagogy
としての教育を実践するのは当たり前だったのであるが、外国人教師による、英語だけの英語教育の導入とは、実は同時に「学び学」を導入するという仕掛けがあったはずだ。しかし、それは先生方にとっては、環境の大変化をもたらすことを意味し、隕石でも落ちてきたかのような驚きだったと思う。

◆それでも酒井校長先生は、時代の先を読んでいた。学校の先生方の当惑に動揺せずに、新しい教育を取り入れていかれた。私学は先進性が特徴なのだと。20世紀末から教育に、pedagogy 以外の学びという方法論を導入する動きが先進諸国で明らかになってきた時期とも重なっていたこともあっただろう。

◆それまでは教育学を表現するpedagogyという言葉はあったが、「学び学」を表現する言葉は存在しなかったので、新たにmatheticsという言葉をMITのシーモア・パパート教授が作り出さねばならぬほど、「学び学」が要請されていた。もちろん今もそうで、北欧の教育はこの流れを教育に導入している。

◆つまり、生徒中心主義で、議論をしながら自分たちで調べながら知識を広め、あるいはアイディアを生み出し、提案として構築してプレゼンするというmatheticsをだ。これをアメリカのチャータースクールであるミネソタのニューカントリースクールではプロジェクト・ベース学習と呼んでいる。インドのエリートスクールでは統合的学習、日本では総合的な学習と呼んでいる。

◆しかし、北欧はそのルーツを実はソクラテスの対話に発見している。これは北欧のみならず欧米や東アジアの新興勢力の国々、BRICs全体に言えることだ。つまりアテネに帰れだ。

◆欧州ではスパルタとアテネは政治経済、文化、芸術、教育において対比される。教育においては、スパルタはpedagogy、アテネはmatheticsとなる。夏目漱石の文学は非常におもしろいのに、漱石の英語の授業はpedagogyでつまらなかったという。漱石が教える前には小泉八雲が講義を受け持っていたが、漱石に比べ対話型でたいそうおもしろかったという。漱石自身、自らの小説の中で、自らをつまらない教師として登場させているぐらいだ。とにかく漱石の講義形式は、日本の近代教育の典型。

◆ソクラテス型が見直されているのは、おそらくソクラテスの知の生み出し方が想起という産婆術だったからだろう。21世紀に必要な創造的なタレントを持った人材発掘のためには、教育学では限界がある。教育学は人を作るのは得意だが、タレントを引き出すのは不得意。そこでソクラテス的対話術をというわけだろう。もっとも欧州の知はカントにしてもヘーゲルにしても弁証術がベース。弁証法は対話術と訳すべきだったのだが・・・。またハイデッガーの存在論も結局ロゴスを通して、現存在が存在に気づいていくという方法論。現存在に存在を教え込むのではない。想起させるのである。

◆だから教育学の世界では、デカルトだけではなく、コメニウスが復権している。簡単に言えば、デカルトは左脳の覇者。コメニウスは右脳の支援者。TJGは右脳教育の先進校。ただし、現場は左脳中心だった。つまりpedagogy中心主義。しかし、それが英語教育の改革以降の3年間でデカルトもコメニウスもバランスよく登場してくる教育の雰囲気が生まれているということなのだろう。

◆酒井校長先生が、「合唱発表会のプロセスは、社会の縮図です。個人の力とグループの力の葛藤が存在し、それを乗り越える活動が行われていますね。個人と全体のバランスがとれるようになることは、人間になることです」と語られた。

◆生徒たちは、自分たちが歌う前に、自分達が取り組んできたプロセスと思いを200字程度の言葉で語った。それから合唱に入る。いかにクラスのチームワークを作っていくかその葛藤を乗り越えた苦労と詩の意味を深く読解したという2点について、表現はそれぞれ違うが、力を込めてプレゼン。そしてその意図どおりの合唱。会場は感涙に溢れた。

◆このような感動は、酒井校長先生の言葉、つまり建学の精神の自由な展開によってもたらせていることも明らかになった。生徒たちのプレゼンは、いかに先生方に支えられながら(決して教えられたのではなく)、協力し合って事を成したかについて語られていたからだ。

◆高校3年生が、「この行事が私達が参加できる最後の行事となりました」と語ってから最後の合唱を歌ったときに、歌っている本人たちだけではなく、会場の保護者も、そして先生方も涙していた。

◆トーマス先生も目を真っ赤にして涙を流していた。完全に異文化を乗り越えていた。そういえば、かつては英語科の先生が外国人教師と話しているのが多かっただろうが、今では行事の準備を他教科の先生方と外国人教師がいっしょになってやっている。互いに英語と日本語を交えながら。トーマス先生も一生懸命ビデオを撮っていた。

◆TJGの中学校3年生は1クラスしかなく、生徒は6人。合唱の前に、「『明日に渡れ』という曲はノリが良く、ハモるととてもきれいに聞こえ、私たちのクラスに合っていると思います。しかし、6人で初めての三部合唱は音を取るのが大変で、なかなかきれいにハモらなくて少し苦労しましたが、上手くできた時の感動はとても大きく、頑張ろうという気持ちにさせてくれました。6人の合唱は今年で最後なので、1人ひとりが責任を持って歌い、悔いが残らない歌にし、最高の思い出になるような合唱にしたいです。」と宣言。見事に2位になった。

◆この中3は、TJGの教育改革がまだ普及する前の生徒募集の時期にあたっていたため、集まったのは少なかったが、それがかえってよかった。確かに学校経営上生徒が少ないのは困るが、教育と学びのバランスがとれた環境、つまり左脳教育と右脳教育のバランスがとれた環境が、6人のタレント、テクノロジー、トレランスを見事に花開いたのである。

◆このような意味で、TJGの教育に変化が生まれたのだと思う。酒井校長先生の論理と芸術の両方を融合させた教育のアイディアが現実態になってきたということだろう。その現れの象徴が合唱発表会という出来事だったのではないだろうか。





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12の学校選択指標【22】 湘南白百合の芸術プログラム

2006-06-24 08:29:28 | 学校選択
◆昨日(2006年6月23日)、藤沢市民会館大ホールで、湘南白百合学園の「音楽コンクール」が催された。第56回めである。70周年を迎えた学園にとって、いかに大切な行事であるかがわかる。

◆全校生徒でホールが埋まるため、在校生の保護者ですら全員聴くことはできない。そのため、受験生やその保護者にオープンになっていない。湘南白百合学園の広報は他のカトリック校に比較して大変オープンである。ほとんどのことは入学前に知ることができるが、この感動的な芸術プログラムは体験できない。

◆受験生にとってはまだまだ奥深い女子校なのである。そしてこの奥深さが湘南白百合の生徒たちの存在根拠を生起しているのではないだろうか。

◆クラスごとに自由曲を選択し、学年ごとに課題曲である宗教曲をラテン語で合唱する。自由曲の選択は、クラスにとって一大事。合唱は、ただ声を出して感覚的に歌えばそれでよいというわけではない。

◆楽譜の展開、パートのレイアー構造、詩の読み取り(それはかなり構造的なもの)をしていく。ポップス系を選んで、チャレンジしたとしてもノリだけでは選択できない。宗教曲を選んだ場合は、フォーレにしてもモーツァルトにしても作曲家がすべての力をシンプルに注いだ複雑だけれども透明感のある力作。どれだけそれを理解することができるのか。いずれにしても、これらを自分たちで調べ、話し合い、構築し、イメージを共有しなければ選択は決まらないだろう。

◆そして練習。早朝、昼休み、放課後、一ヶ月以上に渡り、学園中歌声に包まれる。もちろんその過程で生まれる不安や葛藤。しかし、すべてがコンサート当日笑顔と歓喜と涙で乗り越えられる。そして6年間の思い出に結実。母校へ思い馳せる拠点が音楽コンクール。

◆校長先生は開会の挨拶の中で、「芸術は創り手と見守る眼差しの両方が創りあげる。合唱することも、聴く心も両方大切にしてください」と芸術プログラムの根源をさりげなく投げかけられる。芸術を通して人間とは何か、自分とは何か、自分が他者とともに何ができるのか、自分たちの目に見えない力はどこまで発することができるのか、自分達がふと振り向けばそこにある眼差しがあるが、それは何か・・・。先輩は後輩を見守りながら思い出を大事にし、後輩は先輩を見守り、未来を創る勇気をもらい、同僚の間では互いにサポートし合う心に気づき・・・。音楽コンクールは、そこまで行き着く過程も含めて、人間の存在根拠を学ぶ「時間」。

◆高校3年生にとって、参加できる最後の行事がこの音楽コンクール。ここから一挙に大学進学に向けて駆け抜ける。コンクール最後は、高校3年生全員で「神の御業は御空にあり・・・」を合唱。神の眼差しに見守られている学園なのである。
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12の学校選択指標【21】帰国生受入の意義―共学校

2006-06-22 23:07:46 | 学校選択
◆帰国生の私立共学中高一貫校を受験する数も女子校同様多い。男子校の1.5倍の909人。このうち88%を次の20校で占めてしまう。

①渋谷教育学園渋谷(162)
②慶應義塾湘南藤沢(109)
③渋谷教育学園幕張(64)
④江戸川学園取手(55)
⑤成蹊(52)
⑥東京学芸大竹早(34)
⑦公文国際(33)
⑧東京学芸大大泉(33)
⑨山手学院(33)
⑩森村学園中等部(30)
⑪横浜国大横浜(25)
⑫開智(22)
⑫運芝浦工業大学柏(22)
⑭千葉大教育学部附属(21)
⑮関東学院(20)
⑯神奈川大学附属(19)
⑰横浜国大鎌倉(18)
⑰早稲田実業学校中等部(18)
⑲玉川学園(16)
⑲土浦日大(16)

◆田村学園とSFCが圧倒している。両校の6年間のカリキュラムは、グローバルスタンダードを相当意識している。渋谷教育学園幕張では、講演者に大江健三郎氏や小柴昌俊氏や椎名誠氏などを招いてしまうほど。渋谷教育学園渋谷のほうも、大学進学実績は好調だし、イギリスとの交流もすっかりベースになっている。

◆SFCは、帰国生が中等部では約20%、高等部では約25%。異文化の交流が自然な形で学校の中で生まれているのが特徴だと言う。留学については、イギリスのミルフィールド・スクールなど、3ヶ国、7つの学校との短期の交換留学プログラムが年間を通して実施されているほど。

◆注目は、東京学芸大大泉。2004年の国立大学法人化によって、大泉は、独自のプランを立てた。2007年から国際中等教育学校にシフトする。応募が増えるということだろう。中等教育ということは高校の選抜がないということだ。一般生も若干であるが、受け入れられる。激戦になるだろう。

※参照→「東京学芸大学附属国際中等教育学校(仮称)の開校について

◆いずれにしても、帰国生を大量に受け入れている学校は、エクセレント・スクールの潜在的な教育力があると考えてよいだろう。


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12の学校選択指標【20】 帰国生受入の意義―女子校

2006-06-22 08:48:24 | 学校選択
◆帰国生の私立女子中高一貫校を受験する数は多い。男子校の1.8倍の1116名。このうち94%を次の25校で占めてしまう。

1.頌栄女子学院(139)
2.洗足学園(113)
3.鴎友学園女子(83)
4.江戸川女子(70)
5.学習院女子中等科(65)
6.大妻中野(61)
7.立教女学院(59)
8.共立女子(54)
9.大妻(52)
10.桐朋女子(42)
11.白百合学園(41)
12.東京女学館(33)
13.跡見学園(27)
13.湘南白百合学園(27)
15.日本女子大学附属(25)
16.恵泉女学園(24)
17.横浜女学院(21)
18.豊島岡(20)
19.三輪田学園(19)
20.順心女子学園(15)
21.吉祥女子(14)
22.鎌倉女学院(11)
22.品川女子学院(11)
22.山脇学園(11)
25.和洋九段(10)

※( )内は2006年の帰国生の応募者数。
参考リソース→「日能研グローバル・サービス

◆こうして見てみると、やはり多くが老舗のエクセレント・スクール。帰国生の応募者数が多いということは学校選択の視点として見逃せない。その中で、新興勢力のエクセレント・スクール横浜女学院がここでもランクインしている。遠く海外に行っても母校としていつでも帰ってきたい学校にふさわしい広がり。

◆また広尾学園と名称を変更して教育大改革を実施している順心女子もランクイン。すでに帰国の応募がこれだけあるということは、改革の成功の兆しかもしれない。

◆桐朋女子は応募者の70%強は進学する。そして学内でも15%程度は帰国生だということだ。それでいて帰国生のための特別クラスは設定していない。帰国生にとって心地よい学びの環境があることは間違いないだろう。

◆一方大妻中野は、急激に大学進学実績が上昇している。進学を基本とすることを前面に出している学校であるから当然であるが、帰国生の刺激をシナジーに転換している可能性があるのではないだろうか。
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12の学校選択指標【19】 帰国生受入の意義―男子校②

2006-06-21 17:33:06 | 学校選択
◆2006年の私立男子中高一貫校の応募者数を見てみよう。前回と同様、多い順に並べてみる。

①攻玉社(151)
②聖光学院(129)
③学習院中等科(88)
④立教池袋(70)
⑤逗子開成(43)
⑥海城(33)
⑦高輪(20)
⑧早稲田(17)
⑨鎌倉学園(14)
⑩暁星(12)

◆顔ぶれは昨年とあまり変わらないが、七番目に高輪がランクインしている。東大・早慶・上智・MARCHの卒業生数に対する割合は、本郷中にまだ追いついていないが、かなり迫ってきている昨今。

◆こうしてみると、グローバルなきかっけを積極的に導入しつつあるというのが予想できる。首都圏では男子校が少ないので、こういう動きはもしかしたら相当おもしろいことになるかもしれない。期待したい。
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12の学校選択指標【18】 帰国生受入の意義―男子校

2006-06-21 15:16:21 | 学校選択
◆一般受験生は帰国生募集状況にあまり関心がないだろうが、帰国生の応募者数が20名を超える学校は、教育の質になんらかの良い影響を与えようと考えているわけだから、そういう学校を志望する場合、どういう目的で帰国生を募集しているのか配慮しておいたほうがよい。

◆首都圏の私立男子中高一貫校で、帰国生の応募者数が多い順に10校並べてみる。( )内は2005年の応募者人数。

①聖光学院(148)
②攻玉社(144)
③立教池袋(55)
④逗子開成(51)
⑤学習院中等科(47)
⑥早稲田(23)
⑦海城(22)
⑧鎌倉学園(14)
⑧獨協(14)
⑩暁星(13)

※資料→「日能研グローバル・サービス

◆さて、これらの学校は、入学するのも難しいし、教育の質も高く、それぞれ味がある。大学進学実績も良い。やはり帰国生を大量に受け入れられる学校は、何かがあるということを示唆している。

◆たとえば、聖光学院が帰国生を受け入れることが意味することは、12の選択指標のうち次のような項目を満たしているということがわかる。

「(1) 自己実現プログラムの自覚的実行」の環境設定。
「(2) 教師の創造的コミュニケーション能力」の証明。
「(3) 時代の変化への対応力」があることの証明。
「(5) プログレッシブな授業構築力」の開発に挑戦。
「(6) 総合学習と他の教育活動の有機的結合」がなされている。
「(7) 現地校で耐えられる英語教育力」への挑戦。
「(10) キャリア・デザインとしての進路指導」の実施。

かなり帰国生と一般生のクオリティ・ライフと言う点で、シナジー効果をプランしているということがわかる。

◆しかし、このように帰国生すべてが、自分たちが体験してきた海外の生活や教育環境を尊重してもらい、その良さを受け入れてもらいたいと希望しているわけではない。日本の環境から離れ、日本的習慣や勉強方法を忘れてしまったことに対する不安を抱いている生徒もいる。

◆そういうことを配慮して、安心して日本の教育環境にシフトできるようにプログラムを組んでくれているのが攻玉社の国際学級。だから攻玉社の日本の大学実績は非常によいと言われているようだ。

◆ともあれ、志望校が帰国生を受入れている場合、そのビジョンに関して、調べてみることは、重要なのである。
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12の学校選択指標【17】 横浜女学院の表現力

2006-06-20 11:27:04 | 学校選択
◆「読売ウィークリー2006年6月18日」に「選ばれる私学 国際教育実力校」というテーマで座談会の記事が掲載されている。神奈川学園、佼成学園女子、土浦日本大学、東京女子学園、横浜女学院の先生方が話されている。

◆このタイプの広報記事は、「12の学校選択指標」の視覚で読み取ると、学校の特徴が浮き彫りになってくる。しかも国際教育プログラムはある意味「(1) 自己実現プログラムの自覚的実行力」の1つである。「(2) 教師の創造的コミュニケーション能力」もよくわかる。「(3) 時代の変化への対応力」という角度からも評価できる。国際教育プログラムの存在はそれだけで、「(5) プログレッシブな授業構築力」が存在していることを示唆している。その国際教育プログラムのレベルについては「(7) 現地校で耐えられる英語教育力」と照合して判断することも可能だ。また、「(10) キャリア・デザインとしての進路指導力」にもつながっているかどうか評価できる。何より、このような座談会でのプレゼンテーションは「(12) 説明会の表現力(教育理念の具体的展開のプレゼン)」があるかどうかはっきり現れる。

◆このように、12の指標のうち7つの指標の判断がある程度できる。ただし、国際教育が「売り物」にすぎず、他の教育実践でも同質の活動を行っているという学校でない限り、学校全体のクオリティーの評価ができないのはいうまでもない。もっとも「売り物」的教育実践だとしたら、それだけで学校全体のクオリティーは下がってしまうから、やはり国際教育プログラムを通して、学校全体の教育力が現れていると考えたほうがよいだろう。

◆逆に言えば、国際教育プログラムを構築していない学校は、よほどの老舗か、大学進学実績に特化しているかどちらかである。21世紀の戦略者型あるいは改革者型リーダーを輩出しようという私学の時代に、受験英語プログラムどまりであるという学校があるとしたら、それは少々時代錯誤だ。イギリスのパブリックスクールやアメリカのプレップスクール、シンガポール、インドなどのエリートスクールの中でエクセレントスクールはどこでも国際教育プログラムは充実しているはず。

◆さて、座談会に話を戻そう。この座談会は、完全に横浜女学院の平間先生の戦略勝ちという結果に終わっている。平間先生のプレゼンテーションの戦略は、ルーチン化した教育言説を破壊する戦略。横浜女学院の全体的な特徴でもあるが、固定概念を砕く表現力は巧み。それから「12の学校選択指標」のうち、他校が使っていない切り口を使うという戦略である。

◆まず他校とは違う切り口とは、国際教育プログラムの中に「(11) 生徒の潜在能力を引き出す教育空間デザイン力」を包含したこと。「国際教育が生徒の居場所づくりと未来図を描くきっかけになっている」と語るのである。ここでも校舎などの物理的教育空間を言うのではなく、「精神的な教育空間デザイン=居場所づくり」としてのプログラムという切り込み方である。実に新鮮。

◆また「みなさんのお話をうかがっていて、本校は、国際教育に対するスタンスがやや違うように思いました。というのは、本校では、海外研修を英語教育とは考えてはおらず、生徒たちの成長を促す1つの機会であると考えています」と。これは「(1) 自己実現プログラムの自覚的実行力」の証明として捉えていることになるが、他校は英語教育の一環として捉えているのではと問いかけている。これによって、国際教育=英語教育としての見方を砕いている。表現力には意外性というレトリックが必須であるが、まさに平間先生のレトリック戦略はこれだ。

◆しかも「きかっけ」「機会」という言葉を必ず使う。この言葉を多用する教師は、「創造的コミュニケーション能力」が高い。常に生徒に正解を教えることをしない。きっかけというトルソーを投げかける。トルソーを完成させるのは常に生徒たち自身。そしてそのイメージの完成は常に未完。いつも未来に投げ出されている。だから横浜女学院の卒業生は、母校に帰ってくる。横浜女学院のトルソー型言説は、実は聖書の表現そのもの。横浜女学院は実は生徒たちにとって心のチャペルであり続けるのである。
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12の学校選択指標【16】 教育理念と説明会

2006-06-18 10:11:47 | 学校選択
◆「12の学校選択指標」の最後の項目は「(12) 教育理念が具体化していることを証明する説明会」。教育理念は到達すべき6年後の目標ではない。日々学園生活で満ち溢れている命でありエネルギーである。したがって、あらゆる学校の教育活動に流れる血液であり、樹液である。

◆このことを教育実践の中で常に想起し続け、脳血栓を生じさせないように普段の努力、つまり議論をしてチェックし続けている学校がエクセレント・スクールだし、クオリティー・スクールである。

◆だからこそ説明会で意図せずして自然体でそのことが表現されるのである。そういう学校と言えば、まずは麻布であり、開成であり、芝であり、武蔵であり、共立女子であり、大妻多摩であり、鴎友学園女子であり、女子学院であろう。


◆またこの間、神奈川女子校19校が協働で開催していた「2006私触会」の各校のスピーチを聴いていて、改めて湘南白百合、横浜女学院、神奈川学園、洗足学園、富士見丘(神奈川)、カリタス女子、聖セシリア、聖園女学院は教育理念が具体的実践に染み渡っていることを語れる、つまりそれは日常感覚になっていると感じた。

※参考→
2006私触会のおもしろさ(1)
2006私触会のおもしろさ(2)
2006私触会のおもしろさ(3) 湘南白百合の場合
2006私触会のおもしろさ(4) 横浜女学院の場合
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12の学校選択指標【15】 教育空間(4) 麻布と開成 

2006-06-05 06:09:19 | 学校選択
◆麻布と開成といえば御三家という言葉がすぐに思い浮かぶが、そのような受験業界用語よりもはるかに重要な共通点がある。それは教育空間と芸術教育という2点。この2点があるために、両校出身者は世界のリーダーとして育っていくのかもしれないと仮説を立てたいほどである。

◆第1点は、両校の校舎は大名庭園というランドスケープの中にあるという点だ。麻布の通学路利用としては、広尾の駅からゆるやかな坂を歩いていくコースがほとんどだろうが、そのとき生徒たちは右手にもともと大名庭園だった有栖川宮記念公園を感じながら学園に向かう。

◆開成も西日暮里の駅から行く場合、ゆるやかな坂を歩きながら校門に向かうわけだが、そこから先はもともと大名庭園が広がっていた大名屋敷の跡地。高校と中学の校舎を結ぶ空中廊下からは、かつての庭園の面影を感じ見ることができる。実際当時の作庭で使われた大きな石が坪庭にまだ置かれている。

◆開国当初、当時江戸だった東京には大小さまざまな大名庭園が残っていて、日本を訪れた多くの欧米人は、「理想郷だ」と感嘆したほどだと言われている。それだけではなく、大名庭園の発想は、当時のユートピア都市運動に相当影響を与えたとも言われているのである。近代都市計画のバイブル「明日の田園都市」を書いたハワードがロンドンの近郊のレッチワースに建設した田園都市がその代表。

◆この都市は、昨今の環境都市を100年以上前に先取りしていた。ヨーロッパでは、長い歴史の中で、都市づくりは、市民にとって重要な主体的な活動だった。今もそれは変わらないし、国づくりに匹敵する活動である。現在の日本では、都市は官僚が作ってくれるものというイメージが大勢であるが、これからはそうはいかない。市民の中から都市計画のリーダーが生まれなければ、どんなに国際社会で経済力を持とうとも、リーダー育成発展途上国とみなされるだろう。

◆だから麻布と開成の生徒たちの教育空間が、都市づくりの発想を養う庭園発想の環境にあるということは重要なのである。本郷の東京大学は、前田藩の屋敷があったところに建っているが、当時は大名庭園が広がっていたはず。三四郎池にはその面影が残っているかもしれない。両校から東大進学者が多いのは、空間に共時性と通時性が感じられるからというのも少しあるかもしれない。要するに、当たり前という感覚なのだ。

◆東京都心の多くの私立中高一貫校もその校舎は大名屋敷の跡地に建っているのだが、その形跡を残すということをほとんどしていない。もっとも麻布は開成とは違って、最適の場所にあったということだけのように思われるかもしれないが、今の場所を選んだ麻布の創設者江原素六は地政学的なことも考えていただろう。

◆さて、両校にもう1点共通しているのは、そのような教育空間の中で、オーケストラの響きがあるということだ。麻布の定期演奏会は有名で、チャイコフスキーやモーツアルト、ベートーヴェンなどのシンフォニーを演奏してしる。吹奏楽部ではなく、管弦楽部というところが他校と違うかもしれない。クラシックが他の音楽よりレベルが高いなどということではなく、その繊細な響きを理解できる能力が世界の舞台では役に立つということがポイントなのである。

◆開成は中学の校舎の最上階が音楽室。開成中学の体育館は、ボタン一つで演奏会場になるように作られているが、ある生徒なんかは音楽室の方がやわらかい「響き」を奏でることができるんですよねと批評する。この「響き」に対する感覚は重要だ。「響き」というものは、アインシュタインの相対性理論やシュレジンガーらの量子力学、現代物理学で論じられている「超ひも論」などの発想に通じるからである。両校の教育空間は、音楽と科学のインターフェースでもあるのではないだろうか。
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12の学校選択指標【14】 教育空間(3) 女子聖学院

2006-06-03 08:35:42 | 学校選択
◆女子聖学院の空間イメージはサークル。このサークル空間は、常に対話を基礎としている女子聖学院の教育理念そのものの象徴だと思われる。チャペルにしても、ラウンジにしても、中庭にしても、みな弧を描く空間が設計されている。そしてなんといっても校長室の空間も円なのである。

◆この弧を描く空間は、自然と対話空間になる。たとえば、校長室に立ち寄る生徒たちや先生方は、その部屋の円卓に座って語り合うし、この円卓には校長先生も参加する。すると中心には誰がいることになるのか。ランチや休み時間に座るベンチや机などもサークル空間をつくることになるが、そのときも中心に人がいることはない。キリスト教的民主主義の教育が貫徹しているということを意味するのである。中心は神。神の前では、生徒も教師も校長先生も平等。女子聖の対話が常に創造的な上昇気流に乗るのはそこに理由があるのだろう。

◆女子聖学院の対話は共鳴がキーワードだと思う。チャペルではサット・マリーが設計したパイプオルガンが響きを伝え、毎朝のように校長先生から訓話がある。校長先生のお話は生徒たちにとっては、パイプオルガンと同じように響きなのだ。響きのない言説では、対話は成立しない。サークル空間のイメージは対話とその響き合いなのである。

◆吹奏楽や演劇という芸術活動が盛んな理由もこのような教育空間が生み出す何かが働いているからだと思う。そういえば、ギターリストの村治佳織さんは、女子聖学院の卒業生で、同学院を選択した理由は、チャペルが彼女の演奏空間としてぴったりだったからということだったようである。もう演奏会は何回目になるのだろうか、ときどき村治佳織さんのギターの音がこのチャペルに響き渡る。

◆2007年秋には、チャペル以外の校舎は全面的に建てかえられて、新校舎が完成するという。どんな新しい響きが聞こえてくるのだろうか。今から楽しみではないか。
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