教育のヒント by 本間勇人

身近な葛藤から世界の紛争まで、問題解決する創造的才能者が生まれる学びを探して

スイス教育にもブランド戦略

2007-09-30 10:40:03 | 文化・芸術
★swissinfo(スイス放送局の一部門)によると、

<9月から「スイスの金融業界、時計技術、先端技術の卓越した技能は教育にも及ぶ」とスイスの教育を売り出すため、「スイス・ラーニング ( Swiss Learning ) 」という民間団体が設立された。>

★スイスは歴史的には貧しい国だった。傭兵という出稼ぎで金を集めていたが、それは親族・血族が争う壮絶な歴史を負うことにつながった。豊かな自然があっても資源はない。あるのは人材資源だけ。宗教改革も、そういう貧しい条件下の市民たちの中から必然的に生まれたのだろう。

★節約・倹約・勤勉・誠実・・・。スイスにおけるプロテスタンティズムは、自らを磨くことを、自ら作り出すことを、物質主義を超えることを意味したのではないか。だから「ひと・もの・かね」が集まる国になった。

★人口は少ないわけだから、有能な人材が集まる魅力的な国づくり・都市づくり。大量生産よりも高くても売れる付加価値の高いソフトづくり。実体経済だけでは金は集積しないから、金融経済づくり。こうなってくると、ハードよりソフトという強力なブランドをつくるスイスの人材育成教育に秘密があることは確かだ。

★そして、今回この秘密をオープンにし、教育までもブランド力を売ろうという徹底したポスト資本主義のベクトル。いくつかの条件は日本に似ている。それゆえ日本はスイスの戦略を学ぶべきだという声も政府ではあがっているようだ。

★しかし決定的に違うのは言語政策である。swissinfoのサイトでさえ、英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、ポルトガル語、スペイン語、アラビア語、中国語で見ることができる。もっともその中で重視しているのは英語だろうが。

★もう1つの大きな差異は、ブランド戦略のあり方。スイスのブランドは理念現実型。日本のブランドはキャライメージ型。強いブランドと浮遊したブランド。どちらがよいのかわからないが、国際標準で勝負するには、その両方をプロデュースできる人材が必要。やはり日本においても教育がポイント。スイスの教育ブランド戦略を象徴する思想家は3人。ルソー、ピアジェ、ペスタロッチ。日本におけるキャライメージ型ブランド戦略を象徴する思想家も3人。西田幾多郎、田辺元、九鬼周蔵。理性と知性と感性を代表するオリジンな思想家である。
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今「教育ルネサンス」がおもしろい[02]

2007-09-29 20:20:38 | 文化・芸術
★「テストを生かす(3)」では「ひらめきテスト」という創意工夫をしている先生方の努力が紹介されている。PISA型テストである全国学力テストの衝撃に果敢に立ち向かっているひとつの姿である。

★「ひらめきテスト」というのは「例えば三角柱の体積を求めさせる問題(図)では、まず既習部分で使えそうな考え方や違いを提示させ、答えも予測した上で、図や言葉を使いながら考えつく様々な解き方を書かせる。次に、直方体の体積を公式から求めて2分割するなど、代表的な解き方3種類を例示し、自分の考え方との違いや応用法など、気づいた点を述べさせる」もののようだ。

★たしかに、「考える」ことが重視されている問いかけである。テストも授業も実は問いかけがポイント。単純に記憶を条件反射のように呼び起こすか、確認だけの作業なのか、多角的に複合的に考えるのかは、すべては問いかけの質で決まる。

★そういう意味でこの「ひらめきテスト」は、考える反応を生み出す問題だ。こういう問いかけがなされる授業やテストは楽しいだろうし、生徒たちのモチベーションも上がるだろう。実際「ある児童の場合、三角柱を分割するなど2種類の解答を記し、例示された解き方からは、『どれも底面積を求めている』と共通点を見つけ、『円柱の体積にも当てはめられるかも』とも予測した」という。知のボトムアップがある程度成功しているではないか。

★しかし、一方で不安がよぎる。この「ひらめきテスト」で「考える」とは解き方であり、方法論ではない。方法論とは理念(原理)と実用が統合されているのであるが、ここでは、理念なき実用が展開している。理念なき実用は、「私は私以上でも以下でもない」という人間観を作り上げてしまう。この共同幻想はすでにできあがっているかもしれない。なにを大げさなと言われるかもしれない。しかし、知性は感情というフィルターが生み出す。理念に無関心な感情想起システムは、日々の生活の中で積み上げられていく。子供たちの生活時間のうち学校時間は膨大。人間関係より何より授業のあり方がいろいろな問題を生む場になっているとしたら・・・。杞憂であればよいが。。。

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今「教育ルネサンス」がおもしろい[01]

2007-09-28 09:35:13 | 文化・芸術
☆ここのところ読売新聞「教育ルネサンス」が、今春実施された全国学力テストに対する現場での取り扱い方や感じ方を連載している。題目は「テストを生かす」。

☆明治以来、日本は教育制度を変えるのに莫大なコストと労力、リソースを投入してきた。授業の質を高めるためにも同じ状態。しかし、その結果は頑迷固陋な知識リソースを記憶して、並べることが考えることだという見事なまでのシンプルな教育体系を確立した。

☆しかし、89年ベルリンの壁が崩れると同時に、その教育体系も崩れようとしている。がまたまたしかし、崩した後、どのように組み立て直すのかわからないという恐怖が、教育現場の動きをフリーズさせてきた。そこで再び膨大なコストと労力、リソースが蕩尽されようとしているという矢先・・・。ことは起きた。

☆学習指導要領でも授業でもなく、あっさり全国学力テストという安価(もちろん何十億もつかっているが、費用対効果を考えるとということ)な道具で、教育の最前線が変わったのだ。その最前線の個々の小さな変化が起きていることを伝えているのが、今回の教育ルネサンスの「テストを生かす」プロジェクトだ。

☆小さな変化だが、それが同時に全国で起こっている。いわば同時多発革命。今回のテストに賛成するにも反対するにも、賛否両論が現場で起きているのである。しかも今回はPISA型テスト。受けた生徒全員のグローバルスタンダードにおける位置づけが実はわかるのである。

☆総合学習は授業に直接踏み込んでしまった。グローバルスタンダードのような「ものさし」を後から造っていこうというチャレンジだった。しかし、それが広がらない決定的理由になった。

☆今度は違う、まだまだ意識されてはいないが、すでにグローバルスタンドの仮説がOECD/PISAによって提示されているのだから。
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教育再生会議存続するも・・・

2007-09-27 00:05:42 | 文化・芸術
9月26日15時20分配信の産経新聞によると、

<町村信孝官房長官は26日の記者会見で、教育再生会議について「引き続き活動していただく。会議の報告を実現していく姿勢は、福田内閣でも変わらない」と表明した>ようだ。

★ただし、<12月にとりまとめが予定されていた第3次報告は「多様な議論もあるようなので、多少はずれ込む」との見通し>も示されたという。

★一方、9月26日20時50分配信の毎日新聞によると、渡海文科相は、

<政府の教育再生会議が導入を検討している教育バウチャー(利用券)制度にも、慎重な姿勢を示した>という。

★町村官房長官は、文部大臣時代、教育に市場の原理を積極的に導入。一方、今回の渡海文科相は、競争原理には否定的。

★それにしても、このイデオロギー闘争、どうにかならんかね。89年ベルリンの壁崩壊の論理がここにきて亡霊としてよみがえるなんて。時代認識というのはないのですか渡海文科相(^^);
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外国人労働者と教育

2007-09-25 08:14:35 | 文化・芸術
2007年9月22日配信の静岡新聞によると、

<工場などでの外国人労働者の日本語教育のあり方を検討する地域日本語連携推進協議会の第2回会合が21日、浜松市中区のフォルテで開かれた。ヤマハ発動機IMカンパニーの日本語教室の様子が報告されたほか、委員から日本語教育カリキュラムの必要性を指摘する意見や、語学学習だけでなく交流面を重視すべきとの声が相次いだ。>

★外国人労働者の半分以上が製造業に携わる。かつては単純労働といっていたものも、そう単純ではない。言語によるコミュニケーションは重要だし、モチベーションという意味では、文化的な交流もポイント。

★しかし、外国人労働者の語学教育だけではなく、その子どもたちの教育も大事。だが、ここの問題はやはり言語の壁。外国人のための日本語教育のシステムを早急に構築する必要がある。あるいは、英語を日本人と外国人がいっしょに学びシステムでもよい。
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リーダー選びの難しさ~安倍首相辞任で思う

2007-09-17 10:29:52 | 文化・芸術
9月16日8時0分配信の産経新聞によると、

<日本の民主主義やナショナリズムの研究を専門とする米国ジョージタウン大学東アジア言語文化学部長のケビン・ドーク教授は14日の産経新聞とのインタビューで、安倍晋三首相の辞任表明に関連して、安倍氏が米国では日本の歴代首相のうちでも「明確なビジョン」を持った指導者としての認知度がきわめて高く、米国の対テロ闘争への堅固な協力誓約で知られていた、とする評価を述べた。>という。

★確かにケビン・ドーク教授の言うように、安倍首相は約1年の在任中に他の首相より多くの業績を残した。教授は次の3点をあげている。

<(1)教育基本法の改正(2)改憲をにらんでの国民投票法成立(3)防衛庁の省への昇格>

★改革者型リーダーだと言いたいのかもしれない。しかし、将来、歴史は軍事国家への道を再び開いた首相と評価するかもしれない。

★組織心理学者のメルビン・ソーチャーとジェームズ・ブラント(「人材育成の戦略」ダイヤモンド社2007年)は、リーダーを評価する時に、次の側面で評価がブレるときがあると、リーダー選びの罠を明らかにしている。

①和を重んじる人
②教育熱心な人
③仕事のできる人
④スピーチのうまい人
⑤野心を表に出す人
⑥自分に似た人、よく知っている人

★パッションで語るという意味で「スピーチがうまい」ということにし、⑥の自分に似たの「自分」を、血族と読み換えるとすると、安倍首相はすべて当てはまるかもしれない。

★リーダー選びは難しい。組織が豊かになるには、サバイバルするには、リーダー選択の妥当性、信頼性、正当性について考えねばなるまい。
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安倍首相辞意表明

2007-09-12 14:27:25 | 文化・芸術
★今、首相官邸の記者会見で、安倍首相が辞意を表明している。「一身をなげうつつもりで、全力で・・・テロとの闘いを継続するために、どうすべきか。むしろ私は局面を転換しなければならない。新たな総理のもとで、テロとの闘いを継続していく。・・・局面を変えていくにはいいのではないか。・・・続投して内閣を改造したわけでございますが、今の状況でなかなか国民の支持・信頼をえらるのは難しい・・・。(辞意の)決断が遅れれば、国会が混乱する。・・・そう判断したところでございます。」

★局面を打開するためには、辞意によって、新たな首相のもとで、全力を尽くす。そういう意味で、「職を賭して」とシドニーで語ったのか・・・。

★おそらく、そう簡単な背景があるわけではなく、水面下で、相当いろいろなことがあったのだろうし、あるのだろう。しかし、やはり妥当性と信頼性。判断が正しいかどうかは歴史が判定することだろうが、メディアを通してみていても、妥当性や信頼性が危ういのに、なぜ職に固執するのだろうと思っていたが、やはり維持することはできなかった。

★ビジョンを打ち出すだけでは、リーダーシップを発揮するのは難しいという、典型的なケースだ。だからといって、限られた現実にだけに沿ったリーダーシップも、舵取りを誤るだろう。

★総理の職責は、国民の生活を担っている。国連総会やテロ特措法の解決問題も残っている。所信表明をしたばかりでもある。それなのに、無責任ではないか。そういう声も結構ある。

★しかし「小さな政府」の流れでいけば、国民は別に自分達の生活を担ってもらっているという意識はないだろう。要求はする。しかし、生活を担ってもらっているという意識はない。残念だけれど、日本という国家のアイデンティティは危機に瀕している。だから「美しい国」という逆説的表現がなされたのだろう。

★これからの総理は与党からも国民からも要求されども感謝されることはない。めちゃくちゃ孤独である。しかし安倍総理は、まだ何かを信じているのかもしれない。自らの犠牲が、打開策と等価交換になるという、呪術的、神道的発想が。しかし、それももはやないかもしれない。

★合理的判断こそが重要ということか。いずれにしても、解決の手段として、撤退という解決策を選んだということだ。撤退か、妥協か、創造か。この3つの選択肢の中で、撤退以外に道はなかった。民主党の小沢党首との妥協点は見失われた。新たな起死回生のアイデアもない。妥当性と正当性は失われた。信頼性もないが、せめてそれは撤退という行為が相殺してくれるのではないかという淡い希望。

★しかし、新しいアイディアを出すしか本当は方法はないのだ。新しいリーダーシップは結局改革者型、創造型リーダーシップしかない。たいへんハードルの高い局面が眼前にある。これはすべての領域でそうだろう。
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大学卒業認定試験???

2007-09-12 09:57:03 | 文化・芸術
2007年09月10日17時40分配信の朝日新聞によると、

<大学の学部教育の見直しを検討している中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)の 小委員会は10日、卒業要件の厳格化を政府と各大学に求める審議経過報告案をまとめ る。政府には全学部共通で身につけるべき能力の指針を示すことを、各大学には卒業認 定試験をするなど責任をもって卒業生の質を確保するよう求める。「大学全入時代」を 迎え問題になっている大学生の能力低下に歯止めをかけるのが狙い>とある。

★大学設置基準や都心回帰を促す基準などを緩和したため、大学数は急増。一方少子化で学生数は減少で、学生獲得戦略のため、自己推薦入試やAO入試の拡大。これにより「大学全入時代」に拍車がかかり、「大学生の学力や探究力」の低下をまねいたとされる。本当は知の位置付けが変わったからなのだろうが、それはともかくそれらを食い止めるための懸案事項にやっと着手したということか。

★そのために、「卒業認定試験」というのは驚きだ。まさか国公立大学は一律実施などということはないだろう(担当官僚も「あくまでも1例なんですが・・・」と)が、今の日本はそういう「学問の自治」なんてものはスルーしてしまうから、危うい。「学問の自治」を守るためにも、学生の学力を上げねばとすりかえられかねない。

★もっとも、具体的には同紙によると、

<学部教育で身につけるべき能力として
(1)日本語と特定の外国語を使って「読み」「書き」「聞き」「話す」ができるコミュニケーションスキル
(2)情報や知識を複眼的、論理的に分析、表現できる論理的思考力
(3)自己の良心と社会の規範やルールに従って行動できる倫理観――を挙げ、政府には、学習成果の「参考指針」として提示させる。>ということだ。


★私立中高一貫校では、すでに行っていることばかりだ。それに初等中等教育の教育課程を考える部会や特設の委員会で、高校時代までの「言葉力」強化の話は、上記の「学士力」(産経新聞ではそう読んでいる)の話と重なっている。

★上記のような「学士力」は、むしろ中高で身につければこと足りるのではなかろうか。中教審の各部会の交通整理は誰がやっているのであろう。審議会は手弁当式のボランティアではあるまい。
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EUにおける英語力

2007-09-11 03:47:05 | 文化・芸術
9月11日1時25分配信の読売新聞によると

<英国のブラウン首相は10日、南部ブライトンで演説し、国内で就労を希望する外国人に対し、入国審査に英語力を加える方針を明らかにした。来年以降、欧州連合(EU)域外の就労申請者に適用される予定。英社会に順応出来る外国人の受け入れを進めるのが狙い。英国の在留邦人は欧州主要国で最多の約5万人で、今後、就労ビザの取得を目指す日本人にも影響を与えそうだ。>という。

★知人がさきごろドイツのドクメンタ・ツアーから帰ってきた。ベルリンからカッセルまで美術館めぐりだったらしい。日本語のできるドイツの美大生と偶然知り合い、電車での移動や散策に不自由しなかったということ。また、美大生の知り合いの若い学生たちは英語がベラベラだったという。

★そういえば、アルザスでも同じような経験をした。日本語と英語でフランス市民と話し合えてしまうのだ。もちろん、一般のフランス人はフランス語も学んで欲しいと思っているが、EUという枠組みの中で英語力習得の波は避けられないという。

★もっとも日本語を学んでいるフランス人は、日本の大学に留学した時に、少し不満を持ったところがあったという。日本語を学びに行ったのに、英語で行う講義が多かったし、日本人も英語かフランス語で話しかけてくると。少しでも日本語のシャワーに浴びたかったのにということらしい。
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福田和也氏の大丈夫な日本

2007-09-10 10:43:54 | 文化・芸術
★福田和也氏の「大丈夫な日本」(文春新書2006年)を、例によって読書の3読法(買っとく、積んどく、放っとく)をしてしまっていた。

★パラパラとまたつまみ読みなのだが、近代を「大量生産」「大量消費」「大量移動」と簡にして要を得た切り口で、わかりやすくとらえ、日本の江戸文化を換骨奪胎すれば大丈夫!と元気が出る本であった。

★しかし近代は、本来規範の合理性であり創造性の持続可能性とそれを共通の財産にしようということだったはず。

★「大量生産」「大量消費」「大量移動」もこの合理性と創造性から出発したはずだ。しかし、知性の論理と理性の欲求だけでは、矛盾が生じる。そこで美学的判断の重要性。デザイン。理想と現実のバランスの追究。妥当性と正当性を信頼性がつなぐ感覚を研ぎ澄ますこと。これが必要だった。しかし、右脳が左脳に追いやられていたように、論理と理性は芸術を宗教とともに追い出した。

★福田和也氏は、そのことを言っているかどうかはわからないが、江戸文化の換骨奪胎は、リサイクル思考の再構築ということではない。戦術的にはこれはありだが、ビジョンとしては合理性と創造性と芸術性の再構築。

★一般に合理性は論理で、創造性は芸術と考えられるが、どうやらこの二分法が矛盾を引き起こしていたようだ。
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