教育のヒント by 本間勇人

身近な葛藤から世界の紛争まで、問題解決する創造的才能者が生まれる学びを探して

未来からのメッセージ

2005-10-31 16:12:36 | 学習ツアー
ここ1週間ほどロサンゼルスにいるが

ローザ・パークスの死
スモーリー氏の死

のニュースを聞いた。

そしてサマータイムが切り替る10月30日に
立ち会った。
明日31日はハロウィン。
ケルトの収穫感謝祭が取り入れられた。
アメリカはアイルランド系移民が多っかったということか。
ケルトとWASPとの関係?ケネディー大統領との関係・・・。
アイリッシュといえば、未来人ラフカディオ・ハーン。
移民の市民アイリッシュ。
しかし一方でハロウィンは
同時にルターの宗教改革の記念日でもある。

実に複雑だ。しかし、もとはシンプルな原理。
「変容」である。あるいは「超越」である。

死も記念もみな「変容」「超越」の象徴。

ロサンゼルスで

イサム・ノグチに出会う。
カリフォルニア・シナリオ
の庭園と彫刻。

テーマはやはり「変容」「超越」

村上隆の作品にも出会ったが、同じ。
CHIHO AOSHIMAの作品も同様。

スモーリー氏のインスピレーションは
ジオデシック・ドーム。
アメリカの思想家、発明家、建築家である
バックミンスター・フラーがデザインした。
もともとは鉛筆の芯の素材カーボン。
このカーボンの再構築がダイヤモンドにもなり
フラーレンにもなり、ナノチューブにもなる。
まさに「変容」。「超越」。

彼らは、常に地球を意識した。
イサム・ノグチは地球を彫刻したし、
フラーは宇宙船地球号をイメージした。

彼らは自分の目の前の出来事に作品に
地球規模のサイズを含有した。
そしてその限界を知った。

未来からのメッセージ。
それは全ての人々が限界に気づくこと。
そうすれば
全ての人が創造的になれる。
限界を直視すると、
もはや次は「変容」と「超越」しか
生きる道はない。

ハロウィン。
子どもたちが魔物に変身して
騒ぐ。

彼らが越えるものは、
人間の限界という死である。
キリスト教は死を超える宗教。

ハイデッガーはそのキリスト教と
対決した。
彼にとっては、ナチという仮装をした
にすぎなかったのかもしれない。
ハロウィンに重ねたとしたら
それはあまりに残酷な結末。
しかし、たしかに人類はナチという
悪魔を忘れない。
ヨーロッパのいたるところで
アウシュビッツのような場を
再現している。

その限界を超え続けるために。

それにしても
ロサンゼルス。

イサム・ノグチ
イームズ
フランク・ロイド・ライト

でもアイリッシュ。
そしてラフカディオ・ハーン

柳田國男が無視し、
夏目漱石がジレンマに胃を病み
上田敏が愛し
小川未明が尊敬し

日本庭園が愛された。

それよりなにより
小泉八雲は
怪談を愛した。

ハロウィンかあ。
限界
境界
結界

旅はまさに日常と非日常の
間を飛び越える。

ケネディ-大統領は
公民権運動を大いに支持。

キング牧師も暗殺され
ケネディ大統領も暗殺され
自ら死の限界を乗り越えた。

ローザ・パークスを
2人は迎え入れ、3人は
静かな威厳の笑みをたたえているだろう。

あのかぼちゃの笑いのように。
ハロウィンだから。



コメント

ローザ・パークス氏、スモーリー教授の死の意味

2005-10-29 17:39:30 | グローバリゼーション
24日公民権の母、ローザ・パークス氏が死去
28日ノーベル化学賞のスモーリー教授が死去

ローザ・パークス氏のシンプルで威厳の
ある態度

スモーリー教授が発見したシンプルな
フラーレンの構造

この両氏の功績には共通点があるのは
言うまでもない。

常識を覆したこと。
発想の転換で終わらない、イメージを改めたこと
が重要である。

シンプルな力のすごさ。

それが
多くの人々に働きかける
多くの機能をもった素材となる。

「多くの」これがキーワード。
「多くつながる」というほうがよいか。

シンプルな多様な構造。
フラクタルだ。
カオスだ。

次元が刻々と新しくなる。
シンプルであるがゆえに。
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ロサンゼルスのMOCAに見る未来

2005-10-29 16:51:11 | 学習ツアー
ロサンゼルスのダウンタウン
2箇所にMOCA(The Museum Of Contemporary Art)
がある。もう1つはハリウッドエリアにあるらしい。

私が訪れたのはリトルTOKYOの近くにある
THE GEFFEN CONTEMPORARY AT MOCA。

村上隆のけばけばしいキノコのフィギュア群が
美術館のセンターを大きく占めていた。

作品そのものよりも、作品が配置された
美術館の空間そのものが作品になっていた。

すべてが、発想の転換、日常の破壊的な創造性
といったテーマなのだろうが、
こんな言い方ではあまりに陳腐。

何が新しいのだろう。
発想をひっくり返すだけでは
もはやアーティストも観察者も
飽きてしまっている。

私が訪れたときには、
High School Apprenticeship Program
が実施されていたのだろう。

5、6組に分かれて、
空間を探索。
チームごとに1人の
アドバイザーがついている。

まずは見て、それからディスカッションだ。
この姿が1つのデザイン。

彼らが1人ひとり異なる反応をする。
その反応の言動がこのミュージアムに刻まれる。

それにしても、発想の転換後の発想とは
何だろう。

青少年たちは、とにかく話すのが好きだ。
そこに全てのヒントがある。
まずはワイワイがやがやあるのみ。
ここをよくみよう。そこに大きなヒントがある。

未来はもうそこまでやってきている。
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都立白鴎附中学の特別枠募集のあるわけ

2005-10-26 15:39:06 | 学校選択
東京都立白鷗高等学校附属中学校
の募集に
なぜ特別枠募集というものがあるのか。

つまり、
囲碁・将棋
邦楽(三味線、箏、囃子)
邦舞・演劇(日本舞踊、歌舞伎、能・狂言)
などの資格などを有する生徒を応募基準とする
というもの。

ウーン、わからない。
と思っていたが、

「麻布の丘に第8号」を
見て、なんてこった。
気づくのが遅かった。

高2の生徒がチェス日本一
パソコン同好会がスーパー・コンピュータで準優勝
「物理チャレンジ」で高2の生徒が銀賞。彼は
来年の「国際物理オリンピック」の日本代表の予定。
「化学グランプリ」でも銀賞の生徒が輩出。
来年の「国際化学オリンピック」の候補者に選ばれる
生徒も出る。

そういえば開成学園や灘、筑駒などからも「数学オリンピック」
で大活躍するメンバーが続出している。

特に麻布の場合、志望理由に
将棋部に入りたいから
囲碁部に入りたいから
という受験生が多い。

だいたい受験生のうちから
麻布の学園説明会で
本を読みながら
先生方の説明を聞いている
受験生がいる。

ただし、彼は自分の興味のある話に
なるとちゃんと集中して聴いている
のだ。

話がそれた。元に戻そう。
というわけで、私立名門(と一般にいわれている)
学校に追いつきたい。
それが正解ではあるまいか^^)♪
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金融教育???

2005-10-26 15:04:42 | 学習プログラム
中日新聞(2005年10月26日)によると

富山県の氷見の十二町小で
金融教育の公開授業があった
そうである。

最近、金融教育とか金銭教育とか
浸透し始めている。

経済は大事である。

ただし、お金の使い方だけ
教えてどうなるのだろう。

へんな使い方をしないように
結局倹約を指導していて
どうなるのだろう。

金本位の廃止や
変動相場性の話とか

これにニュートンや
アインシュタインがかかわっているとか

もともとお金はどうできるのか
どうすることが儲けることなのか
どうしたら正当に金を稼げるのだろう。
稼いでも税金というものがかかるのは
なぜ。
不当に稼ぐとはどういうことか。

資本主義の光と闇の部分を
語ってこそ金融教育。

日本銀行情報サービス局に事務局を置く
「金融広報中央委員会」などが主催したわりには
趣旨とは何か違うなあ。

だいたい日本銀行は株式会社だ。
株式会社がなぜお金を生むことができるのか
この点をまず生徒に理解してもらわないと。

「カレー作りゲームに挑戦しよう!」と題した授業で、
お金に見立てたおはじきを使って、
カレーの具材を購入する“模擬ショッピング”を体験。
「お金には限りがあり、何かを買えば何かが買えなくなる」
「お金は計画を立てて大事に使う」などとお金の大切さを強調した。

というのが授業の内容のようだけど、
お金に限りがあるのはBOPで
超アッパー層は無限に利子で
金利で増えていく。

この点を無視するのはどうもおかしい???
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中村中の生徒獲得戦略

2005-10-25 20:45:34 | 戦略
10月のセンター模試の
志望校登録者数において
中村中は前年対比160%。
(5回分入試すべてを合算した
延べ数を比較して算出)
人気が出てきている。

もともとクオリティースクール。
中身がよいのだから、
PRの手法さえ巧めば
そのよさは広まるはずである。
そして広報活動の中心である
梅沢先生はそのようなビジョンで
動いている。
そして最近ではその動きは加速。

たとえば
10月23日池袋のサンシャインで行われた合同説明会。
「英語の公開授業」を実施。
「ことわざ 英語・日本語バージョン」と題して、
受験生向きのことわざを扱った。
早起きは三文の得・獲らぬ狸の皮算用・
百聞は一見にしかずなどなど。
担当の先生はハリーポッターの
マントを身にまとい可愛らしい
姿になって登場。
大好評だったのは言うまでもない。
たしかに中村の英語教育には国際社会で
通じる何かがある。

翌日は学校で説明会。
ホールは、昨年の2.5倍の集客で
多数集まった。
テーマの目のつけどころがおもしろい。
「2/1から逆算して100日目」
というワクワクしそうなコンセプトだ。

今回は
「中学1年生の保護者4名による座談会」
という新企画も導入。

内容は 
・去年のこの時期の親とこどもの意識の違いや
 小学校の学校行事の影響について
・受験校決定の時期やポイント
・受験に突入してのドラマ・ハプニングなど
・保護者の方へのエール

という流れ。

保護者の方々は普通は言いにくいような内容まで
オープンに話をし、大いに盛り上がった。

参加した受験生側の保護者も大満足で

「こんなオープンな座談会を開く学校はすばらしいに違いない 」

と感じたことだろう。

さて、梅沢先生の生徒獲得戦略のコンセプトは何だろう。

中村の教育に対する自信と
同僚教師、在校生、保護者との信頼関係への感謝
そしてあとはそれを公開する。

つまり「自信と愛と表現」というところではないだろうか。
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問いの構造を変えれば日本の学力復活?

2005-10-25 16:46:56 | 学習プログラム
朝日新聞(2005年10月24日)によると

フィンランドの教育庁が今月10、11の両日、
「フィンランドが好成績を修めた要因」と題する
国際セミナーをヘルシンキで開催した。

ようだ。

新聞紙面では詳しいことは
わからないが、

朝日の記者は文脈はずれているが
重要な点に気づいている。

「例えば、中3の社会。
テキストは、「社員募集」「男性社員募集」と
書かれた二つの社員募集広告を並べて、
どちらが新しい広告かを生徒に考えさせる内容だ。
男女雇用機会均等法という言葉を教えるのではなく、
資料からその意義を探る狙いになっている。」

これは教科を越えて読解リテラシーをアップさせる
フィンランド手法を模倣して、文部科学省が策定している
ケースのようだ。

読解リテラシーのために
こういう問題を出すという捉え方は
ぴんとこないが、重要な指摘だ。

このような開かれた問いの構造が
日本の子どもたちのタレントを開き
テクノロジーを磨き、
人はいろいろなことを考えるのだという
トレランスの心を養うのである。

重要なコトは、
コミュニケーションとは開かれた問いと
多様な回答の創造の連続である。

問いの構造を変えること。
それが学力を広め深めることは確かだ。
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2つの金銭教育

2005-10-23 03:16:16 | Weblog
金融庁をはじめ
世の中的には
金銭教育が推奨されている。
参考→金融庁の金銭教育

しかし、これは
従来の資本主義が前提になっている。
つまり二極化が前提。

この金銭教育で、
日本の子どもたちを
全員アッパークラスに
仕立て上げるために
金銭教育をしようというのだろうか。

いや、所詮カジノ国家なのだから
それは無理。

むしろ
廣田裕之氏の
書いた
「パン屋のお金と
カジノのお金は
どう違う?」(オーエス出版2001年)

のうち氏の研究している
地域通貨としての「パン屋のお金」の
教育の方がよいのではないだろうか。

ただし、氏の考えも
現代世界経済を資本主義ととらえ
それを否定しつつ保管するシステムとして
考えているので、どうも二極化に
歯止めがかかりそうにない。

たしかにCapitalismなのだが、
この資本主義が槍玉にあがっているのは
「搾取」。

しかしこの「搾取」は情報隠蔽
ということに尽きるのであって、
現代の世界経済は、「搾取」という「情報隠蔽」を
粉砕できる可能性がある。

地域通貨もそうだが、
1人ひとりの行動を
お金に換算していくという
「情報公開・共有」という作業が
二極化を解消する。

この1人ひとりの行動
つまり創造作業を
お金に換えるシステムさえ
できれば市場経済は
問題がない。

Capitalism Market to Creative Market
(ここでもモノからコトへの動きだ)

が二極化を解消するということ。

富裕層の行動(金利生活も行動とみなすとしよう)
は創造的で、そうでない人の行動は限定的に
対価を払ってきたという、情報隠蔽をしてきたのだ。

その限定をはずし、全ての人が
創造的行動をとる。その創造性を
相互に交換し合う市場というのが
Creative Marketである。

資本主義の欠点を突いてばかりても
何も生まれない。

新しい市場経済を構築するための
金銭教育であれば大歓迎である。
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麻布学園はプレゼンが巧い

2005-10-22 16:43:25 | 学校選択
10月21日、
麻布学園
の学園説明会があった。

3回に分けて開催したうちの最終説明会。
しかし、講堂は満席であった。
1200名入るのだから、3600人も訪れたことになる。
家族でも来てるし、4、5年生もいるだろう。
したがって、だいたい3600を2で割って(平均2人/家族)、
1800組。6年生はその半分だろうから、来春も
900人前後の受験生が集まるということか。

それにしても
淡々としているが
説明会のプレゼンは
「巧い」という一言に尽きる。

氷上校長のプレゼンはなかなか。
長髪であることもさながら
麻布らしさに満ちている。
理念を明快に述べ、
そのあと校長自ら
PPTを操作しながら
大映像で理念の具現化を
披露。

理念は明快というものの
啓蒙期の自由論だから
少し現場と違うのかな。
もう少しリバタリアン
の生徒が多いはずと
思いながら聞いていたが、
映像を見ながら
語る氷上校長の躍動感ある口調に
そんな疑問は吹き飛んだ。

特別授業の風景は
ディスカッションスタイルで
ちょっとプレップスクールを
思わせたし、

麻布生のエコ調理の姿は
これもらしいなあと思った。

職員室の混沌とした
生徒と教師の対話状態の
映像は保護者の微笑を誘った。

そして保健室。
事由にかかわりなく、
人気スポットと
校長先生がボソッと語ると
どっと笑いが起こった。
この行間を読む参加者というか
保護者は、たしかに賢い。

天体部の映像は、
すばらしかった。
今年の文化祭で校長賞を
杯しただけのことはある。
アインシュタインがいるなあ。

生物部の話もすさまじかった。
少し飽き気味の未来の麻布生
が頭をあげ、目をかっと開いた。
校長先生がボソッと豚の解剖と
言ったからだ。その映像そのものは
なかったが。

野球部はすごい、
「惜しくも一回戦敗退」
でどっと笑い。
「16年連続記録更新」
でまた笑い。
「応援団の見事な様子」
という映像で抱腹絶倒。

校務主任の安東先生の話ぶりも
実に巧い。

中1の研修旅行で生徒たちは埴輪作りをしたそうだが、
その解説のとき「縄文人に負けないぐらいの作品」
というメタファーを使った。
するとさわやかな笑いが起こった。

とにかく麻布の先生方は
論理的に明快で、
メタファーが巧みだ。

映像の使い方も良い。
90%はパンフレットに載っているものばかりだが、
大映像と講壇が織り成すプレゼンはまた違う。

それに論集を始め生徒が書く量もすさまじいが
PTAや先生方の執筆活動も破格。

生徒も教師も保護者もみんな文集や書を編集する
文化が麻布学園。

プレゼンテーションが巧いわけだ。

そしてサイトにコマ目に情報を出して
頻繁に更新しているのも麻布学園。
広報活動で最もWEBを重視しているのは
麻布学園ぐらいではないだろうか。

簡潔だが、明快で、感銘を与えるプレゼンテーション
は他校も学んだ方がよい。

それにしても「青年即未来」という
創設者江原素六の言葉を大事にしている
ところも粋だ。

麻布学園は思ったとおり≪未来を創る学校≫の
モデルの1つだということだろう。
コメント

竹内薫の物理の世界

2005-10-22 09:55:59 | 
竹内薫氏
「アバウトアインシュタイン」についてはどこかで
紹介したが、

氏の著書
「世界が変わる現代物理学」を
読んで、正確には見て、
興味が湧いた。

私も「世界を変える学習」という
編集にかかわったからである。

といっても物理学と学習プログラムでは
まったく領域が違うといわれそうだが、

先の氏の著書のテーマ
「モノからコトへ」
というパラダイムでは重なるからだ。

私自身は
廣松渉という稀代の哲学者の
影響を受けつつ、
それをどのように具体化するのか
乗り越えるのか
インターフェースを探してきた。

廣松渉の世界がもちろんすべてでは
ないが、
彼の世界は、まさにモノからコトへ。

このコンセプトは
実は企業もそのまま使っているし、
組織論や建築学や医療の世界
法哲学、金融世界などにも及んでいる。

理論を使っている人々が意識しているかどうかは
知らない。

しかし、残念なことにこと教育の世界では
佐藤学氏がほんの少し活用しているに過ぎず、
予備校の世界では、河合塾がものすごい支援とエールを
おくってきたぐらい。

ただ、それは教育の世界が遅れているだけでは
ない。
ハイデッガー問題がある。なぜかの哲学者は
ナチに落ちたのか。

それは思想とは関係ないともいえる。
しかし氏の存在の不安を乗り越える
その気遣いにすでに全貌監視装置に
陥るわながあったとも考えられ、
ここをクリアしない限り、

当面廣松渉そのものの思想が
教育に浸透することはない。

これはアインシュタインが
日本の教育界では人気がないのと
同じだ。

ニュートンやホーキングのほうが
人気があるだろう。

彼のE = mc2は原爆に寄与してしまったからだ。
もちろんアインシュタインは平和主義者であるのだが。

ナチも広島も
教育界では重要問題だから
しかたがない。のかもしれないが。

しかし、要素還元主義という
モノ的世界から
関係総体主義という
コト的な世界へのシフトは
教育界でも重要であること
に間違いはない。

「世界が変わる現代物理学」

「世界が変わる考え方」
と読み替えてもよいだろう。


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