教育のヒント by 本間勇人

身近な葛藤から世界の紛争まで、問題解決する創造的才能者が生まれる学びを探して

中川昭一元財務・金融担当大臣 東京・自宅で死亡

2009-10-04 10:12:19 | お知らせ
☆たった今、テレビのテロップで、中川昭一元財務・金融担当大臣が東京・世田谷区の自宅で死亡しているというニュースが流れた。

☆詳しいことはわからないが。。。
コメント

ホンマノオトから≪New Honma Note≫へ

2006-05-08 09:50:56 | お知らせ
               ★今後は≪New Honma Note≫をよろしくお願いします。★


◆2006年までの教育の変化について見届けるミッションは、その役割を終えたと判断し、「ホンマノオト」の更新は、本日を持って終了いたします。今後はデータベース的な役割としてネット上に更新なきまま遺留し続けます。多くの方々にリンクを貼って頂いているし、教材としても活用して頂いています。ありがたいことです。そのため在庫情報的な意味合いで、「NTS教育研究所」のサイトにしばらくリンクを貼ってもらうことにしました。

◆本日からは「ブログ」というツールで、新しい「対話」システムをどのように実現していくかを模索していきたいと思います。20世紀は確かに言語や記号の学問が、芸術をはじめあらゆる分野に影響を与えました。しかし、それはまだまだ専門家の一部の間でしか浸透していません。「子ども」「未開」「無意識」の発見は、まだまだ言語によって新しい社会構築に有機的につながってはいないのです。

◆21世紀に入り、さまざまな通信マシーンが開発され、市民に普及していますが、それはハウツー領域であり、「対話」システムは相変わらず20世紀型の抑圧社会を持続可能にするシステムのままです。このシステムは「存在」を徹底的に無化していく近代の裏切りの過程です。

◆社会化の正当性も個性化の正当性も無化していく過程です。あらゆる人間と人間、人間と自然などのつながりは、「存在」の了解によってではなく、「道具」をメディアとして、それを使うかどうかというハウツーだけでつながっていきます。

◆気持ちだとか思いだとか思想だとか、そういうものを必要とせず、ひたすら共通の「道具」を運用できるかどうかだけがポイントです。これが「存在」なき「経済」の発展です。

◆このような歴史的な流れの捉え方は、新しいものではなく、私が言うまでもなく、社会学者たちは指摘しています。またこのような流れを変えるべき警鐘を鳴らす経済学者もすでにいるわけです。

◆したがって、問題は「存在」を取り戻した「私」たちの出現を実行することです。しかし、「存在」とは何でしょう。それを「取り戻す」とはどういうことでしょう。ハイデガー的なアプローチは今一歩です。「存在」論的な構造を明らかにした瞬間、どうせ気づきにくいものなら「存在」はどうでもよいという世俗化を阻止できないのです。根拠喪失という歴史はここでも繰り返されているわけです。ではどうやってその永劫回帰を別の循環にシフトできるのか。現代思想やポストモダンは、いつもハイデガーを批判しつつどっぷり浸ってきました。

◆この近代の乗り越えなのかポストモダンなのか名称はともかく、軍事力、経済力ではないけれども言語的な抑圧社会。言語を統制するのではなく、言語という自由度の高い道具をあまりに逆説的ですが、素朴抑圧社会を巧妙に自由な雰囲気の抑圧社会に変容するソフトパワーとして逆利用してきた過程。これについての検証は専門家に任せましょう。

◆急がねばならないのは、新しい「対話」システム構築への動きです。それは教育の根本に帰るところからしか始まりません。教育の根っこを今も保有しているところは、日本では私学です。教育の根っこを持っている教師は公立学校にいくらでもいるでしょう。しかし、システムとしてはそれは教育行政、国が保有することを認めていません。

◆しかし、それでは困るのです。日本が世界の競争から取り残されるというのはたいして根本的な問題ではないと思います。娑羅双樹の花の色、盛者必衰のことはりを表すわけですから。日本が特殊視されているのは、地政学上そうしなければ国際的なパワー・オブ・バランスが崩れるからです。アジアに属しながらアジアに属することができない日本ということにしておかねばならないのです。地政学的にはヨーロッパと日本は非常に似た条件をそろえているわけですが、ヨーロッパと仲良くなることも本当はほどほどにということになります。アメリカが恐れているのはドイツです。ドイツはEUでも中心的役割を持ち、地政学的には東欧とも隣り合わせ、その東はロシアとアジアが続きます。もちろん中東も。日本と仲良くなっては困るのは明らかです。

◆アメリカは日本をクッションにしてアジアを、イギリスをクッションにしてヨーロッパを制する地政学的な戦略をどこかで温存しているでしょう。そして国連を通して中国とロシアを。ベルリンの壁は冷戦の象徴だったわけですが、実質の壁としての機能は「日本」「イギリス」「国連」などなどだったということでしょうか。

◆もちろん誰かが意識してというような陰謀説はどうでもよいのです。歴史という大きなベクトルの話です。誰がどう思おうと歴史の流れはそう簡単に変わらないのです。歴史の底流であるパラダイムが変わらない限り、すべては砂漠に水を撒くような行為なのです。とにかくこの日本文明とかいうレッテルを貼られ、21世紀社会という装いのまま20世紀社会の貫徹が決定づけられる歴史の流れが恐ろしいのです。オイルトライアングルの貫徹。ここから抜け出るには、相当の犠牲が強いられるでしょう。この歴史の底流を理解しないまま、変えないまま、9条問題や教育基本法など様々な法や制度の小手先の整備をすることは、オイルトライアングルを強化することに作用するか、このトライアングルのバランスを崩壊させ、第二のトライアングルを作り出す、世界を巻き込んだ戦争状態を生み出すかどちらかの可能性があるわけです。この「不安」をいくら見識者が感じ、警鐘を鳴らしたところで、歴史のうねりは変えられません。これがハイデガーとその系譜の現代思想の限界だったのだと思います。ではどうしたらよいのか。

◆この底流のパラダイムを形成しているのは「対話」システムです。だから「対話」システムのチェンジがポイント。これは教育の根本の話です。日本の私学でプロテスタントのミッション校に魅力があるのは、グローバルな「対話」システムを有していると同時に、何かが違うと痛みを感じながら活路を見出そうとしているからです。パラドクスを解く構えはアインシュタイン的でもあります。ともあれ、その姿勢や構えには、新渡戸稲造と内村鑑三の遺伝子が継承されています。国際連盟での活躍と非戦論の遺伝子が。

◆麻布や開成がミッション校ではないのに、魅力があるのは、やはりこういう逆説をバネにした先達者がかかわっていたからです。江原素六はクリスチャン。高橋是清はアメリカで修行人生という体験を積んでいます。東京女学館の古くて新しい微妙な雰囲気は、明らかに渋沢栄一の影響です。常に最前線の経済と伝統的な倫理の間でバランスを保持しています。

◆カトリック学校の多くは観想と現実主義に傾倒しすぎているかもしれません。本来は近代の「対話」システムのベースを創ったのですから、それをプロテスタント校のように全面に出せばよいのですが。これは神父という制度の一長一短の制度があるからです。ハイデガーも、ルターも、イエズス会のスアレスも対決したトマス・アキナスの神学という装いの思想(だからアキナスは自分の書いたものを価値がないと言って天に召されたのでしょうが)は、カトリックにあっては、神父の専門的な知であり、一般信徒には程遠いものです。まして信仰に関係ない生徒には知る由もありません。

◆カトリック学校の問題点はここです。すでにカトリックの世俗化が、つまり官僚組織だけが世俗にシフトしたというマックス・ウェーバー的な流れが、現状ここでも再生されているのです。これは男子校ではまだ防げています。というのも神父やそれに順ずるリーダーが直接学校を経営しているからです。ところが女子校は神父ではなくいわゆるシスターとかメールという方々です。トマス・アキナスの知を学び広げようというのは神父の役割で、シスターはハートを布教するのが役割。ところが「私は私である」という波が世の中を席巻していて、ハートは飲み込まれます。しかし、そのときカトリック学校は動きます。必ず飲み込まれないように抵抗権を行使するでしょう。

◆私学というふだんは気づかれないような領域に、解決の糸口があると思っています。ここには古くて新しい「対話」システムのヒントがあるのです。それを探す道を歩いていきたいと思います。
コメント

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2005-08-18 10:39:11 | お知らせ
「教育のヒント」お知らせ(1)

コメントの中に
当ブログには妥当しないものが
投稿され始めましたので、

しばらくコメント投稿が
できなくなります。

申し訳ございませんが、
ご了承ください。
コメント