教育のヒント by 本間勇人

身近な葛藤から世界の紛争まで、問題解決する創造的才能者が生まれる学びを探して

フロイトとの対話がポイントか

2008-04-30 07:57:12 | 
人はなぜ戦争をするのか エロスとタナトス (光文社古典新訳文庫)
フロイト
光文社

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☆光文社の古典新訳文庫はおもしろい。原典回帰は重要だが、だからといって、各思想家の代表作としての大著を読む時間はない。

☆そんなときエッセンスをくみ取れる、思想家自身による概説書的思索の結実がある。それを選択しているのがよいなあ。

☆さて、今回のフロイトの書は、改めて重要だ。近代社会の歪みが不安を生み、そこから抑圧が生まれるという(抑圧が不安を生むのではない)近代社会における人間の心理のシステムが描かれているからだ。

☆戦争もいじめも同根の構造から生まれている。その端緒はアンビヴァレンツ、不安。もしこの前提を崩すことができれば、新たな社会の人間関係が新しい心理のシステムを脱構築するはずなんだが・・・。
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池田清彦さんの他人との関わり方を考える本

2008-04-28 11:33:15 | 
他人と深く関わらずに生きるには (新潮文庫)
池田 清彦
新潮社

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☆6年前の単行本が2年前に文庫版になっている。エルメス・オレンジが流行った時代だったかなぁ。いやエルメスはいつもそうか。普遍と言えば普遍だ。きれいなカバーの本。それで手に取った。

☆すると過激ではないか、小さな政府論、文科省不要論なんてのもおもしろいが、何といっても、「自力で生きて野垂れ死のう」論に共鳴した。

☆自分ではこんなことはできないが、弘法大師空海の時代の生き方や、まさに聖ドミニコや聖フランチェスコの生きた時代はそうだっただろう。

☆思いを馳せるだけしかできないが、大事にしたい気概ではある。
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塩野七生さんのルネサンスルーツ

2008-04-28 11:07:05 | 
ルネサンスとは何であったのか (新潮文庫 し 12-31)
塩野 七生
新潮社

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☆この連休中、読書三昧。といっても、いつものようにフォト・リーディングで、画像としてしか読み込めないが・・・。

☆塩野さんの本は、読もう読もうと思っていて、結局テレビで塩野さんの話を聞いてそれで終わりにしていた。

☆しかし、久々に本屋さんに長いしているうちに、手にとる文庫本が増えた。その中に7年前に出版されている「ルネサンスとは何であったのか」という本も、なぜか入っていた。

☆当時の改訂学習指導要領では、ルネサンスはなぜか軽視されていたが、カルロス・ゴーンさんは、日産の改革をルネサンスに重ねていたので、ルネサンスをきちんと考えてみたいと思っていた。

☆それに3つのRといえば、産業革命、ルネサンス、宗教改革。ここにプロテスタンティズムと資本主義の倫理のルーツがあるが、ウェーバー自身はカトリックの世俗化みたいなこともいっている。

☆カトリックといえば、反宗教改革の覇者イエズス会だけれど、教会改革といえば、フランチェスコ会とドミニコ会。この2大修道会は仲がよかったりわるかったりなんだけれど、ある意味ルネサンス的。

☆そんなことをモヤモヤ思っていたら、塩野七生さんがルネサンスについて書かれていた。やはり塩野さんだ。ルネサンスを聖フランチェスコから位置付けている。

☆文庫版には昨年行われた塩野さんと三浦雅士さんとの対談が載っている。そこで三浦さんが、トマス・アキナスが中世の思想家ではなくルネサンスの思想家と位置付けることが可能であることを塩野さんは証明しているようなものだというようなことを語っている。

☆トマス・アキナスはドミニコ会士なんだなぁ。そういえば聖フランチェスコと聖ドミニコは親友だったようだ。イタリアとスペインは、当時は近しかったから当然か。ナポリはスペイン領だったということからもそうだろう。

☆国家の基礎を作り、貨幣経済の基礎を作り、資本主義の基礎を作ったのは、実は彼らだ。イスラムとの対話、異端との対話、暴力との対話、貧困との対話、環境汚染との対話・・・。ギリシアとローマの文化を近代化する準備を整えた彼らたちの思想を学ぶことは、近代を乗り越えるヒントを見つけることになるだろう。

☆このことに気付いている教育機関は、日本では私立中高一貫校のいくつかに点在し続けている。そのことに気付いている教師も私立中高一貫校に点在している。そのことに気付いているマスメディアやマスコミはほとんどない。官僚については言うまでもない。
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成毛眞さんの「超並列」読書術

2008-04-27 22:49:17 | 
本は10冊同時に読め!―生き方に差がつく「超並列」読書術 本を読まない人はサルである! (知的生きかた文庫 な 36-1)
成毛 眞
三笠書房

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☆アスキーやマイクロソフトと言えば、成毛眞さん。インターネットで情報をガンガン集め、ポストモダンも軽やかに乗り越えていくというイメージを持つ人も多いかもしれない。

☆しかし、実は広く深い大読書家。ノウハウ本を除くあらゆるジャンルの本を読むというその「超並列」読書術は、実行できたらすごい。

☆それにしてもマイクロソフトの社長時代、マキャベリの「君主論」の手法を実行したというのだから驚きだ。

☆徹底的に世の通説や通念をひっくり返す発想を読書から得ている。というか読書の背景には先人が考え抜いたリソースがある。2000円もあれば、自分でフィールドワークをしなくても貴重でおもしろい情報が手に入る。成毛さんは、「一流の経営者は、みんなすごい量の本を読んでいる」という。なるほど当然だ。費用対効果は、ずば抜けてすごいからだ。

☆やはり、いつの世の中も読解リテラシーで差がつく。マンガも読書の一つに数えているので、これまた従来の読書術とは一味違う。ぜひ本書を手にし、7分で読み終えて欲しいものだ。
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なぜ円高大歓迎???

2008-04-26 11:26:30 | 文化・芸術
【コラム】 円高になって、いいことはないの?(R25) - goo ニュースによると、

なお続く円高。1995年11月以来、12年4カ月ぶりに100円も切った。まさに急騰といっていい状況で、すわ輸出産業に大打撃、日本経済は大丈夫か、と大騒ぎになったわけだが、ちょっと待ってほしい。円高はホントに悪いことだけなのだろうか。そもそも自国の通貨の価値が上がって嘆いているのは日本くらい、と聞いたことがある。価値が高くなれば、それだけ購買力を高められるからだ。典型的な例は海外旅行だ。・・・もうひとつ、たしかに輸出産業を直撃する円高だが、輸入産業には逆に大きな恩恵をもたらすことを忘れてはならない。・・・そして、旅行にも行かず、円高差益にも期待することなく円高のメリットを享受する方法もある。外貨預金だ。

☆確かにものは考えようだし、バランスだが。円高の時もあり、円安の時もありということがあるから、帳じりが合う。これがずっと円高だと、困るわけだ。ただ、70年代に変動相場制になって、90年代まで、10年ごとに、100円ずつ高くなっている。つまり、1ドル=360円→260円→160円になり、今100円前後から120円前後を行き来している。一度はなったのだから70円前後の時代がやってくるという見方もあるぐらいだ。

☆これは何を意味しているのか。日本の国がオープンになり、オープンになっても国力が海外に吸い取られるのではなく、逆に買いに訪れてくれるように徐々になっていることだ。

☆日本の文化、文化再生、文化構築という文化イノベーションのソフトパワーが売れているということだ。このソフトは実に微細な差異。この差異はおそらく他の国は真似し難い。

☆この微細な文化イノベーションの象徴が金である。金の保有量は世界で一番らしい。携帯電話で使われている。この携帯の利用に関して、日本はすごいだろうね。モバイルサイトはアキバやディズニーランドやちょっと困るが歌舞伎町のようなところが目白押しだ。

☆要するにこのソフトパワーを求めて海外から人が訪れる。もしこの国内での強い創造的産業がなければ、円高に耐えられなくなる。海外の商品を購買するにもお金がなくなるのだから。

☆日本はモノづくり国家であるが、自動車のような大消費文化を象徴するようなモダニズムものづくりと日本の繊細な文化を創造するクリエイティブものづくりの2タイプがある。前者が海外で荒稼ぎをし、後者が日本の国のクリエイティブな知性と感性を保守していくという二重構造を確立しなくてはということ。

☆前者のような人材は公立学校から、後者のような人材は私立学校と公立学校から排除されたユニークな生徒たちの居場所(それはまだまだ確立されていない)から輩出される。もちろん、実際にはこんなきれいに分類できないが・・・。

☆Hondaやトヨタは教育にも参入している。Honda「発見・体験学習」は意識の高い公立学校と国立の中等教育学校、私立中高一貫校が年間20校弱利用している。このプログラムのベースは、一見プロジェクト学習。フィンランドやアメリカのチャータースクールやプレップスクールで行っている。しかし、生徒1人ひとりの変化は序破急という能楽の道探究の手法で促す。またその変化をさらに変容させるのは、ビゴツキーの最近接領域の発見によって生みだす。

☆トヨタは海陽学園という私立中高一貫校を作った。その入試問題を見ると、数学の言語化、言語の数学化を試す世界標準の問いが投げかけられる。イギリスのイートンのようなパブリックスクールをプロットタイプとした寮制学校。

☆今となっては、Hondaにしてもトヨタにしても、誰も根本的なことを遂行しようなどという動きはおそらくないだろう。理念は忘却のかなた。そんなのは世の常である。現場の人々が伝統を保守していくシステムができあがればそれでよいのだ。あとは成熟期を迎え、衰退期にはいったら統廃合すればよい。この気軽さは企業ならではである。

☆この両者の教育の動きが衰退すれば、それはやはり私学的見識や教養を企業が維持することは難しいということを示唆し、もし持続可能であれば、企業の魂が創業者の魂を再生することができたことを意味し、それは私学的手法と同期がとれていることを意味するだろう。

☆そういえば、Honda「発見・体験学習」を最初にやらねばと言っていた人は、モータースポーツ部の人で、慶応とソルボンヌで勉強していた人だったなぁ。大企業にはおもしろい人材がいる。でも組織はその人材を社会のために活用するわけでは必ずしもない。もう9年も前の話だ。 
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教育大国フィンランドの本音を知るために

2008-04-26 05:20:33 | 
比較経済社会学―フィンランドモデルと日本モデル
寺岡 寛
信山社出版

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☆イメージがない・・・?! こんな重要な本なのに・・・。全国学力テストはPISA型と言われている。PISAと言えば、フィンランドの教育。

☆だから、日本の教育関係者は、すぐにフィンランド・メソッドに飛びつく。がその前に、フィンランドモデルと日本モデルの違いを知っておいた方がよい。

☆丸山真男、中根千枝という日本文化を世界の歴史軸に結びつけて語る学者の考え方からリチャード・フロリダのクリエイティブ・クラス論まで複眼思考で、比較経済社会学的論考を展開。実におもしろいというか、学生レベルで手が届くわかりやすい「学問と産業の関係論」。知的クラスターはいかにして産業クラスターに転化できるかがサブテーマになっていると思う。

☆日本では教育・研究と経済は切り離されている。フィンランドでは、そこの解決にチャンレンジしている。この違いを知らずして、フィンランド・メソッドを導入することは難しい。
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「学ぶ」「知る」の意味が揺らいでいる・・・

2008-04-22 13:51:23 | 文化・芸術
☆読売新聞で、「日本の知力 第3部 大学で考える①」の記事が載せられている。大学全入時代、自ら学ぶ学生などというのは、幻想で、自由すぎて目標を失ってしまうというのが最近の学びや知に対するイメージかもしれないと。

☆しかし、潮木教授は、「自学、自修など幻想だ、と切り捨てられるのは間違い。学びたいと意欲が学生になかったら教育は成立しない」とも語る。

☆のびのび型の学びや知よりも、きっちり型の学びや知のほうが、この激動の時代には安心だというのが、ベネッセの調査でも傾向としてでている。

☆しかし、時代は、のびのびでもきっちりでもない独創性を求めているのも確かである。第三の学びや知としてワクワク型が望まれているのである。
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夢をかなえることは他者が喜ぶコト

2008-04-21 15:02:14 | 
夢をかなえるゾウ
水野敬也
飛鳥新社

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☆昨年の8月に出版されてから70万部も売れているという。TVドラマにもなるらしい。「デスノート」の幸福の神様版のようでもあり、「モリー先生との火曜日」のような感覚の物語でもある。

☆インドの神様で、象の顔をしたガネーシャがあるサラリーマンのもとにやってくる。ユーモアあるメンターで引き込まれる。

☆しばらく「シフト」という言葉がはやっていたけれど、これで再び「変わる」「チェンジ」という言葉が注目されるのではないか。

☆期待しているうちは変わらないというのは、確かにそうだ。変われないのは人の話を聞かないからだというも耳が痛い。

☆相手の欲しいというものを先読みせよというのは、顧客満足を得る極意だ。人の成功をサポートするというのもステイクホルダー戦略につながる。なんといっても感謝が大切というのも普遍の幸せの原理。

☆夢をかなえるのは生理的欲求や他者から認めてもらう欲求や愛される欲求を満たすことではどうもなさそうだ。マズローの自己実現も、自分の欲求を満たすことではない。他者の欲求を満たし、それが自分の欲求を満たせることのようだ。

☆Talent, Technology, Toleranceの3TをeXplore, eXchange, eXpressの3Xで引き出すという学習プログラムは、「夢をかなえるゾウ」プログラムでもある。

☆それにこの書で語られている修業は「きっちり型」の学習でも「のびのび型」の学習でもない。両者はすべて自分が自分がなのだ。そうではなく、良い加減だが、まわりの人も楽しくなる学び、つまり「ワクワク型」の学習が「夢をかなえるゾウ」物語の真骨頂なのである。
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中高一貫校での親の葛藤

2008-04-21 08:29:51 | 
偏差値30からの中学受験 卒業編
鳥居 りんこ
学習研究社

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☆自分の子どもに良質環境を探す物語。中高一貫校こそ良質環境と思って母親が率先して、息子の中学受験を牽引した。それまでのジレンマは入学すれば解消されると思ったが、中高一貫校だからといって、いじめがないわけではない、思春期をすっとばすことができるわけではない。

☆親の思い描いていたイメージとは全く違うことに気づき、再び息子をいじめから勉強から救わねばならない。

☆学校選択の生活と選んでからの生活はまた違う。違って当たり前なのであるが、そんなマクロな話ではなく、人はその一瞬一瞬の気持を大切にして生きている。振り返れば徒労だったような気分になるが、一瞬一瞬の喜怒哀楽は抑えよと言う方が無理だ。

☆子育てを通して、心の安らぎを得られるまでの壮絶な葛藤物語。中高一貫校は桃源郷でもないし、教師も聖人ではない。裏切られた思いと、そんな気持ちでウツウツしている自分を立ち直らせてくれる場も中高一貫校であり、教師であった。

☆親というのは、自分の生き方より、自分と子どもとの関係を軌道に乗せるのに時間を費やす、後から見ればそれは幸せかもしれない。全く青い鳥・・・。

☆この親のテマヒマをかける時間と労力。これをかけないで済ます事態も発生しているのが今の時代かもしれない。

☆中学受験という現象の中に人間の存在の故郷を見出す瞬間がある。受験競争、受験勉強、受験地獄ということばがかつてあったが、違う言葉で表現する時代がやってきたのかもしれない。
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学校裏サイトをどう封じるのか

2008-04-21 07:58:20 | 文化・芸術
<中高生「学校裏サイト」 特定の個人を中傷 5割に「キモイ」「うざい」>(4月16日8時1分配信 産経新聞)によると、

中学高校の公式ホームページとは別に、生徒らが独自に情報交換の場として立ち上げた「学校裏サイト」(学校非公式サイト)のうち5割に「キモイ」「うざい」など個人を中傷する言葉が含まれていることが15日、文部科学省の委託調査(最終報告)で分かった。サイトに書き込む生徒は閲覧者の14%だけで、頻繁に書き込む一部の生徒が閲覧のみの生徒らに影響を与えている姿が浮かんだ。「裏サイト」はいじめの温床ともいわれ、文科省では「かなり深刻な状況だ。フィルタリングの普及やネットマナーの向上をはじめとした啓発活動を進めたい」としている。文科省は、学校裏サイトの全体像を把握するため民間コンサルティング会社に調査を委託。下田博次群馬大教授ら有識者や、NPO法人(特定非営利活動法人)「青少年メディア研究協会」の協力を得て今年1~3月の状況を調べた。・・・下田教授は「サイトの半数は正常なコミュニケーションがなされているが、残りは野放し状態で注意すべきだ。日常生活における言葉遣いは教諭や親が指導できるが、ネットの場合は口汚い言葉でも気付かない」と指摘。その上で、「行政の対策には限界がある。パソコンや携帯を買い与える親は、子供と使い方を話し合うなど責任を持って教育すべきだ」と指摘している。

☆要するに取り締まることは事実上難しいということ。リアルな世界では、未成年が立ち寄れない場所で青少年が遊んでいたら取り締まることができる。しかし、サイバースペースでは、匿名でどこへでも行けてしまう。

☆それに取り締まったからと言って、リアルな世界で、未成年が立ち寄れない場所をなくすわけではない。これはサイバースペースでも同じ。もちろん、リアルな世界もサイバーな世界も、違法性のある場合は撤去できるだろうが、その判断が難しい。

☆道徳強化ということになるのだろうか・・・。しかし、まずは「いじめの温床」としてサイバーな世界を使うのが1つ大きな課題であるから、やはり事前の予防が重要であることに間違いはあるまい。

☆いじめの解決には、互いにオープンになりつつ互いに尊重し合えるチームづくり=居場所づくりをすること以外にない。オープンで尊重し合えるチームづくりには、クオリティ・コミュニケーションの能力が必要だが、そのクオリティは、社会環境やシステム、なんといってもフラットな権力関係がポイントである。

☆ここはあえて権力関係といっておいたほうがよい。互いの駆け引きというゲーム性は、どんなに信頼し合っていても、信頼という駆け引きはある。均衡が破れるとクオリティ・コミュニケーションは劣化する。一度互いにうまくいったからといって、クオリティが永遠であるという保証はない。逆もまた真。だから修復も可能なのだ。

☆互いの心根を知るというより、互いのタレント、スキルを尊重し合えるようにする。互いに活用できるようにすることがポイント。心根はそこから生まれる。

☆心を変えることよりも前に、言動を変えること。互いを大切にする心があって、よき人間関係が生まれると言うよりは、よき人間関係を模索している過程で、大切にし合う心が生まれてくるような気がしてならない。

☆人は集まれば、放っておくとやはり闘争状態に陥る。これは世の常ではないか。そうならにようにする言動のシステム作りがポイント。それは自然が教えてくれる。環境や条件によって、成長の仕方に違いが出てくる。人間関係も同じではないか。古くて新しい問題である。
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