独逸法学の受容課程―加藤弘之・穂積陳重・牧野英一 | |
堅田 剛 | |
御茶の水書房 |
☆日本という国の形ができあがる思想史をたどるのに、明治建国時の法律制度を生んだ思想はどうなっていたのか。
☆これを求めることが今重要である。
☆今日の閉塞状況を打ち破るのに、その方法論が手詰まりなのは、
☆明治以来作りあげられてきた法制度の呪縛から解放される以外に手立てはないからだ。
☆今、サンデル教授の正義論が多はやりだが、
☆実はそのような議論は、いやそれ以上の現実的な議論が、
☆憲法や民法、刑法が出来上がる時の過程でなされていた。
☆しかし、そのことは忘却されてしまっている。
☆日本の法制度は当たり前のように存在し、
☆民主国家として、あたかも普遍的な法制度を形作っているようにみえる。
☆ところが、サンデル教授の正議論のフィルターでみると、
☆法進化論的で法実証主義的な保守主義的価値観でしかできあがっていないことがわかる。
☆サンデル教授はざっくり4つの正義の価値観を整理しているが、
☆それとて、そのそれぞれの正議論の中で多様であり、
☆まとめきれないのだが、それと同じくらいの多角的な価値観で
☆民権運動と法典論争が繰り広げられたのが明治である。
☆しかし、法進化論的で法実証主義的法律観は、今や現実にはないのである。
☆社会をつくるのにざっくり4つの価値観があるにもかかわらず、
☆1つの枠の中で閉塞状況におちいり青息吐息なのである。
☆サンデル教授のトレンドは、この1つの枠を普遍だと思っていた自分たちに
☆驚愕していることの証しだろう。
☆さて、それでは明治以降、忘却した価値観は何であろうか。
☆それは牧野英一の自由法学的発想である。
☆ルソーを代表とする自由民権運動=自然法論は、
☆加藤弘之・西周という国家進化論によって打ち砕かれた。
☆その後、この優勝劣敗=勝ち組負け組肯定進化論は、
☆穂積陳重によって、ソフィストケーとされ法進化論へと発展した。
☆ここに憲法や民法は、イギリスの発想のドイツ化によって確固たるものとなり、
☆基本的には今に継承されている。
☆なるほど戦後憲法は、明治憲法とは違うが、発想それ自体まで変更できることができただろうか。
☆憲法というスーパーストラクチャーは、結局民法や刑法のサブストラクチャーによって規定されてしまっている。
☆したがって、民法や刑法が完全に変わらない限り、発想は温存される。
☆この流れの中にあって、法進化論を継承しつつ、
☆法進化論を徹底すると、自然法論→法進化論で終わるのではなく、
☆次のステージがあるはずだと気づいた法学者がいた。
☆穂積陳重の弟子、牧野英一であった。
☆法進化論は、細かく見れば、歴史法学→功利法学→社会法学と進化するようだが、
☆それは自然法論を排除したローカル価値観の中でのメタモルフォーゼであり、
☆枠組みの大転換ではない。
☆このあとに牧野英一は自由法学という自然法論と法進化論を統合するステージを構築するのだが、
☆それはなし得なかった。
☆牧野英一の弟子は、次代を担う学者たちが多かったが、
☆彼らは誰ひとり師の教えを理解せず、
☆あくまで法実証主義の枠組みの中の社会法学へと突き進む。
☆しかし、今やサンデル教授のコミュニのタリアニズムは、
☆ある意味自由法学の土台となる価値観なのかもしれない。
☆牧野英一ルネサンス。
☆死刑廃止問題、臓器移植問題、市場経済の倫理問題・・・など新たな展開を見せるとき
☆それは起こるのではないだろうか。