毎日が観光

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正丸峠から秩父へ

2008年03月24日 13時42分05秒 | 観光
 起きたのが遅く、おまけにだらだらといろんなことをしていたので、自転車で家を出たのが午前11時。どこまで行けるかな、と思いつつ、いつものように荒川へ。
 40kmほど走ると上江橋。ここで昼食をとろうと思う。
 別にそれほどお腹がすいているわけじゃない。だけれど、ぼくは今の空腹なら我慢できるが、一時間後の空腹を今我慢することができない。そしてこの先、何か食べられるポイントはあと40kmほど皆無だ。
 食事を終えて、考える。さて、どうしよう。もうこの時間だから、秩父は無理として、でも、まあそっち方面に行けるだけ行ってみてだめだったら、そこでやめりゃあいいじゃん、とあやふやなことを考える。ぼくのこののんきな性格は、のちのち、山登りするときも有効だった。
 補給後、しばらく走って入間川サイクリングロードへ。
途中、武藏十里というゼッケンを付けたウォーキング集団と行き会う。徒歩で40kmは大変だな、と思いながらも、サイクリングロードをふさぐように歩いている彼らがとても邪魔。かといってぼくはベルを鳴らすのが好きじゃない。すると横からすっとぼくを追い抜いた自転車があった。おお、TIME(フランスの高級フレーム)だあ、と追い抜かれざま感心したが、あ、この人の後ろにくっついて走ればラクじゃん、と気づく。案の定、彼は人が横並びになっていると、「すみませーん、左通りまーす」などと声をかけて人をよけてくれる。ぼくはその後ろを、おっ、すまないね、みたいな顔をして通る。実にラクである。感謝である。
 入間川を走りきり、国道299号バイパスへ。飯能を過ぎると、ここからは上り基調。脚がつらい。冬の間ずっとさぼっていたツケがきた。体だってたるんでるに違いない。
 ようやく上ったかと思うと、すぐに下り坂がくる。たいていの場合下りは気持ちいいものだが、この先の結末を知っているぼくの気分は暗澹たるものだ。だって、下ってった分、ちゃんと上らされることを知ってるんだもん。
 下るたびに、サラ金から運転資金を借りている気分になる。一時しのぎできても、最終的にはきっちりこのツケを払わされるのだ。頼むから下らないでくれ、道にお願いしたりしてる。
 そんなこんなで正丸駅到着、ここで一休み。この売店兼食堂にはよく来る。今年2度目だ。さあ、なんだかんだ言ってここまで来てしまった。このあと、怖いトンネルがあり、それを抜けると結構な下り坂で秩父へ至るのだけれど、前回通ったトンネルを今回は通るつもりはない。トンネルではなく、旧道の峠を越えようと思う。しかし、正丸までの上りで、すでに脚は売り切れ状態。峠へ登れるかどうか自分でも不安。
 トンネルと旧道の分岐点。トンネルの上に白いガードレールが見えるだろうか。あれを延々上っていくのだ。


 トンネル手前を右折して、旧道に入った途端、体感温度が劇的に下がった。
 ここまで90km以上走った上に、飯能から先の上りで脚がない。バテバテ。もう、むり。だめ。でも、とりあえず、脚が停まってバランスが崩れるまでは脚を動かそうと思う。見上げるとカーブを切ったあとが激しく上り坂。あれはさすがに無理。あんなんだめに決まってんじゃん。でも、とりあえず脚を停めない。こげなくなってから降りればいい。絶対に前もっては降りない。なに、足をつこうと思えばいつでも足がつけるんだ。
 自分の呼吸がはっきり音になって聞こえる。そばに人がいたら振り向かれるほどうるさいと思う。はあはあはあはあはあはあはあはあ。
 木々が切れると風景が開ける。眼下に広がる景色を見ると、自分がどれだけ登ってきたのか実感する。思わず声を上げる。「ここまで上がったんだ!」これがモチベーションを高める。
 カーブの向こうに茶店が見える。峠だ。右手で小さくガッツポーズ。

 正丸峠の茶店から外を眺める。ここまで自転車で登ってきました。家を出てちょうど100km。


 
 峠でウィンドブレイカーを着込んで下り。気持ちがよかった。道のあちこちに砂が浮いていてバイクを倒せないのでスピードは出せなかったが、それでも気持ちいい。途中から道がよくなり、少しスピードを出す。50km以上で走ると、寒い。向こうから登ってくるバイクを見つける。にっこり笑いながら会釈をする。向こうは辛そうに会釈を返す。さっきまでの自分を見ているようだ。
 16時45分。秩父駅着。レッドアローのチケットをおさえて休憩。駅の向こうに武甲山の威容がそびえている。
 秩父を出発したレッドアローは、すれ違いのためだろう、正丸トンネル内で停車した。この停車している間、自分のやったことを味わういい時間になった。ぼくはこの上を登っていったんだ、と。
 でも、その一方で、強くなるためには、こんなことにいちいち騒いではいけないとも思う。正丸峠に物語を持ちこんではいけないのだ。強くなるためには、こんな坂はただのトレーニング用の坂だと割り切ってどしどし登っていかなくてはならない。強くなることと物語とは両立しないのだ。強さと物語が両立するとき、それは十分に強くなったときだ。コンタドールなら物語になる。
 だけれど、初心者にありがちなこの過剰な感動を一概に否定するものでもない。部活で登らされてるわけじゃない、自分でわざわざ登りに来ているんだ。この感動が次へのモチベーションにつながる。じゃなきゃ、ハアハア言いながら来ねえよ、秩父なんざ、セメント屋じゃねえんだから(うそ。秩父好き)。

 
コメント
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