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クラシックでわかる世界史

2008年03月14日 09時52分40秒 | 読書
西原稔「クラシックでわかる世界史」             アルテスパブリッシング

 芸術は、社会から離れた孤高の存在ではない。
 中学、高校の教科書レヴェルでもいいから、その文化史を追ってみればいい。日本史にしても世界史にしても、文化が花咲き、芸術の傑作が生まれるのは、たいてい人と物と金が集まるところだ。
 芸術は山の奥地で隠棲して行われる孤独な作業ではなく、経済や政治と切り離して語ることのできない人間活動の一つなのだ(お好きな人は上部構造と下部構造という語を用いてもよろしくてよ)。だいたい山の奥地で隠棲などしてたら、それは芸術活動以上にアウトドア活動が必要で、芸術新潮なんか読んでないでBE-PAL読まなきゃならなくなるだろうが。
 したがって、たとえば西洋のクラシカル音楽を語ることは西洋史を語ることと不可分であるはずなのである。しかし、そのバランスは難しく、多くは、どちらかに偏るか、どちらも中途半端でつまらなかったりする。
 もちろん、芸術が社会と切り離せないものだからと言って、社会背景を語らなければ芸術作品を語れないということではない。芸術を生みだす母胎はたしかに社会の中に存在するのだが、生みだされた芸術作品は、社会を超える可能性を持っているからだ。
 サント=ヴーヴとプルーストの論争はこのあたりに起因する。
 まあ、つまりシュッツの音楽を考えるにあたって30年戦争に思いを馳せないことは不可能だが、「ダビデ詩篇曲」を語るにあたっては必ずしも不可能ではない、ということだ。
 で、この本は見事に西洋史と西洋音楽史とをくんずほぐれつに語っている。
 政治家(王室)によって運がむいたり、そっぽむいたりされながら、音楽家たちはその歴史の波の中で生きていかざるを得ない。特に19世紀の市民社会形成までは、音楽家はスポンサーである彼らに依存して生きていかなければならなかったのだ。
 血で血を洗う宗教紛争、新国王が即位するたびに、カトリックと国教会が入れ替わるような時代、宮廷音楽家マシュー・ロックはチャールズ1世処刑前に王子とともにイングランドを脱出せざるを得なかったし、また、チャールズ2世とともにイングランドに返り咲いたが、次のパーセルは見事4代の国王に仕え、そのどちらの陣営についても音楽を書いた。
 こういうのって、たしかにパーセルの「ディドーとエネアス」そのものを語ることには必要ないかもしれないが、だがパーセルという人間を語るには必要なのだと思う。そして、音楽家たちが、本来偶然であるべき人生を、歴史という大きな流れの中で必然のようにしていかざるを得ないことを知るのである。
 それは、実は、音楽家だけのことではない。われわれ自身がそうなのだ。しかし、われわれには、歴史的認識で現在を見ることはできない。自己言及の問題点である。その矛盾の中でいかに認識していくか、ここで語られる音楽家の姿にもそのヒントの一つがあるのではないだろうか。
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