造船と船舶代理業を行う杤木商事の本社屋として大正9(1920)年に建設。 ちょっと見た限りでは2階と3階の窓の間に菱型のタイル装飾があるのが目に付く位のシンプルな建物ですが、面白いのは表と裏、2か所に玄関が備わっている点。 それも表側(道路側)よりも裏側(海側)の玄関のほうが横幅が広く、上部の装飾も凝っていて堂々としています。 資料によると裏玄関には風除室まであるようなのでどうやら正式の玄関はこちらになるようです。 建物の上に架かる若戸大橋(開通・昭和37年 1962年)により若松と戸畑が短距離で結ばれ陸上での往来が頻繁になるまでは、船でこの建物の裏手に乗り付けるのが日常の光景だったのでしょうか・・・? 福岡県北九州市若松区本町1-15-10 05年04月下旬他
造船と船舶代理業を行う杤木商事の本社屋として大正9(1920)年に建設。 ちょっと見た限りでは2階と3階の窓の間に菱型のタイル装飾があるのが目に付く位のシンプルな建物ですが、面白いのは表と裏、2か所に玄関が備わっている点。 それも表側(道路側)よりも裏側(海側)の玄関のほうが横幅が広く、上部の装飾も凝っていて堂々としています。 資料によると裏玄関には風除室まであるようなのでどうやら正式の玄関はこちらになるようです。 建物の上に架かる若戸大橋(開通・昭和37年 1962年)により若松と戸畑が短距離で結ばれ陸上での往来が頻繁になるまでは、船でこの建物の裏手に乗り付けるのが日常の光景だったのでしょうか・・・? 福岡県北九州市若松区本町1-15-10 05年04月下旬他
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クルマに煽られてしまいましたか。
以前よりマシとはいえ、今の社会は高齢者に対しては必ずしも優しい社会ではありませんから、
こちらの方で注意して行動するしかないのが遺憾な所ですね。
時間の感覚がどんどん速くなっているような気がします。
地図を見てみると若松は洞海湾によって小倉からは分断されるような形になっているんですね。
道も若戸大橋一本しかないから、渋滞緩和の為に海底トンネルで道路を造ろうとしている事が良く分かりました。
これでますますスピード化が図られるというのも、何だか皮肉な話ですが・・・。
火野葦平さんの名前は聞いた事はありますが、河伯洞というのは初めて聞きました。
なかなか立派な日本家屋(?)のようで興味が湧いてきますね。
九州には気軽には行けませんが、訪問予定リストに加えておきます~(笑)。