「自分の仕事をせえ」
なんとなく、さっきシャワーを浴びていたら出て来た言葉。
今日はお通夜だった。故人については名前と年齢しか知らない。でも、この世に産まれ、しっかりと大地に足をつけ、人生を全うなされた方である事だけは間違いない。
先日、先輩から電話があった。ヘロヘロモードだったので銭湯でまったりしていたら携帯に電話があったらしく、約40分遅れで電話する。活動的な先輩がやっている活動的な宗教者が集まる会で「昔の話をせえ」という事らしい。30分という時間にビビリつつあるが、先輩の他にも、先輩のサブをやっている人も昔から知っている人なので、まあ、全く知らない所に放り込まれるわけでもないので、了承する。まあ、正式には決まっていないが。30分というのはハードルが高過ぎるので、出来れば逃げたいのだが、まあ、他にいなけりゃ「別にエエか」と。
昔の話は、坊主バー時代の想い出。経営面も含めての話らしい。帳簿、残ってたかなぁ…。
自分の仕事。私は寺の住職なので、私がやるべき第一義の仕事は寺を護る事。経済的に豊かでない寺なので、経済的に豊かな寺なら軽く越えれる、もしくは全く問題にならない事が大問題になる。
私は3歳児の父親であるので、娘育てなければならない。「育てる」とは傲慢な気もするが、メシを喰わせなければならない。経験した事がないが、色々な『親』としての先輩達から「これから金かかるで」と脅されている。
もっと厄介なのが、『私』という存在である。私は『私』という厄介な存在と共に生きて行かなければならない。これまた、他の人なら「なんでこんな簡単な事が出来ないの?」という事も出来なかったりするし、ハードルが高かったりもする。でも、私は『私』から逃げる事は出来ず、私は『私』と共に生きて行かなければならない。
これまた先日、某所で僧侶仲間達と飲んで居た。年齢も人生経験も様々な人たち。ある私と同じ『在家出身(寺産まれでない)』の人。今もバリバリと、いわゆる『坊主』以外の仕事で働き、生きて居られる。同席した僧侶仲間には、いわゆる『無職』の人がいる。というか、別に働かなくても生活出来る環境に産まれ育った方。
もう20年以上前だろうか?当時、生活する為にバリバリ働いていた私は、そういう私の苦労で一杯だった。今も変わらんのだが、今とは違って、「働かなくても食べて行ける人」という人の存在を許せなかった。「お前に何の苦悩があるねん」というヤツであり、恐らくその僧侶仲間にそういう事を言った時に、その人が「私の苦悩が解るのですか?」みたいな事を言った。浅かった。「甘かった」というよりも、浅かった。私が浅かった。
先日某所での飲み会に居た『長老格』は「縁」という一言で纏めておられた。
坊主バーは3代目時代に大きな変化を迎える事になるのだが、その3代目マスターがケッタイな人であって、前科3犯独房2年やったかな?前科だけは覚えているが、独房(政治犯でもあった)の年数はうる覚え。ホームレス生活は8年だったかな?金のある時はドヤ暮らし。まあ、かなり変わった経歴の持ち主であり、40前まで酒を毛嫌いしていた割に、後期(死にました)は半アル中状態だった。
坊主バーのマスターになり、僧侶資格も取った。僧侶資格を取ったという事で、当時同じ所属寺だった事もあり、同じ法要に参加。
その法要の帰りだっただろうか?私と、もう一人の友人と共に三代目マスターを吊るし上げた。「僧侶資格を取得したなら、もっと僧侶としてしっかりせえ!」と。その時に三代目マスターがポツリと「でも、俺は親鸞好きやねん」と言った。
坊主バーをやり始めて、後に2代目マスターとなる人と、後の東京・四谷坊主バーの初代マスターになる人と朝まで遊んでて、そのまま3人京都珍道中(?)に出かけた事があった。
法然上人ゆかりの『法垂窟』という所にも初めて連れて行って貰い、その時に初めて2人から『一枚起請文』という法然上人の遺言状みたいなものを紹介して貰った。というか、2人から暗唱して貰った。「何や、この2人は?」と思ったのだが、その前にも「何やお前らは?」と思った事も多々あったので特に驚きはしなかったのだが、『法然上人』という方がどういう方なのか、当然、選択集も読んでいない時に2人が暗唱していた『一枚起請文』を聞き、解説を聞いて「おお!すげぇ!」と。
【もろこし(中国)・わが朝に、もろもろの智者達の沙汰しまうさるる観念の念にもあらず。また、学文をして念の心を悟りて申す念仏にもあらず。ただ往生極楽のためには南無阿弥陀仏と申して、疑なく往生するぞと思ひとりて申すほかには別の子細候はず。ただし三心・四修と申すことの候ふは、みな決定して南無阿弥陀仏にて往生するぞと思ふうちに篭り候ふなり。このほかにおくふかきことを存ぜば、二尊のあはれみにはづれ、本願にもれ候ふべし。念仏を信ぜん人は、たとひ一代の法をよくよく学すとも、一文不知の愚鈍の身になして、尼入道の無智のともがらにおなじくして、智者のふるまひをせずして、ただ一向に念仏すべし。】
解説は浄土宗で、どうぞ。
http://jodo.or.jp/jodoshu/index3.html
【私の専修学院での学びは、凡夫という言葉を中心に始まりました。しかし学院は生活学習の場ですから、そこで繰り広げられる私の意識生活は、その凡夫の身を裏切る自尊心との格闘でもありました。それは今日も、今も、続いています。そうした事実と思いのぶつかる日々の生活の中で、それでもここに身を置いていることの支えとしている言葉があります。それは信國先生が大病を患われた晩年のころだったのではないかと思いますが、授業で法然上人の『一枚起請文』(真宗聖典九六二頁)を取り上げられて
「ここに『一文不知の愚どんの身になして』とあるでしょう。この『なして』という日本語は、意思をあらわす言葉です。意思して、愚鈍の身になるのです。」
と、強い口調でおっしゃいました。「意思して、なる」。いつのまにか、如来回向とか、本願他力という教学用語を自分勝手にとりこんで、仏法を自動起床装置であるかのように錯覚する腑抜けた信仰理解にまどろんでいる私どもに、「目覚めよ」と命じる一言でした。
凡夫とは、意思して凡夫にならなければ、自分が凡夫の身を生きていることに気付けないものです。その凡夫への意思を私どもに喚び起こす強い力が、如来の本願です。】
(狐野秀存『共に是れ凡夫ならくのみ』願生第145号より)
「私は昔にこんな事をして来ました」「私は今、こんな事をしています」と、自分の行動を誇る、誇ってしまう、差別化してしまうのが自我。何をやろうが、やろまいが、それは単なる縁の問題。
何か解りやすい『社会的な行動』、『宗教家らしい行動』。それ等は単に様々な御縁でもって、たまたま出来た事。
「ただ念仏」とは、宗教的差別の否定。必ず自我を誇ってしまう煩悩がある。自分にしか、あるいは『自分たち』にしか出来ない『行動』でもって、差別し、見下してしまう。自分や、自分たち、あるいは『世間的価値観』からの色眼鏡でもって優越し、卑下してしまう。それが煩悩。仏道を歩んでいるが故に出て来る煩悩だってある。『宗教家らしく』という煩悩だってある。『宗教家らしい』という差別だってある。そして、悲しい事に私(たち)は差別が好きだ。煩悩を喜ばしてくれるものが大好きだ。苦労自慢は『苦労していない(ように見える)人』を差別する。そこで優越感に浸る事が出来る。
運動論では「差別された側の人間から、差別する側の人間に対する差別は差別ではない」という事らしいが、そんな事は知ったこっちゃねえ。が、ここでも私の煩悩の働きは「私の方が上」と、差別してしまう。「あなた達は解っていない」と、見下してしまう。
「自分の仕事をしろ」
あるいは
「自分の修行をしろ」
私にとっては、ある恩師からから教えて頂いた言葉、「人がそこに居られる」と。全く平等に人がそこに居られるにも関わらず、主観でもって、エゴでもって、自我でもって、様々に切り裁く。同時に『私自身』をも切り裁く。そんな所からの解放、それはある人にしてみればハードルの低い作業かも知れないが、でも、私にとってはとても難しい事。私の課題。
なんとなく、さっきシャワーを浴びていたら出て来た言葉。
今日はお通夜だった。故人については名前と年齢しか知らない。でも、この世に産まれ、しっかりと大地に足をつけ、人生を全うなされた方である事だけは間違いない。
先日、先輩から電話があった。ヘロヘロモードだったので銭湯でまったりしていたら携帯に電話があったらしく、約40分遅れで電話する。活動的な先輩がやっている活動的な宗教者が集まる会で「昔の話をせえ」という事らしい。30分という時間にビビリつつあるが、先輩の他にも、先輩のサブをやっている人も昔から知っている人なので、まあ、全く知らない所に放り込まれるわけでもないので、了承する。まあ、正式には決まっていないが。30分というのはハードルが高過ぎるので、出来れば逃げたいのだが、まあ、他にいなけりゃ「別にエエか」と。
昔の話は、坊主バー時代の想い出。経営面も含めての話らしい。帳簿、残ってたかなぁ…。
自分の仕事。私は寺の住職なので、私がやるべき第一義の仕事は寺を護る事。経済的に豊かでない寺なので、経済的に豊かな寺なら軽く越えれる、もしくは全く問題にならない事が大問題になる。
私は3歳児の父親であるので、娘育てなければならない。「育てる」とは傲慢な気もするが、メシを喰わせなければならない。経験した事がないが、色々な『親』としての先輩達から「これから金かかるで」と脅されている。
もっと厄介なのが、『私』という存在である。私は『私』という厄介な存在と共に生きて行かなければならない。これまた、他の人なら「なんでこんな簡単な事が出来ないの?」という事も出来なかったりするし、ハードルが高かったりもする。でも、私は『私』から逃げる事は出来ず、私は『私』と共に生きて行かなければならない。
これまた先日、某所で僧侶仲間達と飲んで居た。年齢も人生経験も様々な人たち。ある私と同じ『在家出身(寺産まれでない)』の人。今もバリバリと、いわゆる『坊主』以外の仕事で働き、生きて居られる。同席した僧侶仲間には、いわゆる『無職』の人がいる。というか、別に働かなくても生活出来る環境に産まれ育った方。
もう20年以上前だろうか?当時、生活する為にバリバリ働いていた私は、そういう私の苦労で一杯だった。今も変わらんのだが、今とは違って、「働かなくても食べて行ける人」という人の存在を許せなかった。「お前に何の苦悩があるねん」というヤツであり、恐らくその僧侶仲間にそういう事を言った時に、その人が「私の苦悩が解るのですか?」みたいな事を言った。浅かった。「甘かった」というよりも、浅かった。私が浅かった。
先日某所での飲み会に居た『長老格』は「縁」という一言で纏めておられた。
坊主バーは3代目時代に大きな変化を迎える事になるのだが、その3代目マスターがケッタイな人であって、前科3犯独房2年やったかな?前科だけは覚えているが、独房(政治犯でもあった)の年数はうる覚え。ホームレス生活は8年だったかな?金のある時はドヤ暮らし。まあ、かなり変わった経歴の持ち主であり、40前まで酒を毛嫌いしていた割に、後期(死にました)は半アル中状態だった。
坊主バーのマスターになり、僧侶資格も取った。僧侶資格を取ったという事で、当時同じ所属寺だった事もあり、同じ法要に参加。
その法要の帰りだっただろうか?私と、もう一人の友人と共に三代目マスターを吊るし上げた。「僧侶資格を取得したなら、もっと僧侶としてしっかりせえ!」と。その時に三代目マスターがポツリと「でも、俺は親鸞好きやねん」と言った。
坊主バーをやり始めて、後に2代目マスターとなる人と、後の東京・四谷坊主バーの初代マスターになる人と朝まで遊んでて、そのまま3人京都珍道中(?)に出かけた事があった。
法然上人ゆかりの『法垂窟』という所にも初めて連れて行って貰い、その時に初めて2人から『一枚起請文』という法然上人の遺言状みたいなものを紹介して貰った。というか、2人から暗唱して貰った。「何や、この2人は?」と思ったのだが、その前にも「何やお前らは?」と思った事も多々あったので特に驚きはしなかったのだが、『法然上人』という方がどういう方なのか、当然、選択集も読んでいない時に2人が暗唱していた『一枚起請文』を聞き、解説を聞いて「おお!すげぇ!」と。
【もろこし(中国)・わが朝に、もろもろの智者達の沙汰しまうさるる観念の念にもあらず。また、学文をして念の心を悟りて申す念仏にもあらず。ただ往生極楽のためには南無阿弥陀仏と申して、疑なく往生するぞと思ひとりて申すほかには別の子細候はず。ただし三心・四修と申すことの候ふは、みな決定して南無阿弥陀仏にて往生するぞと思ふうちに篭り候ふなり。このほかにおくふかきことを存ぜば、二尊のあはれみにはづれ、本願にもれ候ふべし。念仏を信ぜん人は、たとひ一代の法をよくよく学すとも、一文不知の愚鈍の身になして、尼入道の無智のともがらにおなじくして、智者のふるまひをせずして、ただ一向に念仏すべし。】
解説は浄土宗で、どうぞ。
http://jodo.or.jp/jodoshu/index3.html
【私の専修学院での学びは、凡夫という言葉を中心に始まりました。しかし学院は生活学習の場ですから、そこで繰り広げられる私の意識生活は、その凡夫の身を裏切る自尊心との格闘でもありました。それは今日も、今も、続いています。そうした事実と思いのぶつかる日々の生活の中で、それでもここに身を置いていることの支えとしている言葉があります。それは信國先生が大病を患われた晩年のころだったのではないかと思いますが、授業で法然上人の『一枚起請文』(真宗聖典九六二頁)を取り上げられて
「ここに『一文不知の愚どんの身になして』とあるでしょう。この『なして』という日本語は、意思をあらわす言葉です。意思して、愚鈍の身になるのです。」
と、強い口調でおっしゃいました。「意思して、なる」。いつのまにか、如来回向とか、本願他力という教学用語を自分勝手にとりこんで、仏法を自動起床装置であるかのように錯覚する腑抜けた信仰理解にまどろんでいる私どもに、「目覚めよ」と命じる一言でした。
凡夫とは、意思して凡夫にならなければ、自分が凡夫の身を生きていることに気付けないものです。その凡夫への意思を私どもに喚び起こす強い力が、如来の本願です。】
(狐野秀存『共に是れ凡夫ならくのみ』願生第145号より)
「私は昔にこんな事をして来ました」「私は今、こんな事をしています」と、自分の行動を誇る、誇ってしまう、差別化してしまうのが自我。何をやろうが、やろまいが、それは単なる縁の問題。
何か解りやすい『社会的な行動』、『宗教家らしい行動』。それ等は単に様々な御縁でもって、たまたま出来た事。
「ただ念仏」とは、宗教的差別の否定。必ず自我を誇ってしまう煩悩がある。自分にしか、あるいは『自分たち』にしか出来ない『行動』でもって、差別し、見下してしまう。自分や、自分たち、あるいは『世間的価値観』からの色眼鏡でもって優越し、卑下してしまう。それが煩悩。仏道を歩んでいるが故に出て来る煩悩だってある。『宗教家らしく』という煩悩だってある。『宗教家らしい』という差別だってある。そして、悲しい事に私(たち)は差別が好きだ。煩悩を喜ばしてくれるものが大好きだ。苦労自慢は『苦労していない(ように見える)人』を差別する。そこで優越感に浸る事が出来る。
運動論では「差別された側の人間から、差別する側の人間に対する差別は差別ではない」という事らしいが、そんな事は知ったこっちゃねえ。が、ここでも私の煩悩の働きは「私の方が上」と、差別してしまう。「あなた達は解っていない」と、見下してしまう。
「自分の仕事をしろ」
あるいは
「自分の修行をしろ」
私にとっては、ある恩師からから教えて頂いた言葉、「人がそこに居られる」と。全く平等に人がそこに居られるにも関わらず、主観でもって、エゴでもって、自我でもって、様々に切り裁く。同時に『私自身』をも切り裁く。そんな所からの解放、それはある人にしてみればハードルの低い作業かも知れないが、でも、私にとってはとても難しい事。私の課題。
ま、いーか。
するのに山からおりてきたら
なんで、やれへんの?
掃除洗濯食事は修行やねんやろ?
なんで山行かな出来へんの?
そこがムカつくねん
坊主ども