坊主の家計簿

♪こらえちゃいけないんだ You
 思いを伝えてよ 何も始まらないからね

『いけちゃんとぼく』

2009年02月20日 | 坊主の家計簿
 2月20日

 雑費  缶ミルクティー     120円
 外食  ラーメン        418円
 食類  諸々          425円

 合計              963円
 2月累計          79249円

 仕事が終わった勢いで雑用スタート。気合入ってまっせ!っちゅう事で大半が仕上がる。「よっしゃ、1時間だけ仮眠して飲みに行くぞ!」で、3時間爆睡、っと。。。
 
 んで、今さっきパソコンを立ち上げて、雑用を仕上げようかと思ったら気合が抜けている状態なのであっさり断念。まあ、まだ2日あるし~、一応、形は整ったし~。

 『いけちゃんとぼく』という西原理恵子の絵本を御存知であろうか?まあ、『絵本』らしいのだが、漫画やんけ!でもあるのだが。。。
 本を買う時、読む時に『帯』を読む人は、この本の場合はさっさと捨てた方がエエと思う。単なる「西原理恵子の漫画やし~」という気分で読んだ方がエエと思う。「漫画のわりには絵が大きいのぉ。。。」程度に思っておいた方がエエと思う。そして、最後に号泣するがよい(笑)

 この本は『ザ・ベストハウス123』っちゅう確かYOUが出てるテレビ番組で『絶対に泣ける本』の1位になったらしい。私はこの手の『泣ける本』をバカにする人格の持ち主なので当然無視して読んでた。まあ、元々西原理恵子の漫画は泣いてしまう場合も多々あるのだが、この本は魔術の様に『泣ける』。つまり、『泣けるように作った』のだと思われる。
 まあ、見事に泣いてしまった。

 未練、っちゅうのは付きまとう。

 ちょっと詰めて勉強してて本棚にある本とかと引っぱり出す。和田先生の写真が何かの本に載ってて、まだ冷静に見れなかったりする。本の引用は出来るし、本も読む事が出来るのだが、それは『教え』であり、写真が見れないのは『情』である。情の部分では整理出来ていないのだろう。だから写真を見れない。「懐かしいなぁ~」にはなれない。
 弱いやっちゃのぉ。。。なんぞと思ったりするのだが、情という気分はなかなか整理が出来ひんもんだ。

 『教え』は生き続けている。これからも変わる事なく『和田先生』は生きている。決して死んでなんかいないわけだ。死んだのは『和田稠』という個人であって、まあ、『和田ジジイ』でんな。ジジイとしての和田稠氏は死んだが、教えは永遠に生き続ける。
 それは出会い方であると思う。当然、私は和田先生には数回しか会って居ない。10回ぐらいか?もうちょっとあるかな?大切な真宗仏教を教えて頂いた先生である。故に、『先生』であるのだが、生身の先生を知っているのでやはり情が出る。

 法名の事を私は「死なない名前」と呼んでいる。私の法名は釈学生であるが、死んでも釈学生である。
 和田先生の法名は知らない。っちゅうか、何かで聞いたかも知れんし、一周忌の時に出た本に書いてあったかも知れないが、『和田先生』という名前自体が法名みたいな感じであるし。『先生』としての教えは死なない。死んだのは生身の体を持つ『和田稠』という爺ちゃんである。
 爺ちゃんが死ぬと未練が残る。でも先生は生きている。先生として生きている。

 っちゅう事で、本を探して引っぱり出す。『真宗門徒として生きる』っちゅう本だった。
 「懐かしいなぁ~」と感じた。

【このごろ何事につけて「批判」とか「評価」とかが盛んだが、そのことに熱心であればあるほど、私たちは自分の立場を疑うことのない善人になるか、人の上に完璧な人間像を要求しなければ承知できぬ賢人になるほかはないのだ。「みなもって、そらごとたわごと、まことあることなき」不毛の論である。彼を論ずる「今の時」のさかしらな私たちの硬直したイデオロギーをはみ出してしまうような、ナマの大凡夫が蓮如なのだ。彼の人間的な生臭さや信心の不純さを審判せずにはおれぬ私たちこそが真宗門徒になることが大嫌いなのではないか。】(和田稠『真宗門徒として生きる』より)

 多分、私は論理好きである。いわゆる『世間のしきたり』なんぞに対してまず真っ先に出て来る言葉は「根拠を言え」である。「個人的な体験とか、狭い知識で何を戯言ヌカしとるねん」と、理論武装で潰す事を得意ジャンルとしている。つまり、『潰す』のを得意ジャンルとしている。無条件に染み付いた反応によって相手を潰す事を考える。決して「共に生きて行こう」ではない。まず真っ先に考えるのは潰す方法なのだ。

 『いけちゃんとぼく』で泣いてしまったのは私の情の部分である。
 和田先生の写真をちゃんと見れなかったのも私の情の部分である。

【心を弘誓の仏地に樹て、情を難思の法海に流す。】(親鸞)

 っちゅう言葉がある。
 ちゃんとした読み方は知らないが、なんとなく今日は

【親鸞聖人が、弾圧するものに対して、晩年のお手紙にもございますけれども、念仏をさまたげるものをけっして憎んではならないと。そのもののために祈れ、といっておられます。念仏をさまたげるものは、外道性において生きておるという点では私も一緒だと、なんにも変わらない。われわれは、すぐにそれを敵とする。そうではなしにまったく一緒なんだと、ただそのことにナンマンダブツしておるか、していないかの違いだけなんだと。じつは、そのことが、決定的な違いなんですけれども、しかし、自己の外道性ということについては、なんら変わらんのです。】(和田稠『出離その期なし』186ページより)

 に聞こえる。

 

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6 コメント

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Unknown (ごう)
2009-02-21 12:18:29
私もいけちゃんとぼく 読みました
最後のおちが「えっそんな展開だったの?」と
意外性がありグッとくる本でしたね
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Unknown (エロ坊主)
2009-02-22 02:17:45
 そうやねん。しかもその声が蒼井優ちゃんやねん。。。
 号泣必須間違いなし。

 しっかし、西原って、元夫の喪中真っ盛りやな。
 ああやって漫画を書きながら気持ちの整理をしてるねんやろな。
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Unknown (ごう)
2009-02-22 23:23:33
あぁ そうですね…喪中ですね
「書く・描く」って心の整理になるんでしょうね
鴨志田氏の遺稿も読んだんですが
なんか惚れあってますね 
寂しさとせつなさがいい感じです

声、優ちゃんですかぁ…そりゃあ 余計グッと
きますよねえ
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Unknown (エロ坊主)
2009-02-23 01:52:01
 心の整理、っちゅうか、単純に誰かに伝えたくないですか?
 先日、2つ下の女友達が死にやがって、『通夜』みたいなもんで旧友とかとみんなで悪口大会だったんですよ。ほんま、ロクでもないヤツやったんで(笑)でも、そうやって喋りあう事で心の整理を少しずつして行くのだと再確認。ついでにブログにまで書いているし。一時期、ホンマに親しかったし、一番親しい友達だったりして、この間に手紙の整理なんぞをしてたら、まあ、アッコっちゅうヤツやってんけど、アッコから貰った手紙が沢山出て来てですね。その割にアッコが大変だった時に会えなかったりして、まあ、私も含めて周囲の数人は「アッコを見殺しにしたのは俺の責任や」なんぞと思ったりもするわけですわ。出来なかった事が沢山ある。でも、死んでしまった。

 って、ほら、書いてるやん(笑)

 『整理』っちゅう言葉は間違いですね。整理なんか出来っこない。でも、吐き出さんと気が済まん。気が済まないのなら、吐き出したらエエと思う。
 『苦』がカッチョエエわけないやん(笑)
 情けなくて、みっともなくて、それが『苦』っちゅうヤツでっせ。
 真宗坊主にどれだけアル中と、睡眠薬を飲んでる人間が多いか(笑)ムキ出しでっせ。『御上人様』の正反対が『真宗門徒』っちゅうジャンルでんな。

 そういえば、蒼井優ちゃんて、声だけ聞くと、むっちゃエロい。。。
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Unknown (ごう)
2009-02-23 22:13:40
…ぐっときてたのに、最後の文でなんか台無しやん

お店、せっかく来ていただいたのに
病欠してすいませんでしたぁ
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Unknown (エロ坊主)
2009-02-26 00:36:48
 んな期待をエロ坊主君にしても無駄です。
 でも、ヲチとして弱いなぁ。。。これは反省。

 あ、ちなみに先に行きつけのバーで飲んでたから大丈夫でしたよ。珍しく早い時間に行ったので久々の人に会えたりしてオモロかった。
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