ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

アリスのままで

2015-06-23 21:16:35 | あ行

本当に、他人事ではないのだよ……。


「アリスのままで」71点★★★★


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高名な言語学者として知られ、
NYコロンビア大学で教鞭を執るアリス(ジュリアン・ムーア)は

夫(アレック・ボールドウィン)と
立派に育った子どもたちに囲まれて
最高の50歳の誕生日を迎える。

彼女の心配の種は、女優を目指して大学にも行っていない
次女(クリステン・スチュワート)だけだ。

そんなある日、アリスに異変が起きる。
大学での講演中に、いきなり言葉が抜け落ちてしまったのだ――。


アリスは神経科で脳の検査を受けるが……。


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ジュリアン・ムーアが
今年の第87回アカデミー賞主演女優賞を獲得した作品。


若年性アルツハイマーに冒された
50歳のアリスの話で

公私ともにパートナーという
リチャード・グラッツァー&ウォッシュ・ウェストモアランドが監督。

グラッツァー自身が2011年に
突然ALS(筋萎縮性側索硬化症)に冒され、
その闘病体験を、アリスに投影させたそう。

そして彼は、アカデミー賞受賞のニュースを聞いたあと
3月10日に63歳で亡くなっています。合掌。


そういうワシも
認知症も、若年性アルツハイマーも
本当に他人事じゃないと、マジで日々実感しているんで(ヤバイですね)

観たら
相当に打ちのめされるかと思ったけど
非常に優しい風合いの映画で、
アリスの生き様を、すうっと受け入れられた。


それにですね
けっこう実用書として見入ってしまったですよ(苦笑)
「こういうふうに進行するのか……」って。


アリスが病院で受けるテストを
観ながら一緒にやったり、

症状の進行チェックにiPhoneを有効に使うとかも
「使える……。」とか


さらにこの病気が「遺伝性」だという点も描かれ、
本人の辛さだけでなく、子どもたちにも……という現実も
グッとのしかかる。


でもこの作品、次女との関係のよさが
とても救いになるんですね。
演じるクリスティン・スチュワートのぶっきらぼうさが
ナチュラルでとてもよい。


ただ
誰にも起こりうる悲劇なだけに、
大学教授という職に就き、いい家に住み、
地位にも家族にも恵まれた主人公の設定が、やや綺麗すぎるのは否めない。

ラストも「え?これで終わり?」という感じではあるし

あとね、旦那役のアレック・ボールドウィンは
ジュリアン・ムーアの推薦だったそうですが
ちょーっと合ってないような……。惜しい!


★6/27(土)から新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座ほか全国で公開。

「アリスのままで」公式サイト
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オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分

2015-06-22 19:35:41 | あ行

白状すると、このトム・ハーディを観て
「マッドマックス」をどうしても観たくなったんですハイ。


「オン・ザ・ハイウェイ」73点★★★★


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アイヴァン・ロック(トムー・ハーディ)は
その夜、仕事を終えて
愛車のBMWに乗り込んだ。

若干の躊躇をしつつ
彼は交差点でいつもとは逆にハンドルを切り

妻と息子たちの待つ自宅から離れ、
ロンドンへと向かう高速道路に乗った。

車にはひっきりなしに電話がかかってくる。

いったい、彼はなんのために、どこに向かっているのか――?


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86分間、夜のハイウェイをひた走る主人公と
同じ時間を過ごすという映画。


全編、トムー・ハーディの一人芝居で、
今までにない、新しい表現が見たい人におすすめです。


ワンシチュエーション劇としては
棺桶に閉じ込められるスペイン映画「リミット」(10年)に通じるけど、

ハイウェイを疾走する車中という
一歩間違えば事故る舞台が生み出す
緊張感の使い方がうまい。


さらに運転しながら
ハンズフリーフォンで次々と着信する電話に出続け
相手との声だけの会話で芝居を成立させるという試みも
斬新。


最初は何の説明もないんだけど
次第に主人公が大手建設会社の現場監督で
仕事でも成功し、愛する家族を持つ“出来る男”だとわかる。


しかし、まあ
その責任感を別のところに燃やしちゃったのかなんなのか

86分間を過ごすことで
男性の思考の経緯やら、
いろんなことがわかってくるんですね。


そして、そんな
男の時間と人生が、窓の後ろへと流れていくさまを
助手席に座っているかのようにボーッと観ているだけで
ハラハラできる、という。

観客の想像力を喚起させ、
狭い箱(BMW)のなかで芝居をやりきった
トム・ハーディ、見事です。


★6/27(土)からYEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開。

「オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分」公式サイト
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沖縄 うりずんの雨

2015-06-19 11:26:08 | あ行

これも見ておくべき1本。

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「沖縄うりずんの雨」76点★★★★


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老漁師とカジキの闘いを撮った
「老人と海」のジャン・ユンカーマン監督が
(来日歴45年、日本語ペラペラ!
沖縄の歴史といまをじっくり撮ったドキュメンタリー。


悲しみと怒りと涙がこみあげ、
沖縄の抱える問題の根深さにあぜんとする渾身の1本です。


映画は4章に分けられ、
まずは1853年、ペリー来航(!)から
沖縄の侵略の歴史をじっくり見せる。

どんだけ遡るのかと最初はびっくりしたけれど、
沖縄戦→本土復帰→基地問題が、ひと続きの問題であることが、
平明で公正な描き方で、しっかりと伝わってきます。

冷静で、理知的なつくりというのかな、
2時間28分がとにかく濃くて、でも語り口は静かで。

NHKのドキュメンタリーでも沖縄の証言はあるけれど、
ここまで腰を据えてじっくり、長いスパンで問題と向き合うことは
なかなかないですよ。

特に
沖縄戦の経験者から、本土復帰の経験者の
世代をつなぐ証言は本当に貴重だと思った。

そして
ワシが今回、もっともハッとさせられたのは
沖縄の人々への“差別”の問題。


沖縄戦に参加した95歳の元日本兵士が
初めて沖縄の人と出会ったときに
「彼らは芋やタピオカ、豚を主食にしていた。
我々は“大和民族とは違う”と彼らを見下したんです」とインタビューに答えている。

ハッと思った。

ベトナム戦争時代に、コザのバーなどで
米軍兵士たちを見てきた女性カメラマンは
「白人VS黒人の感情と、沖縄人VSヤマト人の構図が似てると思った」
と語る。

続けてこれを聞くことで、みえた。

いままで沖縄の人を差別しているなんて感覚、
みじんも持っていなかったけど
(むしろ芸事に秀でたリスペクトのほうが大きいし

しかし実際、
基地を沖縄に押しつけている我々の根底には
その差別意識があるんじゃないですか、と。

沖縄の敵は戦争を経て、アメリカ→(基地を押しつける)日本になったんだと思ってたけど
いや始めから日本だったのか!と気づく
衝撃的な経験でした。


それでも元日本兵は
「それが我々の犯した過ちだ」と、はっきりと謝罪する。
なかなかできないことだと思う。


そしてユンカーマン氏がアメリカ人だからこそ
成し得たのかもしれないけれど、

沖縄戦に参加した米兵にも
多くインタビューしていて

さらには1995年に起きた
米兵による12歳の少女暴行事件の犯人にまでアタックし、
そのなかの一人のインタビューを引き出している。

すごいなと驚きました。

“沖縄”をじっくり知ることができる1本。
ぜひに。


★6/20(土)から岩波ホール、沖縄・桜坂劇場ほか全国順次公開。

「沖縄 うりずんの雨」公式サイト
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マッドマックス 怒りのデス・ロード

2015-06-18 19:51:38 | ま行

これは見といたほうがいい(笑)


「マッドマックス 怒りのデス・ロード」3D版 71点★★★★


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石油も水も尽きかけ、荒廃した世界。

愛する家族を失い、悔恨にさいなまれながらも
一人生き延びてきたマックス(トム・ハーディー)は

水を独占し、人々を恐怖と暴力で支配する
ジョー(ヒュー・キース=バーン)の軍団に囚われてしまう。

しかし
ジョーの右腕フュリオサ(シャーリーズ・セロン)が反乱を起こし、
マックスの運命も変わることに――?!


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自分の好みじゃぜ~んぜんないのに
説き伏せられる映画というのがありますが

まさにこれがそう。

「マッドマックス」シリーズをちゃんと知らないけど
予告を見て絶対観たいと思った。


あの坊主頭をまさか
シャーリーズ・セロンと思わなかったし
いまホットな
トム・ハーディーも見ておかなきゃってね。

そして
期待にたがわず!

いや~、マジでマッド!イッちゃってるわ(笑)


徹底した世界観の構築がものすごい。

砂漠を疾走するド派手なオートバイやら、カスタムカーの軍団。
華々しいカーチェイスとバトルのなか
車のてっぺんでギターをかき鳴らすミュージシャン……

って
一体、なんなんですか?!(爆笑)


マジでどうやって撮ってんの?!というスタントの連続に
目が釘付け。


言うことなしに暴力的なんですが、
それでいてえぐさは生理的嫌悪ギリギリのところで
カメラから外され、

その加減も実にいい。

第一、バイオレンスも
ものすんごいスピードとカラッカラの乾燥で
痛いとか、全然感じない(苦笑)


完成までに10年を要したそうで
いやはや、すごすぎです。

ジョージ・ミラー監督って
「ベイブ/都会へ行く」(98年)とかも相当イッちゃってるし
「トワイライト・ゾーン」の飛行機の話もめちゃくちゃ怖かったしなー。


字幕派なんで、見たのが吹き替えだったのが心残りだったんですが
まあほとんどマックス、セリフないし
違和感なかったですハイ。


★6/20(土)から全国で公開。

「マッドマックス 怒りのデス・ロード」公式サイト
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ターナー、光に愛を求めて

2015-06-17 23:45:21 | た行

眼福、とはまさにこのこと!


「ターナー、光に愛を求めて」74点★★★★


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19世紀。

風景画で知られるイギリスの画家ターナー(ティモシー・スポール)は
オランダを旅し、家に戻ってきた。

最愛の父(ポール・ジェッソン)と再会を喜び
創作にはげむ彼は

またひらめきを求めて旅に出る。

辿り着いた港町で、
彼は宿屋の女主人(マリオン・ベイリー)と
創作意欲をかき立てられる風景に出会う――。


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「家族の庭」(10年)とか
超美しい映像を撮っていた
マイク・リー監督だけど

この映像は、マジ冒頭からガツンとやられると思います。


ターナーの抽象風景画のもとになった
“彼の目が捉えた”風景を
圧倒的な説得力で、再現しようとしている。


冒頭の夕暮れの画もすごいけど
そのあと、引いたショットながら
家政婦の深緑の服の細かいひだや、毛羽立ちまで見えるような
光の加減に圧倒され

さらに
海と光と雲とのグラデーションのなかに帆船が漂う風景とか、
その絵画的美しさといったらもう!


正直、ターナーの作品をそれほど好きと言えないんですが
この映画で、見る目が変わりました。


ただ映画としては
非常に変わった作品かもしれない。


普通の伝記ものとは違い、
ストーリーを追うというより、
エピソードや、画家の感じたイメージをポン・ポン・ポンと置いた感じ。

しかし散漫ではなく、全体に深い印象を残すんですね。

主人公ターナーを演じるのは
ハリー・ポッターのあのネズミのペティグリュー
ティモシー・スポールで、
監督、彼をよく描こうなんてみじんも思ってないし(笑)。

でもそこがいいというか。


本編とあまり関係ない
当時の風俗を描くのもとても楽しそうで

当時の美術界の状況もよくわかる。


写真の台頭、蒸気機関車の登場など、
その時代の画家を取り巻く社会の変化から
否応なしに、画家の需要が変化させていく様も捉えられているので

ターナーだけでなく
当時の美術史としておもしろかった。

あとね、猫が画面にチラチラ登場するのも嬉しいんですよ。


★6/20(土)からBunkamura ル・シネマ、ヒューマントラスト有楽町ほか全国で公開。

「ターナー、光に愛を求めて」公式サイト
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