余命なんて神様(いればの話)のみ知るって感じかなって思うこの頃だつた。
友が余命宣告を受けて緩和ケアの病院を紹介されてから かれこれ2年以上たったからかもしれない。
しかも 緩和医療(痛み止め)に変わってからは、元気になった。
まあ 元気の度合いが健康な人とは違うが・・
これ以上治療はありませんと言われてから日常生活の質がよくなったというべきか
そして相変わらずヘビースモーカで晩酌はかかさない毎日を送っている。
「時々 このまま普通に生きるような気がしてくるよ」って笑っている。
「なにかで死なないといけないならガンがいいね」って不謹慎に応酬する。
そんな日々 NHKのナイトエッセイで中村仁一さんという方がお話していたことが心にひっかかっている。
聞くとはなしに耳に入ってきた声や話。
どんなタイトルだったのかは思い出せないが
これからは、毎年自分の誕生日にあと6ヶ月しか生きられないと想定してみましょう。
そして その持ち時間に何をしたいのか考えて行動してみましょうというような内容だった。
実は、平坦な朴訥な語りにうつらうつらしていたが その個所ではっとした。
最後の言葉も「最後まで話を聞いてくださいましてありがとうございます。皆様のお耳汚しをいたしましたがこれが最後だと思います」
ここで完全に目が覚めた。
たしか ナカムラジンイチ様だったかナカムラジュンイチ様だったか なまっていたとは思えないし・・
後日、中村仁一様だと知った。
さっそく この感動を友にも伝えて共感する。
「誕生日じゃなくても 明日から余命宣告6ヶ月でもいいよね」
「そうだね」
「でもちょっと待って!4月が私の誕生日だからそれからにしよう」
「じゃあ 私は、9月にするね」
私は、最期の日 願わくば金木犀ではなく桜が満開なのを見てこの世を去りたい。
木製パレット屋のつぶやき
←これは友が贈ってくれたシクラメン