映画「あなたへ」の公開の日にブログをアップしました。
さすがに公開初日だったので、あまり書かないようにしたのですが、1週間たったので少し踏み込んで書いてみようと思います。
まだ映画を観ていない方は読まないほうがいいかもしれません。
1回目を見て、小説を読んでからもう一度映画館に行きました。
1回目を観て疑問に思っていたことが少しずつですが、理解できるようになりました。
1つはメディアということです。
kの映画の場合は、まさに映画撮り下ろしで、後から小説が説明するという形です。
小説と映画の違いというのは、映画でなくては伝えられない何かを描いているのだと思います。
小説の中では登場人物の心理描写や、人生の背景になるものも文章で描かれます。
私たちは自分の頭の中で映像化してよりリアルな形で理解していきます。
だから、小説の中で描いている人物像は全て、監督の演出と出演者の演技や存在で語られていくのだと思います。
それを読み取るのが観客の理解なのだと思います。
この映画の降旗監督は全てをそぎ落とした、ロードムービーとして「あなたへ」を描いているのだと思います。
キネマ旬報の9月上旬号で高倉健がインタビューの中で言っている降旗監督についての感想に以下の文章があります。
「言わないとわからないやつには、わかってもらわなくてもいいと思っているんじゃないかな。そんなこと、いちいちわかるように説明していたら映画なんか撮っていられない」
全くそういうことだと思います。
それは、散骨が終わった時に大滝秀治さんが「久しぶりに美しい海を見た」という台詞に全てがつまっているのだと思います。
薄香の海は様々な過去がある大変な所で、決して美しい海じゃない。
人々の様々な思いを全て詰めたうえでの「久しぶりに美しい海を見た」という芝居がこの映画の良さを引き出しているのだと思います。
ビートたけしさんの登場シーンも奇妙な光景です。湧水を汲んでいるビートたけしが「私は量が多いんで、よかったらお先にどうぞ」と譲ります。
初対面の人にすぐに譲り合ったり、話しかけるということはないと思います。
まして相手は高倉健です。風体にビビって譲るということはあるかもしれませんが(笑)
でも、小説にあるように元受刑者で刑務官の高倉健と刑務所で会っていたら、それも自然かもしれません。
その後の二人の同行の旅も理解できるような気がします。
映画の中ではただ一言「どこかで会っていませんか?」の問いかけがあるだけで全てを理解しなくてはいけません。
小説になくて映画だけのシーンもいくつもあるのですが、高倉健が受刑者のエキストラとすれ違うシーンが印象的です。
受刑者たちは並んで「左左左右」と言いながら歩いて行きます。
それを高倉健が振り向いてじっと見ています。実に奇妙な光景です。これで何を語りたいのかわかりません。でも、印象的なのです。
高倉健が遠いところまでわざわざキャンピングカーで旅することもそうです。
映画の中だけの印象だと遺骨になった妻に対する愛情というように受け取られますが、
小説の中で「長崎が遠くて良かったです」という台詞があります。まさに遠くだから良かったということだと思います。
刑務官一筋で実直だけの男が、遅くに知り合った歌手の女性と暮らし始める。
妻は自分からの自由を彼に与えようとして、故郷の海の散骨を依頼する。
旅の途中で知り合う様々な人々との出合いから新たな自由や開放感を感じ始める。
まさに二重の自由を感じるのに「長崎が遠くて良かった」のかもしれません。
ビートたけしは小説ではまじめな高校教師の時に卒業が危ない女子高生からハニートラップをかけられて退職に追い込まれる教師です。
その事件をきっかけに家庭が崩壊し、覚醒剤や犯罪に手を染めることになる役です。
だから、映画の中でも種田山頭火の句集の文庫本を離さないのです。種田山頭火の句もマイナーなものを選んで語ります。
文学が好きな相当な良い教師だったのだと思います。
映画の中では下関で逮捕された時に警官役の浅野忠信が元教師という設定をさっと否定してしまうので、ちょっと混乱させられます。
ここも監督ならではのしかけなのかもしれません。
ただ、映画の中で唯一気に入らないのは田中裕子の描き方です。
風鈴をつるしている窓辺に行って、風鈴に息を吹きかけます。
手で触って音を出す人はいても息をふきかけるような中年女性はいないでしょう。
これに象徴されるように純真無垢の女性として描かれていきます。
亡くなった後に、遺書を送り届けて自分の散骨を夫に頼む人です。
もう少し描き方があったのではないかと思っています。
映画のラストシーンで余貴美子さんに頼まれた娘のウェディングドレスの写真を佐藤浩市に届けるシーンがあります。
実直一筋の法律を守るだけの生き方をしてきた刑務官が、保険金詐欺の事実を知っていて、
退職願まで出して余貴美子と佐藤浩市をつなぐ伝書鳩になるのはどういう心の動きなんだろうと考えてしまいます。
ここも観客次第なのでしょうか。
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