とりあえず一所懸命

鉄道の旅や季節の花、古い街並みなどを紹介するブログに変更しました。今までの映画や障害児教育にも触れられたらと思います。

イクラの醤油漬けその後…

2006-08-30 22:54:07 | 男の料理
 昨日のブログで紹介したイクラの醤油漬けですが、朝ご飯に味わってみました。自分で言うのは変ですが、実に「おいしい!」今までのいくらのイメージが変わりました。

 口に入れるだけでプチプチとはじける感じで、いくら本来の味が口いっぱいに広がってきます。今まで食べてきたいくらは何だったのだろう?という感じです。

 おいしい原因はいくつか考えられますが、まず新鮮だったということでしょう。考えたら1年中いくらはスーパーで売っています。あのスポンジの上に乗っているイクラです。季節外れのものは冷凍のいくらだろうから、味は押して知るべしというとろでしょうか。今回初めて知った当たり前の事実はイクラは秋のものだということです。

 もう一つ自分で作ってみて気づいたのは、スーパーで買ったイクラは妙にしょっぱいということです。長く保存させるためかもしれないけど、あれでは本来の味が出てこないと思います。ひどい所では、防腐剤の臭いがぷーんとしてくることがあります。あんなものはイクラではありません。

 イクラを作ってみて、卵に付着している白い膜のようなもの(卵のう)が、味を決めているようで、何度も何度も水洗いしないとなかなか取れません。そこまで手間ひまかけてやっとできるのです。本当は栄養があるのかもしれませんが、独特の雑味につながるのでこれは、必ず洗い落とさなければいけません。たらこのスパゲティーを作っても薄皮を取り除かなくては、苦みが出ます。そう言えば数の子も白い薄皮が苦みのもとですよね。

 今まで「これが…」と思っていたら全然違っていたなんて経験は何かうれしいですよね。「何だそんなことも知らなかったのか…」と思われる向きもあるかと思いますが、今回のイクラは私にとって新たな事件でした。

 これから、筋子は本格的な季節の到来です。今度はもち網を買ってきて、挑戦しようと思います。編み目1㎝四方のものがやりやすいそうです。
 もう一つ、イカの塩辛にも挑戦しようと思います。秋はイカのわたが一番成長する時期だそうです。

 これについても、また報告します。
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いくらの醤油漬け

2006-08-29 23:48:34 | 男の料理
 晩ご飯を作らなければいけないということで、学校の帰りにスーパーに寄りました。晩ご飯のおかずになるものをあちこちさがしている間に、魚やさんのコーナーで生のさけの切り身が売っているのに気づきました。生の筋子がもしかしたらあるのかな?と探しているとやっぱりありました。この間本屋で立ち読みしていて、筋子からいくらの醤油漬けを作る方法が載っていたので、ぜひ作りたいと思っていたのです。
 
 筋子は秋のものが一番良くて本当は、9月末から10月くらいのものが一番いいそうなのですが、見るともうやりたくなってしまうのが、悪い癖なのです。
 
 それでは、実況中継で、
 
 ①まずつけ汁を作ります。鍋に水、しょうゆ、酒を合わせます。分量は、酒と醤  油と水の割合は1:2:1くらいだそうです。鍋を火にかけ沸騰させ、さらに  アルコールをとばします。そのまま冷めるまでおきます。

 ②筋子を開きます。筋子の膜の裂け目から指をいれて少しずつ開いていきます。

 ③大きめのボウルにぬるま湯をたっぷり用意し、その中で卵を少しずつ外してい  きます。
  この作業はなかなか大変です。卵は意外と頑丈に膜にくっついているので、力  を入れすぎるとつぶれてしまいます。
  もち網を使うと便利らしいのですが、この時期の筋子は卵の皮が破れやすいの  で、成熟した時期の筋子がいいそうです。

 ④ていねいに洗います。
  ボウルの水を捨てながら、血合いや膜など上澄み液とともに流します。白い膜  のようなものがかなり頑固にくっついています。

 ⑤水気を十分に切って、最初に作っておいたつけ汁と合わせてボウルに入れてラ  ップをして冷蔵庫で最低4~5時間おくといいそうです。一晩おくと味がなじ  むそうです。

 ⑥一晩つけるとつけ汁を吸ったいくらは丸々としてくるので密閉容器につけ汁ご  といくらを入れます。冷蔵庫で10日間くらい保存できるそうです。

 北海道では、いくらの醤油漬けは家庭の味だそうです。それぞれの家庭で味が違うそうです。新鮮な筋子が一番おいしいと言われています。

 今現在、冷蔵庫で味をなじませている最中でどんな味に仕上がるか楽しみです。うまくいけば筋子は安いので、いくらでもいくら丼が楽しめますね。
 味については後日報告します。





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花田少年史 幽霊と秘密のトンネル

2006-08-29 00:13:55 | 映画
『花田少年史 幽霊と秘密のトンネル』を観てきました。

とにかく底抜けに楽しい映画です。

主役の腕白少年、花田一路(須賀健太)は、ずっとどこかで見たような気がしていました。富士フイルムの純情少年だけではなくて…。と考えていました。
 
 突然思い出しました。『ALWAYS 三丁目の夕日」で吉岡秀隆と一緒に名演技をしていた淳之介だ!あのクリスマスに万年筆のプレゼントをもらって何とも言えない表情をした淳之介くんが、この映画では画面狭しと暴れまくります。恐るべき子役です。

 子役が元気のいい映画はとにかく気持ちの良いものです。『ホテル・ハイビスカス』のおかっぱの女の子も実にパワフルだったし、『バーバー吉野』の吉野刈りの男の子たちも何とも言えませんでした。

 この『花田少年史 幽霊と秘密のトンネル』も公開間がないのでできるだけストーリーに関するものは、触れないで感想を語りたいと思いますが、かすってしまったらごめんなさい。

 オープニングの元気の良い登場はなかなかのものでした。冷蔵庫からブドウを取り出しくわえながら、テレビの映りが悪いと怒ってしまいます。テレビは画面の中央が歪んで見えてきます。この場面はどこかで見たなと思いました。そうです。リングの映画でも使われたやり方です。このあたりで、この家に悪霊がいるという設定になっているのかなとうがった読みをしていました。

 テレビが映らないので素手で殴っていた主人公が、なかなか映らないのに業を煮やして近くにあったギターで殴りつけます。見事にギターは木っ端みじんに…。そのギターですが、ギブソン社のハミングバードなのです。コピーなのか本物なのか、ロゴを見ようとするのですがどうしても見えません。本物なら30万円くらいするから、その後で「母ちゃんの青春をこわしたー!」と怒る母ちゃん役の篠原涼子の怒りは、もっともだと思ってみていました。

 この一路くんと母ちゃんのバトルが実に爽快です。隣で見ていた小学生集団が大喜びで歓声をあげていました。篠原涼子という女優は実に芸達者な女優になってきました。

 家を飛び出した、一路くんはある事故をきかっけに幽霊が見え始めるというストーリーです。その後の展開はここで説明するとつまらなくなるので省略します。
 親子愛や、友情その他ハートフルな場面が随所にあふれていました。ただ、途中の霊同士の闘いの場面は何となく興ざめの感じは否めません。原作がコミックということと、観客に親子で一緒という想定があったのかもしれません。そういう作りになっているようにも思います。

 亡くなってしまう近所の老母役でもたいまさこさんが出てきます。これが実に存在感のある役なのです。もたいさんが出てくるだけで、空気が変わるような気がします。個人的には、日本の女優の中で大好きな女優の中の一人です。

 一路くんの祖父役で上田耕一さんが出ています。この俳優さんも脇役専門で実に多芸振りを見せています。漁師役として出てきているのですが、実にはまり役です。無言で笑ったり泣いたりする場面が実にいいです。

 舞台になっている広島県竹原市の風景もこの映画をソフトにしているように思います。

 ストーリーや死生観についてはいろいろ無理なところや問題点があるように思いますが、楽しい時間を過ごしたい人は絶対観るべきだと思います。はちゃめちゃなストーリーの中に涙あり笑いあり。いい2時間です。


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『UDON』観ました

2006-08-27 21:24:35 | 映画
 『UDON』を観に行ってきました。日曜日に何もない一日というのも久しぶりなので何をしようと思い、近くのシネコンに映画を観に行きました。できるだけ後をゆっくりと思っていたので9時20分上映の回に行くことにしました。
 実は『花田少年史 幽霊と秘密のトンネル』とどちらを観ようかと迷っていたのですが、『UDONN』の方が、早い時間帯にあったのでこちらを選びました。

 ひとことで、この映画は「本当にうどんが好きな人が作った映画だな」というのが実感です。少し前に讃岐うどんブームがあって、東京でもセルフで食べられるうどん屋さんに人気が集まっているというニュースを何度か耳にしたことがあります。事実東京のあちこちに讃岐うどんの看板を見かけることがあります。

 ストーリーに触れるのは、映画が始まったばかりなので、これを読んでしまうと映画に行くのがつまらなくなってはいけないので、少し気をつけてしゃべりますが、それでも調子に乗って触れてしまうかもしれないので、その時はご容赦を!

 主人公は、香助(ユースケサンタマリア)と恭子(小西真奈美)といういかにも軽薄そうなカップルです。夢やぶれた主人公が故郷に帰るところから、ストーリーが始まります。帰りにくい故郷には優しい姉(鈴木京香)と、頑固一徹、麺職人の父親が待っている。その父親とはうまくいっていないという当然のお約束があります。

 香助と恭子とUDONが一度に出会ってしまうという展開には、多少の無理を感じてしまうのですが、それは話を面白くするための伏線ということで目をつぶりましょう。でも、熊って四国にもいるんだっけ?記憶に間違いがなければ、絶滅したとか絶滅寸前というような気もするんだけど…。

 町には昔の仲間が待っていてくれて、歓迎会をしてくれる。そのうちの1人庄介(トータス松本)がタウン誌の仕事を世話してくれる。そこから彼らの祭りが始まる。
 
 『UDON』のブームが到来して、そして去っていくまでの前半部分と、「ここには夢はない。あるのは、うどんだけだ!」と捨てたはずの麺工場で頑張る父親との関係、うどんで結ばれている周囲の子どもたちや人々の関係が描かれていく後半部分になっている。
 
 話に聞けば、『UDON』の取材で得たいろんなエピソード(実話)を散りばめているらしい。登場人物のモデルも現存するということで、香川の人には特別な思いがあるかもしれない。

 結論から言えば、ハートフルな映画になっていることは間違いない。また、うどんを食べたくなるような映画になっています。この映画を見終わると、必ず街のうどん屋に直行してしまうかも…。こうして書いている本人も、蕎麦よりは、断固うどん党なのでうどんを食べるシーンは見るだけでうれしくなってきました。

 でも、おいしいうどんが食べたければ、香川に行かなくてはいけません。それができないなら、自分で粉から打つことをおすすめします。手打ちうどんは意外と簡単なのですよ。
 香川のことばを聞いていると「青春デンデケデケ」を思い出します。この映画の主人公も楽器を買うために夏休みアルバイトをして、そのお昼ご飯がうどんだったように記憶しています。

 映画を観てもう一つ気になったことがあります。プロの俳優さんにまじって、たくさんのエキストラの方が出演されています。そのギャップです。言葉一つ取り上げてみても、明らかな開きがあるのです。それは、訛りという問題だけでなく、俳優のしゃべりと一般のしゃべりはどこかずれがあるようです。

 ストーリーに集中しようと思うと、おばちゃん、おじさんの出演で現実にひきもどされてしまうのです。フィクションとリアリティーの世界を行きつ戻りつしてしまうのです。

 もう一つ、こだわりの面で言えば、アップの際、オーバーラップがやたら長く、残像が残っている撮り方はあまり意味がないのではないかと思いました。また、人物のアップの際に人物を画面中央に置くのは左右の空白が無駄に思えました。前の日にBSで『男はつらいよ』を観ていたので余計気になりました。寅さんの映画は構図を相当意識している撮り方をしていました。まあ、こんなことは写真に興味のある人間だけのこだわりかもしれません。

 最後に、映画の感想ですが、主役の二人に対して、脇役をきっちり固めてあって安心して観ることのできる映画です。特にラーメンズの片桐仁は、いい存在感をだしていました。この人はこの後も名脇役としていい位置を築いていくかもしれません。他にも、気の弱い人のいい役を演じさせたら、この人しかいない小日向良一さんも、義理の兄役で、いい味出していました。

 讃岐に行ってディープなうどん屋さんに行ってみたいですね。
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トイレを磨いて心を磨く?

2006-08-26 23:57:40 | 日記
山口で行われた教育基礎講座(山口県教組主催)に参加してきました。午前中は、全体講座ということで、中嶋博先生(早稲田大学名誉教授)「真の学力とは?フィンランド教育に学ぶ」の話に刺激を受けてきました。

 フィンランドは国際的にも子どもたちの学力が充実していることで知られています。その成功の一因になったのが、日本の6・3制と教育基本法だそうです。その制度を参考にしながら、努力した結果だと説明されました。「高い山は、裾野が広くないと成立しない。子どもたち一人ひとりに確かな基礎学力を保障して、その中から初めて優秀な人材も育っていくのだ」と説明されていました。

 夏休みも長く、6月に入ってすぐから8月15日くらいまで休みだそうです。子どもたちは夏休みには夏休みらしい学び(家庭を中心とした)をするそうです。

 教職員の待遇も日本とは比べものにならないほど、充実していてフィンランドでは教員は憧れの職業の一つだそうです。教員たちは、自由で長い夏休みを利用して、海外研修や豊かな研修を積むそうです。

 日本のように教育を自由化の波に渡してしまい、お金がないと教育もできないという、教育の機会均等の原則もへったくれもない国とは、比べものにならないようです。

 日本では、確かな基礎学力が問題にされずに、国を愛する心や個人や自己を否定した奉仕の心を中心にした教育に変えられようとしています。そのことの中心が教育基本法の改正(改悪)です。安倍官房長官は、自民党総裁に立候補する決意表明として「憲法改正、教育基本法改正」を高らかに宣言しています。

 午後からは分散講座として大阪で障害児学級を30年続けて担当してこられた大島先生の実践を聞きました。高機能自閉症の女の子の苦しみや困難に寄り添いながら、その子の障害理解や、自己認識を育てながら、さらには兄弟や家庭の問題も考えていくような優れた話でした。経験や事実に基づく話は、共感がもてるものです。

 「今日はなかなかいい夏休みの研修だった」と満足感で家に帰って、何気なくテレビを見ていると「あれれ…」と身を前に乗り出すようなローカルニュースをやっていました。「夏休みの先生たちの研修…資質向上講座『掃除道に学ぶ』トイレ掃除実践」だそうです。小学校を借りて、先生たちが素手にスポンジを持ってトイレを一所懸命磨いているのです。マイクを向けられた先生たちは「人のいやがることでも何事も一所懸命やることが大切です。」「いつも子どもたちにやりなさいというだけだけど、やってみると大変なことだということがわかりました」などと言っています。

 すぐにインターネットのこの主催団体のホームページを見てみました。チラシがありました。「~掃除で学校が変わる~昨年1月の会に参加された方の学校での実践も行われ、子供たちの心の教育の推進に向けた取組が教育現場にも広がりつつあります。トイレを磨いて心を磨く。実践の前後であなたの中で何かが変わります」とありました。

 「トイレを磨いて心を磨く」よく言ったものです。ここで向上をねらった教員の資質というのはどんなものなのでしょうか?

 これを押しつけられる子どもたちはそんな気持ちなのでしょうか?空恐ろしい思いがしました。



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『憲法9条を世界遺産に』

2006-08-26 00:07:29 | 本の紹介
 先日、本屋で『憲法九条を世界遺産に』という奇妙な本を目にしました。作者は爆笑問題の大田光と中沢新一です。「何!憲法を世界遺産に葬り去ろうとしているのか!」という目でパラパラと見ると、そうではなく憲法改正へ向かおうとする潮流に対してアンチテーゼを投げかけるという趣旨の本でした。いかにも大田光らしい言い回しで語っているのでわかりにくいところもありますが、なかなか面白そうな本でした。買ってすぐに読み始めましたが、ひとつひとつのフレーズが面白いので、ポストイットを貼りながら読み進めました。



 どうして議論するのかというところでは、大田氏は『今九条がかいせいされるという流れになりつつある中で、10年先20年先の日本人が「何であの時点で憲法をかえちゃったのか、あの時の日本人は何をしていたのか」…そうならないための自分とこの世界に対する使命感のようなものがすごくある』と述べています。

 宮沢賢治についての論究もかなりつっこんであって、『あれほど動物や自然を愛し、命の大切さを語っていた賢治が、なぜ田中智学や石原莞爾のような日蓮主義者たちの思想に傾倒していったのかがわからない。…賢治の作品を信頼するけど、戦争は否定したい。そこが相容れない』と述べたあとで、『彼の作品の中には、正義や愛があふれているけれど、正義こそが結果として人を殺す思想にもつながっていく。そこを深く見つめ直さないと、もう一度同じことが起こる』として、宮沢賢治こそ。憲法9条の問題を考えるキーパーソンだとします。



 社会はディスコミュニケーションでできているが、賢治は他人の苦しみが自分の苦しみと同じであるような状態をつくりたいと思っていて、そんな時に宗教的思想にのめりこんだのだとします。人々が一つの理想郷に向かって邁進していく姿は大変危険な状況だと思います。最近で言えば『郵政民営化』路線が示している通りです。

 大田氏は『大田光の私が総理大臣になったら…』の番組でマニフェストとして『憲法九条を世界遺産に』というテーマを出したそうです。でもバラエティーだからということで『自衛隊の駐屯地を田んぼにする』に変えられたそうです。




 今の日本の憲法は『世界の憲法の珍品』だとします。『戦争していた日本とアメリカが戦争が終わったとたん、日米合作で無垢な理想憲法を作った。時代の流れからして日本もアメリカも無垢な思想に向かい合えたのはあの瞬間しかなかった。すぐにアメリカは朝鮮戦争で振り出しにもどっている』とします。

 『戦前世代の人間は、あの憲法はアメリカが作ったから違和感があると言う。でもぼくは生まれた時から41年間、あの憲法の中で生きてきたわけです。それを簡単に変えるな。僕の生きてきた歴史でもある』と述べていきます。これは、実に「我が意を得たり!」という心境です。

 『日本国憲法は、ドリームタイムなんです。…オーストラリアのアボリジニが、自分たちの根源の場所として確保している場所のこと』として、抱き続けていかなければいけないとも記しています。

 更に戦争を発動させないために文化(お笑い)があると続けていきます。
 小泉首相が、中国や韓国に靖国問題の説明をするときに「不戦の誓い」という言葉を繰り返すことに対しても『あのことばは、僕とかみさんがけんかしたときに。「ごめんなさい、もうしません」っていうのと同じくらい軽い。』と切り捨てます。

 そうして、「不戦」と「非戦」を対比します。『不戦という言葉を、もう一歩深めてみると、その本質は自分はやろうと思えばいくらでも戦えますよ。あんたなんかのしちゃいますよ。でも今はやらないよと言ってるののと同じような不穏なポーズが隠されています。』『普通の国の憲法では不戦しか言わないでしょう。我々は軍隊をもつ自衛権も持つ。一朝事あれば他国に攻め込むこともある。でも、それは平和時にはやりません。これが普通の国の憲法です。現実的な思考をすれば国家にとっては不戦しかあり得ない。…ところが、日本国憲法はそうじゃない。非戦だと言っている』これは、本質をついている論法だと思います。



 そして、最後に結論として、『憲法を世界遺産』にして、自分たちの立ち返る場所、反省したり、迷ったり、疑ったりするために世界に宣言して残しておかなければならないとします。

 非常に、ユニークな発想から述べられている本です。通り一遍なものではないと思います。でも、このようないろんな角度から憲法について述べていくことはとても大切だと思います。

 そんな高価な本でもないし、厚くもないのですぐに読める本です。ぜひ読んでみることをおすすめします。
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門司港レトロ

2006-08-24 23:00:47 | 写真日記
 北九州市門司港に何度か行っていますが、修学旅行の下見だったり、そのまま旅行だったりと…いいとこだなと思いながら自分の頭と足で歩いたことがありませんでした。九州国立博物館の帰りに途中下車(車だから何と言う?)してみました。

 

 ありきたりの所をブラブラしながら、「こんな写真を撮りたいわけではない!」と路地をめざし始めました。商店街もこれといった建物も見つかりません。山口銀行の建物も古くていいのですが、「いかにも…」という感じで紹介するほどではありません。でも見つけました。「これは何だ?」という建物です。残念ながら「しばらく休業します」の張り紙が貼られていて、中を覗くことはできませんでした。それにしても『平民食堂』とはよく言ったものです。平民以外は華族や皇族なのでしょうか?「いつの時代だ!」とつっこみたくなるような名前です。
 それと対照的なのは、『三井倶楽部』の建物でしょうか?いかにも高級感が漂ってくるような建物です。これは中に入れるのですが、食事タイムではなかったので入りませんでした。(お金がないと決言わない…)

 

 歩いていたら、背中にギターを背負った自転車おじさんとすれ違いました。ひげをはやしていてキャップをかぶって…「最近こういう人がおおいよな。昔少し音楽やっていて、また復活したってやつか…」とさして興味ももたずにやりすごしていました。門司港駅をめざして歩いていたら、下ろしたシャッターの前でおじさんギター弾いて歌ってます。見るとピックアップつきの新品のギブソンです。
 ちょっと立ち止まって聞いてしまいました。日本語のブルースを歌っているのですが、ギターの音も声も小さかったのですが、何か味のある捨てがたいものがありました。
 少し話もしたかったのですが、歌を中断させるわけにもいかず、写真をパチリしてからその場を立ち去りました。

 

 門司港駅は外から見ると何ともいい感じです。レトロ門司港の象徴のような存在です。中に入るとびっくりです。切符売り場から払い戻し場、食堂まで全部レトロ調を再現しているのです。おまけに駅員さんまで古い衣装で登場です。どこか優しく見えるのが不思議です。古いですが「ディスカバー・ジャパン!」という感じですね。どこからか「ふるさとへ向かう最終に乗れる人は急ぎなさいと優しい声の駅長が声だかに叫ぶ…」という中島みゆきの『ホームにて』が聞こえそうな雰囲気です。

 

 

 港へ向かいました。対岸の下関まで船が出ています。少しずつ夕焼けがせまっているので逆光で露出をアンダー気味に設定して、夕焼け写真を撮ることにしました。対岸の下関のマリンタワーと、手前の灯台をシルエットで出してみました。味のある写真になったのではないでしょうか?

   

 でもこの街にはカップルと青空が似合います。何組ものカップルとすれ違いながら「青春だね!」と小さい声でつぶやきながら歩いている変なおじさんです。

 

 華やかな場所から一歩離れると古い倉庫街があります。この雰囲気が好きなのです。古い港町の感じですね。倉庫の間から、チンピラが出てきて何か始まりそうな予感がします。
 昔は下関の唐戸市場周辺もこんな雰囲気あって、すごい好きだったのですが、今はカモンワーフや水族館ができておもかげはほとんどなくてさみしい気がします。

       


  


 

 

  


 



 



 

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太宰府天満宮写真日記

2006-08-23 23:10:30 | 日記
 九州国立博物館まで、足を伸ばしたのだからついでに太宰府天満宮に行くことにしました。神社というものがどうも相性が良くなくてほとんど行ったことがありあません。お寺さんにはよく行くのですが、太宰府は、修学旅行の付き添いで25年くらい前に一度行って以来です。しかも、その時保護者と一緒でバスの出発時間になっても何人かの保護者が帰って来なかったことを覚えています。



 駐車場を降りて、一歩歩き始めるとそこは、昔ながらの門前町でした。京都の清水坂をもっとさびれた雰囲気にするとこんな感じかもしれません。大鳥居をくぐるといよいよ土産物屋さんがドーンと店を構えてきます。

  

 参道は、「梅ヶ枝餅」が名物だそうで、どの店もこれを売り物にして声をからげて販売に取り組んでいました。もち米で作った生地の中に粒あんを入れて焼き上げたものらしいのですが、この日の気温はドーンと上がっていたので、あまり売れ行きは芳しくなかったようです。

  

 昔と違ってアジアのカラーを前面に出した無国籍の店が何軒かありました。さすが九州!という感じでした。九州国立博物館に行った後だけに、アジアの香りがすっと入ってくるのが、妙な感じです。ここらへんが商売のミソなのかもしれません。

  

 しばらく行くと心字池にかかる太鼓橋が見えてきます。池には三つの橋がかかっているそうで、過去・現在・未来を表しているそうです。そこからは、巨木が生い茂って歴史を感じさせるものでした。建物よりもそっちに気持ちが行ってしまいました。

 

 楼門の先に本殿があります。空を見上げると真っ青な空が見えました。逆光で写真を撮ってみました。楼門の迫力も少しだけ出たかも?
 
 この日は、カメラを提げて歩いていたせいかいろんな人から「写真を撮ってもらっていいですか?」とカメラを渡されました。デジカメもあるし、コンパクトカメラもあるしなかなか難しいものです。一眼レフだとすぐにわかるのですが、コンパクトカメラは逆にわからないのです。でもごついカメラを提げていると信用されるのか、何度も声をかけられました。ついでに自分のカメラでもパチリと撮ってみました。

 

 民具の店にも何度か立ち寄ってみました。ウソという鳥をかたどった木彫りの民芸品は少しひかれましたが、店のおばさんにじろじろ見られて写真はうまく撮れませんでした。店頭にあるありきたりのおもちゃですが、やっぱり味がありますね。

  

 他にもブタが5円玉をかかえている小さな人形を売っていましたが、これは何の意味があるの?と思いましたが、取りあえずパチリ。猫の人形はよく見る絵柄ですが、魚を持っているところが可愛いかも?とやっぱりパチリ。この間何も買っていません。これではにらまれても仕方ないですね。

 太宰府の公衆トイレはどこも善男、善女と書いてありました。「善男でないとオシッコしたらいけんのか!それなら俺は無理だ!」というくだらないつっこみを入れながら写真をパチリ!


 

 



  
 


 



 
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九州国立博物館

2006-08-22 23:44:26 | 写真日記
 九州国立博物館に行ってきました。ずっと行きたくて仕方なかったのですが、なかなか予定がうまく設定できなくて、やっと行くことができました。
 
 太宰府の近くということは知っていたのですが、どこにあるのかわからないのでナビで取りあえず太宰府をめざしました。(ナビが古いので新しい施設は載っていません)

 駐車場がいっぱいだといけないので少しゆとりをもって出かけました。10時少し過ぎに博物館の駐車場に着きました。早く着いたのが幸いで駐車場はガラガラでした。

 駐車場を降りるとこれでもかというくらいの熱気が襲ってきました。照り返しの熱はやっぱりきついですね。少し歩いて入り口に到着です。そこには噂には聞いていたけど見事な建物がそびえ立っていました。



 特別な展覧会をやっているのではないことは、事前のインターネットで調べていたのですが、せっかく来たんだからと『南の貝のものがたり』という特別展も見ることにしました。珍しい貝でも飾ってあるのか…という思いで入りましたがこれが大きな勘違いでした。



 古代の装飾遺品としての貝殻を克明に追っていく展覧会でした。南の島でないとれない貝が、九州地方を中心に飾りとして扱われるのはロマンを感じました。相当高価なものだったのに、それを一手に引き受けるだけの流通の組織と引き取るだけの財力をもった人間が存在してことに驚きがかくせませんでした。

 レシーバーを500円で借りてずっと解説を聞きながら歩きました。あんまりこんなことはしないタイプなのですが、今回だけは主催者の意図に沿ってあるくことにしました。

 実は社会科の教員免許を持っていて、日本史にはそうとう詳しいつもりでいたのですが、いろんな新しい発見ができて大変勉強になりました。貝符、貝輪、などの材料になったのが、イモガイ、スイジガイというような種類だったことも初めて知りました。スイジガイというのは6本の角が生えています。スイジとは「水字」の意味で、水という漢字に似ているから『水の字(スイジ)貝』というそうです。古代は魔除けとして家の入り口にかけておいたそうです。

 写真が禁止だったので、画像はインターネットのページを参照してください。

 古墳の装飾品にまつわるシャーマン的な発想も興味深く見ていきましたが、奈良時代以降の螺鈿(らでん)の技術に驚きました。あわびやアコヤガイを薄くはがして貼っていく作業です。漆工芸とともに発展してきたものだそうです。今まで工芸作品については、名前と文化的特徴の記憶しかなかったのですが、今回の展示から考えがさらに深まったように思います。

 奥州平泉にある中尊寺の金色堂(12世紀)の柱は壁に施された螺鈿は金箔をさらに優雅にしたものだと定評があるそうです。南の島にしかない貝殻をどうやって平泉まで運んだのか、考えたらワクワクしてきます。商業としての職業が成立する以前の話だけに、誰がどんな集団が運んだのか、不思議です。マルコポーロの『ジパング(金の島)』はこの螺鈿の技術が優れていたからだという説もあるそうです。

 もう一つ、『海の道、アジアの路』という展示は、とんでもない広さと展示物の数でさっと見る気だったのに1時間近くかかってしまいました。時代ごとに五つのエリアに分かれていて、一つ一つのブースがとても興味深いものになっていました。古代の銅矛や鏡などあまりにたくさん置いてあるので、しまいには珍しいものではないかと思えるほどでした。それほど、古代九州は日本の中心だったのだと思いました。

 もう頭の中は満腹だ…と思っているところに最後に「シアター4000」というスーパーハイビジョンのシアターがありました。ハイビジョンの走査線が普通1000本くらいなのにここでは4000本の走査線のシアターを映しているのです。その映像は見事でした。すでに見てきた蒔絵螺鈿の祭壇が見事に映し出されました。実際はこんなにきれいには見ることができないのに、その芸術性は実感として感じることができました。

 1階には『あじっぱ』というコーナーがあり、裸足で中に入るようになっています。広場には、日本の歴史の中で交流のあったアジア諸国やヨーロッパ諸国の生活文化を体験できる資料やアイテムが沢山用意されています。マーケットのように感じるのは、さまざまな国の日用品や生活雑貨、衣装、遊具などを実際に手にとって試すことができるようになっているからかもしれません。その国は、中国・韓国・タイ・インドネシア・オランダ・ポルトガル・日本です。

 楽器に直に触れるし、大変興味深いものがありました。これは九州ならではの取り組みだと思いました。



 

 

  

 










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CoCo壱番屋でカレー

2006-08-21 21:43:01 | 日記
 今日は久しぶりの登校日でした。登校日は給食なしの午前中設定になっています。しかも通学バスもありません。そのため、各クラスで登校日を設定していいことになっています。我がクラスは、5日くらいの設定にしました。今日はその最終日です。午前中ということもあり、わざわざ子どもを送ってきて、すぐに迎えに行くということに抵抗があるようで、参加者は6名中3名でした。体調の悪い子も1名いたのですが…。お母さん方もいろいろ忙しいので無理もないと思いますが…。
 
 そこで、クラスで少しだけ工夫しています。学校には内緒で昼ご飯を食べにいく企画をしています。(知っている人は知っているようですけど、見て見ぬふり?)歌遊びの朝の会や、パズル遊びをした後で、昼ご飯を食べに行くことにしました。

 外食はカレーしか食べることのできないレオくんがいるので、カレーにしました。いろんなカレーがあるのですが、大きな具材が入っているとのどにつまってしまうので、具がほとんど見えない(悪い意味ではありません)CoCo壱番屋のカレーがいいのです。

 私の車にレオくんとコロくん、香川先生が乗って、もう1台の車にタラちゃんとママが乗りました。タラちゃんは学校では経管栄養になっています。お家では経口摂取をしているので、お母さんにつきあってもらいました。

 CoCo壱番屋に行くと、どうしてか同じメニューを頼んでしまいます。レオくんはハーフポークカレーに半熟玉子のトッピング、コロくんは、同じくかにクリームころっけ乗せ、香川先生はビーフカレーにサラダ、そして自分はトンカツカレーの4辛です。ほとんどいつも同じメニューです。たくさんあるのでいろいろ変えてみるのも手かな?と思うのですが、口から出てくるのはやっぱり同じものです。

 この食べ物のこだわりはなかなか消えません。新しいお店をつぎつぎに開拓してい冒険家もいますがなかなかできないタイプなのです。

 ところで子どもたちは喜んで大変よく食べてくれました。後で気づいたのですが、子どもたちのカレーは注文するときに甘口というのを忘れていました。普通の辛さ(この店はちょっと辛め)だったのですが、レオくんは平気な顔でどんどん食べました。このくらいの方が良かったみたい!コロくんは、ちょっと途中で止まっていましたが…。
 
 タラちゃんは、経管栄養(胃ろう)が必要とはまったく思えないくらいどんどん食べていました。食べるという行為は人間にとってかけがえのない文化です。意欲の源となります。健康と意欲このバランスはなかなか難しいですね。



 
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