とりあえず一所懸命

鉄道の旅や季節の花、古い街並みなどを紹介するブログに変更しました。今までの映画や障害児教育にも触れられたらと思います。

日米親善デイ(5月5日)2

2012-09-15 22:12:24 | 週末は山にでも

続きです。

本当にたくさんの人が基地に入っています。

簡易トイレが設置されていますが、どこもすごい行列です。

 

  

みんなお気に入りの飛行機の前で記念写真を撮っています。

ヘリコプターのプロペラの上では何を勘違いしたのか、自衛隊の隊員が「○○戦隊」のようなポーズを盛んに取っています。

 

最新のジェット機を見つけました。

羽根の下にはミサイルが着いています。

追尾装置がついているミサイルなのかな?と思いました。

 

 

 

どこも人…人…人です。

家族写真だけではなく、米軍の兵士と一緒に記念写真に収まる人たちもたくさんいます。

特に若い女性たちはキャーキャーいいながら写真を撮っています。

「トップガンに出てくるトム・クルーズじゃないんだから!ホントの兵士なんだから!」と突っ込みたくなります。

 

 

 

倉庫のような所も公開していました。

中を覗くとたくさんの飛行機とミサイルがありました。

 

子どもたちには、巨大なクッションの遊具がたくさん用意されています。

いかにもアメリカという遊具でこれはこれで面白かったです。

  

  

それにしてもたくさんの子どもたちを見ました。

この子どもたちは基地にある飛行機を見てただ「かっこいい!」と思うのだと思います。

そういう意味ではまさに日米軍の民間人への親善のための一日なんだろうと思います。

  

疲れ果てて出口に向かうところで立ち入り禁止区域に立っていた米兵を見かけました。

カメラを向けると怒られるかな?と思いましたが、ことのほか好意的で笑顔でポーズまで取ってくれました。

 

帰り際にブルーインパルスの曲芸飛行が始まりました。

 

 

 

帰ってからのニュースによると史上最大の入場者だったようです。

今年で最後ということらしいですが、私自身ももういいかな…と思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「7・29脱原発 国会大包囲」行動に参加してきました。2

2012-07-31 00:12:47 | 週末は山にでも

いよいよデモがスタートしていく時間になってもなかなかスタートできません。

交通規制もあるので途中で切られます。人…人…人の波です。なかなか全員がスタートできるような状況ではありません。

 

その場でシュピレヒコールを連呼します。

ここでは、太鼓のリズムに合わせて「原発いらない!」「暮らしを守れ!」など短いことばを連呼していきます。

 

言ってる言葉は短いし、メッセージ性もあるので、誰がリーダーでもすぐに始めることができます。

これは新しい動きとして取り入れていくべきだと思いました。

 

参加している人たちは実に多様でいろんな年齢、いろんな服装などが見られます。

外国の方で、モデルさんかと思われるような方もいました。

 

やっとデモがスタートして調子があがってきたかな?と思っていると右翼の挑発が見られます。

右翼も街宣車で乗り入れるのではなく、手作り口汚くののしって挑発してきます。

 

東電前ではすでに陣取っている人たちが、「福島を返せ!」と抗議しています。

いろんな人たちが集まって運動を作っているので統一性がないのも今回の特徴です。

 

 

若者が目立つ今回の行動ですが、お年を召した方もたくさん行動されています。

この日は大変暑かったのでとても心配でしたが、頭が下がる思いです。

 

 

  

 

 

 

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東日本大震災ボランティアに参加してきました その4

2011-05-07 10:13:36 | 週末は山にでも

少し片付いてから、おばあちゃんと話をしている滋賀の先生の横で、

話を聞かせてもらいました。

おばあちゃんは、10月に公団のアパートが当たって、2階に住んでいたそうです。

津波があったその日は、たまたま腰に電気を当てるために病院に行っていて助かったそうです。

「そのアパートも3階まで水に浸かったので、自分の持ち物はここにある段ボールだけ」と話されていました。

病院に行っていないと命はなかったかもしれない。でも、もうあのアパートには住めない。

そんな話を淡々とされながらもどっしり生きているおばあちゃんの場所から離れることができませんでした。

 

いくつもの悲しいエピソードを聞くことができました。

もう一人気になる男の子がいました。4歳の元気のいい男の子です。

「おはよう!」と声をかけると「おはよう!」と声をかえしてくれます。

 

ブースの中で絵を描き始めたので、「見せてもらってもいい?」と訊ねると

「いいよ」と言うのでブースに入らせてもらって見せてもらいました。

描いてあるのは全部ヒーローものらしく、怪獣と闘っているんだと本人は言っていました。

 

描かれている絵の間に線が入って戦いを示していました。

全部のページを見せてもらったのですが、どのページを見ても、人間が出てきません。

お母さんもお父さんももちろん自分も出てきません。

またお店や遊園地に行った話も出てきません。少し気になりました。

 

「おじちゃんも描いてもいいよ」と言うので

アンパンマンとドラえもんとウルトラマンを描いて、ライオンやパンダなどの動物も描いてあげました。

うれしそうにしていました。

 

お母さんとも少し話をしました。

あの日、車で保育園に迎えに行って高台まで避難したそうです。

その日、その子の仲のいい友だちの家族も迎えに来ていて、でもその家族は貴重品を取りに帰ると言ったそうです。

「せめてその子だけでも置いて行きなさい。預かるから」と言ったのですが、

子どもがお母ちゃんと一緒に行くと行ったそうです。

結局その後からその子の家族とは連絡がつかないままだそうです。

「自分たちは全財産をなくしたけど、命は助かった」と言われていました。

紙一重で人生が左右されるエピソードがたくさんある現実を目の当たりにしました。

特別支援学校の先生からは別の悲しい話を聞きました。

ベッドで過ごさなければいけない医療的ケアーの必要なお子さんのベッドまでだんだん水が浸水してきて、

お母さんは子どもさんを抱っこして持ち上げてあげていたそうです。

でもそれでも

水かさは増すばかりで顔だけ水面から出すように懸命にこらえていたそうですが、

とうとう力つきて子どもさんが手から離れたそうです。

弟さんとお母さんは助かったけど、その子は亡くなられたそうです。

 

もう一つのエピソードは、

車いすの子を乗せて車で避難している時に津波に襲われて、

自力で脱出できる人は脱出したけど、車いすの子は車ごと流されていった。

家族は黙ってみることしかできなかったそうです。

段ボールでの避難生活はテレビで見るのと全く現実は違います。

これが生存権で保障された生活とはとっても思えません。

引っ越しが終わった時に、ほとんどの人が横にゴロンとなっています。

気力そのものがないようなしました。他にやることなんかありません。

生命だけを維持するだけで人間の生活と言えるのか、ひどくいらだちを覚えました。

引っ越し作業を終えた私たちの任務は終了です。

昼食を済ませてから後ろ髪を引かれながら次の場所に移動です。

 

下の画像は段ボールの食事用テーブルです。

各ブースに一つずつ配られるそうです。

もう1枚は次の日の朝食用の食料です。

 

 

 

山下中学校も津波にやられて、1階の校舎は水につかったようです。

体育倉庫には津波で汚れた柔道着が重ねて置いてありました。

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2月の長崎 街の散策

2011-02-09 23:28:37 | 週末は山にでも

次の日は、昨日の酒がほとんど残っていなくてさわやかな朝を迎えられました。

最後の誘いを断ったのが正解だったようです。

朝食を済ませて、またいつものように散策に出かけました。

2日目の日程が9時半からなので2時間ちょっとの散策です。

荷物をホテルに預けて、取りあえず徒歩で眼鏡橋方面に向かいました。

坂を下りて、坂を登ってやっとたどりつきました。

 

 

眼鏡橋付近もランタン祭でにぎわうようです。

しっとりした情緒より、異国情緒の方が強い感じですが、それはそれで旅人らしくいい感じです。

橋を渡って、古い街並みを求めて歩きました。

ガイドブックを昨日Nさんに貸したままだったので、どこをどう歩いているのか適当そのものです。

早朝なので、店も閉まっていてこれもいつものパターンです。

歩いていると映画『解夏』のエンディングのロケ地に使われた坂道という紹介の看板を見つけました。

そう見るとなかなか味のある坂道に見えてくるから不思議です。

 

ちょっと迷ったのですが、今回は崇福寺に行くことにしました。

 

お寺と言っても中国風な建物です。

崇福寺は国宝や重文の建物が多いことでもしられています。

 

早朝のせいか、観光客もほとんどいなくて静かに見てまわることができました。

 

 

お寺を出ようとしたら、山門までバスが乗り上げていました。

団体さんが大勢バスから降りてきます。

この人たちと行動していたら、撮影もままならなかったと思いました。

荷物を預けたホテルを目指さなければいけない時間になってきました。

それでも、通りがかりに目についたものを撮影して歩きました。

  

 

 

何とか、ホテルにたどり着き荷物をもって集会が行われている会場に向かいました。

会場に着いたのは9時20分でした。

何とかセーフです。

 

 

 

 

 

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石鎚山(1982m)に登りました

2010-11-04 00:12:06 | 週末は山にでも
足を痛めてから高い山は敬遠していて、近隣の低い山ばかりを散策していました。
ブログにも掲載しようと思いながら、後回しにしていたので、久しぶりの山登りの記事です。

昨年も11月3日に九州の久住山に登っています。
今年も11月3日になりました。
今回は四国の霊峰石鎚山です。
この山は近畿以西の最高峰ということになっています。

家庭の事情から泊まってゆっくり登山ということにはならないので、
日帰りという強行スケジュールを計画しました。

朝5時前に車で出発して、安上がりのアプローチということでフェリーには乗らずに
しまなみ海道を経由していくことにしました。
これが思っていたより時間がかかりました。
こんなことならフェリーの方が良かったかも…という後悔をしながら…

でも、天気が良かったので、しまなみ海道の橋がとてもきれいでした。
この橋のフォルムがなぜか好きなんです。
ずっと眺めていたいくらいです。

しまなみ海道から、一般道を経由して松山自動車道に乗り、松山で降りました。
そこから面河渓谷を経て、石鎚スカイラインを通って、土小屋に向かいます。

土小屋に着いたのが10時過ぎていて、駐車場はすでにどこも満車でした。
紅葉がピークだし、登山者だけではないようです。

やっと駐めるスペースを見つけて、登山の準備を始めて登山口に着いたのは10時半でした。

 

しばらく歩いていくと山頂まで4.6Kmの標識が出てきました。
傾斜もきついところもあるので、目標時間を2時間に設定しました。

しばらくはゆるやかな登りが続きます。
スタートして30分が一番きついので、このくらいの登りが続くと楽です。

 

そう思っていたのは、すぐに終わりました。
この日は、朝からとても天気が良かったみたいで、放射冷却が一段と進んでいたようです。
登山道には霜柱があったらしく溶けてぐちょぐちょになっていました。
おまけに北側斜面はまだ凍ったままで、岩や木の橋は大変滑りやすい状態です。

 

この滑りやすい状態は、大変です。
緊張感の連続で登っていきました。
この時間にはすでに下山される人も多くて、離合ができないのでなかなかきびしいものがあります。



正面に瓶ヶ森が見えるのですが、ゆっくり眺めている余裕もありません。
後ろからも登山者は次々に来るし、下山者もいる。
橋が渡れなくて立ち往生をしている初心者もいるという状況がずっと続きます。

何とか鎖場までたどり着きました。
鎖場も混雑しているし、今回は膝の調子を見たいということもあり、迂回路を取ることにしました。
きっと鎖も冷たいだろうなという思いもありました。

迂回路は、霧氷がみごとな景色を作っていました。
…ということは影ということで、木の階段も石も見事につるつるです。
四つ這いになって登る人もいました。
でも、この姿勢は大変危険だということを知っていないのです。
見事に大渋滞だし、けが人が出なければいいが…
と思うくらい年配の登山者が多いのです。
転んだら絶対骨折するだろうな…と心配をしながら、
渋滞する場所で撮影もおこたりません。

 

 

取りあえず、最初の山頂の弥山(1974m)に着きました。
2時間を少し切るくらいで渋滞していた割にはまあまあのペースで登ってくることができました。

山頂付近は、これでもかというくらいの大渋滞でした。
「足の踏み場もない」までは行きませんが、「お尻の置き所がない」状態でした。

 

山頂を目指すと言うことで、天狗岳(1982m)に向かいました。
ここは大変やせ尾根です。
こちらもたくさんの人が移動するのでなかなか大変です。

 

弥山に戻ってからいつもの昼食です。
ガスのバーナーででうどんを作ります。
すぐ隣の人はカップヌードルを食べていました。
ほとんどの人はおむすびみたいでしたが、この日のおむすびは冷たかったと思います。

弥山の山頂には神社があり、修験者の山という雰囲気が伝わってきます。



いつもの証拠写真を撮影して、下山の準備に入りました。

 

下山がまた大変です。
登り以上に滑ります。
みんな必死の形相です。
追い越せるところは何とか追い越して、下っていきました。
気をつけていたのですが、一度だけ尻餅をついてしまいました。

南斜面に行くと、気持ちのいい下りになります。



行き帰りの緊張からか、下りはいつも以上に疲れました。
駐車場に着いてから、近くの紅葉を撮影しました。

 

 








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二位寺山(245m)岩国市

2010-02-13 22:48:12 | 週末は山にでも
先週痛めた足の具合がよくありません。
左膝の裏と大腿部にかけて痛みが取れません。
おそらく肉離れだと思います。
以前も同じ症状で病院に行ったら肉離れと診断されて、テーピングで固定されたことを覚えています。
あのテーピングで足がかぶれて水ぶくれになったことを覚えているので、
病院には行きません。
前回も結局自然治癒したので、今回もそれをねらっています。

とはいえ、何もしないというのもつまらないので
夜の散歩は続けるし、週末の山登りも可能な範囲で行こうと思っています。

今回は痛みがあるということで、下り道の長い山は敬遠しようと思いました。
「山口県の山」中島篤巳著を参考にして、もっとも近くて楽そうな山にしました。

家からも近いということで10時半近くになって出発しました。
中山ダムを過ぎて、山陽自動車道の近くに車を駐めました。



標識を曲がるとすぐに山道に取りかかります。
本によると、一本道で間違えることはないと書いてありましたが、とんでもありません。
すぐに道が二つに分かれています。
山道だとビニールロープが木にくくりつけてあることが多いのですが、何にもありません。
正面は藪で覆われていて、左は道があるので当然のように左に行きました。
これが後にとんでもない事態を招きます。

椎茸の栽培をしているのを横に見ながら進んで行くと谷で行き止まりです。
どっちにも行けません。
太ももと膝に巻いてあるサポーターを締め直していると、
私よりももう少し年上の女性が一人登ってきました。
この女性も道は詳しくないようでした。
同じ本のコピーを持っていました。

元に戻ることも考えましたが、低い山だし、尾根もすぐに見えていたので
急斜面を登ることにしました。
足を痛めているのでこんなことはすべきではなかったのかもしれません。
左足のふくらはぎに張りを感じながら登っていきました。

尾根にたどりついても道らしい感じはしません。
とにかく尾根伝いにたどりながら進んで行きます。
さっきの女性の持っていたクマよけの鈴は聞こえてきません。
どうやら、下山したのか、それとも元来た道に戻っているのかもしれません。

しばらく行くとやっと登山道に出ることができました。
どうやら、最初の藪道を行くのが正解だったようです。

しばらく行くと、広い道に出て来ました。
ここでまた、左右どちらに行くか迷います。
左に行けば登り道、右に行けば下り道です。
本を見ながらコンパスを出していると
先ほどの女性が上がってきました。
元来た道に戻って上がってきたようです。

犬を連れたサンダル姿のおじさんに出会ったので道を尋ねました。
登り道に行くと先代の住職の墓地に行くそうです。

そこからしばらく行くと車道に出会います。
車道をしばらく登って行くと山頂に着きました。
山頂には二位寺本堂が建っています。



このお寺は大変古いお寺で、本堂の中には重文級の像もあるそうです。

  


ベンチに座り、いつものうどんとおにぎりで昼食を取りました。



帰りは、石段を下りて、中山ダムの方向へ下りていきました。



こちらの道の方がはるかに整備されていて、こちらの道から登るほうが楽しめます。
ガイドブックは書き換えるべきだと思います。
実はこの間から、何度もこの本にはひどい目にあわされています。
本に書いてあるルートよりいいルートがあることが多いのです。
でも、やっぱりこの本を参考にしてしまうのです。
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源明山(624.7m)~嘉納山(685m)~嵩山(618.5m)

2010-02-07 22:01:09 | 週末は山にでも
前回登った源明山を起点に周防大島の山を縦走することにしました。
おそらく、往復では10kmをゆうに超えると思います。
自分の現在の力を知りたくて往復の縦走に挑戦してみました。
縦走とは名ばかりで、ほとんどが独立峰に近いので結局5つの山に登ることになります。

前回はかなり手前に車を駐めたので、今回は農道の行き止まりまで車を入れました。
前回もう登っていたので記憶に新しい道を登ってきました。

源明山まではあっという間に到着です。
ここから見る風景はいいものです。
この日は天気も良かったので、前回よりも遠くが見渡せました。

 



遠くに今回の最終目標地(折り返し地点)の嵩山が見えます。

源明山を下りていくといきなりの急な道になりました。
手すりと階段がついていて整備されている様子がうかがわれます。
でも、帰りはこの道を上がってくるのだから大変です。

しばらく行くと嘉納山の標識が出て来ます。

 

源明山と嘉納山の縦走路は予想通りのアップダウンのきつい道が連続します。
しかも、至る所に倒木が道をふさぎます。

  

木陰の道は、霜柱がまだあって、ザックザックといい音を響かせてくれます。

 

それでも、なんとか嘉納山に着きました。
文殊山~嘉納山の縦走の時はここが昼食場所でした。
今回はここは素通りです。

次は嵩山をめざします。
嘉納山から見る嵩山は裾野まで見えていますから、
かなり下まで下りて登ることが予想されます。 



しばらく歩いていると、面白い石に出会いました。
集塊岩というそうです。
でも、現在の分類では集塊岩という分類は使われなくなっているようです。

 

嘉納山~嵩山ルートは非常に長くアップダウンのきつい道だけに
なかなかきつい思いもしました。
とは言え、何とかたどりつきました。
嵩山の景色は、海を見るのであれば山口県一だと思います。
見事な大パノラマが広がります。
また、ここはハングライダーの出発基地としても知られています。

 

 

遠く石鎚の山が雪をかぶっているのが見えます。  

ここで今日は昼食です。
いつものうどんの準備をしていたら、大変なことに気づきました。
うどんのスープを忘れてきました。
具にするために持ってきた牛肉のしぐれ煮を入れて、
しょうがと牛肉の薄味うどんになってしまいました。

家でポットに入れてきた、ネルドリップのコーヒーを飲みながら
登ってきた嘉納山~源明山ルートを見ていると「よくぞ、ここまで」という気がしてきます。

 


昼食も取り、さあ下山というより、また山登りの開始です。
少し歩いているうちに左膝に違和感を感じ始めました。
いつも気にしてるのは右足だけにいやな気分です。

昼ご飯を食べてからのスタートです。
身体が少し冷えているので、ウォーミングアップが済めば大丈夫と言い聞かせながら
アップダウンを繰り返していました。

そのうち、慣れてきたのかあんまり感じなくなってきました。



源明山にたどりつき少しだけ休憩をして下山を開始した時です。
左膝に激痛が走りました。
膝の外側のあたりです。
歩けるので骨の異常ではありません。
膝の屈伸をしたり、マッサージをしながらだましだまし歩いて行きます。
我慢ができるような痛みではないのです、途中立ち止まってマッサージをしました。
この頃膝も調子が良かったので、湿布もサポーターもスパッツも着けずに登っています。
まだまだ安心できる膝の状態ではないことがわかりました。

今回は何とか下山できましたが、まだまだリハビリ登山だということを忘れてはいけません。
今回肝に銘じました。
北アルプスなんて夢のまた夢ですね。
でも、毎日5kmのウォーキングと週末の山登りは続けます。 

  
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源明山(624.7m)山口県周防大島町

2010-01-24 17:13:20 | 週末は山にでも
今回は周防大島町の源明山にしました。
本当は、文殊山からの縦走路が望ましいのだけど、時間短縮の登山ということで、源明山だけにしました。
インターネットで検索して、一番近いルートを探しました。
すると大島大橋を渡って右折して、屋代ダムの上の農道を行くのが一番だということがわかりました。
車をどこに駐めたらいいか、今度はGoogleの地図で検索していると、元小学校の土地を使って公民館ふうの建物があることがわかりました。
そこへ、車を駐めることにしました。

妻は、岩国の山の会で、柱島に行くことになっていたので、由宇の港まで送って行ってから大島に向かいました。

目当ての会館はすぐにわかりました。
元小学校という割には狭い土地でした。
神社までできていてびっくりでした。

 

そこに車を駐めて、車道を歩き始めました。
ところが、これが長い長い。
農道ということで、奥畑という集落の所だけは道幅が狭いけど後は広い広い…。
どこに駐めても誰にも迷惑をかけるような道ではありません。
後悔の念がどんどんたちます。
帰りにまた、このだらだらアスファルト道を通って帰るのかと思うと憂うつな気分になります。
行けども行けども目的の峠にはつきません。
ずっとなだらかな登り道が続いています。

やっとたどりついた所は、工事中でその先は車が入れない所で、そこにはちゃんと車が駐車してあります。
悔しい思いをしながら、さらに登り道に向かいます。
そこからは、車が1台やっと通れるくらいの、でもやっぱりアスファルト道なのです。

さらに登って行くとやっと標識が出てきました。



そこを曲がるといきなり石ころだらけのガレ場になりました。
極端な話です。



でも、やっと山道らしい道になりました。
やっぱりこういう道がいいです。
ガレ場が終わると今度は、枯れ葉に覆われた山道です。
ここは気持ちのいいものです。
登って行くとあっという間に山頂についてしまいました。

山頂は幕末の長州征伐の時の戦いを顕彰して石碑が建っていました。
建てたのは、維新百年の年です。
文字は当時の佐藤栄作総理大臣です。
沖縄核密約をしながら、非核三原則でノーベル平和賞をもらった人です。



山頂に立ったらまずは証拠写真ということで、セルフタイマーで撮影しました。



山頂の景色はいつもと違って見えました。
というのも、今まで登ってきた山が全部手に取るように見えるのです。



嘉納山です。



右側が嘉納山、左が文殊山です。
http://blog.goo.ne.jp/dylan12283199/e/e8bc7883a1bc8a335b252659f7118ef0



海の向こうに見えるのが琴石山です。
http://blog.goo.ne.jp/dylan12283199/e/349590911d26cff08ec48fb5b9ff0486



うっすらと見えているのが大星山です。
http://blog.goo.ne.jp/dylan12283199/e/67245f81788c90b523583cf7ecb79ffd

本当なら嘉納山へ縦走するといいのですが、今回はここだけにするつもりだったので思い切りゆっくりしました。

昼はいつものうどんです。
今回は、牛肉のしぐれ煮の冷凍を持ってきたのでデラックス肉うどんです。
しょうがもたっぷり効いていて、美味でした。



食後は、家で朝いれてきたネルドリップのコーヒーをゆっくり味わいました。
この日は気温10度くらいでとても暖かかったので、久しぶりに流れる雲を味わいました。



そうこうしていると、山口市から来たという夫婦二組の中年登山組が上がってきました。
どこに車を駐めたのか聞くと、最後の通行止めの所にしたそうです。
ほとんど歩いていないんだと思いました。
この仲良し4人組はこの後縦走もせずに降りて、車で嵩山に移動してまた登るそうです。
「取りあえず登りました」と山の数だけコレクションしているみたい。
まるで、夏休みのラジオ体操のカードみたいだなと思いました。
もう少し山歩きを楽しんだらいいのにともったいない気がしました。

一人でゆっくり降りて行くと、車道もけっこう楽しいものでした。
登りはきついけど、下りは車道も風を感じて楽しいものでした。
下りは約1時間くらいで駐車場まで着きました。
途中に咲いていた水仙を愛でるくらいの余裕がありました。



駐車場に着く寸前に山頂であった仲良し4人組の車に会いました。
「けっこうあったでしょう」と言われましたが、
「下りはけっこう楽しかったですよ」と答えておきました。
本当に歩くことを楽しめた時でした。



 
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大黒山・竜ヶ岳

2010-01-16 17:47:08 | 週末は山にでも
1月に入って大変寒い日が続いています。
先週は大阪に行っていたので、今週こそ登ろうと思っていました。
天気予報がずばり的中して、土曜日は暖かい天気の良い日になりました。
寒かったらすぐに登って降りてくる山と決めていましたが、天気が良いので縦走することにしました。

もちろん、瀬戸内近辺の低い山の縦走です。
目的地は大黒山(323.4m)岩国市旧周東町と竜ヶ岳(365.5m)周南市、大梅山(
276m)岩国市旧周東町です。
近くの山ということで、朝もゆっくりして出発しました。
旧周東町のパストラルホールの近くの駐車場に車を駐めて、車道を登り始めました。
テニスをしている人たちを横目で見ながら登り始めました。
しばらくいくと林道に入ります。
林道の入り口には大黒山登山道の標識が立っています。



もう少し登っていくと本当の登山口の標柱に出会います。
そこを右手に折れて登っていきます。



そこから徒歩だけの登山道が始まります。
この登山道初めは普通の登山道だったのですが、
途中からだんだん険しくなってきます。
至る所に鎖場ならぬロープが設置されています。

 

 

300mそこそこの山だと思って軽く考えていました。
なかなか手応えのある山でした。
大黒山への登山道は何の無駄もなくひたすら上り坂なのです。
普通アップダウンがあったり、巻道があったりしますが、そうでなくとにかく登っていきます。

休憩をはさんで40分くらいで大黒山の山頂につきました。
海軍の監視所があったらしくコンクリートの基盤の跡がありました。
山頂からは監視所があったにふさわしいほど玖珂や周東町が見渡せました。
アリバイの記念写真を撮って次の目的地に向かいました。

 

大黒山から尾根筋をそのままたどって、アップダウンを何度も何度も繰り返しながら、竜ヶ岳に向かいます。
途中にいくつもの巨岩があり、そこを乗り越えながらの登山になります。

すぐ近くに山頂が見えるのだけど、なかなか近づかせてもらえません。
登ったと思ったらまた下って行きます。
ロープを持って後ろ向きで降りた方がいいような場所もいくつかありました。
標識はちゃんと整備されていて迷うようなことはありません。

山頂の標識を見てもうすぐかな?
と思ったのが運の尽き。
そこから険しい登りになりました。
ほとんど崖のような登りです。
ロープを頼りに登っていくようになります。

先の大黒山から竜ヶ岳山頂まで約1時間の行程です。

竜ヶ岳山頂も大変眺めのよい場所です。
360度の大パノラマです。
山頂には見事な巨岩があります。

 

 

竜ヶ岳の山頂でうどんとおにぎりの昼食を取りました。
大変暖かかったのでゆっくりと食事をとることができました。

下山は引き返して40分下って、分岐を右に大梅山に向かいます。
下山とはいえ何度もアップダウンがあり、20分ほどで大梅山に着きました。

      

大梅山からの下山ルート。これが大変でした。
何度アップダウンを繰り返したかわかりません。
所々真砂の尾根になっていて大変すべりやすい場所がいくつかあります。
真砂の斜面ではさすがにロープを頼りに後ろ向きで降りざるを得ませんでした。
大梅山から約1時間の行程で駐車場に帰ってきました。

食事・休憩を入れて4時間半の行程でした。
アップダウンが半端ではなかったので、思ったより厳しいルートでした。
近場でm山登りを楽しみたい方には絶対お勧めコースです。
ちょっとした北アルプス気分を楽しめます。
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太華山(362m)山口県周南市

2010-01-03 16:13:22 | 週末は山にでも
年も明けたし、そろそろ山にでも登らなくては…と思い始めました。
元旦に登山するというストイックな面はあまりもっていないので…。
そろそろスタートと思いながら、正月3が日あまり家を空けるのもどうかと思い、
さっと行ってさっと帰ってくる山を選びました。

太華山はふもとにある学校に9年間勤務していたので、回数だけはおそらく一番登っている山だと思います。
担任していた自閉症の子どもたちと1ヶ月に一度は山頂まで登っていました。
それぞれのリュックにインスタントラーメン、鍋、ガスなどを小分けして持たせて
山頂でラーメンを作って食べる。
食べたらすぐ降りるというような授業をしていました。
ラーメン一袋を5人で分けて食べるのです。
ラーメンを持って上がるのではなく気持ちを持って上がるんだなどと理屈をつけながら毎月のように登っていました。

さて、今日は1月3日ということもあり、徳山総合支援学校の駐車場に車を駐めさせてもらいました。
そこが登山口なのです。

 

勝手知ったる登り道です。
ここであの子がこんなことした…
あの子はもう高3だよな…
癖のあるK先生が連れていた自閉症のWくんが山の途中でいなくなったと聞いて
職員室を飛び出して、走って登ったことがあったな…
など、頭の中ではいろんな思い出話に花を咲かせながら登っていきます。

道は以前よりずっと整備されていて、階段が延々続きます。
中途半端な幅になっていて、左足で階段を超すと、次の階段も左足になってしまいます。

山頂までの距離が100メートルごとにある道標もどうかと思います。
その時はいいんだけど、次が気になってしまい、オーバーペースになる人も多いのではないでしょうか。

ちょうど1km登ったあたりで、車道にぶつかります。
標高も半分くらいのところです。(カシオのプロトレックでいつも確認しています)
そこが間違えやすい場所なのです。
車道通りに登っていくと山頂までずっと車道なのです。
一旦下って、歩きの登山道に入り直します。
今回はきれいな標識ができていたので間違える人はいないと思います。

そこからは、山道になります。
道路も少し荒れていて石ころだらけの道になります。
運動靴では少し気をつけなければいけないかもしれません。

つづれ織りの道をひたすら登っていくと、突然滝不動が現れます。
現れると書きましたが、まさに現れる感じなのです。
それまでの風景とがらっと変わって、信仰の世界になります。
私は信心深くないために、どことなく気味が悪いように受け取ってしまいます。
何か出てくるんではないか…
そんな雰囲気があります。
知らない人に“心霊スポット”と言ったら信用されるかもしれません。

 

滝不動からは少し荒れた道になります。
でもすぐに最後の階段道になります。



そこを一気に登ると車道の駐車場に出ます。
太華山の車道は、登りと下りが道が違うという離合がない道なので車で上がる人も多いのです。
最後の80メートルだけ登れば山頂です。



階段を上りきるとあっとびっくり広大な台地に出ます。
そこが頂上なのです。
以前同じクラスだった自閉症のKくんは苦しい登山道をやっと登ったと思ったら広々とした場所だったせいか、
そのギャップで大パニックになったことがあります。
そのくらいのギャップなのです。

三角点を探すと申し訳ないくらいの三角点を見つけました。
すぐに恒例のアリバイ写真を撮りました。

 

この山は広い台地から360度の風景を楽しめる山です。
景色だけで言えば瀬戸内の山の中では十指に入る山だと思います。

 

下の画像は、大津島です。
人間魚雷回天の基地があったことで知られています。
島と島のくびれのところが回天発射台の跡です。

もう一つの画像は私が勝手にひょうたん島と名付けている島です。
以前は後ろはきれいな海だったのに、
埋め立てがすぐ後ろまで迫っていることにショックを受けました。
あまりいい気分はしません。

  

山頂をぐるりと見て歩いてから下山を開始しました。
山を下りて初めて気づいたのですが、登山口に大きなミカンの木がありました。
はっさくかなんかだと思いますが、登るときには気づきませんでした。
いつもこんなものです。

  

  
コメント
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