とりあえず一所懸命

鉄道の旅や季節の花、古い街並みなどを紹介するブログに変更しました。今までの映画や障害児教育にも触れられたらと思います。

「大洗にも星はふるなり」

2011-02-28 22:39:58 | 映画

(2009年11月公開)
監督  福田雄一
キャスト出演  山田孝之 山本裕典 戸田恵梨香 他
 
何とも不思議な映画でした。
真冬の海の家という閉ざされた空間で、次々に現れてくる男たちが台詞を中心に演じていく映画です。
舞台劇という感じもしました。
限られた空間の中で、距離感がやたら近い男たちの会話。
違うのは、男たちの妄想のシーンがインサートされる時だけです。

簡単なストーリーを紹介すると

茨城県、大洗町のクリスマス・イヴの夜です。
真冬の海の家に5人の男が1通の手紙で集められます。
ナルシストの杉本(山田孝之)、サメマニアの松山(山本裕典)、浮気願望が強い猫田(ムロツヨシ)、ハイテンションの仁科(小柳友)、ちょい不良?オヤジで海の家のマスター(佐藤二朗)の5人です。

彼らは、数ヶ月前の夏、この海の家で生活を共にしたバイト仲間でした。
5人は全員、皆の憧れのマドンナ・江里子(戸田恵梨香)から
「クリスマス・イヴの夜、海の家で会いたい」という手紙を受け取っていました。
自分だけが手紙を貰ったと思っていた彼らは…。
 
江里子が本当に会いたがっているのは自分だとアピールを始めます。
そこへ海の家の取り壊しを求めて弁護士の関口(安田顕)が現れます。

いくつもの離婚訴訟を手がけてきた関口は、
5人のくだらない言い争いに決着をつけようと、各々が語る江里子との妄想のエピソードの真実を、
あらゆる物的、状況証拠から推理して次々と暴いていきます。

関口のわけのわからない暴き方がコメディーの王道です。
でも、この関口がラブバトルに参戦してくるから、ストーリーはめちゃくちゃになっていきます。

さて、この結末はどうなるのか…

会話が大変面白く感じました。
ストーリーは考えずに観なければいけない作品だと思いました。
ぜひお勧めというほどでもありませんが、余裕があれば観るのもいいかも…。

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DVD『川の底からこんにちは』

2011-02-27 00:30:39 | 映画

川の底からこんにちは
2010年5月公開
監督・脚本 石井裕也
出演 満島ひかり

キネマ旬報のベスト10で興味を持った作品です。
2010年日本映画ベスト・テン第5位でした。
もちろん、こんな田舎では劇場で観ることの出来ない作品です。
だからDVDで発売されるのを真剣に待っていました。

DVDを観た感想から言えばとにかく面白い。
こういった笑いは大好きかも知れません。

一番好きなシーンは実家のシジミ加工工場を立ち直らせるべく作った社歌を歌うシーンです。
歌詞が最高にナンセンスなのです。

上がるよ上がるよ消費税 金持ちの友だち一人もいない
来るなら来てみろ大不況 その時ゃ政府を倒すまで 倒せ倒せ政府
シジミのパック詰め シジミのパック詰め 川の底からこんにちは

一度や二度の失敗と 駆け落ちくらいは屁のカッパ
駄目な男を捨てられない 仕事は基本つまらない
中の下の生活 所詮みんな中の下 楽しいな 楽しいな

シジミのパック詰め シジミのパック詰め 川の底からこんにちは

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この歌を工場のおばちゃん勢揃いで歌うのです。
その先頭に佐和子(満島ひかり)が見事に歌い上げるのです。

あらすじを簡単に

主人公の木村佐和子(満島ひかり)は18歳の時に、駆け落ちして、東京に出ます。
でも、1ヶ月で捨てられてしまいます。
でも、田舎にはかえりづらいので、東京でずるずると生活していきます。

職場は5回変わり彼氏も5人目という浮遊生活のような暮らしをしています。
今の仕事はおもちゃ会社への派遣社員です。

現在の恋人は、子持ちバツイチの会社の上司です。
ほんとに好きかと言うと、言い切れない。
“中の下”の自分にはこの程度の男がお似合いだって思っています…。
このあたりの演技をさせると満島ひかりは抜群です。

「しょうがないっすよね」「私は中の下の女ですから」が口癖で
世の中をすねてみているような人です。
「しょうがない」と言いながら麒麟淡麗を飲みまくる姿は
決して可愛い感じではありません。
でも、ストレートに生きているところだけは見事なのです。
腸内洗浄で何もかも流してしまいたいと思うくらいストレスはたまっています。

佐和子の恋人の健一は作ったおもちゃを腐されて、
自分の努力の足らなさを棚に上げ、会社の厳しさから逃げるために辞表を出し、
子供のために東京を離れてエコライフを送りたいなんぞと言い出し、
逃げ出すようなダメ男なのです。

佐和子の父が肝硬変で倒れてしまったのを機に、
家業を継ごうとこの2人が実家に帰るところから新たなストーリーが動き始めます。
工場には、それはそれは見事なおばちゃんたちが待っています。

突然出てきた佐和子に好意的なものは何一つ無く、
完膚無きままに佐和子を無視します。
人まであろうと平気で作業着に着替えたり、
ボソボソしゃべる佐和子に「声が小さくて聞こえません!」とか、
「年寄りばっかりで耳が遠いのよねぇ〜〜」などと言ったりします。

まだまだ続く不幸の中から、佐和子は川底から這い上がってきます。
そこから先の社歌が出てくるのです。

人は変わり続けるから面白いのかもしれません。
父と娘も変わるし、でもこの二人はとてもよく似ているかも知れないと
思わせるところがいいです。

父の車いすを押しながら川べりを歩く佐和子はとてもいい感じです。
「ワンピースを買うといい」「佐和子はワンピースがとても似合うから」と言われてはにかむ佐和子はとても魅力的に見えます。

こういったちょっとしたシーンを入れ込むのがいいですね。

もう一つ子どもと、一緒にお風呂に入って言う台詞がとてもいいのですが、全部言ってしまうと観ての楽しみがないからこのへんにしておきます。

このDVDはなかなかだと思います。
ぜひ観てください。

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湯田温泉散策

2011-02-23 22:58:35 | 写真日記

週末は、山口で会議でした。

今月は長崎に行って、先週は福山、そして今度は山口です。

しかもその3カ所ともお泊まりで交流会つきというハードスケジュールでした。

会議が終わってから交流会まで時間があったので、ホテルに行ってから、カメラだけ持って湯田温泉を散策しました。

湯田温泉には何度も泊まっていますが、飲んで泊まるだけというパターンですから、あまり歩いたことがありません。

いつものように路地を中心に歩きながら目に止まったものを撮影して歩きました。

ホテルの目の前に見たことのないものがありました。

どうやら湯田温泉の源泉のようです。

HPによると

「湯田温泉 (山口県山口市)の源泉を見学できるスポットが
温泉舎(ゆのや) として、山口市に12月18日に誕生します。

温泉舎(ゆのや)には、およそ8mの高さの
木造やぐらが建てられ、泉源ポンプを通してくみ上げられる
約62度で1日におよそ2000トン汲み上げられている
温泉の流れを、やぐらに作られた覗き窓から見る事が出来る。」とありました。

 

少し歩いていると高田光園という標識がありました。

ここは、井上馨の生家跡に作られた公園だそうです。

公園内には、七卿の石碑や、湯田出身の詩人・中原中也の詩碑、俳人・種田山頭火の句碑などが建っていました。

 

 

この界隈には無料の足湯のスポットがたくさんあります。

この日はバラの花が浮かべてある足湯がいくつか見られました。

 

中原中也生誕地の後に建てられた中也記念館があります。

さすがにこの時間にはしまっていました。

 

歩いていると市場がありました。

こういう市場がけっこうお気に入りなのです。

 

湯田温泉の路地にはたくさんの飲み屋があります。

ちょっとおしゃれな店もあります。

 

そして、行くといつもべろんべろんになるまで飲んでしまうBRICKがあります。

時間が早かったので、まだ店がしまっていて良かったです。

この店で飲んで、例の「ノーパン事件」を起こしてしまったのです。

 

古い和菓子やさんや、料亭兼宿屋という風流を感じる一角もあります。

 

そして、交流会です。

この日はM本さんが久しぶりに顔を見せてくれて、非常に楽しい交流会になりました。

 

 

 

 

 

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映画「あしたのジョー」

2011-02-20 22:17:20 | 映画

知人からのリクエストもあり、「あしたのジョー」を観てきました。

当初は観る予定には入っていない作品です。
なぜ観たくないのかと言えば、原作のイメージがあまりに強すぎるからです。

結果どうだったかというと、『偉大なる駄作』と宣言してもいいかもしれません。

映画全体は劇画そのもので、特殊効果も存分に使われていたのでアニメなのか実写なのかわからないような映像になっています。

何もかも嘘っぽいし、チープな造りになっています。

最も違和感があったのが、ドヤ街の存在です。
川を隔てて世界が全く違う街が延々と続くような世界がどこにある?
山谷がモデルなのだろうけど、これだけ延々と続くのは戦前の中国くらいじゃないのでしょうか。

このあたりのところに脚本家なのか監督なのかわからないけど、価値観があるのだと思うと嫌になってしまいます。

このあたりの価値観が、白木葉子(香里奈)の設定になっています。
昔ドヤ街の養護施設に住んでいて…そんな設定は原作にはなかったのにどうして付け加える必要があるんだろう?
無駄な説明になっています。

作品としては駄目出しをしたいのだけど、役者たちは真剣に取り組んでいるから、質が悪いのです。

力石透を演じた伊勢谷友介なんか、この人でないと力石は演じられないだろうと思わせるほど、ストイックな演技をしていました。
この役を演じるために体重を10Kg以上落として臨んだという話を聞いています。
この役者は目が違います。

どの映画に出ていても必ず目立ちます。
大河ドラマの高杉晋作役も好きでしたが、「出口のない海」の時の貧しい農村出身の学生役を演じて
「死んで軍神になって故郷に帰りたい」と言っていた演技が印象に残っています。

もう一人、丹下段平を演じた香川照之はもう参りました。
TVのお笑い物まねショーのような雰囲気で登場して、心底段平になりきって演じきっていました。

漫画で言えば、腰が曲がって膝も曲がった老人のような設定でしたが、香川照之の段平は足腰がしゃんとしていて、顔とのギャップが大きい感じです。
でも、もとボクサーでという設定からすれば、香川段平の方がリアルなのかもしれません。

ジョー役の山下智久は、体は見事に作っていたけど、私にはピンと来ませんでした。
女性客相手の興行的には、必要な配役だったかもしれません。

もっといけなかったのは、白木葉子を演じた香里奈です。
あのだらだらとしたしゃべり方は、白木葉子のイメージからはかなり外れていたように思います。
もっと凛とした人に演じてほしかったですね。

あの当時、巨人の星の飛雄馬の姉の星明子と白木葉子という存在は、少年たちには意味ある存在だっただけにもう少し人選してほしかったです。

そういう意味からは作品としては、ダメだけど演技賞の候補にあがるというややこしい設定になるかもしれません。

余計な話だけど、ジョーと力石が出会うのが少年院というということになると、この二人大丈夫なの?
どうみても少年院に入るような年齢じゃない。
それに少年院に入っている人たちもほとんどおじさんです。
立派な刑務所だと思いました。

ボクシングのシーンは、そこそこ迫力はあると思いました。
でもアップのショットの連続では、ほんとのボクシングとはちょっと違うような気がしました。

もっとも大事なジョーと力石の試合は、ほとんど巨人の星のアニメを観ているような気がしました。
アップのシーンとぶつ切りのストップモーションの連続です。
エンターテイメントとしてはこれでいいんだろうなと思います。

試合が終わって力石が亡くなってしまってからの映画はとたんにつまらなくなっていきます。
ほとんど必要のないシーンばかりです。
最後の終わり方は、「もしも興行的にうまくいったら"二匹目のどじょう"を」という臭いをプンプンさせながら終わっていきます。

でも、力石が出ない山Pだけのあしたのジョーの続編は意味ないでしょう。

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映画「ふたたび」

2011-02-13 22:21:32 | 映画

時々行く『テアトル徳山』のHPでちょっと興味をもったので久しぶりに映画に行くことにしました。
別に面倒で行かなかったのではなくて、土曜日日曜日のたびにいろんな野暮用が入ってしまい、しばらく映画館に行かずじまいでした。
HPを見ると
「人生でやり残したこと、ありませんか?
往年のジャズの名曲と共に、希望に満ちたラストステージが今、幕をあける。」
よく見ずに、JAZZが画面にあふれている映画ならぜひ劇場で観たいと思いました。
渡辺貞夫も出演するということで、思い切りSWINGできるものと期待していました。

映画が始まると突然、文字が画面いっぱいにあらわれて『ハンセン氏病』の説明が始まります。
「えー!音楽映画じゃなかったの?」と動揺しました。
島の岬で一人トランペットを吹く人の後ろ姿が印象的なオープニングです。

場面変わって、ミニスカートの足のアップから入って、階段を勢いよく走っていく女子大生らしき女の子の目的地は大学のJAZZ研究会。
そこでは、トランペットをリーダーとするバンドが演奏しています。
トランペットを吹くのはこれから重要な役回りを演じる大学生の貴島大翔(鈴木亮平)です。

そこからパズルを1枚1枚はめていくように、映画の全体像を見せていきます。
少しまどろっこしいような気もします。

大翔が車(赤いチェロキー)で家に帰ると、若い女性が家を訪ねていて、父良雄(陣内孝則)母律子(古手川祐子)が深刻な顔をしています。
父・良雄が重い口を開きます。
亡くなったと伝えていた祖父は生きていて、ハンセン氏病療養所から50年ぶりに戻るから、我が家へ引き取ることにすると説明します。
大翔は大学の図書館でハンセン氏病のことを調べます。
若者の正義感からすぐに祖父を迎えに行くと宣言します。

ここからこの映画の主人公である貴島健三郎(財津一郎)が登場してきます。
健三郎は一時帰宅ということで家に帰ってきます。

大翔には、生まれて初めて会う祖父・健三郎との接し方がわかりません。
頑固一徹。会話もありません。
ところが何の気なしに聴かせた一枚のレコードに、健三郎の表情が一転します。
それは、健三郎がかつて所属していたCOOL JAZZ QUINTETTEのレコードでした。
しかし、健三郎は多くを語りません。

健三郎を迎えた家庭はぎくしゃくした関係になります。
健三郎は一時帰宅の目的は他の所にありました。

彼の願いはかつてのバンド仲間たちに何も言えないまま姿を消したあの日の許しを請うこと。

そして、あの日果たすはずだった、憧れのジャズクラブ“ソネ”でのセッションを実現させることでした。

そこから、健三郎と、大翔(ひろと)とのロードムービーが始まります。

一番好きなシーンは、車がこわれて二人坂道を歩くシーンです。

まだまだストーリーを語りたいところですが、これ以上語ると映画を観た時に楽しみが半減してしまうのでここらへんでやめます。

財津一郎の演技が迫真に迫っています。頑固で偏屈。50年間心に抱えてきた想いを果たそうと、

思うように動かなくなった手に杖を握らせ旅する姿は、家族や仲間たちの心を動かしていきます。

映画全体のテーマは“出会ってすぐに旅に出る祖父と孫”を軸にした"家族の絆"であり、

何十年も立っても忘れられない"友との絆"をテーマにしていると考えます。

でも、その背景にハンセン氏病という重たいテーマが横たわっているので、そちらのほうへも気持ちを向けてしまいます。

健三郎の登場によって結婚を間近に控えた大翔の姉は婚約者と別れることになります。
大翔も恋人に祖父のことを話した時からぎくしゃくし始めます。
今も現存する差別の問題も見え隠れしながら、そのことはさらっとかわします。

啓発映画のような臭いも感じながら、観てしまうのは仕方ないことかもしれません。

大翔役の鈴木亮平は、なかなかいい心の揺れを表現していたと思います。

2人を見守る女性看護士と健三郎のかつての恋人という2役に挑戦したのは、

映画『252 -生存者あり-』で注目され、日本で本格的に女優活動を開始したMINJIです。

さらに、往年のジャズバンド「COOL JAZZ QUINTETTE」のメンバーに、藤村俊二、クレイジーキャッツのベーシスト犬塚弘、

歌手で一世を風靡した佐川満男らが、味のある演技で脇を固めます。

渡辺貞夫がライブハウスの店長として登場して流ちょうなサックスを聞かせてくれるのはご愛敬ということで。

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2月の長崎 街の散策

2011-02-09 23:28:37 | 週末は山にでも

次の日は、昨日の酒がほとんど残っていなくてさわやかな朝を迎えられました。

最後の誘いを断ったのが正解だったようです。

朝食を済ませて、またいつものように散策に出かけました。

2日目の日程が9時半からなので2時間ちょっとの散策です。

荷物をホテルに預けて、取りあえず徒歩で眼鏡橋方面に向かいました。

坂を下りて、坂を登ってやっとたどりつきました。

 

 

眼鏡橋付近もランタン祭でにぎわうようです。

しっとりした情緒より、異国情緒の方が強い感じですが、それはそれで旅人らしくいい感じです。

橋を渡って、古い街並みを求めて歩きました。

ガイドブックを昨日Nさんに貸したままだったので、どこをどう歩いているのか適当そのものです。

早朝なので、店も閉まっていてこれもいつものパターンです。

歩いていると映画『解夏』のエンディングのロケ地に使われた坂道という紹介の看板を見つけました。

そう見るとなかなか味のある坂道に見えてくるから不思議です。

 

ちょっと迷ったのですが、今回は崇福寺に行くことにしました。

 

お寺と言っても中国風な建物です。

崇福寺は国宝や重文の建物が多いことでもしられています。

 

早朝のせいか、観光客もほとんどいなくて静かに見てまわることができました。

 

 

お寺を出ようとしたら、山門までバスが乗り上げていました。

団体さんが大勢バスから降りてきます。

この人たちと行動していたら、撮影もままならなかったと思いました。

荷物を預けたホテルを目指さなければいけない時間になってきました。

それでも、通りがかりに目についたものを撮影して歩きました。

  

 

 

何とか、ホテルにたどり着き荷物をもって集会が行われている会場に向かいました。

会場に着いたのは9時20分でした。

何とかセーフです。

 

 

 

 

 

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2月の長崎 ランタン祭り

2011-02-08 23:32:43 | 写真日記

「2月の長崎」その2です。

集会一日目が終われば交流会(懇親会)が待っています。

料理とお酒を交えての各県の交流会です。

若干のスピーチの後では、賑やかしということで『あのつくものな~に?」を歌って踊ります。

今回は「な・が・さ・き」ということでお題をいただきました。

 

 

交流会は予定通りに終わって、夜の街に繰り出しました。

長崎はちょうどランタン祭りということで、大変にぎやかになっています。

地元の人に案内してもらい、ランタン祭りの中央広場に出かけました。

 

中国の正月を祝い、それを提灯(ランタン)で飾るということで、異国情緒あふれた祭りになっています。

 

まさに、「ここはどこ?」というような雰囲気です。

人の波はすさまじいものがあり、集団で移動するのは大変難しい感じです。

文章で打つより、画像をたくさん紹介したほうが良いと思います。

 

 

 

 

  

  

写真を撮っていたら、一緒にいたメンバーとはぐれてしまいました。

携帯電話を家に忘れてくるという大失態を演じているために誰にも連絡できません。

取りあえず、中央広場に立って、動かずにみんなを探すことにしました。

でも、さすがに見つかりません。

あきらめて、一人ホテルに帰ろうと思い、橋を渡っていたら、前方よりメンバーが歩いてきました。

こんな再会はなかなかありません。

  

ランタン祭りを堪能した後で、現地の人たちと一緒に二次会に行きました。

この集会の実行委員長の行きつけの店ということで案内してもらいました。

なんと沖縄料理の店でした。

長崎まで来てなんで沖縄料理?と思いましたが、沖縄は大好きなので、「ウェルカム」です。

泡盛もおいしくいただけて大満足でした。

適当な時間にお開きにしてからも実行委員長の田中氏は「もう少しつきあえ!」と言っていましたが、

次の日もあるので他のメンバーと一緒に帰ることにしました。

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2月の長崎

2011-02-07 21:45:15 | 写真日記

2月5日~6日まで長崎に行って来ました。

例によって旅行ではなくて、障害児教育の研究集会です。

『障害児学校・学級学習交流集会in長崎』という長いタイトルの研究集会です。

時期はちょうど、ランタン祭の真っ最中と言うこともあり、カメラを持って行きました。

山口県からは17名が参加し、私たちは周南市に集合して、6人がM氏の車に乗せてもらって長崎をめざしました。

このM氏とは、飲み過ぎて『ノーパン事件』を起こしてしまった迷コンビなので今回は慎重に行動しました。

男性2人が前に乗り、女性4人が2-2で乗るというパターンです。

見事なほど、3通りの会話が弾んでいました。

まず取りあえずは、壇ノ浦PAで休憩です。

今回はカメラに超広角のズームレンズだけをつけていったので、いつもとは画像が違うと思います。

朝8時に徳山東インターを出て4時間ちょっとで長崎に到着しました。

研究会の会場に向かったのですが、駐車場がないということで、先にホテルに向かうことにしました。

ホテルに荷物を預けて、会場まで歩くことにしました。

私はそこに泊まらなかったのですが、ホテルのすぐ横にカステラの文明堂の総本店がありました。

お腹もすいたと言うことでどこかチャンポンを食べられる所はないかと、会場をめざしながら探していきました。

こういう時に限ってなかなか無いものです。

途中で面白い金物屋さんを見つけてちょっと撮影です。

少し細い通りでやっと見つけました。

見るからに普通の店です。でもけっこう流行っているまさに地元の店です。

みんなが店に入っていく間に、気になる風景を見つけたので、また撮影です。

あえてモノクロで撮影しました。

大好きな昭和の臭いです。

 

ゆっくりチャンポンを食べていたので、会場に入るとすでに集会は始まっていました。

記念講演は「高校の統廃合と障害児教育」と題して私立高校の校長さんが講演されていました。

発達障害のある生徒さんを受け入れて全校あげて取り組んでおられるそうです。

休憩の間ちょっとだけ気になる風景を撮影に行きました。

 

 

長崎は大変坂の多い街です。

墓も坂を利用して作られています。

古い墓もけっこうあって、気になる造りが大変多かったように思います。

面白い表札を見つけました。

墓の向こうに気になる教会が見えてきたので、やっぱり撮影に行きました。

  

ちょっと歩いていると、また気になる建物がありました。

「岡まさはる記念 長崎平和資料館」です。

 

何気なく立ち寄った建物だったのですが、非常に重たいテーマの資料館でした。

1995年に設立されたそうです。

設立の趣旨は

「戦争や原爆の悲惨さはいつまでも深く胸に刻み、これを風化させてはなりません。

しかし、悲惨な結果を招いた原因が、残虐の限りをつくした日本のアジア侵略にあったこともしっかりと心に刻む必要があります。

受けた苦しみの深さを知ることが、与えた苦しみの深さも知ることにつながらなければ、平和を築くことはできません。

  日本の侵略と戦争の犠牲となった外国の人々は、戦後50年たっても何ら償われることなく見捨てられてきました。

加害の歴史は隠されてきたからです。加害者が被害者にお詫びも償いもしないという無責任な態度ほど国際的な信頼を裏切る行為はありません。

  核兵器の使用が正当化されれば再び使用される恐れがあるのと同様に、無責任な態度が許されるのならば、再び戦争が引き起こされる恐れがあります。

 この平和資料館は、日本の無責任な現状の告発に生涯を捧げた故岡正治氏の遺志を継ぎ、史実に基づいて日本の加害責任を訴えようと市民の手で設立されました。

政治、社会、文化の担い手は、たとえ小さく見えようとも一人ひとりの市民です。

当館を訪れる一人ひとりが、加害の真実を知るとともに被害者の痛みに思いを馳せ、一日も早い戦後補償の実現と非戦の誓いのために献身されることを願ってやみません。」

というものです。

 

朝鮮人被爆者コ-ナ-、「飯場」コ-ナ-(強制連行・強制労働)、日本の侵略・朝鮮編、日本の侵略・中国編、「大東亜共栄圏」の真実コ-ナ-、

皇民化・皇国臣民化教育コ-ナ-、中国人強制連行コ-ナ-、端島コ-ナ-、「慰安婦」問題コ-ナ-、南京大虐殺コ-ナ-、戦後補償コ-ナ-、岡まさはるコ-ナ-などの展示があります。

  

   

 

ついつい展示に夢中になって、講演にまたまた遅刻してしまいました。


 

 

 

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