とりあえず一所懸命

鉄道の旅や季節の花、古い街並みなどを紹介するブログに変更しました。今までの映画や障害児教育にも触れられたらと思います。

目の前を回転寿司が…

2006-09-28 00:18:01 | 障害児教育
 クラスのわかめちゃんのことを書きます。クラスでは朝の会の時に「昨日のお話」というコーナーをやっています。昨日見たテレビの話とか、晩ご飯のメニューだと、何でもいいから話をするという時間があります。ころちゃんや、ロンくんなどは、いろんな話をしてくれます。「まだあります」と長く続くこともあります。

 でも、わかめちゃんはなかなか話ができません。話す力は人一倍あって、教師の真似はとくいなのです。でも、なかなか話ができません。「昨日の晩ご飯は何食べたの?」と聞いても「ご飯、汁、漬け物」としか答えない日が何日も続くこともありました。「青梗菜食べた!」も何日も続きました。

 「ドライブ行きました」と答える日があっても、よくよく聞いて見るとずいぶん前の話だったりとなかなか続きませんでした。

 お母さんにお願いして、連絡帳に少しヒントを書いてもらうことにしました。前の日に回転寿司に行ったことはつかんでいたので、「昨日の晩ご飯は何でしたか?」と聞きました。でも、「ご飯食べた…」と判で押したような返事が返ってくるだけでした。

 そこで、とっさの判断で「昨日の晩ご飯の話をしようね。今わかめちゃんの目の前を何か回っています。それは何でしたか?」まるで、催眠術のような会話です。
するとしばらく考えてから「お寿司」と答えました。「わかめちゃんの目の前をどんどんお寿司が回ってるね。」と手で示しながら話を続けました。

 すると突然大笑いが起きて、どんどん楽しくなってきたようです。「わかめちゃんの目の前の赤いお魚は何ですか?」「まぐろ!」「次に来たお皿の上には何か乗っているの?」と聞くと「たまご!」と答えながら笑い声はどんどん大きくなってきます。

 本当に目の前を回転寿司が回っているような感覚なんだと思います。そういうモードで記憶をしているんだということがわかりました。

 なかなか興味深い経験でした。

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山口フラワーランド

2006-09-26 04:57:11 | 写真日記
 車で15分くらいの所に“山口フラワーランド”という場所があります。今年の春に大々的にオープンした所です。名前で見れば一大レジャーランドという感じですが、実はそうではなく近くの園芸関係者が作っているこじんまりした花の公園なのです。開園の目的は『花と緑に親しめる場や花に関する情報の提供を通じて花の消費拡大を図ること』だそうです。

 入場料は500円です。年間パスポートは2000円で高いのか安いのか微妙な値段です。

 近くにありながら、行くのは今回で3回目です。園芸に興味があるわけではなく、花の写真を撮りに行きました。花の写真を撮るには、良い場所です。ただ、今何が咲いているのか、ホームページで確認していかないと植え替えの真っ最中で見るべきものがなかったりするので、注意が必要です。

 今の時期は、サルビアとニチニチソウが中心のようです。サルビアと言えば鮮やかな赤をイメージしますが、それだけではないというのが今回の発見です。

  

 3枚とも名前が異なりますが、同じサルビアのようです。他にニチニチソウも3種紹介します。

  

 名前はとてもややこしいカタカナでした。とても覚えられなかったので名前のプレートも一緒にデジカメに納めてきました。でも、覚える気にはなれません。学級通信やビデオの編集の静止画用にはなるかもしれないと他にもいろんな花を撮ってきました。唯一名前をさっと覚えたのはトウガラシの一種で『ヒットパレード』という品種です。

        



  
  

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曼珠沙華に想う

2006-09-24 23:01:18 | 写真日記
 お彼岸の頃には必ず咲く花として、曼珠沙華があります。田んぼのあぜ道や川の土手に真っ赤な花を咲かせます。彼岸花、お墓に咲く花として別名死人花とも呼ばれたりします。あまりいい名前ではないのですが、りんとして咲いている姿は、けっこう好きな花でもあります。

 今年は、少し暑かったせいか、車で走ってもまだあまり見かけませんでした。でも、土曜日に偶然周防高森駅の近くの土手で真っ赤に咲いているのを見かけました。この日は少し急いでいたので、日曜日の午前中にあらためて撮影に行きました。

  


 写真を撮るというのは、面白いもので何に興味を向けるかによって撮影対象が見つかります。車を走らせていたり、日々通りかかった偶然にシャッターの対象が見つかるものです。それを面白いと思ってブログに紹介するのですが、他人はどう思っているのでしょうかね?

 土手に上がって撮影していると、まず向かいの犬に吠えられました。通りがかりの車の人は、「この人何してるの?そんなん撮って面白いの?」という感じです。

 真っ赤な色を表現しようと、露出を少しアンダー気味で撮ったりしています。少しどぎつい感じもしますが、それはそれで色を表現できたのではないかと思います。

  

 そのあたりのところを散歩していたら違う色の彼岸花を見つけました。これもやっぱり彼岸花の一種なんかなと思いながら撮影しました。畑の向こうからおばちゃんが、不思議そうな顔を向けていました。

 

 この周防高森の町は、江戸時代の山陽道筋の宿場町として古くから栄えた町なのです。作家の宇野千代も幼い時に過ごしたことがあるようで、小説の中にも出てきます。
「あの高森の広い街道を思い出すたびに、なぜあの山奥にふいにあんな美しい町並みがあったのか不思議に想う」(「ある一人の女」宇野千代著)

 親戚がある関係で年に何回か、この町に来ていたが、確かに自分が小さい頃、40年以上前にはこの街道(旧道)は広く立派に見えました。

 土手に上がってみました。島田川は、水も少なく清らかな流れになっていました。土手はトリムコースになっていてジョギングの人々が行き交って実にのどかな風景が広がっていました。

  

 じっとそんな風景を見ていると、子どもの時の記憶が蘇ってきました。高森に住んでいたのは母の姉で、快活な人でした。顔や声は似ていても陰気な母とは対照的なほど活動的で、当時から婦人会や地域のもろもろ、いろんな活動をしていました。家に遊びに行っても、近所のいろんな人が訪ねてきていました。
 
 その中に、聴覚障害者の夫婦がいました。叔母は、その人たちにも分け隔てなく振る舞っていました。身振りや当て振りを交えて会話を成立させているのを見ていて、「すごいな…」と思っていました。

 でもある日のことです。その亭主の方が訪ねてきて、いつものように身振り手振りで話をして「困ったことがあったらいつでもおいで」と帰らせた後で、「あのうぐし(物を言えない人への蔑称?)にも困ったもんよ。いつでも相手してたら、図に乗ってから…。」というようなことばが出てきました。

 その時、「やっぱり大人は誰も一緒だ。表の顔と裏の顔が必ずある。ウソをついたらいけないなんて、ありえない。大人の勝手な理屈だ。」と思いました。40年以上たっても覚えている記憶というのは、相当いやな思い出だったのでしょう。

 そんなことを思い出すのも、曼珠沙華の姿からなのでしょうか。


 
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式での起立・斉唱定めた都教委通達は「違憲」

2006-09-21 22:28:16 | 日記
 最近悲しいニュースや、がっくりくるニュースばかり続いていたのですが、今日嬉しいニュースを聞きました。

 それは、「式での起立・斉唱定めた都教委通達は「違憲」 東京地裁」というニュースです。東京都では、卒業式の時の式次第を徹底的に都教委が管理して、君が代斉唱の時に起立しない教員に対して、厳罰主義で臨んでいたのです。事実、訓告や、減給などの処分まで出されていました。そのことを争って裁判が行われていたのですが、東京地裁の判決が出ました。

 難波孝一裁判長は、違反者を処分するとした都教委の通達や職務命令は「少数者の思想・良心の自由を侵害する」として違憲・違法と判断。起立、斉唱の義務がないことを確認し、違反者の処分を禁止しました。さらに、401人の原告全員に1人3万円の慰謝料を支払うよう都に命じました。

 さらに難波裁判長は、日の丸や君が代が皇国思想や軍国主義思想の精神的支柱として用いられてきた経緯に言及し、式典での掲揚や斉唱に反対する主義・主張を持つ人の思想・良心の自由も憲法上保護に値する権利だと述べました。

 通達については「教育の自主性を侵害し、一方的な理論や観念を生徒に教え込むことに等しい」と指摘しました。国旗掲揚の方法まで細かく指示するなど「必要で合理的な大綱的な基準を逸脱した」として、校長への「不当な支配」にあたると述べました。

 その上で、起立や斉唱の強要は思想・良心の自由を保障する憲法19条に違反すると判断しました。国旗・国歌は自然に定着させるのが国旗・国歌法の趣旨であることにも照らし、教職員への職務命令は違法としました。

 非常にすぐれた判決だと思います。

 ところが、入学式や卒業式で日の丸に向かっての起立や君が代斉唱を強制したことを違憲とした判決について小泉首相は、「法律以前の問題じゃないでしょうかね。人間として、国旗や国歌に敬意を表すというのは」と述べたに過ぎません。思想・良心の自由については「裁判でよく判断していただきたい」と述べるにとどまったそうです。都教委に対して、文科省がてこ入れしてきたのは、明々白々の事実なので、この件に関してもこういう発言が出てくるのは当然かもしれません。

 昨日誕生した安倍晋三自民党総裁は、憲法と教育基本法を変えるのが公約のように豪語している人なので、この判決がこのままで済むとは思えません。

 憲法・教育基本法を巡ってはますます激烈な議論になっていくのではないかと思います。憲法や教育基本法について何がいけないから変えようとしているのか、国民のコンセンサスを得てから、決断してほしいと思っています。

 








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笠戸の夕日

2006-09-20 23:32:30 | 写真日記
 今日は朝からとてもいい天気でした。夕方まで持つようであれば夕日を撮りに行きたいと思っていました。

 夕方緊急の会議が入ってきたのでいやな予感がしていたのですが、思ったより会議が早く済んだので、6時前に学校を退庁して、カメラをもって下松市の笠戸島へ向かいました。外に出るともう真っ赤な空でした。急がないといけないと思って車を走らせました。

 こんな時はいつもなのですが、山の端あたりに雲が出始めます。思ったより空の色が出てくれません。取りあえず、めざすビューポイントに向かいました。

 到着して海を見ると太陽の位置がよくありません。もう少し時期が早かったようです。この感じだと10月下旬くらいがいちばんいい位置にくるのかもしれません。
その頃にまた来ることを思いながら取りあえず撮っておくことにしました。

 

 
 
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イクラの醤油漬けもう一つその後

2006-09-20 00:08:05 | 男の料理
 以前のブログで、筋子を買ってきてイクラの醤油漬けに挑戦した話をしました。今日スーパーでまた筋子を見つけました。しかも半額という魅力的な値札つきで。
近所の方は、下松市のサンリブがねらいめかもしれません。
 
 そこで、大きめの筋子を二つも買ってきてさっそく調理を開始しました。今回はもち網を使ってやってみました。筋子をちゃんと開いてやると、あらら見事に取れます。ぬるま湯に一度つけてやった方がよく取れることもわかりました。
 
 ただ、この時期の筋子は今ひとつ柔らかいようでつぶれるものもいくつか見られました。でも、そんなことは言っていられません。手で取ろうとしたらけっこう手間なので、やっぱりもち網をしようすることをお勧めします。

 もち網を使っても例の卵に付着している白い膜のようなもの(卵のう)は完全には取れないので何度も水洗いが必要です。しつこいものは手でていねいに除去した方がいいです。つぶれた皮等は水を流す時に上澄み液と一緒に流れてくれます。

 今回はちょっと量が多すぎた感もありますが、冷蔵庫の中でボウルに入ったまま静かに待っています。明日また試食してみようと思っています。

 とにかくちょっとした手間ですが、イクラの醤油漬けを買うよりははるかに割安になるし、家族でイクラ丼にしてもまだ余るほどできますので、どうぞお試しを!
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TBSドラマ『僕たちの戦争』観ました。

2006-09-19 01:00:27 | 日記
 TBSのドラマ『僕たちの戦争』を観ました。人間魚雷回天を扱うドラマということで、録画して観ることにしました。このドラマは9/17(日)夜9時放送ということを何度もコマーシャルで流していたので、このドラマを観る前に映画『出口のない海』はどうしても観たかったので昼間に『出口のない海』を観てから、夜にこの『僕たちの戦争』を観るという連チャンをすることになりました。

 2006年の現代に暮らす根無しポジティブな若者尾島健太(森山未來)と、1944年に霞ヶ浦航空隊の石庭吾一(森山未來・二役)が突然入れ替わるというストーリーになっています。

 キャッチコピーでは「生きる時代を交換して数奇な運命に陥ってしまった若者が、それぞれの視点から、太平洋戦争をどのように見つめるのか。また、戦争という状況下で、人間の精神状態はどのように変わってゆくのかを、真剣に考えさせられる問題作」という触れ込みです。
 
 でも、観た感想を正直に言えば、非常にコミカルなエンターテイメントな作品になっているということでしょうか。へたをすると劇場版『ドラえもん』でも描ける内容だったかもしれないと思えました。

 ただ、「誰もが観ることができて、誰もがいろんなことを考えてほしい」というテーマのもとで、あえてこのような内容にしているのかもしれなません。

 タイムスリップとか、タイムトラベルというテーマはいろんな映画や小説のなかで言い尽くされているので、タイムパラドックす云々については言いたくないけど、相当無理があるように思えるのは、偏屈者の私だけでしょうか。何度も「そんなことはないやろ!」を連発しながら観ていました。

 登場キャストについては、なかなかいい配役だったのではないかと思います。主人公に森山未來を持って行ったのは良かったし、予科練の同僚の二人もナイスキャストだと思う。特に古屋英二 役 の浅利陽介はなかなか存在感のある演技が光っていたと思います。この子は以前テレビドラマ『永遠の仔』(2000年)でジラフの少年時代を演じていてその頃からずっと注目している俳優さんです。今は大河ドラマに関白秀長の家来役で出ています。

 もう一人、憎まれ役の山口という班長が出てきます。この役を桐谷健太さんがやっています。この役者さんは若いのになかなかの性格俳優さんです。『パッチギ』の時は副番長で「オッス!」と言ってたり、『出口のない海』では明大野球部のファースト役で出ています。存在感抜群の俳優で、いつも注目している一人です。コマーシャルにもちょこちょこ出ています。

 他にも、恋人役で上野樹里、昭和19年のマドンナとして内山理名、健太の父母として古田新太、麻生祐未となかなかの配役で臨んでいます。麻生祐未が、もうあんな大きい子の母親役なのかと思いながら観ていると、父親役の古田さんの頭をポカポカなぐるつっこみママの役なのでもっと転けてしまいました。

 『出口のない海』で主役が市川海老蔵さんだったのに比べて登場人物が若いのでリアリティーがあったように思います。このドラマを観てから思ったのですが、並木浩二役は塩谷瞬さんでも良かったのではないかと思いました。もう少し若手で固めてほしかったかもしれません。

 ただ、テレビドラマですので予算の関係があるのだと思いますが、セットがちゃちいのに涙が出てきます。潜水艦の大きさが漁船並みなのです。回天も一機しか積んでおらず、これでどうして、隊が組めるのでしょう。もう少しそこらへんは、何とか考えてほしかったと思います。

 ただ、ドラマの最後に健太が回天に乗って言う台詞「50何年前の戦争中の日本にいた人間たちは、俺たちとそんなに変わんない。いいやつもいれば、嫌なやつもいる。俺たちと同じように笑って、怒って、泣いて、悩んで、怯えて、信じて、誰かを好きになって、自分を認めてほしがって…誰がこんな戦争始めたんだ…責任者出てこい」 このことばは光っていました。
 
 番組最後のに文庫本視聴者プレゼントの案内を見て、次の日すぐに本屋に行って原作を買いました。
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『出口のない海』観てきました。

2006-09-17 19:13:40 | 映画
 『出口のない海』を観てきました。特別試写会に行きたかったのですが、京都で会議があって行けませんでした。公開初日の16日(土)に行きたかったのですが、大事な人に会う約束をしたので、今日17日(日)にしました。

 この夏休みは自分としては、回天に関するいろんな小説や資料に目を通したり、大津島に出かけて回天記念館の館長さんから直接話を聞いたりと回天について、いろんなことを考えた夏休みでした。

 なぜ、この人たちは、二度と帰ることのできない特殊部隊を志願したのか。出撃までの訓練時間でどんなことを考えていたのか。本当に勝てると思って行ったのか。亡くなった方々106名(平均没年令20.8歳)のうち、予備学生が26名含まれています。

 大学で学んでいたこの人たちが、自分でどう納得して志願していったのか、そこを知りたいと思いました。どうしたら、本当に大切な自らの生命を賭してまで、大義(?)のためにと思えるまで人間を変えることができるのか、言い換えるなら、人間性をも奪うことができるのか。そんなことをずっと考えていました。

 最近のテレビの討論番組を見ていると、戦後日本の民主主義が否定される方向の討論が目立ちます。「個人主義がはびこってきたから、世の中が乱れる」「大義のために個人を犠牲にする精神を…」「奉仕の精神を忘れている…」などなど…。本当にそれでいいのか?ずっと考えてきました。個人を大切にすることと、家族や仲間を大切にすることは矛盾しているとは思えません。

 そういう意味でこの映画の公開を待っていました。この映画は、主人公を大学生にしているところに意味があると思います。映画の途中に「学徒出陣」の場面が出てきます。学問の途中では、兵役を免除されていた学生たちも、戦況の悪化とともに戦場へと狩り出されていくのです。すでに、その時「自分たちまで狩り出されようとしているということは…」という思いはあったと思います。

 この映画で描かれている主人公たちの夢は「野球」ですが、学問の途上で夢破れた人たちの思いはいかばかりか…と思われます。「夢」は野球であり、音楽であり、美術であり、学問だったのに「現実」は戦争でありやがて訪れる死でもあるのです。

 回天の操作は実に複雑な操作が必要だったようです。その操作を覚えるには若い頭脳と鋭い反射神経が要求されたようで、したがって予科練の生徒や予備学生が多く集められたのは必要だったからのようです。学問を消し去って、その操作を覚えるために没頭していった学生たちの気持ちは、どんなだったのでしょう。覚えた先には死のみが待つのですから…。

 映画ですが、そう言う意味では良くできた映画だと思います。戦争の悲惨さを強調して観客に押しつけてくるのではなく、観客の側で考えさせられる作品になっていたように思います。

 回天の出撃隊員の潜水艦での、回想シーンとしていろんなエピソードが語られていきます。公開直後なのでストーリーに触れないように注意して語りたいと思います。

 大学時代の回想シーンでは、野球場での楽しい仲間とのふれ合い、喫茶店での中での討論シーン(これはよく行く下松市の喫茶店がロケ現場になっているためにちょっと違和感と、より身近に感じてしまった気分が重なってしまいました。)喫茶店で言い合いになる陸上部の北選手は、オリンピックをめざしていたが、戦争のために挫折してしまう設定になっている。原作だともっと貧しい設定になっていて喫茶店でコーヒーを飲んでいるような設定になっていないが、2度も喫茶店で出会うようになっています。

 回天出撃隊員の4名に並木と北と関西弁の佐久間と少し年少の沖田が同乗する。並木の回想シーンで並木自身の出撃への思いは伝わるが、残り3名についても少しでいいから回想シーンが必要ではなかったか。北の「死んで軍神になりたい」と泣き伏す姿を理解するためには、彼の生い立ちを描く必要があったのではないかと思えた。

 彼らを乗せていく潜水艦の艦長の「回天攻撃の出撃命令を出すのは死ねと同じ意味だからな…」とつぶやくシーンは印象的でした。この映画には、根っからの反ヒューマニズムの人間は存在しないのです。戦争とは、そもそもそういうものなのかもしれません。

 固い話はこのへんにして、映画自体は登場キャストの個性によって、見応えのあるものになっていると思います。若手俳優がここまで演技できているのは、『パッチギ』以来だと思って見ていました。並木の妹役で「四日間の奇跡」の千織役の尾高杏奈もよくやっていたと思います。沖田隊員役の伊崎充則は子役時代からよく見ていたけど、今回は非常に存在感のある役を好演しています。

 他にも中堅どころが脇をしっかりと固めていて、作品としては見所のある作品だと思いました。

 このブログにも時々コメントを寄せてくれている“のんびり倶楽部”さんがこの映画のエキストラとして教師役で出ているということを聞いていたので、目をこらして見ていました。「ありました!」並木が家族と最後の別れをした後で、翌日駅から列車に乗って出発しようとした時、家族と窓越しの並木の向こうに一瞬“のんびり倶楽部”さんの顔が出てきました。恋人の美奈子が出てくるともう“のんびり倶楽部”さんの出番はありませんでした。

 ともあれ、ぜひみなさん観ることをおすすめします。この映画はDVDで観る前に一度劇場でみることをお勧めします。
 
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時間のたつのって違いますね

2006-09-16 23:54:13 | 日記
 時間の経過って時と場合によって違うような気がしますね。
 
 今日は育休中の女性と、病休中の女性の3人で昼食に出かけました。時間に少しゆとりがあるということで上関にあるレストラン「瀬里香」を目指しました。スペシャルランチをゆっくり取りました。

 料理も確かにおいしかったのですが、お互いの近況、学校の近況、子育ての話などあれこれしていたら、あっという間に2時間くらいたっていました。そんなにここにいた記憶はないのですが、気がついたら後から来たお客さんもどんどん食事を終えて帰って行ったのを考えると確かに時間が経過していたのでしょう。

 時間の経過というのは、長く感じる時と短く感じる時は本当に同じ時間なのだろうかという気がしますね。

 もっともっと話したかったのですが、2人とも子育て真っ最中の女性なので待ち合わせた場所まで送って解散しました。

 大したことを話しているわけではないのですが、ほんの雑談で時間を忘れてしまうような一時をすごすことっていいですよね。

 またこんな時間をすごしてみたいと思っています。
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『船を降りたら彼女の島』

2006-09-15 23:47:35 | 映画
 NHK衛星第2(BS11)にて、8月22日(火)20:00~21:55に放映されていた『船を降りたら彼女の島』を見ました。

 お隣、愛媛県で制作された小作品です。退職した校長夫婦(大杉漣、大谷直子)がやっている廃校を利用した民宿に、東京から娘(木村佳乃)が帰郷してくるという話です。娘は、東京の大学に行って、そのまま向こうでマスコミ関係の仕事をしていて、結婚も自分で決めて、その報告に帰ってきたという話です。

 その話を父親になかなか切り出せずに、いろんなことを考えていく。その中には小学校の頃の初恋のエピソードも交えていく。何の変哲もない、上がったり下りたりするストーリーもなく、瀬戸内の風景になじんでいく主人公の娘と、寡黙な元校長の後ろ姿と、2人を支える母親の姿、それらをまさに淡々と描き出していく。娘は何度か父親に「お父さん、お父さん、あたし…」と呼びかけるが、伝える言葉を飲み込んでしまう。父親も娘の急な帰郷に何かあったのではないかと心配するがききだすことができない。

 そのバックには、押尾コータローのギターの音が延々と響いていく。ある意味音楽ムービーと呼んでもいいのかもしれないほどの伝わり方をしてきます。『木もれ陽』という曲です。すでにCDになっていたので聞いたことはあるのですが、場面と合わさるとこんなに切なくさせられるかと思うほどのできばえになります。

 帰郷はいろんな映画で取り上げられるテーマです。ずっと田舎暮らしをしている人間にはなかなかわかりにくいものかもしれません。大学生の時に帰ってくる時どんな気持ちだったんだろうと思い出そうとするのですが、なかなか思い出せません。この映画全体から伝わってくるのは、暖かさ、せつなさ、ほろ苦さ、小さな痛み、などなどでしょうか。

 結婚という転機に立つ一人の女性が、忙しい都会暮らしから解放されて、時が止まっているかのような故郷で、今までの自分を振り返ってみるそういうテーマなのかもしれません。そのことで、新たなスタートができるということでしょうか。

 なぜか、こんな心にひかれるストーリーもなくて、登場人物の心の変化を、自然描写とともに捉えていくというような作品に心惹かれます。
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