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函館市とどほっけ村

法華宗の日持上人にまつわる伝説のムラ・椴法華。
目の前の太平洋からのメッセージです。

今日の新聞から思うこと

2007年11月16日 10時31分14秒 | えいこう語る
11月15日の朝日新聞を、良いニュースと悪いニュースに分けてみた。
ほとんどが芳しくないニュースで、心温まるニュース等ほんの一握りしかなかった。
何時もは午前五時頃配達される新聞を、寝床で見るのを楽しみにしているのだが、最近は新聞に対する期待感が薄くなっている。
それでも今日こそは心が晴れるような記事があるのではないかと思い、眠い目をこすりながら新聞を取りに行くのだが、期待はずれで全部読み終わらないまま、新聞を顔に落として二度寝をしてしまうこの頃だ。
寝床から起きて読み直すと「ひととき」という、読者からの投稿欄に思わず目頭が熱くなった。69歳の主婦の投稿である。
友人の訃報の5日後に、本人から手紙が届いたそうだ。その手紙には彼女の好きだった日本画の切手も張ってある。この10年間闘病を続け何時も明るく姉御肌のその友人は、亡くなる前に親しかった友人に手紙を書き、夫に託したらしい。
「生前に余りある御厚志をいただきましたので、ご香料等固く辞退させていただきます。お墓はありません。空を眺めてください」と書いてあったそうです。
さらにこんな一句も添えられていた。
     
 友がいる 青き地球(ふるさと) 抱き寄せる

「愛がなければどんな言葉も、相手の心には届かない」とは、確か聖書の一節だと思うが、亡くなる直前の本人からの直筆の手紙ほど、心に響くものはないと思う。
私も自分が亡くなった時、テープに吹き込んでおいて、お礼の挨拶を流してもらおうかと冗談で友達に言う事もある。
また友人の弔辞に対し、謝辞を用意してみようとも考えたりするが、まだ死ぬには時間が有ると思い、考えだけに終わっている。
しかし、自分の葬式は自分が主役になるが、自分が唯一出演できないイベントでもある。この最後のビックイベントに、写真でひな壇に飾られているのも恥ずかしいような気がする?
せめて辞世の句でもと思うが、友がいる・・・なんて素敵な句など出てきそうもない。   
でも、立つ鳥跡を濁した、なんて言われるのも、心残りだし・・・。


11月15日。幻の様な初雪を見た。

2007年11月15日 15時08分56秒 | えいこう語る
4日程海が荒れていた。昨夜も蒲団の中で図書館から借りた吉村昭の小説を読んでいた。
戦争中に或る小さな漁村で発生した行方不明事件が、時効後に死体が見つかり、その真相に迫る奇妙な殺人事件である。その小説の内容に臨場感をもたせるように、消波ブロックにぶつかる波の音が、絶え間なく枕元に響いていた。
翌朝新聞を取りに玄関に行くと、風もなく雨が静かに降っていて、海を見ると波はだいぶ静けさを取り戻していた。
新聞を広げると、山田洋行関連の記事が大きく出ていた。年間5兆円に及ぶ国民には使い道がよくわからない防衛予算の中で、この問題はロッキード事件より広がりを持った、大きな問題になる可能性もあるかもしれない。
しかし、この事件は日米の安全保障の壁に阻まれ、すでに水面下で落としどころが決まっていそうな気がする。
松岡農林水産大臣の自殺は、何年も前の事件ではない。つい数ヶ月前の出来事であるが、永田町ではまったくの解決済みの事例ではないか。
山田洋行事件も、生贄の候補がすでに名指しされているかもしれない。誰が命令を下すわけではないが、関係者の中では誰かが犠牲にならなければ納まらないと言うのを、暗黙のうちに了解しているに違いない。
こんなことを朝から考えるのは、昨夜の小説の影響が大きい所為かもしれない。
犠牲者の出ないような監視も必要に思う。
正午少し過ぎた時、ほんの10数秒だけど、大粒の雪が降ってきた。タイヤ交換の時が来たなと思ったら、バラバラと雨が落ちてきた。雨と共に雪はあっという間に消え、その雨もすぐに止んだ。
雨が止んだ後急にお日様が照りだし、雨に打たれ薄ぼけて枯れそうな庭のもみじが、とても赤く美しく輝いた。しかし一瞬の日差しも、まもなく雲に遮られてしまった。
ほんの数分の出来事が、不吉な事の前兆のように感じられたのは、やはり、昨夜読んだ小説の影響かもしれない。
それにしても真夜中の波の音は、効果音としては見事な演出であった。


男らしさについて考えてみた

2007年11月14日 09時52分11秒 | えいこう語る
とにかくテレビで頭を下げ謝っているのは、どこどこの社長と呼ばれる、いい歳をした男ばかりだ。
さらに我が国の首相までが、政権をほっぽり出し、豪腕と言われ、いかめしい顔で周囲を威圧する党首までが「辞めます、いや辞めません」と、男らしさとは程遠い醜態を国民に晒した。
先頃亡くなった作家城山三郎さんの小説の中には、男らしく生きた人物が登場する。その男らしさの共通するものとは「潔さ」なのだろうか。
私が30歳を少し過ぎた時、腹部の手術で函館山の中腹にある、函館港が一望出来る総合病院に入院した。「自宅から遠いから、なるべく近い病院に」と妻が望んだが、この病院の近くに高校時代住んでいたので、何時か病気になったら眺望のよいこの病院に、入院しようと決めていたのだ。
70歳ぐらいだろうか、日曜日にテレビで競馬を楽しむ男がいた。ベットの上にあぐらをかき「それ行け!」とテレビで走る馬に向かい檄を飛ばす。馬券を買っているらしい。負けた時ベットにひっくり返り、同時にナースコールする。「点滴を頼む」そんな光景を何度か見た。
或る日ナースステーションの前の一人部屋に移された。付き添いしていた奥さんが、非常階段の踊り場に一人腰を掛けていた。
「奥さん毎日の看病大変ですね」と、私はその淋しそうな姿を見て声をかけた。
「主人にはただの胃潰瘍と言ってるけど、実は末期の癌なんです」と、身内にでも話すように語り始めた。
「夫は若い時は腕のいい職人で、仕事は誰よりも良くやり、羽振りもよく、よそに女がいたけど、その女に家を建ててやるような男だったんです。遊び人で随分私も苦労したけど、それでもいざ死ぬとなったら、淋しいものです」と言う。
身近な人には胸のうちを語れず、見ず知らずの若い私に語りかけたのは、どんな心境なのだろうか。先に旅立つ者への、ただに感傷に過ぎないのだろうか。
死の間際まで競馬に興ずる夫を、周囲は怪訝そうに見るが、その実体の一部でも誰かに知ってもらいたいと言う女心が、そこはかとなく伝わっては来た。
妻が赤の他人に、いい男だったんだよと言わせる男は、やはり男らしい男だったのかもしれない。
この話、男らしさとは何の関係もない、ただの遊び人の話だと言われればそれまでの事だが、なぜか男らしさと言う事が話題になると、私は時々思い出す話である。
この病院は周辺人口の移動と共に、別の場所に建てられたが、最上階のロビーから函館港が見渡せ、海峡には青函連絡船が往来していた時代の、映画のワンシーンのような出来事である。
男らしさの概念も、男と女では違うだろうし、時代とともに変化していくものでもあるようだ。


芸術の秋の終わりに水引細工を見た

2007年11月12日 15時44分05秒 | えいこう語る
友人の奥さんが、函館市の芸術ホールで水引細工を展示しているので、ぜひ来場をとの誘いがあった。
会場までの1時間、山道を車で走った。五月には新緑で山が笑っていたのに、今では枯れ木が目立ち、雪の訪れも間近だ。葉が落ちた木々は寂しい気もするが、常緑樹の雪景色もいいが、枯れ枝に付いた雪も趣があり美しい。
「水引の歴史は遣隋使小野妹子が、持ち帰った隋からの贈り物に、紅白で染め分けた麻紐が掛けられていて、これは帰途の航海の安全を祈願し、真心のこもった贈り物である事を表していたことから、以来、朝廷への献上品には、必ず結ばれるようになったと言う事です。平安時代には『連歌』を綴る紐として用いられ、室町時代には現在の結び方のほとんどが考案され、江戸時代になると元結として庶民にも広く使われるようになった。」・・・配布の栞から。
友人の奥さんから大先生を紹介され、先生直々の講義をいただいた。
先生は70歳らしいが、若い頃は相当美人であったろうと思わせる顔立ちを、今でも充分うかがわせていた。・・・山は枯れても先生は紅葉の真っ盛りだと、ふとそんなことを思ってしまった。・・・(先生ごめんなさい)
説明も水が流れる如く的確に、普段考えても見なかった水引の歴史を、十分理解させていただいた。
「日本はこのような素晴らしい芸術文化のある、美しい国なんですね」と言うと「私は安倍元総理の言う美しい国というのが理解できません。あの方は美しいと言うものの本質を、間違っているのではないでしょうか」と先生は俄然気色ばみ「今の世の中の乱れは、日本文化をきちんと理解していないからだ」と、日頃の御高説を延々披露してくれた。
「御尤もですとも」と私はだだただ頷くばかりでした。
声をかけてくれた友人の奥さんは、函館市内の老舗酒店の奥さんである。今度店にいらしたら、酒瓶に水引飾り付けプレゼントしますと言う。
「きっと亀に違いない?」亀は万年も生きるけど、飲みすぎて甕を壊さないでねと言う、洒落っ気でくるかもしれない?
奥さんは上州生まれのさっぱりした気性だ。ただし家で旦那を尻に敷いたりはしていない。言葉も歯切れが良く、ジョークの反応がすこぶるいい。
だから奥さんの勧める酒は、何時も飲み心地がすっきりしている。
芸術の秋最後の鑑賞会も、結局お酒で落ちついたようです。


感動の芝居を見せてほしい

2007年11月09日 15時02分14秒 | えいこう語る
小沢氏の辞任撤回の挨拶が終了後、批判質問を遮る様に、「意義無し」の声が次々飛び交ったのを見て、田舎の議会レベルだなと情けなさを感じた。
仙石氏が苦言を呈したが、相当数の党員が、仙石氏と同じ気持であったに違いない。
その後の報道によると、今回の大連立劇の仕掛け人は、読売新聞のナベツネ氏と元総理のナカソネ氏であるという。
この二人の顔ぶれを見れば、今回の芝居の最終回は、憲法改正(第九条の改正)劇の上演がはっきり浮上して来たのではないだろうか。
次の選挙は自民が圧勝すると言い切る評論家もいる。
もしそうなったとしたら、今回の民主党のどたばた劇は、小沢氏が自らの党の脆弱さを国民に曝け出し、小沢氏が自民党の危機を救ったことになる。
第一幕は「参議員戦与野党大逆転の巻」で超大入り満員にした。
第二幕は「密室会談・大連立への道」これは期待した割には、主役が突然の降板、観客は帰りそうになったら再び舞台復帰をした。これには木戸銭を返せと言う観客と、もう一度名人芸を見てみたいとの観客に別れた。
第三幕は「陣太鼓は響く・双子のクラノスケ」の予定であると言う。
秋も終わり雪が降り出し、いざ討ち入りかと見せるが、雪融けを合図に陣太鼓は打ち鳴らされる。野党のクラノスケは盛んに太鼓を鳴らすが、家来は鼻息が荒そうに見えるが、意外と浮き足立っている。
一方劣勢と見えていた旧勢力は、第二幕以来、次第に力を蓄え、オールスターを総結集し、殿の出陣の太鼓を万全の体制で待つ。
ナカソネの守ヤスヒロ・ヤマザキの守タク・ノナカの守ヒロム・モリの守ヨシロウ・コイズミの守ジュンイチロウなどなど、こちらは役者ぞろいである。
ななんと、両方の陣営で太鼓を打ち鳴らしているのは、双子のオザワクラノスケではないか。
野党にも与党にもクラノスケがいて、お互いに戦わせ生き残った選りすぐりで手を組み、憲法改正劇に向けた強固なスタッフを組もうとの筋書きだ。
そんな小芝居をしている最中、演劇の本場米国から国防長官がシナリオ作りと演技指導にやって来た。
日本の主役、福田氏に稽古をつけるつもりらしい。国際的な芝居となると、やはりハリウッドを持つ、米国にお願いしなければならないようだ。
でも多くも国民は、「3丁目の夕日」のような、ほのぼのとした、未来に希望を持てる舞台を期待しているに違いない。