11月15日の朝日新聞を、良いニュースと悪いニュースに分けてみた。
ほとんどが芳しくないニュースで、心温まるニュース等ほんの一握りしかなかった。
何時もは午前五時頃配達される新聞を、寝床で見るのを楽しみにしているのだが、最近は新聞に対する期待感が薄くなっている。
それでも今日こそは心が晴れるような記事があるのではないかと思い、眠い目をこすりながら新聞を取りに行くのだが、期待はずれで全部読み終わらないまま、新聞を顔に落として二度寝をしてしまうこの頃だ。
寝床から起きて読み直すと「ひととき」という、読者からの投稿欄に思わず目頭が熱くなった。69歳の主婦の投稿である。
友人の訃報の5日後に、本人から手紙が届いたそうだ。その手紙には彼女の好きだった日本画の切手も張ってある。この10年間闘病を続け何時も明るく姉御肌のその友人は、亡くなる前に親しかった友人に手紙を書き、夫に託したらしい。
「生前に余りある御厚志をいただきましたので、ご香料等固く辞退させていただきます。お墓はありません。空を眺めてください」と書いてあったそうです。
さらにこんな一句も添えられていた。
友がいる 青き地球(ふるさと) 抱き寄せる
「愛がなければどんな言葉も、相手の心には届かない」とは、確か聖書の一節だと思うが、亡くなる直前の本人からの直筆の手紙ほど、心に響くものはないと思う。
私も自分が亡くなった時、テープに吹き込んでおいて、お礼の挨拶を流してもらおうかと冗談で友達に言う事もある。
また友人の弔辞に対し、謝辞を用意してみようとも考えたりするが、まだ死ぬには時間が有ると思い、考えだけに終わっている。
しかし、自分の葬式は自分が主役になるが、自分が唯一出演できないイベントでもある。この最後のビックイベントに、写真でひな壇に飾られているのも恥ずかしいような気がする?
せめて辞世の句でもと思うが、友がいる・・・なんて素敵な句など出てきそうもない。
でも、立つ鳥跡を濁した、なんて言われるのも、心残りだし・・・。
ほとんどが芳しくないニュースで、心温まるニュース等ほんの一握りしかなかった。
何時もは午前五時頃配達される新聞を、寝床で見るのを楽しみにしているのだが、最近は新聞に対する期待感が薄くなっている。
それでも今日こそは心が晴れるような記事があるのではないかと思い、眠い目をこすりながら新聞を取りに行くのだが、期待はずれで全部読み終わらないまま、新聞を顔に落として二度寝をしてしまうこの頃だ。
寝床から起きて読み直すと「ひととき」という、読者からの投稿欄に思わず目頭が熱くなった。69歳の主婦の投稿である。
友人の訃報の5日後に、本人から手紙が届いたそうだ。その手紙には彼女の好きだった日本画の切手も張ってある。この10年間闘病を続け何時も明るく姉御肌のその友人は、亡くなる前に親しかった友人に手紙を書き、夫に託したらしい。
「生前に余りある御厚志をいただきましたので、ご香料等固く辞退させていただきます。お墓はありません。空を眺めてください」と書いてあったそうです。
さらにこんな一句も添えられていた。
友がいる 青き地球(ふるさと) 抱き寄せる
「愛がなければどんな言葉も、相手の心には届かない」とは、確か聖書の一節だと思うが、亡くなる直前の本人からの直筆の手紙ほど、心に響くものはないと思う。
私も自分が亡くなった時、テープに吹き込んでおいて、お礼の挨拶を流してもらおうかと冗談で友達に言う事もある。
また友人の弔辞に対し、謝辞を用意してみようとも考えたりするが、まだ死ぬには時間が有ると思い、考えだけに終わっている。
しかし、自分の葬式は自分が主役になるが、自分が唯一出演できないイベントでもある。この最後のビックイベントに、写真でひな壇に飾られているのも恥ずかしいような気がする?
せめて辞世の句でもと思うが、友がいる・・・なんて素敵な句など出てきそうもない。
でも、立つ鳥跡を濁した、なんて言われるのも、心残りだし・・・。