▼おじさん(74歳)は、買い物をしてレジにきた。レジの若い女性が、“007円”ですと言った。最近耳が遠くなってきたのを感じているおじさんは、4円と聞こえたので、財布から1円玉を4枚出した。
▼そこで大きな声が聞こえた。“7円”!!。おじさんはレジスターの値段を確かめたが、7円だった。慌てて3円を追加した。
▼たったそれだけのことだが、あまりにも大きな声だったので、一瞬頭が真っ白になってしまったのだ。出来れば「お客様7円ですが」という、やさしい言葉をかけてほしかったからだ。
▼おじさんは意気消沈し、車の中で学生時代の頃の“7円”についての記憶を思い出したのだ。朝起きて学校に出かける前、ラジオをかけていた。
▼永六輔さんと遠藤泰子アナウンサーのコンビの【永六輔の誰かとどこかで】だ。オープニングの曲は「♪遠くへ行きたい」。
▼その中で「7円の唄」というコーナーがあった。当時葉書が7円だったのにちなみ、リスナーが感じた小言や苦言を葉書で投稿、それを泰子さんが読んで、永さんが答えるというものだ。
▼泰子さんが読み始めると、BGMは「アルハンブラの思い出」が流れた。そういえば「いい味の桃屋がお送りしました」という、スポンサーの宣伝も心地よかったのを思い出した。
▼泰子さんの「7円の唄」に励まされ、学校に向かったことを思い出した。あれから半世紀を過ぎた。おじさんは、その夜真冬の星空を仰いだ。
▼大好きな“7円”の星(北斗七星)は隠れていたが、雪雲の中に薄っすらと月が出ていた。「あんまりくよくよしないで」と、古事記で学んだ夜を治める「月読命(つくよみみこと)」が励ましてくれた。
▼おじさんは民主主義の劣化を感じた。民主主義とは「個人の人権」を大切にするということだと考えていたからだ。
▼国家も憲法をないがしろにし、戦争準備を始めた。それは民主主義の否定でもあり、全体主義への助走でもある。
▼そんな国家だからレジの若い女性まで、おじさんの心を踏みにじるのだ。その夜の月読命の声は、遠藤泰子アナウンサーの声だったような気がした。
▼おじさんはその夜から、佐伯啓思著「さらば、民主主義」(憲法と日本社会を問いなおす)朝日新書 を読み始めた。