▼70歳を過ぎたあたりから、新年を迎えるたびに浄土世界が近くなっているというのを実感する。浄土とは相当遠いところだと聞いてはいるが、その場所を実感するところが、実は近くにある。
▼私の周囲の30キロ圏内に、温泉が10個所ある。特に真冬の温泉は身も心もあったかくし、安らぎの極みに達する。
▼入浴中の高齢者たちが「極楽・極楽」と、うなっている。そういえばあの世を「極楽浄土」という。つまり現世での極楽浄土が、温泉のことではないかと思うからだ。
▼「温泉パラダイス」という言葉は聞いたことがあるが、「極楽浄土温泉」という名称は聞いたことがない。なんだか救急車のお迎えのサイレンが聞こえてきそうだからだ。
▼というわけで、今年初の温泉に出かけようと思う。入浴料金も高齢者は50円なので、夫婦で100円というのも極楽料金だ。
▼今日は二度温泉に入ろうと思う。朝から妻が弁当を作っている。一度入ったら畳の大広間で休憩し、食事をした後、私は読みかけの「民主主義とは何か」という文庫本を読もうと思っている。
▼権威主義がはびこってきた現在は、世界各地で地獄がはびこっている。そんな寒い世の中で、温泉に入り「民主主義」を考えることが、最も心の平和につながるような気がするからだ。
▼暮れに妻がこんな話を聞いてきた。以前ブログに取り上げたことがある、横浜生まれのおばさんから聞いた話だ。
▼おばさんは横浜で生まれた。ご主人はこの温泉の町に生まれ横浜で働いていた。結婚し横浜に住んで居たが、定年後父親が一人なので、故郷に戻りたいと言った。
▼子どもに恵まれなかったので、北海道への移住を決め、義父と三人暮らしをした。ところがご主人は1年で浄土に旅立ち、1年後に義父も旅立った。
▼独りぼっちのおばさんに、捨て猫の親子(3匹)が同居するようになった。※「親猫と子猫の一匹は仲が良く、もう一匹をいじめるので、おばさんは二匹を物置で、一匹は自宅2階で住まわせているという」。
▼おばさんの身内は横浜にいる姉一人だ。その姉も一人暮らしだ。だがその姉も暮れに亡くなった。
▼おばさんというが76歳だそうだ。私の妻は73歳なので、本来なら「横浜のおねえさん」というのが失礼のない言い方なのだが、76歳ならやはりおばさんが適当な呼び名だと思い、私たち夫婦は勝手に「横浜のおばさん」と呼んでいる。
▼おばさんは横浜に出かけることになった。そこで猫たちの世話を近所の人に頼んだ。だが帰宅すると猫たちは外にいた。鍵を渡していたのに、閉めっぱなしでいたという。この寒さ厳しい真冬にだ。
▼おばさんは涙を流した。だが頼んだ人はお金を当然のように受け取ったという。おばさんの心は地獄のように冷え切ったのかもしれない。
▼でもおばさんは、私の妻に「私って、猫に生かされているのかもしれない」と話したという
。毎日入る温泉は、おばさんに阿弥陀如来のような慈悲の心を持たせてくれたのだろう。私も妻もそう思う。
▼それでは私たち夫婦も、これから「極楽浄土温泉」に出かけようと思う。お賽銭は二人で100円だ。