「吾輩は猫である」の中に、なぜだか分からないのですが、漱石は、全国数ある中の名物に、岡山の「吉備団子」を取り上げております。
なぜ、吉備団子がここに、です。
その辺りのことは、今まで誰も取り上げておりませんので(無論、あの森田草平すらもです、取り上げるだけ無駄なのかもしれませんが)、敢えて、その仮説みたいなものを出してみたいと思います。
まず、この「吉備団子」と言う字が載ったホトトギスを見てください。
ホトトギス百号に載った「吾輩は猫である(三)」です。字が小さくて読めないかもしれませんが、上段の四行目に
「・・・此間は岡山の名産吉備団子を態々吾輩の名宛で届けて呉れた人がある。・・・」
と、出ています。
「なぜ吉備団子を、誰が」という、私の大胆な仮説を書いてみますので、ご批判くだされば幸いです存じます。
それは、漱石の猫の挿絵を画いていた中村不折が、この前の豪渓風景の写生のため岡山に来ていて、そのお土産に
「これを猫様にでも差し上げてください」
と、挨拶代わりに、態々(わざわざ)漱石のためにと買ってきてくれたものではないでしょうか。
この写生旅行がいつだったかは不明なのですが、朝日新聞社にでも尋ねてみれば分かるのではと思いますが、それほど重大なことでもないので、私の頭の中だけに止めておこうと思っています。
なぜ、吉備団子がここに、です。
その辺りのことは、今まで誰も取り上げておりませんので(無論、あの森田草平すらもです、取り上げるだけ無駄なのかもしれませんが)、敢えて、その仮説みたいなものを出してみたいと思います。
まず、この「吉備団子」と言う字が載ったホトトギスを見てください。
ホトトギス百号に載った「吾輩は猫である(三)」です。字が小さくて読めないかもしれませんが、上段の四行目に
「・・・此間は岡山の名産吉備団子を態々吾輩の名宛で届けて呉れた人がある。・・・」
と、出ています。
「なぜ吉備団子を、誰が」という、私の大胆な仮説を書いてみますので、ご批判くだされば幸いです存じます。
それは、漱石の猫の挿絵を画いていた中村不折が、この前の豪渓風景の写生のため岡山に来ていて、そのお土産に
「これを猫様にでも差し上げてください」
と、挨拶代わりに、態々(わざわざ)漱石のためにと買ってきてくれたものではないでしょうか。
この写生旅行がいつだったかは不明なのですが、朝日新聞社にでも尋ねてみれば分かるのではと思いますが、それほど重大なことでもないので、私の頭の中だけに止めておこうと思っています。