話は先週の初めにさかのぼる。
月曜日、骨付きのチキンレッグを買ってきてローストチキンを
作ってみた。うちのオーブンレンジは20年近い年期モノだから、
ちゃんと作れるかどうか不安だったのだ。
結果は惨敗。30分焼いても焼き目はつかず、シオシオの蒸しチキン
になってしまった。美味しくない。
仕方がないので翌日の火曜日、残った蒸しチキンにマーマレードと
マスタードとおろしショウガを塗りつけてオーブントースターで
焼いてみた。さすがにヒーターが近いからこんがりと焼き目がつき、
オレンジ風味のローストチキンはなかなかの出来栄え。
つまり、ちゃんとしたヒーターのついたオーブンが必要ってこと
なのよね。すなわち、オーブンレンジを買い替えるしかないという
結論がここに急浮上するのである。
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金曜日、新しいレンジで三度目の挑戦だ。今どきのオーブンレンジは
実に大したもので、見事といってもいいくらいのローストチキンが
かんたんに焼き上がった。よし、これでいける!
そしていよいよ本番の日曜日、天板の上でジュージューと音を立てる
チキンをみんなに披露。「わぁー、すごいね」と上がる歓声。
練習の甲斐がありました。もっとも、私、当分鶏肉の顔は見たくない
ですけど。
オーブンレンジの買い替えに、近くの家電量販店に出かけた。
まずはN店。
店員さんは懇切丁寧に商品説明をしてくれたけれど、この店舗は売り場
面積がせまいため、展示品も在庫も少ない。私の欲しい機種は取り寄せに
なると聞いて諦めた。代わりに掃除機の紙パックをかごに入れてレジに
向かう。
会計をしてくれたのは「研修生」の名札をつけた若者で、不慣れ感に
満ち満ちていた。モバイル会員には来店ポイントがつくはずなのだが、
キョトンとされてしまい、私の方が焦った。
そばの先輩社員が慌ててフォローしてくれてヤレヤレ。
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その足で、次はY店をめざした。
ここはやたら広くて商品展示も豊富。これと決めていた機種があった
ので、そばにいた店員さんの背中に声をかけた。だが、振り返りながら
彼の発したことばは
「私でお役に立てるでしょうか」
彼の胸には「研修生」と書かれた大きな名札が------
ぅわ~、ここにも不慣れな新人さんが、といささかゲンナリしたけど
「買う品物は決まっているので大丈夫よ」と励ました。
在庫調べ、代金の確認、配送の手配、そして支払い手続き…ものすごく
時間がかかったけれど、あんちょこノートと首っ引きで彼はやり遂げた。
私も研修のお手伝いが出来てちょっと嬉しかったかな。
我が家から徒歩圏内には、洋菓子店が少なくとも5軒ある。
地元で100年以上の歴史を持つ実力派A店。
同じく地元で40年の実績がありメディアに何度も紹介されるB店。
東京有名店の支店であるC店とD店。
さらに、日本中どこへ行っても出くわすことで有名なE店。
和菓子の手薄さに比べ、洋菓子の層の厚いこと。
そこへ新しい洋菓子店がオープンしたのである。狭い範囲にこれだけ
たくさんのケーキ屋さんがひしめいている中、新規出店とは思い切った
なあと、感心する。
ポスティング広告でオープンの知らせを知った私は、焼き菓子プレゼント
につられてさっそく出かけて行った。立地はイマイチ、店構えも地味で、
うっかりしていると通り過ぎてしまうほど。
だが、ケーキも焼き菓子も水準以上の美味しさで、職人の誠実さが
伝わってくる。洋菓子激戦の土地ではあるけれど頑張ってほしい。
機械にガチャンとはめ込む方式の駐輪場で時々遭遇するのは、きちんと
はめ込まずに機械の隙間に突っ込んである自転車である。
理由はいくつかあるのだろう。
*非力な人にとって、角度のきつい方の機械に自転車を装着する
のはけっこう大変なのかもしれない。
*すぐに戻ることを想定して、いちいち機械に入れるのは面倒だと
思う場合もあるだろう。
*逆に、長時間の駐輪が分かっているときは、駐輪代金を逃れる
ために敢えて機械に入れないという図々しい人もいたりして。
2時間を超えると有料になるシステムだからね。
いずれのケースも、その自転車の隣の機械に駐輪しようとする人の
邪魔になってしまうのは同じこと。
だから、そういう場面に出くわしたときの私は、余計なお世話かなあと
思いつつも、その自転車をきっちりと機械にはめ込んであげるのです。
機械にガチャンとはめ込む方式の駐輪場では、出庫する際、自分の
自転車を入れた機械の「固有番号」が必要になる。
私はたいていの場合、駐輪番号をしっかり覚えることにしている。
戻った際、いちいち自転車のところまで行って確かめる二度手間を
避けるためもあるけれど、自分の短期記憶を試すというか鍛えると
いうか、そんな思惑もあったりして。
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先日のことだ。自転車を機械に入れたあと、ついうっかり番号を覚え
ないまま離れてしまった。そして40分後。
「今日は駐輪番号を確認し忘れちゃったぞ」と思いつつ戻ってきた
そのとき、突然3桁の数字が頭の中に立ちのぼってきて驚いたのである。
たぶん、その日の私は、番号を数字としてではなく「絵」としてとらえ、
たまたま視界に入ったその「絵」を頭の中に無意識にしまいこんだの
だろう。駐輪場に戻ってきた瞬間、連鎖反応で、その「絵」が浮かんだ
というところだろうか。
こういう記憶再生もあるんだなあと、ちょっと不思議を感じたできごと。
妹と二人 「アフタヌーンティルーム」でコーヒーを飲んでいた。
私はホットアップルパイ、妹はスイートポテトプディング。分け合って
両方を味わう。それぞれにとても美味しい。
「さて、そろそろ行く?」と立ち上がろうとしたときである。隣のテーブル
から突然声をかけられた。年配の男性客が
「これ食べていただけませんか」
と自分の前のプレートを指さしている。この店の看板メニューのひとつ
アフタヌーンティセットだ。大きな白いお皿の上に、ショートケーキ、パフェ、
アイスクリーム、そしてスコーンの4品が美しくデコレートされている。
「実は急用ができて、すぐ出なくちゃならなくなって…」
おお~、何ということ。ほんの一口ずつ食べる時間さえないのだろうか。
せっかく吟味してチョイスしたプレートを手つかずのまま置いていかなく
てはならないの?
お気の毒としか言いようがない。お腹いっぱいでなかったら喜んで
いただいていたかもしれないけれど、残念ながら余力なし。
この男性客とたぶん同じくらいがっかりな気持ちで、店をあとにする
私たちでした。
私の乗った電車は11時27分ジャストに1番線へ到着した。さらに もう
ひとつ乗り継がなくてはならないのだが、乗るべき電車は3分後に発車の
予定。しかも10番線から出るので、はるかかなたのホームということになる。
ホームの階段は、電車を降りたお客とこれから乗ろうというお客がぎっしりで、
なかなか前へ進むことができない。乗り換え時間はわずか3分。
間に合うか。この乗り継ぎ電車を逃したら、30分待ちを覚悟しなくては
ならない。
やっとの思いで雑踏を抜け出し、10番線のホームに向かって連絡通路を
ダッシュ開始だ。人、人、人の波をかいくぐりながら、ひたすら走る。
はた迷惑は百も承知の自己嫌悪だけど、とにかく間に合いたい一心で
走って走って走り抜ける。
10番線に到着。階段を飛ぶように駆け降りると、ホームに到着していた
乗り継ぎ電車に飛び乗った。間一髪セーフ!
と思ったら、意外なことに、発車まであと2分もあるではないか。あの混雑
の中、連絡通路の端から端まで実にわずかな時間で走り抜けた計算になる。
これは私の俊足のなせる業か?
いや、たぶん違うと思う。1分間、つまり60秒という時間が侮れない長さで
あるということを示しているんじゃないのかな。たかが1分だけど、けっこう
いろんなことができる長さなのだと今さら気がつく私。
衆議院議員総選挙の投票に行った。今回の投票所は新築まもない
「市民ホール」だ。
大雨の中、投票に向かうのであろう人たちがホールの入り口から
次々と中へ入っていく。ひときわにぎやかで、かつ華やかな若い
女性の一団がすぐ前を歩いている。私も彼女たちに続いて受付
の列に並んだ。
この人たちは連れ立ってきたのかなあ。こんな天候なのに誘い合って
投票に来たのね、えらいなあ。
その時、パタパタという足音が近づき、後ろから声をかけられた。
「申し訳ありません。投票に来られたんですよね。
投票受付はこちらなんです」
選管スタッフとおぼしき女性だった。私が整理券を手に持っていたので
知らせに来てくれたのだろう。えっ! じゃあ、この列はいったい何?
「今日はこのホールでダンスの発表会があるようでして」
そうだったのか、ロビーの左側はその受付。投票の受付は右側の方
だったのね。急いで方向転換だ。危うく発表会の受付に投票整理券
なんか出すところだった。恥ずかしッ。
だが、おっちょこちょいおばさんは私だけではなかった。こちらは投票
の受付場所に並んじゃった発表会目当てのお客さん。「あら~、ここ
じゃなかったの?」と言いながら走り去っていきました。
友人の娘さんが犬を飼うことにしたという。
コーイケルホンディエ、一度では覚えられない犬種名だ。オランダ産の
希少犬種なのだそうで、そのお値段を聞いた私は、はしたなくも「ヒェ~」と
奇声を発してしまった。
日本にはブリーダーの数も少なく、入手するのは大変だったのだとか。
友人が言う。
「今の時代、里親を求めている犬がたくさんいるのに、
何でまたそんな大金を出して買うという選択をしたのって
よっぽど言いたかったけど、娘夫婦が考えて決めたこと
だから私は黙ってたの」
犬を飼うことにした理由が、何年もの努力の末に子どもを諦めた、その代わり
だというのを知って、何も言えなかったのだ。
娘さんは、子犬を迎えるにあたって仕事をやめることにしたという。片時も
目を離せない仔犬、家を無人にして留守番させるわけには行かないからと。
我が子同然の気持ちで育てていこうとしているんだね。
それにしても、45万円かぁ……
予防接種をするために、近所の内科に予約を取った。変な言い方だけど
とても繁盛している病院で、年中混んでいる。
予約時間の17時ぴったりに到着すると、受付の横の電光掲示板が、診察
の進み具合を知らせていた。
「ただいま、16時15分予約の方を診療中です」
45分遅れかぁ。
かかりつけの歯科医院は、15分の中に4人の患者を入れている。予約時間
に行けば、ほとんど待つことはない。この内科はいったい何人詰め込んでいる
んだろ。45分遅れって、予約の意味がないんじゃないかい、とこっそりつぶやく。
いやいや、予約体制を取っているから、この程度の待ち時間で済んでいるの
かも。待合室の患者たちの表情に、イライラやウンザリは見て取れないものね。
**********
この医院は評判が良いのである。初老の医師は、患者の訴えをしっかり聞いて
くれるし、質問には丁寧にこたえてくれる。もちろん診たても確かだから、これだけ
たくさんの患者がやってくるのだろう。
実は私、迷ったのだ。決まりきった予防接種をしてもらうだけなんだから、閑古鳥
が鳴いているヤブのお医者さんでもいいかなって。ただ、そんな医者がどこに
いるのかが分からない。仕方なく、近くて評判が良くて、いつも混んでいるこの
病院に来るしかなかったというわけです。
乗り込んだ車両は、シートが全て畳まれていた。
少しでも車内を広くして、できるだけたくさんの乗客を詰め込もうと
いう通勤ラッシュ対策である。
だが、時刻はすでに9時30分。ラッシュのピークは過ぎており車内は
ガラガラだった。おしりをのっけて寄りかかるのにちょうど良いシートが
ほぼ全員に行き渡るくらいの乗車率だ。
だが、私の隣りの若い女性だけは逆向き、つまり窓に向かって立って
いた。畳まれたシートの上に大きめのバッグをドンと置き、化粧に没頭
しているのだ。
これがなかなか具合がよさそう。膝の上よりシートの方が安定感はあるし、
しっかり寄りかかれるし。 何より他の乗客に背を向けているわけだから、
じろじろ見られることもない。
やがて30分がたち10時になると「シートを下ろしてください」という車内
放送が流れた。寄りかかっていた人々は座面を倒してそのまま座席に
納まるという仕組み。もちろん隣りの彼女も、おもむろに化粧道具をバッグ
にしまって着席する。そう、この30分間、片時も手を休めることなく、
ひたすら顔の手直しに全力投球していたのを、私はずっと横目で見ていた
のよ。
毎朝この車両を選んで乗るのが彼女の習慣なんじゃないかなあ。人目を
気にせずメイクに専念できるし、時間が来れば座れるし、良いことづくめ。
お見事です。
その朝、私は成田行きのローカル電車を待っていた。前日からの大雨が
原因でダイヤは乱れまくり。アナウンスは「30分遅れの到着」と繰り返し
ていた。
大幅に遅れるとしても、とにかく目当ての電車は来るのね、と落ち着いて
待つ体制に入る。
30分後、成田方面からの電車がようやく到着した。乗客を降ろしていったん
空になってから折り返し成田行きになる電車だ。ところが、この車両は回送
電車になるという。えっ、と思ったけど、仕方がない。普通の日じゃないからね。
次に来たのは東京行きの快速電車。方向が逆だけど、まあそういうことも
あるでしょうと、驚かない。何しろ大雨の影響なんだから。
続いて到着したのは「成田エクスプレス」。急行だから、私が下りる駅には
止まらない。そうか、空港行きのお客さんを優先しなくちゃね。少しイラっと
しつつも納得だ。
だが、次のアナウンスに愕然とする。
「0時△分発の成田行き各駅停車は運休となりました。
申し訳ありません」
オーイ、各駅停車しか止まらない駅へ行くお客は無視ですか。いったい
どうしろと? 通常でさえ、1時間に3本くらいしか走っていない路線なのに!
気がつけば、すでに1時間ホームに立ち続けていた。
その間、人々は慌てず騒がず、きっちりと列を作って待ち続けたのだ。
日本人て、いろんな意味ですごいなと思った。
*******
最終的には、さらに待つこと20分。ようやく来た成田行きのローカル電車に
乗れましたけどね。
ミス・マープル『予告殺人』の中で、ヨーロッパ出身の料理人が誇らしげに
言う。
「本当に美味しいケーキがどういうものか、皆さんに
お教えしますわ」
あるいは、ポワロ作品には、イギリス人の味覚音痴や料理に対する無関心さ
を皮肉るセリフの数々が随所に出てくる。
本の中でクリスティ自身が書き、イギリスで作られたテレビドラマのセリフが
語っているということは、かの国の料理やケーキは自らも認めるほどの
不味さだという自虐なのだろうか。
それとも、日常レベルでほどほどの食事ができれば十分。労力や貴重な
時間を美食のための料理なんぞにかけるのは、ばかばかしいし不合理だと
考える イギリス人特有のアイロニーなのか。
*****************
ギトギトに揚げた魚のフライ、煮込み過ぎて正体不明になった野菜、鮭の味
がするボソボソのケーキ……そんな描写に出会うたび、むしろどんなもの
なのか、いっぺん食べてみたいとさえ思う。
その一方で、イギリスにはお茶の時間の楽しみがある。サックサクの本物の
スコーンや、正しいレシピで作られたキュウリやサーモンのサンドイッチの
美味しさは、きっと格別であるに違いないと、私は大いに憧れているのだ。