例年のことながら、相当に押し詰まらないと年賀状に取りかかれない私、
25日になってようやくプリントゴッコを引っ張りだして制作を開始した。
もはや前世紀の遺物のひとつと言っても過言ではない「プリントゴッコ」だが、
そのシンプルな操作性と素朴な出来上がりが気に入っているのである。
多色刷りをするので、一回ごとにこうやって乾かす必要がある。

さて、今回はこの一回目で致命的な失敗をやらかした。模様を逆さまに
プリントしてしまったのだ。どう取り繕ってもネズミがひっくり返った絵に
しかならない。仕方がないので郵便局へ走り、年賀はがきの買い直しで
ある。来年、お年玉抽選の発表が終わったら失敗ハガキは引き取って
もらうことにしようっと。
本日、宛名書きと住所のはんこ押しが全て終了。年金特別便のせいで、
ただでさえ年賀はがきの元旦配達が危ぶまれているらしいから、私の
年賀状などは松の内に届けば良しとするしかないだろうなあ。
年末は銀行も郵便局も大混雑だ。特にATMの前の長蛇の列にはうんざり。
でも、並ぶしかない。そこでの出来事ーーーー
近所の特定郵便局にはマシンが一台しかないのだが、そのたった一台の機械を
一人の女性が占領していつまでも列が進まないという事態に遭遇してしまった。
どうやら何件も振込みをしているらしい。機械の音声が「ありがとうございました」と
アナウンスしたから、もう終わりかと思いきや彼女は動かず「いらっしゃいませ。
ご用件を選んで下さい」のメッセージが再び。わぁ、まだやるの?
行列に並ぶ人たちのイライラが束になって押し寄せ、一番手に並んでいる私は
その圧力でクラクラ。私を責めないで~。数えていたら、何と7件の振込み作業を
悠々と終え、彼女はようやくATMの操作を終了した。やれやれ、やっと終わった。
さぞかし針のむしろ状態だっただろうなあ。きっと済まなそうに謝りながらそそくさと
立ち去るに違いないと思ったが、その予想は見事に裏切られた。長い行列に
イチベツをくれ、一言も発することなく颯爽と歩み去る彼女だったのでした。
そうですか、挨拶なしですかぁ
生命保険
夫を被保険者にして掛けている生命保険のひとつは、一年ごとに自動更新
する定期保険。今年の3月、半年ごとに自動的に引き落とされるその保険料
の金額を見て、あまりの高額にびっくりしてしまった。
「えっ、一年分?」と思ったほどの額だったが、ちゃーんと半期分ということに
なっている。いつのまにこんなに高くなったんだろう。確かに本人の年齢に
応じて保険料が上がっていくというのは知っていたけれど。
約款を確認するとやっぱり60歳を境に保険料がばーんと跳ね上がっている。
夫は今61歳だものね。
娘は大学を卒業して一応社会人として働き始めているから、すでに学費の
心配はなくなった。この定期保険を掛け続けていた理由は、万一のときの
娘の進学費用を確保することだったから、もはや不要になった生命保険である。
必要のない保険に、しかもめっちゃ高くなってしまった保険料を、少なくとも
1年半の間払い込んでいたということになるんだぁ。
私としたことが迂闊にも程がある。悔しいよ~。それでさっそく解約手続きを
とろうとしたのだがーーーー
何と、年度途中での契約解除は出来ない決まりになってるじゃないの。
否応なく、来年の3月までは契約続行ということだ。泣く泣く後期分の保険料を
支払い、思わず夫に向かってひとこと。
「死ぬんだったら、来年の3月までの間にお願いね。
それを過ぎたら、元気で働き続けてね」
悪魔のような女、べに丸。
市の消防局が主催する「救急救命講習」に参加した。少人数に分れての
実技中心の講習会だったので、とても勉強になる3時間だったと思う。
マウス・トゥー・マウスの人工呼吸法と、胸骨を圧迫する心肺蘇生法をを
かなりみっちり教わり、さらに「AED」(自動体外式除細動器)という電気
ショックを行うことの出来る医療機器の使い方も実習した。
私たちの班は女性4人、担当の指導官はどこかの鬼軍曹みたいな偉丈夫の
おじさんで、威勢のいいこと。
「鼻をつまんでアゴをグーッと上げる」
「息が入ってないよ~。口をもっと大きく開けて」
「ヒジを曲げない! 垂直に体重預ける!」
「サン、ハイ! そう~。 カウントを良く聞いて。早すぎるよっ」
模型の人形が相手ではあるけれど、もうみんな必死。本気の救助活動
みたいになっちゃってた。
胸骨圧迫を30回やって人工呼吸を二回、という組み合わせを3セットやると、
1分間にほぼ100回圧迫することになる。これを救急車が到着するまで、
あるいは患者が呼吸を回復するまで何セットでも続けるのだ。かなり体力が
いるんだということを実感する。
そして、AEDという機械。これを使うってことは、何しろ人の体に電気ショック
を与えるということだから、目の前の人に使っていいものかどうかをどう判断
するんだろうと不思議に思っていた。結論から言うと、心配は無用。心臓の
けいれんをコンピューターで解析し、電気ショックを与えるかどうかの判断を
機械がしてくれるのだ。
「ショックが必要です」と言われたら合図に従ってショックボタンを押す。
「ショックは必要ありません」という音声メッセージが聞こえたらスイッチは
入れず、あとはただひたすら手技による心肺蘇生をやり続けるってわけ。
呼吸が止まった状態で3分間放置すると50%の確率で死亡してしまうという。
救急車が到着するまでの平均所要時間は6分。その場に居合わせた人の
応急処置がいかに大切かということ・・・家族に対してだったら出来ると思った。
でも通りすがりの他人の危難を前にして、果たして勇気が出せるだろうか。
うーむ、と考えてしまった。なまじ技術を習得してしまっただけに、却ってジレンマ
に陥っちゃったりしたら困るなあ・・・・

テニススクールの仲間と忘年会。目的地は銀座にあるオールディーズ専門の
ライブハウスなんだけど、そこは7時開店なので、その前に夕食をどこかでとる
ことになった。
行き当たりばったりに入ったお店はベトナム料理店。生春巻き、揚げ春巻き、
フォーという名のスープ?、パイ生地で包んだベトナム風お好み焼き・・・
それぞれ2皿ずつ注文して6人で分け合って食べることにした。
ふと気づいたら、お店のBGMに二胡の演奏が流れている。
思わず「ねえ、あれ二胡じゃないかな」と私。
A子「違うでしょ、いっこじゃないの」
えっ「一胡」なんていう楽器があったっけ? ところが、A子の視線の先は
パイ生地包みのお好み焼き。仲間の一人が6等分するのに四苦八苦している。
B子「全部二個ずつ頼んだはずよ」
A子「お好み焼きだけは一個にしたの」
私「・・・・」
誰も二胡のことなんか知っちゃいないんだということがよーく分かった。
歯科医院の待合室、1歳くらいの男の子が母親と祖母に挟まれて
おとなしく座っている。やがて名前を呼ばれた母親が診察室へ。
なるほど、お母さんを待つ間おばあちゃんが男の子の面倒をみるって
わけね。
ところが、思惑通りに行かないのが幼い子供。男の子は突然ワッと
泣き出し、母親を追って診察室の方へよたよたと走り出してしまった。
「ママー,ママー」は聞き取れたが、後は文字にならない叫び声が
診察室と待合室に響き渡る。祖母も慌てて後を追ったが、為すすべも
ないらしく、治療中の母親の側でおろおろしているらしい様子が窺える。
男の子はギャーギャー泣きわめき、祖母はスタッフに謝り続け、看護師
さんは「だいじょうぶですよ~」とプロの対応。
おばあちゃん、せっかくヘルプに来たのに役に立たなかったねぇ。
どっちにしろ泣き叫ぶんだったら家で留守番をしていた方がよかったかも?
と笑いをかみ殺しつつ、声には出さないモノローグの私。
やがて、母親に抱かれて待合室に戻って来た男の子は、すっかり
ご機嫌うるわしくニコニコ笑っている。片時もママから離れたくなかったん
だね。母親が治療の椅子に横になっている姿は何か異変を感じさせる
ものであったのだろうし、彼としては母親を取り戻そうと必死だったん
だろうなあ。
育児中の母親って、歯医者さんに行くのも大仕事。周到な段取りと協力者
への根回しが必須なのよね、と昔の自分を思い出したのでした。
雰囲気に慣れ、メンバーの顔ぶれも分かって来た「二胡サロンコンサート」、
楽しむ余裕が出て来たみたい。今回の会場にはけっこう広い「キッチン
レストラン」を借り切った。
実にリラックスした会だったなあ。演奏途中で「音符が見えないのよ~。
老眼鏡忘れちゃって」と言いながら明るい方へ移動してやり直しのAさん。
聴きながらどうも音が変、と思っていたら「調弦が狂ったみたい。先生お願い」
と調弦苦手のBさん。第一部が終わって、さあバイキングのランチだ!
のはずが「料理が間に合わないのでとりあえず第二部を先にやっちゃいます」
と空きっ腹で演奏続行。楽しかったよ~
もちろん、二胡歴数年以上の生徒さんたちの素晴らしい演奏も堪能出来たし、
クリスマスプレゼントも頂いちゃったし、最高でした。自分の演奏については
全く覚えておりません。完全にあがり切ってましたから。
真剣にというより必死の演奏、特に私

終わってホッ、やっと笑顔が・・

カルチャースクールの二胡教室で二胡を教わり始めてから、
1年と3ヶ月が過ぎた。耳障りな雑音でしかなかった音が少し
は二胡の音色らしくなり、発表会も経験し、弾ける曲目も少し
ずつ増えて、楽しくなってきたところ。このままコツコツ練習を
続けて行けば、いつかは本物の二胡の音を出せるようになる
かなあ、と思っていたのだけれどねぇ。
先日、二胡の演奏家として有名なある二胡奏者のレッスンを
受ける機会があった。1時間の個人レッスンだ。習った曲を
何でもいいですから弾いてみて、と言われてシンプルな曲
『太湖船』を選んだ。緊張のせいで力はいりまくり、弓の動きが
ぎこちないったらない。だめだ~と思いながら何とかフルコー
ラス弾き終わると、先生はしばらく沈黙。
「あなたは、どんな演奏を目指していますか」
「え? どんな演奏って・・」
「プロとはいわなくても、テクニックを磨いて何らかの演奏
活動をしたいと思っているのか。易しい曲をきれいに弾け
るようになってボランティアなどで活動したいのか。それとも、
趣味と して楽しく二胡を弾ければいいのか」
わぁ~、どうしたいかなんて考えたこともないですぅ。強いて言う
なら、他人に聴いてもらっても恥ずかしくない程度の音色が出せる
ようになりたい、そして中国の美しい曲を自分自身も楽しみ、友人
知人にも聴かせたい、ってことかなあ。
「グループレッスンには限界があります。先生がひとりひとりの
疑問に答えること難しい。それから、グループで演奏するこ
とが多ければ自分の本当の音をしっかり聞くことはできません」
このまま何年続けても悪くなることはあっても上手にはなれない
でしょう。こう断言されて、ショックを通り越し、すっかり納得してしま
った。
そうなのだ、確かにグループレッスンの難しさは前から感じていた
ことなのよね。私と同じくらいの習熟度の生徒が三人、ようやく一曲
弾けるか弾けないかの元気印おばあさんが一人、5ヶ月前に入会
した若い人が一人、ついこの間新しく加わった人が一人、こんな構成
メンバーで1時間のレッスンをやるのは講師の先生にとっても至難の
業だ。同時にいろいろな音が飛び交うレッスン環境では、自分の音程
が合っているのかどうかさえも心もとなかったりする。
でも、グループレッスンの和気あいあいとした雰囲気は大好きなのだ。
ちょっとくらい練習不足でも平気だし、クラスの人の演奏に刺激を
受けることだってあるし。それから、発表会を前にして一緒に特別
練習をしたり、何を着る?なんて相談したりするのも楽しい。こういう
人間関係は趣味の世界では絶対必要だと思う。
そういうものと腕前の上達が両立すればいいんだけどねぇ。
どうしたものか・・・・・悩んでます。



