母が現在のホームへ転居することになった直接のきっかけは、一日に3回も
呼んでしまった救急車。
毎日 夕方になると呼吸が苦しくなるのを何とかやり過ごしていた母であったが
ある日、どうにも耐え切れなくなり119番を回した。救急車でかかりつけ病院に
向かい 薬を処方されたが、医師からは様子を見るようにと言われる。
しかし、帰宅するとまた苦しくなる。駆けつけた妹と私も 「ここで死にたくない。
死ぬんなら病院!」 と繰り返す母を前に為すすべなし。結局一晩に都合
3回も救急搬送を依頼することになってしまったのだった。
3回目はすでに夜中である。頼み込んで一晩だけという条件のもと入院を許可
してもらったが、時計は午前1時を回っていた。もうさんざんな一日だったのである。
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なぜこんなことになったのだろうか。母自身が振り返って言うことには
「あの時は、ひとりぼっちで夜を過ごすのがとにかく怖かった。
あそこで誰にも知られずに死ぬのがたまらなく恐ろしかった
んだと思うの」
「あそこ」 とは、いわゆる 「サービス付き高齢者住宅」のことである。サービス
付きとはいうが、基本的に自宅扱いであるから、介護サービスは個人が個別に
業者と契約する仕組み。夜間、スタッフが居るには居るけれど、救急車に同乗
して病院まで行ってくれるわけではない。
ある程度健康で、干渉されたくない、一人気ままに暮らしたい、そういう人には
とても住みやすい場所だ。私も将来入居するならここがいいわと思っていたくらい
だから。
だが、心臓に爆弾を抱え、糖尿病で透析患者という満身創痍の母には、やはり
向かなかったのかもしれないなあ。なまじ頭がしっかりしているだけに、この施設
ではなんでも自分でやらなくてはならないと過剰に思い込み、それが不安となり
夕暮れどきの呼吸困難につながってしまったのではないか。
有料老人ホームへ転居してからの母は、
「何かあったら看護師さんを呼べばいいから安心。
お医者さんにもすぐ連絡してきてもらえるし」
そして、転居以来呼吸が苦しくなる症状は影をひそめてしまった。多分に精神的な
ものが影響していたに違いない。今になってわかった気がする。