スーパー二胡奏者、許可 (シュイ・クウ)がアルバムを出し、
その発売記念コンサートがまもなく上野で開催される。
本格的な二胡の演奏を一度聴いてみたいと言っていた
娘夫婦の分のチケットも確保した。
10月26日付の毎日新聞

とにかく多忙を極めているらしい彼らなので、休日とはいえ仕事を
休めるのかどうか心もとない。ぎりぎりまで待って、確認のメールを
入れてみた。
「コンサートは11月3日だけど、行けそう?
忙しいなら無理しないで」
「行ける行ける。気分転換にもなるし楽しみ~」
どうやら大丈夫そうだと判断した私、さっそくチケットを郵送した。
ところが、入れ違いに娘からメールが。
「ごめ~ん、やっぱり無理。11月3日は土曜日
だと思ってたから行けるつもりだったんだけど」
おーい、チケットは送っちゃったよ~。あなたたち、祝日も
休めないの?とにかく届き次第、即送り返してね。行き場を
失ったチケットだが無駄にはしない。確か、弟も興味がある
って言ってたなあ。連絡したら行きたいという返事。やった!
戻ってきたチケット2枚を速達で発送した。けっきょく、この数日
の間に、千葉から東京、東京から千葉、そして千葉から神奈川
へと、入場券は息もつかずに旅から旅へ。封筒の中で目を回し
ているかも。
二胡の公開レッスンが近いため、一時間の練習の後半は曲中心になって
きた。やさしい日本の歌を何曲か教わり始めたが、それはメロディが耳に
優しいということで、演奏はかえって難しい。ごまかしが効かないから。
アンサンブルになっているので、Tさんと私は、主旋律と伴奏を交替で弾い
てみる。聞き終わったS先生の開口一番ーーーー
「べに丸さんは自由だねぇ。相手に構わず
自分の気持ちでどんどん弾いてっちゃう」
それって、自分勝手ってことか?
「反対にTさんは、支える人だね。一所懸命
相手に合わせようとしてるよ」
Tさんは、気配りの出来る人だからなぁ。ちょっと落ち込む私。でも、先生
すかさずフォローである。
「どっちがいい悪いじゃなくて、情感をこめて
自由に弾くことと、相手に合わせて支える
伴奏をすることも、どっちも大事」
私は妹と弟のいる長女、Tさんは3人姉妹の次女。悪気はないんだけど
つい自分中心のマイペースで行動してしまう私は、たぶん 「長女気質」
なのだろう。
それに対して、周囲のことがきちんと見えていて気配りが自然にできる
Tさんは 「次女気質」ってことになるかもね。
91歳9か月で亡くなった母。亡くなる2日前まで
普通に食事をし、意識もしっかりとしていた。最後
まで在宅での介護を受け、眠るように息を引き取っ
た…
いま人々が望み、でも必ずしも叶わない死の形とは、たぶんこういう
ものなんだろうなあ。そして、私が胸を突かれたのは結びの一文。
「母は母のままで、旅立って行きました」
子どもは、親が以前の親ではなくなるという事態に、どんな気持ちで
対峙したらよいのだろう。夫は口には決して出さないけれど、本当は
ユキコさんの姿を見るのが辛くてたまらないに違いない。
鼻に通された管から栄養を注入してもらい、喉に開けられた穴からタン
を吸引してもらう。言葉はとっくに失い、子供たちのこともわからない。
さまよう視線の先にはおそらく何も映っていない。眠りと覚醒とをただ
ユラユラと繰り返す…
早く楽にしてあげたい、いや、生きていてくれるだけでいい。相反する
思いに引き裂かれながら、夫は病院へ通い続けているのだろうか。
聴覚障害者に情報を伝える手法のひとつに、「ノートテイク」 というものが
ある。利用者が1~2人の場合は、要約筆記をする者が隣に座って耳の代
わりを務めるのである。
病院で医師の説明を聞く時とか、子供の学校での先生との面談とか、要約
筆記が必要とされる場面て、けっこうあるのよねぇ。こういう個人的な場に
立ち会うこともあるわけだから、守秘義務というものも当然発生するわけで、
なかなか大変な奉仕活動だ。
さて、「ノートテイク」 の具体的な方法である。あらかじめ番号を振って重ね
ておいた紙の上に筆記をしていき、利用者には横からそれを見てもらう、と
いうのがそのやり方。書き終わった紙は次々に利用者に手渡して行く。
その作業を、2人の要約筆記者が10分から15分毎に交代しながら行うの
である。
先週の講座は、このノートテイクの実習だった。受講生は10人いるので、
聴覚障害を持つ協力者が5人参加してくださった。2人ひと組になって1人
の利用者に付く。ある会合の話し合いという設定で、司会進行の中身とか
各参加者の発言や質疑応答などを、要約しながら筆記していくわけだ。
特に緊張するのは、自分の担当している人に対して質問が発せられた時。
その内容を出来る限り素早く正確に伝えて、その質問に対して答えてもら
わなければならない。あるいは、参加者全員が賛否を問われたような場合
も、選択肢の正確さは勿論だけどスピードも要求されるから、必死。
約1時間の実習が終わった時には、受講生の全員が精も根も尽きはてた
って感じでヘロヘロだった。しかし、最後にトラップがーーーー
「皆さん、お疲れ様でした。どうでしたか。うまく筆記
できました? 今は出来なくても大丈夫。どんどん上手
になりますからね。 では最後に連絡事項があります」
この講師のことばをボヤーッと聞いていてはダメだったのだ。みんなの隣り
には聴覚障害を持つ人たちが座っている。とにかく、その場で発信される
情報は、どんなものでも書いて伝えなくてはいけないということ。
それに気づき、気を取り直して連絡事項を書きとめることが出来たチーム
は皆無でありました。
膝の状態がだいぶ改善したので、久しぶりのテニススクール(火曜日クラス)
に出かけた私が、そこで聞かされた衝撃の出来事とはーーー。
長年スクールで一緒にテニスをやってきたMさんが亡くなった、という驚くべき
事実だった。70代後半ではあったが、年齢を感じさせないファイトマン。年上
女房の奥さんと大恋愛の末結ばれたという逸話は、スクール内でも有名な話。
そのMさんが? いったいどうして! ついこの間まであんなに元気だったのに。
「でもね、入退院を繰り返していたっていうから…
ある程度覚悟はしてたんじゃないかなあ」
と説明してくれる友人の言葉に、「淋しくなるねぇ」 と答えるのが精一杯だった。
そして今日、金曜日クラスに出席した私は、信じられないものを見た。そう、勘の
良い人は既に察しているに違いない。それは、屈伸運動をしながら談笑している
Mさんの姿であった。生きてる…何で? 先日の友人との会話を必死に思い出す。
「Mさんの……この間亡くなったのよ。Mさん、スクールも
ずっと休んでたでしょ」
「えっ! ご病気だったの? ちっとも知らなかった」
「入退院を繰り返していたっていうから、ある程度は覚悟
してたんじゃないかなあ」
「そう…さびしくなるなぁ」
「ほんと、大恋愛の末結ばれた、世紀のおしどり夫婦
だったもんね」
冷静に思い返せば、この対話、微妙に食い違ってる。
つまり、私はとんでもない勘違いをしていたのだ。亡くなったのはMさんじゃない。
Mさんの奥さんだった! 誰に謝ったらいいの? いや、誰かに謝ったりしたら
却って泥沼だ。自分のおっちょこちょいをひそかに呪っておくしかないのだという
ことに、その時気づいた私でした。

