地震の翌日、地震とは全く関係のない事情で大腿骨を骨折した伯母だったが、
緊急入院の後、無事に手術が終わった。その2日後、病室を移ることになった
のだが、身内の付き添いは不要と言われ、病院にすべてお任せで引越し完了。
ところが、問題がひとつ発生した。ベッドサイドの貴重品ボックスに入っていた
はずの伯母宅の玄関キーが行方不明になってしまったのだ。手術当日付き添っ
た母によると、その日はボックスの中に確かに鍵を見たと言う。だが、移った先の
病室の貴重品ボックスを確認したら入っていなかった。
考えられることは三つ。
1 元の病室の貴重品ボックスに残されたままになっている
2 移った先のベッド回りのどこかにある
3 母が鍵を持ち帰って、そのことを忘れてしまっている
私は 「病院に問い合わせたらいいじゃない」 とごく当たり前の助言をしたのだが、
人見知りが激しい上に電話嫌いの母は、簡単には行動に移せない。
「手術が終わった時には、確かに見たの。金庫の中に絶対あったのを私が
覚えてる。ああ、鍵があるなあ、持って帰った方がいいかしらとチラッと思った
んだけど、持って帰らなかったよのねぇ。あの時、持って帰っちゃえば良かった。
新しい部屋のベッドの回りは、徹底的に探したけど、なかったの。ひょっと
したら、うっかり私が持ち帰ったかもしれないと思ったから、帰ってからも探した。
でもやっぱり病室の中だと思う。
きのう看護師さんに訊けばよかった。電話で問い合わせるのって失礼じゃない
かしらね。今度行く時に尋ねればいいかな。
手術が終わった時には、確かに見たの。金庫の中に絶対あったのを私が……」
話は振り出しに戻り、エンドレスに繰り返される。同じストーリーを3,4回聞かされた
あと、私の我慢も限界に達し、冒頭の3つの可能性を宣言したのである。
「可能性をひとつずつ消していくしかないでしょ。それには、まず病院に電話で
問い合わせる。明日の朝かけてみたら?」 ちょっと冷たいかなと思いつつ、話を
打ち切ったのであった。
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そして翌日、打って変わって明るい声の母から電話。
「鍵あったわよ! 元の病棟の看護師さんに見に行ってもらったら貴重品ボックスの
奥の方に残ってたって。あなたが言ってくれた3つの可能性のうちの一番目だった」
あら、良かったわねと答えつつ、実は母の意外な理解力に驚いていた。順序立てて
説明する私の話など上の空で、一方的に自分の言い分を何度も何度も繰り返して
いる母だと思っていたが、ちゃんと私の 「3つの可能性」 を咀嚼していたのね。
お見それしました。