高校卒業後の春休みのことだ。
もう何日かで東京の下宿に引っ越すという頃に、
仲の良かったクラスメートのMちゃんが
「ねえねえtenchan、お化粧の講習会行かない?」
と、誘ってくれた。
友達の間で噂になっていた、
デパートの化粧品売り場の無料講習会。
みんな春休みに行ってるみたいだった。
「店員さんが一から丁寧にメークの仕方を教えてくれるの。
帰りにサンプルなんかももらえるんだって。」
え~!お化粧?
ちょっと興味はあったが、
まだお化粧するつもりはなかったので
その時は断ってしまった。
大学に入っても、相変わらずノーメーク。
体育会で汗かくことが多かったから、
ファンデーションなんて塗ってられないというのが
正直な気持ちだった。
ところが、夏休み明けに喫茶店でアルバイトを始めてから
状況が一転した。
いつまでもすっぴんでホールに立つ私に
店長が苦言を呈したのだ。
「tenchan、あのね、
口紅だけでもいいからちょっと付けてくれないかな。
お店の中って、照明の加減で唇の色が冴えないと顔色悪く見えるんだよね。」
そうかー。
接客業だからこういうことも気に掛けなきゃならないんだ。
でも、どうしよう。
化粧品なんて持っていないわ。
だって、今までメークなんてしたことないんだもん。
そこで、
バイト代が入ったある日、
新宿のデパートに出掛け化粧品を買いそろえることにした。
最初に買ったのは
ソフィーナのクリーミーファンデーション。
今、朝ドラ「てっぱん」にお母さん役で出ている安田成美さんが
当時イメージキャラクターだった。(かわいい~♪)
「ムラなく伸びて崩れにくい」
がセールスポイント!覚えてる?
ハンカチで押さえても、ついてこないかどうか確かめたわよね。(笑)
あとは口紅・・・・・。
とにかく安い物でいいから、二本ぐらいは必要かも。
一体自分に合う色は何なのか、
それすらも分からない。
片っ端からテスターで試し付けしていると、
フルバージョンメークした店員さんが近づいてきた。
「今日は口紅を買いに来たの?」
そうなんです。でも、よく分からなくて・・・・・。
「それでこの二本を買おうと思ってるのね。」
お姉さんは私が手にしている口紅を見て言った。
「きれいな色を選んだわね~。
でも、ちょっとこっちに来てみて。」
手招きして私をカウンターに連れて行き、
鏡を見せるお姉さん。
「あら、あなた、ほとんどお化粧してないのね。
この目の周りの皮膚と、頬のあたりの皮膚を比べてみて。
違いが分かる?
そうなのよ。
目の周りって、とても乾燥しやすいの。
だから、きちんとお手入れしてないと、
すぐにシワが出来ちゃうのよ。」
口紅の話かと思ったら、なんか違う方向に話が行ってる。
だがその時すでに、私はお姉さんのペースに引き込まれてしまっていた。
「そこで、このアイクリームが便利なの。
リップクリームみたいな形をしてるでしょ。
これを夜寝る前に、目の周りに塗ってあげるの。
そうすると乾燥を防げるってわけ。」
そうなんだー。手入れしないとシワシワになっちゃうんだー!
「ね、だから、
今日は口紅ニ本買うところを一本にして、
こっちのアイクリームを買った方がいいと思うな。」
お姉さんのマジックにすっかりはまってしまった私は、
口紅とアイクリームを買うはめになったのだった。
その後、アイクリームはどうなったかって?
最初の1か月ぐらいは、教わった通り毎晩目の周りにつけて寝ていた。
が、そのうち面倒くさくなって、塗るのを止めてしまった。
哀れアイクリームは、コスメボックスの奥の方にしまわれたまま。
最後は劣化して「ポイ捨て」の運命を辿ったのだった。
あれ以来デパートの化粧品売り場は苦手で、一度も近づいていない。
化粧品を買う時は、
お姉さんが寄ってこない
町中のドラッグストアか、
ショッピングモールのコスメショップに行くことにしている。
そしてお手入れしなかった目元はというと、
お姉さんの言った通り、ちりめん状にシワシワだわ~。(爆)