肩の凝らないスローライフ

ようこそtenchanワールドへ。「一日一笑」をモットーに・・・日常生活の小さなことを笑いに変えるtenchanの雑記帳

短い間だったけど

2013-02-05 15:25:07 | 小説のようなもの
僕たち種族はかつて、とても高級品だった。

いつの頃からだろう、
透明のビニールで出来た安価なモノが世に出回るようになってから
僕らは電車の中に捨て置かれたり、
壊れたら修理もせず買い換えられたりするようになっていった。

僕の生まれは中国。
工場で大量生産され、仲間と共に日本にやってきた。
陸に揚げられるとトラックでガタガタ運ばれた末に
地方のショッピングモールの傘売り場に並べられたのだ。

店頭に来てから随分日にちが経ったが、
僕を手にとって見る人は殆どいなかった。

男物の大型の傘なんて、そんなには需要がない。
売れ筋なのは女性用のファッショナブルなやつなんだ。

諦めかけていたある日、優しそうなお母さんが僕を見つけ
ポント二倍デーの日に連れて帰ってくれた。

僕の新しいご主人様は、高校三年生の男の子
これまで何本もの同僚が彼に仕え、志半ばで去っていったという。

お母さんはご主人様の名前をネームランドで印刷し、
剥がれないようにセロテープで補強してくれた。

僕の出番はなかなかやってこなかった。
でもとうとうご主人様が僕を学校に連れて行ってくれる日が来た。
だって、その日は朝から雨が降っていたんだもん。

僕は通学の間中、ご主人様の頭が濡れないよう
骨を精一杯広げてお守りした。

学校では「傘立て」というところで
お行儀よくご主人様の帰りを待たなくてはいけないんだ。

同じように主を待っている仲間を見て
僕はちょっぴり誇らしくなった。
だって、
みんな結構使い込まれ、くたびれてて、
ホックが取れたり骨が曲がったりしてるのに、
僕はどう?新品なんだよ。

授業が終わり、ご主人様が出てきた。
その頃には雨は止んでいたので、
今度は杖のようになってご主人様のお供をした。

その日、ご主人様は相当疲れていたようだった。
バスに乗り込むとすぐに首がこっくりこっくりし始めた。
僕らはそんな時でも、脇腹をツンツンなどしてはいけないんだ。

ご主人様が降りる駅にバスが着いた。

と、そこで信じられないことが起きた。

ご主人様はムクッと立ち上がると、
鞄だけ肩に引っかけて
バスを降りたのだ。

僕は座席に残ったまま、呆然としてしまった。

ああ、君、気付いて!
僕はここだよ。

でも君はスゴイ勢いで乗り換えのバスに飛び乗った。

僕のことなんて忘れてしまっているようだった。

次に乗ってきたお客さんが僕に気付いて
「忘れ物ですよ。」と運転手さんに渡してくれるだろうか。
あるいはバスターミナルに着いたとき、
清掃係の人が気付いて、忘れ物リストに載せてくれるかもしれない。

僕は不安におののきながら、身体を硬くして待っていた。
すると僕の隣りにお客さんが座ったのだ。

助かった。
すみません、僕は君の傘なんです。
ほら、ここにちゃんと、君の名前が貼ってあるでしょう。
申し訳ありませんが、運転手さんに渡してくれませんか。

ところがそのお客さんは
僕の柄を持ったまま動こうとしない。
それどころかバスが止まると、料金口に早歩きで向かい
降りてしまったのだ。

おいおい、一体僕をどこへ連れて行くんだい?
僕は君のものなんだ。
違う!そっちじゃないってば!

そいつは、お母さんが貼ってくれた名前シールを引っぱがすと
僕を杖のようにして歩き始めた。

こうして僕はそいつの家で暮らすことになったんだ。

君、たった一日だったけど、
君のお供を出来て幸せだったよ。

お母さんはバスの会社に何度も電話して
僕を捜してくれたそうだね。

再会できなかったのは残念だったけど、
君のことはいつまでも忘れない。
そして蔭ながら、君の健闘を祈っているよ。